もしもし、ヒトモシと私の世界【完結】   作:ノノギギ騎士団

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灯火の影に深海の敷布を

 

 気怠さと熱に浮かれた深海色の瞳が、ようやくアオイを映した。

 

「ベルガ? ああ、彼女なら『殺してやる』って騒いでいたよ。首を吊りそうな顔をしていたから、元気を出してくれてよかった」

 

 パンジャの情緒は安定しない。安定するはずも無かった。今の現実は海岸で崩れる砂の城のよう。アオイも現実に踏みとどまった足がいつ攫われるか分からない。

 

 彼らが生きると決めた現実は変わらない冷たさを持っている割に、期待できるほど頑強ではない。

 

 レポート用紙にペンを走らせていたアオイは、もう一度聞いた。

 

「……その元気を出すために君は何をしたって?」

 

「『これは全部、わたしの仕組んだことだった!』と。そうすればベルガも元気が出るんじゃないかと思ってね。大正解だったからわたしは満足だ」

 

「そうか……ああ……そうか」

 

 夕方。血の滴るような赤がカーテンの隙間から差し込んでいた。

 アオイは、仕事から帰って来るなりパンジャの聴取に取りかかっていた。

 

 未来を見て歩くのはいい。結構だ。今すぐにも歩き始めるべきだと思う。けれど、事件後のことを全て押しつける形でシンオウ地方に帰ってきたアオイは、パンジャの動向を把握しておく必要があると感じている。

 

 そして、懸念は正しかったことを知った。

 

「疑うわけではないのだが――あの暴露は君が仕組んだわけではないのだよな?」

 

「君の意に沿わないことはしない主義だ。けれど、あの時に君が破滅を望んでいたのなら、わたしもやぶさかではなかった。ベルガは破滅のトリガー。傾く天秤。御しやすい駒。可愛い私の後輩だった。世界への公開は、ひとつの手段として考えていた」

 

 パンジャは楽しくもなさそうに言う。そのくせ口の端は笑っている。言葉と表情が一致しない。彼女の病んだ精神のことはアオイも承知しているが、発生している事は重大だ。ほんのすこしカチンと頭に血が上った。

 

「めでたく君の思惑通りのなったわけだが? あ? どういうことだ?」

 

「冗談はよしてくれ。それから怒らないでくれよ」

 

 怒れるアオイの手の甲を撫でたパンジャはゆっくりと瞬きをした。

 

「君が未来を歩む以上、わたしの企みは陰謀止まりだ。それに実行するとして、それはわたしが行うべきことだ。君に誓って、ベルガを巻き込むことはしなかった。――君とわたしが限りなく同質の存在になれる機会に夾雑物など要らないのだから! もしも、私が実際に行うとしたら。そうだな。まずは君に特等席が必要だ。椅子に座らせて、パソコンの画面がよく見えるようにしないといけない。きっと暴れるだろうからふん縛っておかないと。そして『これが欲しかったんだろう!』とエンターキーを押したことだろう」

 

 何と答えるべきか。アオイはしばらく悩み、髪をくしゃくしゃにした。

 ――彼女ならきっとそうするだろう。

 もうすでにあり得ない可能性だが、分かってしまうのだ。

 

「君というヤツは本当に度しがたい……しかし、信じよう。そこまで君を追い詰めてしまった私に責の一端がある」

 

「わたしは君にそれを言わせたくなかったから、やらなかったのに……! アイツ、暴走しやがって……! ベルガ……! あンの野郎……!」

 

 ほんの一瞬、語気を荒げる。無気力に暗む瞳にギラつく眼光が宿った。アオイはなだめるように、ベッドを小さく叩いた。

 

「……ずいぶん恨みを買ったな、パンジャ。いや、咎めることはないのだが。君にだけ責めを負わせるのは私の本意ではなかったのに」

 

「ははは、なにを。彼女の殺意など春の日差し。秋にそよぐ風のようなものだ。わたしに届かない。脆く、儚い、夢の毀れ刃だとも」

 

「…………」

 

 今日はいつもの増して彼女の言葉は詩的で、何が言いたいのか、事実を掴みにくい。けれど今のうちに聞き出しておかなければ次の好機は無いだろう。彼女と付き合って長いアオイの勘が告げる。――きっと彼女はこの出来事を削除してしまう。

 

「ところでなぜベルガさんの行き先がプラズマ団だと分かったんだ?」

 

「ちょうどドクター=アクロマとハチ合わせていた――それを見ていただけだ」

 

 なぜあの場にアクロマがいたのか?

 

 それは今後、アオイを悩ませる理由になるのだが、この件に関してパンジャから聞き出せることはなさそうだ。

 

「ご苦労。あ、いや、ここは『ありがとう』と言うべきだな。話してくれてありがとう」

 

 気怠そうに動くパンジャは、無感動にアオイを見つめた。

 

「君に気遣われるのは……なんだか、まだ不思議な気分だ。浮ついてしまうよ。顔、ニヤけてしまっていないかな。ちょっと恥ずかしいんだ……」

 

 頬を触り自分の表情を確かめたパンジャは何も変わりがないことに安心したようだった。

 逆さまにパンジャを覗き込むヒトモシのミアカシが、小さな手で顔を覆った。焔の感触が感情に左右にされることがあるのだろうか。恥ずかしそうにしているように見えるのだ。

 

 パンジャの感情が悪いというわけではないのだが、良くも悪くも感情の波が激しい人だから――しかし、よくよく考えてみればこの1年、アオイの生命を燃やし続けたミアカシにとって、ちょっと高低のある波でしかないかもしれない。

 勝手に納得したアオイは、ペンをくるりと回した。

 

「存分に浮ついてくれ。なんせ私は君にさんざん甘やかされていたらしいので。……ところで君のお母様は何と言って説得したんだ?」

 

「薔薇を」

 

 力なく指差した先には、いつも仕事で来ていた白衣がハンガーに吊されている。その胸ポケットにある赤い花に目を留めた。

 

「世界で最も古く、最も新しい愛。ああ、我が愛。我が命。在りし日、永遠の愛の形。貴女を世界で一番、愛していました……」

 

『母の愛は、きっと、この世界で最初に生まれた愛なのだ』

 そう信じているパンジャを、アオイは知っていた。

 浮かしかけた腰を椅子に下ろし、彼はパンジャを覗き込んだ。

 

「無理には聞かないが、どうしても、穏やかな別れだったのだろうかと気になってしまうんだ。パンジャ」

 

「ああ、穏やかだった。何も悔いなどない。わたしはあの人の幸せを祈った。返事は『あなたの幸せを呪っているわ』と……」

 

 棘を全て取り去った薔薇の花束を捧げて、お別れを告げた。誰よりも愛しい母から離れるために、愛を説いた。

 その見返りが呪詛であることにパンジャは安堵を覚えているようだった。

 なぜなら。

 

「子が母を離れる時、彼女を痛めるのは、何であれ罪なのだから」

 

 今度こそ言葉を失ったアオイは、ただ頷くことしかできなかった。

 これが母から娘に送る精一杯の餞別の言葉なのだ。

 

 どんな心中でそれを伝えたのだろう。長らく母と会っていないアオイは、答えの無いことを考え続け、受け入れるまで時間がかかってしまったのだ。

 

 我知らずベッドのシーツを握るアオイの指に、パンジャの手が落ちた。

 

「――今だからこの現実を選べた。今よりも遅くても早くてもいけなかった。きっと『こう』はならなかった。今でなければもっと多くの人を傷つけたかもしれない。これが一番好ましい現実なのだと思う。だから、君が傷ついた顔をしないで。誰も悪くないんだから」

 

 誰も悪くないのなら、なぜ、こうなるのだろう。胸にわだかまる灰色の感情は何なのか。――何度となく自問自答した言葉が今日も反芻する。

 我々は疑問が氷解することを願って生きるしかないのだろうか。

 

「パンジャはゆっくり休んでくれ。……腕が痛むか? 氷を持ってこようか」

 

 アオイは席を立った。

 杖を手繰り、階段を下るのが憂鬱だった。

 

 

 

□ □ □

 

 

 

「パンジャさん、閉じこもりっぱなしなんじゃないですか?」

 

 最近、見てませんけど。

 真昼。

 マニの言葉にアオイは決まりが悪く、フォークの先を囓った。

 

「『1週間で元に戻る』と言っていたが、体のことはどうにも信用がならない。いざとなったらマニさんに車を頼むかもしれない」

 

 パンジャは自身の不調について7日で治ると言ったが、今日で5日目。未だにパンジャは身を起こすのも億劫そうだ。

 

「いいですけど。どこへ? 接骨院ならカラマツ先生のところでも」

 

「ああ、腕だけならな。どこがよいのだろうな……本当に」

 

 精神科か、心療内科か……あるいは、また別の……。

 つらつら考えるアオイは、じくじく膿んだ自己嫌悪に鬱々とした。

 

「まぁまぁ、パンジャさんを信じましょうよ。あの人、タフですし」

 

「私のパンジャ観とずいぶん違うので心配だ。――彼女は繊細なんだぞ」

 

「ほっへぇ。なんスか、惚気スか、そうスか」

 

「な、なんでやさぐれてるんだ……」

 

 アオイはちびちびとパンをちぎって食べた。

 

「アオイさんって素面で惚気るんですね。かーっ。これが幼馴染みぱうわーですか。堅物のあなたでさえこうなるんだ。僕にも素敵な幼馴染みがいてくれたら人生変わったかもしれないぜえ」

 

「どうすればこれが色気のある話に聞こえるんだ。第一、私とパンジャはそういう関係ではない。――というか、パンジャが元気になった暁にそんな話題を振ってみろ。『わたしのアオイはそんなこと言わない』と解釈違いを起こして君をサンドバックにするぞ」

 

「HAHAHA、パンジャさんがそんなことするわけないじゃあないですか。もー、焼きもちやいちゃって! アオイさんったらかわいいですねー!」

 

 ふわふわしたマニを見てアオイは素直に、ダメだこりゃ、と思った。

 パンジャの逆鱗を食らうまでこのままなのだろうなぁ。……まあ、マニには悪いがちょうどいいガス抜きになるかもしれない。マニは犠牲になったのだ。

 

 マニは一度席を立つと、アオイの分もお茶を淹れてきた。

 

「真面目な話、夢と現実を取り違えるとか、生活で困るほど混乱があるわけではないのでしょう? 気分が落ち込んでいるだけならば、まだ一般の燃え尽き症候群の範囲内なんじゃないですかね。僕は病気のことは詳しく分かりませんが、この状態が何ヶ月も続くようなら問題だと思います」

 

 マニは、テーブルのすみに追いやった心理学の書籍を何本か開きながら言った。アオイも一度目を通したことのある本だった。

 

「……ずっと眠っている。もともとストレスを抱えると眠りが長くなる傾向があったが、私が家を出てから帰るまでずっと眠っている」

 

「それはぁ……それは心配ですね……。ねぇ、アオイさん、あのぅ、まさかパンジャさんは悪夢を見ているわけではないですよね?」

 

 周囲の耳目を気にするようにマニは声を潜めた。

 アオイもその可能性を思い当たらなかったわけではない。

 

「『彼』には次の満月まで来ないでほしいと伝えてある。約束を破るひとじゃないだろう」

 

「そうですか……あ、そういえば」

 

 マニはスプーンをくわえてパンをちぎった。

 

「ミアカシさんはどうしたんです? 今日は一緒じゃないですよね」

 

「ああ、パンジャと家にいる」

 

「そらまたどうして?」

 

「彼女が焔を見たら元気になるかと思ったのだが……今頃、どうしているだろうな」

 

「元気を出すならヤドンはどうです? 一晩、きのみ3個でどうでしょう」

 

 足下できのみを囓っていたヤドンが名前を呼ばれて「ヤァン」と間の抜けた声を上げた。アオイはヤドンを見ると、何をするにも不安でハラハラしてしまうのだがマニはそうではないらしい。もちろん断った。

 

 黙々と食事を終えてふと外を見る。窓から見える景色は灰色だ。肌にまとわりつく湿気はきっと雨の前触れだろう。

 

「やあやあ、一雨来そうですよね」

 

 ヤドンを膝に乗せ、背中を撫でたマニがアオイの見つめる先にある窓を振り返った。

 

「そう、だが……やけに暗くないか?」

 

 マニは椅子の上でのけぞって外を見た。

 

「隣の図書館が今お休みしているんですよ。電気が点いていないからそう見えるんじゃないですかね?」

 

「職員の応募は無かったのか?」

 

 図書館の管理を行っていたのは、とても高齢のおじいさんで代わりの職員を探しているという話は聞いていた。とうとう時期が来てしまったらしい。

 アオイが悪夢の研究やその後に始まったリハビリをして休んでいる間に、世間ではそんなことが起きていたようだ。自分には直接の大きな影響があるわけではないが、ますます気持ちは塞がった。

 

「結局、私はリリさんとの願いは叶えられなかった。あの子、私と図書館に行く約束をしたかったのに……」

 

「職員が見つかれば図書館はまた開くんですよ。永久封鎖ってワケじゃない。そんなに深刻に考えることじゃないですって。どうしてもっていうなら僕がミオシティまで連れて行きますよ」

 

「いいや、そこの図書館だからいいんだ。誰か職員になってくれないだろうか。いや、私がやればいいのか? 仕事の後、数時間だけでも……」

 

「アオイさんはまだリハビリ中でしょう。働き過ぎの無理は良くないですよ。まあ、そのうち誰か来ますって」

 

「その『いつか、誰か』と思う気持ちがとんでもない後悔を生むんだぞ。リリさんは子どもだ。すぐに大きくなる……きっと私の約束など忘れてしまうのだろうな……」

 

「えっなんですか、アオイさんって子ども嫌いそうなのに」

 

「嫌いだとも! 同じ空間にいるのは耐えきれない。……それでも、これからの世界を生きていく子ども達に夢を見せるのは我々大人の役割だ。私の身体の都合やつまらないプライドで子どもの興味を摘み取るのは、良くないことなのだ」

 

 意外そうな顔をされたのでアオイはむっすりと口を引き締めて肩を落とした。

 

「君だって同じことだ。……私がかつて描いた夢の果てを見ただろう?」

 

 アオイが食後のコーヒーに手を伸ばす頃、マニの目に宿る面白がっていたような好奇の光が消えた。

 答えるには時間が足りず、気が進まないのだろう。彼は答えなかった。

 

「――ベルガさんが行った暴露は、形はどうであれ私の夢を実現する最も手っ取り早い手段だった。……形はどうであれ。本当に、形はどうであれ、だったが」

 

 重々しく言った後でアオイはきっちり整えられた襟に触れた。

 

「何も変わらなかった。何も。世界は変わらなかった。けれど私の夢はひとつの完成を見た」

 

「アオイさん……。そ、それでも僕は……あなたの夢にひとつの区切りがついて良かったのだと思います。たしかに事業はあなたの手から離れた。それでも、失敗ではないでしょう。人が認められる完成なんてどこかに綻びがあるはず。だからいつか誰かがきっと……! 正しい形に――ああ、ダメだ。……この気持ちが後悔を招くのでしょうか?」

 

 いつか、誰かが、きっと。

 その願いは美しい。叶えることが困難であるほどに。

 マニはアオイが言いたかったことに気付いたようだ。彼は俯いてしまった。

 

「これからのあなたの夢は何ですか?」

 

「穏やかに暮らすことだ。でも、研究は続ける。今度こそ自分たちの手でやらないといけない。……君はどうする? 怖じ気づくのは正しい反応だ。咎めることはしない。君は若い。まだ別な道も選べるだろう」

 

 世界をさざ波立てるちっぽけな色彩のために学び、命を懸ける。――そんな生き方ができるかどうか、アオイは訊ねた。

 

 彼の震えた瞳が、けれどまっすぐにアオイを見た。

 

「僕は……僕は、まだこの道を歩いて行きたいと思います。研究者としての道を。ここにあなたがいるので、あなたから学べる間はここにいたいです。僕は、この世界にとって何が正しいことなのか分かりません。……でも、真実を知っている者として、あらゆることを学び続ける必要があると思っています」

 

「そうか。……それなら、一緒に勉強していこうか」

 

「はいっ! 何だっていいですよ! ってうわあ……受け身くらいとってくれよぉ」

 

 顔を輝かせてマニは勢いよく頷く。驚いたヤドンが床にどちゃりと顔から落ちた。

 アオイは笑って握手を求めた。力強く握られた手に彼は希望を垣間見た。

 

『いつか誰かがきっと』――願いの萌芽を感じたからだ。

 

 

 

□ □ □

 

 

 

 焔が揺れる。

 絶えることのない揺らめきは永遠にも感じられる時間だ。

 虚ろに窪む我が身の焔の色がこれだ。

 

 パンジャは、ベッド上に投げ出された指の隙間から青い焔を見ていた。

 

(……精彩が欠けるな)

 

 ミアカシがアオイの傍にいる時は、キレのある焔だったように思う。いかにも高温で触れると痛いだろうな、と感じられる生気のある焔を思い浮かべた。

 

(無気力を投映しているのか……)

 

 くすんだ焔から、それでも、目を離すことができないのはミアカシがこちらを見ているからだ。

 

 ――いつ燃え尽きるだろう。

 

 そんな目で見つめられては無感動な感性なりに油断はできない。魂をひょいと取り上げられてしまってからでは遅いのだ。

 

 アオイもこうした危機感に身を焦がされたのだろうか。

 

 危機感はパンジャの精神安定上、良くない。締め切りが存在することに絶えきれないように危機は退けておきたい。しかし、破壊を望んでいたはずの手足は現在休止中で指先ひとつとも動かせない。

 

(ダメだ……身体が動かない……)

 

 物心ついてからずっと心に張りつめていた緊張が解けた反動は激しかった。母の呪縛の大きさを知ると共にそれに支えられていた自分を知った。

 

 身体に何も異常が無く、心が落ち込んでいるわけではないのに、何も行動ができない。順序立てて物事を考えることはできても、実行できるだけの気力が湧いてこないのだ。また飲んでいる鎮痛薬のせいで頭にもやがかかる眠気が常にある。けれど飲まないと一睡もできない疼痛に悩まされるのだから飲まないわけにはいかない。

 

 毎日微量な気力を振り絞りどうにか身体を動かして、生活するために最低限の行為をする。それが精一杯だ。

 

(本当は食事を作ったり……掃除をしたり……研究の続きをしなければならないのに……アオイにおんぶだっこでは……わたしの意義が……ああ、身体が動かない……)

 

 気を抜くとベルガのことが気になってしまう。

 

(ドクター=アクロマの下働きしているんだろうなぁ……扱い雑そう……。まあ、その分彼女も私の優しさというものを知るんだろうか……確認できない以上、この空想には意味が無いが……かといって顔を見たら、殴ってしまいそうだし……アオイから報復は無しと止められている以上は無駄なことか……)

 

 ベルガには悪いことをした。――などとパンジャは一片も思っていなかった。せいぜい持ち合わせる感想は『勝手に劣等感拗らせて爆死しやがって』という悪態であった。

 

 騙される奴が悪い。

 邪魔する方が絶対的な悪なのだ。

 人が、ポケモンが、水たまりを避けて進むように、パンジャは水を土で埋めてから歩いて行っただけなのだ。

 

 とはいえである。

 

 パンジャは再び襲ってきた眠りに、瞼を落とした。腕が熱を持って痛んでいた。

 

 自分が悪くないと思っていても、爆発の余波は周囲を焼き尽くすに十分であった。パンジャが見くびる『騙されたヤツ』の所業はよりにもって最低で最悪の手を打った。持ち出した物が自分とアオイに深く関わるものだったことはパンジャにとって本当に許しがたく、体裁が悪かった。

 結果、ここ最近のアオイは不幸のどん底のような顔で日々を過ごしていたらしい。

 

(ああ、わたしはアオイを悲しませたくなかったのに……)

 

 どうしてこうなってしまうのだろう?

 

 ベッドに爪を立てて、パンジャは思う。

 

 根底にある願いは誰しも抱く、大切な人に幸せでいてほしい、という細やかなものだった。この願いは、この思いは、決して間違っていないはずなのに。

 

 間違いからは間違いしか生まれないのだろうか?

 

 パンジャは母を思い浮かべた。

 

 子の幸福を望めない彼女が呪詛を餞別したように、わたしもどこかでアオイの不幸を願っているのだろうか? いいや、いいや、そんなはずはない。わたしはアオイのことが大切だ。これは、絶対に、間違いのないことだ。

 

 熱のある腕を持てあまし、パンジャはとうとう身を起こす決断をした。冷蔵庫にある氷を取りに行こう。今朝、アオイが用意してくれた氷嚢は昼過ぎの今、水になってしまっていた。

 

 目を開くとミアカシが目の前にいた。

 

 ベッドには深い青をたたえる髪が惜しげもなく広がっている。その一房を持ち上げようとして――小さな手からはハラハラとこぼれてしまう。それを見てあたふたしているミアカシがどうしようもなく可愛らしく思えてパンジャは笑った。

 

「……君が羨ましいよ。……その焔。美しさ。そばにいるだけでアオイを幸せにできる。わたしも名前の通り、花のようで在れたら良かったのだが……どんな正の数でも負をかければダメになると知っていたつもりだったのだがね。君の焔は、醜くも愛おしい我が情念を燃やしただろうか? 悲喜交交、アオイはきっともっと穏やか――むぅっ」

 

 パンジャの口は塞がれた。

 

「ん、むむもむ……」

 

 視界が暗い。人の顔の上に乗らないで欲しい。髪の毛を追うあまりそこに頭があったと気付かなかったのかもしれない。彼女をどかすかどうか思考したところで、氷を取りに行くために振り絞っていた気力が尽きる。パンジャの手は再びベッドに落ちた。

 

「はあ……アオイが、君に救われる理由が分かるよ。誰にも囚われない。自由だ。忘れていたことを思い出させてくれる。『やりたいことをやる』。いろいろ考えすぎてそんな簡単なことを忘れてしまうんだから……」

 

 でもなぁ……と、パンジャは弱気になる。

 自分が動くと高確率でアオイに災難を振りまいてしまうのだ。それでも、アオイのそばにいるだけで幸せだし、大切にしたいと思う。

 うぅん、と唸る。パンジャにとって思いと行動を一致させることは難しいことなのだ。

 

 ミアカシはパンジャの顔を乗りこえて背中へ回った。

 

「モシモシっ!」

 

 呼ばれて寝返りをうつとミアカシが嬉しそうに駆け寄ってきた。

 

「え……ああ、よ、よかったね……」

 

 ミアカシがとうとう髪の毛の束をつかむことに成功したのだ。

 綿毛のように軽そうな焔が頭上で揺らめいていた。

 

 ――ヒトモシは、生命力を燃やしていると聞いたことがある。

 

 墓場や廃墟にはびこるヒトモシは、ひょっとするとダークライの比ではなく危険なポケモンなのかもしれない。

 

「ははは……はは、はははは……おかしなことを、考えたものだ」

 

 ヒトモシのミアカシがいるのなら、わたしだってここにいてもいいのではないか。

 なんて。

 どうせ思い通りにならない世界だ。失望に囚われて自分に自信を無くす前に、このように都合良く考えることが必要なのかもしれない。

 

(アオイが『おかえり』と言ってくれたから、わたしの居場所はここでいい)

 

 そう思い込むことも良いだろう。

 パンジャは枕元で目覚ましになっていたモバイルを手に取った。

 

 

 

□ □ □

 

 

 

 一歩先に春があるというのに、ここ数日花が冷える雨が続く。

 

 冷えと湿気はヒトモシであっても堪えるらしい。ミアカシのいつもの快活さはひそみ、とうとう家から出るのを渋るようになってしまった。

 

「あれ、ミアカシさんはどうしたんです?」

 

「パンジャと留守番だ。……この雨のせいでね」

 

 アオイとマニは外のベンチに腰掛けていた。平日の真昼なので博物館に客はいない。電話もかかってこないのであれば、彼らが陰気な事務室で待機している理由も少なかった。

 

 ふたりは待ち合わせるでもなく、外のベンチで昼食を摂ろうとしていた。

 しかし、妙な違和感がある。雨が降っているのに外が明るいのだ。

 

 杖を椅子に立てかけたアオイは辺りを見回した。

 

「うぅん……?」

 

「アオイさぁん」

 

「…………」

 

「アオイさぁんってば。アオイさーん、おぉーい、アオイせんせーやーい」

 

「なあ、マニさんや。今日はやけに明るくないかね?」

 

「……そうスかね? それよりアオイさん、お昼ごはんどうしたんです?」

 

 モニモニ、とやきそばパンを囓るマニを横目に、彼はベンチに背を預けると膝を組んだ。

 

「忘れてきた」

 

「はははっカロリーゼロっすね、男前! ――ンなこと言うわけないじゃないですか! やきそばパン半分あげるんで、これ食たべてください。……はあ、ダメダメじゃないですか」

 

「今朝、パンジャと食事をしたんだ。それで、つい浮かれてしまって忘れてきた」

 

「なぁんで浮かれるんですか? 一緒に暮らしているんでしょ? ははぁ、百回目の一目惚れ的なあれです?」

 

「気持ちが上向いてきたらしい。すこし気力が戻ってきたようだ。腕の腫れが引いて、久しぶりに歩いているところを見た。完治には時間がかかるらしいが」

 

「腕は大丈夫なんですか? ――っていうか、なんで怪我しているんです?」

 

「友人に戻るための喧嘩だそうだ」

 

 パンジャから言葉少なめに聞いたのは、そんな言葉だった。コウタに同じことを聞いても『殴ってスッキリしたぜ☆』と機嫌の良さそうなメールが返ってくるだけだった。『殴るなんて痛いだけだろう、何を言っているんだ』と思うでもないが、殴り合ってわかり合うという気持ちは分からないでもない。ほんのちょっぴりだが憧れる。アオイも男の子なのだ。

 

「殴り合いで人間関係の再構築? ははっそんな少年漫画っ!」

 

「『そんな』ことでカタがつくくらい深い人間関係ということだ」

 

 暴力はいけないが、けれど、羨ましいことだよな。

 ポロリと本音が零れたアオイはやきそばパンを囓った。

 

「アオイさんを今から僕が殴ったらどうします?」

 

「普通に殴り返すよ。えっなんでショックを受けているんだ」

 

「僕がアオイさんを殴るんですよ!? 理由とか聞かないんですか!? 深刻な事情があるかもしれないじゃないですか!?」

 

「どうせ『運命がアオイさんを殴れと言いました』なんてトンデモな返答が帰ってくるんだろう。私は詳しいんだ」

 

「言いませんって!」

 

 マニはケラケラと腹を抱えて笑った。

 

「ところで、やきそばパン美味しいね。炭水化物取り過ぎだろうと敬遠していたが、これはなかなか……作るのは面倒そうだが」

 

 唇についたパンくずを舐めたアオイは、行儀が悪かったと赤面した。

 

「イッシュじゃパンを食べていたんでしょう?」

 

「ああ、ムギのパンが好きだ。……米はまだ食べ慣れないな」

 

「だからイモばっかり食べているんだ。へえ。はっ! ねえねえ、パンジャさんもイモばっかり食べているんですか?」

 

 アオイはパンくずの付いた手を払う。

 どうしてもマニへ向ける目は胡乱になってしまった。

 

「いやにパンジャのことを気にするじゃないか」

 

「えー、アオイさん知らないんですかー? 僕とパンジャさんってふつーに仲良いんですよ? 僕は心の友だと思っていますし」

 

 心の友!

 アオイはマニへの警戒心よりも驚きが勝った。

 

「……君、もうちょっと友達を選んだほうがいいぞ。私が言うのも大変アレな話だが、人生の先輩としての助言として」

 

「ホントどの口が言うんですかね。――うん?」

 

 いつもより30分も早く食事を終えたふたりは、食後に温かいお茶を飲む。アオイが苦みのある顔で笑った。それにつられて笑ったマニは、ある時、笑みをひそめた。

 

「あ! アオイさん! 図書館に電気がついてますって! だから明るいんですよ」

 

「えっ? だって誰も応募は無かったんだろう?」

 

「誰がやっているのか、確認しに行きませんか? 前のおじいさんが忘れ物で戻ってきたのかもしれないですけど!」

 

 窓を覗くだけではよく見えない。アオイより背の高いマニが見えないのだからアオイもきっと見えないだろう。マニが傘を取ってきます、と言い、博物館へ走って行った。

 

「しかし……誰が……あ、リリさんへお知らせしないといけないな……」

 

 マニがいたら「図書館デート!」と茶化しただろう。

 アオイは、ちょっとばかり浮かれている自分を自覚していた。子どもは苦手だが、本の話は好きだし、誰かの役に立てるのであれば尽力したい。

 

「はい! アオイさんの傘! はい、杖持って、行きますよ!」

 

「ああ――待った、誰か出てくる」

 

 外へ繋がる運搬口のシャッターが開く。

 どうやら新しく着任したのは、女性のようだ。

 

「……うん?」

 

 片手に大きな鞄を持つ彼女は、肩先で切り揃えられた髪を耳に掻き上げる。

 その仕草が妙に印象に残り、アオイは眉を寄せた。

 

 ふたりでじろじろとその女性の後ろ姿を見つめてしまった。

 やがて、マニがひそひそと顔を寄せた。

 

「うーん、僕としては長い髪の女性のほうが好みですよ」

 

「君の好みはこの際どうでもいい。……それで、あの人はこの町のひとかな?」

 

「さあ、見たこと無いですね。引っ越ししてきたのかな? こういう時は挨拶してみましょう。僕に任せてください。――あの、こーんにちはー」

 

 シャッターを閉めた彼女が振り返る。

 北方の海の色をした瞳に、アオイは息をのんだ。

 

「やあ、アオイ。ちょうどよかった」

 

 振り返った彼女にふたりは驚いた。

 

「パンジャっ! な、君は何を……」

 

「パンジャさんだ! わあ、お久しぶりです!」

 

 雨をよけて小走りにやってくるパンジャは腕に抱えていた箱をアオイに渡した。

 

「お弁当作ったのに忘れていっただろう? だから持ってきたんだ。マニ君の分もデザートを作ってきたからぜひ食べてくれ」

 

「え、いや、図書館、君はどうして」

 

「生活する以上、仕事は必要だ。君に頼りきりというのもいけないだろう?」

 

 アオイはそれはそうだと頷いたが、それにしても腕が治ってからでもよかったのではないかと言った。

 

「動いていないとなんだか心が腐ってしまいそうなんだ。でも、大丈夫。心配いらないよ。司書はきっと楽しい仕事になる。たくさん集めたものを整理する。こういう仕事は、向いていると思うんだ」

 

「髪は……」

 

「気分転換だ。もともと切ろうと思っていたんだ。今回ちょうどいい機会だったからね」

 

「お似合いです! とても可愛いですよ! ね!? アオイさん!」

 

 マニの勢いに負けてアオイは頷いた。もちろん内心は、さっき君はショートカットが好きだと言ったばかりじゃないかとむくれていた。

 はにかむ笑顔を浮かべたパンジャは手袋に包まれた指で首の後ろを触った。

 

「ありがとう、マニ君。でも、そんなに言われると照れちゃうよ。――あ、そうだ。アオイ、ミアカシさんなら図書館で遊んでいるよ。連れてこようか?」

 

「バニプッチと一緒だろう? それならそのままにしてあげてほしい」

 

「分かった。では、わたしもお昼を食べてくるよ。夕方は一緒に帰ろう」

 

 パンジャは手を振って図書館へ帰っていった。

 アオイは夢ではないかと頬を抓った。痛い。

 

「驚いた。いつの間に就職活動をしていたのだろう。気力がすっかり戻ったようだ」

 

 元気になったことは良いことだと思う。しかし突然、元気になってしまったように思える。後から辛い思いをしなければいいのだが……。

 

 彼の懸念を遮ったのはマニの深刻そうな顔だった。

 

「アオイさん、僕気付いちゃったんですが」

 

「…………。いちおう聞いておくけど。なに?」

 

「僕ってショートカットも好きみたいです!」

 

「ホントにどうでもいいな!」

 

 呆れた顔をすると、マニは慌てたように手を振った。

 

「勘違いもしないでください、別に、パンジャさんを見て宗旨変えしたわけじゃないですからね!」

 

「それ、説得力がほんのちょっとでもあると思っているのか?」

 

「ええ、大いに! まあまあ、カリカリしないでくださいよ。パンジャさんがせっかく持ってきてくれたんです。お弁当を食べましょう。――わあ、僕のデザートはモモンの砂糖漬けですよ! ヤドンも食べ――あれ、ヤドン、どこいった?」

 

 研究室に戻っていったマニを傍目に、アオイはスープジャーを開け、ポトフを食べた。予想以上に熱くて、大きな一口で食べたことを後悔してしまった。

 けれど冷雨の空気にあてられて冷めた体に、野菜の味わいが染み渡るようだった。

 

 

 

◆ ◆ ◇

 

 

 

 その日の夕方。

 気もそぞろに仕事を終えたアオイは博物館から転がり出るように走っていた。もっとも足が悪いので早足の程度だったがとにかく気が急いていた。

 

 図書館の入口で待っていると、屋内の電灯が消えた。それからやや遅れてパンジャがやってきた。その後をふわふわ浮くバニプッチとミアカシが歩いてやってくる。

 

 屋内用の革靴から踵の低い革靴へ履き替えた彼女は、軽い仕草で手を挙げた。

 

「やあ、アオイ。すっかり待たせてしまった」

 

「いいや、今来たばかりだ」

 

「そう? じゃ、帰ろうか」

 

 バイクで来たわけではないのか。

 アオイは辺りを見回して、巨体が無いことを確認した。

 

「ああ。その、パンジャ、体の方は大丈夫なのか? 今朝は怠そうだったのに」

 

 足下のミアカシをすくい上げたアオイは、不安を滲ませた。

 

「気怠さはあるが思い切って外出したら良くなったよ。大人しくしているよりも働いている方が気分転換になるらしい。……君が療養のためこのシンオウの土地へ来た時、どうして大人しくしていられないのかと思っていたが、気持ちが分かったよ。動いていないとダメなんだね」

 

「……あまり気負わないようにしてくれ」

 

「気負うなんて! こんなに心が軽い日は無い」

 

 パンジャは笑って、うつむきがちになるアオイの前をつま先で歩く。夕陽が、短くなった彼女の髪を煌めかせた。

 

「うじうじしても黴が生えるばかりで、先が無い。後悔はいつでもできる。でも、こうして考えて歩くことができるのは、きっと今だけなんだ。だから、落ち込むのはおしまいだ。可能性の多様性こそわたしは愛そう。こう見えて新しい仕事にわくわくしているんだ」

 

 パンジャのことを否定する言葉をアオイは得ない。

 そして、寝室に吊されていた白衣に差された深紅の薔薇が、今は純白のハンカチに変わっている。

 それが全ての答えなのだろう。

 

「君がそれでいいのなら、私もそれでいいのだと思う」

 

 かつてパンジャに言われた言葉を、アオイも伝える。

 彼女が後悔の少ない人生を歩めるように、今は祈りをこめていた。

 

「君に言われると勇気が出るよ。急に仕事を決めたからね。相談しなかったことを怒られるかと思ったんだが」

 

「いいや。『やりたいことをやる』ってことが大切なんだ。ふたりで頑張っていこう。――ええと、司書さん?」

 

 アオイは左の頬が上がる――いつもの顔で笑った。

 どうにも人が悪そうに見えるその顔に、彼女はほんのすこし驚いた顔をした。

 

「ありがとう、アオイ」

 

 ホッとしたように胸を押さえた彼女は、安心したように微笑んだ。

 

 

 彼らを取り巻く問題は多岐にわたり、一朝一夕に変わるものではない。

 けれど。

 

 

(今は……ささやかな幸せを)

 

 ただ感じることができれば、それも良いものだと思う。具体的には、手を取り笑い合える現状を大切にすべきだろう。

 今も、昔も――決して優先を見誤ってはいけなかったのだ。

 

 

 

 夕焼け小焼けのなかをふたりは歩いて行く。

 

「なぁんだ。……大丈夫そうだな」

 

 なんとなく昼のふたりが心配になり、後をつけていたマニは樹木の陰のなかで呟いた。胸にはぼんやりした感動を覚えている。そのうちぽかぽかの陽気にあてられて帰ることにした。

 

(生きてさえいれば――人間、なんとかなるもんだ)

 

 マニは今回の件で、ふたつのことを学んだ。

 

 彼の夢の果て。

 そして、人間の底。

 

 過去も未来も、彼らは幸福とは言いがたい人生を歩むのかもしれない。

 それでも。

 

(生きてさえ、いれば……)

 

 人は、夢を、幸せを、つかむ可能性があるのだ。

 どん底のどん詰まり、三叉路の一本道の彼方にあった袋小路――その挙げ句に辿りついたアオイにもこうして可能性はあった。

 

 選べる可能性が、現状のひとつだけだったとしても。

 

(……僕は何をやるべきだろう)

 

 アオイを見よ。

 

 世の中は思いがけない――まさに不意打ちだ――事態で、大切に抱えていたかった夢が野晒しにされることがある。その時が来れば、あっという間の出来事だ。マニの数倍頭がキレる彼でさえ、心の整理に時間がかかっている。

 

 もしもマニが同じ立場であったら何ができるだろう。これはアオイの相談に乗った日からずっと考えているが、答えは出ない。

 ただマニはアオイのような後悔の無く生きていきたいと思う。

 淀まず、弛まず、不断で、余白の無い人生を。

 

 そのために。

 

(やるべきことは、僕のできること。――僕は、僕のできることをやるだけ!)

 

 彼は唇を引き締め、顔を上げて歩く。

 その肩は森の奥から吹き込む早春の風を切った。

 




【あとがき】
 次話から最終章となります。
 あと4~6話くらいで終了します。
 最後も近く、説明不足が気になり始めたこの頃。
 作中のこと、プロット展開のこと、何か疑問に思うことや質問がある場合は、感想にてお願いいたします。「いや、ちょっと感想返信の長文が怖いし……」という方はツイッターのマシュマロ(匿名)で投げつけてください。よっぽどネガティブなことでなければ質問でも問題ないはずですので!


【パンジャの母:ヴィオラ】

【挿絵表示】

「パンジャ、あなたを愛しているの。本当よ。だってお母さんだもの。だからわたしを悲しませないで。そばにいて。愛させて」
 文中、パンジャに語られるだけの存在となりました。
 いわゆるコントロールフリークの類いの存在。パンジャは常に彼女の顔色をうかがいながら生活しなければならなかったため、本来の感情表現ができず表情の変化や発露を極端に恐れてしまっていた。家の外でも内でも『理想の子』を演じ続けた結果、自分が何を感じているのか分からなくなっていた。――アオイに出会うまでは。
 彼女の愛は『少女の恋』。硝子の向こう側の水滴を拭き取ろうとした『忠実』な愛を誰も笑うことができない。「愛したいものを愛する」「大切なものを大切にする」。たとえ愛の皮をまとった恋だとしても、その『誠実』には決して間違いは無いのだから。



【バレンタインデー&ホワイトデー】
豆知識1:アオイはミアカシさんにも贈れることが嬉しい。マニ君? おまけに決まってるだろう。

【挿絵表示】


豆知識2:後日ミアカシがヤドンの尻尾に噛みつく事例が発生した。うますぎる……完成度が高すぎたんだ……

【挿絵表示】

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