もしもし、ヒトモシと私の世界【完結】   作:ノノギギ騎士団

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新年あけましておめでとうございます!
さて、今年もすこしずつ更新していきたいと思います。
今年度もよろしくお願いします!


畑と草刈り

 朝起きて、台所から何やらいい匂いがすることに気付いた。

 一瞬、自分がシッポウシティの実家にいるような気分になり、今よりずっと幼くなった心地がしたものの、すぐにそれを否定する。現実はいつでも正解だ。これが正解で真ならばあとは不正解で偽に違いないのだから。

 

 それにしても、胸やけがする。

 

「……飲み過ぎたなぁ」

 

 酒は結構強い方だと思っていたのだが、最近はすっかり飲まなくなっていた。独り暮らしの晩酌は空しいだけだと思っていたからである。だが、昨夜は旧友との再会で普段気にかけていることをすっかり忘れていたらしい。それはそれで幸せなことである。

 

 本当はもうすこしダラダラしていたいのだが、客人に朝食を作らせるのはよくないだろう。

 手すりを頼りに車イスに座ると、車輪を動かした。

 

「おっす。台所勝手に使ってるぜ」

 

「ああ、すまない。寝過ごした……。朝食まで作らせてしまって申し訳ない」

 

「気にするなよ。そういえばお前、畑作るんだって?」

 

「は?」

 

 もしかして、自分はまだ寝惚けているのだろうか。

 いくら酒を飲んで多少口が緩くなっていても言っていい情報とそうでない情報の境界はしっかりしているタイプである。そう自覚しているアオイは本当に驚いた。そういえばまだ顔も洗っていない。たいそう頭の悪そうな顔に見えたに違いなかった。

 

「いや、だから畑作るんだろ? ヒトモシ、ああ、いまはミアカシさんね……が言ってたぞ」

 

「え? 君はいつからポケモンと話ができるようになったんだ?」

 

「ちょ、おま……いえね、別に喋れるわけじゃないぞ? テレパシーって知ってるか?」

 

「テレ……? ん? あ、ああ……ラルトスが使える技のひとつ?」

 

 言ってしまってから、技だったか特性だったか分からなくなりアオイは首を傾げた。

 

「うん、たぶんそれ」

 

「たぶんそれってなんだ、完全な解答を要求する」

 

 なぜか照れっとしているミアカシとラルトスを見て、アオイは首を傾げてから思い出したように「おはよう」と声を掛けた。

 

「まあ、朝からそんなむつかしいこと考えるなよ。ラルトスの説明はここに置いておくとしてだな。ミアカシさん送信! ラルトス受信&送信! 俺受信! ってなわけだ」

 

「……は?」

 

「だから、むつかしく考えるなよ。共感性ってやつだ」

 

「そうか……そうなのか」

 

 納得はできなかったが、そういうものだと思い込むことにした。

 

 おててを繋いでスキップしているミアカシとラルトスがアオイの前にやって来てビシッとポーズを決めた。ポケットに入っていたモバイルでパシャリと撮るとはしゃいで出て行ってしまった。

 

「なんだ、仲が良いな……」

 

「それで、どんな畑を作るんだ?」

 

「生活の足しになる程度のものだ」

 

「あー……いちおう聞くが、どうやって?」

 

「人を雇おうかと」

 

「金有るの?」

 

「まあ、そこそこ」

 

 不思議な沈黙があって、コウタが手を叩いた。

 

「なあ、それ俺が手伝ってやるよ!」

 

 驚くのはアオイの方だった。

 んがっと喉の奥が詰まったような声を上げて、彼は手を振った。

 

「いや、気にするなよ。自分でなんとかするさ」

 

 咄嗟に出たことは拒絶でますます焦る。

 本当に、この男にだけは借りは作りたくないのである。

 

「あてがないなら、俺がやるよ。もうすぐ夏になる。種を植える時期を逃すぞ?」

 

「考えておくことにしよう。ところで、今日はどうする予定だ?」

 

「今日か~、そうだな、畑の草むしりでもするか」

 

「待て。客にそんなことをさせるわけには……」

 

 しかし、台所から漂って来るいい匂いにアオイは頭を抱える。ここまで世話を焼かれておいてこんなことをいうのはどの口が言う案件である。しかも時刻は10時を過ぎていた。

 

「とにかく、任せてくれよ」

 

 アオイが答えあぐねている間にコウタはニヤッと笑って彼の肩を叩いた。自分でできないというのがこれほど悔しいと思ったことはない。

 

「すまない、本当に……」

 

「謝るなよ。お礼をするのは当然のことだぜ」

 

「そうはいっても……」

 

 お前の世話にはなりたくないのだ。

そうとはいえず、アオイは感情の濁流を飲み込み、頷いた。

 

「頼んでもいいのか?」

 

「ああ。もちろんさ。任せときな。朝飯食って、自分の仕事でもしてろよ。ヒトモシ……じゃないやミアカシさん、借りてくぞ」

 

「え……あ、ああ、分かった。でも、ミアカシさんにも話をしてからにしてくれよ」

 

 喜んでついていくんだろうなー、とアオイはすこし寂しくも思う。彼女だって外で思いっきり遊びたいことだろう。それなのに、わたしときたら……

 

 台所へ行くと、シチューが出来ていた。もどかしく思うことばかりでアオイは朝食が喉を通らない思いがした。それでも、これではいけないと思い直し、おたまをとる。

 

「アオイ! んじゃ、ちょっくら行って来るぜ」

 

「モッシー!」

 

「あ、ああ……」

 

アオイが手を振り、やけにハイテンションなミアカシがコウタと家を出て行った。

 はあ、と息を吐きアオイはスープを盛った器を持ち、台所を後にする。

 

「残ったのは君と私か」

 

 テーブルのいつもの席に陣取って毛づくろいするチョロネコの姿を見て、アオイは別の席で食事をし始めた。

 

「君は行かなくていいのかい?」

 

「うにゃーん」

 

「そうか。さっぱり分からないが、まあ、ここにいてゆっくりするのもいい」

 

 ちょうど右手のところにあったリモコンに手を伸ばそうとするとチョロネコの前足がパーンとリモコンを弾いた。

 

「むむ……ああ、テレビからでる高音が嫌いなのか」

 

 ミアカシは気にしない性質のようなのでついテレビを付けてしまいそうになったが、なるほど、このチョロネコはその音が聞こえてイライラしてしまうのかもしれない。

 

 ゆっくりするのもいい、ということを言った手前、ここは平穏のためにやめよう。

 アオイは左手にある新聞に手を伸ばした。

 

 ちなみに新聞はニシノやヒガシノが出版しているシンオウ日報である。

 ふむふむと見出しに目を通していると、深い紫の肢体が現れた。

 

「んむむ……」

 

 アオイの目の前に立ち塞がるチョロネコはそれだけでは飽き足らず紙面の上でごろんと横になった。

 新聞を引っ張ろうとしても――

 

「お、重い……」

 

「うにゃー!」

 

「はぶっ」

 

 素早く身を起こしたチョロネコのパンチがアオイの横面に決まった。

 

「くっ……手癖の悪い子だ」

 

 再び、新聞紙の上で、ぐでーっとリラックスしているチョロネコを放っておいて朝食を進める。

 ぱくぱく食べて後片付けをしてテーブルを綺麗に拭き、パソコンを持って来て、今日のデスクワークに勤しむ。

 

 アオイの注意が新聞に無くなったことに気付いたチョロネコはシュタッと機敏な動きで立ち上がり、アオイのパソコンの前に立ち塞がった。

 

「モニターの前に立たないでくれないか。見えないんだが」

 

 神妙そうな顔に頷き、するとキーボードの上のアオイの手の上に座った。

 

「こら」

 

 アオイが払いのけようとすると身軽に頭の上にジャンプしてきた。おちょくられている。

 

「むぐぐぐ……」

 

 こうなれば徹底無視である。これが効果的であるのはアオイの学生時代に実証済みである。

 チョロネコは頭の上でダンスし始めたが、アオイは無反応を貫いた。諦めてコウタの所へ行けはばいいのである。

 

 我慢比べのように黙々と踊り、アオイはタイプし続けた。

 

 しばらくしてチョロネコは頭の上で動かなくなった。計算式をうちこみながらアオイはついに諦めたかと勝利を確信し、頭の上を窺う。

 すると、謀ったようにぷらんと目の前に二又に分かれた尻尾が垂れてきた。

 

 ちょうど目線を隠す尻尾を首を傾げてずらそうとすると……ふら、と揺れてアオイの視線を隠す。

 

「んむぅ……」

 

 しかもそれがフラフラと揺れ始めた。自分の前髪さえ鬱陶しいと思っている彼にとって集中力を断ち切るのは十分であった。

 

「あーッ! もう、邪魔しないでくれないか!」

 

 大声に驚いたチョロネコは文字通りアオイの頭の上で飛び上がった。その隙を逃さず、彼は両手でチョロネコを捕まえることに成功した。

 

「さあ! 捕まえたぞ! ひとの頭に載るお行儀の悪い子め。まったく、可愛いくせに」

 

 にゃー、うにゃー、と鳴いているが、気にしない。可愛い顔をして頭の上でステップを踏むような悪い子なのである。

 

「しばらく私の膝でも温めているといい。まったく、仕事の邪魔をするとは……実にけしからん」

 

 アオイはチョロネコを膝の上に乗せると頭に手を置いた。滑らかでふわふわとした毛並みはよく手入れさせられた様子を思わせる。

 

「いい性格をしている。どうりでコウタが君を気に入るワケだ」

 

「にゃーむ!」

 

 そうでーす♪ という声が聞こえてきそうなほどである。顎の下を撫でているとゴロゴロと喉を鳴らした。身ごなしといい、頭の回転といい、特にどうすれば人間を困らせるかを熟知しているあたり、このチョロネコ只者ではない。

 

「……まあ、私とは仲良くできそうにないがねってあぁいい! いああぁーッ!」

 

 さっきまでゴロゴロ言っていたくせに、チョロネコは軽々と態度を変える。手をガブッとやられてアオイは悲鳴を上げた。

 

 

◆ ◇ ◆

 

 

「ふぃーっ! 草刈りなんてな。まったく久しぶり過ぎるぜ!」

 

 アオイの畑だというところは家の裏、細い道を通ったところにあった。春の日差しは柔らかく、眩し過ぎもしない光はコウタの麦わら帽子を温めた。抜けるような蒼穹に彼は目を細めた。

 とはいえ。

 

「地下鉄暮らしにはキツイ光だ」

 

 根っこを掴んでいた手を止め、汗を拭う。ここ数年、空調の効き過ぎた空間にいたせいか汗が粘っこい。

 

「モッシ、モッシ、モッシー!」

 

「働き者だなあ、偉い偉い」

 

 コウタの足元に散らばる草を集めてミアカシが畑の隅っこへ持っていく。

 

「つーか、スコルピとラルトス、どこいったってーの」

 

 コウタが見回す。その時だった。疾風が頭の上を掠めて思わず尻餅をつく。

 

「な、なんだ!?」

 

「モシッ!」

 

 ミアカシが指差すほうを向くと風の正体はムックルだった。嘴をカチカチと鳴らして威嚇している。その視線の先は、ラルトスを背にしたスコルピである。

 

 コウタが状況を飲み込めずにいるとムックルが動いた。素晴らしい速さで地上数メートルを駆け巡る。

 しかし。

 

 つつくと同時に仕掛けたスコルピのつじぎりがムックルへヒットした。衝撃で地面に激突したムックルは頭に星を浮かべて目を回している。スナイパーは伊達ではなかった。急所へ入ったらしく、すぐに起き上がりそうにない。

 

 コウタは立ち上がると駆けだした。もし、職場でバトルが始まっていたとは気付かなかったとしたら監督責任が問われる事態である、と考え事をしていた。

 

「どうしたよ、スコルピ」

 

 事情説明に飛び出してきたのはラルトスだ。

 申し訳なさそうに鳴くその姿を見て、コウタはだいたいを察した。

 

「あー、なる。ラルトスが勝負をしかけられて、スコルピが応戦ってところか?」

 

 それに応じたラルトスとスコルピが頷く仕草を見せる。

 

「まあ、正当防衛ってヤツさ。向こうだって仕掛けてきたからには覚悟もしてるさ」

 

 ミアカシが興味津々というキラキラした目でムックルに近づく。白い手で突くと、ムックルは飛び起きて去っていた。さよならするように手を振っている。呑気というか図太いというか、アオイの言う通り、良くも悪くも無邪気なのだろう、とコウタは苦笑いを浮かべた。

 

「ま、気にすることでもないさ。ラルトスはあとでありがとうするんだぜ?」

 

 スコルピとラルトスを見つめて、彼らの視線を繋げるとコウタは腕まくりをした。

 

「よーし! お昼まで頑張るぜ! おーっ!」

 

 

◆ ◇ ◆

 

 

ミアカシは森の中を見ていた。

ムックルが飛び去った後のことだ。

 

森の中はまだ入ったことがない。

絵本やテレビに森が出てくるたびにアオイの注意を向けるが、彼はまだ早い、というようなことを言ってそっちへいくことを渋っていた。

 

生まれて一年も経っていないが、生まれてからひとりでいた時間とアオイといた時間とでは彼との時間が長くなっていることに気付いている。そして、彼が人一倍物事を考えて物事に取り組むひとだということも察しつつある。だから、十分に考えもせず、ひとりで森に行くのはやめようと思っている。

 

 でも、森は何かを惹きつけてやまないものがある。

 

 ミアカシの、ヒトモシの……ゴーストタイプとしての性だろうか。

 森の中をじぃっと見つめていると、何かが見えるような気がしてならない。

 何か。

 何かとはなんだろう。

 ひと。ポケモン。似たようなもの。

 

 似たようなもの。

 同じもの。

 でも違うもの。

 

 分からない。

 まだ、分からない。

 

 森の中を漂うもの。

 

 ミアカシに見えていて、アオイには見えないもの。感じないもの。でも、あるもの。

 

 正体は分からない。

 

「モシ……?」

 

 ミアカシが森の中を見つめていると木々の開けたところがあるのを見つけた。

 そこに、ゆらゆらと漂う昏い影がある。

 

 昏い影。

 色は……?

 

「…………」

 

 ミアカシは手を引かれた。

 

「モシ?」

 

「…………」

 

 ラルトスが手を引いている。

 緩く首を振って、畑の方へ手を向けた。

 

 ミアカシが再び森の中を見ると、もうそこに影は無い。ただの光の溜まり場になっていた。

 

「モシ……」

 

 清々しい午前の光の眩しい日のことであった。

 

 

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