今のところ7:3くらいな気がします。目標は4:6なんです。
ともあれ出発進行!
アオイは、しばしば同郷で幼馴染のパンジャから「神経質」と言われていた。そんなものアオイから言わせていただければ女性は総じて「感情的」と言いたい時もあるのだが、問題は彼個人の特性の問題で性別は問題ではなかったので、それはそれとして置いておく。
彼の思考で、何を問題にしているかと言えば、ヒトモシのミアカシとの約束である。
「クロガネシティ……ビギナーの試合会場……時間……燃料費……」
ぶつぶつと独り言を呟くのは今に始まったことではないが、チョロネコにとっては珍しい光景なのか顔をじっと覗き込んで来る。別に見ても楽しいことはないぞ、と目で語りかけると触り心地の良い毛並みを見せつけてくる。自分の魅力を分かっていてやっているようだ。まったくけしからん。
「ポケモンのバトルだよ。ミアカシさんがやってみたいと言っていてね。君はどうだい? 異境の地でそういった経験をすることに魅力を感じないかな?」
分かっているのか分かっていないのか、チョロネコは「なーん」と鳴いた。
「コウタの分も登録しておこう。いざとなればキャンセルすればいい」
すでに登録してしまってから、職務以外での私闘を禁ずるとか、そんな仕事上のルールがあったらどうしよう、等と考えたがさすがにそこに干渉するのは無いだろうと最終的な判断を下した。後日、コウタに聞いたところ、やはり笑って否定された。そこまでされたら大変だぜ。だろうな。
午前のデスクワークが終わる目安が立ち、アオイは何気なくカレンダーを見た。日々の用事や出来事、行事などを書き込むカレンダーである。ハクタイ生活援助センターで行っている通販で購入した物だが、なかなか使い心地が――という話はこれまた置いておくとして。
「あれ。今日ってもしかして、チャチャさんが来る日じゃ」
言っているそばからチョロネコがデスクの上を飛び出して窓を叩いた。遠くからもうすっかり聞き慣れてしまったエンジンの音が聞こえてくる……ような気がする。
そういえば、これからの生活方針を決める予定になっていた。さっさと決めて帰ってもらうか。コウタがいるとマズイ。畑の仕事はまだ終わらないだろうから、数時間なら大丈夫か。
そして、ハッとしてパソコンの画面を出た。さっきからピーピーとうるさいと思ったら数値エラーが出ているではないか!
メールで送られてきた資料の数値を再確認しながら、計算作業をする。こうなればチャチャとの面談と同時進行で仕事をしよう。〆切の時間までは余裕がある。早めに作業を始めていてよかった。
「にゃー」
なにやら外を気にしていたチョロネコが台所へ移動し、息を潜ませた。空気が読めるところがなんだか人間慣れしている。
◆ ◇ ◆
ハクタイ生活支援センターでは、要望者の希望に応じてその生活を支援する。それは食料品の配達から、職業の斡旋などよく知られている業務から、人間とポケモンが『普通』の生活を送るために必要な根本的な支援から、仕事は多岐に渡る。
アオイの場合、新天地での『生活が安定するまで』という契約のつもりだったのだが、脚が動かないという障害を持っているために支援センターの方から『差支えがなければ、度々訪問させていただきたい』と言われていた。様子見、ということなのだろう、と彼は勝手に解釈をしていた。異常があればすぐにわかるようにする姿勢は好ましい。
もっとも、彼と同じ立場にある人はその要請を拒むことも少なくはないようだが、それは持つ者と持たざる者の主義の問題なのだろう。どちらが悪いということもない、現実は常に正解だ。アオイとしては、嫌な顔をしないだけ素直に受け取るべき好意の行為であると思い、チャチャを迎い入れる。
「アオイさん、こんにちは」
「こんにちはチャチャさん。すみませんね、今ちょっとたてこんでいまして」
キーボードを叩き、アオイは画面からすこしだけ目を離してチャチャを出迎えた。
「そ、そうですか」
「バイト中なんですが、数値のエラーが出てしまいまして」
「それでは、終わるまで待たせていただきますね」
手提げバッグから書類を取り出し、膝の上に広げてチャチャがあれこれと入れ替える。
作業に取り掛かる彼女に、アオイは「重ねて申し訳ないのですが」と言い募った。
「実は、この後にも予定がありましてね。作業中で失礼ですが、このまま今後の予定を話しあいたいのですが」
「そ、そうですか。分かりました。そういうことなら……」
今後の予定のノートを引っ張り出してチャチャはペンを取り、アオイは数値に目を奔らせる。
「――畑の方はどうしましょうか」
「きのみの木をいくつか調べている途中です。本当は、どこからかかぶを分けていただければいいんですがね」
「畑は、野菜との予定ですが?」
「とりあえず、葉物から始めようかと」
アオイはようやく数値エラーの発生源を見つけた。小数点の桁がズレていたようだ。
修正して結果を送信するとパソコンを閉じ、彼女がいるテーブルの向かいに座った。
「これが資料です。まあ、畑の規模が規模なので大した収穫にはならないでしょうが、独り身を養う程度であればいくらか足しになると思います。近々、整備を行う予定です」
「早いですね!? では、それはそのように……」
「?」
「それでは、あっと、バイトを含めた収支はどうですか?」
「片手間には良いですよ。数時間集中すれば終わりますし、何より歩かなくていいですからね」
「なるほど。実はうちの生活支援センターは就職支援もしているんですが……どうですか?」
「適性があえば、ぜひ」
「ネットでも支援センターのホームページから、閲覧できますが次回来た時にいくつか持ってきますね」
「お願いします。できれば事務系の仕事がいいですね。働くことが億劫なわけではないので、機会があれば……ええ」
ノートに何やらメモをしていた彼女が「きっと見つかりますよ」と微笑む。
慣れつつあるハクタイシティでの生活に実感が伴ってきてアオイは頷き、ふと彼女が何やら気付いた、というふうに「そういえば」と言いかけた。
「ミアカシさんは?」
「え、ええ……そのあたりを散歩しているようですが……あはは」
アオイはなぜこうもどうしようもない嘘をついてしまうのか、いまいち自分が分からない。たぶん、彼女に友人という個人的で私的な部分を見せたくないのだろう。
「そうですか。いやぁ、リザードと仲良くさせてもらっているみたいで」
「いえ、こちらこそ。私ではなにかと遊び相手にも物足りないと思うこともあるのでしょうし……そういえば、あー……ルカリオは?」
「庭を見に行ってもらっています。そうそう、波動的に気になるものがあるんでしょうかね?」
「そうですか……え、庭?」
「それじゃ、わたしたちはこれで失礼します。また後日、計画を練りましょう。えーっと、病院に行く日は、水曜日でしたよね」
「え、ええ……」
今日はお茶も出さなかったな、と反省する。次回はお菓子でも用意しておこう。
ともあれ、これでチャチャとコウタが鉢合わせずに済む。
(まったく、チャチなプライドだ)
こんなものを守るために、くだらない嘘を吐いている。
アオイは肩を落として、玄関へ続く廊下への扉を開けたチャチャの背中を見送った。
そろそろ昼だな、と思い、冷蔵庫を見て見ようと車輪を動かす。
不意に、扉の外から小さな悲鳴、続いて低いどよめき。
「な、なんですか! 誰!? 誰ですか!」
「……い、いや、飯、食いに来ただけですけど」
「え……ええ!?」
アオイは慌ててバックして扉を開き――頭を抱えた。
「アオイ……」
「アオイさん……」
二人の目がアオイを見つめて離さなかった。
チャチなプライドが盛大に瓦解し、彼はしばらくその場を動けなかった。
「どーして、そう……しょーもない嘘を……」
「なんというべきか言葉が見つからない」
呆れたようにコウタは言い、しかし、何か察したようにそれ以降口を開かなかった。
三角形に座る面々にアオイは言いわけにもならない言葉を呟き、数分に及ぶ格闘の末、膝に座ることに成功したミアカシを撫でていた。
「ご友人の方が来ていらっしゃるなんて。言ってくださったら日をあらためたのに」
「いえ、それほどのことでは……そんなことでスケジュールを変更するのも失礼ですし」
「いえいえ、そういうことならいつだって大丈夫ですよ。遠慮なく言ってくださいね。――コウタさん、すみません。わたしったら取り乱しちゃって……」
「お気になさらず」
チャチャはその後、深くお辞儀をして家を出て行った。
彼女が帰るとようやく安堵することができた。家の中が広く感じる。しかし、気分はもう夕方で疲れてしまっていた。
「間が悪いな……」
愚痴っぽく言うとコウタは久しぶりに呼吸をしたかのように深く息を吐いた。その顔は学生時代のように妙に青臭く感じる。
「俺……俺! あのひとがお前の彼女だったら、どうしようかと!」
「寝言は寝て言うもんだ。私に彼女はいない」
大真面目に答えたアオイは台所でテーブルを拭く布巾を『神経質』に絞り、テーブルを拭き始めた。
「えっ、いや、いるだろ。チャチャさんじゃない」
「誰?」
「だから、パンジャだろ? だって……え? お前ら、付き合ってないの?」
言葉を重ねるごとに険しくなるアオイの顔にコウタは次第に勢いを無くし、最後には首を傾げるだけになり、アオイは布巾を台所に向かって投げた。ミアカシが驚いたように顔を見つめてきた。
「私たちは、友だちだ。と・も・だ・ち」
この話はやめだというように彼は手を振り、レンジにレトルトのスパゲッティを放りこんだ。
「えぇぇー……四六時中一緒にいて友だちなのかよ」
「まさか、仕事や学校で生活しているのを四六時中とカウントしているわけではないだろうね。そんなことを言ったら、私はミアカシさんと夫婦だよ」
「いや、まあ、そう……うん」
「こんなガキみたいなことを言うのはやめてくれ。――真面目な話かもしれないが。私は君みたいに家族を作るつもりはないんだ。おしまいだ、おしまい」
「ああ、分かったよ」
かつてこれほど味のしないスパゲッティを食べたことは無かった。
スープをよそって、ふたりは言葉も少なく無心に貪った。
ミアカシとラルトス、スコルピとチョロネコが楽しそうに食べていることだけが癒しだった。
◆ ◇ ◆
「畑な、雑草だけなら明日にでも片付くぜ」
「早いな。あまり急かすつもりはないんだが……いや、嬉しいのは嬉しいが」
「スコルピが、すげー張り切っちゃってさ。そこで、相談なんだが……」
「私も相談がある。……お先にどうぞ」
ピコン、と見えない糸に引っ張られるようにミアカシが振り返り、次いでラルトスが体を傾けた。
「モシモシ?」
「模擬戦やってみないか? バトルさ」
「ああ、いいんじゃないかな」
ミアカシが飛び跳ねてアオイの所へやって来た。
「モシ!」
「うん。ミアカシさんもやる気満々だね。君が嬉しいなら、私も嬉しいよ。――私の話もついでにしてしまおう」
「んあ? なに?」
「クロガネシティでビギナーの大会がある。もともと、ミアカシさんと約束していて出場の予定だったんだが、コウタもどうだろうか」
「えー、嫌ではないけどさ……俺ってビギナーじゃないけど、いいのか? 職業トレーナーって区分になると思うが」
アオイはパソコンの画面を見せて説明を読ませた。その間、ミアカシはちゃっかりアオイの頭の上に陣取りロウソクごっこをしていた。テーブルの上で虎視眈々と隙をうかがっているチョロネコがいるのは気付かなかったふりをしておこう。
「ビギナーの対象は進化前のポケモンだ。まあ、デビュー戦とでもいうかな。クロガネシティはシンオウで最初に推奨されるジムがある。そんなところでのバトルなので、だいたい同じ程度の力量が集まる。ホウエン地方の言葉では『タネボーの背比べ』というらしいがね」
「なーるほど。行こうぜ。レンタカー借りてるし、あっちこっち見て回りたいしな。それで、いつ?」
「明後日だ」
「オッケー。それまでに畑の形にしないとな。……そういや、植えるものってもう決まってあるのか?」
「ああ。必要なものはリスト化している。明日にでも届くように手配しよう。それから、土地の酸性度も調べなければならない。肥料を入れて土づくりをして……」
「俺だけじゃ人手が足りなきゃチャチャさんに頼めばいいだろ?」
「ん……まあ、そうなんだが」
「お前なぁ……」
やけに湿っぽい声音にアオイはパンジャへ連絡していないだろう、と詰られた時のことを思い出し、「分かってる」と先んじた。
「私が、くだらないことにこだわっていると言いたいんだろう。私自身、そう感じているんだ。放っておいてくれ。だが、やるべきことは分かっている。チャチャさんには必要になったら私から連絡する。これで文句はないだろう」
「そう怒るなよ」
「怒ってない」
「それじゃそういうことで。草刈り後半戦に行って来るぜ。スコルピ、おい、スコルピ――いないし、もう行っちまったのか……」
「午後のおやつの時間になったらお茶を持っていこう。働きものを労わなければ」
「おう。楽しみにしてるぜ」
その時である。
チョロネコの前足がミアカシにヒットした。ゆらゆらとロウソクごっこの最中に背後から不意を突かれたミアカシがアオイの頭の上でバランスを崩し、彼の手の中に収まる。何が起きたのか分からないようで黄色の目がくるくるしていたが、頂点から見下ろすチョロネコの姿に両手を振り上げた。
「むにゃーん」
「モシモシ! モシ!」
「さあ、諸君、午後の時間だ。それぞれの持ち場へ戻りたまえ。……えーと、コウタが呼んでいるよ。ミアカシさん、あとから私も行くからね」
「モシ!」
「チョロネコはこっちに来なさ――あ、待てこら」
するり、と鮮やかな体さばきでチョロネコはアオイの手から逃れ、コウタの脚の間をすり抜けていった。
「はははっ、仲が良いな」
「いい性格してますよ、ほんと」
「まあな!」
ちらりと時計に目を向けて、コウタは出て行った。
作中、面白かったもの、興味深かったものを教えてください。
-
登場人物たち
-
物語(ストーリーの展開)
-
世界観
-
文章表現
-
結果だけ見たい!