もしもし、ヒトモシと私の世界【完結】   作:ノノギギ騎士団

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バトルと呼吸

 荷物が届くまで時間がかかる。

 種と肥料が今日届くとして、きのみの木はいずれ……そういう予定でチャチャへ連絡をした。到着次第、作業を開始する予定だ。

 

 予定は前倒しだが、これでいい。計画とは箱のようなものだ。何を詰めるにしても外殻さえしっかりしていれば多少の変更に動じることは無いのである。

 

 カレンダーに書き込みをしているアオイの隣に、しげしげと物珍しいものを見るようにコウタが立った。

 

「コウタにはもう頭が上がらないな。ああ、これから毎年手伝ってもらうとするか」

 

「そらいい考えだ。俺も給料もらわないとな」

 

 ふたりは友人らしく笑い合った。

 コウタがアオイの車いすのハンドルをぐいっと押した。自分で車いすを操作しないとなんだか怠惰になったようでアオイは危機感を覚える。

 

 

 

 雑草が取り除かれたアオイの畑では、すでに彼の膝元を飛び出したミアカシがチョロネコとスコルピと駆けっこをしていた。

 

 これからバトルの練習をするよ、とミアカシには伝えてあるので彼女はとんでもなく上機嫌だ。おかげで。

 

「そういや、なんか顔が白くないか?」

 

「いや、君の上司だって同じ顔をしているだろう」

 

 ヒトモシの炎は、生命力を燃やしている。

 その炎が大きければ大きいほど、周りの命を燃やし、アオイの感情は希薄になった。

 

 いつもの感覚がいつものように感じない。しかし。

 

(頭が冴える……まるで)

 

 なんだか薬をキメてるような気分だ。

 

 実際にアオイにそう言った経験は無かったが科学者として興味はあった。

 人間がポケモンへ投与するタウリンやブロムヘキシン、リゾチウム……安全だと思っているのは人間だけ『かも』しれない。実際にポケモンがどう感じているか分からない。ただ効果が認められているから使われている危険な代物だ。

 

 人間に投与するとどうなるのか、アオイも知りたい。

 そして、それはたとえばこんな気分ではないか。

 

 何も感じない。手を伸ばす、何かに触れる。確実なのはそれだけだ。

 心の動き、という不確定で流動的なものを感じなくなる。

 

 強烈な感動がアオイの中で起こり、摘み取られるように消えた。

 最高に気持ち良い。気分が良い。

 この体になって初めてこんな気分になった。

 

 アオイが熱を失う感覚を受け入れ始めた頃、コウタの一声で各々の役割分担がされたようだった。

 彼らは二手に分かれた。アオイの前に立つミアカシはいつもよりなんだか頼もしく見える。頭の上の青い炎が揺らめいて大きくなっていた。

 

「よし、始めるぜ!」

 

「モシ!」

 

 アオイは手を挙げて彼に応えた。

 大きく頷き、コウタは声を張った。

 

「いいか、まずは相手をしっかり見るんだ」

 

 コウタの助言にミアカシは向かい合うスコルピを、じーっと見つめる。

 

「でも、いつでも動けるようにしておけよ!」

 

 矛盾しているような指示だが、基本的なことである。

 

(感情があまり邪魔をしないというのはいいものだな)

 

 近年まれに見る洞察力を発揮しているアオイはミアカシとスコルピを見比べる。

 ミアカシは今にでも頭から敵に突っ込んでいきそうな勢いがあるが、スコルピは身を低くして相手の出方をうかがっているようだ。恐らくミアカシが飛び込んでいったら手痛いダメージを食らってしまうに違いない。

 

「ミアカシさん、あまり欲張ってはいけないよ。出たとこ勝負なんてするもんじゃない」

 

「モシ? モシ!」

 

 あれ、分かってるのかな。

 言ってしまってから、どうしようかな、と考えるものの「行け」よりは「止まれ」というニュアンスを感じているらしく、ほんのすこしいつもの落ち着きを思い出したようだ。

 

「その調子だぜ、呼吸を忘れるなよ。――そんじゃ、アオイ!」

 

「行くよ、ミアカシさん」

 

「モシ!」

 

 勢いよく啖呵を切ったミアカシに比べ、スコルピはハサミを威嚇するようにカチカチと鳴らした。

 

「ミアカシ、ひのこ!」

 

 わたしは指示が下手だな、となんだか呆れてしまう。誰かに命令するのは慣れないせいか声が上ずってしまった。

 

 

「スコルピ、ミサイルばりだ!」

 

 指示から一拍遅れてミアカシの炎がひときわ大きく揺らめいた。先手をとった……いや、コウタのことだから譲ってもらったものかもしれない、が、そのアドバンテージを生かすことはできなかった。ミアカシのモーションが大きく隙につけ込まれ、ミサイルばりが命中した。

 

 土埃に包まれたミアカシが転がるようにして煙から姿を現す。相性を考えればダメージはそれほどでもないかもしれない。しかし、今気をつけなければならないのはミアカシの戦意を削がないことだった。

 

 しかし。

 

「モシ! モシ!」

 

 まだまだ!とばかりにミアカシは立ち上がる。それを確認するとアオイは続けて指示を出す。

 

「おどろかす!」

 

 ミアカシの周囲にどんよりと暗い雰囲気が作られた。ぼやぼやとした曖昧な輪郭の影が大きく広がりスコルピに覆い被さる。それに怯み、うまれた隙を今度はこちらが逃さない。

 

「ミアカシ、ひのこ!」

 

「モシ!」

 

 今度はそれほど大きなモーションではない。小さな炎は図ったようにヒットする。だが、猛然とその炎を裂いてハサミを向けたスコルピにミアカシがギョッと飛び上がった。

 

「どくばりだぜ!」

 

 持久戦に持ち込まれると経験が浅いミアカシには分が悪い。咄嗟の指示で出したひのことどくばりが激突し、小規模な爆発が起こった。

 

「いいぞ、スコルピ、その調子だぜ!」

 

「ミアカシ、まだいけるか?」

 

「モシ!」

 

 力強い返事に彼らは戦闘を続行した。

 

 

◇ 30分後 ◇

 

 

 シュポッと景気の良い音に、ついアオイの表情は緩んだ。冷たい体を春の陽気が温め、冷凍レトルト状態だった感情も次第に解けていった。

 

「ミアカシさん、頑張ったねー、やればできる子だと思っていたんですよー」

 

「モシ~」

 

「お前ら、デレデレしすぎだぜ」

 

「まさかー」

 

 パシャリ、とシャッター音が鳴ったのも気づかずにアオイはミアカシを抱えて車いすをくるくると回していた。口では言うものの、表情は緩みきっていて、ミアカシを見つめるまなざしは彼らしくないほど温かく、そして夢見がちであった。

 

「相性はどちらとも格別に良いとはいえないところでしょう? よく頑張ったなー、と思って」

 

「スコルピだってなぁ!」

 

 話題をふるとコウタも色艶のいい顔で「へへっ」と笑った。やはり、というかその顔もデレデレしている。

 

 それぞれの健闘を褒め称え、嫉妬したらしいチョロネコがスコルピを困らせ、引き離したりおやつを食べたりして過ごしていると、ようやくいつもの調子を取り戻したコウタが「ここだけの話だぜ」と意味深なことを言って話を始めた。

 

「呼吸ってもんがあるだろう?」

 

 呼吸。

 端的に言うと、息を吐いたり、吸ったりすることだが、それではないのだろう。アオイは頷いて話を促した。

 

「油断って呼ぶには長すぎて、隙と呼ぶにはつけいるのに浅い、針の穴のようなもの、それが呼吸だ」

 

 彼はそう言ってひとくちお茶を飲む。ふたりは外を望む廊下で座ってトラックを待っていたのだった。

 

「・・・・・・しかし、そんなものでたやすく調子を乱されたりするかな」

 

 目にしたもの以外は信じられない質の男である。アオイは肩をすくめた。

 その時だ。

 

「俺が今、お前にしているんだぜ」

 

「ぐぶふっ」

 

 息を吐きながら話そうとして、アオイの言葉は見事にパンクした。

 

「ほらな。まあ、クダリさんからのありがたーいご指導のたまものなんだけどよ」

 

「クダリ・・・・・・あぁ、白い方の」

 

「それ言うと、もれなく嫌われるから気をつけろよ。でさ、あの人って何かと意表を突いてくるんだよ」

 

 日常生活で意表を突かれることが少ないアオイはうまく想像できない。朝起きたら自分がフシデになっていた、とかそういうことだろうか。いや、違うだろうな。

 

「例えばだぜ、あの人がまっすぐ前から、こう歩いてくるんだ。それで、目が合って話し始める。するとさ、奇妙な感じがするんだよ。居心地が悪いとも違う。脚の長さが不揃いな椅子に座っているような、浮遊感のある据わりの悪さ・・・・・・ちゃんと目の前にいて会話している。なのに、まるで宇宙人と話をしている気分になるんだよ」

 

 コウタが芝生の上を歩いて実践する。

 

 想像するとなんとなく、分かるような気がする。一度、バトルサブウェイで顔を合わせたことがある程度だが、なんとなく・・・・・・分かる。分かってしまう。

 

「雰囲気やオーラというヤツかな」

 

「ちっちっち、アオイったら甘いぜ。俺の話はまだまだ続くんだ。でさ、なんかスゲー違和感でもう仕方がなくってさ、ズバリ聞いたんだよ。クダリさんに」

 

「思い切ったな。なんて言ったんだ。『あなたにちょっと違和感があるんですが、どうしてですか』と聞いたのか」

 

 俺にそこまでの度胸は無いっつーの!

 コウタは、からからと笑いながら続けた。

 

「いやさ、俺以外の仕事仲間も・・・・・・たぶん、気がつくまではいかないけど『なんかおかしいな』くらいには感じているはずなんだ。で、代表して聞きに行った。すると、黒いボスもいてさ。ちょっと悩みがあるんですけどって言って入っていった手前、退くこともできないし、同僚は遠巻きで見ているだけでしょーがないんで『会話のコツを教えてください』って言ったんだよ」

 

 ふむふむ、とアオイは頷きを返した。

 

「ノボリさんが超張り切っちゃってさぁ、事情聴取されるみたいにパイプ椅子に座って2対1の変則バトル状態で、とりあえず感じていることを話したんだよ。・・・・・・クダリさん、めっちゃくちゃニコニコしてたけど、あれって怒ってたのかな」

 

「『あなたが話すと気持ち悪いんですけど』って立派な悪口ですよね」

 

「そこまでハッキリ言ったら次の日の運転に支障が出るだろうが・・・・・・。まあ、それでノボリさんがなんとか間を取り持ってくれて、理由が判明したんだ。それが呼吸だったんだ」

 

「うん」

 

「生返事だな。まあ、そりゃそうだよな。俺だってそうだった。こんなことで人の感受性ってのは異常を感じてしまうなんて思いもしないし。どうして気づかないか分かるか? 無意識につけ込まれているから気づけないんだと」

 

「なるほど。気付けないから指摘もできない。だから先程の私のように『雰囲気』とか『オーラ』とか、曖昧なことを言ってしまうわけだ」

 

「そうそう。分かってるじゃん」

 

「クダリさんは意識してやっていたのだろうか?」

 

「あの人って割とナチュラルに天才だから必勝法のひとつとして無意識にやっているだけらしいって結論になった。マジ、パねぇ」

 

 アオイは「ふーん」と鼻を鳴らした。

 しかし、すぐにコウタを振り返った。

 

「勝負の極意だろう、それ。私に言っても良いのか?」

 

「別にいいだろうさ。気付いても実践できるなんて思わないし」

 

 コウタの呼吸に注目して何か言おうとして、アオイは結局何も言えない。

 

「これは、難しいな・・・・・・」

 

「だろ? それを一瞬で見切って妙な敗北感を植え付けてくるんだぜ? まったくありがたい話だ」

 

 白い制服を着ていつもニコニコ笑っている青年に思いを馳せてアオイは思わず笑ってしまった。

 

「良い上司だ」

 

「良い上司だぜ。上司といえば、お前の方はどうだったんだよ」

 

「私かい? アロエさんも良い上司だったよ。誰かが何か発見したら研究室はお祝いムードでさ、妬むヤツもいたけどそういう彼らをすくい上げてみんなで頑張ろうって言ってくれる人だった」

 

「へえ」

 

 良い話・・・・・・なのだが、嫌な予感を覚える。

 コウタを見ると、なんだかニヨニヨした変な笑みを浮かべていた。

 

「なあ・・・・・・パンジャに連絡、したよな?」

 

「あ、ああ・・・・・・もちろん」

 

 してない。――そうは言えず、アオイはとりあえず笑った。

 

「お前なぁ・・・・・・」

 

 そして、バレた。

 取り繕うようにアオイは早口でまくし立てた。

 

「いや、ちょっと会話がダメなだけだ。心の整理がまだ・・・・・・。手紙、そうだ、手紙を書く。それでいいだろう? 君が帰ったらシッポウに行ってアオイからの手紙は届いたかと確認すればいい。その頃はきっと彼女と文通をしているだろう。ほら、問題ないだろう」

 

「べつにー? 俺が監督するつもりないしー? っていうか、パンジャもパンジャだぜ。なんで連絡よこさないんだ」

 

「ああ、それは以前彼女に電話した時に私があとでかけ直すと言ったからだと思う」

 

「お前が元凶かよ。この野郎」

 

 ゴツン、と肩を軽く殴られてアオイはすっかり参ってしまった。

 便箋を買いに行かなければならないな、とアオイは遠くを見て思うのだった。

 轍も新たに、トラックの音が聞こえ始めていた。

 




コウタ「(略)次の日の運転に支障が出るだろうが・・・」=黒いボスと白いボスは仲が良いので密室にいたら完全犯罪が発生し黒でも白でもないヤツが電車でコロコロされちまうぞ、というサブウェイでのブラック・ジョーク。発案者がすでにいないのがその噂に箔を付けているが、寿退社で現在主夫として活動中であることは黒いボスだけが知っている。

作中、面白かったもの、興味深かったものを教えてください。

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