もしもし、ヒトモシと私の世界【完結】   作:ノノギギ騎士団

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シンオウからイッシュへ。親愛なる貴女へ。

「手紙?」

 

 珍しい。

 しかし、パンジャは訝しく思った。

 

 ろくでもないものではないか。

 日常をこよなく愛する彼女は、最初からそんな思いで手紙を見つめた。

 

 ここはハクタイシティ、こぢんまりした小さな一戸建ての家だ。

 

 半年に一度行われる学会でアオイが離職したことは多くに知れ渡ることになった。

 怪我で足が動かなくなり、そのまま腫れ物扱いでフェードアウト。パンジャは、もしかしてアオイも、そうなるだろうと思って疑わなかったが、意外に事情を知りたがる野次馬が多いこと多いこと。

 

 アロエがやんわり『そっとしておいてほしい』と言外に伝えるものの人心というのは「であれば」とパンジャに矛先を向けるのだった。

 

 それだけなら、まだいい。

 

「これから打ち上げなんですが、パンジャさんも行きませんか?」

 

社交辞令を越えた思惑を感じてしまうのは決して彼女が自意識過剰であったり、あるいは独り善がりだから……ではなさそうだった。

 

「ごめんなさい、室長に呼ばれていますから。5時間毎に撹拌しなければならない実験もあって。ごめんなさいね」

 

 薄く微笑んでパンジャはその場を辞した。彼女は彼らを知らない。これまで話したこともない人達だった。こういったコンタクトは彼がいなくなると増えた。

 

 だから、これもその一環かと疑った。いよいよ住所までバレてしまったのか。どうしよう。

 

 恐る恐る封筒を手に取ると見慣れない切手が貼ってあった。

 

(イッシュではない?)

 

 ピンと閃いて裏面の差出人を確認する。

 

『アオイ・キリフリ』

 

 神経質そうな堅い筆跡は見慣れた懐かしいもので見つめていると時間を忘れた。

 

 時間が色を取り戻した。もどかしい思いでウェストバッグから鍵を取り出して扉を開く。

 

 腰のボールホルダーからひとつのボールを落とすとポンと軽い音をたてて相棒のバニプッチが飛び出してきた。

 

「電気つけてくれる?」

 

 すすーっと宙を浮くバニプッチの薄青色の輪郭が電気のスイッチに触れると一瞬目が眩み、電気がついた。

 

「ありがとう。あのね、アオイから連絡が来たの」

 

「ばに?」

 

 ピンと来ていないらしいバニプッチがからだを傾けた。しかし、いつもの光景に足りないものを探しているのか目はキョロキョロとあちこち見ている。

 

「ほら、彼だよ」

 

 パンジャはテーブルの上の写真立てを指した。

 

「ばにー」

 

 途端に納得したようにバニプッチは小さな手を叩いた。

 

「今はちょっと遠くにいるんだ。だからお手紙ね」

 

 そして、パリパリと糊付けされた封筒を開いた。

 

 

『親愛なるパンジャ・ カレンへ

 

 久しぶり。一度電話で連絡したのだが、昼間に連絡をしてしまった。忙しいところ失礼なことをしたと反省している。どうも曜日感覚が曖昧でね。今はもちろんそんなことはないが。

 

 突然の手紙で驚いたことかと思うが、こちらは何の異常も無い。最近、うるさいお客を迎えて仲良くやっている。ポケモンたちも元気だ。君も元気であれば嬉しい。そろそろ森のポケモン達も活性が高まる頃だろう。フィールドワークの時は十分に気を付けてほしい。特に毎年出掛けている発掘所ではシビシラス激突注意報が出ているそうだからね。

 

ところで、同僚達に変化は何もないだろうか。研究チームに穴を開けてしまったようで今でも心苦しく思うことがある。できる限りは力になりたい。職務規定に抵触しない限りであれば君に助言をしたいとも思っているし……。

 

 さて、他にも書き出すときりがないのだがこの辺に留めておこう。この手紙がきちんと届くのか私は私信を出したことがないから判断がつかなくてね。コウタは大丈夫だと言うのだが私は……。

 

 まあ、そういうわけだ。君も体を大切にして研究してくれ。

 

 追伸。

  眠れない時はモーモーミルクに砂糖を一匙入れて飲むといいらしいよ。

 

  シンオウからイッシュへ。アオイ・キリフリより』

 

 

 

 

「なんだか、アオイらしい手紙」

 

 仕事では見せることのない彼の一面を垣間見てパンジャはクスクスと小さな笑みをこぼした。

 自分だけに見せてくれる笑みが今は妙に恋しかった。

 

「帰って……来ないかなぁ」

 

 来ないだろうなぁ。

 向こうに家を買ったと言うのだから本気なのだろう。やるといったらやる男だ。

 

 机の上で何度か読み返していたパンジャは引き出しを開けた。

 そして。

 

「バニィ、ペンとってくれる?」

 

 便箋なんて気の利いたものはなかった。

 新品のレポート用紙を取り出してパンジャはコートを脱ぐと腕をまくった。

 

「返信しなきゃ。まずは時候の挨拶を書くはず。大丈夫、国語の点数はアオイより上だったから、5W1Hね」

 

「ばにー」

 

 頑張って、とバニプッチが小さな氷の欠片を宙に散らした。

 

「うん、頑張るよ」

 

 初めての手紙に緊張しながら文面を考える。

 

 バニプッチが(これからお仕事するのかー、これ書くのかー、大変だなー)と勘違いしていることを彼女は知らない。

 

 

 

 

 机にかじりついていつの間にか朝になるのは、彼女にとってあまり珍しいことではなかったが、手紙の文面に四苦八苦するとは思わなかったらしい。

 

「ふぇっ?」

 

 短い時計の針が円盤を半周する頃、新しい朝日を驚いて見つめるのだった。

 

 




【パンジャについて】
 プロットを練る段階においてアクロマの妹という設定がありました。
 が、オリジナルのほうが物語にハマることに気付き、ボツになりました。
 「不倶戴天の敵、アクロマよ。見ているか!?」
 こんなんやってたら大長編になってしまう……。

作中、面白かったもの、興味深かったものを教えてください。

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