もしもし、ヒトモシと私の世界【完結】   作:ノノギギ騎士団

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サン・ムーンどうなるんでしょうね
めちゃくちゃ楽しみです


動き出す破砕機

「めんどくさい用件つけやがって……」

 

 などと普通の女性には言わないが、コウタの場合パンジャにだけは言うのだ。親しい仲の特権というヤツである。

 

 旧型モバイルをパコパコと開閉しながら緩んだネジを見つめる。そろそろ買い換え時ってヤツかもな。あーあ、アオイに見繕ってもらえばよかったぜ。

 

 研究室の入り口で待つこと三十分、おしゃべりな受付嬢の話を右から左へ受け流していたコウタはようやく現れたパンジャを見て早々に会話を切り上げた。

 

「コウタ」

 

「おう、パンジャ」

 

 久しぶり!とかけようとした言葉は永久に失われた。

 

「はっ?」

 

 なんと、彼女は抱きついてきたのだ。もう一度言う抱きついてきたのだ。

 

「それっぽくふるまって。突き飛ばしたら……な?」

 

 思わず彼女の意外と華奢な肩を掴んだコウタだったが、ドスの利いた声と空中をホバーするバニプッチの痛い視線を受け、なんとか営業スマイルを張り付けることに成功した。

 

「っ! ッた、たくよー、ちょっと離れてたくらいで寂しがるなっつーの!」

 

 よっしゃ、声が震えてないぞ。よくやった俺。

 

「ごめん、でも、嬉しくて」

 

 離れたと思いきやぐいぐいと手を引いてパンジャは嬉しそうに言う。アオイだって見たことが無さそうな笑顔である。

 

「家来るよね?」

 

「ああ? ……ああ、ああ!」

 

「さ、早く早く」

 

 玄関を出るとダッシュに近いスピードで研究室から離れた。

 もう、なにがどうなってるんだよ。

 

 

 

 

 

 ふたりが一息ついたのはほどほどに離れた喫茶店だった。

 

「家に帰るんじゃないのか?」

 

「君を連れて帰れないだろう」

 

 正気を疑うような顔で見つめ返されたが、それはこちらの台詞である。まあ、彼女は普通に考えて至極当然のことを言っているのだが、どうも腑に落ちない。

 

「コーヒーでいい? 迷惑かけた礼に奢りたいんだが」

 

「ああ、ケーキかパフェを付けてくれ。割に合わんぞ……」

 

「分かった」

 

 注文をすませると彼女は気弱な溜息を吐いた。

 

「なんだ、珍しいな。幸福が逃げるとかなんとかいって溜息しない主義だったじゃないか」

 

「こうもしつこいと溜息のひとつやふたつ口をつくものだ」

 

 しつこい、とは?

 

「アオイがいなくなってから同僚に言い寄られている」

 

 簡潔な物言いだったが、彼女の横顔からはその問題の深刻さを察することが出来た。

 

 そして、この段になりようやくコウタは研究室でのパンジャの振る舞いを納得することが出来た。

 

「あ~、なるほど。それで俺をダシに自分の売却済みを印象づけたいわけだ」

 

「話が早くて助かる。売却済みは余計だがな」

 

「俺としては、まあ、いくらでも利用される分には構わないぜ? だがな、そういう連中っていうのは相手がいればいたで燃えるんじゃないか? 俺は普段ライモンだし、しょっちゅう会えないだろ。余計な燃料投下はやめたほうがいいと思うけどなぁ。第一、俺こそよその男の女に手を出してる感じで気まずいんだが……」

 

 それっぽいことをぼかして言ってみると、切れ味のいいコメントが返ってきた。

 

「だとしても、何もしないというのは性に合わない。行為がヒートアップするのならジュンサーさんに突き出すことも辞さない」

 

「見せしめにひとりくらい檻の中にぶち込みたい、なーんて思ってるんだろな」

 

「まさか。同僚相手に過激な手法はしないさ。やめてくれればそれでいいんだ、わたしは」

 

 赤い金具の髪留めに寄りかかるバニプッチがくしゃみをして氷の粒を飛ばした。片手でバニプッチを手招くと「いい子、いい子」と撫でた。

 アオイとパンジャは似ている。さばさばしているところなんかはそっくりだ。あとポケモンにも愛情深いところも。

 

「つーか、なんで俺なんだよ、アオイと付き合ってまーす☆キャピ☆でいいじゃないか」

 

「いつかアオイが研究所に戻ってきたときに妙な噂があると迷惑するだろう」

 

「風評被害を被る俺のこともちょーっと考えてくれると嬉しいんだが」

 

「そのためのこれだよ」

 

 可愛らしいウェイターが持ってきたパフェとケーキを差し出してパンジャは笑った。

 

「……いい性格してるぜ」

 

 炭酸ジュースにストロー入れてパンジャはひとくち飲んだ。

 

「アオイは元気?」

 

「まあまあってところかな、お前が言うほど死にそうな顔はしてなかったよ。少なくとも前向きではあったな」

 

 そう。

 

 ぽつりと彼女は呟いて窓の外を見つめた。

 

「パンジャ、お前寂しいんだろ。……手紙だけじゃ」

 

「彼に手紙を書けと言ったのは君?」

 

 コウタは「んなわけないだろ」と軽く手を振りケーキをひとくちに切った。

 

「あいつの提案さ。なんでもお前に電話する勇気がないそうだ」

 

「気心知れた仲なのに」

 

 悲しい。

 パンジャが目の前の炭酸をつつきながら低く呟いた。

 

「だからこそさ、あいつにとってのパンジャの存在は友人である以前に、過去や研究と結びつきが強すぎる」

 

「……ずいぶんな物知り顔だね」

 

「そりゃな、まあ、男同士、腹を割って話すとなるといろいろ分かるんだよ」

 

「……へぇ」

 

 冷たい空気がコウタを舐めた。ピンと背中を伸ばす動作に思わず彼も気を張り詰めた。

 

「はっはっは。そんなおっかない顔するなよ」

 

 コウタは笑うものの、なんとなく居心地が悪い。から笑いは空しく二人の間を通り過ぎた。

 

 アオイだって気付いているだろうが、パンジャは彼以上の堅物なのだ。

 

「……まあ、それでもいいさ」

 

 不意に突き放すような言葉がパンジャからこぼれだした。手袋に包まれた手指を眺めてながら彼女は言う。彼女の目には、何か尊いものを見るような熱があった。

 

「なんだ?」

 

「わたしが彼の友人であることは紛れもない事実だ。そうだろう? ……なら、それでいいんだ。アオイが元気であるのならわたしが心配し過ぎるのは迷惑になるだろう」

 

 結局のところ、パンジャはアオイの利益になるか否か、そこに帰結するらしい。

 

「……なあ、お前さぁ」

 

 馴れ馴れしく言葉をかけることを、ほんの数秒だけ躊躇った後でコウタはパフェをどかしてテーブルに身を乗り出した。

 

「アオイのこと好きなんだろ? 言えばいいだろ、どうしてお前らは言わないんだよ。どうせどっちかが切り出さなきゃならないんだ」

 

 それなら、これまでだって、今だって、構わないはずだ。

 

「分からないよ、それは」

 

 淡々と述べた彼女は笑った。それに自嘲の余韻があることに気付いて、コウタは何も言えなくなった。

 

「アオイはわたしにとって、好きとか嫌いとかそういう対象じゃないんだ。ただ、そばにいると便利で、不快じゃない、そういう存在なんだよ。アオイもそう思っているだろう。彼は賢いし、わたしのことをよく分かってくれる。それだけだ。それだけ……」

 

 パンジャを冷たく鎧っている研究者の仮面から本音が透けて見えた。

 

「もう、とっくに越えてしまったんだよ。好きとか嫌いとか。一緒にいすぎたんだ」

 

 だから。

 

「……耐えられないんだろう、彼。もう同じ歩幅で生きていけないから」

 

 涼やかな氷の音がいやに空虚な、しかし現実的な質量をもって響いた。

 

「わたしと一緒にいると、その事実を突きつけられ続ける、それが苦しいんだろう。……でも、いいんだ」

 

 パンジャの声は澄んでいた。

 

「わたしが、アオイの友人であることは変わらない。きっと、折り合いをつけて、元気になってくれる。そう、信じたい。『彼』を失った責の一端はわたしにもあるから」

 

「そう、か」

 

 パンジャも割り切っているようだ。ズルズルと感情を引きずるよりは健全かもしれない。自分がそうであるように誰も彼らを責めることはできなかった。

 

 人間と人間だ。

 

 言葉が通じる、同じ時間を生きている、血の通った人間だ。だから、こちらにこちらの領域があるようにあちらにはあちらの領分がある。

 

 だから、コウタが踏み込めるのはここまでだった。ふたりの世界の境界線を見つめながら、それを実感した。

 

「なあ、『彼』って」

 

 コウタは、『彼』を知っている。だが、『彼』がどんな最期を迎えたのか知らない。ただ大切な相棒がいなくなると人間がどうなるか、よく知っている。

 

「どうしていなくなったんだ?」

 

「それはアオイが話すときに聞いてあげて。それまで君は知るべきではないんじゃないかな」

 

「俺だけ仲間外れかよ」

 

「責を背負わせたくないだけ。これは、わたし達の優しさだ」

 

 すくなからず、優越を感じているくせに彼女は薄く微笑んでそんなことを言う。もう彼女の飲み物はない。

 

 パフェもケーキも半分食べたところで話が途切れた。

 

 けれど、なんとか話を続けたくてコウタは「あぁ」と声を漏らした。

 

「最後にこれだけ聞かせてくれよ」

 

「なに」

 

「情熱家の条件ってなんだと思う?」

 

「どうしたの? 何の話?」

 

「ああ、いや、なんてことじゃないんだ。ただの雑談さ。その時に話になったんだ」

 

 情熱家の条件。

 

 彼女は笑った。ああ、それなら納得だ、というように。

 

「狂気だ。一心不乱の集中だ」

 

 ピンと片方の眉を器用に上げて、コウタは賭けの内容を書いた紙をテーブルに置いた。

 

「アオイも俺も、引き分けだな」

 

「わたしの意見を賭けてたの?」

 

「賭けってほどじゃないけどさ。パンジャならなんて言うか当てっこしてたんだよ」

 

「アオイはなんて答えたの? 賭の内容じゃなくて、その雑談のなかで」

 

「あぁ、なんていったかな、理性だった気がする。筋道がどうとか、方針がまともだとか」

 

「理性? そう、それなら嬉しいな」

 

「あ?」

 

 パフェのフレークがスプーンからこぼれてしまう。いっそ、と思い、がしゃがしゃと潰しながらパンジャを見ると紙を爪弾いていた。

 

「だって、そうでしょう? 理性も狂気も裏表だから。根本の考え方が似ている。科学者としては悲しむべきことかもしれないけど、似たもの同士ってことなのかもね」

 

「???」

 

「どっちが勝者に近いかと言えばアオイって話よ」

 

「へぇ、そういうものかい?」

 

 コウタはなぜか味のしないフレークを口に運んだ。

 

「では、付き合わせてすまなかったね。これからも頼むかもしれないが、よろしく頼む」

 

「ああ、任せときな」

 

 伝票を持って彼女はひらひらと手を振った。

 

 ぱくり。

 最後に残ったチイゴの実を食べればじんわりと甘い果汁が舌の上に広がった。

 

「あぁったくよぅ、どうしてあいつらってめんどくさいのかね」

 

 カランと小さなフォークを置いたコウタは欠伸をすると店を出た。

 

 

◇ ◆ ◆

 

 

 胸に差したモバイルが音を立てた。

 

「ん? また、知らない番号」

 

 考え事の途中でピントの合わない思考を味気ない電子音と共に切り替えて「あぁー、もしもし」と応えた。

 

「ああ、先日の……その節はどうも」

 

「いえ、こちらこそ失礼。……あの時は、海上散歩の途中でして」

 

「ああ、その話ですか、おもしろい観点で参考になりましたよ、……そうそう最近、優れた知己を得ましてね、その彼とあなたの助言を参考にちょっとした議論しました」

 

「共同研究……あ、そういうわけではないですよ、友人ですよ、友人。……赤でセピア色の元研究者です。しかし、面白い人ですよ」

 

「……はぁ? ああ、どうでしょうねぇ。助言してくれる程度には仲が良いですが、彼……どうも心を病んでいるようですから」

 

「はいはい、それで、あなたは……?」

 

「研究、依頼ですか……?」

 

「……」

 

「ふむ……」

 

「分かりました」

 

「その依頼、受けましょう」

 

「それでは、ええ、また。次は直接お会いできたら……嬉しいような? まあ、どっちだっていいんですけど」

 

 親指でモバイルの通話終了ボタンを押すと、アクロマは遠く地平線の朱を見つめた。

 

「……手段は選んでいられないんですよ。時間は有限ですからね」

 

 私には目的がある。あなたとは違う。

 でも、あなたと同じことになるかもしれない。

 

 車イスの研究者の小さな背中を見送った。その情景はまだ鮮やかに思い出せる。

 

 気怠げな横顔に拭いきれない情熱の残り香を纏っていた。だが、それに気づいた瞬間に『次はお前だ』と言われているような気がした。

 

 しかし。

 

「……無茶をできるのは今だけですからね」

 

 小さくなった大陸に向け、アクロマは不敵に笑った。

 

 

 

 

 







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