もしもし、ヒトモシと私の世界【完結】   作:ノノギギ騎士団

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この作品は「そこにはいないはずのポケモン」が平気で現れる作品です。
※注意※
 今回は原作キャラが出ます。
 ポケモン世界について都合の良い解釈をしています。

 そのため、
「おい待て! 4番道路にはポッポとナゾノクサしか出ないはずだろ!」という方、
「完全二次オリが見たいんだよっ! 口調も分からないなら原作キャラ出すなよ!」という方は、迷わずバックしてくださいね!



遭遇あるいは邂逅(上)

 森の中は驚くほど音に満ちていた。

 

「賑やかだね」

 

 膝の上から、ぽんっと飛び出したミアカシが木々を見上げて「モシモシ」と跳ねた。小さな手を伸ばす先にはきのみがある。

 

「これはダメだよ。彼らの分を私たちが取ってはいけない。私たちには家に食べ物があるけど彼らにはこれしかないからね」

 

 言うとミアカシはすぐにきのみに興味を無くした。お腹が減ったというわけではなく、きのみがたまたま目に入っただけだったらしい。生まれてから日が浅い分、動きが軽快でともすれば軽率だ。

 

 しかし、モシモシ、と楽しそうに飛び跳ねる姿を見ていると、眩しいものを見た気分になった。

 いま彼女は目に入るすべてが輝いて見えているのではないだろうか。アオイにとってはよくある森の光景だとしてもミアカシにとっては全て新しい世界なのだ。

 

 音は生気だった。

 アオイは、彼女のように木漏れ日を見上げてみた。青葉を滑る雨粒が細い光のように降り注いでいる。パチパチと水滴が弾ける音があちこちから聞こえ、目を閉じれば世界には自分しかいないように錯覚してしまう。心が穏やかで世界の平穏を感じることができる、充実した空間だった。

 

 紙をめくりつつは片手で単眼鏡を取り出す。お仕事は大切だった。

 

「植生は平凡だ。特別なことは何もない。特別土が豊かというわけではなければ痩せているわけではない」

 

 大型のポケモンが数匹住み着いたとして、それがカントウにいるカビゴンが複数住み着いたなどの特殊な事例でない限り食物不足による破綻は起きないはずだ。食料を求めて人里に、という線は薄そうだ。

 

 とすると。

 

(根本的に何か間違っているのか)

 

 長期的に観測していないので検証には不十分なところもある。だが、そう思えた。

 

 たとえば。なんだろう。

 具体的なポケモンというのが思いつかないが、その存在そのものが他のポケモンに対して害がある、とか。

 

「うーん」

 

 だとすると、厄介なことになる。

 

 どこへ行っても除け者になるポケモンがいると仮定して、それが住み着いていると仮定して、では、人間はどうすればいいのだろう。追い出すのか? さらにどこかへ? どこにも居場所が無いと分かっているのに?

 

(人間には被害が出ていない。それなら、問題無いだろう)

 

 もし、この仮説が合っていたとすると、結論はこうなる。

 

 現段階で言えることは、ポケモンたちの生息場所が人間の住居範囲にすこしばかり近くなったことだけだ。だが、それで『今のところ』問題は無い。

 

 彼らの問題は彼らのもので人間が介入すべき問題ではないように思う。ポケモンの領域に近づきすぎるのは人間の善意であろうと良くない。タマゴから生まれたばかりのポケモンを「自然のものだから」と野外に放置することに似た傲慢さを感じる。

 

「ミアカシさん、あまり深くまで行かないで」

 

 アオイがウンウン唸ってノート片手に思案しているのをよそにミアカシはテンションマックスで背の低い林へ突っ込んだり飛び出てきたりを繰り返している。

 

うん、まあたしかに道ばたを歩いている時はそんな風に野生ポケモンが出てくるけども、誤解されると困る。ただ楽しそうなので放っておいても、まあ、いい、かな? 森のなかだし.....。

 

 油断した矢先のことである。

 

「ふぁああああっ!?」

 

 絹を裂くような女性の悲鳴、と言いたかったが、素っ頓狂な叫び声だった。

 思わずあたりを見回せばミアカシの姿が見えない。

 

「ミアカシ!?」

 

「おばけーっ!」という声が続けて響く。頭上でムックル達が飛び立つ音がバタバタと聞こえる。続けて梢に溜まっていた雨水が降ってきた。思いがけない驟雨に頭を庇うのに精一杯でノートがびしゃびしゃになってしまった。

 

「電源、電源って」

 

 車イスのコントロールを切っていたことを思いだして電源に触れた。

 

「ミアカシ! と、どちらさま、でしょうか」

 

「ひゃああーっあっあっあっ」

 

 不思議な髪型の女性が腰を抜かしたように座っている。アオイは、姿を見るなり飛びついてきたミアカシを拾い上げた。

 

「うちの子が失礼しました。お怪我はありませんか?」

 

「ありっありませんけども。びっくり、びっくりしたぁ」

 

 アオイの背に隠れてしまったミアカシが体を傾けて彼女を見た。

 

「ひっ! あは、あはは、あの、おばけっ、ゴーストポケモンが苦手なもので」

 

「そうなんですか。それは、ええ、失礼しました。ああ、ええ、その、で、では、私たちは、これで」

 

 まだ衝撃でひきつっている顔で無理に笑った彼女にアオイはしどろもどろに言うのが精一杯だった。

 

 事故的に驚かせておいて見捨てるように去るなんて自分でもあんまりに薄情ではないかと思ったが、ミアカシのモンスターボールはどこへやったのか忘れてしまったし、どうやらゴーストポケモンを見るだけで恐怖心を覚える人らしい、ここは彼女の心の平穏のために視界からいなくなるのが最善のように思えた。

 

 車イスを反転させて背を向けて、ぼそぼそとミアカシに囁いた。

 

「ミアカシさん、いったん帰りましょう、ね?」

 

「モシ、モシ」

 

 ミアカシも二人の間に流れる気まずい空気を察したようであった。「モシ」とアオイを呼ぶ声にはあまり元気が無く、むしろ急かすようであった。

 

「あ、ちょ、ちょっと待って。ここで何をしていたのかだけ、お聞きしても?」

 

「ちょっとした調査ですよ。最近、森についてあまりよくない噂を聞きますから」

 

「よくない噂って?」

 

 まったく知らないわけではなく、自分の知識とアオイの言葉を照らし合わせてみよう、そういう意図を感じる声音だった。

 首だけで振り返りアオイは彼女の姿を認めた。しかし、すぐに前を向いた。転んでいたときは気付かなかったが妙齢の女性の腹だしスタイルはなぜだろう。目の毒だった。

 

「森の奥が静かだとかなんとか。人の言伝で聞いただけですから、でも、家の近くのことなので気になってしまって見に来たのですよ」

 

「そう、ですか、あのー、日が高くても危ないから森に入るはよしたほうがいいですよ」

 

「もう当分は入らないですよ。どうやら何も異常はないようだ」

 

 あったとしても『もう』誤差の範囲だ。

 アオイはいつもより早めにタイヤを動かすとその場を去った。

 胸がばくばくと音を立てている。

 女性の悲鳴を久しぶりに聞いたせいかアオイは一周回って冷静になるほど驚いている自分に気付いた。

 

 

 

 

 さて。

 

 

 

 

 この日はおかしな夢を見た。

 

「パンジャ! な、なんて格好しているんだっ」

 

 アオイは夢の中にも関わらず思わず顔を覆ってしまった。

 

 パンジャといえばアオイの幼馴染だ。アオイよりも遙かに真面目な彼女は三百六十五日、コートに似た白衣を着込んで肌色の面積といったら顔程度しかない。そんな彼女が昼間見た、腹だし短パンスタイルで森の中を闊歩している光景にアオイは控えめに言ってメガトンパンチ級のショックを受けた。

 

「アオイ。わたしはこちらのほうが効率的だということに気付いた。機動力は大切だよ」

 

「こ、効率? その前に気にすることがあると思うが」

 

「何かな」

 

 私に及ぼす影響だよ、と言ったか言わないか、アオイは夢から覚めた。

 

(なんて奇妙な夢なんだ)

 

 額に妙な汗が浮かんでいるのに気付けば、奇妙という感想は不快なものに変わった。なにをする気も起きない。手の甲を額に当ててベッドシーツの皺を数えながらしばらく時間を過ごした。

 

 アオイやパンジャが逆立ちしたって発想に至らない夢だ。

 私のどこかにおかしな思考路が存在したのだろうか。知りたくなかった。

 

「パンジャ……元気にしているだろうかな」

 

 夢の中の彼女は元気そうに見えた。現実世界の彼女も心配する必要はないかもしれない。アオイよりよほど精神は健全で性格も利発で社交的だ。

 

(朝からよくもまあ悲観的になれるものだ)

 

 咄嗟に自虐的になれるなんて無駄な才能だな、と自嘲しアオイはベッドの上で日の上がらない時間帯をぐだぐだ過ごした。本当は眠気があるのだが、今寝るとまたおかしな夢を見そうで怖いのだ。特にパンジャが現れる夢なんて最悪だ。彼女の匂いも感触も今は忘れてしまいたいことだった。

 

 やがて日が昇り、朝が来た。眠気を堪えてゆるゆるとため息を吐き、脚を引きずりながらベッドを這うとそばに置いてある車イスに座った。

 

 すると。

 

(今日も森へ行こう)

 

 唐突にアオイは思った。しかし、なぜだろう。アオイは自分でもよく分からなかった。それくらい唐突にパッと浮かぶように頭の中に出てきたのだ。強いて言えば先ほど見た夢の背景、パンジャが歩いていたところが森だったから、と言えるかもしれない。

 

(まあ、必要はある。あれだけで判断するのは早計だし)

 

 昨日の散策は予定の半分も進まないうちに中止を余儀なくされた。

 アオイが森の中を探索した距離は短い。家の近くからすこしだけ入り込んだ時点に過ぎなかった。

 

 森のなか、特に探索はひとりでは難しいが、ほのおタイプのミアカシがいれば森のポケモンと戦えるはずであるし、必要ならばスプレーを使う、きっと大丈夫だ。

 

 うろうろと部屋の中を動き回り、頭を巡らせて外の様子を見ていたが、ここから見える森は相変わらずで昨日と変わった様子はすこしもない。

 

 しばらく考えると妙案のように思えた。

 

 昨日の女性と二日連続で遭遇する確率は低いだろう。森は広いのだ。

 

 

■ □ □

 

 

 朝食をとっているとミアカシとラルトスが気もそぞろな様子でしきりに鳴いているのに気付いた。

 

「どうしたんだい?」

 

 困っている、よりは、悩んでいる、というふうにミアカシの「モシ」という声には幾分かの「?」要素があった。

 

 よくよく見れば落ち着かないでいるのはミアカシのほうで、ラルトスは「きもち」ポケモンであるせいか彼女の心に影響されているようだ。

 

「どうしたの、ミアカシさん」

 

 悲しいかな。語りかけてもはじまらない。ポケモンと人間は思考・価値観もろもろが違うせいで意志疎通がうまくいかないのだ。

 

 何かを伝えたがっているのだが、いまいち彼女の言いたいことが分からない。

 

「まいったな。何か危ないこと……なのか?」

 

 そうではないようで、ミアカシはアオイの膝の上に来るとおとなしくなった。

 

「なにか驚いている……? 違うかな、びっくりしたのかな?」

 

 それとも、困惑しているのだろうか。

 抱き抱えて何度も言葉をかけ続けたが意志疎通ができない。アオイは諦めて彼女の好きにさせることにした。

 

「ともかく、気をつけるよ。……ああそうだ、朝食をとったらもう一度、森へいくよ」

 

 パンをトースターに入れたところでモバイルが鳴った。そういえば充電をしていなかった。残量を確認しつつ電話をかけてきた相手を確認するとコウタだった。

 

「もしもし?」

 

『おはようだぜ。起きてっか?』

 

 アオイの生活圏に存在しない元気な声に彼はモバイルを耳から遠ざけた。

 

「起きてるとも。どうしたんだこんな朝早くから」

 

『仕事明けなんだよ。今日はもう家に帰って夕方まで寝るだけだ。お前のところに贈り物をしたんだけどもしかしてもう届いていたりするか?』

 

「贈り物?」

 

『そう、黒チョロネコ宅急便で……その様子じゃまだ届いてなさそうだな』

 

「贈り物なんてとんでもないと言いたいところなんだが、送られてしまったものはありがたく受け取るよ……ありがとう」

 

 善意に心苦しくなりながら、それを悟られぬようにアオイは口角を上げつつお礼を述べた。

 

『中身は見てからのお楽しみだ。でも食べ物じゃないんでな』

 

「そう。……ひとりでいると楽しみが少なくていけない、ありがたく待つとするよ」

 

『おう! 完成したら写真くれよな!』

 

 完成? なんのことだろう。

 眠そうなコウタの「じゃあなぁ」という声を聞くとわざわざ尋ねる気分になれず、アオイはポチリと電源を切った。

 

「何が来るんだろうな……」

 

「モシッモシッ」

 

「何だいって、あッ! 焦げてる!」

 

 ミアカシが飛びかかってきて頭を叩いてきた。ノーマルタイプのわざなんて覚えたかな、など不届きなことを考えているうちにアオイはモバイルを放り投げて車イスを操作した。

 

 

 

 振り返った先で景気よく真っ黒になったパンをトースターから救出している間に朝の困惑を忘れてしまうあたりアオイはこの平穏に慣れきっていた。

 

 

 

 

■ ■ □

 

 

 

 いくらなんでも二日間続けて出会うことはないだろう。

 

 アオイは自分がたったいま女性に向けるべきではないひどい顔をしているのではないかと不安に思い、自分の頬に振れて手袋の感触を味わった。その間に彼女はアオイからほとんどの情報を聞き出してしまった。

 

 まるで追い剥ぎにあった気分だ。

脳裏で「そんな顔をしてはいけないよ」とパンジャが囁く。すると目の前の少女に対する苛立ちは転化され、アオイは心底自分がツイていない男だと自虐に浸るのであった。

 

「なるほど。学者さんだったのか」

 

「元だけどね。私のすこしばかりの知識が誰かの役に立てば……科学とは本来そういうものだが。もっとも、まだまだ調べている途中だが」

 

「でも、参考になったかも……」

 

 少女、ナタネは相変わらず目のやり場に困る服であちこち歩き始めた。

 

「森の異変はつい最近。森の奥が異様に静かで、普段森の奥に棲んでいるポケモンたちは街に近い森の縁に集まるようになっている。もしかして、とても力を持った強いポケモンが森の奥に棲みはじめたのだとしたら、ちょっと納得だね」

 

「まだ判断には情報が足りない。――でも、私が下手に口を出すよりも森をよく知る君の判断の方が正しいこともあるだろうし、みんなも納得するだろう」

 

 アオイは投げやりに聞こえる言葉を選んだことを後悔しながら車イスを反転させて彼女に背中を向けた。

 

(なんでよりによって家の近くをうろついてるんだ……)

 

 朝の夢から本当に今日は理不尽を感じることが多い。もしかして今日は家から一歩も出ずに過ごした方が良かったかもしれない。――アオイは珍しく自分の悲運について考えたりした。彼は研究者らしく数字やそれに関することしか信じないことにしているが、だからこそ、運命というものを強く意識してしまうことがあり、なんとなく毎朝七時二分前の『ネイティの今日の運勢!』の視聴は欠かせないことにしている程度には迷信家の癖があった。

 

 聞こえないようにため息を吐くと、見かねたらしいミアカシが慰めてくれた。後ろで小さな悲鳴が上がったのはもう聞こえないフリを決め込んだ。

 

「よーし、それじゃナタネさんがんばっちゃうよ!」

 

「森の中は危ないのでしょう。……気をつけてくださいね」

 

「それを言うならアオイさんもね。それではまた!」

 

 ざくざくと暗い森の中を進んでいく彼女はミアカシに腰を抜かして悲鳴をあげていた少女だとは、とてもではないが同一人物のように思えない。

 ナタネの姿が完全に木々に隠れたのを確認して、アオイは今度こそ深々と溜息を吐いた。

 

 どことなくコウタのようなマイペースを見せつけるナタネは、アオイの苦手なタイプだった。こういうタイプの対処には、これまでならパンジャが間に入ってくれたがここではそうもいけない。すこしずつ慣れていかなければならないことだった。

 

「はぁ……仕方がない、私も私で頑張らなければ」

 

 頭を巡らせて車イスを動かすと先導するようにミアカシが前を歩いてくれた。

 

 遠くに聞こえていたナタネの存在を知らせる音が完全に消える頃――アオイは車イスとモバイルを繋げて距離の測定をした。

 

 草むらから飛び出てくるポケモンもいないため、このまま奥を散策してみることにする。

 

 進めば進むほど森は暗くなっている。微かな光を零すだけになった枝葉が風で揺れると大袈裟な音を立てた。鬱々とした緑は視界のあちこちに闇に似た暗がりを作り出している。この妙な手触りのありそうな闇は嫌いではない。この闇を照らすために人間は努力してきたのだ、見ているだけで創作意欲を掻きたてる――

 

 自分でも思いがけないほどの時間、留まっていたらしい。暇そうにミアカシが落ちたきのみを囓っていた。

 

「ミアカシさんっ!? お、お腹こわすよ、きっと」

 

 ハタ、と地面から音がした。何かと思ってみればそれはきのみだった。

 

(きのみ……?)

 

 腕を伸ばして拾い上げてみるとそれは野生のオレンの実だった――だと思う。

 

「ぐっ……な、なんだこれは、ひどい味……」

 

 果肉を呑み込むことができず、アオイは身を乗り出してわざわざ吐き出した。

 

 咳をしながら考えた。なぜこれはこんなに不味いのだろう。

 これが地面に落ちてくる瞬間を見たのだから間違いない。これは樹に実っている時点でこんなにマズイのだ。

 

 

(よく見れば、形も歪で――小さい)

 

 ただし握れば瑞々しい弾力があった。鼻に近づけてみれば市販のものよりも香りも強い。

 

 不味いのは味の付いていない不味さだ。市販で食べ慣れているオレン味を想像しながら食べているせいだろうか、味がほとんど無くパサパサで種ばかりが硬い。

 

(人の手が入っていないのだ。当然か……)

 

 オレンの実はほどよい温度と水があれば季節に影響されることなく実るが、この森の奥では庭に生えているようにはいかないだろう。

 

 オレンの野生種だろうか。

 

(いや、違うな。誰かがここに植えた……?)

 

 だが、近くに民家はないはずだ。

 

 アオイは背をピンと伸ばして辺りをよく見回した。よくみれば競争に負けたらしい背の低い樹がいくつかある。それらはそれぞれに色の違うきのみをつけていた。

 

(競争に負けてしまったのは、これが後から植えられたもの……だとしたら?)

 

 しかし。

 

(こんな森の奥に、不気味なところに住みたがる者がいるだろうか。心が故障していなければこんなところに来たりはしない。それか、人目を憚るやましいことがなければ。だいたい、いくらきのみを植えたところでポケモンの食料にはなっても人間の腹を満たすには足りないだろう――)

 

 アオイは否定を並べてみた。

 

 そもそもの話、ポケモンも必ずきのみを食べなければいけないという事実も決まりもないのだ。一般人にとってきのみの木を植えるのは、嗜好品としての扱いに似ている。

 

 もし、本当に植えられたもののであれば――よほど裕福で暇を持て余している奴に違いない。

 

 

 それが可能な者――誰がいるだろうか。

 

 

 もうすこしで何かが繋がりそうな予感にジッと宙を睨む。すると、風が一際に大きく吹いた。似た背丈の木々が波打つように揺れた。

 

 ――その隙間に薄汚れた山吹色の煉瓦が見えた。

 

 それは一瞬だったが、アオイにそのことを思い出されるのには十分だった。

 

(そうだ。あるじゃないか。屋敷が――)

 

 誰も近寄らない、森の洋館。こんな辺鄙なところにある屋敷を維持できる財力があるのならばきのみの木の十数本の調達など朝飯前かもしれない。

 

『屋敷の持ち主が植えたのだとしたら……。』

 ――理屈としては成り立ちそうだった。

 

 

 だが。

 

 

(だから何だ、という話だなぁ……)

 

 妙な脱力感に今度は無心に空を見上げた。

 

「まさか、ここにある最悪に不味いきのみが、森の異変の要因ではないだろう……。マズイし……」

 

 彼は、アオイ史上最も不味いオレンの実という栄光に輝いた樹木を後にした。

 

 咳き込むような音にミアカシを探せば、きのみを囓った一口目の状態でフリーズしていた。よほど不味いのがこたえたらしい。

 

「ミアカシさん、無理しなくてもいいよ。ここのは、あまり美味しくないようだ」

 

「モシィ……」

 

 ぶるぶると震えて、吐き出すとミアカシは再び歩き始めた。ショック状態から回復したらしい。

 

 へこたれない精神になにか後ろめたいものを感じてしまい、アオイはつい饒舌になってしまう。

 

「不味いね。だが、人が管理しなくなったきのみとはこんなものなのかもしれない。庭に買う時は注意しよう。……ここは日当たりが良くない。それに雨水や根から吸い取る分だけでは少なすぎるんだ。だから栄養を種に送るのが精一杯で果肉を甘くするまでに至らないんだろう」

 

 だが、樹にとってはそれでいいのだ。匂いにつられて寄ってくるポケモンさえいれば空腹のポケモンはそれを食べ、どこかで吐き出して種が撒かれる。こうして生命は繋がっていく。オレンの樹は賢い。狙い通りだ。まだ舌の上に残る土臭い果汁を吐き出しながら思った。

 

「……もうすこし進んでみようか」

 

 煉瓦の向きを考えると、あちらが正門にあたるのだろう。

 

 検討を付けると自分が屋敷の側面に向かって進むのが最短ということも分かる。とりあえず屋敷の全体をちらりとでも見たい。――これでヒガシノとキタノとの約束も果たせるな、なんてつい最近のような遠い昔のような噂話を思い出してすこしだけ笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




【あとがき;サブタイについて】
遭遇と邂逅は似たような意味で使われることがありますが、
遭遇は間が悪い時の「げっ!」という語感で、邂逅は喜びの「おぉっ!」という語感に捉えていただければ幸いです。

【評価について】
 書き始めて1年が過ぎました。過ぎていました。あっという間のような気分です。
 しかし、更新がすっかり止まってしまっている間にも評価してくださった方が多くいらっしゃいました。いつの間にか目標だったお気に入り件数も超えていて今年は驚きばかりです。とても嬉しいことです。ありがとうございます。来年も頑張りたいと思います。

作中、面白かったもの、興味深かったものを教えてください。

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