もしもし、ヒトモシと私の世界【完結】   作:ノノギギ騎士団

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科学の力と照明燈下の破砕機

 彼はもう覚えていないだろうけれどスクール時代の演劇にパンジャは一度だけ出演したことがある。たまたま役の子が風邪か何かで休んでしまった時の出来事だ。

 

 渋々といった体で依頼を受けながら、それでも心は年並みに弾んでいた。パンジャにはどうしても言いたい台詞があった。役に仮託して言葉を届けたいひとがいたのだ。

 

「あなたのためなら──この体、百ぺん焼いてもかまわないっ!」

 

 捧げるように両手を広げ天を仰ぐ。煌煌と輝くスポットライトの下で、暗闇に息を潜める彼に届けと願った。

 

 

 

 言葉はいつだって足りない。

 この感情を、気持ちを、心を、全てを語るには足りてくれないのだ。

 

 彼には火傷でヒリつく心の裏の裏まで何でも知っておいてほしいのに。

 

 

 ◆ ◇ ◆

 

 

 心が疲れると、昔のことを思い出す。

 パンジャの目はしばらくの間、文章の同じ行をさまよっていた。

 

「ん……?」

 

 頭をふり、過去の思い出を振り払う。

 時間を確認した。まだ昼の休憩時間は終わらない。だが貴重な時間の大半を浪費してしまっていた。

 仕事をしなければならないのに、午前中から手は止まったままだ。

 

「なんてザマだ。……しっかりしなきゃならないのに」

 

 先方へ送る資料はできている。電話をして郵送の箱のなかへ放り込む作業が、妙に煩わしく進んでいない。

 

 今日も今日とて滅多に更新されることのないアオイのポケッターを確認する。彼のコメントに対し、Best wish!ボタンを押すだけが最近のパンジャの楽しみであることを彼は知らない。

 しかし、今日は変化があった。

 

(あれ……友達登録が増えてる?)

 

 奇妙な髪のアイコンが増えていた。どうやらアオイに友達ができたらしい。手紙では何も言っていなかったが……。いや、友達がひとり増えたからといって手紙にしたためるなんて小さな子どもではあるまいし、普通はしないか。考えをあらためる。

 

 パンジャが心配することはただひとつ。(変な友達でなければいいのだが……)ということだ。

 今度の手紙ではパンジャの方から切り出してみようか。アオイにとって有意義な出会いであったことを祈って。

 すこしだけ気分が前向きになり、パンジャは電話帳を開いた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

「もしもし……こちら、ハクタイ博物館。……少々お待ちください。お繋ぎします。──ミアカシさん、あまり遠くへ行ってはいけないよ……」

 

 アオイと並んでいることに飽きたのか、ヒトモシのミアカシはてくてくと散歩をはじめた。飽きているようだが、彼女の機嫌はすこぶる良い。アオイが「もしもし」言っているのに気分を良くしているようだ。

 

 言葉の足りない不安に駆られて、口を開きかける。しかし。

 

「あっ電話……。──もしもし、こちら、ハクタイ博物か……ん? …………もしもし? もしもし……?」

 

 電話の向こうが静か過ぎる。用件があって電話が来ているはずだ。それなのに、息をのんだままうんともすんとも言わない。

 

「……間違い電話、だろうか?」

 

 ぽつり、とアオイは呟いた。

 

『いや、間違いではない』

 

「その声……!」

 

『アオイ、そこで何をしているの?』

 

 思わず、受話器を睨みつけた──この声は、彼女は、間違いない。

 

「パンジャ……なんで君が」

 

『研究室と博物館なんて密接な関係であっても不思議ではないだろう。あなたがそこに存在するよりよほど「まっとう」じゃないか。……あなたは家で養生していると聞いていたのに』

 

 パンジャの声には、驚きや冷たさがあっても柔らかいものだった。いつもの彼女らしい。

 

「ああ、それは……」

 

 アオイは自然と会話ができている自分に気付いた。

 

 これまで、彼女と話すのが気まずい。それだけのために手紙というやりとりをしていた。それなのに、こうして言葉を交わしてしまうと当たり前のように話せてしまう。

 

 彼女と話すのを恐れていたのは、最も恐れていたのは彼女から責められることではない。彼女と話す勇気が無い私自身を見つめるのが、嫌だったのだ。弱い自分を再確認するのが、本当に嫌なのだ。だが、もう……逃げるのは、やめだ。この期に及んで出来るわけがない。

 

 アオイは電話コードをくるくると指に巻いた。

 

「家にこもりきりになるのはよくないと思ったからだ。電話取りのバイトだよ。……君は、変わらずにやっているか?」

 

『ああ、何も変わりは無い』

 

「怪我は、どうだ」

 

 脚を砕かれたアオイを火中から助け出した時にパンジャは手を火傷した。女性の体に傷を付ける行為が、傷の存在が、どれほど心を傷付けるものかアオイは知らない。だが彼女はショックを受けたはずだと思う。彼女が言葉にしたことはないし、きっとこれからも口にすることはないだろうけれどアオイは気付いていた。彼女の無意識な痛みが手袋を触る回数を増やしたことを。

 

 言葉の意味以上に、パンジャはアオイの心情を察しようとしてくれているらしい、次の言葉には微妙な間があった。

 

『……完治には時間がかかる。でもそれだけだ。いずれ治ると言われている。あなたの脚は?』

 

「相変わらずの役立たずさ。でも、まあ……私は今の生活に割と満足している。不自由にも慣れたよ」

 

『そう。でも何かあれば相談してほしい。わたしたちの仲に遠慮は要らない。そうだろう?』

 

「君がそう言ってくれるのあれば、私は救われる思いだ。……君に甘えてしまう私を許して欲しい」

 

『甘えたことなんてがないくせによく言う。……後で電話をしてもいいだろうか』

 

「ああ、夜で良ければ。……さて、電話を繋ごうか。誰にご用事かな」

 

『マニ。マニ・クレオという人物に資料提供を頼まれている。確認の電話だ』

 

「……業務の守秘義務に反しない限りで情報開示を求める。何の資料なんだ?」

 

『イッシュ地方で見つかった化石ポケモンの生態について論じたレポートだ』

 

 生態、という言葉にアオイは神経質にコードを指から離した。アオイの研究専攻はポケモンの生態に関する分野だった。

 

「……それ、私のレポートが入っていたりなんてしないだろうな?」

 

『え? ……すまない、確認する。……………………ああ、2本入っている』

 

「ものは相談だ。できれば抜いて欲しいんだが」

 

『アオイ、わがままを言うのは感心しない。何なら同姓同名の別人だと言い張ればいい』

 

 からかうような言葉に、アオイも失笑した。

 

「履歴書を提出しておいてそんなこと。はぁ……いや、仕方が無いか。彼に繋ぐよ」

 

 アオイは電話機を操作して、転送する。

 

「ではパンジャ……また話そう」

 

『ああ……』

 

 ツー、という電子音。感情移入できない余韻を残し、彼女との電話は切れた。

 

「……意外と話せるじゃないか、私」

 

 むやみに取り乱したりしないものだ。

 それもこれも彼女が件の前後で変わらないでいてくれるからだと思う。

 

「いい友人なんだよ、彼女……私の大切な幼なじみで……あれ? ミアカシさん?」

 

 身を乗り出して受付窓口から顔を出すと、彼女は硝子に張り付いてアラモスタウンの小さな模型を見つめていた。精巧にできたそれが物珍しいものに見えたに違いない。呼び寄せようとしてやめた。彼女の新鮮な感動を無粋に壊してしまいそうだったからだ。

 

 

 ◆ ◇ ◆

 

 

 

 帰りに、施設の中を歩きたくなった。以前、飾られるままだった化石の隣には、発掘場所と発見者の名称がプレートに刻まれて置いてあった。

 

「え? 『こうらのカセキ』……? カブトの化石だったのか」

 

 その形状から『ひみつのコハク』や『ずがいのカセキ』ではないだろうと思っていたが『こうらのカセキ』だとは思わなかった。アオイは『たてのカセキ』か『ねっこのカセキ』の類いだと思っていたのだ。この化石は、カブトの特徴である円盤状の痕跡がほとんど残っていないのだ。

 

 以前、『いい物品だ』と言えたのはこの化石に付着している土や石が粘土質の柔らかいものであるからだ。うまく削ることが出来れば上等な部分化石になるはずだ。

 

「アオイさん」

 

 向こうから、マニがやってきた。アオイはつい「しまった」と苦い顔をしてしまった。それに構わず、彼はアオイとミアカシに微笑みかけた。

 

「あなたが僕の展示の前にいると、なんだか出来の悪い答案用紙をだしているようで心が落ち着きませんよ」

 

「熱心に見ているように見えてしまったかな。そんなつもりはなかったのだが……」

 

 先輩風をふかしているように見えてしまったのだろう。アオイは気まずく鼻の上を掻いた。

 

「モシモシ!」

 

「もしもし……ってね。可愛いですね、この子」

 

「ま、まぁね」

 

 自慢するのも何だか妙な感じがしてアオイは言葉を濁した。不満そうにミアカシがアオイの脚を叩いた。君がいちいち可愛いのは認めるけれど、彼の褒め言葉はたぶんお世辞だぞ。

 

「──何か気になることありますか?」

 

「どうしてこれが『こうらのカセキ』だと思ったんですか?」

 

 アオイは展示を顎で差した。

 

「一見して大きな特徴である甲羅が壊れているように見えますが。この裏に、もうひとつの特徴である節足がみられます」

 

 むしポケモンのあしにしばしば見られる特徴を指したマニは慎重に化石を取り上げた。

 

「しかし、それでは『ツメのかせき』でも該当するはずです。個体を確定する要素としては、弱い」

 

「そうですね。この特徴だけだと他にもいろいろな化石ポケモンの特徴が該当するでしょう。そこで、発掘された地層に着目しました」

 

「ふむ」

 

「その地層からは多くの『こうらのカセキ』が発掘されているんです。これが発見された周辺を探せばきっとこれの他のパーツも見つかるはずです。なのでこれは、『こうらのカセキ』の可能性が高いと思います」

 

「…………まあ、そういった状況があるのであれば、私もこれは『こうらのカセキ』の可能性が高いと思います。ですが、偶然そこに『ツメかせき』があった──という可能を否定できない以上、復元してみてからのお楽しみ、という気もしますね」

 

「あぅ……。そ、それはぁ……」

 

 痛いところを突かれた、というふうに彼は眉を寄せた。けれど、アオイにも本当のところは分からない。

 

「ふふっ。まぁ、でも化石の鑑定なんてこんなものですよ。地層の様相が分かっているのならば、あなたの判断が正しいと思います。私が同じ立場であっても同じ判断をしたと思います。こんな三十パーセントにも満たない化石なんてよほど特徴的な部分が残っていなければ正確に判断できませんからね」

 

「すみません……。あとで『可能性が高い』の文字を付け足しておきます……」

 

「ええ、気にする方がいらっしゃるかもしれないのでそのほうが良いと思います」

 

「アオイさんっ!」

 

 尊敬の目で見つめられてしまい、アオイは膝の上にいたミアカシをひょいと持ち上げた。

 

「あ、いや……私の知識なんてもう古くさいものなんですから。あまりアテにしてはいけませんよ」

 

「それを言うなら僕の知識だって机上のうすぼんやりしたものなんですから、アテになんかなりませんよ。──やあ、お嬢さん。綺麗な炎だ」

 

「モシモシっ!」

 

「あ、もしもし!──じゃない、ミアカシさんっ。くぅ、私の生き甲斐なのに……」

 

 ミアカシがジャンプしたと思ったらマニの頭の上に陣取った。

 歯がゆい。私だって立っていれば、それなりの……それなりの身長なのだ。それにしたってマニの身長にはかなわないけれど。

 

 妙な敗北感を味わいながら、アオイは手持ち無沙汰にズボンの皺を伸ばした。

 

「そういえばこの子、ヒトモシっていうんですってね」

 

「ええ、そうです。イッシュのポケモンですよ。このシンオウ地方ではすこし珍しいポケモンかもしれませんね」

 

 たしかに、と彼は頷いた。

 

「僕は初めて見ました、テレビだとサブウェイ……なんとかのCMで見たことがあったんですけれど、やっぱり実物は違いますね。名前が分からなくて、さっき慌ててネットで調べたんです」

 

 それから、彼が頭上の彼女からアオイへ注意を移した。

 

「でも、アオイさん、質問していいですか? イッシュは人種もポケモンの種類も坩堝なんて言われているのに、どうしてヒトモシを選んだんですか?」

 

「……たまたまですよ。厳選漏れしたポケモンを引き取った、というだけ。でも、私が選んだ機会です。人生の相棒としてヒトモシは……素晴らしいと思います。特に科学者の相棒としては」

 

「え? でも、それならはがねポケモンとかでんきポケモンのほうが良くないですか? 何かあった時のために、という点で」

 

「……そのうち分かりますよ、たぶん。さて、そろそろお暇します。マニさんも、あまり夜遅くなりませんように」

 

 アオイは薄く笑って、肩をすくめた。

 ミアカシが満足して飛び降りてきたのでキャッチする。

 

 不思議そうな顔をしたマニを置いて、ミアカシは手を振った。それに合わせてアオイも車イスを動かす。彼女が、今日は広い施設の中を探検して楽しい思いをいっぱいしていたら嬉しいと思えた。できるだけマニのことを頭から追い出してしまいたかった。

 

(情熱家だな……)

 

 アクロマやコウタとの会話を思い出すとなんだか彼が眩しいものに思えてしまったのだ。

 

 

◇ ◆ ◆

 

 今夜は、モバイルを手放せない。

 

 いつパンジャから電話がかかってくるのか。それだけが気がかりでフライパンを焦がしてしまいそうだ。それでもなんとか食事を作って食べてみる。思春期の少年だってもうすこし落ち着きを持っているだろう。パンジャのことが何もかも気になって食事に集中できない。そわそわしているアオイに影響されたようにラルトスもそわそわとミアカシの周りを歩き回っている。

 

 やがて、モバイルが鳴った。

 

◆ ◇ ◆

 

 音が、声が、聞こえる。それだけではない。彼の呼吸、気配まで、伝わってくる。

 

 懐かしい声。ずっと隣で聞こえていた声。でも途切れていた声がいま聞こえる。底知れぬ安心感に包まれてパンジャはモバイルに両手を添えた。

 

「もしもし……アオイ? 聞こえているか?」

 

 プ、という音と共に、復唱のような自分の声が遠くに聞こえた。それから。

 

『ああ、聞こえているよ、私だ、パンジャ。連絡が遅くなってすまなかった。怪我のこと……。私から君に、もっと早く、電話を……言葉を……かけるべきだったのに』

 

 あぁ、という呻きとも肯定とも否定とも聞こえない声が自然に零れた。

 

(声が、聞こえる。聞こえる。……それだけが、たまらなく嬉しいなんて)

 

 まともに言葉を交わすのはいつ以来だろう。長い間話していなかったような気がする。彼が、こうしてずっと思い詰めていたのだとすれば、ずいぶん苦しかったのではないかと思う。

 

(手なんて、たかが数ミリの皮膚なんて、神経なんて、あなたの命とは比べられないのに)

 

 手袋の隙間からのぞく火傷の痕は、まだ生々しい。それでも、パンジャは変わらない。変わるはずがなかった。スポットライトに照らされたあの日からずっと。

 

「構わないさ……アオイ。あなたのほうが大切だから」

 

『……すまない。でも、言葉が見つからないんだ』

 

「…………」

 

 彼の言葉を待つだけでは、ダメなのかもしれない。アオイは自分のことで手一杯だから自分が動かなければならない──かも、しれない。気にしていないよ、もういいんだよ、と告げるために。

 

 パンジャは目を伏せて、机の上に出しっ放しになっていた便箋に触れた。

 

「あなたが、いなくなってから昔のことばかり思い出してしまう」

 

『そうなのか……』

 

「スクール時代のことなんか特にね。あなたと出会った時だから印象的なのだろうか」

 

『そうかもしれないね。でも、君の思い出のなかの私なんてロクなものではないだろうに』

 

「そんなことない……きっと。ねぇ、あなたは最近なにをしていたの?」

 

『いろいろだよ。小さい子どもと話をしたり、とかね。慣れないことから慣れたことまでいろいろやっている』

 

「そう。アルバイトもそのひとつなんだね」

 

『ああ、そうだ。……パンジャ、ひとつ聞いてもいいだろうか』

 

「なに?」

 

『もう研究の道にいない私が新人の手ほどきをするのは無責任、だろうか』

 

 彼の声には珍しい戸惑いがある。でも、やるかやらまいか迷っているふうではない。自分の判断した結論に自信が持てない、心のブレのような戸惑いだった。

 

 断ち切るように、急かすように、押すように、パンジャは即断した。

 

「わたしは、そう思わない。わたし達の知識を必要とするひとがいれば出し惜しみは良くないことだろう。ひとを幸せにするために、生活を便利にするために、わたし達の知識や技術はあるのだから。そうだろう、アオイ?」

 

『……。そうだな。それでいい。ずっとそうしてきた。……それが「正しい」ことだ。間違っていない、はずだな……』

 

「そう。科学はひとを幸せにできる。……君に、後輩ができたのならそれは喜ばしいことだ」

 

『ありがとう……。私が指導役なんて向いているか分からないけれど、頑張るよ』

 

「うん。頑張って。そういえば、アオイ。わたしにも後輩がね…………」

 

 お互い差し障りない雑談をしばらく交わして、アオイから通話を切った。

 

 

 

 ひとりきりの沈黙は、重い。気がつけば親指がリダイヤルのボタンを求めてさまよっていた。

 

 パンジャの体によりそってバニプッチが火照る頬に触れた。

 その感覚さえ、気付けない。

 

 その目は常に未来を見つめている。窓枠に手がかけられた。その感触は、鈍い。

 

「科学はひとを幸せにできる。……幸せにできる? ほんとうに? ほんとうに、そう、だろうか?」

 

 アオイに告げた言葉に疑問を持ってしまう。彼は科学のせいで怪我をした、失った、とも言える事実がパンジャの心に、一点の沁みのような迷いを落とす。

 

(不幸にする以上の幸せを実現するにはどうすれば……どうすればいいんだ……?) 

 

 どうすればアオイを幸せにできるだろうか。──それだけがパンジャの思考を占めた。『たとえば』の可能性。甘美な未来。わたしにできるたったひとつのこと。わたしの役割。わたしの技術の意味。わたしの知識の価値。──考える。考える。考える。

 

 ある瞬間に未来が、現実を見つめた。

 

 

 今日の夜は深い。もし科学が無ければカーテンの隙間から見える世界は真っ暗のはずだ。

 

 でも、この街には街灯がある。闇からひとを解き放つ光。それは科学。

 

 また、科学はポケモンを救い続けている。そうでなければバトルサブウェイという娯楽は、ポケモンジムという試練は成立し得ない。成立を可能にしているものはなんだ、科学だ。そう、科学なのだ。ひとの知識と技術の蓄積の賜物だ。

 

 

 

 科学の力は、素晴らしい!

 

 

 

 神か概念か、はるか次元の遠くにいる神か、定かでないもの或いは全てに、あきれかえるほどの賛美を捧げて、パンジャは恍惚の表情で天を仰いだ。

 

 間違いなく、紛れもなく、何の反論も許さぬほどの絶対性を持ってパンジャは断言したい。……科学の力を否定することは、科学がアオイを幸せにできないことの反証になってしまう。

 

「科学の力は……素晴らしい……、科学の力は、素晴らしい。科学の力は、素晴らしい! 科学の力は素晴らしい! なぜ、素晴らしいのか!? それは、不幸を与えてなおアオイを救う可能性を持っているからだ!」

 

 言葉は、無力だろうか? いや、そうではないのだ。口にすることに意味がある。胸に手を当ててパンジャは声を張る。

 

 叫びは、無意味だろうか? いや、そうではない。意味はあった。舞台に立ったあの日から意味はあり続けている。あと99回、この身を焼かれても構わないのだから!

 

 手袋が床に落ちた。カーテンが開かれ、満点の夜空が現れる。焦げた手指が空の星を掻き、月を掠めた。

 

「できる? ──いや、できるはずだ、できるはずさ。できるはずなのだ! できなければならないのだ!」

 

 街頭が闇を照らしている。煌々と。あの日のスポットライトに劣らない強さをもって。

 

「わたしは科学者だ。研究者だ。そのための科学、そのための研究だ。──わたしは、わたしの科学は、わたし達の研究は、あなたを幸せにする!」

 

 

 

 正の値である『科学の力』が負の値をとる『心的外傷』に数値上勝った時において、彼の幸せは実現する。

 

 

 パンジャの目は輝いている。

 

 

 始動運転はもう十分だ。もう十分に温まった。心躍るように動けるだろう。

 

 アオイの関心を占めていた『彼』はいないし、復旧工事で忙しいアロエも部下から目を離す機会が増えるだろう。気付けば障害など無くなっていた。

 

 何かを実現するに十二分な感情も理由も知識も実力も備えた。

 

「バニィ、わたしは夢を見つけた! 叶えたい夢が見つかったよ! それはとても素晴らしいことだ! とてもとても素晴らしいことなんだ! ……それはね、『アオイの幸せを実現する』という世界でわたしにしかできないことなんだ!」

 

 

 




【カブトの化石について】
 化石から復元できるポケモンについて単なる「好き」でいうとカブトが一番に好きです。ポケモン世界が現実の先にある物語とすると(初代系列の設定とか)カブトが最も現実味を帯びた形状をしているような気がします。現実の生物が、何らかの拍子で(あるいは入れ替わるようにして)ポケモンとして現れる、という誰もが一度はしたことがある空想には夢があります。この夢に繋がるポケモンとしてカブトが好きなんです。化石だったものが復元され飛ぶ、という浪漫視点ではプテラが好きです。骨格として飾られていた展示物が飛ぶ! これは……どこかの博物館映画で見たことが……!!


【すごーく今さらな話_登場人物たちについて】
 登場人物たちを見ていただければなんとなく察していただけると思いますが……なんというか、あまり綺麗な人物たちではありません。主人公のアオイでさえ善人でありたいとは思っているけれど、善人ではないし、これまでの行いは善人に相応しくないと思っているし、これからもなりたくてもなれないと信じています。でも、いわゆるゲスな人間達ではないです。身勝手に羨んで嫉妬して淀んで逃避して、罪を引きずって巻き込んでなすりつけて引き寄せて、なんてことをしてしまうような登場人物たちですが彼らの根幹は「幸せになりたい」という衝動です。でも登場人物のほとんどが「どうすれば自分が幸せになれるのか」知らない状態でもがいています。そのために、思わず偽ってしまうし、咄嗟に騙してしまうし、意図せず傷付けることがあります。
 今のところ、皆さん勇気がほんのちょっぴりずつ、あるいは大幅に足りないようです。
 

【すごーく今さらな話_この作品について】
 原案は『厳選漏れヒトモシと心傷ついた青年がはぐれ者同士、箱庭のような環境で心癒やす話』でした。初期の投稿において、このアイディアの片鱗を見ることができます。主にミアカシ視点がそれの名残です。(そのため最近は、ミアカシ視点の文章が少ない。)しかし、『ひともポケモンも寄りつかない閉じた環境において心の修復は成されるのだろうか』という疑問もちょっとやそっとありまして今の形に大幅に作品を練り直しました。練り直す時に作品の終わりまでの大雑把な道筋を作りまして、現在はそれに沿って執筆をしています。
 今は当初想定していない数のブクマ登録もあり、書くからには筆者自身にとっても読者にとっても何か有意義なものを作り出さなければならない……ように思っています。某歴史作家先生が仰ったような「価値のある物に」とまでは言えませんが、これからも自分なりに納得のいく作品にしていきたいと思います。ただ更新が遅いことと相まって展開がなかなか進まない状態だったのでそこは反省点としてできる限りの改善していきたいと思います。ただ、まだまだ書き慣れていないので文章や展開のペースがいまいちつかめていません。頑張ったところでなかなか上手い改善にならないかもしれませんが……温かく見守っていただければ幸いです。
 さて……相変わらず文章には分裂症の気味があり、唐突に心情語りが始まったり、思い込みで文章書いたり「そう! そうなのだ!」とか「科学の力は素晴らしい!」とか登場人物達が叫びますが、すごく楽しいので皆さんもぜひ心の中でそう叫んでみてください。かなりヤバイひとです。

【すげいどうでもいいあとがき】
 化石って何であんなにロマンがあるのか考えると、昔に生きていたものがある程度の形を持ったまま存在し続けているということに心揺さぶられ感動を覚えている筆者がいます。ちょっと違うのだと実物が残らないまでも存在は遺してる、印象化石とか……すごく…………その、イイ、ですよね……。


【すげいどうでもいいあとがき2】
 好きな笑顔はヒラコー先生が描くような、あれです。


【簡単に描写しているけど気をつけてね、という話】
 火傷は本当に危険なので注意してくださいね。
 日常生活のことを筆者からとやかく言うことはお節介なものですが……作品でさりげない描写にしている以上、一応ですね……。(詳細を書いたらR-18にしなければならなくなるかもしれませんから!)
 火傷は痛いのは痛いので本当痛いんですが、何より感覚(温度の感知とか触覚)が鈍くなるのが非常に辛いのです。この際の「辛い」というのは心の問題です。極端な例ですが、感覚があるからそこに自分がいるとかの、存在を感じられているわけです。しかし体の一部分でも鈍くなってしまうと妙な心地になるもので「あぁ、亡くしてしまったんだな」と寂しくなります。鈍くなった部分はそのまま、元通りの触覚は戻らないような気がしますし、皮膚はともかく神経を治すのは……うーん……まだまだ難しいと思うので、やっぱり気をつけたいですね。夏が近いのでストーブやヤカンに触る機会は少ないと思いますが……ね。


【ここまでお読みくださりありがとうございます。それでは次話でお会いしましょう!】

作中、面白かったもの、興味深かったものを教えてください。

  • 登場人物たち
  • 物語(ストーリーの展開)
  • 世界観
  • 文章表現
  • 結果だけ見たい!

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