もしもし、ヒトモシと私の世界【完結】   作:ノノギギ騎士団

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メタモン研究者

 

 

 

 僕は、いつだって2番だ。

 

それはいい。それは気にしないんだ。努力が足りないんだから仕方が無いって諦めることができる。

 

 でも一番に腹立たしいと思うのは、僕は1番であることにこだわり続ける『残念』な仕様をもって生まれたことだ。

 そのせいで僕は苦しんできたし、これからも苦しみ続けるんだろう。

 

(いっそ、諦められたらいいのに)

 

 姿形を模すだけのメタモンが、その性能を期待されないように僕もはじめから「2番でいいんだ」と自分に期待できなければ良いのに。模造品。量産品。贋物。使い切りのレトルトパック。とても素敵だ。大好きだ。そうしてそんな存在だと割り切れたら僕はもっとマシな僕になれるだろう。でも、とことん低性能の僕は「特別な人間なのだ」と思いたがりたくて仕方が無い。ああ、悲しい。バカみたいな頭を持て余しているくせに「2番」を受け入れるのは「諦める」ことになるような気になって僕はいつまでも頑張り続けてしまう。尖りすぎた鉛筆の芯のようにぽっきり心折れるまで、このままなんだろうと思う。

 

 僕は、それを変えたくて教えを請う。

 

 けれど他人から聞けば聞くほど、僕は正体不明の何者かになるようで頭の中がぐちゃぐちゃだ。フワンテだってもっと地に着いた生き方をしているに違いない。そう思うことは何度もある。でも、自覚したって自覚は自覚でしかない。僕はいつまで経っても僕のまま自分の性質を変えることはできない。僕に影響を及ぼすのはいつでも外的要因だ。

 

(僕は、彼からどれだけのことを学べるだろうか)

 

 指先でメタモンと戯れながら、僕は目を開く。

 

 

 

 ねえ、神様。

 いつか時空、どこかの世界にいる神話の神様、僕の言葉を聞いてください。

 

 今日の僕は、昨日の僕より賢くなれるだろうか?

 明日の僕は今日の僕よく賢く在れるだろうか?

 僕の努力は報われるのでしょうか?

 

『これまで費やした熱量と時間が無駄ではない』と。

 

 

 その確証さえあれば僕は何者にだってなれるのに。

 

 

 

◆ ◆ ◇

 

 

(何をどうしたら、こんな人ができるんだろう?)

 

 マニは、硬く微笑むアオイの隣で研究者としての『手ほどき』を受けていた。彼は基本的なことばかり教える。いずれ時間がたてばマニ自身でも辿り着ける範疇のことをどうしてわざわざ昼休憩と仕事後の貴重な時間を費やして教えるのか。どうせならポケモンの生態研究者として得た知識を教えてくれたらいいのに……。

 

 そして、3日目にしてアオイの指導法に口を出した。あくまでも穏やかに切り出したつもりだった。それでもどうしてそんな言葉を口にしたか、彼には思惑が分かってしまっているだろう。そして、アオイは怒りもせず、彼は至極当然とばかりにマニの疑問を肯定した。

 

「そうです。これはとっても基本的なことです。いずれ時間が経てばひとりでも習得できることなのでしょう。──なんて『もったいない』」

 

「え?」

 

 研究者の顔をしたアオイが淡々と話し、マニの手の下にある本を差した。

 

「これは全て本を見て勉強できる程度のことです。でも、隣に私がいてあなたに教えたら、もっと早く習得できますよね。あなたの貴重な時間を少しでも有意義に使ってもらおうという心算でした。が……いえ、やはり……そう、私は誰かを指導できるほど、できた人間では──」

 

「す、すみませんっ。アオイさんは頑張ってますよ! わっ僕、なに言ってんだ。ともかく、すみません。あの、ありがとうございます……」

 

 アオイの言葉はまったく嫌味ではなかった。それだけに申し訳なくなり、マニはバツが悪く何度か椅子に座り直した。

 

「……ええ」

 

 真白な手袋に包まれた指が文字を差し、図を示す。彼は説明の合間に、マニの自習の時間をとる。その時に、

 

「時間は貴重ですが、焦らなくても大丈夫ですよ。あまり早く一人前になろうとは思わないことです」

 

「どうしてですか? 早く一人前になれたほうが良いのに……」

 

「こうして学んでいれば、いずれは一人前になるのですよ。それは望まなくてもそういうものなんです。まるで気付いたら登頂していた山登りで、意外と到達感も無い。焦らなくても大丈夫でしょう」

 

 アオイの隣でヒトモシ──彼女はミアカシと呼ばれている──が、のんびり「モシモシ~」と呟いた。彼の言うことなので、それは一種の経験に基づくものなのだろう。それでも、まるで「頑張るな」と言われているような気分になり、マニは珍しく反抗的な気分になった。

 

「すこし休憩しましょう」

 

 マニはハッとして顔を上げた。余計な考え事をしているのがバレてしまっていたらしい。

 

「お茶でも淹れましょうか」

 

「あ、いえ……すみませんっ」

 

「慣れないことをしているのは、私も同じですから。いいのですよ」

 

 アオイが席を外すと残ったミアカシがマニの机を歩き始めた。ヒトモシは柔らかいのか、見た目に反してしっかりした感触をもっているのか、そのポケモンは存在だけでマニの好奇心

 

を掻き立てた。

 

「君の主人は……どうして僕を教えてくれる気になったんだろう。はじめは乗り気じゃなかったはずなのに、なんで」

 

「モシ?」

 

「ははっ……君に言ってもわからないよね。ごめんね」

 

 マニは腰に付けたボールホルダーからふたつボールを取り出した。

 

「さ、出ておいでよ。──ミアカシさん、君が友達になってくれると嬉しいけどね」

 

 ポカン、という音、そして光を放ち現れたのは──。

 

 

 

◆ ◇ ◆

 

 

「やぁん」

 

「はっ?」

 

 アオイは目をぱちくりさせて現実を認識し損ねた。

 

「ヤ、ヤドン?」

 

 ヤドンといえば、ピンク色のあのポケモンだ。なんとも言い難い、言葉を無くしそうになる、脱力感の権化。

 

「どうしてここに……もしかして、マニさん?」

 

「はい、僕のポケモンです」

 

 アオイは、顔をしかめた。しれっと言い放ったマニにひとことくらい物申してもいいだろう。

 

「……私に以前、『研究者がポケモンを選ぶなら』という話をしたでしょう? ですから、あなたはてっきりはがねタイプやでんきタイプのポケモンを持っていると思っていましたよ」

 

 アオイは扉を閉めると、膝の上に乗せたトレイからマニのコップをテーブルに置いた。床にはもう一匹、ポケモンがいた。それは紫色の不安定なからだを持つ、メタモンだった。

 

「あぁ、それは勘違いさせてしまって申し訳なかったです。あれは本当は僕が同期の学生に聞かれたことだったんですよ。ヤドンなんて鈍くってなんだかパッとしないポケモンだって言われているでしょう? だからだと思うんですけれど……」

 

「へえ。あ、いえ。そうだったんですか。ヤドン……。しかし……それにしても、このヤドンは一般的なサイズと比べて小さいような」

 

「そういうヤドンなんですよ。カントーに住んでいる親戚から譲り受けたんです。のんびりしている子です」

 

 まあ、この子に限らずヤドンなんてほとんどそうなんですけれど。マニはぼそぼそと言う。

 

「……可愛いですね。まったりしているようです」

 

 ボールから解放されたヤドンは尻尾を柔らかく伸ばし、大きなあくびをした。その背にミアカシが乗ってぷにぷにとしたさわり心地を楽しんでいるのにも気付いているのかどうか……

 

尻尾にかじりついたりしないのであれば、いいのだろうか。マニも怒っていないようだし……。

 

 ヤドンを見ていると、むずむずと鼻先が痒くなるような興味を覚えて、アオイはつい口を滑らせた。

 

「あの、尻尾がおいしいと聞いたのですが、本当ですか?」

 

「あ、あげませんよっ!」

 

 マニはよほど驚いたらしい。ビクッと肩を跳ね上げた。

 

「ち、知的好奇心の問題です。貯金を切り崩しはしましたけど、そ、そこまで食べ物に困っていませんよ……」

 

 そこまで言うと、マニはこっそり教えてくれた。

 

「実は、僕……ひとくち。囓っただけなんですけれど……なんだか、こう、仄かに甘かったです」

 

「えぇ……結局、食べたんですか……」

 

「ほ、ほんのちょっぴり、囓っただけですっ。ちょん切ったりしませんよ! だって……き、気になるじゃないですかっ! テレビでも特集されるし! ロケット……なんとかが尻尾を乱獲した時とか、こっちじゃグルメ番組まで組まれたんですよ! だから、ちょっと、魔が差して……」

 

 誰にも言ったことがない、と彼は肩身狭そうに言う。そして「ミンナニハナイショダヨ、ですっ」と言うがアオイは誰にでも言える話題では無いと思った。

 

「責めているわけじゃないですよ。私も……きっと、うん……」

 

 言いながら、実はヒトモシがヒウンアイスの味がするという噂があったら──ちょっとは間違いを起こすかもしれな……いとは思いたくない。いやいや『彼女』なわけだし、そんな破廉恥極まりないことを──もうやめよう。この思考は体に毒だ。まったく毒だ。猛毒だ。ポケモンセンターに行ったって治らない。

 

「どうしました、アオイさん」

 

 足下でヤドンが「やあぁん」と鳴いた。

 

「ほら、お茶飲みましょう、お茶! お茶ですよ!」

 

「は、はいっ! いただきますっ!」

 

 

◆ ◇ ◇

 

 

 

「僕、才能……あると思いますか?」

 

 他愛のない雑談の後で、マニは独り言のように呟く。それだけが不安で堪らない。そう言うように。ただ、悲壮はない。明日のテストで良い点数がとれるかどうか気にしている学生じみた言葉だった。彼の心情はともかくアオイはそう感じた。

 

 才能。改めて口の中で転がしてアオイは言葉を馴染ませた。とても懐かしく学生の頃に好んで使った言葉の味がする。彼の年頃は、なるほど気になるだろう。若さのためにまだ引き返せるから。

 

「研究者の才能ですか? 我々の能力は、事務処理の適性で計れるものではないでしょう。我々の才覚を計るのは……ただの情熱ですよ」

 

「情熱? アオイさんは、抽象的なことをおっしゃるんですね」

 

 彼はもっと具体的な言葉を期待していたのだとアオイは分かった。彼が知りたいことをアオイが思い出すまでにはもっと多くの言葉が必要そうだ。それと同じだけ、マニがアオイの言いたいことを理解するには時間がかかるだろう。

 うぅん、とアオイは唸る。

 

「抽象的と言って侮ってはいけないのですよ。何事も諦めなければいずれ『できる』ものでしょう。継続に意味がある。『成功』するまで『やめない』だけで誰もが成功者になれる。我々、研究者とはそういうものです。そういう生き方に耐えうる者だけが、その資格を得て世界を変えていけるのです。……まあ、私がそう信じているというだけの話だが」

 

 アオイの頭にはアクロマが浮かんでいた。今頃、彼は何をしているだろう。きっとアオイの想像を超えて有意義なことをしているに違いない。

 

「僕は……そう、なれるでしょうか」

 

 マニはテーブルに肘を付いたまま額を押さえた。つい口を滑らせたという顔をしたのをアオイは見逃さず、そしてマニも自分の失態に気付き──やがて開き直った。

 

「僕は、恐いんです。ごめんなさい、アオイさん。あなたから教授を受けている身なのに、僕は研究をし続けることができるか自信が持てないんです。自分に向いていないんじゃないかなんて考えたりして……」

 

 彼は右手で頭を支え、カップを持つ。それから、もう一度「すみません」と言った。彼は誠実な人間なのだろうとアオイは思った。彼のなかにある真実、アオイにとって不都合な事実を曝け出したという点において。そういう誠実さはアオイには無いものだ。妙に羨ましく、羨んだ分愚かだとも思った。どうしてアオイ自身ががそう思って考えて実行しているように目の前の誰かを徹底的に利用し尽くしてやろうとは考えられないのだろうか。

 

「結果を出せずに終わるのが怖いからですか」

 

「そうです」

 

 ゆるさないぞ、そんなこと。

 

 彼の返答に、むくりと頭をもたげた感情はおどろおどろしくアオイの目の前を停滞した。その感情に名前は付けがたい。敢えて名付けるならば、今もなお身を焦がして止まない怒りと憎しみと、高所から脚を踏み外したような喪失感が融合した『人生の苦味』と言えそうだった。

 

 アオイはトゲのようなものを声に潜ませた。嫌味な奴だと思われたいし、そう演じたかった。彼の誠実性に期待すれば『アオイという人物は後進の育成に熱心で、その熱量に応えるために頑張ろう』と動いてくれるだろう。それが狙いだった。

 

(ばかを言うなよ。あまりにばかなことを言ってくれるなよ。君が『役に立つ何者か』になってもらわなければ私が困るだろう。君が先達だと信じて揺り起こした愚者は君以上に君を信じて研究者生命を賭けてしまっている。いまさら降りるなんて──ゆるされないんだよ)

 

 物量として一研究者の代わりになるのは当然として『大失敗』を帳消しにする程度でいいから『大成功』を成し遂げるだけの人物になってもらわなければ、困る。

 

「……ははっあなたは高尚な志をお持ちのようだ」

 

 アオイは心底、くだらないと笑って吐き捨てた。すこしだけ、彼はむっとしたような顔をした。

 

「そうでしょうか。研究者なら当然じゃないですか? やるからには、何かを残したいじゃないですか。なんでも、小さなことでいい、発見とか、理論とか、学術的に後世の役に立つような、人類の発展とポケモンとの共生の糧となるような……何かを」

 

「その思い込みが重荷なるのなら志なんて小さくて低くて俗で楽なものでいいんです。ただ目標さえあればそれで十分なんです」

 

「そういうもの、なんでしょうか」

 

「所詮その程度のものなんですよ。だって気取ったことを言って何になるというんです? わたし達の努力は絶望的なほど陽に当たらない。動機なんて誰も目に留めない、留める価値すらない。むしろ白日に晒される結果のためには動機は無いほうが良い」

 

「……でも」

 

「陽に当たらないものに思い悩んで選びに迷って時間を無為に過ごすなんて、嗚呼、勿体ない! 悩む暇があったら前を向いて頭を動かして頑張りましょう。あなたの努力は報われますから」

 

 無責任に煽動する。質の悪い詐欺師になった気分だ。それでもこれが残酷な真実の一片だ。努力しなければ成功はできない。彼が真剣に研究者としての成功を望むのなら、今この瞬間にも研鑽を積まなければ。人生全てを賭けても足りない研究者の道に『停滞』と『後退』の二文字は存在してはならないのだから!

 

「……君次第だ。君にその情熱があるかどうかそれだけですよ」

 

「情熱。情熱か……」

 

 アオイの見るところ、彼にはすこし空虚なところがあるようだった。うすぼんやりしている、というか、自分が何をしてどう感じるのか試行錯誤しているようだ。

 

(……しかし悩めるというのは、贅沢なものだな)

 

 研究者という生き方しかできなかった頃の自分と比べると、マニは恵まれている。不幸を比べたってどうしようもないけれど、何にでもなれるという可能性があるというのは目の前が明るく拓けたような期待感がある。

 

 メタモンがミアカシそっくりに姿を変え、彼女が歓声を上げた。それをふたりで微笑ましく眺めているうちに、別の彼女のことを思い出した。

 

(そういえば、どうしてパンジャは研究者になったのだろう)

 

 学生時代から隣にいるのが当然であの頃は疑問にも思わなかったが、今になって思えばどうして彼女は研究者になっているのだろう。何か目的があって成っているとすれば彼女の「情熱」は何なのか。

 

(あれ……? うん? ……ううん?)

 

 彼女のことを思い出そうとすればするほど、情熱の在処が分からない。仕事は何でも熱心にやっていたはずだ。アオイとは専門の分野が違うからそれぞれを補い合う形でうまくやっていた。

 

 しかし。

 

(何でも熱心にやっていたということは『特に』熱心にやっていたことは無いということではないか?)

 

 アオイでさえ何だかんだと人やポケモンに貢献するという志を持って仕事をしていたのだ。だからこそ実用化に結びつきそうな仕事は熱心にやったいたし、実際に貢献してきたつもりだ。

 

(でもパンジャ。君は……?)

 

 遙か遠くの地を見つめ、アオイは彼女を思う。

 

(いったい何のために──)

 

 

 




【マニの情熱】
 メタモンとヤドンが好きなマニ・クレオ。メタモンの不定型な体は想像を掻き立て、ヤドンの挙動は焦りすぎる気持ちを落ち着かせてくれる。しかし、ここのところ焦っていない自分に焦りを覚えているらしい。

【レッツ・リメイク】
 リメイクが楽しみすぎる。やり損ねてそのままという宙ぶらりん状態が新しい形で解消できそうです。


【更新について】
 ひとつきに数話くらい更新したいです。

作中、面白かったもの、興味深かったものを教えてください。

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