もしもし、ヒトモシと私の世界【完結】   作:ノノギギ騎士団

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『そそのかす』

 

 

 

 

 数日後の昼の休憩の時、マニは核心的な話題を取り上げた。

 今度、行われる博物館の定期イベントである。

 

 マニはアオイの説明に片方の眉を上げた。器用な人だな、とアオイは思った。

 

「神話は、アルセウスがポケモンを作ったという話でしょう? 『作った』ということは最初から『そのもの』の形であって、化石に見られるように進化する必要は無さそうだと思って」

 

「……私はシンオウの人間ではないから神話信仰に傾倒しているわけではないことをぜひ心に留めておいて欲しいんだが──私は、アルセウスが万能だとは思わない。まして神だなんて思っていないよ」

 

「えっ」

 

 マニは顔を引き攣らせて、驚いた。シンオウではタブーに触れる言葉だったのかもしれない。しかし研究者としての立場はハッキリさせておかなければならない。

 

「もしもアルセウスが完璧ならば、いや神と呼ばれるほどの完全性を持っているのなら、どうして化石なんかが残るんでしょう?」

 

「そ、それは。化石はそもそも生きていた物の遺骸だ。だから、生き物の死体が死後も遺り続けるのは何も不思議なことではないでしょう? え? そうでしょう?」

 

「……化石として出てくるのは、とうの昔に滅びてこの地上から姿を消したポケモンたちばかりだ。しかも種類が限られている」

 

「そ、それは……でも、間違い、とか……まだ、見つかっていない、とか……」

 

 マニも自分で言いながら疑問に思うことがあったらしい、声は先細りになり消えていった。化石が『生き物の死体』だとすれば、なぜ他のポケモンの化石が発掘されないのか。

 

「まさか創世以来、他のポケモンが死んでいないわけでもないでしょう? ……まあ、そういうわけで私は神話を信じているわけではないですよ。文学としてはとても興味深いと思いますけどね」

 

「……僕は、今度の展示でこのあたりで見つかった化石の展示をしようと思っていたんです。神話要素ってどうやって入れればいいと思いますか」

 

「……そう……ですね。うーん……まあ、ひとつくらい前衛的なものがあってもいいと思いますよ。神話に対する反証とかどうでしょう」

 

「えっ!?」

 

「冗談です。あなたが一番良いと思うのをやったらいいと思います。私は何でも応援しますから」

 

「は、はあ……ありがとうございます。でも、実は全然、思いつかなくて困っているんです……」

 

 アオイも神話にちなんだ化石展示のテーマなど思いつかない。子ども達を神話という夢の世界から引き戻す現実的な物質としては優秀だと思うのだが……きっと、そんなことは望まれていないだろう。相変わらず発想が夢も希望も無い根暗者のそれで自分自身にガッカリしてしまいそうだ。

 

「……私も、すこし情報収集しながら考えてみますね」

 

「ぜひよろしくお願いします」

 

「あ、あまり期待されても困りますが……ええ。うん」

 

 こういう時は、自分で無理に考えずパンジャの意見を聞いてから考えるのが良いだろう。アオイの短所は発想力の乏しさにある。

 

 ふたりは黙々と昼食を食べながら、考える。その最中、ひんやりする床に張り付いて涼んでいたメタモンに、テーブルから落ちたミアカシが激突するハプニングがあったものの、概ね日常であった。

 

 

 

◆ ◇ ◆

 

 

 

「もしもし、私……なのだが」

 

『アオイ? どうしたんだ。早いな』

 

「早い? すまない、業後にかけたつもりだったが……都合が悪いならかけ直そう」

 

『問題ない』

 

 博物館からの帰路、公園に立ち寄ったアオイはおもむろにモバイルを取り出しパンジャに電話をかけていた。ワンコールで彼女と繋がったから車の運転中ではないだろうと思う。それにしても彼女の声音はいつもの冷たさのなかに驚きがあった。理由を問う。

 

『あなたから一度電話がかかってきたら次は数ヶ月はかかってこないのではないかと思っていた。……そんなことはなかったようだ』

 

「なんだいそれ。……私は、これでも困った時には素直に助けを求める性質でありたいと思っている」

 

『わたしでよければ力になろうか。それで? うん。うん……。うん……? ……………………アオイ、あなたが研究に関わるのはまったく推奨しない』

 

 彼女は今、電話を睨みつけていることだろう。視線が刺さるような気分になり、アオイは意味も無く手をぱたぱたと振った。

 

「推奨しなくとも後進の育成には必要だろう。物事というのはひとりだとうまく回らないものだ。君だってそれは──いや、ともかく何か助言をくれないか」

 

『わたしなら、神話に関連した展示などしない』

 

「いや、そういう話ではなくだな……」

 

『何の基礎知識も無い一般人を相手に我々の研究がいくら理解できる? わたしならもっと初歩的で簡単なことを根を刻むように丁寧に整えてそれらしい展示をする。化石は博物館にあるようだが、説明付きで実物をきちんと見たことのあるひとは少ないだろうし。神話要素は……そうだな、神話の古本でも置いておいたらいいだろう』

 

「しかし、いや、そんなテキトーな……」

 

『画期的な発見があるのであれば別の展示になるだろうが、そうでもないのだろう? それなら、特別なことをしようとせず基本に忠実にやるもの悪くないと思うが。担当は新人なんだ、企画展の担当でもあるまい。そう気を急くこともないだろう』

 

「……そうか」

 

『そういうものだ』

 

「……ふむ。君が言うなら、そう、かもしれない」

 

 茫洋に通り過ぎる景色を眺めて、アオイは無感動に呟いた。

 

 アオイの知る博物館は、ハクタイにあるよく知る館長を筆頭に行われる、化石展示だ。彼らの行う特別展示にひどく感動した覚えがあるせいで何か大きな仕事をする気分になっていた。でも、あそことここは人々の風土も積み重ねてきた歴史も違う。あの時の、あの頃の、あの再現をしようとすることが見当違いのことだったかもしれない。

 

 焦燥感にも似た思いに喉が焦がされて、うまく言葉が言えずに「ありがとう。それでは、また」とありふれた言葉を伝えて電話を切った。

 

(マニを急かしたつもりが……私も何か焦っていたのかな……)

 

 余裕のない彼の顔を思い出す。するとアオイの心も妙にざわついた。彼の未熟さゆえの不安定さがアオイに青春のほろ苦さを思い出させる。

 

 ミアカシの頭の上の焔がゆらりゆらりと揺れた。

 

「モシ?」

 

 ミアカシが小さな手を上げて頭の上の焔に触れた。

 アオイもそれに気付き、頭を小さく振ると車イスを動かした。

 

「私が動揺しているなんて。目に見えて見せられると、ますます動揺してしまいそうだ」

 

「モシモシ?」

 

「……私は自分の行いが、空回りしているのではないかと心配になる。でも、君と一緒にいることだけは正しい行いだと思いたい、私は君に対してはだけは正しく誠実に生きていると胸を張りたい。……まあ、君は、分からなくていいんだけど」

 

 もう一度、何が最善なのか考えてみる必要がありそうだ。

 大きな事業を成すことだけが成果ではない。小さなことをこつこつと積み重ねて経験にしていくことも重要だ。焦りすぎてはいけない。

 

「本当は……その人だけにしか分からない経験を、誰かと比べるなんて……無粋で無駄なことなんだろう」

 

 アオイは独り言のように言い、帰路についた。

 

 もう夏が近い。夜はゆっくりやってくるようになっていた。

 




【あとがき】
 今話のタイトルは仮題としてつけてみたところ、なんだかしっくりきたので妙なお気に入りです。ポケモンのわざにありそうでなさそうなところ、とか。


【あとがき2】
 特別なことをしなければならない、と思い悩み、思い募るのほどからまわりしてしまうのは視野が狭くなっているからなのでしょう。自分の状態に気付くというのは意外と難しく、大切なことらしいです。

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