もしもし、ヒトモシと私の世界【完結】   作:ノノギギ騎士団

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マニ・クレオという男

「アオイさん…………すみません……ほんと、もう、僕ったら情けなくてウザくて、もう、なんだか……うわぁぁぁ……」

 

「な、何ですか、急に。ビックリします」

 

 それはお昼。最近、自然と一緒に食事を摂ることになったふたりだったが、顔を合わせ瞬間に彼は落ち込みはじめた。

 

「いえね、僕、昨日から考え初めて今朝やっと概要をまとめて主任に持って行ったんですよ」

 

「そうなんですか」

 

 本当にやっているとは思わなかった、とは言えず、まして信じていませんでした等とは口が裂けても言えず、アオイは神妙に頷いた。

 

「それで?」

 

「僕の現状を見てくださいよ。そりゃあダメだったからこのていたらくなんです。僕、おっきなクチたたいといてさ……。うん、アオイさんに申し訳なくって……」

 

「私に? 私は、何もしていませんよ、何も。まあ、プレッシャーはかけてしまったかもしれませんが」

 

「プレッシャーなんて。そんなことないですよ。僕にとっては炭酸のキツイ清涼飲料水みたいなもので……うわ、なに言ってんだ僕。と、ともかく、身が引きしまりました。僕ってどうにも鈍ったらしくて。人生が2回あったって普通のひとの1回分にもなりゃしません」

 

 菓子パンの袋を開けて彼はもしゃもしゃとパンを食べはじめた。

 

「……まあ、気張らずにいきましょうよ」

 

「あなたがそれを言うんですか……」

 

「ふたりしかいないんですから私が言うしかないじゃないですか。焦ったっていいものはできないですよ」

 

 それで何を提出したんですか。アオイの問いかけに彼は、とんでもないと手を振った。正視に耐えるものじゃないですよ。いやいや、そこをなんとか。無理ですよ無理無理……。

 

「まあ無理には言わないですけど」

 

「そうしてください。あなたに見られた日には僕……ダメになっちゃいます」

 

 アオイだって点数の低い答案用紙を公開する趣味はない。彼の気持ちは分かる。

 

「まあ、ゆっくりいきましょうよ」

 

「……はい」

 

 ゆっくりやろう。──アオイは彼の突飛な行動のせいでそう思えた。

 ゆっくり。慎重に。けれど確かに進もう。今度はできるだけ、道を違えないように。

 

「一段落ついたら……私のこともお話しましょうか」

 

 この言葉は、いつか言い出さなければならないことだった。その時のために何度も頭の中で反復して練習した。けれど、言い出した言葉はどの時よりも震えていた。

 

「え?」

 

「事故のこと、研究者のこと、化石のこと、生命のこと……きっと知っておいたほうが良いことなんです。あなたの『これから』にきっと役立つはずですから」

 

「で、でも、それは……いいんですか? あなたはそんなこと言いたくない……ではないですか?」

 

「失敗を次の世代に伝えるのも先達の役目なのですよ。──まあ、あなたは私より若いわけですから、私よりも賢く生きて欲しいんです」

 

「でも、アオイさん……僕とそう何歳も変わらないじゃないですか」

 

「さあ。経験年数の違いです」

 

「僕が賢く……ですか?」

 

「ああ、私も誰よりも賢くありたかった」

 

 他者よりも誰よりも『特別』であることにこだわった男は、弁当をつまみながら言った。

 

「前を向いて賢明に鋭く革新的に……誰かの役に立ちたかった。それが、私の研究者としての在り方であり社会に対する姿勢でした。もちろんあなたに押しつけることはしませんが──以前、私はあなたに動機なんてちっぽけなものでいいと言ったはずです。でもね、私達の研究動機は偉大で高尚で難解であることに越したことはないのですよ」

 

「……そう、ですか……。ね、アオイさん。いま聞かせてくれたっていいんですよ?」

 

「ダメですよ。我々の課題が終わってからにしましょう。この話は長くなってしまうんです」

 

 現実は常に正解ですから、仕方がないですね。

 

 アオイはそう言うと、小さくなったパンをふたつに割いた。

 

「そうですか? ……それなら、そうします。そうしたほうが」

 

 いいのでしょう。でも、あの、僕は──。

 

 

 

 

 ねぇ、神様。

 いつかの時空、どこかの世界にいる神話の神様、僕の言葉を聞いてください。

 

 今日の僕は、きっと昨日の僕より賢くなれたと思います。

 明日の僕は、たぶん今日の僕より賢くなれると思います。

 

 僕の努力は、そのうち何かの形を成すのでしょう。

 

 ですから!

 

 だからこそ!

 

 僕を、照覧あれ!

 

 

 

 

 たった3つの偶然が、僕の背中を押して運命は定まった。

 

 アオイさんは「たったそれだけ?」と言うけれど、僕にとってはそれは「すべて」だ。

 

 でも、彼は理解していなくても納得してくれていた。

 

 進んで歩く、選び抜き続ける僕の道に、彼の信念を賭けてくれた。

 

(──あなたが僕の糧になってくれるなら) 

 

 確証なんて無くてもいい。

 

 未来なんて不確定でいい。

 

 僕が歩いた道が、正解だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 たぶん。

 

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