もしもし、ヒトモシと私の世界【完結】   作:ノノギギ騎士団

57 / 107
遊びに行きましょう!

 今日は晴れの日だった。忌々しいほどに晴れて気温も上がるだろう。

 

 アオイは我が身を顧みる。よくよく考えなければならない問題が差し迫っていた。

 

 風呂について真剣に検討しなければなるまい。

 これまで掃除が大変すぎるため使っていなかった風呂場に対し積極的なアプローチを仕掛ける必要があるとアオイは真剣に考えていた。

 

 そして今日、この身体に差し迫る問題に対し、丸一日を費やし検討しようかという予定日でもあった。――正確には使うしかないのでどう掃除することが可能かを考える日である。

 

 さあさあ、遊んでおいで~、とヒトモシのミアカシとラルトスを庭に出してアオイは生活ノートを開く。

 

 そんなおり。

 

「アオイさんっ! 元気ですかぁ!」

 

 我ながらかなりキマッた顔で玄関を開けた気がする。

 

 アオイは予定を変更するのが苦手でマイペースな性格である自分をそこそこに気に入っているのでそれはそれは嫌な顔をしてしまったことだろう。

 

「や、やあ……マニさん」

 

「アオイさん! 遊びに行きましょう!」

 

 今日は晴れの日だ。そして何より休日だった。たしかに休日だと思う。しばらく考えるうちに自信がなくなってきて、アオイは「もしかして休日かもしれない」なんて考えた。

 

 いや、どうだったかな。思わず今日は休日だっただろうかとカレンダーを確認した。やはり今日は間違いなく休日であるらしい。

 

 庭にいたミアカシが突然の来訪者にも臆せずに挨拶をした。彼の元気よく挨拶を返す。何気ない日常には違いないが、見慣れた同僚であっても今のアオイにとっては闖入者であった。

 

「……遊び、ですか、ね」

 

 かつての遊びと言えば、図書館で読書をする(パンジャと一緒だ)か喫茶店でコーヒーを飲む(これもパンジャと一緒だ)しか思いつかない頭ではマニがどんな遊びをして休日を過ごすのか分からなかった。頑張って考えてみてもアオイの知らない奇抜な遊びをしていそうなイメージがあった。これは運命がどうとか、普段の言動のせいだろう。

 

「私は……その……」

 

 もっともアオイが読めないのはマニの真意だ。もしかして、これはただの遊びにかこつけて、何かとても深刻な相談をもちかけられようとしているのではないだろうか? いま断ったら二度と日の目を見て生きていけないような、深刻な相談をされようとしているとしたら? 断るのは恐ろしい気がする。

 

 アオイは「あぁ」と意味の無い声を出してから、引きつった顔で、

 

「……………………まぁ、いい……でしょう」

 

 と言う声をしぼり出すことに成功する。快挙だった。

 

「やった! 数が必要なんですよ、数が」

 

「……えぇ? あまり人がいるところには行きたくありませんよ、こんな体ですし」

 

「大丈夫です! 安心してください! アポ無しでOKしてくれたのはアオイさんだけですから!」

 

「……そう……なんですか……そうなんですか……」

 

 これは悪手を引いてしまった気がする。

 

 外出の気配に、ぴょんと跳ねたミアカシがアオイの心を代弁するようにショボついた焔を揺らした。

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ 

 

 

 

「いやぁ、アオイさんがOKしてくれるなんて思いませんでした!」

 

「じゃあ何で来たんだ? いや、私は真剣に聞いているんだがね」

 

 発車3分後の出来事にアオイは目を見開いて運転席に座るマニを見た。

 

「だってアオイさん、家で暇してそうでしたから」

 

「…………」

 

 帰りたい。

 

 切実に、もう帰りたい。

 

 久しぶりにドライブの気配に浮つくミアカシには悪いが今すぐ帰りたい。何か予定があったんですか、なんて聞いてきたら何事か口を滑らせる自信があったが、妙に勘の鋭い彼はアオイの不穏な空気を察したらしい。無難に「とにかく、ありがとうございます」と感謝の言葉を述べた。

 

「で、何をしに行くんです? そろそろ聞かせてもらってもいいんじゃないですかね」

 

「はい、釣りです!」

 

「はあ、釣りですか。……え? 釣り? フィッシング?」

 

 アオイは自分の耳が都合のいい音声を合成しているのではないかと疑った。しかし、マニの声はどう聞いても「釣り」と言っている。

 

「そうです! 大量発生の情報が来ていましてね!」

 

「マニさんは……釣りが趣味なんですか?」

 

「趣味というか……うーん、趣味といえば趣味なのでしょうね。ヤドンを進化させるためにシェルダーが不可欠なのでいつかカントーに行った時のために釣りの腕を磨いているんです!」

 

「……そうなんですか。そう」

 

 アオイはマニのことを思い直した。ポケモン思いの良い青年だな、と心の底から思う。そしてこうも思った。

 

(何のポケモンを釣るか知らないが、ひとりで行ってくれ!)

 

 あぁぁ、どうしよう。どうしてこうなるんだ。そう。そもそも人助けなんてやろうと思ったことがそもそも……私に向いていない!

 

 深刻な相談――たとえば「僕、今の仕事向いてないかなぁ」とか「僕、実は借金があって……」とか、そういう相談でなかったことにホッとしたのもつかの間だ。

 

 アオイの脳内では「釣り」は「遊び」ではなく薬と煙草と同列に並べられる禁忌なのであった。

 

 なんとかして釣り竿を握らずに済む方法は無いだろうか。イカした方策を考えなければ――。

 

 そんなアオイの苦悩を知らず、底抜けに明るい声で「アオイさーん」とマニが呼ぶ。

 

「なんです。お茶のペットボトルキャップならさっき開けてあげたでしょう」

 

「そーですけど。ちょっとゲームやりません?」

 

「や、やりません。やりませんよ……やりませんったら」

 

 頼むから誘ってくれるな、と思う。

 

 何か気を紛らわせるものはないかとミアカシの姿を探せば後ろの席でヤドンの腹の上で寝ていた。そりゃあカントーではあまりのさわり心地の良さに模倣した抱き枕が量産されたというヤドンのお腹の上とはいえ、私のお腹の上で寝たことがない君がそこでその姿をさらすのは男心がうっすら傷つく。

 

 アオイは後部座席の出来事を見なかったことにして「何で急にそんなことを言い出すのですか」とマニに質問した。

 

「僕、運転していると眠くなるんですよね」

 

 この人、ヤバイ。

 

 アオイは横目でマニの眠そうな細目を見て、何度目かの確信をした。

 




【あとがき】
ペースクラッシャーする方の後輩ことマニ・クレオ!
ヤドンとメタモンを愛する運命至上主義者!
運命! 運命! 運命!
「僕に運命をくださいとは言いたいけれどまだまだ言いません、いつかのどこかの神様、けれど、しかし、今年もご照覧あれ!」

運命を言う彼の行動原理はいつでも誰にでも理解されません。もし「あ、わかるわ~」という方はラッキーです。

世の中、例えば縁起を担ぐことは多々あるものです。社会通念から、風俗から、習慣から、理由はさまざまです。それが彼の場合、日常の動作ひとつひとつに絶えず起こっているというだけなので彼自身は何も特別なことだとは思っていないのです。

彼にとっては「今日が8日」で「朝食がパン」で「今の僕が歩いている」から「昼食はご飯だ」と思うのは普通のことなのでどうして他人が「昼食にパンを食べている」のかよく分からない、ないしは「パンを食べている、運命を理解できないとは、なんて不幸な人たちなんだ……」と思っているらしいです。


【今年も語るよ 創作の裏側】
 登場人物を書くうえで視覚情報というものを重視する人と全くしない人がいるらしいのですが、筆者は「登場人物紹介」なんてモノを作るくらいなので前者です。しかしマニについてだけはなかなかこれといった造形ができずに書き始め最近になりました。年末の頃にようやく初案をつくることができて、それがまあまあに納得できそうな構成になったので近々紹介に追加を行おうと思っております。

【トラウマ】
>「○○、あーそーぼー」と言って朝3時にピンポンを鳴らすのはくれぐれもやめましょう。やめて……やめろ……それは俺にきく……やめてくれ。

作中、面白かったもの、興味深かったものを教えてください。

  • 登場人物たち
  • 物語(ストーリーの展開)
  • 世界観
  • 文章表現
  • 結果だけ見たい!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。