勝負は平行線をたどっていた。
前方を走る車が右と左のどちらに曲がるのか。前方運転手と神のみが知る勝負の行方はふたりの会話の間で今にも忘れられそうだった。
「ときにマニさん。君にご友人はいるのかい?」
「友達? えぇと、人間の? 多いわけじゃないですけど何人かいますよ?」
「そのなかで志を同じくするご友人は?」
「たぶん、い、いますけど」
「ひとりではやれないことでも、ふたりならできることがあるものだ。ご連絡を取ってみてはどうだろう?」
友人を作ることは良いことだ。
便利だし励みになる。
奨めるとマニは苦い顔をした。
「えぇぇ……! いや、僕……距離を置かれてるっていうか、実は同期でもそれほど親しくないんですよ。アオイさんがぺースメーカーになってくださいよ。僕、それで満足ですから」
「意外だね。あなたは面白い人なのに」
「アオイさんくらいですよ。僕のことそんなふうに言ってくれるの」
「まさか、マニさん……! 片っ端から運命がどうのこうのと言っていたわけではないでしょうね?」
「当たり前ですよ。僕だってそれくらいの分別はあります。ひとこと目は挨拶でしょう? ふたこと目には天気の話をするでしょう? そして次ですよ、次! 『あなたは何度目の偶然から運命を信じますか?』って」
「はい、アウト」
そりゃ友達もできないわけだ。アオイは本気で言っているのか疑わずにいられなかった。しかし彼はいつだって本気だった。
「アオイさんも? そ、そこまで言うことじゃあないでしょう……」
「言うことですよ……控えめに言ってもヤバイ人ですよ……」
「でも、でもね、僕にとってはとっても大切なことなんですよ。僕は他人のどんなことだって妥協できますが、こればかりはダメなんですよ。だって、あれもこれもそれもどれもが僕にとっては運命なんですから」
彼は『頑な』だ。
平生であれば彼の言葉にアオイはイライラしてしまうかもしれない。なぜなら彼の行動原理はどこまでも『運命』だ。彼の思索の迷路はどこを歩いても運命の袋小路に突き当たる。
運命とは何なのか?
うんめい。さだめ。
それでも彼のことを嫌いになれず突き放す気も起きないあたり、(自分も甘いらしい)などと考えた。
(けれど彼ならもしかしたら答えをもっているかもしれない)
ふとした考えが目の前を過ぎる。
もしかしたら、ほかの誰よりも目に見えないものを信じている彼ならば……あるいは。
「マニさん」
「なんすか?」
彼が一瞬だけ視線をよこす。
ん、とアオイは言葉を探すフリをした。もう何十年も前から誰かのために用意していた言葉を伝えるにはいますこしばかりの時間が必要で大量の勇気が要った。
(きっと後悔するぞ、私)
脳の冷静な部分が言う。そんなこと知っている。いやというほどに
だからこそ。
(納得が必要なんだ)
これはアオイにとって感覚的で直感的で、研究者として恥ずべき感性だ。言葉の意味にロマンスを求めるなら運命的で宿命的だ。
「ほんとうに、くだらない。他人から見れば実に些細で些末なことだと思うのだが」
だから他人にとかく言うべきではないし、聞くべきではない、まして質問してはいけないことだろう。アオイは同じ質問をパンジャにさえしたことがない。その事実がそのことの秘匿性を意味した。
けれど、これこそがアオイを研究者ならしめた信条だった。
つかぬことをお伺いするようですが。
ありふれた前置きをしてから、アオイは訊ねた。
「君の運命は確率を囁いてくれるのか?」
「確率? さあ、どうでしょう。僕の運命は確率について言及したことないですよ。でもこれからそういう仕事に携わればそんな場面もあるのかも。運命に例外は無いですから」
「……そうか」
「でもどうしたんです? あ、そうかぁアオイさんも運命を感じているクチですか? やっぱり! 同士がいましたか、うれしいです!」
「……あぁもうそれでいいよはい」
彼は、アオイの感覚とは違うようだ。それがハッキリ分かってしまってアオイは知らず知らず強ばっていた肩をおとした。
(なんだ私……これでもガッカリしているのか? 安心ではなく、失望しているのか……?)
感覚だけは仕方がない。
『私の見ている「赤」があなたの見ている「赤」とは限らない』ように、こればかりは仕方がないことだ。
(パンジャ……私が君の理解者であったように、君が私の理解者になってくれたらよかったのに)
遙か遠方の友を思っては憂いの息を吐いた。このまま全身の息を吐き尽くしてしまいたいと願ったほどだ。
自棄になりたい気分になってアオイはすこしだけ気になっていたことを聞くことにした。
「はあ……マニさん」
「なんすか?」
「君、彼女とかいないのか。貴重な休日を消費して、こんな私と釣りに行くなんてすごく物好きだと思って」
できるだけアオイは素直な言葉を使った。
「い、いませんけど?」
「失礼を承知で聞いてしまうが、どうして付き合わないんだ? 君、人柄はいいのに」
「や……そりゃあ『はい、アウト』な習性があるからですよ! もー、なんすか。アオイさんはいるんですよねー。なんすか、自慢ですか」
「私にはいないよ。いたこともない。必要だとも思っていないので」
「怪我のせいですか? 気にしない人は気にしないと思いますよ。事故や怪我、生まれつき……いろいろ理由はあるんですから。大切なのは人柄ですよ。現に僕なんかアオイさんの怪我のことなーんとも思ってませんし」
「そういう理由ではないよ。なんだかこう人と話すのって、つ、疲れるだろう?」
「えぇぇー……そんなんじゃアオイさん、一生恋愛できないじゃないですか」
「誰かに都合を合わせてご機嫌伺いができる人は素晴らしいと思うよ。私は誰にも指示されたくないし誰の都合にも合わせたくない」
だってねぇ、疲れるじゃないですか。アオイは言う。
「ねえねえ、可愛い女の子と手を繋いでデートしたいとか思わないんですか? 僕は思いますよ、一緒に運命を感じられたらもっと素晴らしいだろう、とか」
「夢見すぎだよ。手を繋いでも何とも思わなかったので別に今さら心惹かれることはないね」
「あーッこれはネガティブにみせかけたリア充アピールってヤツですね? さすがアオイさん、陰湿!」
「リ、リア……? なに? な、なんだって?」
早口で聞き取れなかった。しかし彼は二度言うつもりはないようでハンドルを人差し指で叩いて催促した。
「僕、知ってますよ。そんなこと言っていざ彼女ができると『君のアドレス帳から私以外のアドレス消しておきましたからこれで安心ですね!』とか言うんですよね。うっわ、こっわ」
「君、本人の隣でたまに信じがたいことを言うよね」
「で? なんでそんな話したんです? 僕はそっちの方が気になります」
「あぁ……。ペースメーカーの話だよ。価値観や感覚の合う人を選ぶとよいでしょう、という助言なんだが些か直接的すぎる質問だったかな」
「んん? それがどうして彼女の質問になるんです?」
「他人のことをいきなり好きになったりはしないでしょう。趣味や仕事、何かしら共通点があってこそ分かり合えるものらしい。なので、もしいらっしゃったら良いペースメーカーになってくれるのではないかと」
そういうことかー。
彼は頷き、またガムを膨らませた。
「僕はアオイさんで十分ですよ。でもアオイさんこそペースメーカーを見つけるべきですよ」
「私? 私はいいさ。いまさら競うことはないし」
「一緒に生活すればメリハリがでますよ。彼女、つくるべきです。いえあなたの場合、頭を下げてでもお願いするべきです」
「熱弁するね。ははぁ、さてはマニさん、本当は懇意の方がいらっしゃるのでしょう? ……私は誰かに話したりしない。口は堅いので秘密は守ります」
「アオイさん。僕、ヤドンと生活しているんですよ」
マニは親指で後部座席を差した。
「え? ヤドン? あ、ああ、いつも一緒の……いえいえ、知ってますよ? 知ってますけど」
「だからヤドンと生活しているんですよ?」
「え、ええ……だからそれが」
「ぐうたらで食べて寝ることしかしないヤドンと四六時中生活しているんですよ。そりゃ僕が何でもかんでもやることになりますよね。僕の生活のメリハリは『メッリッハッリッ』ってくらいについてますよ」
「それじゃ彼女さんはいらないのですか?」
「もちろん必要ですよ、ちくしょう」
あぁぁ、とアオイはマニを思って乾いた笑いがこぼれた。
そう考えるとヒトモシのミアカシは自分のことはだいたい自分でやるし(フーズの袋を開けられるようになったので最近は勝手におやつにされないように隠している)眠くなったら寝床に行くし(たまに床で寝ていることがある。ひんやりしているから仕方ないね)比較的手がかからないかもしれない。
アオイの様子にマニは『この人も苦労しているんだろうなぁ』と思い、アオイもマニを見て同じことを思っているのだからふたりの仲はそこそこに良い。
そして休日に一緒に釣りに行くくらいにはまあまあに良好な人間関係だった。
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