もしもし、ヒトモシと私の世界【完結】   作:ノノギギ騎士団

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賭けに勝つのは私なのです

 

 まあ、アオイさんは知ったこっちゃないでしょうけど。

 

 秘密って他人にとっちゃ嘘と変わりなくて。

 もっと他人には裏切りと変わらないのかも。

 

 なんてね。

 なーんちゃって。

 僕が真面目なこと言ったらビックリするでしょ。

 

 一般論を振りかざすなんて非一般論域にいる僕にはどうでもいいことだ。自分と理解者だけの世界を大切にする彼にもどうでもいいことに違いない。

 

 そんなわけで。

 マニは蒸れはじめたバイザー付きの帽子を取る。チッ。舌打ちは今度こそ潮風にうまく運ばれていって遂にアオイの耳に届くことはなかった。

 

(参ったな……勝てる勝負をみすみすのがしてしまった)

 

 針のないルアーを海に落としメタモンを回収する。

 

「お疲れさま。ごめんね。……どうやらアオイさんはマジのガチで研究者らしい」

 

『勝つ』という結果を出すためには汚い卑怯な手も打てるようだ。

 

(甘く見ていていたわけではないけど、たかが遊びに本気になるなんてつくづく大人っぽくないよなぁ)

 

 勝負を仕掛けた。

「どうせ遊び」とタカをくくり手を抜いてくれると思った。

 それで勝てる、と信じた。

 

(いいや、甘いのは僕だったか)

 

 釣れる。釣れない。

 勝負は決着がつくより引き分けになる率の方が高いと彼らが弾き出したのはほぼ同時刻だった。

 

 マニがメタモンを呼び寄せてソッと指示を出す、その隙にアオイが竿を操って『おまつり』状態にしてしまった。

 

 コイキングに化けたメタモンを釣り上げればそれで勝てるはずだったのに。

 

(不利を装った『出来レース』を取り逃した代償は大きそうだ)

 

 溜息を吐きかけて、マニはアオイの言葉を思い出し口を塞いだ。

 

 

 

◆ ◇ ◇

 

 

 

「ミアカシさん、君にあれこれと指図をしたくはないがあまり無茶はやめてくれよ。ほのおタイプなんだから水にはいったら大変なことになるんだから――という助言も遅かったみたいだが」

 

「モシ……モシィ……モシ……」

 

 ミアカシは焦点があっていない目で空を見ていた。若干、病院で虚空を見ていた自分と重なる。

 タオルでからだを拭い、水気を拭き取るといくぶんは元気になった。

 

「これですこしは大丈夫かな」

 

「モシ…………モ…………」

 

「ダメなようだね。抱いていればすこしは温かくなるかな」

 

 ひどく弱っているミアカシを、アオイは肩掛けを脱ぐと体温の低いミアカシを包んだ。痩せていく体が気になり始めた頃に買ったものだったがこうして彼女の役に立つのなら良い物を買ったものだ。

 

「何でも取り返しのつく失敗なら、価値のある安いものさ」

 

「モシ……?」

 

「これで海は危ないということを学んだかな。頼むから幽霊のようにいなくならないでくれよ。……わ、私も気をつけるから」

 

 いやいや、待って。おかしいな。

 どうして私も気をつける、のだろう?

 言葉の意味を考えかけた。その時。

 

「すみません! アオイさん、僕が目を離したばかりに」

 

「あ、いえ。私も話に夢中になってしまったから」

 

「僕が勝とうとしてメタモンにコイキングに化けてほしいと頼まなければこんなことには……!」

 

「そ、そんなことを。この……!?」

 

 このやろう、やるではないか。――という言葉をぐっと飲み込みマニを睨んだ。もっとも責めることはできない。アオイだって勝負を運に任せるのは嫌だ。使える手段があるのならきっとそうした。

 

 限りなくコイキングに近いメタモンを抱えてマニは売店を指した。

 

「気を取り直して、アオイさん。賭をしましょう!」

 

「結構。賭け事は可能な限りやらないことにしている。君との勝負は二度もつかなかった。カントーでは『二度あることはワンモア・プリーズ』というらしい。縁がないのだ」

 

 アオイは博打からの逃避を可能な限り挑戦し続けたい。

 しかし挑戦し続ける彼と同じくらい、マニには熱意があった。

 

「車の中ではオーケーしたじゃないですか。結局前の車が右折も左折もしなかったので勝負はつきませんでしたけど」

 

 賭の対照になった車は途中でアオイたちが乗る車を追い越しさせた。その際、マニが座席から飛び上がらんばかりに驚き「うああああああああッ! 僕の勝利がぁぁああ!?」と蛇行運転をしたのはアオイの記憶にあたらしい。

 

「賭けをしたいのはなぜだい?」

 

 運命は定まった、という彼は言う。

 

「あのとき『僕にも潮目が分かった』し『アオイさんが右の竿を選んだ』し『きっちり40m飛んだ』だからです。分かってくれますか?」

 

「ああ運命か……」

 

「そう、運命が指差すんです。でも今の僕にはそれが何を意味するかよくわからない。それでもきっといつかの僕にとって意義深いことがあるのだと思います。なので賭けをしましょう。そして僕が勝ちます。で、あなたの隠し事を暴きます。あなたにとっては語るまでもないささやかな秘密かもしれない。けれど気になるんです」

 

 訳が分からない。

 けれど秘密を暴こうとするのは感心しない。できるものならやってみろよ、とは思う。けれど侮ってはいけない。勝負には『波』がある。それがアオイとマニ、どちらに流れているのか。

 

(それにしても……厄介だ)

 

 マニの言葉の意味は運命が絡むと途端に動機が不透明な具体性を帯びる。だからアオイの本音は「またこれか」と「なんて抽象的なんだ」という困惑に満ちるものだった。

 

 けれど選ぶと決めて進み続けるマニの姿に――アオイは弱い。

 

 後発のために尽くすと一度『決めた』のなら『続け』なければならない。それがマニに対する誠意だ。

 

 嘘も隠し事もするけれど『アオイ・キリフリ』という人物は『マニ・クレオ』という人物にとって正しく有益な存在でなければならないと思う。

 

(そう。それは指導者である以上に当然のことなのだ。私がパンジャにとって、パンジャが私にとって正しく清い肯定者であり有益な存在であったように。彼にとって私が『そう』あることは至極、当然だ)

 

 アオイは覚悟を決めるようにひとつ大きな息を吐いた。

 ミアカシ嬢、願わくばこの情けない呼気もその焔にくべてくれないか。

 

 彼女はアオイの不始末を焔にくべてくれなかったが、彼の指を小さな手でぎゅっと握ってくれた。がんばってねー、と言われているようだ。けれどそれだけで不慣れな仕事でも頑張ろうと思えるのだから私も大概に現金なヤツだと思う。

 

 現実に焦点を合わせる一瞬前、彼の思考は現状の自分を省みる。

 

 まずは、何と言って引き受けるべきか。

 彼にとって、最高の利益を。

 

(あれ。……おや)

 

 不意にこんなことを考える時、目の前に無いはずの焔がチラついた。考えようによってはミアカシへ日々手ほどきをすることと、これは同じことかもしれない。

 

 ミアカシへあれこれと教えることは憂鬱ではない。むしろ楽しんでさえいる。キャッチボールだってそうだ。意思疎通はうまくいかなかったしルールも分かりあえなかったけれど結果としてアオイでは思いつかなかった遊びを発見したではないか。

 

 最高の利益が立場によって異なる以上、得意の計算づくで考えるだけ徒労なのかもしれない。

 

(信じて……やれるだけ、やるだけだ)

 

 あとは息を吸って吐くことと同じように意識すればいい。

 

「賭け事に関して僕は負ける気がしないのです。特にあなた相手には」

 

 互助的。

 けれど傾いたシーソーのように直向きに。――押し上げる。

 たとえそれが何の糧になるか、今は理解ができなくとも。

 

「いいでしょう」

 

 アオイは肘掛けを叩き、マニをまっすぐ見つめた。よし、とガッツポーズをした彼を見ても何とも思わなかった。

 

「受けて立とう。もし、万一にも私に勝てたのなら何なりと話してあげましょう。知らなければよかったと思える話ならごまんとあるのだ」

 

「そうこなくては! 人生、楽しんでいきましょう!」

 

 マニはヤドンを背負いニヤリと笑った。それがアオイの対抗心に俄然、火を点けた。

 

「私を甘くみないでくれよな。――イッシュのカモネギと呼ばれた私の実力はカントーマフィアお墨付きだ」

 

「んっ! うんッ!? ンんんッ!? ええ?」

 

 声にならない動揺がマニのなかで静かな激しさをもって言語中枢を揺さぶった。

 

 けれど。

 

「だからこそ、賭けに勝つのは私なのです」

 

 盛大なフラグを打ち立てアオイは笑う。

 

 それは臆病を巧妙に隠しきった、在りし日の高慢で不遜な笑みに似ている。

 

 

 

◇ ◆ ◆

 

 

 

 外的要因に勝敗を決めてもらうことはやめて、2人はトランプで勝負しようということになった。

 

 なぜトランプなのか。それは単にマニの車のトラッシュケースに入っていたのがトランプだったから、という理由以上のものはない。

 

 アオイはミアカシをふたりの間に置くことにした。ミアカシのボールはどこにしまったのか分からなくなってしばらく経つ。本当にどこに置いたのだったか。

 

 売店に設けられた食事スペースに陣取り、そこでテーブルの汚れがないか念入りにチェックする。それからマニの置いたカードを持った。カードの順番をみるにババヌキでもして遊んだ後なのだろう。同じカードが2枚ずつほぼ連続して重ねられてある。さりげなく何枚かのカードを入れ替えてから「結構、お利口なカードだ」とテーブルに置いた。

 

「何をやります? ブラックジャック? 7ならべ? なんなら簡単にババヌキだってかまいませんがね」

 

「手段なんてどうでもいい。たとえば私が上から引くとして」

 

 アオイはマニがテーブルの中央に置いたカードの山から宣言通りに一枚引いた。

 

「君が後から引くだろう? 数字が大きいのはどちらか。それで勝負は決着する」

 

「そ、そりゃあそうですが……」

 

「ああ、賭けるものを忘れていたな。とりあえず様子見だ」

 

 ポンとアオイのポケットから出てきた物にマニは目を丸くした。

 

「げ、現生……!? ちょ、アオイさん、マズイっすよ」

 

「足りないか。君はせっかちだけでなく貧乏性までこじらせているのか。しようのないヤツだなぁ。……仕方がない、ではもうひとつ。どうせ私が勝つから私が勝つから絶対勝つから何も問題ない」

 

「あぁあああああッ! ヤバイ、アオイさん! 博打になると金銭感覚トんじゃうタイプの人だった! しかもフラグ積んじゃう癖もあるんだ! うあああああッ!」

 

「うるさいな、君」

 

 それからマニと交渉の末、テーブルに備え付けのナプキンを現金に見立てて勝負をすることになった。

 

 けれど。

 

「アオイさん、その、金は、マズイっすよ」

 

 マニは金を賭け合うことを渋った。どうして渋るのかアオイには分からない。

 

 それでも「負けるのが恐いのか?」と煽ると分かりやすくムッとして「じゃあ、やります。アオイさんこそハダカで転がされても恨みっこナシですよ」と煽り返してきたのでイヤよイヤよも世界だったのかもしれない。

 

(勝てる。絶対に、勝てる)

 

 勝負に乗りさえすれば勝てる、とアオイには自信があった。

 なぜなら。

 

(仕掛けはもう済んでいる。私が何の策も無しに勝負を挑むと思ってるのか? 自分で言うのも惨めさがギリギリだが私はカモネギもビックリの弱さだぞ。接待慣れしてるパンジャでさえ私を勝たそうとするのは苦労するのだ。コウタなど断り文句が「俺、勝負とかさぁ弱いから今度な!」だったのが長年の挑発の結果「お前、すっげー弱いじゃん! 俺が悪者みたいになるからイヤなんだぞ!」と現状満足主義者のくせに歯に衣着せぬ言い回しをするようになってしまったくらいの弱さなんだ。まともにやって勝てるわけがない)

 

 だからこそ期待しているよ、ミアカシさん。

 仕掛けはショボついた焔を揺らしながらマニの持ってきたポロックを食べていた。なんでも親戚から詰め合わせが送られてきたらしい。心底どうでもいい情報だが、ミアカシさんが元気になればそれでいいのでアオイは満足だった。

 

「僕から引かせてください。アオイさんが勝負を決めたんだ。いいですよね?」

 

「どうぞ。参加には千円、いえナプキンを1枚」

 

「オーケーです」

 

 彼は1枚めくり、自分の手元に引き寄せ――動きを止めた。

 

「アオイさん」

 

「な……にか?」

 

 バレた?

 まさか。まだ勝負は始まったばかりだぞ。

 涼しい顔で首を傾げながら視線を読まれないようにする。

 

「これ、僕が中身見てもいいんでしょうか?」

 

「ああ、どうぞ。せいぜいハラハラドキドキすることだ」

 

 マニはカードに手を添えるとマークと数字を確認して、手元に離れたところへ置いた。

 

「どうだったかな?」

 

 チラ、とミアカシへ視線を滑らせてからアオイはマニを見据えた。彼は驚いた顔をしている。

 

「えっ! 僕が自分の見た数字をうっかり言うとでも思っているんですか? アオイさん、ひょっとして僕のことバカにして……」

 

「別に。ただ言っても構わないんじゃないか? どうせ私が引く数字を私は知らないし、君の引いた数字を私は知らない。また君が正直に言うとは信じられないので確かめる術もない」

 

「……ふん、言いませんよ。せいぜいハラハラドキドキすることです」

 

「では、させてもらおうか」

 

 アオイはカードを引く。それから手元に引き寄せて数字を確認した。スペードの2。気をつけていなければ目が点になりそうだった。久しぶりすぎて手元が狂っただろうか。カードの順番はたしかに仕組んだはず――。

 

(分かっていたが弱い! 驚くほど弱い! 引きが弱すぎるだろう、私! 彼が1を持っていなければ何の数字であれ私の負けだぞ!)

 

 なんという強敵だ。どうするべきか。いや決まっている。

 

「では上乗せをしてくれ。君からだ」

 

「上乗せって?」

 

「勝てる見込みがありそうならば賭け金――ではなくナプキンを重ねていくことだ。勝てば参加費と合わせて勝者の取り分になる」

 

「じゃあ3枚」

 

「それだけ?」

 

「ぼかぁ、あなたと違って常識人で金銭感覚もしっかりしているんです。とりあえず様子見ですよ、様子見」

 

「じゃあ私も『とりあえず』20枚」

 

「はあ?」

 

 マニは顔を強ばらせた。

 

「アオイさん、なに言っているんですか? これ初回のゲームですよ。分かってます? 下品な物言いをさせていただきますがね、そんなにハダカで転がされたいんですか?」

 

「ちびちび賭け合って仕方がない。第一、楽しくないだろう。たかが2万だぞ、2万」

 

「たかが?」

 

「『たかが』だ。さあ、勝負だ。同じだけ賭けてもらうよ」

 

「ちょ、ちょっと待ってください。いえ、手持ちがないとかそういう問題ではないんですよ。ただ、ちょっと心の問題が……」

 

「そうかい。じゃあ私の引いた数字でも聞いて心の問題を整理するがいい。スペードの2だ」

 

「に……。2ですか」

 

 マニはテーブルのシミを数えているのかと思えるほどジッとうつむいていたのだが、アオイの言葉にバッと勢いよく顔を上げた。

 

「そう。2だ」

 

 ピースしながらアオイも言う。

 

 待って、待って、と彼は手を振った。

 

「あのぅ、アオイさん? 野暮なことを聞きますけど、このトランプって1が最も小さな数字でキング即ち13が最も大きな数字で間違いないですよね?」

 

「そうだとも」

 

「2って何ですか2って」

 

「1よりも大きく、3よりも小さい数字だ。はじまりの素数でもある」

 

「そんなこたぁ知っているんですよ! 問題は、最大の問題は――なぜあなたが僕に話すのかってことですよ」

 

「これは賭だ。そして私はルールを遵守する。君も駆け引きを楽しみたまえよ」

 

 余裕綽々でアオイは笑う。それを見たマニは苦々しい顔で息を一瞬だけ詰まらせた。

 

「……っ。僕が引いた数字をあなたは知らない。あなたの引いた数字を僕は知らない。あなたが本当のことを言っているのか、嘘を言っているのか。僕には判断がつかない」

 

「それで?」

 

「降ります! ちくしょう!」

 

「ひとまず私の勝ちだ」

 

「アオイさん、いったい何のカードを……!?」

 

 ひったくるようにアオイの手からカードを奪ったマニは目を丸くした。

 

「な、なんだこれ! なっ! アオイさん、ホントに2じゃないですか」

 

「まあ、駆け引きなのでハラハラドキドキしただろう。マニさんは? Q? はい?」

 

 最後から2番目同士で戦っていたとは。

 知っていたらゾッとするところだ。

 それにしてもどうしてマニは最強の二番手を持っているのに負けると思ったのか。

 

「だってアオイさん、自信満々で上乗せするんですもん。もしかしたらKかもって」

 

「想像力の豊かさが仇になったようだね」

 

 そう言うアオイは氷でも飲みこんだような危うさを覚えていた。

 

(マズい。私としたことが……。ミアカシさんの焔で感情の振れ幅を逆算して手札の自信度を計れると思ったがコツをつかむ前に私が負けてしまいそうだ……)

 

 どうしよう。迷うアオイがポロックを食べ終えたミアカシの口を拭う頃。

 マニは深刻な顔をして切り出した。

 

「アオイさん」

 

「な、なんだい」

 

「もう一度、勝負しましょう。次はポーカーだ。僕が勝ちます」

 

 カチン、と来たアオイは考えるより先に「やってみるがいいさ」と口を滑らせていた。

 しまった、と気付いた時はたいがい手遅れと相場が決まっている。

 

 それでも余裕を装いカードを回収し混ぜる。

 

「アオイさん、カードは学生時代に?」

 

「ええ、まあ。友人の持っていたトランプ、その精緻な絵柄が好きだったんだ。ところでシンオウやカントーでは花のカードで勝負すると聞いたのだが本当なのかい?」

 

「花のカード?」

 

「たしかフラウワ・カードと聞いたのだが……」

 

 仕掛けるとしたら今だ。

 最低でもツーペアは必要だろう。マニが考え事をするときは視線が右上へ動くことを知っている。その隙に仕掛ける。

 

「フラワ? ああっ! きっと花札のことですね?」

 

「ハナフダ、そんな響きの言葉だったかもしれない。最初にモンスターボールを作ったカントーの会社がそのカードを作っていたと聞いたことがある。カントーに近いこのシンオウでもよく遊ばれるものなのかい?」

 

「うーん? 新年によく遊ぶものですよ。けれどトランプほど親しみのあるものではないですね」

 

「そうなのか。カントーとシンオウは海をはさむといえ対岸から陸地が見えるほど距離が近いと聞いている。もっと浸透しているかと思っていたが」

 

「ルールが面倒なんですよ。イノムーとオドシカとアゲハントと3つ揃えてとか。そうだ。イッシュには何か素敵な遊びがありますか?」

 

「素敵な? どうだろうな。私はダーツが好きだが」

 

「ダーツって的当てでしょう? 意外ですね。アオイさんはボードゲームが好きだと思っていました。リバーシとか」

 

 アオイは交互に10枚のカードを滑らせた。

 

「ボードゲームは基本的に相手がいて遊ぶものだ」

 

 あっ、とマニは何かを悟ったようだ。途端に上目遣いになり「すみません……」と言う。勘違いをさせる言動だったが、まあいい、それよりも手元にスリーカードをそろえることができたことで満足だった。それがたとえ「2」であっても。

 

「チェンジは何枚?」

 

「3枚で」

 

「5枚ではなくて?」

 

 マニに配ったのは、何も揃っていないカードだ。

 

「いいんです。3枚です。この2枚、変えたくないんですよ」

 

 何もそろっていない。はずだ。はずだな?

 アオイは自分の目と手で確認した結果を疑った。

 

(落ち着け。あれは違う。ただの運命だ。何もそろっていない、ブラフだ。私は正しくカードを配った。私がスリーカードを暗にそろえたように彼にはバラバラのカードをくばった――そう、ミアカシ嬢の予測は、なんだって?)

 

 マニの自信をうけて煌々と輝いているのは先ほど口にしていたポロックの影響を差し引いても無視できない。

 

 マニには自信があるようだった。それも多大でバカバカしいほどの過剰なものだ。

 たとえば何も仕込んでいないカードでアオイにロイヤルストレートフラッシュが来てもミアカシに大きな輝きの焔をもたらすほど喜びを感じることはできないだろう。

 

 いったい、何の自信なのか。

 

(ダメだ、自分を疑うな。私が私を信じられなくなったら誰が私を信じてくれるというのか。私は確かにマニさんにふぞろいのカードを配った。ああ、そうだ、たしかに。たしかにそうだった! けれど……何だあの自信は……。何が……何かを見落としている? この私が……? 3枚のカードのいったい何を見落としなんて……あ、そうだ、山のカード! あっちの把握はできていないぞ!)

 

 マニはきっとアオイのカードの中身やイカサマを把握しているわけではない。

 でも、このトランプはマニのカードだ。

 

(迂闊だったッ! カードの傷、シミ、汚れ。情報の優位はまだ彼にある)

 

 とんだ勝負に挑んでしまった。思わず食いしめて奥歯がキシキシと鳴る。

 

(なんということだ……!)

 

 こうなればアオイのイカサマなど可愛いものだ。この賭けは不利と感じたら降りることができる。彼はいくらでも降りて待てばいい。確実に良いカードが回ってくる瞬間まで勝利を保留しておくことができる。カードの瑕疵にはそれだけの情報が記されている。

 

「はっはっは、強気だね、君」

 

「いやあ、相手はカモネギみたいなので容赦しませんよ」

 

 アオイは怪しまれる前に3枚のカードを配った。

 

「言うね」

 

 イカサマはバレていない。ミアカシセンサーもバレていない。

 それなのに、こんなに不安だ。知られなければ安息を得られるはずなのに。

 

 アオイも2枚のカードを交換した。ハズレ。毒にも薬にもならない。

 

 何もかもが気がかりだ。

 

(何だ、何のカードを持っているんだ? 3枚交換した。それでどうなる? 上位のスリーカードがそろうというのか? その時の確率は……。くぅッどうして最初に仕掛けた私が不利なのだ?)

 

 彼は参加費のナプキンを1枚。それから控えめの3枚が加えてから「僕はこれで勝負です」とまっすぐにアオイを見た。

 

「…………」

 

 参加費。

 するり。

 ナプキンを3枚、アオイも重ねた。

 

「おやおや? アオイさん、自信が無いのですか?」

 

「シンオウ人はつくづく失敬なことを。……まあいい、同じ舞台に立ってあげようという私の優しさだ」

 

「ふぅん。余裕の無さそうな顔をしてますけどね」

 

「まさか」

 

「……アオイさんって」

 

 マニは手札を並べ直しながら独り言のように言った。

 

「ちょっぴり僕と似たような感じがありますよ、ホント。勝ち慣れていないっていうか、勝ったときのヴィジョンが浮かばない顔っていうんですか。勝てない悔しさをよく知っている、あなたはそんな人だ」

 

 バカを言ってくれるなよ。君が私の何を知っているんだい。お互い『ちっとも理解していない』くせに。――よっぽど言いたかったが、口を閉じていた。否定したくともできない。勝負が決着する前にアオイの未熟な果実は崩れ落ちて、しまいには燃え朽ちているのだ。

 

『私は「まだ」負けていない』――そう言い募るには情熱を再び拾わなければならない。あるいは別の夢を抱えて生きる選択をする。きっとそれらにあたる。それは軋む心と弱る身体には酷な選択になりつつあった。

 

『ああ、私は負けた人間だよ』――そう言い張るには高い、認めたくはないが山よりも遙か無闇に高く矜持が邪魔する。夢を支えた一途の親友さえ侮ることになりそうで言葉はいつまで経っても形になりそうにない。

 

 だからこそ、転化する。

 

「そんな考えは捨ててくれ。私が君を一人前にする。だから君は勝者だ。人生における勝者になれる。だから、負けるとしても負けそうだとしても負けてしまうなんて思わないでくれ」

 

「僕は……そうなれるでしょうか。すみません、あなたには弱気なことばかり言っていますね、僕」

 

『そうなれる』確証さえあれば、きっと何者にもなれるのに。努力に見返りを求めて何が悪いっていうんだ。夢のための努力。努力が報われないなんて悲しいじゃないか。あんまりだ。

 

 彼はいつか言ったことを、再び言う。

 

「それは君次第だ。自分を信じられるか。信じ続けられるか。ただのそれだよ。――コール。さあ、勝負だ」

 

「ええ、勝負……!」

 

 場に2組のスリーカードが出揃った。

 

 1が3枚。2の3枚。

 

「あぁ、だめかぁ……」

 

 マニががっくりと肩をおとす。同じようにアオイは肩の力を抜いた。

 

「だめでは……ないよ」

 

 ギリギリで勝った。辛勝だ。けれどギリギリと行儀悪く歯ぎしりをしたのはアオイだ。

 

(……イカサマをしなければ負けていた。きっと、負けていた)

 

 次は負ける。必ず負ける。ああ、きっと負けてしまうぞ。

 勝てる光景を描けない自分が負ける。運でも戦略でもない。心が負けそうになるのだ――。

 

 彼を勝負の座から下ろさない限り勝てない。

 確信にも似たその認識は正しいだろう。

 

「もう一度、勝負を。アオイさん」

 

 マニは諦めるかと思いきや食い下がった。

 諦めてほしい気持ちと諦めずに勝負を挑んできた気持ち。彼に対して複雑な感情が交ざる。

 

 その調子だ。くそぅ。諦めないことは大切だ。ああ、諦めてしまえばいいのに。勝てると思っているのか。私こそ。君だって!

 

 アオイはテーブルの下で動かない膝をギュッと握った。

 それから、ニッと笑う。気味が悪いですよ、とマニも柔らかく笑った。

 

(さあ、勝負だ。勝って見せろ! 正真正銘の真っ正面から私を打ち倒してみろ! やれるものならば!)

 

 私は日常発揮される運は悪いが、九死に一生を拾える程度には強運だ。

 ――運命は信じていない。神もいるものか。

 超常の不在は私の憂鬱を助長し地に足をつけることを強要した。

 

 それでも、勝負事の時ばかりは女神を信じていたい。

 ダブルスタンダードも大概だ。アオイは笑いそうになる口を隠した。

 

「フフ、こだわるね? しかし勝利の女神は私に微笑んだ。君の運命は私の女神様に負けたんじゃないかな? 失敗を繰り返すことに何の意味が?」

 

「まったくの無意味であるとは思わないです。失敗して学ぶことがある。僕も。あなたも。反面教師を語るあなたを前に失敗の無意味さを説いたりしません。あなたという失敗を乗り越えて、僕は成功します。この遊びだってそう。戦略にあなたの癖がある」

 

「癖だって?」

 

 マニはピッとアオイの持つカードを指さした。

 

「あなたにとってカードの強さなんてどうでもいいんだ。どうせどんなカードを持っていてもあなたは安心できない。だからあなたにとっての確実な勝法は『ゲームを成立させないこと』だ。最初のゲームで僕が降りるように仕向けたように」

 

 あっさり看破された手法に、まあ仕方ないとアオイは思う。

 

 分かりやすい。初回で実に分かりやすい大金を積んだのはアオイだ。手抜きがあったとすればポーカー1回目の際に金銭感覚がブッとんだフリを続けてナプキンを積み続けるべきだったのだろう。そのせいで初回はただの脅しだとバレるのも早い。

 

 さて、いよいよもってマズい。いや、別にマニが勝ってもいい。自信をつけさせるためにも勝たせるべきなのだろう。けれどアオイだって負け続けの人生だ。小さな勝負でも拾って勝ちたい。大人げないだろうか? けれど男の意地とはハタから見ればきっとそういうちんけで安っぽくてどうしようもなく、しかも大抵はくだらないことなのだ。

 

 ミアカシさんがきょとんとした目をしてアオイの冷や汗を見る。

 

 それでも。

 ふふん、とアオイは小馬鹿にしたように笑う。神経を逆なでして、ねっとり、いやみったらしく煽る。そういうことは得意だ。

 

「自分の臆病を他人のせいにするのは問題だ。君らしくない。君ならこう言うべきだろう? 『運命が僕に「そうしろ」とせがんだ』のだと」

 

 器用に片方の眉を上げてマニは言う。

 

「まだ運命に縋りたい気分にはなりませんね。あなたは僕をして倒せそうだと思うので」

 

「言うではないか」

 

 マニが適当にシャッフルしてアオイの前に山を置いた。

 

「どうぞ、アオイさん。好きなだけカードを切ってください」

 

「ありがとう、マニさん。好きなだけ混ぜさせてもらうよ」

 

 仕込みをするには分が悪い。

 目印となるカードはあってもそれに対応するカードの印をアオイは知らない。

 

 こうなれば最後の手段だ。

 

(――でたとこ勝負)

 

 ポケモンバトルにおけるミアカシには絶対に取らせない戦法を選んだアオイはカードをつかむ。

 

「なんだ、アオイさん、やっぱりカード得意なんじゃないですか」

 

 バラバラと細かく刻むようにカードをまぜていくアオイを見て、マニが「あなたは後出しじゃんけんが好きなんですか」と言う。

 

「いや社会人の嗜みというものだ。私が配ってもいいのか?」

 

「どうぞ。でも僕に最初の1枚をください」

 

「……どうしてか聞いてもいいかい?」

 

 アオイは無意識に手をカードの山の上に重ねた。手触りに問題は無い。指で探れる限りでは傷も微少。触れなければ分からない程度の小さなものだ。目ではとらえられないはず。目印にはならない。

 

「どうしてなんて。そりゃあ僕の運命が示すからですよ」

 

「あ、そ。どうぞ。君へ一枚、私へ一枚……。さあ、勝負だ」

 

 勝負。その言葉に、マニの目の色が変わった。

 

「賭の景品、忘れていないですよね」

 

「私への質問だろう? 君は運命信者でもあり性善説信者でもあるらしい。そうだ、何が聞きたいんだ?」

 

「えっ? 答えてくれるんですか」

 

「動機は明確な方がいい。それに君の悔しがる顔を見たい気がする」

 

「性格悪っ。でも……そうですね、言っても良いんでしょう。どうせ僕が勝つし結果は数分の違いだ」

 

 彼は配られたカードを伏せたまま横一列に並べた。

 

「『アオイさんが行っていた研究について』僕は知りたいです」

 

「抽象的だ。でも、君はハクタイから書類を請求したじゃないか。私とパンジャの論文を見たんだろう? それが全てだ」

 

「ええ。僕、アオイさんが書いた論文を何本か見ました。でも、まあまあ、理解が足りなくて全然……なんて書いてあるのか分からないのもありましたけど……。でも、アオイさんの『とっておき』ってそれだけじゃないんでしょう?」

 

 アオイも、彼にならいカードを並べた。

 

「……何でそう思うんだい。運命か?」

 

「『誰も見たことがないものを。聞いたことがないものを。知らないものを』そう夢を追いかけていたあなたにしてはお利口さんで物分かりが良すぎる論文だ。あなたは期待を裏切らない。仕事だからって言えばそうなんでしょう。でも、アオイさんに限ってそれだけで終わるものかと思って」

 

「へえ。――ちょっとした興味なんだがね。私は『野心のある男』に見えるのかな? これでも世間では『真面目な男』という面で通っているんだが」

 

「あなたに関しちゃ『野心のある男』と『真面目な男』であることは矛盾しないですよ。――それともうひとつ。事故を起こしたのは偶然? それとも故意的なのか? 事故の証言でさえあなたも同僚のパンジャさんも『物分かりが良すぎる』。まるで、まるで最初から仕組んでいたかのような……。そうだ、褒めてくれてもいいんですよ。僕は新聞記事を鵜呑みにできるほど浅慮でおめでたい頭ではないようです。――あなたは誰にも言えないような、言えないような、知られたくない実験をしていたんじゃないですか?」

 

「物証はあるのかい? 私と彼女の波風立たない証言だけ? それで我々を疑うのは証拠が弱くないかい? そんなことを信じて貴重な質問の機会を費やすのはもったいないと思わないか? 私の『そんなものは無い』という言葉だけで終わってしまうことだって考えられる。いや、確率で考えればそちらのほうが大きいのだ」

 

「それは」

 

 可能性がある限り、いや時間と心の余裕が許す限りアオイは関心を逸らすことに挑戦し続けたい。

 

「君はまだまだ若い。伸びしろがある。――そんな君が途絶えた夢の顛末を知ってどうなるって言うんだい? 私に興味を持ってくれるのは一個人として悪い気分はしないが、未来に目を向けるべきだ」

 

「それでも過去の失敗から学ぶことが未来の成功に繋がります。あなただってそう思っているんでしょう。先達より後続が賢くあるべきだと。あなたの経験はいつかの僕の糧になる。さあさあ、白状ってもらいますよ!」

 

「ふん。……暴かれるならば裸で海に飛び込むほうが楽というものだ。私の羞恥心は君を殺してしまうよ」

 

「なら簡単に負けないでくださいよ」

 

 ふたりは同時にカードに手を伸ばし、カードをめくる。しかしアオイはカードの柄を認識することなくミアカシへ視線を滑らせた。

 

 ふたりの言い合いをボーッと見ていたミアカシが「モシ」と身体を傾けた。ミアカシ予報では、焔は中。可もなく不可もなく。恐らくマニのカードは何のペアもそろっていない。

 

 対してアオイは。

 

(1のワンペア……無いよりマシだが)

 

 これで勝負するには恐い。3枚チェンジ。これだ。これでいこう。

 

 参加費を1枚。ナプキンをなぞる。マニの手が動く。

 

 ふっと視線を感じてミアカシから視線を移す。ビクッと身体を震わせたマニと視線がぶつかった。

 

「なにか」

 

「アオイさん、僕――あ、いや、言わないでおきます」

 

「なんだい、言えばいいだろう」

 

「いや、でも。アオイさん……気付いていないみたいだし」

 

「なに」

 

 アオイは右手で自分の頬を撫でた。するとマニが「顔に何かついているとか、そういうわけじゃないです」と手を振った。そう言われるとますます気になる。

 

「なんだい、失礼な人だ。私の知らないことを私の見えるところでクスクス笑われると腹が立つんだ。言えばいいだろう」

 

「ああっ、い、え、あいや、でも、たぶん恥ずかしい思いをするのはアオイさんだし……」

 

「何が」

 

「じゃあ言いますよ? 言っちゃいますよ。――アオイさん、僕の手札が分かっているでしょう?」

 

「はぁ? そんなわけないだろう」

 

 嘘は、言っていない。

 ミアカシ予報はあくまでマニの心情、自信度を測るものでしかも相対的だ。手札のうちわけまでは分からない。イカサマしているか、といえば紛うことなく「Yes!」ではあるのだが。

 

「負けていることを他人のせいにするのは控えめに言ってあまりよろしくない。まったくよろしくない

 

「あぁ、だから言いたくなかったんですよぉ。だってアオイさん、イカサマして負けたらダッセェじゃないですか?」

 

 この野郎、煽りやがる。

 ふつふつと怒りがわきあがる。カードを撫でる手に力がこもった。

 

「それで? 仮にイカサマをしているとしよう。具体的にどんなイカサマをしていると言うんだい?」

 

「それは内緒です。あなたが一番ご存じのはずだ」

 

「私に真実を突きつけられないのなら知らないのも同じだ。傾聴に値しない」

 

 冷たい顔でそれを言うことに成功した。

 ジンとした沈黙が降りる。

 やがてマニが動いた。耐えきれなくなった、という風の失笑をこぼしてから、ぱたぱたと手を振った。

 

「ちぇっカマかけたのバレちゃったか。あなたのことだから勝算のない勝負をしないと思っていたんですよ。だから僕の気付かないうちに何かを仕込んでいるんじゃないかと思って。でも僕の杞憂だったようだ。――まあいいや、手札をチェンジです」

 

「まったく。……それで何枚だい?」

 

「全部です。5枚」

 

「なっ……!」

 

 ニッコリ、とマニは笑う。今のアオイには悪魔的な笑みに見えた。

 しかも。

 

「3のスリーカードしかそろわなかったのでチェンジです。3は『あなた』の数字だ。僕の数字は他にある。『あなた』に味方する数字で勝負するには僕の気分が良くない。ちっともね。」

 

「はぁぁ~、わからないね」

 

 マニはカードを伏せたまま捨てカードの場所へ――たしかに5枚のカードを置く。

 

 それをちらりと見る。

 アオイがカードの山から5枚のカードを取ってテーブルを滑らせる。

 

「アオイさんは?」

 

「私は……」

 

 このままでは負ける。

 まだ見ぬ彼の手札をアオイは知らない。

 けれど確実に負けるだろう。

 

 この予感は正しい気がする。

 

 3枚交換。それとも5枚。――いや、下手な言いわけはよそう。

 

(マニさんがやるのだ。私だって――できる)

 

 これはただの意地だ。確率など関係ない。あるいは予感を覆すことが大事なのではない。意地を意地として貫き通すことが大切だった。その結果に『納得』するため。それがアオイにとっての肝要だった。

 

 押し黙るアオイの真正面でマニが手を広げた。

 

「アオイさんは無理しなくていいんですよ。ただ僕は僕のこだわりとして手札をリセットするだけです」

 

「ああ、そうか。では私もお言葉に甘えるとしよう」

 

 アオイは両手を広げた。

 

「チェンジだ。5枚! 全て!」

 

 もうミアカシを見つめることはなかった。ただマニを見据える。

 そして言い放つ。

 

「――『私は この勝負に勝ったら故郷に帰るつもりだ』」

 

「え? なに、急に」

 

「――『この勝負は私が勝つ この勝負は私が勝つ』」

 

「えっ……? なんで2回……」

 

「――『まさか 私が負けるわけがないし 私が勝てないはずがない』」

 

「な、なん……!?」

 

「――『この勝負は私に任せて君は負けるといい』」

 

「……?」

 

「――『私勝負したことないんですよ』『成功の確率は2%程度ですが賭けるしかないでしょう』『君が配ったカードで勝負なんかできるか! 悪いが自分のカードを使わせてもらう!』」

 

「あっ! フラグを立てることで逆にフラグを回避しようと――!」

 

「勝機も結果も自分でつかむものだ。それを証明しよう。完全証明だ!」

 

 アオイは拳をテーブルに叩きつけた。

 

(見くびるなよ、マニさん。正真正銘の真っ正面だ。――さあ、勝利の女神よ、私に微笑め!)

 

 マニがアオイに対して5枚のカードを配る。

 それを手にとって、アオイは自信満々に言い放った。

 

「アオイさん……いいんですか」

 

「同じ舞台に上がってやろうと言っているんだ」

 

「せっかくならばそうこなくては! 運命は僕に味方したッ!」

 

「さあ、勝負だ!」

 

 

 

 

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