もしもし、ヒトモシと私の世界【完結】   作:ノノギギ騎士団

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君はカントーの化石を見たか

 

 眠い。ひたすらに眠い。

 

 アオイは低く、低く唸った。どれだけ注意しても無駄らしい。痩せていく身体の睡眠は意に反し増えつつある。

 

 かくん、と頭が落ちる。アオイは「うっ」と声を上げて振った。隣の席で運転をしているマニがおかしそうに笑う。気恥ずかしくなり鼻の頭を掻いた。

 

「す、すまないね……」

 

「アオイさん、寝てていいですよ。久しぶりの外出で疲れたんでしょう」

 

 マニの言葉はもっともだったが、運転を任せきりで寝るのは気が引けた。マニも運転で疲れがあるはずだ。せめて眠気覚ましのラジオよりは役に立たなければと思う。

 

「……最近は」

 

 ぽつり、とアオイが半目で外の風景を眺めた。

 

「本当にダメだ。午後になるとすぐに眠くなる」

 

「体力無さすぎじゃないですか」

 

「動いていないからね。体力も何も……」

 

 気を抜くと、ぐう、と寝息をたてそうになる。アオイはまた「いけない、いけない」と頭を振った。今日は特に眠い気がする。あれこれ吐き出してスッキリしてしまったせいだろう。

 

 後ろの座席を見ればヒトモシのミアカシがヤドンの腹の上で寝ている。スヤァ、と寝息を立てているのを見ればなけなしの男心がうっすら傷ついた。

 

(いけない。本当に寝てしまう。何か話題を)

 

 ――と考えた10分後には見事寝ていた。アオイが思うにBGMが良いクラシック音楽だったのが良くなかったのだろう。天上から響くかのようなホルンの音にあえなく撃沈した。

 

 けれど頭のどこかに何か喋らなければならないという意識が彼のなかにあった。

 やがて、ぽつりぽつりと口を動かす。

 

 驚いたのはマニだ。

 最初こそアオイが眠気覚ましのために話しているのだと思い、相槌をうって話題の展開を支援しようとしたが、どうにも会話が噛み合わない。ははあ、いよいよ狂気に片足を突っ込んだか、と隣を見れば予想は外れた。彼は車のドアに寄りかかるようにして寝ていたのだ。

 

 寝ている人と話すのは縁起が良くないと知りつつ、マニは適当な相槌をうつことにした。彼の話題がポケモンの化石のことだったからだ。彼の口ぶり、特に「君」という言葉に含まれる親しさの具合から彼は親友のパンジャと話しているつもりなのだろう。きっと彼の想像上の彼女は良い聞き手に徹し優しく微笑んで頷いているに違いない、アオイの口は滑っていた。

 

 だからこそ。

 

「君はカントーの化石を見たか」

 

 むにゃむにゃと口を動かしながら彼は言う。

 

「何の化石かによりますけど。有名どころのものは知ってますよ。図鑑にもたくさん収録されていますし」

 

「タマゴの化石」

 

 タマゴ?

 

 マニは呟いてみた。見たことがありそうで、無い。そうだ。そういえば見たことがない。どうしてだろう。アオイが知っているくらいだ。もしかして通なモノで世間には滅多に出回らないものだろうか。

 

「有名になる前に窃盗団に盗まれてしまったらしい。ロケット団が台頭した頃だ。カントーの社会秩序は乱れやすい。風雪の交通ダイヤよりたやすく」

 

「アオイさんは見たことがあるんですか」

 

「夏の5時は明るすぎる」

 

 カントーの夏は湿気のせいでひたすら暑い。イッシュ人の私には好ましくない気候だ。

 

 成立しない会話は慣れつつある。直線道路の合間に一瞥。夏の暑さを思い出したのか眉を寄せている。

 

「でも博物館は午後の6時までだから10分前にチケットを購入して見に行った。今を見逃したらもう見れなくなるような気がして……」

 

「へえ。その直感は正しかったんだ」

 

「あぁ……うん……ぐぅ……」

 

「ちょっとッ!? 寝ないでくださいよ! それで!? どうなったんですか、次は!」

 

 マニはついでにラジオの音量もマックスにする。叩きつけるようなシンバルの音がアオイの鼓膜を直撃した。

 

「う、うあ、起きてる! 起きてるぞ!」

 

「……すっかり寝てたじゃないですか」

 

「いや、それはぁ、まあね。……ああ、ええと、何を話していたか……」

 

 アオイは目をぱちぱちさせながら腕を伸ばしラジオの音量を下げた。

 

「タマゴの化石のことですよ。で、見に行ったんですよね?」

 

「あぁ、あれね……。ねえ、マニさん? タマゴの化石ってどうなっていると思う?」

 

「どうって。タマゴの見た目、丸い化石なんじゃないですか?」

 

「外見は、ええ、そう」

 

「あ、中身のことを言っているんですか」

 

「ええ」

 

「普通の考えれば、そうだなぁ、中身も石化しているんじゃないですか?」

 

「そうだね、普通はそう考える」

 

 私もそう、とアオイは胸に手を置いて頷いた。マニは渋い顔をした。

 

「うん? 引っかかる言い方をしますね。化石の外見は丸い、中身は石化したポケモン。それの何が問題なんですか」

 

「何が問題かなんて、全てだ。外見上は石ころと大した変わりがない」

 

「あ……」

 

 そりゃあそうだ、マニはハンドルを握っていなければ両手を叩くところだった。

 

「けれど展示した人はどうしてそれがポケモンのタマゴの化石だと分かったのか。どこにも開かれた形跡がない。中身を暴いたわけではなさそうだ。では、どうすれば証明できる?」

 

「勘違い……したんでしょう」

 

 マニは何か恐ろしい予感があってそんなことを言った。

 

「――あるいは、その人だけはそれがタマゴの化石だと思い込んでいたんでしょう。だってそうじゃないですか……? 割れた形跡が無いって……いや、そもそも中身を割っても分かるのでしょうか? 中身を開いたってただの石なんじゃ……」

 

「私もそう思う。でも、ひょっとしたら本物かもしれないとも考えた」

 

「え、確かめる方法が――ああ、あるんですね。そしてそれは化石の復元なんだ」

 

「冴えてるじゃないか。正解だ。おめでとう。すごいね」

 

「……アオイさんって褒めて伸ばす教育法を採用しているにしては褒めるの下手ですよね」

 

「私自身、褒められ慣れていないので君に何と声をかければいいのか、未だ悩むことがある。まあ、ともかく正解なんだから君はもっと自信をもつべきだ」

 

 アオイは日の傾きかけた車窓の外を眺めた。そこに映る自分は意外なほど穏やかな顔をしている。そして海へ向かうときはさほど気にならなかったトンネルの数を数えていた。

 

「はあ、どうも。でも、そう考えるともっと分からないですよ。タマゴの化石を復元装置にかけたとしたら、化石タマゴはただのタマゴになっているはずじゃないですか。化石のままでいることがおかしい」

 

「……ポケモンの化石を復元装置で照射した際にどこが最初に恢復するか、マニさんは知っているかい?」

 

「人間でいうところの心臓?」

 

「いいえ」

 

「じゃあ、脳でしょう」

 

「いいえ」

 

「……それなら、どこですか」

 

「ポケモンがポケモンであるために必要な器官だ。ヤドンで言えばエスパーパワーを発生させているからだのどこか、ヒトモシならば人の命を燃やしているどこか、ラルトスならば人の感情を受け止める受容器だろう。では、タマゴならばどこだろう? 私にも正答が分からない」

 

 ああ、うう、とマニは唸った。疑問があちこちにあってまとまらない。それでもアオイの言葉は続いた。

 

「私の想像だが、タマゴの化石を見つけた研究者はそれをタマゴだと検討をつけたうえで復元の実験をしたのだろう。そして実験はうまくいったが成功までには至らなかった。パーツは全部そろっている。むしろ、そろいすぎた。途中で諦めたりせず通説に則り約10分間の照射を終えたのならば、おそらくタマゴの中身だけが恢復した状態なのだと思う。タマゴの殻はポケモンのものだがそれ自体がポケモンではないから」

 

「な、中身だけって……な、な、な、なんですか」

 

「想像にお任せするが――実に、だらしないよなぁ」

 

「だらしない?」

 

「……ぁ、忘れてくれ。間違えた」

 

「間違えたって何すか」

 

 居心地悪そうに座面を手で支え、アオイは口元を手で隠した。

 

「ついパンジャと話しているような感覚になってしまった……。忘れてくれ」

 

「……アオイさんってパンジャさんの前だとめっちゃ偉そうな態度なんですか?」

 

「そ、そんなことはない! ……いや、そうかもしれない」

 

「ちょっと、どっちなんですか」

 

「私はごく普通の友人関係だと思っているのだが、はたから見れば偉そうに見える、かも、と思ってだね……。そう、化石はパンジャと見に行ったんだ。そして最初にタマゴの化石だと断言できるのはおかしいと気付いたのも彼女だった。そして、だらしないと言ったのは私。――復元した研究者はその後に生体反応をみるスキャナーか何かにかけたのだろう。それで中身だけ恢復させたことに気付いて、ほったらかしだ。まあ、中身を割ったとして出てくるのはスクランブルエッグだから人道的なの行いとして正しいと言えば正しいのだろうけれどだらしないよなぁ」

 

「…………」

 

「どうしたんだい? 青い顔をして」

 

「へっ? べつに……何でもないです。眠気が冷めましたよ」

 

「それは良かった。それで私は――」

 

「ぼかぁ! もっとパンジャさんのことを聞きたいな! アオイさんの惚れた腫れたってなんかこうレア感がただよいますし?」

 

 マニは慌てたように話題を変えた。けれど会話に不自然はなかった。彼の動揺を見抜けないあたりアオイの頭は睡魔にやられていた。うーん? と首を傾げては指を折り曲げる。トンネルの数は4を超えた。

 

「言っておくがアレだ、パンジャは誰のことも好きになったりしないぞ。好意はあってもそれは文房具に寄せる愛着のようなもので発展する可能性のある感情では」

 

「アオイさん、ずっと一緒にいてオトせないとかだらしなさすぎじゃないですか」

 

「いや……私は……えぇぇ…………」

 

 アオイは沈黙のなかで反論を考えていたのだろう。けれど口を閉じて思考を巡らせるうちに今度こそ本当に寝てしまったらしい。5つ目のトンネルを抜ける頃に、ごつり、とガラスに頭をぶつける音が聞こえた。

 

「アオイさん?」

 

「…………」

 

 ぐぅ。沈黙した。彼はよほど眠いらしい。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 マニはその日、ふわふわした足取りでアパートへ帰った。それからいつも通りに顔を洗い、シャワーを浴びて、食事を摂ると寝室に入った。

 

 パソコンの放つブルーライトに青白く照らされた顔は引き攣っていた。それに気付かず彼は椅子を引き寄せてマウスを握る。そして数時間の調べ物が終わると彼はパソコンを閉じてベッドに入った。

 

 それからだ。自分の手足がひどく強ばって震えていることに気付いたのは。意識をすればもう無視することができない。身体を縛るのは恐怖だった。

 

(僕は、なんて人に声をかけてしまったのだろう!)

 

 彼の言葉を思い出す。

 

『ポケモン化石の復元をするとき、どこから恢復するか知っているか?』――Nothing Much!

『タマゴの化石のありかはどこか』――Nothing Much!

 

 検索方法を変えても言葉をどれだけ区切っても答えは見つからない。それはつまり世間には出回っていない知識ということだ。この世界は彼の知りえた知識を知らない。どうやってそれを知り得たかなんてことは、なおさらだ。

 

 だからこそ、マニは気付いた。気付いてしまった、と言ったほうが正しい。冴えている、と言われてちょっとでも嬉しいと思ったのがいけなかった。アオイの言葉を注意深く聞かなければこんなこと気付かずに済んだ。

 

 あの人は。

 

 目を見開いたまま、マニは頭から毛布をかぶった。

 

(化石を解体したことがあるんだ。それも中途半端に発見された化石を復元して……!)

 

 ああ、気持ち悪い。

 

 マニは目を伏せて咳き込んだ。きっと胃酸だ。喉の奥がジンジンと痛かった。柑橘系の苦く酸っぱい味がした。

 

(なんて気持ち悪い! 良心はないのか? 善心は? 人間としての道徳心はどこにあるんだ? それにあの人は自分の亡くしたポケモンのことを『たかが』と言ったぞ、『たかが』と。ポケモンのことをなんとも思っていないんだ……)

 

 軽蔑した。蔑視した。しかし何よりの疑問があった。

 

(彼はどうしてのうのうと生きているんだろう。死ぬべきだ。自責の念にかられて死ぬべきだ)

 

 そう思う。けれども彼は生きている。それが……たまらなくマニの心を傷つけた。彼は実験のために何もかえりみることはなかったけれど、今日はそれだけではないことを知ってしまった。彼が本当は優しいこと。病んでいること。穏やかなこと。残酷なこと。

 

 人間は多面の立方体のようなものだとマニは思う。

 

 ポケモンほど長所も短所もハッキリしていない。それどころかすっかり欠けてしまっているところもある。人間は不完全だ。どうしようもない。うまれもった仕様だ。だからこそ誤るのだろう。

 

(あの人は……優しいから病んでしまったのだろう。僕は死ねばいいなんて簡単に言えるけれどそれを他人に言われたがっているとは思えない。この世界で最も自分にその言葉を投げたのはほかでもないあなただ)

 

 どうして残忍なことをしてしまったのだろう。これも知っている夢のためだ。どうして彼はあんなふうになってしまったのだろう。これも夢のためだ。

 

(夢! 夢! 夢! いったい何なんだ!? 夢は素晴らしいけれど自分の心を壊してまでやらなければならないことなのか!?)

 

 そうなのだろう。そうなのだ。絶対的にそうなのだ。そうでなければ生きている価値もないほど大切なものなのだろう。――彼らには。

 

 息苦しくなり、マニは毛布を蹴った。そして喘ぐように泣きながら暗い天井に手を伸ばした。届かない。何にも届かない。この手は何かをつかむのに短すぎる。けれどアオイは夢に手をかけたのだ。指先、手指の一本だけであったとしても夢の手触りを得た人だ。

 

 夢なんて、と思う。けれど、くだらないとは思えない。口が裂けたって星が砕けたって言えない。マニの胸中を占めるのはいつだって羨望だった。

 

「かみさま……。僕は……ついていけるでしょうか……。僕は……怖いです。僕は…………」

 

 天へ告白する。その声はかすれていた。ご照覧あれ、といつか告げた。だから縋らない。救いを請うたりしない。祈りを捧げるだけ、陳情はやめた。それでも告げたかった。不安で不安でたまらないのだと。

 

 何に恐怖しているのか分からない。けれど手足は朝日を浴びるまで強ばったままだった。

 

 

 

◆ ◇ ◇

 

 

 

 深夜。

 

 ついに浴室の扉を開いたアオイは惨めな気分でシャワーを浴びた。濡れた浴室を這いずりまわらなければならないのは自業自得とはいえどひどい屈辱感があった。これでも毎日続けば慣れるだろう、と希望的観測を未来にあずけて車イスをたぐり、自室に戻るとのろのろと便箋を数枚取り出した。

 

 後悔は先だってくれない。考えごとのうち、不埒で物騒な思考がちらりちらりと動物的な感覚で見え隠れするのが分かった。本当にマニに話して良い内容だっただろうか。後悔はしていない。けれど今後の障害になるのではないだろうか。しかし――さまざまな不安の根源は『私の内心をすこしでも知っている者がこの世界のどこにいるのが怖い』という恐怖だった。

 

 誰にも話したことがない。

 それは不遜な自己愛ゆえではなかった。

 臆病な自尊心。――いつか教書で見た言葉がストンと腑に落ちる。勝負を最初から成立させないようふるまったように、これまでの彼は自分の内心を隠し続けることを選び続けてきた。他人には真実は鏡に写る虚像を見せておけば良いと思ってきた。

 

 今日、その方針は真逆の選択をした。

 

 それを引き金に冷静になった瞬間、怒濤のような自己嫌悪に嘖まれ頭が割れるように痛い。そろそろ自分を殺すのは実は自分ではないかと思い始めてきた。ようやく引き出した便箋に何を書くのか。親友へ書かねばならない内容はいくつかあるが誤解を招かない言葉を探す労力が行方不明だ。

 

 さらにアオイを憂鬱にしたのは、これが遺書であっても驚かれまいという妙な自信だった。

 手渡し損ねた夢は重く、陰は生きる限りアオイにつきまとう。マニの拒絶はアオイの必死の決心を挫いただけでなく、一時の生きる理由すら否定したのだった。希望を目の前で打ち砕かれた。車イスに乗っていて良かった。久しぶりに大きな感情が動いた。……マイナスの方向に。

 

(あぁぁ…………誰か私を…………)

 

 殺してくれないか。――そう思えたら楽だ。いつもならすぐに却下される提案だが今のアオイには憎々しげに睨むだけで早々と取り下げられない魅力をもっていた。

 

 心が凍傷している。それが許されたらとびついてしまうほど現状から離脱するマシな方策に思えてならない。いつ終わるともしれない絶え間ない苦痛は時として正常な判断能力を狂わせる。その方法が絶対的なベストで最適解ではないと頭では知っていながらこの状況では「その方法を採用しても仕方ない」と思える。空しい人に特有の精神状況だった。

 

 アオイは深々と溜息を吐いて唸った。感情があふれて頭の中が爆発しそうだ。

 

 ああ、パンジャに会いたい。唐突に彼は思った。電話をしてみようと思ってテーブルの上を手がさまよう。

 

 君と話したい。君に。君と。君だけに。ああ、話がしたい。くだらない話をしてくれ。とびっきりくだらない、笑えない話をしてくれ。私に必要なのは虚勢を張る相手だ。私を見てくれ。そうすれば私はいつも通りの私になれる。ひとりきりなのがいけない。私が私を見失ってしまう。情けない。ああ、でもこれが私なのだ。なんて愛おしい。なんと忌まわしい。君と一緒にいる私が、私は好きだ。何者にも冒されない孤高で不遜な私でいられる。

 

 虚像の仮面を剥がされた研究者は泣くこともできずに真っ暗闇を手探りで求めた。

 

 ボウ、と不意に彼の横顔が照らされた。喉の奥が引き攣った声を出した。

 

「ミアカシさん……」

 

 ヒトモシのミアカシは、夜遅くまで起きているアオイをつつきにきたようだ。

 いつもは暗くなるとすぐに寝てしまうのに今は起きている。それが不思議でならないらしい。感心したような声を上げた。ひょっとして、とアオイは考える。いつも自分が寝た後、かのじょはいつもこうしてからだに触れているのかもしれない。たとえば命があるだろうか、温かいだろうか、と。

 

「まだ生きているよ。まだ……ね」

 

 カラカラになった喉でアオイは言った。どうして当たり前のことを言ってしまうのか自分が分からなかった。

 

「モシモシ!」

 

 それは良いことだとばかりにミアカシは焔を爛々と燃やした。アオイは手元を見るのにちょうどいい明かりに、ありがとう、と述べた。かのじょがアオイの握りしめていた便箋を指差した。

 

「あ、ああ、これ。今日はちょっと手紙を書こうと思ってね。電話でもメールでも良いのだが……大切なことは手紙がいい。落ち着いて検討ができる」

 

「モシモシ……?」

 

「誰に書くのかって? イッシュのパンジャだよ。私が先走ってしまったから詫びをしなければ……」

 

 しんみり。どこか寂しい顔をするアオイをどう思ったのだろう。ミアカシはショボンとした小さい焔を揺らした。

 

 手元が暗くなってしまった。アオイは電飾に頼りかけて、やめた。言葉を尽くそうと思えたのはマニに真実の一片を話したからだ。彼は久しぶりに他人を信じる心強さを思い出していた。

 

「痛いところはないよ。苦しいこともない。私は生きているんだから」

 

「モシモシ?」

 

「生きて……」

 

 アオイは仕事用のペンを取ると慎重にキャップを外した。

 

「変わり続けることを私は成長と呼びたい。今日でだいぶ成長できたんじゃないかと思うんだ。ひとは……ひとりでは変われないらしい。君がいるからなんとか生きていけるように、彼がいるからすこし頑張れそうな気がする」

 

 いいや、まだ頑張れるよ、私は。

 

 彼はそう告げると書き出した。

 拝啓。親愛なる人へ。

 

 

 

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