シッポウ博物館に一歩踏み込んだ時点で、マニの知見はひとつ広がった。空間を柔らかく閉ざす静けさはマニの勤めているハクタイに静謐とは趣が違う。
その理由を、ここに着いてから頭を巡らせて考えている。
照明のせいだろうか。やや赤みを帯びた照明を見上げては、首を傾げる。ちょっと違う。では湿度だろうか。ここの湿度はどれくらいだろう。一般的な男性に比べて長く整えている髪に触れてみる。やや、しっとり……している気もするが、ホテルのリンスインシャンプーのせいと言われたら、その程度の気がする。
(僕には、考えても分からないことが多すぎる。……僕が未熟ってのもあるけど、元手になる情報が足りないんだ)
だから人一倍に物を見なければならない。
環境の違いと手っ取り早い納得を得るのは簡単だったが、それではその辺に群れる観光客と同じ集団になってしまう。研究者になるたいと志す人間がその程度ではいけないだろう。
「どうされましたか?」
解説役であるパンジャに物腰柔らかに訊ねられ、マニが疑問を口にすると「ふむ」と考える仕草をした。右手が顎を撫でる。
それ。それですよ。
彼は目を細める。口の中で呟いた言葉は彼女に届かない。
(パンジャさん。見覚えがある動きなんだよなぁ。寸分違わぬ動きを、僕は、いつか見たことがある)
昨日のデジャビュは、それに起因する。今でさえ、彼女の一挙一動は記憶に訴えてくる。
(僕は、この人に出会ったことがあるのだろうか。でも、僕はシンオウから出たことがないし……。アオイさんは、カントーに行ったことがあると行っていたけれど)
シンオウまで来る用事があっただろうか。
「不肖、浅学の我が身ですからハクタイ博物館へ行ったことはありませんが、その相違はとても興味深いものがあります。……わたくしの予想としては展示物と展示方法が異なるため、室内の湿度が違うことではないかと思いますが、いかがでしょうか」
「ああ、やっぱりそうなのかな。うんうん、言われてみればそんな気がします。そうだ、パンジャさんってあちこちの博物館に行くんですか?」
「ええ。同業の研究会などありますから、さまざま出席いたします」
「そうなんですか。あー、アオイさんからはカントーに行った時の話しか聞いたことがなかったんですが……。あの人にも、もっといろいろ聞けば良かったかなぁ」
「彼は、あまり外出しない役ですからカントー出張しか話のネタが無かったのでしょう。外回りはもっぱらわたくしの仕事です。どちらの研究室のお話が入り用でしょうか? 悪い話ならば特段たっぷりありますよ。帰りに喫茶店で物語をとっくり……いかがでしょう?」
「や、え、あはははは、あぁ~、考えさせていただきたい、なぁ……なんて」
「畏まりました」
従容と頭を下げたパンジャ。その姿にギョッとしたマニは無闇に手を振った。
「あ、あの、そんなにかしこまらなくていいと思います。普通にしてくださいよ、普通に」
「普通? わたくしはごく普通に振る舞っているのですが……」
「えぇー、アオイさんと仕事のお話している時もそうなんですか?」
「同僚と遠方からの客人を比べるわけにはいけないでしょう。わたくしのことは、この旅の仕様として咎めずいていただけないでしょうか。親愛なる友人に貢献できることが嬉しいのです」
ですから、どうか、このままで。
そう懇願されてしまってはマニも強く言えない。親切で恭しく接してくる彼女に対して、居心地が悪いだけで文句は無いのだ。
(……アオイさんの気持ちがちょっと分かったかも、僕)
マニは苦笑いをそっと隠した。
言葉の端々、所作の一々、彼女は相手に対して心を砕いていることが分かる。彼女の努力に何も気付かない者ならば傲慢を飼い太らせることになるだろう。
そして。
(これに報いないといけないんだから、プレッシャーだよなぁ)
アオイがこの研究室を去ったのは、夢を追えなくなった絶望と共同研究者であった彼女の期待に応えられない我が身を悲観してのことだったかもしれない。
(……この人の夢は、いまどこにあるのだろう)
マニは、彼女の説明のために耳を澄ませる。
疑問は全て解消しよう。ここにいる間に、彼のことも彼女のことも。
だから人一倍に物を聞こう。
そして最後に答え合わせができるように頑張ろう。
決意するマニだったが、ある日の正午から――ちょうど昨日だ!――は電話もメールも繋がらなくなりますよ、というアオイの発言を思い出し、ポケットに入れたままのモバイルから注意を散らした。直接会うまで、いくつかの解答はおあずけにしなければならないようだ。
◇ ◇ ◇
ここにある化石のほとんどは「ネジやま」というところで発掘されている。らしい。
ふむふむ。なるほど。マニはパンジャの説明に頷いた。
彼女の説明は丁寧で、分かりやすい。小さい子どもに言い聞かせるような言葉に言い換えることもあった。これを失礼と感じる人もいるだろうが、マニはそれでちょうどよかった。難しい概念や定理を言われても、理解が及ばない。それならば最初からかみ砕いて易しい言葉で伝えてもらえると自分なりに納得できるのだ。
以前、アオイとの会話で学んだことだ。
「勉強するときは、分かったフリをせず、とことん理解できるようにならないといけませんよ」
「じゃあ僕が百回くらい同じことを聞いても怒りませんか?」
「怒りませんよ。きっと君にそれを強いる私の不始末が原因なのですから」
この会話の後、マニはなけなしのプライドをシュレッダーにかけた。マニはプライドよりも実利をとりたい。
彼がそんな会話を覚えていて、事前に根回ししたのだろうか。パンジャの説明は分かりやすいものだった。
「ネジやまの地質に調べることで化石が地層に取り込まれた年代が分かる、というのがポイントですよ。主な出土物は『ふたのカセキ』や『はねのカセキ』です。これだけでも古代からシンオウ地方やカントー地方とは異なる生態系が築かれていたことが分かるでしょう」
「他の種類の化石が出てきたことはないんですか? 一個も?」
「今のところは、ええ、ほとんどありません」
「『ほとんど』とは『すこしはある』ってことですか?」
子どもっぽい質問にも彼女は笑うことはしない。それが嬉しくて、マニは些細な質問に歯止めがかからない。
「はい。ただ欠片やごく微少なので正体をつかむ材料にはなっていない、いわば未確認ポケモンの状態です。曖昧な言い方をしてしまいましたね。そういう事情なのでここでは『ほとんど』という言葉が使われます。図表の割合では『その他』に分類されるものです。このように」
彼女はそう言って、展示物の下にある説明カードを手のひらで差した。なるほど。出土品の「その他」とは、そういう事情の化石に用いるものなのか。マニは再び頷く。そしてアオイ達が行っていた実験にはきっと「未確認」を判明させようという目的もあったに違いない――と思う。
「研究室の復元装置では、体積の何割があれば確実に復元することができるのですか?」
「9割です」
「残りの1割は……足りない部分はどのように補うのですか?」
「ポケモンセンターにあるポケモンの体力を回復させる装置――の応用を使います。詳細は、利権が絡むので話せませんが。ただ独自に開発した機械とだけ。しかし、各地方の主要研究所にある復元装置でも似たようなものを使っているのでしょう。失敗例は似た傾向がありますから」
「な~るほどです」
化石の復元とは、難しい技術なんだなあ。アオイさんは常々言うけれど、こうして実物を目の前にすると納得の具合も違う。
マニはしみじみ頷いた。
「パンジャさん、あの、聞いてもいいですか」
「わたくしに答えられることであれば、何なりと」
「8割や7割しかない化石の復元は、どのような困難があるのでしょうか」
「生命の維持ができません」
生物学を修めている彼女が言うのならば、そうなんだろう。けれど僕は訊ねた。
「ええと、人間で言うと……手足が欠けたような?」
「概ねその認識で間違いはありません。ただ化石のなかでも向き不向きがあります」
欠けたバランスですか。マニの質問に、パンジャは「62点です」と答えた。それに「アオイさんなら75点くれましたよ」と冗談で言ってみたら、至極真面目な顔で「82点ですね」と評価をあらためた。
「まあ、イッシュジョークもほどほどにしておくとしましょう。わたくしの冗談は笑えないと彼に評判です」
「は、はいぃぃ……ごめんなさい」
彼女の忍耐を試すのはやめようとマニは思う。真面目に応えてくれている分、騙している感が酷い。
ごく自然な動きで彼女は数センチだけマニへ体を寄せた。ドキリと心臓が不規則に跳ねる。周囲の観光客へ聞かれたくない話なのだろう。それが分かっていても、花の香りが鼻腔をくすぐると、慣れない痺れがつま先まで響いた。
「ポケモンの体、その構造上の問題です。多足類は心臓や神経中枢が点在しているでしょう。そういった条件で向き不向きがあります」
「構造上の……そう、なんですか……」
マニは目の前に展示されている化石を見つめて、ふう、と息を吐いた。
各地方でこぞって研究されているが、それでも再現できるのは9割どまり。展示されている化石のほとんどは完全な状態だ。けれど、その後に続いたパンジャの話では9割の状態でも失敗することもあるというのだから、研究者の苦労は計り知れない。
その解決をしようとしたのが、アオイだ。
「途方もない夢だろうに……」
マニには、分からない。
いくら時間をかければいい?
財力はいくら必要なんだ?
忍耐はどこまで試されるのか?
どこまで精神を病めば報われる試みなんだ?
きっと彼の夢は、他人がどうこうと判断できるものではないのだ。いわば趣味の世界。自分が納得するまで続けるだけ。それは美学。いいや、それ以上だ。もはや人生の哲学になっている。
展示ケースに触れる。夢の綻びに、そっと指をはわせた。
(いっそ孤独であればよかったのに)
独りならば、歩み続けられなかっただろう。
けれど、二人だったから、孤独ではなかったから、彼は止まらなかった。彼らは続けた。研究を続けて、やり尽くして、今でさえ彼らは――
その時、マニの背筋に冷たいものが奔った。
(僕、いま、考えちゃいけないことを、考えた、ような)
マニの独り言に反応しなかったパンジャは、しかし、探るようにじっと彼を見つめていた。
「あの……僕は」
マニの声は尻つぼみになり消えた。そのとき、昼のチャイムが高らかにシッポウの街に響いたのだ。
あぁ、と天井を見上げて間抜けな声を出してみる。パンジャはクスリと軽く笑った。
「楽しいお話をしていると時間の進みを忘れてしまいますね。マニさん、ランチをご一緒してよろしいでしょうか?」
「だ、だいじょうぶです。いえ、いいです。あ、いいっていうのはOKの意味で結構って意味じゃ……あれ、ん?」
「分かりますよ。では、あとの説明は午後にしましょう」
「は、はい……」
親しげに彼女は笑いかけて順路を巡り、出口へ導いた。
「うあ、眩しいですね」
外は晴天だった。昨日の夜から晴れていたせいだろう。空気は乾いている。それが映画で見たイッシュ地方の風景と重なった。
「シンオウ地方も夏だと伺いました。こちらより暑いのですか?」
「いいえ、こっちよりいくぶんは涼しいですが、晴天の日が多いですから、くたびれてしまいま――」
博物館の階段を下る二人の前に現れたのは、どこかの指定物らしいロゴ付の帽子をかぶった青年だ。
彼が立ったのは階段のど真ん中で、歩行者の邪魔だった。何か声をかけるべきか。躊躇いながら息を吸い込むマニだったが、隣にいるパンジャがわずかに身を強張らせる。
(何だろう……)
「知り合いですか」と尋ねる。短く「ああ」という声が返ってきた。しかし、様子が変だ。ふたりの間に流れる空気はどうにも堅すぎる。
「よう、パンジャ。元気そうだな」
「ああ、コウタも。夏の暑さでくたびれているのかと思ったが、意外に元気そうで何より」
会話が始まると緊迫した空気がわずかに緩んだ。コウタと呼ばれた青年はニコニコしている。
マニはそれを見て、ちょっと軽薄そうな笑みなのが気になったが、アオイだって愛想の良い笑顔をするとは言えない。これも、まあ、個性の範疇だろう、と気にしないことにして、ふたりの会話を聞いていた。ずり落ちそうになるショルダーバッグを担ぎ直す。
「まあ、お前ほどじゃねえよ。これから昼休憩か?」
「そうだ。彼と――」
「ならちょうどよかったぜ」
コウタと呼ばれた青年がヒョイと手を伸ばす。そしてパンジャのネクタイを勢いよく手前へ引いた。マニには遮る暇も、声すら上げることすらできなかった。
首を引っ張られた形になった彼女の革靴がカツッと音を立てて階段の一段前に踏み込んだ。
「普通に会話しやがって! メールも電話も普通にしやがって! 何のつもりだ、このやろう!」
これまで笑っていたのが何かの間違いだったのだ。マニは最初に気付いた硬質な空気の正体に気付いた。怒声にこめられた激しい怒りに体を震わせた。自分が怒られているわけではないのに、身体が強ばって動かなかった。
階段を降りる列が進まないことを不思議に思ったのか、列が崩れたらしい。振り返れば、顔があちこちに見える。マニはいよいよヤバイと思った。どうにかしてこの二人をどかさなければならない。
「何を言っているのか分からないな。わたしが何か気に障ることでもしただろうか?」
「おう、したとも! 現在進行形でな! ――煽ってんのか、こンのやろう、だとしたら効果覿面だぜ、カントー風に言えば『怒り心頭に発す』ってヤツさ」
理不尽にはこれなかれ主義のマニは、もう見ていられない。とりあえずパンジャさんは謝ればいいのに、と思わずにはいられなかった。しかし、どういうわけなのか。ガクガクと頭を揺らされたパンジャは、それでも態度を変えなかった。
困惑しながらも迷惑そうに彼の手を見つめた。
「コウタ、手を離せ。これはアオイからのプレゼントでも一等のお気に入りなんだ。シワになると……困る」
「知らねえよ、そんなこと。俺が聞いてんのはどうしてそんな態度なのかって話だぜ。何とか言え、こら」
「うんとかすんとか言えばいいのかい? 心あたりが無いので何も言えないのだ。――友として警告しよう。君が今でもそこに立っていられるのはひとえにわたしと君が築いている友情のおかげだ」
「おう、ありがたいこった。なら今日でそれも終いだぜ!」
マニは、そこで彼が殴りつけるのかもしれない、と思った。パンジャの言動は真実かもしれないが、態度は逆効果のようだった。彼は完全に頭に血が上っているようで口の端がヒクヒク痙攣している。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
マニは無理矢理だったが、ふたりの間に割り込んだ。
「どけよ。つーか、誰だよお前」
「僕は、えーと、パンジャさんの友人のマニです」
後ろでタイを直すパンジャを庇うが、すぐに後悔しそうになった。
怖い。この人、怖いよ……。なんでこんなに睨んでくるんだ。パンジャさんが何したって言うんだ。
コウタは盛大な舌打ちをした。マニは後悔しながら彼と向き合う。喉の奥で声が潰れた。
「はあ?」
「そ、そもそも、そんな言い方、女性に対して失礼ではないですか。あなたこそ、誰ですか」
「あん? コイツの恋人だよ」
その言葉にマニの呼吸は止まり、思考はショートし、ポンコツになった。
「はッ!? えッ!? へッ!? うそッ!? うそでしょッ!? 嘘だッ!」
「お前うぜえ。どけよ。俺はコイツに用事があんだ」
「そんなッ! だって、だって、パンジャさんにはアオイさんがいるのに!」
マニの発言にグッと握り拳を作ったのは、後方で騒ぎを聞いていたパンジャの後輩、ベルガだった。「よくぞ聞いてくれた!」と今日一日くらいマニを尊敬しても良いと思う。その程度には核心を突いている言葉にニヤリとした――のだが。
「わたしとアオイは友人だよ」
パンジャに色恋の気配は微塵もなく、後輩ふたりはそれぞれ違う意味で落胆した。
その姿をどう見たのか。コウタがマニへ「オイ」とぶっきらぼうな声をかけた。
「お前、シンオウでアオイと交友があるやつか?」
「え、ええ、そうです。アオイさんは僕の先生です」
「先生だって? アイツ、自分のことで手一杯のくせに何を考えるんだ……」
マニは彼の腕を引いた。
「と、とにかく、ここじゃ邪魔になりますから、あっち行きましょう、あっち」
冷静になってくれた彼は手を離してもついてきてくれた。出入り口を離れ、木陰に移動する。辺りの目を気にしてきょろきょろしていたマニはホウと息を吐いた。それに安堵した矢先。
「マニさん、何か食べたいものとかありますか? リクエストにお応えいたしますよ」
「いまそれ言う!?」
場を和ませるにも、もうちょっと言い方があるんじゃないのか。パンジャの場にそぐわない言葉について、マニは好意的な解釈をした。それ以外の何かがあるとは考えたくなかったのだ。
パンジャは、実に言葉にし難い、それは妙としか言い様のない、おかしな顔をした。それは現状を正しく理解しているのか危ぶまれる平坦な表情だった。しかし、彼女が彼らに対し顔を傾けたせいだろう、彼らは気に留めることはなかった。
「……はあ、そうか。ベルガ君」
「ひゃい!」
パンジャの呼び声に、扉のかげに隠れるようにいたベルガは飛び上がっていた。
「午後に1時間ほど休みを取るから、連絡しておいてくれ」
「ハァ? 俺とお前の話が1時間でつくかよ。あと2時間は延長だぜ」
「では3時間の休みを。……急な用事も無いことだ。ゆっくり事務をするといい」
「はい、先輩。お気を付けて」
軽く手を上げてそれに応えると、彼女はコウタに向き合った。
「では、コウタ。話をしようか。何の話か、わたしにはよく分からないのだけど、それで君の憂いが取り除かれるのであれば、よろこんで付き合おう」
薄い唇が緩く弧を描いた。
彼女は手を広げて立っている。一見、ハグでも求めているかのような無防備な姿なのだが、笑っていない刃物色の目はおよそ人間に向ける類いのものではない。直視に耐えなかった。
イライラしている? それともシンプルに怒っている? どちらでもない。その全てを内包しているのに、決して表立つことがない。まるで仮面をつけているようだ。
いったい何のために?
その答えは、彼女が教えてくれた。
「友情を果たさせてくれ」
その言葉に、コウタは苦みのある顔をした。
「そういうの。押し売りするもんじゃないぜ」
「正当な対価と認識している。どうかわたしを信じてほしい」
「……今にはじまったことじゃないが、お前の友情ベクトルは極端すぎるだろ。あー、俺も熱くなって悪かったよ。今日は、その、話をしに来たんだ」
パンジャは首を傾げた。本当に困った風だった。
「仕事時間に来ることはないだろう。急ぐことなのか?」
「急ぎ……ああ、そうだな。今でも遅すぎることだ」
「そうか。君が望むのなら、仕方がない」
「…………」
マニはどちらの味方になればいいのか分からなかった。今はもう「とりあえずパンジャさん謝っておいたらどうです?」と言える雰囲気ではないことだけは察した。
(……喧嘩しているっぽいけど。パンジャさんがとぼけているのかな? でも、あんな剣幕で怒られているのに友情第一の彼女が、嘘つくかな?)
それに。
(もし、嘘をついているとするならば「信じてほしい」なんて言うかな。白々しくて嘘にもならないだろう。コウタさんは呆れているけれど、彼女がとぼけているならば怒るだるし)
そうならば。
(コウタさんに嘘を吐いていると思われるような言動を繰り返す理由は何だろう?)
この人は。
(何を……隠しているんだろう)
隣に立つパンジャの表情は読めない。分からない。早く物事を片付けたい、という意志はわずかに感じられる。けれど、それも「焦っている」というほどではない。悪意か善意か。それを問えば、早く問題を解決させたい、という善意に傾く情熱だ。
木陰に真昼の温い風が吹いた。
旗のように、白衣が翻る。
長い足が動く。グローブに包まれた手が動く。
その動きには、やはり見覚えがある。コウタが彼女を見て、ぴくり、気に障ったように目を瞬かせた。
「あ、あの、僕も行きます」
マニは思い切って声を上げてみた。すると、ムッとした顔のコウタが振り返った。
「んだよ。昼飯代やるからその辺で食ってきな。シケた苦学生みたいな面しやがって」
「し、失礼な人だ! 僕のほうが先約だったんですからね!」
「マニ君も一緒でいいだろう」
パンジャの提案に、彼は「なんてこというんだ、ばか」と肘で小突いた。
「君、わたしに人生相談でもするつもりだったのか? トレインが好きでとび込みたいとか」
「ばっ! 冗談でも言うんじゃねえ。こちらとら風評第一の客商売してるんだぜ」
「ふふ、すまないね。君に会うのは久しぶりで、つい口が滑ってしまう」
「久しぶりだと?」
まただ。また、空気がおかしくなった。
風が吹いているのに、世界が止まっているように見える。
その世界で、パンジャだけが動いていた。見覚えのある、体の動きで。
「久しぶりだろう? 前に会ったのは……ええと、春の、いつだったっけ? 春にしては、暑い日だったことを覚えているんだが……ええと……ええと」
「おいおい。その日は、雨が降っただろうが」
ひでえ、土砂降りでさ。その時のことはずっと覚えているんだぜ。彼は言う。
ふたりの間に、名状しがたい汚泥じみた沈黙がどろどろ停滞する。それに、慌てたのかパンジャは「本当にすまない」とあたふた手を動かした。
もう、雰囲気は昼食どころではない。
マニは、驚愕した。あれだけ勢い付いていたコウタが丸く目を見開き、次の言葉を探しあぐねている様が不吉の前触れに思えたのだ。それが誰にも気付かれないのは、三者三様にお互いの状態について衝撃を受けているからだ。全員が押し黙っていた。
「…………」
これは、誰が誰を追い詰めているのだろう。マニは、さっぱり分からず視線をふたりの間に彷徨わせた。
彼は、コウタが悪いと思っていた。
彼女に言い寄る乱暴な奴に見えたのだ。そうでなければならないと今でさえ思って、いた。
「いや……嘘だろ……お前……。アレ、忘れたって……嘘だろ……嘘だろ、な……?」
コウタの声は震えていた。止めようとして、かえって大きく震えていた。目を見開き、口はまだ言葉を探していた。
「わ、忘れられるわけがないだろ……どうすりゃ忘れるんだよ、あんなこと……だって、お前は――」
「わたしが忘れっぽいのは知っているだろう。そう怒らないでくれ」
遮るために発せられた言葉は、妙な焦りがあった。わずかに高く浮いた声音に、彼女本来の感情が混ざる。こめかみを押さえ、何かを堪えるように目を閉じた。
「忘れていることを指摘されるのは、嫌いなんだ。君だって身に覚えのないことを責められたら辛いだろう。わたしの平穏のためにやめてくれ。君は……アオイではないのだから」
「お前こそ黙れよ。でも本当のことを言え。――お前のそれは、忘れっぽいってレベルの話じゃない。もし、お前が本当に忘れているのなら病気だぞ」
それから彼は喧嘩のきっかけになったことを言った。
一ヶ月前。喫茶店。チョコパフェ。図鑑。遺骸。橋。執念。夢。現実。
しかし、そのどれにも彼女は明確な反応を示さなかった。それどころか困惑を深めたらしい、こめかみがますます痛むというように揉んだ。
「君は、何を言っているんだ?」
「お前こそ何を言っているんだよ」
「いいや。違う。わたしは、わたしはいたって正常だ」
その、はずだ。
彼女は、苛立って今にも叫び出しそうだった。自分がまともだと思っているのに異常扱いされたらそうだろう。僕だって怒る。しかし、現状の会話を見る限り、彼女の反論の信憑性は低いのではないだろうか。
(コウタさんに虚言癖が無い限り、パンジャの忘却癖は異常だと言わざるを得ないが……)
ふたりの人間関係が壊滅的に「おかしく」なった喧嘩のこと、それもつい一月ほど前のことらしい――それを経て、彼女は当人の目の前でケロリとしているのだ。これが演技ではないとしたら、彼女は――。
パンジャは汗一つ浮かべていないが、目だけが虚空をさまよっている。何かを探しているのだ。マニはそれに気付いたが指摘することは終ぞ叶わなかった。代わりに、コウタが突き付けた。
「アオイは、ここにはいない」
「……っ。わかっている」
「本当は、分かっちゃいないだろう」
一瞬、ほんの一瞬だけ虛を突かれたパンジャは訴えるように目を細めた。
「パンジャ、質問だ。正直に答えろよ」
「……何だい」
「アオイと最後に話したのは、いつだ」
「昨日だ」
淀みなく、彼女は答える。それにホッとした。マニはまだ――アオイの友人である――彼女を信じたい。
「どこで、何時に、何を話した」
「わたしは研究室で、午後2時に、研究の課題のことを話していた。内容は例年行われるネジやまでの泊まりがけ発掘調査についてのことで――」
その証言について真偽を確かめることはできない。けれど間髪を入れずに答えることができた。それこそが証明になるだろう。第三者であるマニはそれを言おうと息を吸いこむ。そして自分でも思いがけないことを言った。
「パンジャさん。そんなことは、できないでしょう」
――僕の声は、震えていた。
◆ ◆ ◆
コウタは、煮えたぎる頭を持て余していた。
冷静ではないせいか、パンジャが嘘を言っているのか、真実を言っているのか、まったく検討がつかない。ましてどこまで演技なのか、素なのかも分からない。ただ「異常だ」という感覚に頭の中が支配されて、論理的な思考がいちいち阻害されている。
そんな頃、意外なことを言う若者に目を向けた。
マニというらしい彼は、思わず向けた強い眼差しに戸惑ったようであったが、おずおずと話し始めた。
「僕がシンオウを出てくる時、アオイさんは昨日の正午から連絡が通じなくなる、と言いました。パンジャさんが電話をしたのは午後2時だとしたら、電話が通じるはずは……ないんです」
「ああ、大丈夫。電話は使っていないから」
「は?」
コウタとマニは、それぞれ動きを止めた。彼女が何を言っているのか、まったく理解が出来なかったのだ。だが、彼女があまりに堂々と言ったので二人は一瞬、彼女の言葉を信じかけた。
「『アオイは研究室にいる』からわざわざ電話なんてしなくとも話はできる、という意味だよ」
「えっ? えっ? アオイさん、イッシュに戻ってきているんですか? えっ? だって昨日……何も言わなかったじゃないですか。あの奥にいたんですか?」
マニの言葉に、コウタはあることを確信して、彼の手を引いた。よろけた彼を背中に庇うように立つ。
「パンジャ、お前……やっぱりおかしいぜ」
「君こそ、いったい何を言っているんだ?」
「アオイがシンオウから帰ってくるワケがない。――アイツにはアシが無い。船から降りてここまで来るのに、まあ、バスでもタクシーでも手段はあるだろうが、アイツが公共交通を使うとは思えねえ。ましてどこに知り合いがいるかもしれねえイッシュにおいて、そんなことするかよ。それにさんざん世話になった俺に連絡ひとつよこさねえ了見がわからねえ。おい、パンジャ。正確に言えよ。――アイツは、いつ研究室に帰ってきた?」
「いつ? 帰ってくる? 君は、何を言って……。いいや、違う。違う。違う。アオイはずっと研究室にいる」
「『ずっと』っていつだよ。いつからだ?」
「…………」
パンジャは、自分の頬を撫でた。考える仕草だ。しかし、視線は異常なほどに定まらない。1秒たりと静止していない。絶えず動き、どこかを見ていた。
「事故の後は、どうだ。いたか?」
「事……故? それは……? ああ、いや、違う。違う。違う。『彼』が、そう、『彼』が死んで、いえ、いなくなってしまった時のことだ。アオイはその後、研究室を去って……? その後に研究棟の取り壊しがあって、その時は、その時は……その時は」
ぐるぐると目が回る。彼女は混乱しているようだった。何が混乱しているのか。精神か。記憶か。どちらも、かもしれない。痛みにたえかねたように次第に背が丸くなっていく。
「コウタさん……」
驚愕のあまり感情の抜け落ちた声で囁いたマニを制して、彼は、パンジャと対峙した。しかし、彼も何と声をかければいいのか正解を探す。分からない。会話の空漠を埋めるように、本音が先走った。
「パンジャ。お前は、記憶が……その……ヤバイんじゃないのか?」
これは、恐らく、選択が許された言葉のなかで最悪だった。けれど吐いた言葉は戻らない。
世界で、それを指摘しても良いのは、アオイだけだった。それでも時と場合による。彼以外の他者がそれに触れることは、禁忌だった。
瞬間、頭の痛みを堪えるように呻いた彼女が膝を折った。
「パ、パンジャさんっ!」
「ばかっやめろ!」
駆け寄ろうとしたマニをコウタは必死で止めた。このお人好しがどうして騙されたのか分からないが、彼女が倒れたのは、どう見ても演技だ。ダイコンヤクシャめ、と彼は口の中で悪態を吐いた。
コウタの読み通り、彼女はすぐに立ち上がり、長い髪をサッと払った。
「君というヤツは! もっと賢いと思ったのだが、そうでもなかったようだな、まったく! 仕事を休んでまで私の邪魔とは! 鉄道員とはよほど暇なのだなぁ? 私とアオイを見習うがいいさ。……今でさえ頭の中は研究のことでいっぱいだと言うのに」
「迫真の演技だったぜ。嘘はお粗末すぎたがな」
彼女は先程の人物とは、まるで別人のようだった。
顔の構造ではない。体の動かし方、表情の作り方、声音の調子、ほんの些細で意識して変えようのない生理的な動きが異なっている。絶句しているマニは、もう小声も上げられない。彼女はものの数秒の間に、別人のように変わった――それは、コウタには見慣れた『いつも』に限りなく近いパンジャだ。
顔を上げた彼女は、まるで無機物を見るようにコウタを見る。瞳に先程までの感情は無い。冷たく、凍てついた湖面を思わせた。
「嘘だと? まあいい、私には関係の無いことだ。それで用件は何だ。我々の研究を邪魔しに来たのか?」
「そうしてやりたいのはやまやまだが……それじゃ納得もできないし、止まらねえんだろ、お前」
刺々しい言葉の応酬だ。彼女はこれまで見せたことのない皮肉っぽい笑みを浮かべた。
「私も海や山が格別に好きなわけではない。アオイが好きだと行った海を汚すのは気が引ける……ような気がするし、君がいなくなると彼も悲しむことだろう。私もそれは本意ではない」
「いつになく会話が成り立たねえな。お前、ホントに大丈夫かよ」
「私自身が大丈夫と言っているのに何を疑うことがあるのか」
「お前が言うから信用ならないって分からねえかな」
しかし彼女は、わずかに逡巡したようだ。言葉を受けての反応ではない。ずっと心に温めていたことを話すか話さないか、そういう類いの迷いのようだった。やがて、澄み切った声で「コウタ、君は」と呟いた。
「君が我々を心配してくれているのは分かる。それについては素直に嬉しいとも思う。だが、君の情報の秘匿は許しがたい裏切りだ! 今もって許しがたい! なぜそんな酷いことをするんだ? 私達の邪魔をするのか? ……このように考えている私のことも理解してほしい」
「俺は、秘密にしておくことが誰にとっても最善だったと思っている。今は、まあ、そうも考えてないが」
パンジャのことは、今でも止めたいと思っているが、やめろと言って止まらない相手をどう止めればいいのか分からない。
殴って止めるには今度こそお互い骨が折れるし、感情で話している相手に理屈を解くのは無駄だ。冷静な状態であっても、相互理解は難しい。多少狂気めいていても相手は学者サマだ。理詰めで話されたら詰むのはコウタなので、やはり口出しはしても手出しはできそうにない。クダリのように見守るしかできないのだ。本当に、これが真理なのかもしれない。
ひょっとすると。――コウタは、そこまで考えて不意に、ある可能性に思い至った。
アオイはパンジャが暴走することは気付いているのではないだろうか。依存的に執着されているのだ、彼女のことはよく理解しているだろう。本音を明かすのが嫌いな彼が、遙か遠くに描いた夢を共に描こうとする程度には信頼を寄せている。
それなのに放置しているということは、つまり、そういうことだろう。ものすごくわかりにくく、当事者だけの理解で成り立つ世界において「容認」しているのではないか。
もっとも、アオイでさえ「善意100%の親友が『彼』の遺骸を媒体に『彼』の復活を目論んでいる」なんてことは考えていないだろうけれど。
コウタの思考は約3秒。パンジャは無感動から一転して、嬉しそうに手を叩いた。表情が変わる。今度は演劇のようだ。過剰な感情が溢れた。
「嗚呼、君は今になって私と共通の理解を持ち得たのだろうか!? 友よ! やはりアオイの目は間違ってい――」
「お前の想像とは絶対に違うから安心しろ。俺が言いたいのは、ともかくだ、俺はお前を止める、もとい邪魔をする気は今のところ無い。周りの人やポケモンに迷惑をかけなければ、まあ、納得するためにとことん好きにやればいいんじゃねえのって思う。ただ、俺から盗っていった物は、いつかちゃんとアオイに返すって約束しろ」
「……もとよりそのつもりだ。我々のための研究なのだから。彼に成果を提示することが我々の最終目標として定められている」
ひやり。
言葉には、突き放す冷たさがあった興味が無くなったのだろう。無感動な彼女に変わった。それでも構わなかった。
「あっそう。それを聞いて安心したぜ。ついでにもうひとつ聞かせてくれよ」
「何だ」
ずっと聞きたかったことがある。
もっと昔に聞くべきことだった。
このパンジャに聞くべきことだった。
コウタは彼女の手を握ろうとして避けられる。手を庇った仕草は弱々しい。
一歩踏み出したまま、コウタは問う。
「お前の望みは何なんだ」
「アオイの夢を果たすことだ。彼が望んだように世界を変えてみせよう。私こそ我々の夢の体現者」
この世界がまだ知らないことを私達が見つけよう。
滔々と彼女は言葉を続けた。
「私は変わらない。最初から最期まで私は変わらない。何も変わらない。コウタが変わっていくのなら、アオイが変わってしまうのなら、私は変わってはいけない。君たちのための座標であろう。それをアオイも望むことだろう」
「……どうだろうな。じゃあ、お前の夢は何だ」
「私の夢……? 私の夢は、アオイの――」
「それはお前の望みだ。俺はお前の夢を聞いているんだ。お前の夢は、願いは……何だ」
彼女の体が震える。
一度だけ瞬きをした。
「願い? 私の願いは……」
「アオイの夢を叶えようとする、お前の願いは何なんだ」
風が吹いた。誘われて、彼女は海の方角を見た。その先に、アオイがいるのだろう。あの日、憎しみのように煮えていた目は、白昼の湖面のように凪いでいた。
「私は、ただ……彼がわたしにくれたものを返したいだけだ。わたしがパンジャ・カレンであるために。そしてわたしは、アオイに――」
彼女は答えた。
その答えが聞こえなかったのは、突風が吹いたからだ。
コウタは都合の悪い風に、苛立つ。後ろに立つマニを見ると「わかりません」とぶんぶん頭を横に振った。
長い言葉ではなかった。
『わたしはアオイに』――何だ。
「おい、パンジャ。お前は」
「これ以上、私の人生哲学を暴いて何のつもりだ? 君が私にとって今以上に有益な存在に変わるというのか? そんな心算など無いくせに、質問ばかりで頭にくる。すこしは自分で考えたらどうだ。そうしたら鼻で笑ってやる」
その言葉にカチンと来た。今までよく耐えたと思うほど、唐突にカチンと来た。
「お前の執着は誰も幸せにしないぜ」
「執着の本質は、内実ではなく絶対値だ。愛が憎しみの対称であるように。私の執着が彼の幸福を導けずとも、科学の力は彼を幸せにするだろう。その結果まで辿り付いたのなら、私が彼を幸せにしたと言えるだろう。よって、君の指摘は重大な過ちだ」
「ほおー。そうかい」
「そうとも。だから見てろよ。指をくわえて見ているがいい。我々の夢が世界を変えるだろう! 賛頌せよ、科学の力は素晴らしい!」
彼女はそう言って歩き出した。今度は、コウタも止めない。ただ、いつもの文句に辟易する。
隣で「ちょっとカッコいいかも」と思っていそうなマニの臑を蹴った。
「うわッ! ぃちっ!」
「ボーッと突っ立ってんじゃねえ。さっさと行きな。俺の用事は済んだ」
「は、はあ……。あの、昼食、食べないんですか?」
「俺は稼ぎがある一端の鉄道員だぜ。貧乏ガクセーとは違うんだよ。……あばよ、気をつけてな」
ポンと肩を叩く。ついでにポケットの中に入っていたとあるファミレスのクーポン券を渡した。
「そこまで言うなら付いてきてもいいじゃないですか」
パンジャに聞こえないぎりぎりの声量でマニは言う。それに「アイツだって取って食いやしないよ」と声をかけてやったが、彼は安堵とはほど遠い顔をしている。そのうちポケットをあさると一枚の名刺をコウタに握らせた。
「僕の連絡先です。あなたの強引さは好ましいものではありませんが、僕は彼らの行っていた実験に興味があります。……人間性にも、とても」
「フン。お前もそっち側かよ」
「中庸です。いつまでも中立にありたいと思っています」
彼はそう言うと、ぺこりと礼をしてからパンジャの後を追った。
律儀なカントー人だぜ。
コウタはそんな感想と共に名刺をズボンに突っ込んだ。
でも。
「言うことは、言ったからな。――最後の一線くらい守れよ、パンジャ」
ぼそりと呟くコウタは太陽を一睨み、炎天下を歩き出した。
最初から最期まで、お前は「パンジャ・カレン」である前に、ひとりの人間なんだ。
彼女は、それを変化と捉えて嫌がるかもしれない。
でも、人間は、自分以上の何かになれない。自分以下の何者にもなれない。
後生大事に自分を抱えて生きていくしかないのだ。
その自分を、見失わなければ何をしても……まあ、いいだろう。
だから、全部が終わった後でいい。
「心配されるのをありがたがるくらいなら、『心配させてごめん』くらい言えよな」
そうしたら、仲違いをやめるために一発殴っておしまいにしようぜ。…………おっと、アオイ、お前もだぜ。
【あとがき】
本話はアオイが実験を開始してから約1日後の話です。そのうち時系列が分かりやすい話を出す予定ですが、どうして連絡が通じなくなることを教えていたのか、についてここで補足させていただきます。
【あとがき2】
記憶の不連続性! 頭の中で聞こえる裁断機の音! 極端な感情発現! そこから導き出される答えは――!
解答編は、もうちょっと先になります。
あー、なるほどね、わかるーという方は描写にニヤニヤしながらお読みください。
【今後の更新について】
ストック/Zeroの状態なので、しばらく更新ができなくなります。
楽しみになさっている方は申し訳ありません。
なお、ちょっとした進捗等については作者ページからリンクしておりますTwitterでたまに呟いています。マシュマロ(匿名コメントを送れる機能)も置いていますので、「ここで感想を書くのは恥ずかしいけど何かコメントしたいかも」という方はご利用ください。
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