もしもし、ヒトモシと私の世界【完結】   作:ノノギギ騎士団

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ハクタイシティ
愛しい我が家


 

 巨大建築物であるミオシティ図書館。そこでアオイとの待ち合わせ通り、やってきたハクタイ生活支援センターの職員はチャチャと名乗った。

 

「本当にすみませんでした……!」

 

「いえ、おかげでいろいろ散策できました。そうお気になさらずに」

 

 人のよさそうな笑みを作って挨拶するアオイを見てあからさまにホッとした様子を見せた。自分の失敗をきちんと理解している、という点で彼女の態度はとても好ましい。

 ヒトモシのミアカシがチャチャの隣に立っているルカリオを見てやや興奮気味に飛び跳ねた。

 

「その子がヒトモシですか? へえ、初めて見ました」

 

「イッシュ地方のポケモンなので、この地方で見つけるのは、難しいでしょうね」

 

 ミアカシが手を振ってチャチャに挨拶をする。こちらもあちらも興味津々といった様子だ。

 えー、それでは、と穏やかな挨拶をした後でチャチャがアオイを見つめた。

 

「ご連絡にあった通りですが、車でハクタイまで行きますね。どこか寄りたいところとか、ありますか? ポケモンセンターとか銀行とか」

 

「いえ、特に……あ、食材は買いたいですね。どこかに寄っていただけますか?」

 

「はい。もちろん。お手伝いさせていただきます。ハクタイシティで買い出ししましょう」

 

 そんなことを話しながらアオイは車の後方に誘導される。

 バックドアが開くと昇降装置があった。バンの後方イスが取り外されていて、アオイの車イスは固定された。

 

「えーと、これからだと3時間くらいですね」

 

「分かりました。よろしくお願いします」

 

「はいっ!」

 

 穏やかで静かなアオイの顔をバックミラーで確認し、チャチャが微笑む。

 そして、彼女がおっかなびっくり車のハンドルを持ち、アクセルを踏み込む。

 

 ――フォォォオオオオン!

 

 アオイも驚くくらいの大きな空吹きだった。

 何が起こったのか呑み込めていないミアカシが彼の膝の上で右往左往しはじめた。

 

「あっやばッ!」

 

 ミアカシを宥めつつ、うっかり屋さんなんだな、とアオイは出会って5分もしないうちに彼女の本質を見抜いた。

 

 

◆ ◇ ◆

 

 

 

「えー、あちらに見えるのがコトブキシティですよ。ご存じだと思いますが、ハクタイシティに行くまでにこのコトブキシティとクロガネシティを通ります。コトブキにはテレビ局にトレーナーズスクール、ポケッチカンパニーとか、大きな会社があります。結構な都会なんですよ」

 

 窓の外から見える景色にアオイは目を輝かせる。

 

「ミアカシさん、見てください。高い建物がたくさんありますよ」

 

「モシモシッ!」

 

「トレーナーズスクールがあるということは、ミアカシさんにちょうどいい相手がいるかもしれないね」

 

アオイの言葉にチャチャが「あ!」と閃きの声を上げた。

 

「――もしかして、そのヒトモシでバトルする予定ですか?」

 

「ええ。この子はわりと最近生まれたばかりなので……私としては、この子がいろいろなことをして楽しいことや嬉しいことを覚えてくれたらいいな、と思っているんです。レベルがあまり違うバトルに放りこむわけにはいかないですからね。このあたりでは、ビギナーの試合はありますか?」

 

「シンオウから一番近いところだとクロガネシティですね。クロガネシティにはシンオウはじめのジムがあるんですよ。それで、そこに挑戦する人がたくさん集まります。たしか、ポケモンのレベルや練度によってコースが分かれていましたね。月に2回、やってるはずです」

 

「そうですか。というわけですよ、ミアカシさん」

 

「モシモシ?」

 

「この近くにミアカシさんにちょうどいいバトルの相手がいるそうですよ。あとで手続きして連れていきますからね」

 

 モシモシ!

 元気に返事をしたミアカシは両手を上げた。

 

「うんうん、おふたりは仲がいいんですねぇ」

 

「ええ、まあ。運命共同体といいますかなんというか」

 

「うちのルカリオもわたしにとってはそんな感じですよ。進化前の時からの付き合いで、わたしが初めにもらったポケモンなんです」

 

「それはずいぶん長い付き合いですね。仕事中も一緒とは、とても仲がよろしいようですね」

 

「あはは、いえ、わたしとこの子って性格が合わなくて、大変ですよ。この子には呆れられっぱなしですしね。いいマスターにならなきゃなっていつも思います」

 

 ぜひそうしてくれ、と言わんばかりにルカリオは実に大儀そうな息を吐いた。

 

「旅などはしましたか? 私はついぞ機会に恵まれず行けずじまいだったんです」

 

「そうだったんですか。わたしは、行きましたよ! このシンオウとイッシュを旅しました。カントーにも行ってみたかったんですけど、その頃、生活支援センターが人手不足っていうので戻ってきてそのまま働いているんですよ。アオイさんは、シッポウの研究所でお働きになっていたとお聞きしていますが」

 

「ええ。ジムリーダーのアロエさんが上司でしてね、その旦那さんと化石からポケモンを復元する技術について研究していました」

 

 互いの情報を差し障りのない程度に情報を開示する。

 そこそこいいところまでいったんですがね、とアオイは他人事のように言う。

 二度と携わるまいと心に決めているものの、荷物には過去の論文や関係書類を持ち込んでいる。まとめや振り返りをするのは物事の終止符を打つために必要だと感じていた。だから、この地方でまだ片付けていない作業をするつもりである。

 

「学者さんってすごいなぁ」

 

「……勉強するしか能のない男というだけですよ」

 

 なんでもないことのように言ってアオイは笑った。膝の上でミアカシがうとうとし始めたからだ。

 

「すこし休んでいいよ。……今日は疲れたろう」

 

 うつぶせで体……胴体といったほうが適切だろうか……を伸ばして寝るのが好きらしいミアカシを膝の上に乗せて、景色を眺める。

 

「……あれは」

 

 険しく聳える山脈、その合間に銀色に、あるいは金色に輝く尖塔を見つけてアオイは微かに驚く。

 

「アラモスタウンの時空の塔ですよ。『シンオウに来たら一度は!』という観光地でもあります。すごくオススメです」

 

「時空の塔……故ゴーディ技師が設計したというあれですか。遠目でも美しいものですね」

 

「ええ。アラモスタウン自体、ゴーディ氏がデザインしたと言っても過言ではないですよ。最近では電線を地中に埋める工事が大変だったそうですが」

 

 ライモンシティとは異なった経済発展を遂げているようだ。

 

 かつて、歴史的建築家は「何もないこの街へ人を呼び込みたい。どうすれば良いだろうか」という問に対し、簡単なことさ、と手を叩いた。「この景観を100年維持したまえよ。世界中から先を争うようにあらゆる分野からあらゆる人種が押し寄せるぞ」

 

 まさしくそれを実現した街であるということだ。

 いつか行ってみたいな……アオイは遥か遠くを見つめながら思う。

 

 

◆ ◇ ◆

 

 

 ゆらゆら車に揺られること3時間。

 ようやく着いたのはハクタイシティ。ハクタイの森に近い街の端だ。

 

 大きな通りから外れ、奥まったところにある2階建ての住宅である。人間3人で住むには狭い気がするがアオイとミアカシが住むだけであれば1階だけで十分であった。

 

 大きなトラックから荷物が運ばれ、ちょうどチャチャとアオイが来た時に最後の1箱が運び込まれようとしたところだった。

 

「ちょうどいいところに来ましたね。アオイさん。荷解きお手伝いしますよ!」

 

「今日の所は、食器と衣類の箱を空けようかと思っていました。当分はそれだけで……」

 

「分かりました! えーっと、車イス、動かしますよ」

 

 昇降装置が動き出し、アオイの膝の上にいたミアカシが寝返りをうつ。すやすやと眠っていたが、これまでと異なる匂いを感じたのか黄色の目を開いた。

 

「おはよう。我が家に着いたよ」

 

 長かったね。お疲れさま。

 優しい声を掛けながらアオイは新しい土地へ立った。

 赤い屋根、白い壁、窓がたくさんあっていつでも光が差し込む明るい家。

 

 そして、広い庭。

 だが、見慣れないものが……。

 

「あれ……畑がある」

 

「前もって調べてみたんですが、あれはこの土地のものらしいですよ」

 

「そうなんですか……でも、どうしようかな。私では畑仕事はとても……」

 

「わたしがお手伝いしますよ」

 

「え……?」

 

 ハンドルを押すチャチャの言葉にアオイは違和感を覚える。

 

「あの、ハクタイ生活支援センターの業務にそのような補助があるのでしょうか?」

 

「生活支援センターなので、まぁ、なんというか自立に繋がりそうなことは積極的にお手伝いする、というスタンスなので……はい」

 

「なるほど。そういう意味ですか。自給自足の生活ができればたしかに一番良いのかもしれませんね……」

 

 食料の自給自足、それがある程度できれば食費が浮くだろうか。

 職を見つけつつ、文筆の活動をしていく。

 そうでなければ。

 

(自分の始末くらい自分で……付けるさ)

 

 誰にも悟られないように、胸に手を当て、痛みをやり過ごす。

 

「では、これからすっかりお世話になりますね」

 

「ドーンと任せてください!」

 

 朗らかなチャチャの言葉に絆されてしまいそうだ。どうも自分は女性のこういう言葉に弱いらしい。

 アオイは頭を掻きながら、彼女に押されて家へ入る。

 彼の膝の上から飛び出したミアカシが庭を駆けた。

 

「はしゃいで火事起こすなんてやめてくれよ」

 

 モッシー!

 分かってるのかな、あれ。

 まあ意外と常識らしきものはある子だから大丈夫だろうと、と後を見送る。

 そんなアオイの心情を察したのかどうなのか、ルカリオが歩を進めた。見守ってくれるらしい。

 

「頼もしいですね、彼」

 

「ミアカシちゃんはお転婆子ですね」

 

「『ちゃん』?」

 

 食器が入っているダンボールを開封し、アオイの手は止まった。

 

「え、ええ……ルカリオがあれくらいの距離を置くっていうことはたぶんおんなのこなんだけど……え? あ? お?」

 

「そうなんですか?」

 

 アオイは今まで、ミアカシの性別を気にしたことはなかった。

 しかし、言われてみればなぜだろう。無性に気になってしまって仕方が無い。

 アオイはバッグの中に入っている書類――ミアカシをくれたノボリのお手製のヒトモシ生育法である――を開き、引き渡し書類の詳細欄に目を通した。

 心の中で叫び声を上げた。

 

(うぅぅ、ああぁぁぁ……!)

 

 これまで短い間だったが、ミアカシと日常を過ごした時間がある。

 風呂上がりでつい下着を置き忘れてミアカシの周りを裸車イスでうろついてしまったことがあった。

 たぶん彼女は何も思っていないだろうし、もしかしたら忘れているかもしれない出来事だが、アオイには耐えられない感情だ。恥ずかしい。すごく恥ずかしい。死にたい。

 

「ど、どうしたんですか? 顔が真っ赤ですけど」

 

「い、いや、なんでも……ないですが……あぁ、だから厳選漏れなのか」

 

 理想個体数値を叩きだしたのかもしれないが、性格と性別の不一致とかそんな理由で結果的に漏れたのだろう。

 

(……しかし、まぁ。バトルサブウェイに必要な個体っていえば必然的にそうなりますよねぇ……)

 

 今頃、庭を満喫しているであろうミアカシのことを思う。

 女の子に褒められても嬉しくなかった理由がようやく、かなりうすらぼんやりした理由ではあるが分かった気がした。

 ちょっとしたショックを受けてしまったが、それでも大切な隣人には変わりないわけで。

 

「これからは『ちゃん』付けでもしたほうがいいしれませんよ?」

 

 ヒトモシ型のマグカップを片手にチャチャは微笑んだ。

 

 

 

◆ ◇ ◆

 

 

 ミアカシは庭を探検していた。

 時刻は黄昏時、そろそろ主人の呼ぶ声が聞こえてくる頃だ。

 背の高い雑草の合間を探る――そんな遊び。

 雑草を掻き分ける。こてん、と転がる先は、ここだけ草が生えていなかった。

 

「モシ?」

 

 なぜ、ここだけ生えていないんだろう。

 他の所は競うような勢いで、ぼうぼうと生えているのに。

 生きてきた時間が短いミアカシといえどこの状態は不思議に感じた。

 

「モシ……」

 

 ぽっかりと空いた空間に生えているのは、背の低い、半ば野生化したきのみの木だ。

 ついた実は小さく、艶が悪い。あまりおいしそうには見えなかった。

 

「モ、モモ、モシ!」

 

 つるつるしたそれを眺めていると、不意に横取りする黒い『手』があった。手といっても人間の手ではない。ミアカシが正体を確かめる前にそれは黒い影のように空間に掻き消えて――はどうだんが飛び込んできた。

 

「モ、モシモシモシ!?」

 

 雑草の中に消えた はどうだんをポカンとして見送り、ミアカシは体を傾けた。

 

「モシ?」

 

 颯爽と飛び込んできたルカリオがミアカシの前に着地する。

 なにやら警戒するように辺りを見回し、こなれた動作でヒトモシを抱えて家の入口まで移動させる。

 

「モシモシ?」

 

 呑み込めない事態にミアカシは、ルカリオに説明を求めるが

 

「ガウ」

 

 種族も属性も違う相手に話が通じるなどはそうそうないわけで。

 

「モシ? モシ? モシモシ?」

 

 2体の間では不可思議コミュニケーションを繰り返し、なんとか意志疎通をはかろうとしていた。

 

 

◆ ◇ ◆

 

 

 その夜。

 今日生活する程度の荷ほどきが終わり、アオイはネット回線を開いていた。

 チャチャが帰って久しく、簡単な食事を摂った後でミアカシのために即席ベッドを作り、さあ寝るかという段である。

 さて。

 

「ミアカシ嬢、こっちむいて、はい、ポーズ!」

 

「モシ?」

 

 キョトンとした顔でパソコンの画面を覗いている顔になったが、これで元気だということを伝わるだろう。

 

「パンジャやノボリさんやニシノさん、ヒガシノさんに君が元気だよーってことを伝えるんだよ。ほら、この写真」

 

 モバイルの画面を見ると「モシィ……?」とやたらジト目でアオイを睨んできた。え? なに? この写真で送るの?的なセンスを疑う目であった。

 

「モシモシ! モシ! モッシ!」

 

 不服らしい声に、仕方が無いので、もう一度モバイルのカメラレンズを向ける。

 

「はい、ポーズ。え? だめ? それじゃ、もう1回、はい、ポーズ。えぇ? また?」

 

 こんなことを5回くらいやった後で、やっぱりおんなのこだなーっとアオイは今さら感じるのであった。女性であれば誰だって綺麗に写りたいだろう。

 やっとのこと撮れた写真をパソコンに転送し、ポケッターに貼り付ける。

 

『無事に引っ越しが終わりました。心機一転、頑張って行こうと思います』

 

 アオイの簡潔にして最もな言葉を載せて送信する。

 

「これでよし、と。さあ、明日も早いからね、寝ようか」

 

 さっき長めの午睡をしてしまったからまだ寝たくないというミアカシを即席ベッドに放りこみたいところなのだが。

 

「この体になってから睡眠時間が短くても良くなってね。……もうちょっとだけ、遊ぼうか。言っておくけどね、今日だけだからね」

 

 鞄から絵本を取り出したアオイは「どうだ!」という顔でミアカシを見つめる。

 

「モッシ~!」

 

 あ、喜んでくれた。

 絵本でおんなのこうけが良いものってあるのかな。

 あとでノボリさんに聞いてみよう。

 

「『まっくろかげのこもりうた』ね。あれかな、ゴーストタイプだからダークな感じの話が好きなのかな、とか思ったり……安直すぎるかな?」

 

「モシ?」

 

「私はね、君が好きな話を知っておきたいんだ。それだけさ」

 

 アオイは肩を竦めて笑いかけた。

 

 

 

 

 さあ、物語をはじめよう。

 これは、わたしと君の小さな小さな物語さ。

 

 

 

 

「これ、いいね」

 

 アオイは一思いに音読し終えると、一口お茶を飲み、言った。

 今日は移動が長く、荷解きという労働をこなしたあとで疲れているはずなのに、たった今、目が覚めた。

 

「面白い……私も好きだよ、こういう話」

 

 物語は悲劇で幕を明け、幕を閉じる。

 しかし、後に残るのは決して憎しみや虚しさだけではない。

 ミアカシは悲しそうな顔をして、閉じた本の裏表紙を撫でている。

 

「モシ……」

 

「ミアカシ嬢にはすこし難しい話だったかな……でも、いつかきっと分かるよ。君は優しいからね」

 

 うっそりとアオイは青白い光に照らされたまま語る。

 手の中の物語は、人間を亡くしたポケモンとポケモンを亡くした人間の末路だ。

 

 

 

 

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