神骸記   作:地衣 卑人

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 第一話。改稿致しました。


一 劔と銃弾

 血飛沫。

 切り裂かれた肉の奥から溢れ出した液体は舞い、虚空を踊って大地を濡らし。破られたばかりの表皮には更に、味方の撃ち込んだ数発の弾丸が風穴を開ける。

 ヴァジュラ。この世界に来て数週間程しか時は流れていないが、その名前くらいは私でも覚えられる。普通の生物とは明らかに異なった姿形は、私達のよく知る妖怪に似ていて。しかし、私達の力では殺す事さえままならない不可思議な存在。生物とも妖怪とも違う……そんな理不尽な存在を前にして、私は、右手に抱いた重みを確かめ、大地に立ち。

 

 手にした神機……この化け物を殺しうる、唯一の兵器たるそれを、銃形態へ。かつて、美しさを追い求めた私達の弾丸は今や、敵の殲滅を願う殺し合いの道具と成り果てて。自嘲気味に口元を歪めながらも、トリガーに掛けた指を緩める事などは、無く。

 

「……死ね」

 

 恨みを、呪詛を。神の言葉を紡ぐ者が言う台詞では、あるまい。神を殺す立場に回った私にとってそれは、今更というものであるが。

 

 異国の神を模した姿は、耳を劈く咆哮と共に。私の神機が吐き出した炎柱に呑まれて、その命を削られ。血反吐を吐いて伏した身体に更に、撃てる限りの弾丸を撃ち込む。

 

「死ね、死ね、死ね死ね、死ね!!」

 

 撃つ、撃つ、撃つ。虎に似た相貌は既に、その骨格さえも砕かれて。飛び散った欠片さえも銃弾に当たっては爆ぜ、その姿を消してゆき。

 まだ、殺し足りない。まだ、恨みは、怒りは、晴れてなど、いない。

 まだ、まだ、まだ――

 

「おい」

 

 不意に、右手を掴まれる。見れば、そこには。同情の意を瞳に湛えた魔女が、一人。

 

「やり過ぎだ。もう、いい」

「……そうね。ごめん」

 

 彼女もまた、私と同じく故郷を奪われた身。その彼女が止めに入ったのであれば、私の行動が過ぎたものであったのは、確かなのだろう。

 銃口を肉塊から離すと共に神機を剣形態にへと戻し、醜く、獣にも似た形のそれを発現させる。神機を用いた、この生物の捕食。その身を貪り、中枢たるコアを抉り出す、神機に備わる機能の一。それを発現させる私に再度、彼女は、言葉を投げる。

 

「おっと、ちょいと待ってくれ」

 

 捕食の用意を済ませた私を尻目に、魔女はその銃口を死体へと向け。

 

 静かに唯、一発の弾丸を、崩れた頭部へと撃ち込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――カラン、と。

 グラスに入った氷が立てた小気味良い音を、目を瞑ったまま聞き流す。

 アナグラの二階、ソファの端に陣取った私は、特に何を為すでもなく其処に座り。誰かに話し掛けられても面倒だから、寝たふりを決め込む。

 

「隣、いいか」

 

 決め込んでいると言うのに、声の主は私に話し掛けて。寝ていない事が分かっていたのか、目を開いた先にあったのは、悪戯っぽく笑みを浮かべた男の姿。

 

「……好きにしなさいよ」

「了解、と」

 

 私の真横に腰を降ろし、煙草を取り出す彼。吐き出した紫煙は天井へと逃げて、何処かに消え。霧散する様を何とは無しに見つめ、私はまた、静かに目を閉じて息を吐く。

 

「……吸うか?」

「冗談。そんなもの吸うなんて、気が知れないわ」

「ははっ。まあ、惰性で吸ってるようなもんだけどな」

 

 薄っすらと目を開けて、そう、からからと笑う彼を一瞥する。

 雨宮リンドウ、と言ったか。

 アナグラ内でも徐々に友好の輪を広げつつある魔理沙と違って孤立気味の私に、自ら歩み寄る物好きな男。彼にはサクヤ……橘とかいう恋人がいるので、そう言った目で見ていると言う事はないのだろうが。

 

「……どうだ。此処には慣れたか?」

「……支給品が不味いわ」

「はっはは。同感だ」

 

 からからと笑う彼。何と無く、魔理沙に似ている。

 

「……よく、笑えるわね」

「ん?」

「人類、絶滅しかけてるんでしょ?」

「ああ……まあ、な」

 

 サカキと名乗る化学者から聞いた、この世界の現状。なんでも、突如現れたアラガミによって世界の大半を食い荒らされ、人間という種の存在さえ脅かされているという。

 そんな世界において何故、彼は、彼等は笑えるのだろうか。空元気で自分を保つ魔理沙ともまた違う、心からの笑み。

 毎日神を殺し、仲間の死ぬ様を見せつけられてもなお、笑顔と共に生き……何が、彼等に活力を与えているのか。

 

「……そうだなあ。俺たちゃ確かに、アラガミに住む場所も、大事な人も殺されちまったけどな。でもよ」

 

 リンドウは立ち上がり、また、煙を吐き出し。

 

「それでも、生きなきゃならないんだよな。全力で、精一杯」

 

 そのために笑うんだ、と。そう、独りごちる。その姿はまるで、自分に言い聞かせるようで。しかし、僅かに曇った表情もまた、すぐにいつもの笑みに転じた。

 

「んじゃ、俺はまたちょっくらデートに行ってくる。またな」

 

 そう、言い残して彼は、背中を向ける。遠ざかる背中は、私の視界から消え切る前に、自動式のゲートに隠されて。

 

 結局の所、私も彼も、同じということか。

 一人、胸の内でそう呟いて私は、近付きつつある黒白を眺めながらまた、溜息を吐いた。

 

 

 

 

 幻想郷からこの世界に送り込まれて、数週間。右手に嵌めた腕輪が、此処が幻想郷ではないことを痛感させる。

 私達の故郷は……幻想郷は、既に、殆どの地域が壊滅し。境界から溢れ出したアラガミ達に、私達の攻撃は通用せず。力有る妖怪達でさえ、アラガミに喰われ、取り込まれていってしまった。

 生き残った者たちは、人里を中心とした結界を張って身を寄せ合い。今は、いつ終わるのかも分からない攻撃に怯えながら、結界の維持に全力を注いでいる筈だ。

 あの日の、平和な楽園は既に滅び。今は、いつか来るであろう終末を待つだけの墓場と化し。この異変を解決する為に境界を越えたと言うのに、今は、その糸口さえ見つからない。

 何処か。この世界の何処かに、綻びが生じているはずなのだ。空間の裂け目、異なる世界を繋いだ境目を塞ぐことでしか、この異変を解決することは出来ないだろう。

 その上。私と魔理沙が潜り抜けたスキマは既に閉じた後で。この異変を解決しなければ、私達は幻想郷に帰還することさえも叶わない。

 

「……聞いてるかい、霊夢君」

「ん、ごめんなさい。もう一度いいかしら」

「……聞いてなかったのはいけないことだけど、その学習意欲は買おう。では、もう一度……」

 

 この部屋にいるのは、私と魔理沙と、藤木コウタと名乗る少年の三人。私と魔理沙は、来て間も無いこの世界についての情報の説明の為に。コウタは、昔に居眠りした分をついでに履修する為に、らしい。

 その授業でもまた居眠りをしてしまっているあたり、彼の勉強嫌いは相当なもののようである。

 

「アラガミと言うのは、無数の単細胞生物『オラクル細胞』によって構成された生物の総称である。彼らは個であって群、群であって個を成す……分かるかね」

 

 分からない。隣に座る魔理沙はなんとなく理解しているようにも思えるが、要らぬところで見栄を張っても仕方が無い。素直に、首を横に振る。

 

「ふむ……そうだね、沢山の小さな、小さな生物が組み体操をしているとでも思ってくれればいい。彼らは牙であれば牙のように、爪であれば爪のように組み合わさって、一つの生物の振りをしている……これで、どうだい?」

 

 それなら、まだ分かる。ようは、砂粒で城を作るのと同じようなことなのだろう。

 

「よろしい。アラガミのその強く、強固で、さらにしなやかな結合によって作られた体は通常の攻撃では殺す事など出来はしない……怯みはするがね。彼らを倒せるのは、同じアラガミだけ……そう、君達の使っている神機、それもまた、オラクル細胞によって作られたアラガミ、である訳だ」

「……同士討ち、ってこと」

「まあ、そうなるね。神機には霊夢君が使っている、剣形態と銃形態を切り替えられる新型と、魔理沙君の使っている、銃なら銃、剣なら剣のみの機能をもつ旧型の二種類がある。これは、実際に神機を使う君達はもう、分かっているね」

 

 私の使うのは、剣と銃を切り替えながら戦える新型神機……と、いうらしい。対する魔理沙は、銃の形をした旧型。魔理沙の攻撃方法は幻想郷にいた頃と変わらず、高火力の爆撃系。弾幕ごっこをしていた頃と変わらないその姿は、懐かしくもあり、寂しくとあり。

 私の内心を知ってか知らずか、そんな思いを断ち切るように博士は続ける。

 

「そして、アラガミの最も恐ろしい点は、その……捕食したものの性質を取り込んで、異常な早さで進化することだ。人間の使う武器さえも真似て、その力にする……そして彼らは何の因果か、我々人類の信仰してきた『神』の姿を取ってきた。そして人類は彼らを、この極東に伝わる八百万の神に例えて、『アラガミ』、と、呼び始めたのさ」

 

 彼は、一拍の間を置いて。まるで言い聞かせるように、私たちに告げる。

 

「で、だ。霊夢君。この世界には接触禁忌種、また指定接触禁忌アラガミと言った強力なアラガミが存在している。そういったアラガミと出会したら君達はまず……」

 

 サカキの眼鏡が、鈍く輝く。

 

「逃げるんだ。絶対に、相手をしてはならない。彼等は普通のアラガミとは格が違う。君達のような新人ゴッドイーターでは……元の世界での戦闘経験がどうであれ、まず勝てない。何があろうと……例え、相手が親の仇だろうと逃げるんだ。いいね」

「……でも」

「でもじゃない。君達は、元の世界に溢れ出したアラガミの侵攻を止めなければならないんだ。自分の感情に任せて死ぬわけにはいかない。分かるだろう?」

 

 気まずい雰囲気に助けを求め、魔理沙を見やる。授業の間ノートと睨み合いをしていた魔理沙も、苦笑いをしながら目配せをしてきた。

 仕方がない、ということだろう。

 

「……分かったわ」

 

 少しだけ厳しい口調で諭していたサカキがまた、その顔に微笑を取り戻す。ふと目をそらせば、隣ではコウタが伸びをしていた。どうやら、目を覚ましたらしい。

 

「接触禁忌アラガミはターミナルで確認してくれるといい。では、コレで授業は終わりにしよう。コウタ君は少し残りなさい」

 

 オーバーな反応で何事か不満を述べるコウタを置いて、研究室を出る。隣を歩く魔理沙は未だ、授業のメモを読み返すばかりで。

 

 接触禁忌アラガミ。それ等のアラガミは、ターミナルで一度見た。

 その中でも、実際に姿を確認したことのあるアラガミが、一。紫色の体躯に、禍々しい形状の荒ぶる神。そのアラガミだけは、必ず倒さねばならない。

 

 

 例え、この命に代えてでも。

 

 

 

 

 

□□□□□□□□□□□□□

 

 

 

 

 博士の指示に従って研究室に残った俺は一人、長椅子の上で言葉を待つ。

 

「……なんで残ってもらったかは、分かるかい」

「……居眠りですよね」

「まあ、それもある。が。今回はあの二人のことで、だよ」

 

 二人と言うと、魔理沙と霊夢のことか。

 ある日突然、贖罪の街に現れた二人の少女。神機も無しにアラガミの攻撃から身を守り、ダメージを与えられないにせよ奴らを怯ませるだけの攻撃を放った、二人。

 二人は、科学では解明出来ない力を使えるらしい。元の世界では、二人とも空を飛ぶことさえ出来たとか。

 

「俄かには信じ難いけど、確かにあの二人は、我々の理解の及ばない力を使う事ができる……そう、魔法のようにね」

「……まあ、実際に見てますしね。その、魔法を使うとこ」

 

 彼女達の報告を受けて、向かったのは俺とアイツとソーマ、そしてリンドウさんの四人だ。全員が二人の魔法を実際に確認したし、彼女達の魔法に……言うなればタネが無いことは、サカキ博士自身が証明したのだ。

 アレ等は全て、人間に可能な真似ではない、と。

 

「実際に彼女達の力を見たのは、まだ私を含めて五、六人程度だ。まだ、彼女達のことを信じている者は少ない……彼女達の言う、幻想郷の存在もね」

「……本当に、あるのかなぁ……そんな、絵本みたいな世界」

 

 俺の言葉を聞いて、博士は笑う。

 

「さあ、どうだろうね。ただ、彼女達はどうも、嘘を言っているようには見えなくてね」

 

 それに、と。

 

「私自身、彼女達の言う楽園の存在を信じてみたくてね。そして、その楽園が潰えようとしているならば……」

「……助けたい、ですか」

「ああ。其処にも、私達と同じようにアラガミに家族を奪われようとしている人々が大勢いるのだろうしね。今はまだ、結界……と言ったか。魔法の壁に守られている状態のようだがね。まあ、同胞、というものだよ」

「……家族」

 

 魔理沙や霊夢にも、家族と呼べる人はいたのかな、なんて。例え家族がいなかったとしても、友達ならばいた筈だ。

 

「……俺も、霊夢や魔理沙に力を貸したいな」

「今は、そう思ってくれるだけでいい。彼女達が助けを欲したときに、そばにいてあげてくれれば、それでいい……さ、今日の補修はこれで終わりにしよう」

 

 次は、眠らないようにね、と。投げかけられた言葉を受け止めて俺は。

 赤と黒、二人の少女の消えて行った扉の向こうへと、俺は、足を踏み出した。

 

 

 

 

□□□□□□□□□□□□□

 

 

 

 

「おい、霊夢」

「……何」

 

 授業の内容をメモしたノートを閉じ、隣で黙々と歩き続ける霊夢に話しかける。

 

「どうしたんだ? さっきからいつも通りの仏頂面で」

「いつも通りなら、さっきからも何もないでしょうが」

 

 まあ、最もではあるのだが。

 

「そんなことは別に、どうでもいいぜ。お前、さっきからずっと黙りこくって……何か、さっきの話で思うことでもあったのか?」

「……あんたには関係ない。私の個人的な問題よ」

「まあ、そう言うなって。お前の機嫌が悪いと、隣にいる私が気を使わなきゃならないだろ?」

「……あんたが私に気を使ったことがあるのか」

 

 それもまた、最も、である。が、私の言葉は、霊夢がその内心を吐露する切り口にはなったようで。

 

「……さっき、接触禁忌アラガミっていうのの説明、あったじゃない」

「ああ。お前でも授業なんて聞くんだな」

「聞くわよ、偶には……それで、その接触禁忌アラガミの中に、スサノオって奴がいるのよ」

 

 スサノオ……神機使いの成れの果てとも言われる、蠍のような下半身に、武神の上半身、そして、蠍の針の位置に巨大な剣を備えた姿のアラガミだったか。情報端末から覗いた情報であって、自分の目で見たわけではないのだが。

 

「そいつね、紫を捕食したアラガミなのよ」

「……え……?」

 

 思考が、止まる。紫を、捕食した……

 

「だから、紫を喰ったアラガミなの。そいつ……スサノオ、が」

 

 呟く霊夢の声を聞き、やっとのことで思考を引き戻して。彼女の顔を伺えば、そこにあるのはある種の達観にも似た諦めの情と、何かに対する決意を抱いた二つの瞳のみで。

 頼もしい、と形容すべきなのだろう。しかし、今は具合が違う。

 

「霊夢」

 

 咄嗟に伸ばした手は、彼女の左手を掴み。振り向く彼女の顔には、珍しく少しの困惑が浮かんでいて。

 

「行くなよ……絶対に、一人では行くなよ」

 

 絞り出した声はきっと、震えていたに違いない。貼り付けた表情にはきっと、不安が滲んでいただろう。

 しかし、それでも。

 彼女を……霊夢のこの手を、離してはならないのだと、私の心は狂い叫んでいたのだ。

 

「……ふふ」

 

 零れた笑みは、柔らかく。拾い上げる私の情は、その微笑に絆されて。

 

「行かないわよ……それにどうせ、行こうとしたらついて来るんでしょ?」

 

 笑う表情は、悪戯っぽく。悪友の心は、確かに、私の手の届く場所にあって。

 少しだけ気恥ずかしくなって、手を放し。帽子を目深に被っては、無機質な廊下に視線を落とす。

 

「……はっ。ついて行くどころか、追い越してやるぜ」

「ふん。異変の解決はいつでも、私が一番乗りよ……でも」

 

 ありがとう、と。

 珍しく素直な彼女は、私が目を向けた時にはもう、一歩二歩と先を歩んでいて。

 

「ほら、さっさと行くわよ。咲夜の所にも顔を出さないと」

「……ったく。待つなよ、追い越すから」

 

 眩いばかりの紅白を追って、私は。

 黒白の衣を、慌ただしく揺らし、霊夢の隣へと走り出す。

 

 

 

 彼女のその、内に隠した思いなんて、知らないまま。

 

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