神骸記   作:地衣 卑人

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十一 神骸

 

 空は暗く。放られた体は、黒く澄んだ、空の下へと投げ出され。妖しく輝く、紫色の光に照らされて。

 私は。刃の一つすら、手に持たぬ、私は。大幣すらも持たぬ、私は。

 青い月の下。開けた空の下。しかし、不可視の。目には見えない結界に覆われ、四方を覆われた無機質の大地に、この身を打ち据え。走る痛みに、漏れ出す呻きを噛み殺し。

 

 彼女の前に、立つ。

 

『ロマンチックね、霊夢。向かい合った思い人が、星空の下で二人』

「……巫山戯ないで」

 

 言葉を、蹴る。戯れは、要らない。

 

「……こんなところに連れて来て、どうするつもり」

『別に、私はどうも。行動を起こすのは、貴女よ』

「何の話よ」

 

 彼女は、薄く笑う。白く、石造のように形を変えた……その、顔を以って。

 何処か。何処か、嘲りを孕んだような。しかし、酷く優しげな――

 

「笑うな」

 

 声を、突き立てる。しかし。

 

 笑みは、止まない。止まない笑みを、私は。

 

「その顔で……」

 

 浮かぶ身体。力任せに懐から掴み出した符を空に掲げ、そのまま。退治するその、『アラガミ』へ向けてスペルカードを宣言する。

 

『ここは、幻想郷では……』

「煩い黙れッ! その顔で笑うなッ! 夢符『夢想封印』!」

 

 符から、私から溢れ出す虹色の閃光。丸く丸く膨れ上がった霊力の塊は、私の周りを回り、舞い、その速度を乗せて。デタラメな照準、軌道を以ってアラガミへと踊り掛かり、ぶつかり、爆散し。

 それでも。それは。アラガミは変わらず、其処に居て。

 

『……霊夢』

「黙れ! 黙れ、黙れ、黙れ!」

 

 声を遮り。新たな符を引き抜いて。(あいつ)の声で笑う、化け物へと向けて。

 

「霊符……」

 

 新たなスペルを。宣言し、振りかざさんと、した、その時に。

 

 唐突に鳴り響く、何かが割れる甲高い音。硝子が叩き割られる音のそれによく似た……そして。

 

『紫ッ!』

 

 声。聞き慣れた、その、少女の声は。

 走る亀裂、崩壊する不可視の壁。舞い落ちる結界の破片。霊力の欠片と共に。

 

 紅い獣は。金属質の大地へと降り立って。

 

「レミ……リア?」

 

 先の声は。間違いなく、彼女のもの。紅い紅いそのアラガミは……ヴァジュラのそれに似た、その姿は。

 

『……随分と、大きく出たじゃない。紫。自ら動くなんてらしくないわね。冬眠でもしてる方があんたらしいよ』

『そうね。そろそろ眠りたいところですわ……皆で』

『ふん。私はさっき起きたところなんでね。一人で寝てればいいよ』

 

 獣は。レミリアは、宣い。二体の妖怪は……アラガミは。対峙し。

 

『私は、霊夢に用があるの。退いてくださらないかしら』

『此処で退くなら、態々来やしないよ』

 

 獣は、吐き捨て。翼を広げ、霧を放って。

 紅い魔力。青い青い月を、紅く紅く染め上げたその、禍々しくも懐かしい……

 あの日。紅い霧に包まれた、郷で。館で見た姿を。そこに、視て。

 

『霊夢は渡さない。何をする気か、なんて知らないけれど』

『そう。なら、奪ってみればいい。例え貴女が邪魔したところで、結果は変わらないのだから……霊夢』

 

 名を。私の名を、呼ばれる。

 いつかの。いつかの、彼女のように、優しく――

 

『私は一度退くわね。貴女の……新しい仲間達も来たようですし。だから、今の内に謝っておくわね……』

 

 ごめんなさい。と。寂しげに。呟いた、彼女は。

 

 尾に備えた剣を以って、空を切り。その隙間に、体を滑り込ませて。妖しく輝く、その姿が。視界から消えると、同時に。

 

 慌ただしく。焦燥に駆られた足音。人の声。ゲートの先から走り寄る、彼らの姿を、視界に映して。

 

『……霊夢』

「……何」

『私と一緒に来なさい』

 

 何故、と。返事をする事さえ、ままならず。

 続く。彼女の言葉を、聞く。

 

『紫は、貴女を狙ってる。目的は知らないけれど。アイツはまた、貴女を捕まえに来るわ。彼奴らに……』

 

 彼女は。近付く、ゴッドイーター達を一瞥して。

 

『彼奴らじゃ、貴女は守れない。私が守った方が、余程安全だわ』

「……嫌」

『……なら、言い方を変えるわ。ついてくる? それとも、紫の手に渡る前に、私に殺される?』

 

 言葉が、胸を穿つ。

 再び此方を、私を見る彼女の瞳は。灯る光は。

 妖怪の。友として語らう、瞳ではなく。殺意を秘めた、妖怪のそれで。

 

『……そうね。実際に見れば分かるわね。私と、彼らと。何方なら貴女を守り切る可能性が高いか』

 

 言葉の意味を。理解、すると共に。

 

「やめ……やめ、て……」

『神槍……』

 

 やめて、と。叫ぶ声は。

 

『スピア・ザ・グングニル』

 

 放たれた、紅い槍の。宣言された、スペルの。光に、声に、呑まれて。

 私の視界が。世界が。唯々、紅く。崩れる音だけが、鳴り響いた。

 

 

 

 

□□□□□□□□□□□□□

 

 

 

 

 突然の遠距離攻撃。紅いヴァジュラの放った光の槍は、ゲートを破壊し。爆風と、爆煙。咄嗟に開いたシールドを以って、無数の破片から身を守る。

 ソーマ。コウタ。カノン。魔理沙。咲夜。緊急事態だからと無理を言い、連れて来れるだけ連れて来た、仲間達へと視線を向ける。

 

「全員、負傷は!」

「無い! それより!」

「分かってる! 先に行く!」

 

 立ち上る煙を切り裂き。槍を放ったその、標的へと向けて剣を構えて。

 駆ける、駆ける。その、紅い身体を裂いて。霊夢を取り戻す、その為に。

 

『あら。今ので死ぬと思ったのに』

 

 余裕に満ちた言葉とは、裏腹に。振り上げた爪は、鋭く、凶悪な……

 

 全力で振り抜いた刃は。容易く、爪に弾かれて。通常のヴァジュラとは桁違いの、重い一撃。彼奴が敗れた……フランドールの姉とは。こいつなのだと理解して。

 

『フランの匂いがするねぇ。元気にしてるかしら』

「……お前も、すぐに引き摺りだしてやるさ」

『ふふ。震えながら言ってもねぇ』

 

 気付けば。神機を模した、刃を握る両の手は。

 

「……武者震いだ」

『認めてもいいじゃない。怖いんだろう? 私が。無理もないわ』

「黙ってろ。今直ぐ、その身体から引き剥がしてやる」

『出来るならやってみなよ……咲夜!』

 

 途端に。俺と、獣。刃と牙の、その間に。

 

「此処に。お久しぶりですわ、お嬢様」

 

 メイドの姿。その瞳に宿るのは、紅い、紅い。獣と同じ色の、紅で。

 

『元気そうで嬉しいわ、咲夜。ちょっと、この子と遊んであげてよ』

「仰せのままに。お嬢様」

 

 言葉を、置き去りに。メイドの姿は、虚空に消えて。

 

 背後に感じた殺気。振り向き様に剣をかざした、その、刹那。

 響き渡る、金属音。続けて、襲い来る刃。

 

「咲……ッ」

「ごめんなさいね。私は……お嬢様のメイドだから」

 

 謝罪の言葉とは、裏腹に。繰り出される斬撃と、揺れる瞳。時を止める度に背後を取られ、神機の。本来ならば、アラガミを殺す為に振るわれる、刃の猛攻を耐え凌ぐ。

 

「目を覚ませ! お前は……」

「覚めてる。お嬢様のメイド。お嬢様の意思は、私の意思よ。お嬢様の意思がアラガミに囚われたならば、何としてでも助け出すつもりだったけれど……」

 

 後方へと飛び退く俺の、鼻先。空を切る刃と、空気の流れ。

 

「お嬢様は、御自身の意思を失ってはいないようですので。ならば、私はお嬢様の手として……それに」

 

 剣を振り上げる、彼女の。頬に伝う、雫。

 

「やっと。お嬢様に会えた。お嬢様から、命を受けた。私は……」

 

 幸せだ、と。言葉は、発することなく。しかし、確かに、そう呟いて。

 

「十六夜さん!?」

『あなた達は、私が遊んであげる。精々、足掻きなさいな』

 

 視界の端。カノンの声に目をやれば、アナグラの仲間達と、ヴァジュラの戦闘が映り込んで。俺も、いつまでも咲夜の剣を受け続けいる訳には行かない事を知り。

 

「……やるしか、ないのか」

「今更」

 

 剣と剣は、鍔迫り合い。紅い瞳が、刃の放つ火花の向こうで煌めいて。

 時間がない。打てる手も、一つしか、無い。

 

「殺さずに済ませる。怪我の一つは覚悟しろ」

「甘過ぎる。貴方こそ、殺す覚悟が要るんでなくて?」

 

 殺すのは。アラガミだけで十分だと吐き捨てて。俺は。

 

 彼女へと振るう。アラガミを殺す、この刃を。

 

 

 

 

□□□□□□□□□□□□□

 

 

 

 

 銃撃音。破砕音。

 刃物が空気を切り裂く音。光の煌めき。爆発音。悲鳴と怒号。視界に映り込むのは。

 彼女の体でも。また、彼女の瞳のそれでもない、赤。赤。赤。

 

 この手に、神機は無い。スペルカードによる、遊びは。此処では、何の意味さえ持ちはしないのだ、と。

 今更。本当に、今更。思い知らされて。

 知ったつもりでいた。故に。私は、武器を。神機を手に取って。得た力を以てすれば、きっと。全て、全てが解決すると。この、『異変』も。解決することが、出来るのだ、と。

 信じてきた。信じてきた、のに。

 

 博麗の巫女が。巫女が。この様か。

 

「霊夢!」

 

 膝を付き。いつ、溢れ出したかも知れぬ涙に濡れた。そんな、私の名を呼ばれる。

 滲んだ視界。見慣れた、黒白の彼女は。

 

 やはり。傷付き。赤と、黒の血に、塗れていて。

 

 咲夜とリンドウ。レミリアと魔理沙と。アナグラの仲間達。殺し合い。喰らい合い。

 

「嫌……嫌」

 

 息が苦しい。涙が止まらない。

 何故。何故、なんで、こんな。何が、何が悪かったのか。私達が。何を。何故。

 

 人間(わたしたち)が。何を、したと言うのか。

 

「――掛けまくも、畏き……」

 

 呼び掛ける。問い掛ける。あの日と変わらず。この(そら)を照らす、その神へと。尊き、貴き。その、神にへと。

 巫女として。それ、以前に。一人の、人間として。暗い、暗い。神の隠れた空を仰いで。眩く、世界を光で満たす。神の声を、求め。求め。

 続く、続く呟きは。誰にも。人にも、妖にも届きはせず。只管に、唯、只管に。その声を。姿を、求めて。

 

 世界が遠のく。喧騒が、狂乱が。夜の闇へ。舞い降りる光へと溶け、静まり、聞こえるのはこの、言葉の響き、だけで。

 

「――天照大御神」

 

 夜の闇を。この、悪夢を。その、全てを照らす、日の光で――――

 

 

 

 

 

 

 

 ――――光で。この、悪夢を。

 

 

 

 

 

 

 止めて。止めて、欲しかった。

 

 欲しかった、のに。

 

 

「あ……あ、あ……」

 

 

 落とされた、巨大な影。光り輝く影。白い影。

 呼び掛けに応じ。この地へと降り立った、白い白い体躯は。赤い身体は。夜の闇を払い、燃え盛る日の光を以て視界を染め。絶えず光を放ち続ける、その。神威は。

 私へと迫り来る。姿は。

 

 アラガミ。いつか見たデータベースに描かれた、アラガミ、アマテラスの姿の。それで。

 

「……そういう、こと」

 

 身体の力を、抜く。もう。何も出来る事などありはしない。今更気付いても、全て、全てが遅過ぎたのだ。縋るものなど既に無く疾うの昔に、自ら捨てた。

 

 求めた。神の答えは。そう。

 

 全て、全て。私たち、人間の……

 

「自業、自得――――」

 

 

 

 

 

 形が、重なる。

 

 

 

 

 神の、その、哀しみに塗れた、身体が。

 

 私の、この。小さなヒトの、肉を、食らって。

 

 

 

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