神骸記   作:地衣 卑人

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十二 思いと交錯

 

 傷だらけの身体。痛む左脚。

 満身創痍、と、言った具合の体を、引き摺り、引き摺り。暗い、暗い、地下通路を。無機質な、灯り片手に進み行く。長い、長い。暗い、暗い。続く先、闇に飲まれ。見通すことさえ叶わない、地の底を這う。

 

 ――白い、白い光。いつか地底で見た光に似た。しかし、更に。更に白く、純粋な……光は。あいつを飲み込んで。

 霊夢は。光に消え。咲夜も、また。レミリアと共に闇へと消えた。

 

 霊夢が消え。咲夜が消え。静まり返ったエイジス、その後の、アナグラ。

 

 残された、私は。私の行先は。一人を除いて、誰にも知られてはいない筈。あいつならば、私を止めることも無ければ、他者へと伝えることも無いだろう、と。それなりに、長い付き合いだ。長い付き合いであっても、あいつは。私が無謀な一手を打たんとする様をその目で見ても、止めること等無く。くつくつと喉を鳴らして。私の転がり落ちる姿を眺めることだろう、と。足掻く様を見て笑い。求めれば手を貸し……無論、それも。伸ばされたその手を此方が掴めば、また、同じこと。壊れるまでは眺め続け、飽きれば放り……若しくは、その手で握りつぶす。そんなあいつの事だ。傷に塗れた身体。自由には動かない――人間の体を、これほど疎んだこともない――この、体では。アラガミの一体でさえ、退けることは出来ない、と。私の邪魔をすることもなく。そして、神機を振るうことなくアラガミを倒す術を持つ……あいつなら、きっと、私の力になってくれるだろうと。戯れに手を貸し、足掻かせ続けるだろうという。勝手な期待を胸に、この、暗い暗い地下通路を進み行く。

 

 目的地は、エイジス地下。残された実験施設。私の予想が正しければ、其処に。あいつを取り戻す……若しくは。

 この手で、止めを刺せるだけの。力がある筈だ、と。これも、希望。私が勝手に抱いた……不安要素は、多過ぎる程。しかし、それでも。

 

「もう、これしか……」

「希望が無いって?」

 

 闇の中。深い、深い。温かみの一つさえ無い、冷たい闇の中から響く、一つの声。それは、私を嗤うように。心の底から、嘲るように。私の、鼓膜を震わせて。伝えるだけ伝えておいて、いつ実行に移すかも知らせず。それでもこいつは、やはり。私のことを眺め続けていたようで。

 

「……そうだ。私は人間なんでな。ここまで体が駄目になれば、やれることなんてありゃしない」

「そうかしら。自分が動けないならば、頭を使えばいいじゃない。例えば」

「お前を頼る、とかか? どうせ代償を求めるんだろう。今は契約なんざしない。体はくれてやってもいいが、そう簡単に魂までは渡しはしない」

 

 提案を、持てる限りの力を以って。吠えれるだけの言葉を以って……虚勢を以って。今は、まだ。その、言葉を蹴り飛ばす。

 私は。まだ、自分の力で。あいつを。霊夢を……

 

「でも、その癖……こうして、私に頼ってるじゃない。私にこの事を伝えたのは、その為でしょう? それは、契約と何が違うの?」

「別に頼ってなんかいないさ。お前は私に勝手についてきた。今はそれだけで十分だ。お前に頼るのは本当にどうしようも無くなった時。お前は」

「保険って言うのね。死ぬくらいなら、ってこと?」

 

 言葉通りの、私の企み。返す言葉も無ければ、軽口を叩くだけの余裕も無く。表情に出たか、沈黙から読み取ったか。彼女は。

 

「嫌われてるね。そんなに私の手を握りたくない?」

 

 やはり、喉を鳴らし。突き出した自身の手を数度、開き、閉じを繰り返しながら嗤う、耳障りな声。私の胸の奥に爪を立て、抉る……本人に、その意思があるのかなど、知る筈もなく。只、その。小さな、笑い声に覗く。

 何かを諦めたような、微かな悲哀を見て。

 こいつも、また。共に、共に。自分達の世界を奪われた……仲間である、と。私が欲した。涙まで流して欲した。故郷の……

 

「魔理沙」

「……なんだ」

「私を信じないのは、いい。悪魔だし、私だし。信じれないのは、構わないけれど。でも、言うだけ言っておくよ」

 

 気付けば、伏せていた。顔を、上げれば。其処には。

 

 笑う、フランドールの姿。真っ直ぐな。狂気の欠片さえ見えない。紅い、紅い、澄んだ瞳。

 

「足掻くなら。私も、一緒に足掻きたい。あなた達と一緒に。その手を取って。もう。大事なものが壊れるところは見たくない。遠ざけるんじゃなくて、自分の力で守りたい……それは」

 

 それは。魔理沙(あなた)のことも、と。

 

 言葉は。私の胸の、奥底。深く、深くを、確かに、穿ち。

 

 言葉を。返すことさえ出来ず。帽子の淵を、目深に。緩んだ涙腺。崩れかけた。この顔を、隠して。

 

「……すまん」

「いいよ。求められれば、力にはなるから……自分の力で足掻きたいんでしょう? 変わらないね、魔理沙も」

 

 そう言って、笑い。力無く、笑い返して。

 

 私たちは。一つの扉。目的の扉に辿り着く……が。

 

「……誰か、来たのか?」

「何か、の間違いじゃない?」

 

 無理やり……爪だか、牙だか。恐らく、人間ではない何かに……神機を使えば、人間でも可能ではあるのだろうが……破壊された、金属室の扉。その先に続く、物音は疎か。生き物の気配一つしない。深い闇へと灯りを向けた所で、奥まで見渡す事は叶わず。

 恐らく此処が、目的の部屋。かつて、終末捕食を引き起こすアラガミ、ノヴァの研究が行われていた、研究室。前任の支部長、ソーマの父親、だったか。そいつの計画は、此処で行われていた筈で。それが、どういう訳か。こうして扉は無残に壊され。生き物の気配は感じないとは言え、気配を消す程度の、その辺の妖怪だってやってのける。何が潜んでいるかも分かりはしない。

 

「入らないのかしら」

「……入るさ。だが、用心に越したことはない」

「そう、なら」

 

 言うが早いか、止める間もなく。ふらりと一人。闇の中へと、フランドールは歩を進め。人間の目では、只々黒く。深く続く闇の中。吸血鬼にとってはこの暗闇も、大した障害にはならないのか、と。

 

「……大丈夫。入ってもいいよ」

 

 闇の中から響く声。他に、物音も聞こえず。彼女の言葉を信用し、一歩。闇へと踏み入れて。

 手の中の灯りは、頼りなく。ぼうと輝く、フランドールの翼の光の方がまだ、範囲が広い分頼りになって。暗闇に浮かび上がった冷たい棚や、机……何者かの侵入と、恐らく、それに伴い破壊された棚や、扉が転がっているのを除けば。随分と、片付いた。肝心の中身、資料や、偏食因子のサンプル。何でも良い。何か、少しでも。私を助ける、力となるようなものは……一つも、残されてはおらず。

 

「……普通、こんな場所に放置はしないよな」

「でも来たんだ」

「流石に、研究室からは借りれないからな。摘み出されるのが関の山だろう」

 

 半ば、分かっていたようなもの。此処に残されていないならば、この実験施設の資料は全て、榊が回収してしまったのだろう。此処に、私が望むものなど無く。此処以外にも、私の望むものはない。

 どうしようもなくなった、とは。こういう時に吐き出す言葉か。そして、続く。助けを乞う、その言葉。

 

「……フラン」

「何かしら、魔理沙」

「お前の力、を……」

 

 振り向きざま。暗く沈んだ部屋の隅、視界の端に映り込んだ、吹き飛ばされた扉、棚の残骸。それらが、覆い隠すように。

 覗く、一つの扉。引き寄せられるように開いた、その、先。

 

「……これだ」

 

 暗い部屋の中。微かに光を放つ、その、姿を見て。私は。霧雨魔理沙は。

 人の身を捨てる、覚悟を決めた。

 

 

 

 

 

□□□□□□□□□□□□□

 

 

 

 

 何が、起こったのか。

 強烈な光。白に埋まる視界、思わず、閉じた瞼。再び目を開けば、そこには。

 光に飲み込まれた霊夢(あいつ)の姿。それを見るや、否や。視界から消えた、咲夜と。歪に開いた、ヴァジュラの顎。

 そして。カノンの叫び声。あいつは、咲夜の名を。目の前でアラガミに呑まれた、彼女の名を――

 

 

 目を覚ます。目に映るのは、暗い部屋。白い天上。星空の見えない。そして。

 傍ら。椅子に座り。俺の眠る寝台に身を預け、眠る、彼女の姿。

 

「っ……」

 

 身を起こそうとすれば。体中に走る痛み。重い体と、巻かれた包帯。思わず零れかけた呻きを噛み殺し、寝台の上。体を起こし。息を、吐く。

 

 どれだけ眠ったのか。壁に掛かった時計。日付が変わっていないのであれば、数時間の眠り。どうやってここに運ばれたのかも憶えておらず。只、思い出せるのは。

 最後。霊夢が、咲夜が。アラガミたちが立ち去った、エイジスの静寂。崩れ落ちた仲間達の姿。鈍い、鈍い、膝を付く音。

 

 終わったのか。全て、全て。俺たちは。仲間を救う、ことさえ出来ず。それどころか。これから、何が起こるかも知りえぬ状況、結末を……

 

「……まだ、だ」

 

 足を。

 寝台から投げ出し、強く。強く、踏みしめる。

 

 まだ、動ける。まだ。俺は、生きている。まだ、足掻ける、と。いつか。あいつに下された命令。その時初めて聞いた、奴の怒号。あの時のあいつは。あいつは。やはり。

 逃げることなく。俺を。ならば。

 

「……行くのね」

 

 声が転がる。暗い病室、澄んだ声。俺の愛した、彼女の……

 

「……ああ。すぐ帰る」

「嘘ばっかり」

 

 呆れを多分に含んだ声。しかし。声は、凛と。迷いすらなく。決意の色さえ垣間見え。

 

「……すまんな。少しばかり、時間が掛かるかもしれない。先に寝てていい」

「もう。また、そんな……」

「そうだな。また、だな」

 

 思えば。何度も。いつも、いつも。こいつには、心配を掛けてばかりで。そして、それは。

 きっと。これからも、ずっと。ずっと、続く。

 

「また、だ。これからもこうやって、心配をかける。ずっと、な」

「……そうね。ずっと、ね」

 

 戸を、開く。顔は、見ない。見せられない。只々、彼女が。こうして、ずっと、待ち続けてくれる温もりが。唯、恋しくて堪らない。

 彼女の顔を見るのは。帰ってから。全て、全てを片付けてから。それからでも、遅くはあるまい。時間は、機会は。数えることさえ馬鹿らしい。

 それは。戸を開いた先。ずっと待ち続けていたらしい、三人の姿……俺より先に目覚めていたのか、元気なものだと笑いかければ。心なしか照れたように。誇るように笑い返す、ソーマやコウタ、カノンの姿。こいつ等の笑顔も、また。

 

「行ってくる。ビール、冷やしといてくれ」

「はいはい。行ってらっしゃい」

 

 いつも通り。いつも通り。背後に。彼女へ、声を掛け。彼女の声を受け。

 俺は。仲間達と共に。随分と遠く。姿を隠した仲間達の元へ。

 強く。足を、踏み出した。

 

 

 

 

 

 

■■■■■■■■■■■■■

 

 

 

 

 

 

 隠れ、隠れ、隠れ。神の体に身を埋め。思いを兼ねて、岩戸を開き。

 神の居ない世界。神の骸の上に立つ。人々は。嘗ての思いを、心を忘れ。神々を忘れ、神々を消して。

 世界は。古き世界を塗りつぶした。ヒトは。カミの思いを。心を。

 

『霊夢』

 

 エイジス。ヒトとして、カミに抗い。人としての生を終えた。この地に佇む私の背に、聞き慣れた声が投げかけられる。

 紫。彼女もまた。私と同じ。自ら望んだわけではなく。自ら踏み入れたわけではなく。引き摺り込まれ、取り込まれ。神の体にその身を埋めた。今ならば、彼女の思いが良く分かる。

 

 人を。憎んだわけではなかった。人を。怨んだわけではなかった。只々、自身等の子が。自身等を否定し、消してゆく。そのことが唯、唯寂しくて。

 

『……不思議ね。こうして、立つ場所を変えただけで。こんなにも、あんたの気持ちが良く分かる』

 

 それは、痛いほど。胸を裂き。熱く煮え。体から這い出さんとするかのよう。

 

『今の貴女は、神の一。この、私達の居た時代よりも、遠い遠い未来。人間に忘れ去られた神々の思いが、直接流れ込んでいる。一つになるまでは、分からなくても無理はないわ』

『……そう。私は』

 

 本当に、ヒトではなくなったのね、と。呟きかけた言葉を飲み込み、この、体。白く輝き。紅く輝き。天球に貼りついた星空の下、明るく、明るく世界を照らす。力に溢れた巨体を見下ろす。

 これが、カミか。本当に、これが。この、歪な姿が。私達の信じた――

 

『霊夢』

『分かってる。もう、拒まない』

 

 拒みなどしない。私は。私は、彼女と共に。紫と共に。

 

 世界を。今、もう一度。

 

 

 

 神代から。また、やり直すのだ、と。

 青く、青く染まった。月を見上げて。そう、呟いた。

 

 

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