神骸記   作:地衣 卑人

13 / 14
十三 願い

 明るい。明るい地上と、暗い空。星の光、月の光。日の光。光に照らされ、揺れ、滲む。海を眼下に、無機質な。大地の上に強く立つ。

 

 エイジス。佇む、二体のアラガミ。二柱の神。そして、その、どちらもが。

 

 救うべき。大切な――

 

『やっぱり。来たのね』

 

 変わり果てた、あいつが呟く。巨大な体躯、強い輝き。接触することさえ禁じられたアラガミ、アマテラス。その体に取り込まれた、霊夢の姿……彼女の面影を残した、頭部に据えた女神像。その、冷たい瞳と視線を。言葉を交わす。

 

「随分とまあ。でかくなったもんだな、霊夢」

『そうね。見晴らしが良いわ。前よりもずっと、ずっと多くのことが見通せる』

 

 普段と変わらない口調。しかし、言葉に乗せられた……否。あいつにとっては、きっと。意識さえせず。俺たちが勝手に。彼女に対して感じる、畏れ。圧倒的な力の差。それは、まさに、雲と泥。そんな俺たちの。微かに震えた姿を見て、彼女は。目を、細め。

 

『怖いなら。ここで引き返しなさい。別に、態々。追うつもりはないから』

「馬鹿を言え。折角ここまで来たってのに。ここまで来て逃げ帰ったら姉上にどつかれる」

『そう。でも』

 

 声が、震えているわ、と。

 

 苦し紛れに吐き出す戯言。俺の虚勢を一蹴し。彼女は、笑い、笑い、笑って。

 その、笑みの裏。もう、どうしようも無いほどに深く、深く刻まれた溝。硬い、硬い、分厚い壁。俺たちと、彼女と。隔てた、隔ててしまった、悲哀を。

 確かに、見て。

 

「……やっぱり。お前は連れ戻す。俺たちが、この手で」

 

 震えを。抑えきれない体に喝を入れ。

 この、震えが何なのか。強大な力への恐れ。彼女の力への、死への恐れ。いや。

 違う。この震えは。俺が。本当に恐れているのは。

 

 このまま。霊夢が何処か、手の届かない場所へと消える。そのことへの、恐怖と気付いて。

 

『本当に出来ると思ってるの? まだ、震えも止まってないじゃない』

「武者震いさ。今度は、本当に」

 

 剣を振る。空気を断つ。ふつと立てた音は、静寂。辺りを包んだ重苦しい。この澱みさえも、掻き消して。

 

「お前も引けないんだろうが……俺たちも同じだ。退く気は無い。見捨てる気は、無い。今すぐ」

 

 ソーマの声。白い、白い神機の向くは、やはり。白い、白い光。

 

「……ぶっちゃけ、まだ震えも止まらないし。滅茶苦茶怖いけどさ。不思議と、悪いようにはならない気がするんだ。だから」

 

 コウタの声。銃口の先は、光に照らされ、輝き。本当、正直で。真っ直ぐな。そして。続く、震えながらも、強い。決意の籠もった。カノンの声。

 

「霊夢さんだけじゃない。隣の貴女も。そして、十六夜……咲夜さんも。連れて、連れて帰りたいんです。誰も欠けて欲しくないから」

 

 お前を、貴女を。連れ戻す、と。

 

 重なる声。皆、同じ思い。同じ決意。板切れ一枚と変わらぬ希望。けれど。最後まで足掻き、全員で。

 生きて。生きて帰ろうと。

 

「行くぞ、霊夢。ちっと手荒く行くが、勘弁しろ」

『……そう。なら、せめて……』

 

 霊夢の体が。巨体が、浮く。徐々に。高く。空に輝き。

 

『せめて。私の、手の中で……』

 

 熱い。熱い、巨大な輝き。空を焦がし。地を焼き。直視することさえままならない。

 

『眠りに……!』

『つかせると、思うか?』

 

 不意に。空から。何時、現れたのか。宙に浮かぶ霊夢の体よりも更に高く。月の光に紛れて、浮かんだ人影。聞き慣れた声が、声が、聞こえて。

 

『恋符……』

 

 マスタースパーク、と。場違いはまでに明るい響き。刹那。日の光を呑み込んだ。強い、強い。虹色の輝き、酷く暴力的な、光の奔流。

 

 彼女の魔法が、視界を埋めた。

 

 

 

 

 

□□□□□□□□□□□□□

 

 

 

 

 放った魔法はあいつを捉え。浮かび上がった体を、冷たい大地に叩き落して。

 自分で撃っておきながら、その。馬鹿げた威力に呆れて笑う。

 黒い体躯。霊夢のそれに比べれば、ずっと人間らしく……しかし。明らかに。人間とは異なる、アラガミの体。手にした力。元の体に戻れるかも知れず。知れずとも、構いはしないと。この身を食わせて、乗っ取った。あの時見つけた、人造のアラガミ……初めてこの目で見た現物、アルダノーヴァのプロトタイプ。研究所の奥。天井を、壁を、床を突き破って其処に沈んだ。ノヴァと呼ばれたアラガミの、触手に埋め込まれていたそれに。

 この身を、埋めて。見れば、途端。黒く染まり、歪んだ体。月の光を抱いた男神、光を受けて輝く女神。二つの体に意識を移し。霊夢(あいつ)に張り合う力を得て。

 

『……ツク……いや、魔理沙……?』

『おう、お前よりずっとスマートに変身した魔理沙様だぜ。馬鹿霊夢』

 

 微かに驚きを孕み。しかし、明確な敵意を私に向ける。本当、昔から変わらない。簡単に怒り、簡単に笑う。互い、互いに変わりはすれど、変わらぬ中身に笑みが零れる。

 

『邪魔をしないで。何処か行って』

『生憎、私は人の邪魔をするのが大好きなんだ。お前の一人舞台になんぞさせん』

 

 いつも。こうして。こいつが異変に身を乗り出せば。私が横から出番を浚い。こうして、何度も。何度も、何度も。私たちの居た、幻想郷(あの場所)で。

 立ち位置さえ変わり。姿すら変わり。それでも、尚。

 

『変わらないな、霊夢。何一つとして』

『あんたの目は節穴か。もう、変わってないものなんて一つも無いわ』

『鳥目の癖によく言う。何も変わってなんて無いさ。ほら、もっと周りをよく見るんだな』

 

 視線をずらせば。アラガミと成り果てた私の姿に、驚きながらも、また。武器を構えるアナグラの連中、その姿。

 

『皆、お前の周りから離れようとなんてしない。変わらずお前の側にいる。連れ戻そうとする。私も同じだ。さあ、さっさと戻ろうぜ』

『……何も、何も、知らないくせに』

『お前の都合なんぞ知らん。私は。私たちは、唯』

 

 両手を。霊夢へ向けて、構えて。

 

『唯。お前を取り戻したい。恋符……』

『させると、思ってるのかしら』

 

 背後。感じた、気配。聞こえた、声。私の言葉をそのまま返した。そして。

 禍々しい光。何処までも厄介な。紫の声と、その妖気。

 

『隙だらけよ、魔理沙。これ以上、邪魔は――』

『人のこと、言えないんじゃなくて?』

 

 また、唐突に。現れた妖気と、新たな声。吹き飛ぶ紫の体と、その体に喰らい付く、紅い影。

 

『レミリアッ!』

『一つ貸しね、魔理沙。紫は任せなさい』

 

 金属の曲がる音。地に叩きつけられた轟音。その、音に鼓膜を揺らし。

 

 二度目の。私の魔法を、霊夢へ放った。

 

 

 

 

□□□□□□□□□□□□□

 

 

 

 

 目紛るしく移り変わる戦場。立て続けの乱入。魔理沙までもがアラガミに……しかし、恐らくは、自ら。あの体に乗り込んで。その力に助けられたとあっては、彼女を咎めることさえ出来ず。

 全て、全てが終わったら。魔理沙も。あの体から引き剥がさねばならない、と。決意を新たに、剣を握る。

 

「なんとまあ。騒がしくなったもんだな」

「言ってる場合か。まずは」

 

 大地を蹴り。空を切り裂き、声を漏らせば。傍ら。共に駆け出した……白い神機を握る。奴が、答え。

 

「霊夢を引き摺り出す。ヴァジュラ……レミリアが、紫を押さえ込んでる間に」

 

 視界の端。見れば、絡み合う赤と紫。喰らい合い、ぶつかり合い。暴れ狂う二体のアラガミ。味方かどうかも知れないが、今は。レミリアの力に頼るしかない。

 

「厄介なことに巻き込まれたもんだ」

「本当にな。だが」

 

 さして、悪い気分じゃない。と。迫り来る巨大な腕。回避に身を乗り出そうとした、瞬間。その腕が爆ぜ、撃ち抜かれ、落ちる、その様を見て。

 

「援護する! 止まるな!」

 

 カノンの怒号。銃弾の雨と、巻き起こる爆音、爆炎、爆風が道を切り開き。その、爆発の間を縫うように。正確に撃ち出され、アラガミの動きを牽制する無数の弾丸。コウタの銃撃、その音を聞き。

 霊夢の。長大な足。巨大な足。その一つを。

 

 ソーマと共に。力の限り、斬り付けて。

 

『こん、のッ!』

 

 力任せに振り下ろされた腕、触手、揺れる巨体。体を伏せ、シールドを翳し。重すぎる一撃から身を守って。

 

「ソーマ」

「慣れてないな。動きが鈍い。ここは俺一人でいける。行け」

 

 再び。白い刃が、霊夢の足を穿ち。体勢を崩し、崩れ落ちたその体へ。

 足を踏み出し。肉を蹴り、駆け上がって。

 

「霊夢!」

『ああ、もう……動き難いッ』

 

 放たれる光。自身を傷付けることさえ厭わず撃ち出された、滅茶苦茶な軌道の光弾を、避け、躱し。踏みつけた輝く肉を裂き、断ち、抉り。黒色の血、細胞を別ち。黒い巨人の体を駆け上がった、あの時と重ね。白い体を駆け抜けて。

 彼女の元へ。霊夢の姿、形をした。女神像へと、辿り着き。彼女の体を守るように。突き出し、囲む、角へ、刃を。深く突き立て、向かい合い。

 

 

 

 彼女。霊夢の前に。一人、立つ。

 

 

 

「……終わりだ、霊夢」

 

 

 

 荒れた呼吸。息を吐き。言葉を、投げる。

 

 

 

『……邪魔を、しないで』

 

 

 

 対する彼女も、また。搾り出すように。か細い、声を。

 

 

『もう。遅いの。何もかも……』

 

「何が遅い。そうまでして、何が……何が。お前を突き動かす」

 

『これは、神々の意思。神様たちは、人間を捨てて。世界をまたやり直すつもりでいる。もう。人を、私たちを、見放して……』

 

「それでも」

 

 肩を、掴む。随分と硬い。随分と、人間離れしてしまった。その、体を。掴み。目を、瞳を、見据え。

 

「……それでも。まだ。俺たちは、生きてる。まだ終わっていない。見放されても、まだ。まだ」

 

 まだ。足掻く力は残っているだろう、と。まだ。生きる力は。残っているだろう、と。

 

「生きろ。それだけからは逃げるな。誰かの意思じゃない。お前の望むように。まだ、お前自身。納得し切れてないんじゃないのか?」

 

 言葉が溢れる。思いに任せ。感情に任せ。論理的、なんて物じゃない。それでもいい。唯。

 伝われば。自身の意思を。思いを貫き。最後の、最後まで。あの時見た。彼女の苦悩が。笑顔が。

 行き着く先にあるのは。こんな、こんな終わりではない、と。

 

「お前は。どうしたい。このまま、アラガミとして。俺たちや、故郷の仲間と離れて。それで……」

 

 冷たい肌。頬。零れ落ちる雫を見、そして。

 

『……離れたく、なんて……でも……っ』

 

 雫と共に。溢れ出す言葉。冷え切った相貌。女神の。石の色をした肌は、ぽろぽろと崩れ。

 彼女の。歪み。涙を流す。柔らかな顔が。彼女の顔が、其処に覗いて。頬を流れ落ちる輝きは。絶望に塗れ。道を見失い。それでも、まだ。

 未来を求めた、その証で。

 

「でも、でも……それでも、私は、私は……」

 

「大丈夫、大丈夫だ。一人で背負うな。俺たちも一緒に、どうにか……いや……」

 

 元はと言えば。霊夢(こいつ)は、何も関係ない。神に見放されたのは。神に喰われ、神を喰らい。抗い続けてきたのは。この世界に生きる。

 俺たちに、他ならなくて。

 

「ごめんな。俺たちが好き勝手して。その所為で、お前は。お前たちは……」

「違う。いつか、いつかはこうなった。貴方達の所為じゃない。今まで、今までの……」

「なら。今からでも」

 

 ここからでも。俺たち、ヒトは。

 

「変わる。変えていく。これから。ここから。だから」

 

 剣を引き抜く。形態は、捕食の姿。今まで散々、神を喰らい。飲み込んできた。その姿。

 

「……出来ると、思ってるの?」

「……正直、どうすれば良いか、なんて。まだ、検討も付かない。だが」

 

 変われる。変えていく。これを境に。少しずつ。

 

 

 涙は未だ、流れるまま。それでも。彼女のその顔は。

 呆れたように。しかし。何処か、晴れた笑みを浮かべていて。

 

「これから、考えていこう。難題だ。俺たちだけじゃ、答えは出ないかもしれない。だから」

 

 また。力を、貸してほしい、と。

 この。巨大な顎。獣のそれに似た顎で。

 

 彼女の体。アラガミの身に埋もれた、霊夢の体を呑み込んだ。

 

 

 

 

 

 

□□□□□□□□□□□□□

 

 

 

 

 男の腕。抱きとめられたその温もりに。頬を伝った雫のくすぐったさに。強く、強く。抱きしめられた安らぎに。核たる私を失って、地に倒れ伏す神の轟きに。

 まだ。何も、終わってはいない。何一つとして。只、一つ。一つの区切りがついただけ、と。理解はしつつも、この。吐き出す息の暖かさに。柔らかな体、私の体。包み込む体。彼の体。伝わる熱と、微かな震え。その、全てに。

 安堵を。抑えきれなくて。力の抜けた、この身を。後暫くの辛抱と。全てが終わったら、また。幾らでも、この温もりに身を浸せば良い、と。

 奮い立たせて。彼の。優しい腕から、身を起こす。

 

「……迷惑、かけたわね」

 

 気恥ずかしく。彼の顔を直視など、出来るわけも無く。たった今まで、自身であった。その巨体を見詰め、言う。

 

「気にするな。こっちこそ、迷惑をかけた。お前だけじゃない。色んな……本当に、色んなものに」

「……これから。変わるんでしょう?」

「ああ。解決策なんて、まだ検討も付かないがな」

「それも、これから」

 

 

 考えていくのだと。彼と。私は、約束して。

 

 レミリアと対峙し。静かに。黒い、黒い血に塗れ其処に立つ。彼女へと向け。

 

 

「……紫。ごめんね、これが」

『それが。あなた達の答えなのね』

「そう。だから……」

 

 

 もう。止めにしよう、と。

 

 

『……無理よ。既に。この身に降ろした、彼女は……母様の力は、目覚めつつある』

 

 

 神の選択。人を地上から一掃し。神がまた、世界を歩み。営み。新たな歴史を刻み始める未来。

 彼女の力。その、力の目覚めは、この計画の終末。ヒトを殺め。ヒトを呑み。全て、全てを引きずり込む、その神威。抗うことさえ許されず。全ての生物に、等しく訪れる……

 

 

「……そう。なら」

 

 

 この手に。神機は既に無く。歯向かう力さえ持たず。今。彼女が目覚めたとして。私には、どうすることも出来はしない。縋るものさえ、ありはしない。が。

 それでも。私も、また。彼と。

 

 彼と、約束したのだ。

 

「止めるわ。私が……私たちが。だから」

 

 剣が、風を切る音。銃器が、獲物を定める音。

 紅い獣の唸り。魔女の足音。人と。人に寄り添う魔は。こうして、彼女と。人に絶望し。最早、骸と成り果てた。その、忘れ去られた力の前で。

 最後まで足掻く。決意を抱き。

 

『……無駄よ。もう、どうにも出来はしない。あなた達では……』

「足りないっていうのかしら」

 

 不意に。声が、転がって。声と共に、傍ら。音を立て突き立つ。私の……

 

「……神機……」

「持ってきてやったよ。武器も無しに喧嘩は無理でしょう?」

「魔理沙。貴女の神機、借りたよ。ちょっと、手が痛いけど」

「無理矢理使ってるだけだしねぇ。でも、まあ。妖怪だから死にはしないけど」

 

 手に手に。赤く、血を滲ませながらも。神機を握り締めた、燃え盛る翼。七色の翼。雀の翼。

 そして。

 

「……遅い。何時まで寝てやがる……」

 

 ソーマの悪態。無論、本心では無い、その言葉。声の先に立つのは。

 

 一人の青年。

 リーダー、と。彼等は呼ぶ。この世界、アナグラの。人間達の希望。英雄の姿。

 

「……皆、気持ちは同じみたい。紫……」

 

 今一度。彼女へ。言葉を投げて。投げ掛けた、その顔に浮かぶ……

 優しい。いつか見た、笑み。

 

『……良い。仲間を持ったのね。霊夢……』

 

 零した、言葉は。その、微笑みと同じ。何処までも、何処までも……

 

「紫。あんたも……」

『でも』

 

 

 お別れね、と。

 

 

 私たちと、一緒に。そんな、願いを。言の葉を届けたかった、相手は。彼女は。

 彼女に群がり、纏わり付いた。黒く蠢く。

 

 

 影に、呑まれた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。