神骸記   作:地衣 卑人

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十三、十四とほぼ同時の投稿となりますので、ご注意を。


十四 祈りは永遠に

 集い、集い、集い。

 空を埋め、星を隠し、水面を這い。覆い隠された空、命の輝き、澄んだ空気。変わり。黒に染め。闇に落ちた。世界の姿は、まるで。

 

 まるで。地の底の、それで。

 

「紫!」

 

 もう。彼女の返事など無く。あるのは唯、黒く、黒く、蠢く。巨大な柱。降り注ぐ神威。全てを抑え。全てを超え。深く、深く。闇の底、人の手の届かぬ深淵から手を伸ばす。抗いようの無い、死の影。力。この世界の人々が、アラガミと呼んだ。神の姿を借りた。怪物の鼓動と重なり、溢れ、世界を呑み込む神の力。

 

「……霊夢。これは」

「イザナミ様。紫の降ろした、多くの神々の母」

 

 神々の意思。全てのやり直し。その思いが、最後に呼び、取り込んだ。全ての母。そして。

 人々の、死の起こり。始まりと終わり。根の国の神。

 

「……皆」

 

 集まる、集まる。夜の気配。日の光の届かぬ。無数の命を生み。無数の命を(くび)り殺し。こうして、また。黄泉へと沈み。世界のやり直しの為に呼び起こされた――

 

「本当に……」

「本当に」

 

 言葉が。零しかけた言葉が、遮られる。

 

「一緒に。全て、終わらせる。全部片付くまで。最後まで、共に」

 

 視線を交わし。頷き合い。人も、妖怪も。皆、皆、互いに。手を取り合って。この地に降り立つ、変わり果てた神へと向かい。

 

 小さな希望。海原に浮かぶ一枚の板のそれ。それでも。

 

「まだ。まだ、諦めない。人も、妖怪も。神も、皆」

 

 皆。ここで、共に。欠けることなく、在り続けたい。

 そんな。思いを。ちっぽけで。幼稚で。叶わないかもしれない。誰一人として救われない、そんな未来が待ち受けているかもしれない。しかし、それでも、守り通したい。思いを、願いを胸に。力を、手に。神機に、込めて。

 

 黒く、黒く。定まった形さえ持たず。無数のオラクル細胞の集合。集まり、蠢く、巨大な柱。伸びる腕は、太く蠢く大樹の枝、木の根にも似た。その奥に取り込まれたのは、神を降ろした紫の体。その、思いに呼応し、形作られた。アラガミの体、見せ掛けの神。伸ばされたのは、降り注ぐのは。人のそれを模した、無数の腕で。

 逃げ場など。有りはしない。逃げるつもりも、毛頭無い。今、此処で。全て、全てを。

 

「終わらせる。全部、全部ッ!」

 

 大地を蹴る。刃を振るう。無数の腕、伸ばされたそれは、弾幕にも似た。長く、長く。のたうち、暴れ荒ぶ黒腕を掻い潜り、切り裂き、打ち払い。何処かで鳴った、爆発音。射撃音。風切り音。肉を裂く音。鉄の拉げる音。硬い何かが砕ける音。

 誰かの悲鳴。

 そんな。黒い、腕の壁に遮られ。響く、音に。私を囲んだ、数多の腕に気を取られ。

 

 上空。迫り来る巨大な腕。その影に。気が、付かなくて。

 

「ッ……!」

 

 回避するだけの余裕も無く。咄嗟に開いたシールド。刹那、遅い来るだろう衝撃に、思わず伏せれば――

 

 腕は。来ず。見上げれば、其処には。

 第一部隊、その隊長。剣を振りぬき。巨大な腕を両断した。その、姿が其処にあって。

 交わした視線。言葉など無く。それでも。

 視線と共に伝わる思いは。彼の思いは。また。私と同じで。

 

 巨大な腕を両断して尚、切り裂くことを止めず。更に迫る。腕を。黒い肉の変化した、槍を。出鱈目な攻撃、不定形の殺意。それら全てを断ち切り、撃ち抜き。それでも。

 

 多すぎる手数。全方位から群がり。引き裂かんと迫り、迫り、塞ぐ腕が。

 爆ぜ。燃え。その衝撃から彼を浚う雀の影と、火の鳥、悪魔のその姿。

 

『何ぼさっとしてるんだ? あんまりノロいと置いてくぜ?』

 

 そして。纏わり付いた影を引き千切り。飛来する魔女。ばら撒く星屑。燃え落ちても尚蠢く肉塊を踏み付け、吠える獣。放たれた光は、振るわれた爪は。紫の元へと続く道を切り開き。

 アラガミの力を得た、彼女等に続き。弾丸、爆音、斬撃。何度も、何度も聞いた音。何度も、何度も見た光景。この世界に来て。共に戦い。力を。希望を。私達に与えてくれた――

 コウタや。カノン。ソーマもまた、此処に。すぐ、近く。背中合わせで。

 

「安心しろ。誰一人として欠けてなんか居ない。誰一人、欠けさせたりなんてしない」

 

 背後。黒い黒い、闇を裂き。

 現れ。私に語り掛ける。

 

「……そうね。誰一人、ね」

 

 リンドウ()の声。

 小さく。吐き出した息と。また、新たに吸い込む空気。足に力を込め。しっかりと、この、足で立ち。

 

「もう少し。力を借りるわ」

 

 撃ち漏らされた。死の手を断つ。その先、佇む、巨大な柱。柱へと。

 

「言われずとも。幾らでも貸してやる……まだ」

 

 鉄塔の上での約束は。忘れてなんて、居ない、と。その言葉に、思わず零した。笑みを、思いを。彼へと向けて。

 地を蹴る。浮かぶ爪先と、重力からの開放。誰からの束縛も受けず。あらゆる力からの支配を拒み、あらゆるものから干渉されない。博麗の力、私の力。でも。

 

 今の。今の私は。

 

 彼の手を。決して、離すことのないよう。しっかりと、握り締めて。

 

「覚悟はいい?」

「今更、だな。さあ」

 

 行こう、と。その声を、胸に。奥深くに仕舞い。

 

 闇の中に浮かんだ体。暗い夜空を駆け抜けて。

 私の腕を。体を、首を。掴まんと、捉えんと。絞め殺さんと。伸ばされた無数の腕。全ての拘束を、強引に引き剥がし。刃を振り裂き。闇を貫き。

 肉壁の先、遂に。天へと伸びる、その姿を見て。

 イザナミ様を。紫を包み隠した。柱を。神を象る柱を。空を駆けた勢いもそのまま、力の限り刃を突き立て。

 

「紫ッ!!」

 

 穿つ、も。刃は、届かない。刺し、貫き、切り、抉り。彼女等を包むその細胞。如何に、切り刻めど。即座に。柱は、再生して。どれだけ力を込めようと。どれだけ、剣を振るおうと。傷は、塞がり、闇は、晴れることを知らず。

 

 けれど。

 

「届かせる! 絶対、絶対、にッ!」

 

 まだ、諦めることなど。絶望しきることなど、出来るはずも、無くて。

 人も。妖怪も。神も。誰の犠牲も認めない。誰一人として、欠けさせなんて――

 

 

「欠けさせなんて――」

 

 

 不意に。そんな、私の。視界に、光が。光が差して。

 

 私の体を。彼の体を。優しく包み、優しく抱き。背後から抱かれた。巨大な腕。光り輝く。暖かな、何処までも暖かな。その温もり。

 

「アマテラス……?」

 

 リンドウの呟きは、光に溶け。先まで。私の体を呑み、埋め、地に伏した。光り輝く、その体……再生した女神像。交わした視線と、優しい笑み。アラガミの身体に宿れど。その力、その温もりは。私達の信じ続けた。そして。

 

 その笑みは、何処か。

 何処か。(あいつ)にも似た――

 

 

 強烈な光が降り注ぐ。黒く歪な、肉を焼き。焦がし。溶かして、払い。全てを抱き。恵みを与え。闇を払いて世界を照らす。その、神威。開ける。アラガミの体と。

 

 その先。瞳を閉じた。彼女の姿。

 

「リンドウ!」

「行くぞ、跳べ!」

 

 日の神の腕から跳び立ち。閉じ行く肉の壁。闇の先。神の力まで借り。指し示された道、その、先へ。

 

 神機が唸る。無機質を押し退け。溢れ出した細胞が形作る、巨大な顎。神を食らう牙。私の邪魔はさせまいと。押しつぶす闇を斬り裂く音。只管に強引に。何処までも不恰好に。黒色の血に塗れながらも、持てる限りの力を。全ての力を、祈りを込めて。

 

 

 

 

 紫の体。重なる神。大切な、大切な。

 

 

 

 

 

 

 その身を。この、(あぎと)を以て。強く、抱いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□□□□□□□□□□□□□

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕暮れの空。暖かな日の光の差す。

 いつか、あいつと見た。高い、高い電波搭の上。外壁の向こうへと沈み行く夕日、居住区の人々。いつも通り、いつも通りの日常。それは。

 壁の向こうに犇く、アラガミの存在も、また。

 

「……何処にもいないと思ったら」

 

 掛かる声。振り向くことも無く。只、腰を下ろした、この搭の上。高い、高いこの場所から。俺たちの守る、いつも通りの街を見下ろし。見詰め続けて。

 あれだけの異変が起ころうと。居住区の人々に知らされる事などは無く。何も変わらず。何も知らず。続く、人間の営み。日常を見詰めて。

 

「……吸うか?」

 

 煙草を一本。箱から突き出し、彼女へと差し出す。答えは。

 

「冗談。隣、座るわよ」

 

 既に、分かり切っていて。俺の横、夕日に染まり。鉄塔の上、足を投げ出すその姿を、視界の端に収めて。

 こいつが此処に来たということは、この一軒の後始末……八雲紫を救い。崩壊したアラガミの体。その後。レミリア、咲夜を。魔理沙を。アラガミの体から引き剥がし。勝手に神機を持ち出した……偏食因子を打ち込みさえせず。その侵食に自力で抗い、振り回し続けた。三人娘に対するサカキの説教、その他、諸々。

 

「どうだ、引き剥がせたのか」

「なんとか。本当、随分と駄々を捏ねて。あんな姿の何が良いのかしら……」

 

 何が気に入ったのか。アラガミの姿、その力。もう暫くはこのままでも、なんて。魔理沙(あいつ)らしいと言えば、らしい。そんな戯言も、全てが無事。片付いたからこそ。

 傍らに置いた缶を煽る。約束通り、良く冷えた。幾らか口に含み、また、置いて。

 

 思えば。長かったんだか、短かったんだか。唐突に現れたこいつ等と出会い。妖怪と出会い。そして、最後に神を見て。振り回されに振り回され。しかし、それでも。

 こいつ等と。共に、最後まで。立ち続けた。

 

 巻き込まれたのか、巻き込んだのか。只々、大きな。一つの異変を、共に静めた。一つの危機を乗り切った……誰の犠牲も、払うことなく。その、安堵にこの身を沈めて。

 

「……お里の方は、大丈夫なのか」

「今、紫が片付けてる。幻想郷の妖怪達は……人間達も。皆、しぶといから。きっとすぐに収束するわ」

 

 そうか、と。言葉を返して、また、缶を煽り。

 

「……幻想郷に、戻るのか」

「まあ。全部、片付いたしね」

 

 本当に、終わったのだと。理解して。

 

 

 

 言葉も無く。沈み続ける日の光。その、赤に照らされ。昼と夜の境目。紫色の空。家路に着く人々の影。見送り。瞬き始めた星の輝きを、迎え、迎えて。

 

 

 

「私、ね」

 

 

 小さな声。彼女らしくない。小さな、本当に小さな、声。

 

 

「此処に来て。色んな人に会って。一緒に、一緒に戦って。傷付いて。立ち直って」

 

 一度。溢れ出した言葉は、留まることを忘れたように。次から、次へ。その、小さな。少女の口から、零れ落ちて。

 

「初めは、憎しみしかなかった。此処の皆にも、心なんて開こうとすら思わなくて。それで、それで……」

 

 息を吐く。本の少し、乱れた呼吸。整える姿。全て、全てが、紅く染まった。

 

「……今は。此処に来て。良かった、って。上手く言葉に出来ないけど、本当に……」

 

 ありがとう、と。その言葉を最後に、声は途切れ。顔を逸らして、立ち上がり。

 

「……それだけ。帰る前に、伝えておきたくて」

 

 向けられた、背に。立ち去ろうとする、少女の。

 

「霊夢」

 

 名を呼ぶ。分かり切ったこと。しかし、それでも。態々、言葉にして。伝えてくれた。ならば、と。

 いざ。伝えようと思えばその、照れくささに。やはり、彼女と同じように。彼女は変わらず、背を向けたままだというのに、なんとなく、顔を背け。

 背けた視界。その端、振り返った彼女は。ぼんやりとしか分からない、その顔は。しかし。

 確かに。笑みを湛えていて。

 

 俺は。共に戦い。共に、同じ時を生きた。その笑みに。たった今聞いたばかりの言葉。全て、全て、全てへの。感謝の言葉を。

 

 

 

 彼女に、伝えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□□□□□□□□□□□□□

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗く暗く、明るい夜空。街を見下ろす電波搭。幻想の郷を見下ろす社。

 青い月。白い月。灰色の街。緑の郷。高い壁。青い山々。

 

 冷たく、澄んだ。優しい風。

 

 

 静かな。静かな夜。飲みかけの酒。

 

 

 全て、全てを。彼等、彼女等と出会い。共に戦った。その日々を只。冷たく、澄んだ夜風に。何処へ行こうと、変わらずに頬を撫ぜる。その風に身を浸し。只々、静かに思い返して。

 

 

 遠く、遠く。距離を隔て。時を隔て。心を交わした友人は、もう。隣には、居らず。

 

 

 しかし。

 

 

 互い、互いに。あの時の約束。忘れなどせず。男は、変わると言った。変えると言った。信じたものを。幻想を忘れた、その世界を。少女は、信じると。人の行き着く未来を。神に見放され。神と戦い。それでも尚。最後は、手を取り合って生きる。そんな結末が訪れることを。

 

 

 祈り。最後、その日が訪れるまで。戦い、悩み、生き。そして、やはり。願い。祈りを捧げ続けることを。

 

 

 白い月。青い月。姿は変われど、永久に。見下ろし続けると、在り続けると、そう、信じた。月に、誓い。また、願い。

 

 

 

 静かな夜に滲むように。鳴り出した警報。少女の勘。何処かで、何かが。アラガミか、妖怪か。新たな異変の訪れ。変わることなく。取り戻した日常。男は。少女は。月へと捧げた、祈りと、共に。手に手に刃を、符を握り。

 掌の中、杯の底、缶の底。僅かに残した。揺蕩うそれを、静かに飲み干し。

 優しく照らす、月明かりの下。

 

 

 

 

 

 強く、強く。地を、踏み締めた。

 

 

 

 

 

 





 最終話。この話にて完結となります。
 更新も遅く、随分と時間を掛けてしまいましたが……最後まで読んで頂けた方々には感謝するばかり。楽しんで頂けたのであれば幸い。

 また、ご縁がありましたら。

 では、読了、ありがとうございました!
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