集い、集い、集い。
空を埋め、星を隠し、水面を這い。覆い隠された空、命の輝き、澄んだ空気。変わり。黒に染め。闇に落ちた。世界の姿は、まるで。
まるで。地の底の、それで。
「紫!」
もう。彼女の返事など無く。あるのは唯、黒く、黒く、蠢く。巨大な柱。降り注ぐ神威。全てを抑え。全てを超え。深く、深く。闇の底、人の手の届かぬ深淵から手を伸ばす。抗いようの無い、死の影。力。この世界の人々が、アラガミと呼んだ。神の姿を借りた。怪物の鼓動と重なり、溢れ、世界を呑み込む神の力。
「……霊夢。これは」
「イザナミ様。紫の降ろした、多くの神々の母」
神々の意思。全てのやり直し。その思いが、最後に呼び、取り込んだ。全ての母。そして。
人々の、死の起こり。始まりと終わり。根の国の神。
「……皆」
集まる、集まる。夜の気配。日の光の届かぬ。無数の命を生み。無数の命を
「本当に……」
「本当に」
言葉が。零しかけた言葉が、遮られる。
「一緒に。全て、終わらせる。全部片付くまで。最後まで、共に」
視線を交わし。頷き合い。人も、妖怪も。皆、皆、互いに。手を取り合って。この地に降り立つ、変わり果てた神へと向かい。
小さな希望。海原に浮かぶ一枚の板のそれ。それでも。
「まだ。まだ、諦めない。人も、妖怪も。神も、皆」
皆。ここで、共に。欠けることなく、在り続けたい。
そんな。思いを。ちっぽけで。幼稚で。叶わないかもしれない。誰一人として救われない、そんな未来が待ち受けているかもしれない。しかし、それでも、守り通したい。思いを、願いを胸に。力を、手に。神機に、込めて。
黒く、黒く。定まった形さえ持たず。無数のオラクル細胞の集合。集まり、蠢く、巨大な柱。伸びる腕は、太く蠢く大樹の枝、木の根にも似た。その奥に取り込まれたのは、神を降ろした紫の体。その、思いに呼応し、形作られた。アラガミの体、見せ掛けの神。伸ばされたのは、降り注ぐのは。人のそれを模した、無数の腕で。
逃げ場など。有りはしない。逃げるつもりも、毛頭無い。今、此処で。全て、全てを。
「終わらせる。全部、全部ッ!」
大地を蹴る。刃を振るう。無数の腕、伸ばされたそれは、弾幕にも似た。長く、長く。のたうち、暴れ荒ぶ黒腕を掻い潜り、切り裂き、打ち払い。何処かで鳴った、爆発音。射撃音。風切り音。肉を裂く音。鉄の拉げる音。硬い何かが砕ける音。
誰かの悲鳴。
そんな。黒い、腕の壁に遮られ。響く、音に。私を囲んだ、数多の腕に気を取られ。
上空。迫り来る巨大な腕。その影に。気が、付かなくて。
「ッ……!」
回避するだけの余裕も無く。咄嗟に開いたシールド。刹那、遅い来るだろう衝撃に、思わず伏せれば――
腕は。来ず。見上げれば、其処には。
第一部隊、その隊長。剣を振りぬき。巨大な腕を両断した。その、姿が其処にあって。
交わした視線。言葉など無く。それでも。
視線と共に伝わる思いは。彼の思いは。また。私と同じで。
巨大な腕を両断して尚、切り裂くことを止めず。更に迫る。腕を。黒い肉の変化した、槍を。出鱈目な攻撃、不定形の殺意。それら全てを断ち切り、撃ち抜き。それでも。
多すぎる手数。全方位から群がり。引き裂かんと迫り、迫り、塞ぐ腕が。
爆ぜ。燃え。その衝撃から彼を浚う雀の影と、火の鳥、悪魔のその姿。
『何ぼさっとしてるんだ? あんまりノロいと置いてくぜ?』
そして。纏わり付いた影を引き千切り。飛来する魔女。ばら撒く星屑。燃え落ちても尚蠢く肉塊を踏み付け、吠える獣。放たれた光は、振るわれた爪は。紫の元へと続く道を切り開き。
アラガミの力を得た、彼女等に続き。弾丸、爆音、斬撃。何度も、何度も聞いた音。何度も、何度も見た光景。この世界に来て。共に戦い。力を。希望を。私達に与えてくれた――
コウタや。カノン。ソーマもまた、此処に。すぐ、近く。背中合わせで。
「安心しろ。誰一人として欠けてなんか居ない。誰一人、欠けさせたりなんてしない」
背後。黒い黒い、闇を裂き。
現れ。私に語り掛ける。
「……そうね。誰一人、ね」
小さく。吐き出した息と。また、新たに吸い込む空気。足に力を込め。しっかりと、この、足で立ち。
「もう少し。力を借りるわ」
撃ち漏らされた。死の手を断つ。その先、佇む、巨大な柱。柱へと。
「言われずとも。幾らでも貸してやる……まだ」
鉄塔の上での約束は。忘れてなんて、居ない、と。その言葉に、思わず零した。笑みを、思いを。彼へと向けて。
地を蹴る。浮かぶ爪先と、重力からの開放。誰からの束縛も受けず。あらゆる力からの支配を拒み、あらゆるものから干渉されない。博麗の力、私の力。でも。
今の。今の私は。
彼の手を。決して、離すことのないよう。しっかりと、握り締めて。
「覚悟はいい?」
「今更、だな。さあ」
行こう、と。その声を、胸に。奥深くに仕舞い。
闇の中に浮かんだ体。暗い夜空を駆け抜けて。
私の腕を。体を、首を。掴まんと、捉えんと。絞め殺さんと。伸ばされた無数の腕。全ての拘束を、強引に引き剥がし。刃を振り裂き。闇を貫き。
肉壁の先、遂に。天へと伸びる、その姿を見て。
イザナミ様を。紫を包み隠した。柱を。神を象る柱を。空を駆けた勢いもそのまま、力の限り刃を突き立て。
「紫ッ!!」
穿つ、も。刃は、届かない。刺し、貫き、切り、抉り。彼女等を包むその細胞。如何に、切り刻めど。即座に。柱は、再生して。どれだけ力を込めようと。どれだけ、剣を振るおうと。傷は、塞がり、闇は、晴れることを知らず。
けれど。
「届かせる! 絶対、絶対、にッ!」
まだ、諦めることなど。絶望しきることなど、出来るはずも、無くて。
人も。妖怪も。神も。誰の犠牲も認めない。誰一人として、欠けさせなんて――
「欠けさせなんて――」
不意に。そんな、私の。視界に、光が。光が差して。
私の体を。彼の体を。優しく包み、優しく抱き。背後から抱かれた。巨大な腕。光り輝く。暖かな、何処までも暖かな。その温もり。
「アマテラス……?」
リンドウの呟きは、光に溶け。先まで。私の体を呑み、埋め、地に伏した。光り輝く、その体……再生した女神像。交わした視線と、優しい笑み。アラガミの身体に宿れど。その力、その温もりは。私達の信じ続けた。そして。
その笑みは、何処か。
何処か。
強烈な光が降り注ぐ。黒く歪な、肉を焼き。焦がし。溶かして、払い。全てを抱き。恵みを与え。闇を払いて世界を照らす。その、神威。開ける。アラガミの体と。
その先。瞳を閉じた。彼女の姿。
「リンドウ!」
「行くぞ、跳べ!」
日の神の腕から跳び立ち。閉じ行く肉の壁。闇の先。神の力まで借り。指し示された道、その、先へ。
神機が唸る。無機質を押し退け。溢れ出した細胞が形作る、巨大な顎。神を食らう牙。私の邪魔はさせまいと。押しつぶす闇を斬り裂く音。只管に強引に。何処までも不恰好に。黒色の血に塗れながらも、持てる限りの力を。全ての力を、祈りを込めて。
紫の体。重なる神。大切な、大切な。
その身を。この、
□□□□□□□□□□□□□
夕暮れの空。暖かな日の光の差す。
いつか、あいつと見た。高い、高い電波搭の上。外壁の向こうへと沈み行く夕日、居住区の人々。いつも通り、いつも通りの日常。それは。
壁の向こうに犇く、アラガミの存在も、また。
「……何処にもいないと思ったら」
掛かる声。振り向くことも無く。只、腰を下ろした、この搭の上。高い、高いこの場所から。俺たちの守る、いつも通りの街を見下ろし。見詰め続けて。
あれだけの異変が起ころうと。居住区の人々に知らされる事などは無く。何も変わらず。何も知らず。続く、人間の営み。日常を見詰めて。
「……吸うか?」
煙草を一本。箱から突き出し、彼女へと差し出す。答えは。
「冗談。隣、座るわよ」
既に、分かり切っていて。俺の横、夕日に染まり。鉄塔の上、足を投げ出すその姿を、視界の端に収めて。
こいつが此処に来たということは、この一軒の後始末……八雲紫を救い。崩壊したアラガミの体。その後。レミリア、咲夜を。魔理沙を。アラガミの体から引き剥がし。勝手に神機を持ち出した……偏食因子を打ち込みさえせず。その侵食に自力で抗い、振り回し続けた。三人娘に対するサカキの説教、その他、諸々。
「どうだ、引き剥がせたのか」
「なんとか。本当、随分と駄々を捏ねて。あんな姿の何が良いのかしら……」
何が気に入ったのか。アラガミの姿、その力。もう暫くはこのままでも、なんて。
傍らに置いた缶を煽る。約束通り、良く冷えた。幾らか口に含み、また、置いて。
思えば。長かったんだか、短かったんだか。唐突に現れたこいつ等と出会い。妖怪と出会い。そして、最後に神を見て。振り回されに振り回され。しかし、それでも。
こいつ等と。共に、最後まで。立ち続けた。
巻き込まれたのか、巻き込んだのか。只々、大きな。一つの異変を、共に静めた。一つの危機を乗り切った……誰の犠牲も、払うことなく。その、安堵にこの身を沈めて。
「……お里の方は、大丈夫なのか」
「今、紫が片付けてる。幻想郷の妖怪達は……人間達も。皆、しぶといから。きっとすぐに収束するわ」
そうか、と。言葉を返して、また、缶を煽り。
「……幻想郷に、戻るのか」
「まあ。全部、片付いたしね」
本当に、終わったのだと。理解して。
言葉も無く。沈み続ける日の光。その、赤に照らされ。昼と夜の境目。紫色の空。家路に着く人々の影。見送り。瞬き始めた星の輝きを、迎え、迎えて。
「私、ね」
小さな声。彼女らしくない。小さな、本当に小さな、声。
「此処に来て。色んな人に会って。一緒に、一緒に戦って。傷付いて。立ち直って」
一度。溢れ出した言葉は、留まることを忘れたように。次から、次へ。その、小さな。少女の口から、零れ落ちて。
「初めは、憎しみしかなかった。此処の皆にも、心なんて開こうとすら思わなくて。それで、それで……」
息を吐く。本の少し、乱れた呼吸。整える姿。全て、全てが、紅く染まった。
「……今は。此処に来て。良かった、って。上手く言葉に出来ないけど、本当に……」
ありがとう、と。その言葉を最後に、声は途切れ。顔を逸らして、立ち上がり。
「……それだけ。帰る前に、伝えておきたくて」
向けられた、背に。立ち去ろうとする、少女の。
「霊夢」
名を呼ぶ。分かり切ったこと。しかし、それでも。態々、言葉にして。伝えてくれた。ならば、と。
いざ。伝えようと思えばその、照れくささに。やはり、彼女と同じように。彼女は変わらず、背を向けたままだというのに、なんとなく、顔を背け。
背けた視界。その端、振り返った彼女は。ぼんやりとしか分からない、その顔は。しかし。
確かに。笑みを湛えていて。
俺は。共に戦い。共に、同じ時を生きた。その笑みに。たった今聞いたばかりの言葉。全て、全て、全てへの。感謝の言葉を。
彼女に、伝えた。
□□□□□□□□□□□□□
暗く暗く、明るい夜空。街を見下ろす電波搭。幻想の郷を見下ろす社。
青い月。白い月。灰色の街。緑の郷。高い壁。青い山々。
冷たく、澄んだ。優しい風。
静かな。静かな夜。飲みかけの酒。
全て、全てを。彼等、彼女等と出会い。共に戦った。その日々を只。冷たく、澄んだ夜風に。何処へ行こうと、変わらずに頬を撫ぜる。その風に身を浸し。只々、静かに思い返して。
遠く、遠く。距離を隔て。時を隔て。心を交わした友人は、もう。隣には、居らず。
しかし。
互い、互いに。あの時の約束。忘れなどせず。男は、変わると言った。変えると言った。信じたものを。幻想を忘れた、その世界を。少女は、信じると。人の行き着く未来を。神に見放され。神と戦い。それでも尚。最後は、手を取り合って生きる。そんな結末が訪れることを。
祈り。最後、その日が訪れるまで。戦い、悩み、生き。そして、やはり。願い。祈りを捧げ続けることを。
白い月。青い月。姿は変われど、永久に。見下ろし続けると、在り続けると、そう、信じた。月に、誓い。また、願い。
静かな夜に滲むように。鳴り出した警報。少女の勘。何処かで、何かが。アラガミか、妖怪か。新たな異変の訪れ。変わることなく。取り戻した日常。男は。少女は。月へと捧げた、祈りと、共に。手に手に刃を、符を握り。
掌の中、杯の底、缶の底。僅かに残した。揺蕩うそれを、静かに飲み干し。
優しく照らす、月明かりの下。
強く、強く。地を、踏み締めた。
最終話。この話にて完結となります。
更新も遅く、随分と時間を掛けてしまいましたが……最後まで読んで頂けた方々には感謝するばかり。楽しんで頂けたのであれば幸い。
また、ご縁がありましたら。
では、読了、ありがとうございました!