神骸記   作:地衣 卑人

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 改稿致しました。


二 雀の歌

 ――――今日も、彼女とは会話らしい会話など、出来なかった。

 

 自分の仕えた主を失ってから彼女、十六夜咲夜は塞ぎ込んだまま。放っておけば自ら命を断ちかねない彼女を無理矢理この世界へと連れては来たものの、その心は未だ、晴れることもなく。

 

 ――ごめんね。今は、そっとしておいて。

 

 いつも通りの言葉。私たちを遠ざけ、壁の向こうに閉じこもる為の、その言葉。微かに浮かんだ作り笑いは、手を伸ばすことさえ躊躇われる程に儚げで。

 

「……気にするな。その内あいつも吹っ切れるだろうさ」

「……だと、良いけどね」

 

 幻想郷が壊滅状態に陥ってからは、誰かを失うのが妙に怖くなっていけない。昔は、他人に頓着することなど無かったように思えるのに。

 

「ま、あいつのことを心配出来るなら、お前もまた人間ってこった。てっきり妖怪の進化系か何かと思ってたぜ」

 

 笑いながら、彼女は言う。実際、彼女にとって私が人間かどうかなど、大した問題ではないのだろう。冗談であることは理解しつつも、彼女の、幻想郷にいた頃と変わらぬ在りかたを見て、少しだけ安堵する。

 

「失礼ね。私程人間らしい人間もいないわ」

「欲だけはな」

 

 こういう時ばかりは、臆せず軽口を叩ける魔理沙が頼もしい。彼女だって、その心に受けた傷は大きいはずなのに。

 

「さって。飯でも食いに行こうぜ。その後は……何か、適当な依頼でも受けてみるか。新しいバレットを試してみたいんでな」

「はいはい。何にせよ、先にご飯ね」

 

 破顔する、モノクローム。白と黒、自棄に陰気で縁起の悪い色彩の中で揺れる、金と、明るい笑顔。本当、魔女という言葉が似合わない……否。そういう点も含めて、彼女らしい、のかもしれない。力強く笑うその姿を視界に収めながら、私は、他の神機使いの集まっているであろう食堂へと足を踏み出す。

 

「あ、おーい、魔理沙ー、霊夢ー、こっちこっちー!」

 

 途端。入室した私たちに声を掛けるのは、先程まで共に講義を受けていたコウタで。軽い疲労を浮かばせながらも晴れ渡った笑顔を見るに、どうやら博士の居残りは終わったらしい。

 

「どうした? えらく盛り上がってるな、一人で……何かあったのか?」

「そう! よくぞ聞いてくれた魔理沙! 何を隠そう、新種のアラガミが出たんだよ!」

 

 やたらテンションの高いコウタに、周りからは煩いだの喧しいだのの声が飛ぶ。見れば、そこでは目の下に隈を作った二人組が食事をとっていて。少しばかり自重したコウタが、声のボリュームを落として続ける。

 

「えっと、今煩いだのなんだの言った二人……カレルとシュンと、あとここにはいないタツミの兄いが入手した情報なんだけど……なんと、歌うアラガミが見つかったんだよ。な、本当に歌うんだよな?」

「ったく、うるせえなぁ……でも、マジで歌うんだよ。しかも、なんだ……歌を聴くと、視界を奪われてな……暗闇の中で目が見えなくなって、結局朝まで警戒続ける羽目になったんだよ」

「商売上がったりだぜ。クソ……今月の討伐数、あんま稼げてないってのによ」

 

 むしゃむしゃと炒飯を掻き込みながら愚痴る二人に視線を向けたところでやっと、私たちも食事を取りに来たのだと、当初の目的を思い出す。歌うアラガミ、視界を奪うというその特性に、ある妖怪の姿を思い浮かべるも、似た力を持ったアラガミが現れたというだけ。アラガミが神を模した存在ならば、彼女と同じ力を持ったアラガミがいようとも、不思議ではない気はする。早々に考えることを放棄し、手近な椅子を引き寄せてコウタと、その横で食事をとっていたフードの少年の前に陣取った。

 

「……あ、もしかして初対面?」

 

 コウタが、言う。その顔に浮かぶのは、どこか楽しそうな、笑み。その笑みが何を表すのかは、私には分からないものの。

 

「……魔理沙とは一度会ったことがある」

「あー……ソーマ、だったか?」

 

 ソーマ……褐色の肌に白髪の彼は、低い声で言う。

 

「んじゃ、霊夢には紹介しておくよ。こいつはソーマ・シックザール。ちょっと無愛想だけど、良いやつだからよろしく!」

「何が無愛想、だ。馬鹿野郎……」

「はは……で、こっちは博麗霊夢。まあ、知らない方がおかしいけど」

 

 知らないほうがおかしい。まあ、その通りである。

 私と魔理沙と咲夜は、突如他の世界からやって来たと言うことでちょっとした有名人となってしまっていて。この世界において、神隠しや魔法、幻想の力は信じるに値しないものとされてしまっているらしい。殆どの人は半信半疑で、コウタやサカキや、リンドウといった数人だけが、信じた素振りを見せている。

 見せているだけ、である可能性は、否めないが。

 

「……霊夢? 聞いてる?」

「ん……ごめんなさい、ちょっと、ぼうっとしてた」

「んじゃもっかい言うけど……その、歌うアラガミの討伐、一緒に受けてみない?」

 

 歌うアラガミ。先の二人の話を聴くに、厄介な相手であることは分かり切ったこと。

 そんな新種のアラガミに、私達のような初心者を連れて行って、よいのか、否か。

 

「いいんじゃないか? ソーマもついてくるんだろ?」

「……ああ。お前らが行くならな」

「私達も早く、この世界に慣れねばならんしな。行こうぜ、霊夢」

 

 言葉を並べる魔理沙の顔は、本当に楽しそうで。それは、空元気のそれとは異なった、心からの愉悦。弾幕ごっこに勤しんでいた頃の、彼女の笑み。

 数日掛かりで完成させたスペルを放つ時に見せる、その顔。一つの魔法を練り上げた達成感と、努力の果てに見出した喜楽がもたらす充実感。そして、遊びへの期待……それ等が入り混じった、笑み。ならば、彼女は一体、何を以て心を満たしているのか。

 そんな、分かり切った答えを探す振りをしながら。私は、口を開く。

 

「……分かった。私も、行くわ」

 

 魔理沙の……そして、私の胸にあるこの思いは。

 

 アラガミへの仇討ちが出来る。そのことに対する、暗い喜びに他ならなかった。

 

 

 

 

 

 

□□□□□□□□□□□□□

 

 

 

 

 

 アナグラ……俺たちゴッドイーターの拠点。先程コウタや、新入り二人組と共にミッションを受注した俺は、真白く染まった神機を片手に目的の地……贖罪の街と呼ばれるこの廃街へと足を踏み入れていた。

 

 広く開けた、捨てられた街の中央で、青い、青い空を見上げる。今はまだ明るいが、じきに空には紅が差し、その青い輝きを廃ビルの向こうへ沈み込ませていくことだろう。

 シュンやカレルの報告の通りなら、歌うアラガミ……本部から『ローレライ』と名付けられたアラガミの歌は、俺達の夜目を効かなくさせるものの筈。サカキは鳥目だの何だと言っていたが、暗所で極端に視力の落ちる状態に陥らせるものらしい。日の出ている今狩らねば、討伐できるかどうかも怪しい。完全に闇と化した視界の中での戦闘など、願い下げだ。

 

「どうだ? いるか?」

「いや……いないな」

「逃げられたんじゃないだろうな。霊夢達からも特に、信号は送られてこないし」

 

 先の尖った黒い帽子に、白黒のエプロンドレス……普通の魔法使いを名乗る、一人の少女。魔法使いなんて普通でない存在に、普通も何もあったものではないが。男勝りな口調と、明るい人柄で霊夢や咲夜……十六夜よりも早くこの、極東支部に馴染んでいった新人のゴッドイーター。

 

 それはさておき、魔法使い。童話の中にしか存在しない、魔法を操り空を飛ぶ、空想上の人々。彼女は、その魔法使いであると名乗った。

 これがその辺の、所謂普通の女の言うことであれば、俺も取り合ったりなどはしない。妄想癖か、気をやったか。しかし。

 彼女は、その身一つでアラガミの攻撃を防ぎ、あろうことか襲いくるバケモノ達をその『魔法』で撃ち抜き、退け、戦い抜いて見せたのだ。

 アラガミは、通常の攻撃では死なない。彼女等の撃ち出す魔法の類は、アラガミを殺すことは叶わず。故に、彼女らは力を欲した。バケモノ共……彼女らの故郷を喰い散らかした、アラガミを殺すだけの力を。

 

「……なあ」

「ん? どうした」

 

 視点は、移さず。いつ現れるかも知れぬアラガミを警戒したまま、彼女は言葉を返す。

 

「お前等は、魔法使いなんだよな」

「私は魔法使いだが、霊夢は巫女だぜ。なんだ、疑ってるのか」

 

 冗談めいた笑いを含んだ、声。しかし。

 その裏にあるのは、冷たい、何か。それは、俺も良く知っている疑心に対する悲哀の温度。

 

「……実際に、お前が魔法を使っている所は、俺も見た。疑いはしない」

 

 彼女の魔法……それは、俺達のバレットにもまた、似た。色取り取りの弾丸、光線。色を失ったように灰色の世界で……そういえば、彼女等を発見したのも、この贖罪の街だったか。立ち並ぶ廃虚の中で咲く華は、バケモノの力を借りてバケモノを狩る俺達には遠く、届かない輝きを持っていて。

 今は、彼女達も俺達と同じ、ゴッドイーター。それでも二人の持つ光は、衰えもせずにこの世界に存在し続けていた。

 

「……おい、何か聞こえないか?」

「ん……? ああ、聞こえる」

 

 二人の魔法に思いを馳せる俺の耳に、魔理沙の声が転がり込む。そして、微かに聞こえる何か、一繋ぎの音の流れも。

 その時だった。

 

「これは……歌?」

 

 魔理沙の声が、鼓膜を揺らし。途端、遠く離れた廃墟の向こう、敵の発見を告げる信号、一発の閃光弾が撃ち上げられたのは。

 

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 空を舞うこのアラガミは、人の上半身に蝶のような下半身……そして、頭部に巨大な魔眼を持ったアラガミ、サリエル種の変種か。通常種は青い光沢を放つ蝶のそれだけども、今、目の前を舞うアラガミは言わば、鳥。図鑑の中で見たスズメによく似た翼を広げた、人と鳥の混ざり合った怪物。

 ローレライ。神話なんて詳しくは知らないけれど、今俺達が対峙しているアラガミの姿は、そして、その歌は、人を惑わせ狂わせる、美しくも妖しく不気味な、不可思議なもので。きっと、本部が付けた名前の元となった存在も、そんな妖艶な姿だったに違いない、と。

 考えながらも、足は止めない。アラガミの放ったレーザーが足元を焦がし、飛び越えるようにしてアラガミにへと接近する。

 

「まずは、一発!」

 

 力いっぱいに声を上げながら、アラガミの背後に回り込み、その身体に弾丸を叩き込む。アラガミの背に衝突した弾は小さな爆発を生み、微かに怯んだアラガミが中空で揺れ。

 

「霊夢!」

「分かってる!」

 

 神機を担いだまま、大地を蹴り出し宙を舞う霊夢。本人曰く、神機が重過ぎて飛べはしないけど、跳ねるくらいは出来るとのことらしい。その跳躍は、俺たちゴッドイーターのそれよりも、ずっと高く、ずっと、綺麗で。

 空高く跳びあがった彼女は勢いもそのままに、ローレライの頭部にその剣尖を叩き込み。頭部に傷を付けると同時に標的の体を蹴り飛ばし、距離を取った所で、神機を銃形態に。

 一発、二発、三発と。空中で撃ち出した弾丸は、アラガミを撃ち抜き。爆炎と煙を上げて、敵を呑み込む。

 

 途切れた歌と、小さな悲鳴。しかし、この程度で沈むほどに、俺達の敵は弱くはない。

 

「霊夢、シールド!」

「ッ……!」

 

 煙幕の向こうから放たれた追尾レーザーは、霊夢の広げたシールドに阻まれて消え行き。晴れた煙の向こうから現れたローレライがまた、その寂しげな歌を口遊(くちずさ)みだす。

 

「面倒ね……ありがとう、コウタ!」

「いいよ! 援護するから、全力でいって!」

「了解!」

 

 霊夢を目指して蛇行しながら空を飛ぶローレライに向けて追尾レーザーを撃ち出し、その後を追って地を駆ける。ステップを踏んでアラガミの突進を躱した霊夢が剣を構え、その姿を確認して重い弾丸を敵へと放つ。

 振り向き様にぶつかった弾は、先のそれよりもずっと大きな爆発を以て、アラガミを焦がし。直撃したローレライが地面へと墜落し、地に伏した標的へ向けて、霊夢が、神機を掲げ。

 

「死……ねぇええ!」

 

 ぞくり、と。

 届いた声は、唸るように。鼓膜を揺らす呪詛は、味方である俺にさえも恐怖を抱かせる鬼気迫る叫び。目一杯高く振り上げられた刃は、光の線を引き。その、アラガミの体を目掛けて振り下ろされ……

 

 一発の弾丸が、刃を撃ち抜く。弾かれた剣先は、宙を泳いであらぬ方向へと舞い。何が起こったのかも分からないままの霊夢に向けて、聞き慣れた声が放たれた。

 

「霊夢!」

「……魔理沙」

 

 静かに含ませた怒りは、その声に乗って再び、俺の体を震わせる。魔理沙の撃ち出した弾が、霊夢の攻撃の邪魔をした……誤射、ではないのだろう。

 

「何考えてんのよ!」

「お前こそどこ見てるんだ! お前の前にいるそいつ、よく見てみろよ!」

 

 離れた位置から怒鳴る魔理沙の声に従って視線を、アラガミに。目に映る光景に、おかしな点など何も――

 

「……え?」

 

 霊夢が、声を上げる。

 その視線がぶつかるのは、アラガミの顔……そこには。

 サリエル種の持つ瞳を閉じた女の顔は、先の爆発に砕け。覗く、見知らぬ少女の、眠る顔貌。

 

「ミス……ティア?」

 

 向かい合うのは、驚愕に染まった霊夢の顔。今まで見たことのない、動揺しきった彼女の顔。

 

 

 アラガミが、起き上がる。頭部に開いた巨大な瞳は、霊夢の顔を覗き込むように、ぎょろりと動いて。

 

「ッ、霊夢!」

 

 全力で、霊夢の元へと飛び出す。彼女の体を突き飛ばし。たった今まで霊夢のいた位置、ローレライの魔眼から放たれた数本のレーザーが俺の頬を掠めて突き刺さる。

 

「いつつ……霊夢、大丈夫!?」

「……ええ、ごめん……」

 

 そう呟くも、霊夢の心は此処にあらずといったところで。いつもの、冷静な霊夢の姿はそこには無く、唯々心なしか震えている、少女の姿があるばかり。

 

「もう……何なんだよ!」

 

 惚ける霊夢を庇うように、彼女に背を向け、ローレライに向き直り。

 

「全員目を瞑って! 一旦撤退!」

 

 左手に握ったスタングレネード。地面に叩きつけたそれの放つ光に乗じて、霊夢の右手を掴み。俺たちは、ローレライに背を向けて走り出した。

 

 

 

 

□□□□□□□□□□□□□

 

 

 

 

 

『……アラガミの中に妖怪が、か』

「どうすればいいですかね……てか、どういうことなんですかね」

『ふむ……幻想郷で妖怪を捕食したアラガミが、此方に紛れ込んだんだろう。でも、妖怪は精神的な存在故に消化出来ず、そのままの形で残されていた、という所だろうね。実に興味深い』

 

 コウタと、通信機の先のサカキとの会話を、ぼんやりとした思いで聞く。その話の内容は、よくは分からず。半ば聞き流すように、鼓膜を揺らし続け。

 薄暗い、廃墟の中。仄かに差し込む日の光は、徐々に紅く色付いてゆき。

 

 ローレライ……ミスティアの前からは撤退した私たちは、ぼろぼろになった教会跡の中に隠れたまま。困惑するのは、私もコウタも同じ。魔理沙とソーマに警戒を任せ、私は、コウタとサカキの会話に割り込む。

 

「助ける方法はないの?」

『前例が無いからね。ただ、妖怪というものがアラガミに捕食されない存在であるならば……それはつまり、神機にも捕食されることはないということになる』

「えっと……それは……」

『アラガミの身体だけを捕食することで妖怪の身体のみを摘出する。君たちの持つ神機で、彼女をアラガミから引き剥がすことが出来るかもしれない、ということだよ』

「本当っ!?」

 

 思わず通信機に飛びつき、大声を上げる。コウタが驚くも、それに頓着している場合ではない。

 

『可能性はある、という程度の成功率だろうけどね。ただ、そのためにはまず、アラガミを倒さなくてはならない。それも、彼女……ミスティア君を傷付けることのないように、ね。成功するかどうかは分からないけど、それでもやるかい?』

「上等!」

『そうかい。なら、頑張るといい……その子の部屋と、手当の準備はしておくよ』

 

 通信は、終わり。それと同時に勢い良く立ち上がり、手にした神機を構え直す。

 沈み切った心に溢れる、暖かな光。同じ、幻想郷を故郷とする者の発見と、救うことが出来るかもしれないという、希望。

 彼女を殺しかけた、という事実は。今だけは、胸の隅に押しやって。

 

「絶対に、助け出してみせる」

「……一緒に、ね」

 

 見れば、そこには通信機をしまい、私と同じく神機を構え直す少年の姿。

 

「俺たちも力を貸すよ。仲間だしね……会ってからの時間は、まだあんまり経ってないけど……いいよね」

 

 照れくさそうに。はにかんだ笑顔は、差し込む夕日の中で、赤く。裏の無い笑顔だと信じてみたくなるような、そんな、まっすぐな笑顔。どこかの鬼ではないけれど、彼の笑顔は嘘であってほしくない。

 だから。

 

「……ありがとう。コウタ」

「へへっ……んじゃ、改めて」

 

 信じてみる。この世界で出会った、彼のことを。

 言葉と共に差し出された手は、私の手よりも大きくて。少しだけ躊躇うも、その逡巡もすぐさま拭い捨てて、その手を力強く掴む。

 

「よろしく」

「こちらこそ……よろしく」

 

 に、と。歯を見せて笑う彼に釣られて、微かに頬の緊張が緩み。魔理沙にも似た頼もしさを感じ、入口で待機している魔理沙達を見やる。

 

「魔理沙!」

「なんだ? 桃色タイムは終わったのか?」

「ぶっ飛ばすわよ。それよりも、ミスティアの事だけど……」

「聞いてたぜ。私の神機は捕食が出来ないから……お前か、ソーマが引きずり出してくれ。私は余裕溢れる見物タイムだぜ」

 

 言葉は、軽く。しかし、手には神機を握り締め。その顔には満面の笑みを湛えているあたり、彼女の心境も私のそれと変わらぬものであるらしい。

 

「……来たぞ!」

 

 ソーマの声。見れば、そこには確かに此方へと向かうミスティアの姿。どうやら、此処にいる事を勘付かれたらしい。

 

「……行くわよ。必ず、ミスティアを取り返す」

 

 了解、と。重なる三つの声に、私の背を、行先を預けて。

 

 アラガミと化した、ミスティアの前にへと飛び出す。

 

「ミスティア! ちょっと我慢しなさい!」

 

 アラガミの前に躍り出ると同時に、ミスティアの体には当たらぬようにその、宙に浮かぶ足先を斬りつける。硬い身体は高い金属音を上げて私の攻撃を受け流すも、態勢を整えると同時に神機を銃形態に変形させる。

 打ち出した弾丸は、その脚部を砕き。痛みに呻いた標的は、くるりと回って上空へと逃げる。魔理沙とコウタの二人の打ち出す無数の小型バレットを食らい傷付きながらも、彼女はその口を開いて。

 口遊む歌は、狂おしく。それは、先程までの寂しげな歌ではなく、もっと、もっと激しい呪詛の歌。

 この歌は、聞いた憶えがある。

 

「魔理沙、この歌!」

「分かってるぜ! 全員警戒しろよ!」

 

 途端、空から降り出す、小型のアラガミの群。翼を持った女の身体と卵殻の混ざり合ったかのような姿をした、異形の魔物達。ザイゴート、と言ったか。

 ミスティアの妖怪を呼ぶ力は今、どうやらアラガミを呼び出す力と化してしまっているらしい。

 

「霊夢、魔理沙! ザイゴートは俺たちに任せて、ローレライを!」

「行け! 道は開く!」

 

 一閃。白い神機は、その一撃で浮かぶ卵殻を二つに断ち。血飛沫を上げて落ちる身体を踏み越えて、私と魔理沙はミスティアを追う。

 

「任せたぜ! 霊夢、避けろよ!」

 

 背後から響く魔理沙の声を受け、左手にステップ。一瞬前まで私のいた場所を飛ぶ数発の弾丸は、迷いなくミスティアの身体に吸い込まれていく。

 が。

 

 歌う彼女は、その身体を包むように光の柱を放ち。光は、魔理沙の打ち出した弾丸を飲み込み、ミスティアの身体にぶつかる前に、空中にて爆破し、その威力を半減させ。

 しかし、その様を見たからと言って、止まるわけにはいかない。

 

「ミスティアァア!」

 

 シールドを目一杯開き、全力で大地を蹴る。 加速を得た体は、光柱に突っ込み。構えた盾で光の束を掻き乱しながら、私は、ミスティアの体に肉薄する。

 盾では守り切れなかった肌が、微かに焼ける感覚。走る痛みは、歯を食いしばって堪え、接近する目標に目掛けて、私は飛ぶ。

 

「いい加減に……起きろッ!」

 

 そして、飛び出した勢いを乗せて。開いた盾で思いっきり殴りつけ。彼女の放つ光の柱を断ち。体重を乗せて、全力で地へと、叩き落とし。

 

「魔理沙!」

 

 ミスティアが、地面に激突して砂煙を上げ。その光景を真下に見下ろしながら、神機を捕食形態に切り替える。

 

「もう仕掛けてあるぜ」

 

 途端、ミスティアの……アラガミの体が小刻み震えだしその場に縫い付けられたかのように、動きを止める。

 ホールドトラップ。触れた対象を麻痺させ、動きを止める罠、だったか。

 

「私の神機は捕食出来ないんでな。任せるぜ、霊夢」

「了、解ッ!」

 

 発現させるのは、黒い狼。醜く禍々しい捕食形態も、今は、故郷の仲間を救う神器と成り得。今ばかりは、その存在に、力に、全てを賭けてみたい。

 

「いッ……けッええええ!」

 

 喰らいつく顎。飛び散った黒い血は、アラガミのもの。アラガミの肉を噛みちぎり、溶かし、飲み込み。ミスティアの体をその口に含んだまま、私は、神機を力一杯に引きずり出す。

 

 望むのは、成功。仲間を救い出し、その存在を取り戻した未来。引き抜いた神機と、力を失い崩れ落ちるアラガミ、そして、神機の中に感じる重さを感じながら、また、願い。その重みの正体を、真っ黒な血に濡れた、大地へと吐き出し。

 

「ミスティア!」

 

 アラガミの血で黒く濡れ、汚れた体液に塗れた少女を抱き上げ、その名を呼ぶ。

 

「ミスティア! ミスティア! 起きなさい、起きなさいよ!」

 

 呼ぶ声は、大きく。彼女の身体を強く揺さぶりながら、ミスティアの覚醒を望み叫び続ける。

 そして。

 

「れ……いむ……?」

「ミスティア!」

 

 反応。ゆっくりと開かれた瞳に映る私の姿は、微かに滲み。

 

「助けてくれたんだ……さすが、巫女だね……」

「よかった……人を食うあんたらが、食べられてんじゃ、ないわよ、もう……」

 

 緩んだ涙腺からは、ぽたりぽたりと雫が、彼女の肌へと落ちていく。

 どうも、幻想郷から出て来てからは、涙脆くていけない。でも、こんな涙ならば、私は――

 

「霊夢らしくないよ……でも」

 

 分かってる。分かっているけれど。

 涙は、止まらない。

 

「ありがとう、霊夢」

 

 横たわるミスティアの体を強く、強く抱きしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日は、沈み。

 例え夜の帳が降りようと、アナグラの中の明るさは、昼間のそれと変わりなどせず。無機質な鉄壁に囲まれた箱の中、定位置となった長椅子に腰掛けながら、コップの中の液体を飲み干す。

 流し込む液体は、酒ではない。未成年だのなんだのといって酒は売ってもくれず、今飲むのはサイダー……香霖堂で貰ったコーラのように炭酸の弾ける、飲料。酒のように喉は焼くも、酒のそれとは随分異なる味わいの飲み物。はじめはこの刺激が好きではなかったのだが、飲み始めてみれば案外、美味しいものであることに気付いて。

 

「よう。お手柄だったらしいな」

「……自分とこの迷子探しに、手柄も何もないわ」

「ははっ、違いない」

 

 彼の笑みは、今日も今日とて心の底から湧き出すような、裏のないもので。本当に、ミスティアのことを喜んでくれていることが、付き合いの浅い私にも分かる。

 

「いやぁ、たまげた。羽、本物なんだな……それに、歌も上手い。驚いた」

「ミスティアは、夜雀だから……魚焼かせても美味いものよ」

「ほう。随分とまあ宴会向けの……何はともあれ、おめでとさん」

 

 そう言って、缶ビールを開けるリンドウ。羨ましげな私の視線に気付いてか、否か。やらんぞと一蹴するあたり、上に立つものの頑固さが伺える。

 

 ペットボトルからコップに向けて、サイダーを落とす私に、彼は言う。

 

「……俺もな、一度アラガミ化したんだよ」

「知ってる。コウタから聞いたわ」

「そうか……俺の右腕、これはアラガミの体……オラクル細胞の塊だ」

 

 電灯の明かりに掲げるは、黒く、歪な形の腕。

 

「こいつを見るとな。あの時、あいつが助けに来なかったら、こうしてお前らと会うこともなかったんだと考えちまってな」

「……あいつ?」

「ああ、会ったことないのか。最近、一人で潜ってばっかいるからなぁ。その中会うだろ、第一部隊の隊長さ」

 

 いつの間に取り出したのか、タバコを加えてリンドウは続ける。

 

「だからかもしれんな。あの……ミスティア、つったっけな。あの子が帰ってきて、俺まで安堵しちまってな」

「……ありがとう、と言っておくわ」

「おう……そうだ、カレルとシュンと、タツミもお前に礼を言ってたぞ。ミスティアが来たおかげで、鳥目だっけか。治ったってよ……んじゃ」

「態々それを言いに来たの?」

「ま、そんなもんだ」

 

 その黒い右腕でビール掴み、腰を上げるリンドウ。遠ざかり行くその背中を見送る私に、彼が、また言葉を投げかける。

 

「他にも助けれる奴がいた時は、遠慮なく呼べよー」

「……憶えておくわ」

 

 彼は、振り向かず。しかし、軽く左手を上げる彼の顔は、確かに、笑っていた気がして。

 

 一人きりになったロビー。柔らかな長椅子に、この体の重みを預けて、溜息を一つ。

 

 もしかすると、彼の言うように他にも、幻想郷の仲間を取り戻すことが出来るかもしれない。そんな、淡い、しかし、光輝く希望を胸に、私は。

 

 コップに残ったサイダーを、一思いに。この、小さな口に流し込んだ。

 

 

 

 

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