神骸記   作:地衣 卑人

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六 生と拒絶

 くるり、くるりとステップ。ふわり、ふわりと、風に舞う。

 連なる爆撃。重機の駆動音。視界を埋める爆炎と、爆煙。砕かれた地面の破片さえも躱しながら、彼女達は、踊る。

 

 霊夢と、魔理沙。彼女達が神機を握ったのは、俺たちよりもずっと遅くて。しかし、彼女たちの動きには無駄が無く。盾を構えることもなく、迫り来るミサイルの雨を躱し、躱し、躱し。その動作は、まるで、遊びに興じるような……戦場には似付かわしくないほどに、端から見れば、楽しげで。

 

『ほら。動かないと、壊すよ』

「う、おおお!」

 

 霊夢達に目を奪われた俺の元へ、数発のミサイルが降り注ぐ。無論俺は、彼女達のように『美しく』避ける事など出来ず。砕けた地面に躓き、体勢を崩しながらも、その爆発をやり過ごす。

 

「こん、の!」

 

 そして。スルトの脚部……あの時破壊した右後ろ足に、数発の弾丸を撃ち込む。一発一発のダメージは低いものの、傷を負った部位ならば、期待出来るダメージは大きい筈。

 が。

 

『その程度じゃ、止まらないよ』

 

 スルトの巨腕が、体を薙ぐ。全身に受けた衝撃に、肺の中で空気が暴れ。揺れた脳と、止まる思考。冗談のように高速でスライドする視界に、場違いな驚きを感じながら、俺は、飛ぶ。

 

「コウタッ!」

『気にかけてたら、死ぬわ。魔理沙』

「ッ! フラン!」

『また、それ(・・)に意識を乱されてる……私としては、貴女と霊夢には、壊れて欲しくないのだけど』

「うる……さいッ!」

 

 ぶれる視界の中で、彼女達の怒号が聞こえる。

 

『博麗の巫女。私は知ってる。貴女は……幻想郷の為だけにあるのでしょう?』

「煩いッ! 私は、私! 私の思うように動くッ!」

『へえ。それで、何か得られるんだ?』

「ぐッ……」

 

 再びの衝撃と共に、視界が赤に埋まる。肌に感じるそれは……ぼやけた視界で覗くそれは、見知った少女、その人で。

 

「霊夢っ!」

『魔理沙も。人に気を取られる暇があったら、自分の身を守らなきゃ』

 

 炎を纏った剣が、世界を撫ぜる。それは、場違いな程に優しく。その癖、全てを打ち滅ぼさんという、悪意に満ちていて。

 

「……く……そ……」

 

 霊夢は、気絶しているのか。魔理沙は、無事なのか。陽炎の世界では、一体の悪魔と、一人の男性が、踊るのみ。

 

「何も……出来ないのかよ……」

 

 爆撃音。破砕音。駆動音に、小さく上がった、少女の悲鳴。男の怒声。

 戦いの音。今すぐにでも、その合唱に加わらねばならないというのに。

 

 重い体に、悪態を吐き。俺は。

 唯々、この右手を、握り締め。俺の意識は、闇に、落ちた。

 

 

 

 

□□□□□□□□□□□□□

 

 

 

 

 爆炎。

 まるで、火山の噴火のように吹き上がった炎は、空を焦がし、この肌を焼き。たった今倒したばかりの体が灰となって、また、新たな命がその生を歌う。

 

 フェニックスの、再誕。それは、燃え上がる神の息吹、更なる絶望の始まり。この戦闘の中、数度に渡って繰り返された、神の再生。

 殺した、筈。しかし、敵は死なず。何があろうと。どれだけ、その身を削ろうと。

 

 巻き上がる砂埃。

 重い炎壁に弾かれた斬撃は、相応の威力を以ってこの手を震わせ。眩く空をかける光線を視界に映しながら、繋がる連撃をすんでのところで躱してゆく。燃え滾る業火は、肌を浅く焼き。まるで、煉獄の地下街……マグマに侵された地下鉄後、あの場所を思わせる熱気に悪態をつく。

 フェニックスの、乱舞。元のハンニバル種も灼熱の炎剣を以って手当たり次第に斬りつけるという行動を見せたが、フェニックスのそれはハンニバルのそれよりも酷い。燃え盛る羽を辺り一面にばら撒き、無差別な突進を繰り返し。他の接触禁忌種と比べてダメージは通りやすいものの、生半可な攻撃では怯みもせずに襲いかかって。死を恐れない敵と言うのは、守るものがあるものからすれば本当に、厄介で。

 

 空高く。急上昇した鳳凰を見据えたまま、後ろに下がる。

 

「任せる!」

「了解!」

 

 強力な冷気を纏った弾丸、神を殺す力を秘めた、光線。それ等全ては、上空の。鳳凰の元へと向かい、そして。

 連なる爆発、閃光。轟音は天を貫き、衝撃波は風を生み。霧散した冷気は、神殺しの粉塵は、宙に舞い。

 

 その煙幕を振り切って、彼の敵は、空を駆ける。

 

「ちぃッ……!」

 

 ジーナの撃ち出すレーザーに体を貫かれながらも、炎を纏いて突進を繰り返すフェニックス。半ば倒れ伏すようにその攻撃を躱すも、それも、いつまで持つことやら。

 

「動かないで、回復弾よ」

「ダメージ、通ってるの!?」

 

 至極、苛立ったように吐き捨てるカノン。サクヤの撃った回復弾に身を癒しながらも、その表情は、険しい。

 

「……どうだろうなぁ」

 

 対する、俺も。奴にダメージを与えられているのかなんて、知り得なくて。斬った所で、撃った所でその傷は、炎に隠れ。そして、直様塞がる……本当に、戦い難い相手。

 

「……そろそろ、疲れてきたわ」

 

 ジーナは、言う。それは、諦めの言葉ではなく、現状の報告。隊員に広がる疲労は、一目見れば、分かる。

 それはこの、俺においても、そう。

 

「……諦めないで」

 

 転がる、声。

 それは、彼女……一心に味方の回復に努める、サクヤのもの。

 

「相手の飛ぶ速度は、始めよりずっと遅くなってるわ。炎の量も減っていっている……私たちの目的は敵を倒す事ではなくて、このまま披露させる事でしょう? 防衛班長」

 

 見れば、そこには確かに、先よりも遅い速度で空を飛ぶ、フェニックスの姿。始めのような高速の切り返しもせず、ゆっくりとした速度で方向を変える、敵。

 倒せない敵。だから、なんだと言うのだ。すっかり、自分の目的を……自身がどうあるべきかを、忘却していた。

 俺の仕事は、守ること。いや、俺たちの仕事は、と、言うべきか。

 勝つ事などに重きは置かない。敵を倒す事を目的ともしない。俺たちは。

 人に、神を近付けない。それだけが、目的なのだ。

 

「……やるか。何、疲れたら休めばいいんだ。その間くらい、時間稼ぎはしてやれる」

 

「冗談。私は、トリガーを引くこの瞬間が好きなの。一発でも多く撃つわ」

 

 ジーナは、言う。他の二人も、静かに頷く。

 その顔には、少しばかりの、しかし、確かに感じ取れる、笑みを浮かべて。

 

「んじゃ、いっちょやったろうぜ。アホアホコンビがもうすぐ着く。それまでの辛抱だ」

 

 アナグラがあるであろう、遠い空を見上げ、また、迫り来るフェニックスへと視線を移す。皆を守るため、立ち塞がる者として。俺達はまた、自身の獲物を握り締めた。

 

 

 

 

□□□□□□□□□□□□□

 

 

 ――実はまだ、『鍵』は完成していないんだ。だが、(アラガミ)は着々と此方へ近付いて来ている……

 

 一つ、約束をしよう。君たちが戦い、時間を稼いでくれている間に、何とか使用できる状態まで漕ぎ着けよう。

 

 だから……頼んだよ、ゴッドイーター。

 

 

 

 サカキ博士の言葉を、脳裏で渦巻かせながら。

 

 フェニックスの吐いた炎が、辺りを焦がす。私は、その炎には巻かれぬまま。タタン、タタンと一定の、リズムを刻んでステップをし。その業火に焼かれぬように、大地を駆ける。

 

 冷気を纏ったオラクルは、銃口から放たれると同時に、敵の体を貫き。衛生兵とは言えども、積み上げた実戦経験は嘘ではない。自身の判断した最善の手を尽くしながら、迫る嘴を、躱す。

 

 一発、一発。貫かれたフェニックスは、小さな悲鳴を上げ。傷付いた不死鳥は、次第にその高度を落とし。

 

「タツミ!」

「おいさっ!」

 

 彼は、走る。その手に、不死鳥と同じ灼熱の剣を抱いて。しかし。

 

 その光景に何か。違和感を、感じ。

 

「いい加減に……大人しくっ」

「止まって、タツミ!」

 

 フェニックスの翼が、天を指す。しかし、私の声は、彼には、届かず。

 

「止まれっつってるでしょうがッ!」

 

 刹那。怒号と、一発の射撃音と共に、彼の体が弾き飛ばされ。

 

 世界が、灼熱の弾丸に侵される。

 

「うおおおっ! 危ねえっ!」

「一つ貸し!」

 

 台場、カノン。誤射姫と謳われる彼女の弾が、タツミを弾幕の雨から救い。襲いくる光弾を避けながら次なる弾をリロードする彼女に、私と、ジーナも続く。

 

「タツミ、一旦下がって! 私達が……」

「……うんにゃ、どうやら、俺たちの出番はここまでらしい」

 

 火炎に四方を囲まれたまま、地に伏した彼は、言う。その手に握られるのは――

 

 スタングレネード。

 

「到、着! ってまぶっ」

「目、目があ!」

「巫山戯てないで、さっさと働けぇっ!」

 

 眩い閃光の中で響く、エンジン音。そして、三人の男の声。

 カレル、シュン。そして、タツミ……コウタが『三バカ』と称する、極東支部の、男たちの声。場違いに明るい、希望の声。

 

「ほら、コンテナと……弾! カノン、ジーナ、サクヤさん、受け取ってくれ!」

 

 シュンが、私達に向かって何かを、投げる。それは、サカキ博士と打ち合わせた、約束のもの。

 

「……ありがとう。二人とも……そして、博士」

 

 鍵は、確かに受け取った。

 

「装填ッ!」

 

 ガチャリ、と。数人分の装填音が、時の止まった戦場に、落ちる。

 

「フェニックス……いえ、藤原妹紅。少し、眠って貰うわ」

 

 そして。

 

 引かれたトリガーは、博士の作り出した、麻酔弾……アラガミを眠りに誘う、その弾を、撃ち出して。

 

 猛火を手繰る、不死の鳥は。その瞳を、静かに閉じた。

 

 

 

 

□□□□□□□□□□□□□

 

 

 

 炎の中で、唯。一人の少女を抱き締めて、熱気の中から転がり出る。

 閉じた瞳、煤に汚れた金髪、浅く切った頬。本当、これだけのダメージを受けて生きてるのが不思議になるほどに、傷付いたその姿。

 いや。逆か。これは、相手が一撃一撃を加減して放っている証。なるべくダメージを与えないように。なるべく、致命傷になりにくい攻撃を。あの、フランドールという娘は、打ち出し続けているのか。

 

「……殺すだの壊すだの言ってる割には、優しいこって」

 

 気絶した、腕の中の魔理沙を、なるべく安全な場所に寝かせ。巨人に向けて、俺は、言う。

 

『……私が優しいなら、大体の生物は優しいことになるわ』

「謙遜のつもりか? 下手くそにも程がある」

 

 獲物を、握る。逆境の中にあっても尚、胸を張って。立ち続ける事の出来る者が俺一人なのだ、せめて、威風堂々とした振る舞いだけでもせねば、格好がつくまい。

 

『……ハリボテね』

「何とでも言え。ほら、始めようぜ」

 

 鉄棺の向こう、彼女は呆れたように、言う。

 

『……さっさと三人を連れて、逃げ帰ればいいのに。死人が出ない内に』

「ああ。帰るさ。お前も連れてな」

 

 景気付けとばかりに、刃を振るう。力いっぱいに振り抜いた刃は、爆発の名残たる煙を、埃を払い。俺とスルト(フランドール)の間にあるのは、青い月の見える夜だけ。

 

『馬鹿な人間』

「馬鹿もいいものだぞ? それで救えるものがある」

『そうね。でも、こういうときに適切な判断を下せないようじゃ、ねえ』

 

 最も、である。しかし。

 

「此処で引いたらもう、お前は何処かに引っ込むんだろう?」

『当たり前じゃない』

「なら……他の三人が、許さないだろうよ」

 

 それに、あいつも、と。心の中で呟いて、俺は、彼女に向かう。

 

「そのデカい棺桶、開けちまえ。俺が一発で引き摺り出してやる」

『……もう、時間がないのに』

「時間? デートの約束か?」

『体の、制』

 

 ぐしゃり、と。

 

 止まる、思考。

 

 今起こった出来事……この、状況が飲み込めない。

 スルト自身の一撃によって、フランドールの収まる棺桶が潰されたという、この、状況が。

 

『オ、オオオ、オオオオオオオ』

「フランドール!」

 

 彼女の物ではない呻き声は、しかし、確かにスルトの身体から発せられたもの。

 フランドールではない、アラガミとしてのスルトの覚醒。今までずっと彼女は、あの時の俺と同じようにアラガミとしての本能を、自分の意思で抑えていたということなのか。

 

「くそ……何処までも……ッ」

 

 先までとは比べものにならない、殺気。滾る、炎。この場にいるだけで、命を削られるような――

 

 

 

 

 ――だから、何だ。

 

「……助ける。死んでもな」

 

 柄でもない。逃げること、自分等の命を最優先に行動しろと教えた男が、これである。

 しかし、今は。

 

「ぶっ殺すぞ、スルト」

 

 フランドールは、アラガミとなっても尚、俺たちを生還させようと、その力を尽くしてくれたのだ。ならば、彼女もまた、守るべき仲間なのであろう。

 死ぬつもりは、ない。全員で、生きて、帰る。

 

 獲物を慣れない銃携帯へと変形させ、デタラメに連射しながら、振り下ろされた腕を掻い潜る。弾け飛んだコンクリートを背後に感じつつも、止まりはせず。弾切れと共に剣へと姿を変えた右腕を、振りかざす。

 爆撃を、突き抜け。煙幕を、振り切り。俺と同じ、傷だらけになったスルトの身体を、その金属の表皮に爪痕を残しながら、駆ける、駆ける。

 

『ッ……逃げろッ、逃げろ逃げろ逃げろッ!』

「まだ言うのか! 黙って助けられろ!」

『私に……私なんかに、近付くなッ……!』

 

 放たれるは、オラクルの生む光の奔流。質量を持った、光弾の波。その、避けようのない眩い力に身体を焼かれながらも、足だけは、止めず。全身に走る痛みを噛み殺して、走る、走る。

 しかし。快進撃なんてものは、長くは、続かず。俺を覆った影に、見上げて見れば、そこには。

 

 燃え盛る大剣。切っ先は、真っ直ぐに、俺に。

 

『避け……』

「させるかああッ!」

 

 声。

 

 銃撃音と共にずれた切っ先は、俺の真横に突き刺さり。身体を駆け巡った振動に、思わず身震いをする。

 

「リンドウさん! 早く!」

「……分かってる! 助かった!」

 

 コウタ。気が、付いていたのか。

 何にせよ、この機。無駄には、しない。

 

「俺が、俺が相手だあああああッ!」

『……馬鹿、ばっか……ッ』

 

 コウタの叫びと、撃ち出す銃弾の音を背中で聞きながら、熱を持ち、焼け付いた鉄板に靴裏を焦がし。スルトの身体を、跳ねるように駆け上がる。

 目指すは、頭部。ひしゃげた鉄の棺桶、その奥に囚われた、少女の元へ。

 

 そして。

 

 あの時と、同じ。鉄棺を、捕食器を以て引き剥がし。

 覗くのは、涙に濡れた、紅い瞳。

 

「……また会ったな」

「……馬鹿な、人間」

「待ってろ。今、引き摺り出してやる」

「……私に、構わな、ああああッ!」

 

 ぎしり、と。嫌な、音が鳴り響く。それは。

 それは、少女を包む肉塊が、彼女の肉を潰し、骨を砕き、呑み込む、その音で。

 

「フランドール!」

「ッ……痛……もう、いいから……私は、これでいいのだから……」

「逃げるな!」

 

 一瞬、びくりと。肉に呑まれんとする肩を、小さく震わせ。

 ボロボロの彼女は、俺を、見る。

 

「生きることから……逃げるな」

 

 あの時の俺が、そうであったように。あの時の俺が、あいつに救われた時のように。

 

「……今、助ける」

 

 黒い肉の壁に、引き摺り混まれ行く彼女に、再度、告げる。

 

「……無理、よ。もう」

「無理じゃない! まだ、まだ間に合う! ほら!」

 

 差し出すのは、左手。

 

「噛め! 早く!」

 

 右手には、神を喰らう狼を。急がねば、具現化させるその前に、彼女は届かぬ場所へと、堕ちてしまう。

 

「お前を、助けてぇんだよッ!」

「ッ!」

 

 手の甲に落ちた雫は、暖かく。刹那に走った激痛は、そこに、彼女の存在を歌い。吸血鬼の馬鹿げた力……ゴッドイーターの身体でさえも悲鳴を上げるその力に、歯を食いしばり。

 引き摺り込まれる彼女を、左手で食い止め。捕食器の準備は、もう、済んだ。

 

「ッ……! 目、閉じてろ! 今……」

 

 今、お前をそこから、救い出す。

 

 黒い肉に、黒い狼。目一杯に開いた顎は、アラガミの身体にその、牙をねじ込み。

 食い千切り、噛み砕き。肉を割いて、飲み込んで。少女の身体を、化け物のそれから引き擦り出し。

 

 大きく、抉られた肉壁。その、黒い血に塗れた鉄の棺の中で、俺は。

 

 腕の中に抱いた少女を……未だ、俺の手に噛み付いたままの少女を。小さな嗚咽を漏らす、小さな身体を。

 

 

 静かに。静かに、抱き締め続けた。

 

 

 

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