眠る青年。
それは、この支部で……否。全支部の中でも屈指の実力を持つと言えるであろう、第一部隊の隊長……幾度の危機を乗り越え、陰謀を暴き、仲間を救った英雄。そんな彼が今、私の目の前に横たわっている。
心臓は、動いている。呼吸もしている。今は意識を失っているが、じきに目を覚まし、彼の身に何が起こったのかを教えてくれることだろう。
部屋の外が、ざわめく。声の調子から伺うに、驚きと、微かな恐怖……皆、彼の事を心配して集まったこの支部の仲間たちだ。彼の安静を図るために、面会を謝絶していると言うのに集まった……
「博士。俺だ」
「……君か……他にも誰か連れてるね?」
「……私よ。フランドール」
「……ふむ。少しだけ入るといい。これは、君たちにも関係することだからね」
扉を、開く。少しだけ距離を置いて群がる人々と、二人の男女。
雨宮リンドウ。フランドール・スカーレット。周りの反応は、先の救出劇の主役達が現れたという驚愕と……
彼女の能力に対する、恐怖。ミスティアが此処にきた時には、比較的穏やかに迎え入れられたものの……フランドールの能力は、余りに危険過ぎる。こういった反応も、仕方がないことなのかも知れない。
「……すまんな。悪い奴らじゃないんだ」
「いいよ。分かってたし……私は、近付かない方がいい」
バツの悪そうな顔をする、リンドウ。対する少女は、気に病む素振りさえ見せず。人とは違う、そして高位の存在というものの持つ意識に少しばかり興味が湧くも、悪趣味だと胸の内で自身を咎めた。
「彼は当分、戦いには出られないよ」
「……そんなに、酷いのか」
「胸には爪痕。恐らく、ヴァジュラ神族のものだね。全身にダメージを受けているけれど、幸い骨折や内臓へのダメージは無いみたいだ。一番問題なのは……」
「……神機、か」
静かに、頷く。
「シールドの破損が激しい。凄まじい猛攻を受けたのだろうね。他にも、各種ジョイント部分に亀裂が入ってしまっている……よく、形を留めたものだと思うよ」
本当に。よく、彼の体を守ってくれた。
神機に意思があるのかは、現段階ではまだ、不明で。しかし、例え神機に意思があろうと、なかろうと。今は、この感謝の意を伝えたい。
そして。リンドウには、私が彼に頼んでいた事を教える必要があるだろう。
「私が彼に、秘密裏に頼んでいたミッションがある」
「特務、か。それは、俺に頼むことじゃなかったのか?」
「君は、私のお抱えの遊撃手だからね。でも、幻想郷から来た彼女等に接するのは、君の方が適任だと思ったのさ……話を戻そう」
私は、語る。
彼に、行わせていた、調査の内容を。
「フランドール君。今から話すことは、霊夢君達には伝えないで欲しい」
こくり、と。頷く少女。メンタル面で若干の問題有りと聞いていたが、見る限りは特に危険も無いようで、少しだけ安堵する。
「最近、我々の極東支部近辺で、スサノオ……強力なアラガミが目撃されていてね」
「スサノオ……? なんだって、こんな所に……」
「それも、変種さ。恐らく、幻想郷の妖怪が取り込まれていると見て、間違いない」
報告に上がっているのは、歪んだ体を持ち、頭部にはアマテラスのように女神像を備え……
まるでワープするかのように出現位置を変える、不可思議な存在であると聞く。
「……そのスサノオはどうも、アラガミとは異なる行動パターンを持つらしい。人のように意思を持っているかのように……何か、裏がありそうでね。それを、彼には調べてもらっていた」
語ることは、終わり。辺りはまた、沈黙に包まれて。
「さ、話は終わりだ。そういうアラガミとエンカウントする可能性がある、ということだけ、頭に置いておいてくれるといい」
「……分かった。まあ、こいつが生きてると聞いてほっとした。部屋に戻る」
「待って」
踵を返すリンドウを、引き止める声。
フランドール。見た目幼い吸血鬼……彼女の、訝しむ表情。
「……魔力が残ってる」
「魔力?」
「魔法使う時に使うの……あいつのだね」
彼……第一部隊長の、包帯を巻かれた胸を凝視する、彼女。その瞳に映るのは、先より赤い、紅の輝き。
「……あいつ?」
「ん……私の、お姉様の」
姉。全てを破壊する吸血鬼の、姉。
「それは……」
「安心して。お姉様には、私みたいな全てを壊す力は無いから。唯」
運命を、操るらしいけどね。と。
言葉に乗せた一枚のジョーカー。その存在を、私たちにへと告げ。
彼女、フランドール・スカーレットは。ざわめき立つ扉の向こうへと、歩み出した。
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吉報と、凶報。
フランドールと妹紅が生還し、第一部隊の隊長が戦線を離脱した、この日。
ボロボロになった今までの巫女服を脱ぎ捨て、フェンリルから支給された、新たな装束に身を包む。
紅と、白。大きく空いた肩口に、離れた袖。今まで着ていた服をモチーフにしたそれは、しかし、材質や細かな装飾、所々を引き締めるベルトの追加など、気慣れた服との違いもまた、大きくて。
しかし。
「……動きやすいわね」
「んー、ポケットが増えたな。今までのより頑丈そうだし」
隣で着替え終わった魔理沙も、私と同じく細部の異なった白黒に身を包んで。
その背中に張り付いたのは、狼の面。ゴッドイーター達の所属する組織、フェンリルのシンボルマーク。それは、私の服の背にも確かに、刻まれていて。
「……郷に従え、ってこと」
呟きは、虚ろに。対する魔理沙は、頭を掻いて。
「そう、気に病むこた無いぜ。ここの奴らは、私たちに良くしてくれてる。仲間入りしたって、構わないだろ?」
「それは……まあ……」
「私たちは、この組織の一員として幻想郷を取り戻す。今は、それだけ考えようぜ」
彼女は、笑い。時折一人で泣いていた彼女も、少しずつ取り返すことの出来始めた幻想郷に、終始笑顔で。
「……第一部隊の隊長。えらく強かったらしいが、やられちまったって聞いたしな。私達だって、もっと動かねばならん」
そういえば、そんな話も聞いた。面識は無いものの、この支部では一番強い……妹紅を一人で撃退するほどの腕だったとか。
主力を欠いた、現状。私ばかりが、こうして沈んでいる場合ではない。
「……そうね。一つ、動きましょうか」
「ああ、その意気だぜ。で、一つ、話があるんだがな」
急に、声を小さくする魔理沙。その目は、真剣そのものといった所で。
「私の見込みでは……第一部隊の隊長を倒したのは、幻想郷の奴だと思うんだ」
「……どうして、そう思ったの」
「この支部で一番強いって話だったしな。妹紅さえ倒した奴が、普通のアラガミに負けるとは考え難くないか?」
まあ……一理、ある。
が。
「それだけじゃ、まだ分からないわよ。普通に進化したアラガミに出会ったのかも」
「まあまあ。もう一つあるんだよ。実はさっき、その隊長さんのいる……医務室だったか。行ってみたんだ」
「面会は謝絶してるって聞いたけど」
「中には入ってないぜ。入らなくても、分かったしな……妖気」
その言葉に、思考が止まる。
妖気。この世界に来てからは、全くといって良い程に聞かなくなった、その言葉。
「悪寒が走る妖気だったぜ。微量だったがな」
「……誰のものか、分かる?」
「まあ……一応な」
一拍を、置き。彼女は私に背を向けて。その靴紐を結びながら、言う。
「レミリア。あいつのだ」
レミリア。幻想郷の吸血鬼。パワーバランスの一角。フランドールの、姉。
咲夜の探し求める、存在。
「多分、間違いないぜ。面倒な相手だが……何とかするしかないだろ」
コツコツ、と。爪先で、床を蹴り。立ち上がる魔理沙は、何処か誇らしげに。
「行こうぜ、霊夢。取り返すんだ、私達の幻想郷を」
いつの間に、彼女はこんなにも頼もしくなったのか。いつの間に、彼女はこんなにも晴れ晴れとした、笑みを取り戻したのか。
釣られたように、笑みが零れる。
「……この間まで、泣いてたくせに」
「忘れたな。今しか見ない質なんでな」
「……ふん。異変を解決するのは、いつだって私よ。しっかりついて来なさい」
「言うぜ。良い所は全部私のもんだがな」
彼女の声を、背中に受けて。扉の前に、立つ。
行ける。何処までも。彼女とならば、幻想郷を取り戻せる。
希望は、胸の奥深くに。理想は、確かに、向かう先に。
彼女の歩みを、肌で感じながら、私は。
異郷の道へと、歩を染めた。
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月の隠れた夜。
血濡れた体。紅い足跡。
一歩、一歩。歩めば、軋み。止まれば、痛み。傷を負った身体を引き摺りながらも、その苦痛さえもまた、
紅いヴァジュラ。歪な、獣。
そのしなやかな体躯に囚われたのは、一体の吸血鬼……否。
囚われてなど、いない。彼女は、自らの意思で、その身を異形にへと沈めたのだ。
『不恰好ねぇ。レミリア』
暗闇から、掛かる声。何処か遠く、それでいて、近く。境界さえも曖昧にしたかのような、妖しさに満ちた、声を聞く。
『人の事を言えるのかい?』
闇が、蠢く。徐々に光を放ち、淡く輝き出すそれは。
一体の、妖怪。レミリアと同じく、怪物のそれに身を
『紫』
『お久しぶりですわ、紅魔のお嬢さん。お加減は如何?』
『……変わらないねぇ。その胡散臭い口調。少しは改めれば良いのに』
『変わりたくはないものでして。貴女もまた、そうでしょう?』
紫と、紅。投げ掛けられた言葉を彼女は、鼻で笑い。
『その結果、それか? 妖怪の賢者が』
『ふふ……変わりたくは、なかったけれどね』
禍々しく、美しく。彼女の宿りしは、荒神。スサノオの心。
忘れられ。全てを奪われ。捨てられた、神の骸。
『……吸血鬼には分からないわ。これは、
『神々? 風を起こしたり、奇跡を起こしたりするのが神? それなら、私だって神だよ。吸血鬼と言う』
『そう。吸血鬼に対する恐怖も、信仰の一。その信仰を失って、貴女は今、どうなっている?』
沈黙。二者を包んだそれは、重く、深く。
その沈黙も、永くは続かず。生み出した張本人によって、その結界は破られた。
『私と共に来ないかしら? 夜の王。私と共に、信仰を忘れた人類に――』
『巫山戯たことを言うようになったね。紫』
食らい付くは、蔑みを含んだ、言の葉。
心からの、拒絶。
『下らない。幻想郷だけ守っていれば良いものを、いつの間にお隣の問題にまで首を突っ込むようになったの?』
『……もう、限界なのよ。幻想郷とて、永遠ではない。この……無数の神様達による氾濫の起きた、この世界。幻想と現実の境界は、当の昔に崩れさった……こんな世界じゃ、幻想郷は存在出来ない』
『それで。貴女は人間を滅ぼすのかい』
月が、顔を出す。二体の妖は、互いに、動くこともなく。
どれだけの時間が、過ぎたのか。数十秒か、数分か。止まった時間は、月がまた隠れると共に、溶け出して。
『……また、会いましょう。今度は、良い返事を期待してるわ』
『ふん……詰まらないことを言うためなら、出て来なくて結構だよ』
『そうね。今度はもっと、面白おかしく話しましょうか……なら、ね』
荒ぶる神の巨体は、水面に映る虚像の如く、闇に溶け行き。
残された神鬼は、一柱。朧げに輝く、月を見上げる。
『……どうした、ものかしらね』
呟きは、誰に届くこともなく。
彼女は。一体の、神にも獣にも成り切れぬ、彼女は。唯々、淡い光を見つめ続けた。