連続する、風切り音。その音に合わせて上がる、黒い血の飛沫。
斬りつけて斬りつけて斬りつけて。裂いて裂いて裂いて。貫く。感情など、ありはしないとでも言うように。まるで、何者かに操られた人形であるとでも、言うかのように。
十六夜咲夜、その人は。単身、鋼の翼を持った人型のアラガミ、シユウとの舞踏に興じている。
私達が破壊した、硬質の翼腕。その傷口を抉り、切り開き。戦闘に出た回数はまだまだ少ない筈だというのに、彼女は破格の強さを誇っていて。
「……強いな」
白い神機を、肩に乗せて。ソーマさんが呟く。普段ならば、味方が交戦していれば真っ先に駆け付けてくれる……昔よりもずっと優しくなった彼が、ここから彼女を傍観しているのは、それだけ彼女の力を認めているから。この短期間で彼に認められた彼女の戦闘能力の高さを、そして。
時を止め、敵の背後に現れて。刃を振り上げるその姿を見て、私、台場カノンは。
「か……格好いい……!」
唯々、その姿に見惚れるしかないのであった。
「咲……十六夜さん!」
そして。ミッションも終わり、アナグラのロビー。私は、彼女に近付いて。
冷静で、落ち着いた彼女。話しかけるのは、少しだけ、怖かったけれど。それでも、この心の高ぶりは、抑え切れそうになくて。
「ん……ああ、お疲れ様。カノンさん……だったかしら」
「カノンで大丈夫です! あ、あの、さっきの戦い、凄く格好良かったです!」
勢いに任せて連ねた言葉。自分でも分かる程に、幼さが押し出された言葉に、思わず顔が熱くなる。
本当、まだ殆ど話した事もないと言うのに、何を言い出すのか。自分の表現力の無さと、欠いた冷静さが嫌になる。
しかし、彼女は。
「ふふ。ありがとう。貴女の……ブラストだったかしら。突破口を開いてくれたその大砲の威力、とても頼もしいわ」
「あ、ありがとうございます!」
「でも、戦いになると随分と……性格が変わるのね。少し、私と似てるのかもね」
「十六夜さんと似てるなんて、そんな……」
優しげに微笑む、メイドさん。喫茶店にいるようなバイトの人とは違う、本物のメイドさん。
言葉にするのならば、完璧、と呼ぶべきなのだろう。優しくて、しっかりしていて、そして、強くて。
私と彼女は、似ていない。
誤射ばかりして、仲間に迷惑を掛ける私と比較してしまい。そんな自分の思考が嫌になる。
「……ちょっと、ミッションに付き合って頂けないかしら」
「……えっ」
突然の言葉に、戸惑う。
「まだ、この世界での戦い方に慣れなくて。練習がてら、ね」
浮かぶ笑みに、裏は無く。しかし。
私は、きっと彼女の足を引っ張る。それは、彼女の命まで危険に晒す羽目になるということを、意味していて。
「……ごめんなさい。私じゃ、足手まといに……」
「ならないわ。約束する……貴女を、足手まといになんかさせないから」
だから、と。
「貴女の火力。頼りにしてるわ」
「……は、はいっ……」
それは、半ば強引に。しかし、何処か強い説得力を以って。
私の、彼女のミッションへの同行は決定したのであった。
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人の形。
炎とは違う光源に、黒く浮かんだ、人間の手。永きを生きても尚、変わることのない両手。
私の、手。
私は、どうしてしまったのか。記憶を辿り思い浮かぶのは、割ける境界、暗い雲。
唯、とりあえず。今の私が分かることと言えば。
「……生きてる」
どうやらまた、私は死に損なったらしい。そんな、ある種の失望と、諦めを孕んだ溜息を一つだけ、吐き出す。
まあ、良い。ここで私が死んだならば、あいつらだけが残される事になるのだから。永遠の眠りにつくならば、奴等も共に葬ってやらねばならない。
いけ好かないあいつの事だ、憎まれる者は、とも言う。どうせ、私と同じように生きながらえているのだろう。
再び溜息を吐くと共に立ち上がり、自身が薄手のシャツと下着しか身につけていない事に気付く。誰かが着替えさせたのか、それとも元々衣服など身につけていない状況だったのか。最早、これだけ生きればこの程度の事で恥じらいを感ずる事も、ない。
枕元に置かれた、見慣れぬ服に身を包み。幻想郷のそれとは随分と異なった景色に、身を浸し。独りでに開く扉に軽い驚きを覚えながら、外に出る。
続く廊下は、部屋の中と同じ。幻想郷とは異なった、無機質な世界がそこにあって。
右も左も分からないとは、このことか。とりあえず、適当な方角へと向けて、足を進め――
「……気が付いたようだね」
不意に掛かる声。それなりに年季の入った、男の声。
ポケットに突っ込んだ右手に、力を込める。
動きは、緩慢に。ゆっくりとした動作を以って、声の主へと向き直り。それなりに開いた距離感を詰めることも無く、対峙する。
「……介抱してくれたのは、貴方?」
「私は、指示を出しただけだよ。実際に君を介抱したのは、救護の者たちさ」
その言葉は、何処か誇らしげに。そんな彼の口調や仕草、そして、発する気からは、敵意は伺えない。
「藤原妹紅君、だったかな」
「……ええ」
「君が置かれた状況を話したいのだけど……そうだね、私のラボまでついて来てくれるとありがたい。それと」
本当に開いているのかも怪しい瞳。薄く、薄く開いているのであろう、その瞳、優しげな色を示して。
「私に、戦うような力はないよ。そして、君に危害を加える意思も持っていない……君は既に、此処にいる時点で私たちとの運命共同体だからね。まあ、よろしく頼むよ」
そう笑う彼の顔は、柔らかく。そのまま踵を返す彼に、私は、右手の緊張を解き。
遠のき出す背中を追って。この、鉄のトンネルに、軽い足音を響かせた。
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ずんぐりむっくりとした身体に、太く、長い腕。短な、しかし強靭な足。
猿神、コンゴウ。単体の討伐であれば、然程手を焼く相手ではない。今回のミッションは、練習。単体のコンゴウを討ち取るだけの、他の依頼と比べれば簡単な仕事……
の、筈だった。
「右後方二体!」
「了解!」
その声を聞くが早いか、その方向を確認する事もなく、この身を目の前の敵の背後へと滑り込ませる。背後で聞こえるのは、飛びかかった猿神が、別の猿神に衝突した衝撃音。
私たちを待ち構えていたのは、四体のコンゴウ。
雪の降る廃寺。アラガミに食い荒らされたこの地に赴いた私達を待っていたのは、突然の乱入者、三体の増援。対する此方は、二人。戦力の不足は、否めない。
「なんでこんなに、集まって来てるの!」
つい、悪態を吐く。それは、誰に向けたものでもなく。唯々、予想外の出来事に対する、苛立ちを、何かにぶつけたくて。
「……ごめんなさい」
「あっ……えと、違う、十六夜さんが悪いんじゃなくて、あの……」
「……分かってる。でも……ごめんなさい」
彼女は、呟き。その声は、消え入りそうなほどに、儚く。その姿を見て、私は。
何故か、何処か。安堵して。
「……良かった」
「え?」
「十六夜さんも、そんな風に困ったり悩んだりするんだなっ、て……いや、
彼女も、私達と同じ。完璧な姿は、彼女の一面でしかなく。ずっと人間らしい、ずっと少女らしい姿を、見ることが出来て。
私も、彼女のように。強く、強くなれるんじゃないかと、そんな、希望を見つける事が出来て。
「十六夜さん」
彼女に、言葉を投げる。
「……何かしら」
「絶対、生きて帰りましょうね」
彼女と、私。背中合わせに。
構えた銃口は、迫り来る神の眉間に向けて。唯、彼女の返す、言の葉を待つ。
「……当たり前よ。私には、まだ」
神が、跳ぶ。力強く、荒々しく。
「やる事があるの。貴女は?」
「私もです。やらないといけない事が、多くて」
強く、強く。居住区の皆を、アナグラの皆を。
守りたい。人を。大事な人達を。
「じゃあ」
距離は、十分。この位置ならば、外す事など、無い。
「頑張りましょう。お互いに」
「はいっ!」
力強くトリガーを引くと同時に、大地を蹴る。己の撃ち出した弾丸の、爆発の風圧に身を預けて、体勢を、低く。
背後では、アラガミの呻き声が聞こえ。斬撃の音が鼓膜を揺らし、踊るようなステップが、その足音を響かせる。きっと、彼女はまた、シユウとの戦いで見せたような顔で……コンゴウ達を切り裂いているのだろう。
私も、置いて行かれる訳にはいかない。決めたのだ、彼女のような存在を目指すと。完璧で瀟洒な、そんな人になるのだと。
だから、今は。この戦闘を、切り抜ける。熱く湧き上がる衝動に、身を浸して。
顔面の砕け、それでも尚拳を振るうアラガミへと向け。一発の誤射も生じぬようにと。
その射線を、敵へと向けた。
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「つまり、君は形のある怪物に捕食された訳ではなく、黒い霧のような何かに取り込まれた、と」
「まあ……そんなところ。随分と、迷惑をかけたみたいで……ごめん」
「気にする事はない。私達の仲間の中にも、君のような状態になってしまった者だっているしね……しかし」
彼女の証言に依れば、彼女を飲み込んだアラガミは、かなり初期の段階のアラガミ……形を成す前の、細胞の群。それが、態々彼女を狙って捕食するとは考えにくく。寧ろ、周りの竹林を捕食する事に躍起になる筈。
おかしい。何故、態々彼女を捕食したのか。ありとあらゆるものを喰らうアラガミが、彼女一人を……いや、力あるものを狙って捕食していったのか。
「……ミスティア君は、捕食された瞬間の事をよく覚えていなかったけど……もしかすると、君と同じように……?」
「ミスティア……夜雀もいるのか」
ミスティア・ローレライ。そういえば、彼女を取り込んだアラガミは、ローレライのそれを表していて。そして、今回……フェニックスも。スルトも、彼女の破壊の力を具現化したような姿形で……
ここまで、上手いこと神や、魔物の姿が形成されるものなのか。それも、アラガミが形を成す前の、細胞群の状態から……
アラガミが、彼女達を真似たのか。それとも――
「……サカキ?」
「ん、ああ、すまない。少し、考え事をね……なんだい?」
妹紅の声で、現へと引き戻される。考え事は、彼女の居ない時にすれば良い。今は、彼女に対するこの世界の事や、これからの事を話すべきだ。
アラガミについては、伝えた。この世界についても、粗方話し終えた。ならば、何か私の説明で不明確な所があったのか、若しくは。伝えたい言葉が、その胸に収まっているのか。
彼女の言の葉を聞き逃さぬよう。耳を、傾ける。
短な沈黙。不死の少女は、その瞳に確かな、決意を抱いて。
「――私にも、武器をくれないか」
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積み重なるのは、コンゴウの骸。三体の猿神は、二人の神喰らいによって、討たれ。その黒い地は、大地を染め。その体は黒い煙となって、新たな体を求めて舞い散らんとし。
そんな光景を呆と眺めていられるような暇は、持ち合わせていない。怪物達の絶命を確認するや否や、また、暴れる最後の一体にへと視線を向ける。
爆発、爆風、爆音。彼女の操る破壊の銃撃は、白黒のそれを彷彿とさせ。しかし、その砲撃は、魔女の物とは大きく異なり。対象を撃ち抜き、確実にダメージを与える為に無駄を省いた……それは、味方を巻き込むことさえも考慮に入れない、何処までも真っ直ぐな、破壊の力。それを扱う彼女もまた、それに見合うだけの精神を宿して、敵に向かい。
狂気を秘めた瞳。暴走気味の挙動。その姿は、まるで。
「バーサーカー、ね」
台場カノン。敵を殲滅するに当たって、これほどに頼もしい味方は、そういるまい。誤射を恐れて彼女を避ける者もいると聞いたが、それは、彼らに彼女と共に戦うだけの力量が無いからだと結論付け。
「ッ……! 十六夜さん!」
コンゴウの避けた弾丸が、私へと飛ぶ。その弾速は、速く。しかし。
彼女に、誤射などさせない。
「……『咲夜の世界』」
戯れに発した、言葉。必要のない言葉。
ここは幻想郷ではないというのに。それでも、こうして態々、
余裕を持って、射線を避ける。意味もなく剣を振って、一歩、一歩、アラガミへと近付き。
そして。
「そして時は、なんてね」
色を取り戻した世界は、まるで、何かの嘘のように。周りだした歯車は、機会細工は、時を刻み。
世界は、再び動き出し。私一人を残して世界は、巨大な輪に乗って、回り、廻り。
「カノン」
アラガミの右足を、剣で貫き。彼女に、言葉を放る。
「私は、貴女に誤射なんてさせない。だから」
言葉は、続けず。体勢を崩し、身動きの取れないコンゴウに、この切っ先を向けて。
「その力を、貸して。私には、取り戻したい方がいるの……勿論、危険を伴うけれど」
それは、懇願。聞き届けられるかも分からない、一方通行の願い。聞き入れられることを望みながらも、彼女の言葉を聞くその前に、私は剣を振りかざして。
霊夢や、魔理沙の力は借りれない。彼女達には、別にやることがあるのだから。私には、この世界に生きる人々の、その中でも背中を預けられる存在……そんな人物が、必要で。
お嬢様を探し出すには。お嬢様に、挑むには。
「……私で、いいんですか?」
「貴女が、いいの」
彼女の表情は、この位置からは見えず。しかし。
その声色を伺うに、どうやら彼女の用意する答えは、私の望むものであるようで。
答えを待たずに振りかざした剣が、コンゴウの右脇腹を深く、深く貫く。それと同時に、強烈な爆発が反対側で巻き起こって。
崩れる体は、重く。浅く積もった雪に、その身を沈め。
静まり返った、廃寺。地に伏したアラガミと、銃を構えた一人の、少女。
彼女が、口を開く。その言葉を私は、この両の耳で、しかと、聞いて。
「私で、よければ。喜んで」
緩やかに降る雪。微かに感じる冷たさを、頬に受けながら。
何処か、嬉しそうに告げる少女へ向けて、私は。一人、薄く笑みを零した。