なきと、そう名乗った少女は義男に対して右手を差し出した。
その行動に訝しげな表情を浮かべる義男になきとは、首を動かしてある方向を見るように促した。
それに気づいて彼女の示すほうを見た義男は思わず凍り付いた。いったいどこに隠れていたのか30人ほどの新たな武者たちがこちらに向かってきている。
「このままここにいては危ない…….手を握って私から離れないで 」
「え…….でも……. 」
こんな事態にも関わらず、思春期の少年である義男は年頃の近いだろうと推測できる少女の手を握ることを一瞬ためらった。だが義男の迷いなどもちろん彼女には関係ない。なきとは容赦なく義男の手を握ると、颯のごとく走りだした。
先ほど義男に襲い掛かった武者は倒したとはいえ、すでに周りは他の敵によって囲まれている。つまりはこの危機を脱するには敵中を強行突破しなければならないわけなのだが、戦に関してずぶの素人である義男を連れて、それを行うというのは、かなり難易度の高い行動となる。
実際、周りを囲む敵は足手まといをつれている格好のかもだと考えたのだろう。一斉になきとに狙いを定めた。
だが、狙われている当の本人であるなきとに焦りの色は無かった。
なぜなら彼女は信じているからだ。
義男が命の危機を無人の介入によって救われたように、信頼する誰かと共に戦う限り、どんな危機でも乗り越えられると。
果たして、突如戦場に凛とした女声が響いた。
「なきと、それに少年の離脱を援護する、銃隊、構え! 」
艶のある黒髪をポニーテールにし、腰に黒漆太刀と呼ばれる黒漆で鞘も柄も塗りつぶした漆黒の色彩の日本刀をさした妙齢の女性は、その鞘から抜き放った刀の切っ先を今まさに無人達に襲い掛かろうとしている男たちに向けた。
「放て! 」
彼女の号令一下、狙い澄ました一斉射撃が男たちに遅いかかる。
まるで雑草が駆られるように、襲い掛かる銃弾の雨になぎ倒されていく男たち。
彼らの惨状を眼前に確認した敵軍の間に動揺が走った。
「あれは……..奇兵隊じゃ……..奇兵隊がきおった! 」
「馬鹿な…….なぜこんなに早く!? 」
彼らに奇兵隊と呼ばれる新手の軍勢の長は、『彼女』のよく知る白の少女、無人が自軍後方に退避したのを確認すると、再度の一斉射撃を命じながら、自らは直属の部下たちと共に白刃をきらめかせながら、敵の真っただ中に突っ込んでいった。
「わが首、欲しくばとってみよ! 」
「ひい!夜叉だ、女夜叉(めやしゃ)が来たぁ! 」
彼女が向かってくるを捉え、敵部隊から悲鳴が上がった。
戦場のど真ん中を縦横無尽に駆け抜け、敵を次から次へと軽やかに斬り捨てる。そのさまはまさしく女夜叉であった。
奇兵隊の参戦によって、情勢は一気に傾いた。侍や武者などを多数含んだ小倉藩兵軍はなきとが属する報国隊との戦いで苦戦しているところでの突然の奇兵隊の参戦によって一気に戦意を喪失し、退却を始めた。
これによりのちに言う、小倉口の戦いと呼ばれることになる戦い、明治を切り開くことになる戊辰戦争のきっかけとなる第2次長州征伐戦争の初戦の1つ、田ノ浦の戦いは報国隊、奇兵隊などを中核とする長州軍の勝利と終ったのである。