吐く息が白く煙る。
温暖な気候のメルビルにおいて今朝の寒さは異常とも言える。
後ろ髪を引かれる想いを断ち切りベッドから起き上がると、私は窓を開けバルコニーに出て空を見上げた。
空から白いものがユラユラと降ってきて、顔に落ちると溶けて水滴となり、顎を伝って床に零れ落ちる。
「メルビルに雪が降るだと?これは良くない事が起きる前触れか?」
雪を見ると嫌でも思い出す。我が最愛の娘がいなくなった10数年前を……あの日も雪が降っていたな。
「陛下。早朝から申し訳ございません。至急陛下の耳に入れておきたい事案がございまして。」
トントントンと、ドアをノックする音と共に声をかけてきたのは、我がバファル帝国の親衛隊と近衛兵を束ねる実質上の軍の最高司令官のネビルだった。
「ネビルか。開けても良いぞ?」
「陛下。早朝から申し訳ございません。」
「相変わらずソナタは固いな。して何事か?」
「ハッ。昨日のゴールドマイン襲撃の容疑者と思しき男女を拘束したのですが……。」
「どうした?ソナタにしては歯切れが悪いではないか。構わぬ、申してみよ。」
「それが…男の方は以前にこのバファルで軍属に就ていたものです。刀と言う珍しい武器で名を馳せた、将来を嘱望されていた者です。」
「何?刀だと?」
「陛下はご存知なのですか?グレイを。」
「いや知らぬ。」
「左様でございますか。しかし問題はグレイではなくもう一人の少女の方なのです。その少女は陛下と同じ指輪を所持していました。」
「なに?指輪だと?この指輪は世界に3つしか存在せぬのだぞ?一つは余が付けている物。もう一つは余の妻、王妃が付けている物。そして余と妻との娘…この3つだ。」
「存じております。その上で申し上げます。間違いなくアレは本物の指輪でございました。そこから考えられる事は幾つかございます。」
「……。ネビルよ、勿体ぶらずに申すが良い。」
「畏れながら申し上げます。1番に考えられるのは、少女が何らかの方法で得た事です。その場合、御二方に何かあった可能性は否めません。最悪の場合は…。」
目の前のネビルが何を言いたいのかは解るが、あの二人の悲報は決して聞きたいものではない。
そんな私の考え事などまるで気付かないネビルは、爆弾のような一言を言ったのだった。
「ですが陛下。私は彼女は本物の皇女だと思います。目元などは陛下によく似ておいでですし、17年の歳月を経た今も私の脳裏に残る女神のようにお美しい王妃様と瓜二つでございました。」
「それは真か!?」
「はい。それにあの輝くようなヘーゼルの髪…まず相違ないかと。」
「今二人は何処にいるのだ?今直ぐに案内致せ。」
「陛下、少しお待ち下さい。まだ彼女に皇女だと言うのは控えて頂きたいのです?」
「なに!?まぁ…ネビル、ソナタの事だ。理由があるのだろう?」
「はい。近年我らがバファル帝国は軍事国家のローザリアと小さな紛争続きでございます。更にはまだ調査中ではありますが我らが同士のローバーン公に謀叛の兆候もあります。そんな折に陛下の御息女が見つかったとあれば、危険が及ばないともかぎりません。ここは今暫く陛下が父である事は伏せた上で会って頂きたいのです。」
「なるほど…確かにソナタの言うことにも一理ある。あいわかった!ネビルよ、ソナタの言う通りに致すと約束しよう。それなら娘に会わせてもらえるな?」
「ハッ、それはもう喜んで。」
傅き頭を垂れるネビルに、余は声を張り上げ指示を下す。
「二人を我が謁見の間に通すが良い!!」
「ハッ!!」
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その頃、取調室の二人は
「さて、お腹も満たされた事ですし帰りましょうか?」
満面の笑みを浮かべたクローディアが、あたかもメルビルには観光に来たかのように言った。
「俺等は一応拘束された身だぞ?」
グレイはそう答えると、鎖で繋がれた手枷をクローディアに見せる。
「え?本気でこんなモノで拘束されたつもりですか?」
そう言うと彼女は、瞬く間に自身の手枷を凍らせると、パキーンと乾いた音を立てて氷と共に手枷は砕け散った。
「それは魔法なのか?」
「まぁそうですね。」
グレイもこの程度の手枷など軽く外せるし、鎖を切る力も持っている。しかし今し方目の前で見せたクローディアの魔法に興味を持ったグレイは
「なぁ俺の手枷も魔法で外して見せてくれないか?」
「魔法が見たいんですか?良いですよ。手枷を此方に向けて下さい。」
微笑みを浮かべたままのクローディアに両手を出すのだった。
ジジジ……
「…熱ちいいぃぃーーー!!!」
指の先から炎を出したクローディアは、グレイの手枷の鎖を焼き切る為に炙りだしたのだ。
当然鉄は炎により熱せられる為高温になる。
両手に手枷の付いたグレイにその熱が伝わったのだ。
「な、なんで炎を使うんだよ!!」
「だってどの魔法が良いって指定しなかったじゃないですかぁ。」
涙目で訴えるグレイにクローディアはちょっとダケ含み笑いを入れて答えた。
この女……絶対にワザとだ。グレイは人の心など読めないが、自分でできるくせに人に頼むからですと言う、クローディアの内心がハッキリと伝わった。
「全く、お前等は何を騒いでいるのだ?今から謁見の間で皇帝陛下の裁決を受けに行くのだから神妙にせんか!」
二人がギャーギャー騒いでいると、ため息混じりにネビルが取り調べ室に帰ってきた。
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部屋と呼ぶにはあまりにも広く、天井も軽く3階ぐらいの高さがある。防犯上からかこの広い部屋の壁には窓がなく、採光は天井付近にある美しいステンドグラスで飾られた巨大な飾り窓と、四方を囲む壁に掛けられた煌びやかなシャンデリアに括られたロウソクの明かりだけなのだが、暗さを全く感じさせない程に其れ等は無数にある。
フロアーには皇帝陛下が座する鎮座まで真っ直ぐに伸びる赤いカーペットが敷かれ、一言で言えば本当にバファル帝国は財政難なのかと疑ってしまう程に豪華な謁見の間に二人は通された。
グレイとクローディアが通され膝を曲げ傅くと、少し遅れて皇帝はネビルと供に謁見の間に入り、玉座に着いた。
「ソナタ等がゴールドマインの襲撃を企てた輩か?我が名はルパ〜ン3世である。」
「陛下。フェル6世でございます。」
重低音響く重圧感ある皇帝の言葉に、ネビルが間髪入れずに突っ込んだ。
「おお、そうであったな。改めてフェル3世である。」
「6世です。」
「ネビルよ。ソナタは細かいのぉ。して主犯のグレイとやら。何か申し開きはあるか?」
皇帝は頭を下げた姿勢のままの若者に声をかける。犯人であるか無いのか分からぬ以上、双方の主張を聞く。それが皇帝の信条であった。
「俺の名はグレイだ。一つダケ言いたい事がございます。」
「何だ?何なりと申してみよ。」
「俺はやっていないし関係ない。」
「ふむ、そうかそうか。まぁ大概一度は否定するものだ。」
グレイは申し開きを形式上聞いてはくるが、疑いから入る皇帝の審問に、どう対処したものか頭をフル回転させる。
「余はフェル3世だ!余に嘘は通じぬ……。」
「そんなに俺が信じらんないんですか!?」
「いやそんなことは……。だが疑わしきは罰せよと故人の教えがあってな?」
「疑いの段階で罰っしちゃダメじゃないですか。」
必死に食らいつくグレイと、明らかにのらりくらりとグレイの申し開きをかわしている皇帝。
暫く似たような状況が続いた。
「ふぅ。」
そんな二人のやり取りを先程から黙って見ていたクローディアは、誰にも聞こえない程小さな溜息を吐いた。
それを聞き逃さなかった皇帝は、今度はグレイの横で頭を上げようとしない少女に注意が向く。
「ん?娘よ。ソナタも顔を上げ名を名乗るがよい。」
「私の名はクローディア…。」
「うおおぉクローディア!!!パパだぞ!!余がソナタのパパであるぞーー!!!」]
「キャー!!!セ、セクハラです!!ちょっと!ボケっと見てないで助けてくださいグレイ!!」
「俺には無理だ。」
「へ、陛下!お約束が違います陛下!!」
名前を名乗ったクローディアに、ハナから抱き着く気満々の皇帝は、何と名乗ろうが関係なかった。
彼女を力一杯抱き付き頬ずりをする皇帝に、ビービーと防犯ブザーを鳴らしながら、なんとか皇帝の顔を引き剥がそうとするクローディア。
約束を違えたと皇帝の衣の裾を掴みクレームを入れるネビルに、そんな3人をため息混じりに眺めるグレイ。
そこに騒ぎを聞きつけたジャンを含めた近衛兵や、クローディアの叫び声を聞いたクマと狼が現れるものだから
さながら謁見の間は阿鼻叫喚とかす。
力一杯抱き締め頬ずりする皇帝に、心底嫌そうな表情のクローディアは、次第に不機嫌な表情になっていく。キラキラと輝く瞳は、モンスターどころかサルーインさえも震え上がらせるような冷たい瞳になったかと思うと
「いい加減にしてください!!」
クローディアのアッパーカットが皇帝の顎を捉え、弧を描いて飛んで行った。
「へ、陛下!!」
慌てて駆け寄るネビル達近衛兵。
しかしクローディアの怒りは静まらず、左手を斜め上に上げ右手を顔元におくと、光を伴って弓が現れた。
キリキリキリとその矢をひくとーーーー
【皆な死ね矢】
物騒な技名と共に天井に向かって放たれた矢は、天井付近に現れた靄の中に吸い込まれると、無数の光輝く矢となってまるで雨の如く謁見の間に降り注いだ。
ドドドドドド!!
凄まじい轟音の中で聞こえてくるのは
うわー!!いてー!!
あ!ネビル様俺を盾にしないでください!
クローディアぁクローディア!パパに会いたかったであろう?パパもお前に会いたかったぞー!!
うるさい!死ねジジイ!!
などの悲鳴だった。
次第に薄れ行く意識の中でグレイが見たものは、足元にシルベン(狼)を避難させ、二本足で直立したブラウ(クマ)が手慣れた手つきで鉄の傘をさして矢を凌いでいる姿だった。
そのブラウはグレイと目が合うと、まるで自分の方が彼女にとって序列が上だとばかりにニヤリと下卑た笑いを浮かべた。
「クッ、お前はトトロ…か……。」
最後の力を振り絞ってツッコミを入れるグレイだが、誰の耳にも届くことなく意識を失った。
気がつくと辺りに動く者はいなかった。
見渡すと、ネビルを始めとした近衛兵が倒れている。しかし誰もが気を失っているだけのところを見る限り娘はちゃんと手加減したようだ。
娘だけではなくグレイも居ないところを見ると、どうやらあの娘が連れて逃げたようだ。
あの子の性格を考えれば、見捨て一人で逃げることもしそうなものだが……。
まぁそれなりには気に入ったと言うことだろうか?
そう捉えるなら妻の策略も第一段階は成功と言えるだろう。
「おいネビル!目を覚まさぬか!」
横でジャンと共に唸り声をあげて寝ているネビルを揺さぶり起こす。
「陛下ムニャムニャ…ネビルとお呼び下さい…ハッ!!へ、陛下、ご無事でしたか。このネビル、身を盾にして陛下をお守り致しました。」
お前はジャンを盾にして逃げ回っていたではないか。白々しい。余の頭に矢が3本も刺さっているのが見えぬと申すか?
まぁ…その事は大したことないから追求はしないでやろう。
「ソナタを含む近衛兵等おかげで余は無事だ。大事ないから安心致せ。それよりネビルよ、現時刻を以ってソナタの親衛隊隊長の任を解く。」
「それは一体どう言うことでしょうか?」
「ソナタは働き過ぎだ。少し休むがよい。世界でも巡ってきたらどうだ?」
「はぁ…。」
「ソナタは鈍いな。逃げた2人を追えと申しておるのだ。」
「なるほど!2人を逮捕すれば良いのですね?」
グレイはまだしも、皇女たるクローディアを逮捕とは…。この者はだいぶ間違った認識を持っているようだが…まぁそれはそれで面白いかもしれない。
人に捕まるような2人ではないが、ある程度のイベント事があった方が……。
結局は妻の思惑通りか。
「ネビルよ。改めて命をくだす。あの2人を捕らえよ!!」
「ハッ…」
「そうだ。捕まえられなかった場合ソナタはクビだからな。」
「は?」
「分かったらサッサと行かぬか!!」
「ははぁ!!」
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「…ここは?」
意識を取り戻したグレイは、モフモフとした毛皮の中で目を覚ました。
「気が付きましたか?起きたのなら早く降りて下さい。そこは私の特等席なんですから。さっきからブラウがヨダレを垂らして貴方を眺めてましたよ?」
「それは困るな。」
グレイは短く返事だけしてブラウの背中から降りて辺りを見回す。
遥か後方にメルビルの城が見えた。昼間の太陽の位置から察するに、再びベイル高原の方角のようだ。
「さて、これからどうしたものか……。」
「やっぱり北の果てじゃないですか?」
「北の果て?バルハラントに行きたいのか?」
「違いますよ。愛の逃亡者はやっぱり北かなって。」
「逃亡者?誰が?」
「貴方と私です。忘れたのですか?私達はバファル帝国の皇帝に弓を弾いたのですよ?」
お前がな、とは言わないでおこう。それにあの皇帝の事を考えれば矢ぐらい何ともないだろう。まぁ俺は行くあてのない冒険者。バルハラントも良いかも知れないな。グレイは自分の奇妙な運命の悪戯に思わず笑ってしまう。
「グレイ〜待て〜逮捕だー!!」
遥か後方、メルビルの方から自分を呼ぶ叫び声が聞こえ振り返ると、ネビルが大人数の部下を引き連れて走ってくる。
「ネビルのとっつぁんだ。逃げるぞクローディア!!」
そう言ってグレイは彼女に手を差し出した。
クローディアは暫くポカンと驚いた様子で、差し出されたその手を眺めていたが、やがてゆっくりとその手を取り2人で走り出す。
どちらからともなく2人は笑いながら手を繋いだまま走り出す。
「こら!またんかグレイ!逮捕だー!」
「しつけーなとっつぁん!!」
「そうですよとっつぁん!」
「誰れがとっつぁんだ!」
グレイはクローディアと2匹とで船着場のあるローバーンへ向かって走る。久しく無かった胸の高鳴りをおぼえながら。