【完結】しゅらばらばらばら━斬り増し版━   作:トロ

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第四話【地獄変】

 

 凛と歌う刃鳴りが響く。

 それは突如その場に現れた。鈴の音色と共に、激突する四つの戦いの中心に唐突に現れて空を仰いでいた。

 まるで後悔でもするように。

 まるでこみ上げる笑いを堪えるように。

 それは空を見上げながら、透明に濁った気を撒き散らす刃を肩の高さまで掲げた。

 

「あ、あ、あ……」

 

 千草は恐怖に染まってしまい言葉を上手く出すことが出来なかった。

 最後に見たときよりも随分と顔立ちが変わっているせいで、パッと見では誰か気付かないし、そもそも夜の暗闇では表情を見るのは出来ないというのに。

 千草はわかってしまった。

 いや。

 青山を知る全ての人間は、それが青山だと即座に理解していた。

 

「あ、青山……」

 

 千草は震える声でようやくその名前を呟き、その言葉に反応した青山が視線を千草に向けた。

 

「はい、俺です」

 

 あまりにも簡素な死刑宣告が告げられる。

 青山。

 それだけで、悟る。

 

「俺が、青山です」

 

 千草はその視線に晒されて、恐怖すら感じることが出来なくなってしまった。感情で表現できるほどの生易しいものではない。青山とはそういう類の呪いだ。

 そして千草はこみ上げてくる怒りを感じた。恐怖すべき対象でありながら、憎むべき悪夢。辛うじて内側から燃え上がる怒りが、千草に冷静な思考を思い出させていた。

 だがそんなことは関係なく、青山は興味なさそうに視線を切ると、反対側に居る刹那と月詠を見た。

 

「ッ……」

 

「あはっ」

 

 刹那はその光を灯さない黒い瞳に見据えられ息を呑み。

 月詠は恋焦がれた相手を見つめるかのように、頬を染めて微笑んだ。

 だがすぐに青山は視線を移す。次はフェイトと楓。フェイトはこの状況を見据えて練り上げていた術式をさらに内側で練り上げ、楓は警戒心をむき出しにして青山とフェイトを視界に収めた。

 そして最後、青山はネギを見る。遠くに佇む少年は、その存在を主張するような明るい光を身に纏っていた。

 その姿に見惚れてしまう。思わず口を開いて食い入るようにネギを見る姿は、純粋無垢な少年そのものだった。

 宝石なんて目ではない。あの輝きはこれから先さらにさらに輝きを増していくだろう。

 そしていつか辿り着くのだ。脳髄すら冷たくなるこの領域に。

 修羅場へ。

 そう考えるだけで、手に持った十一代目が刃鳴りを響かせた。感情を表さない主に代わり、その刀は喜びを歌った。

 斬ろう。

 斬る。

 斬るのだ。

 斬る。

 斬ってしまえ。

 斬る。

 斬れ。

 斬る。

 斬。

 

「あはは!」

 

 物思いにふけっていた青山に向かって、抱擁するように両手を広げて月詠が襲い掛かった。その姿を見た誰よりも早く、彼女の憧れは無意識に斬撃を行うという回答をもたらしたのだ。

 半身が刹那の雷光剣で焼かれたというのに、その動きには劣化はない。それどころか、刹那との戦いをはるかに凌ぐ速度で青山に肉薄していた。

 充満する気は先の数倍にまで膨れ上がっている。青山という規格外に会えたという奇跡が、月詠に限界を超えた力を与えていた。

 

「ははは!」

 

 笑いながら月詠は二刀から気を放った。

 連撃斬空閃。触れればあらゆる魔も人も断ち切る見えない牙は、ネギを見続けている青山の背中を襲う。倒れ付す刹那は、膨大な気を練り上げて放たれた刃に、青山の死を予感した。青山は気を練り上げるということもせず、無防備に背中を晒すのみ。

 あっけなく、斬り裂かれる。逃れようなき現実を。

 ──凛。

 その音は容易く斬り裂いた。

 

「……っ!?」

 

 刹那の目には何が起きたのかわからなかった。青山の首目掛けて撃たれた斬撃が二つとも、鈴の音色が響いた瞬間霧散したのである。

 斬ったのだ。手にもつ、見るだけで気が狂いそうになる刀で、刹那の知覚を軽く超えた速度をもって、あの恐るべき必殺を斬り落とした。

 だが月詠は特段驚いた様子も見せず、青山の懐に潜り込んだ。無防備な背中に、手を伸ばす。その先には冷たい鋼。青山を斬るという祈りの牙は、振り返らずに十一代目で応じた青山に容易く受け止められた。

 

「あら?」

 

 鍔迫り合いの状態で月詠は首を傾げる。

 ぶつかっているはずの十一代目からの感触がなかった。相手側からの力も感じなければ、だからといってこちらが押し込んでも微動だにしない。

 巨大な壁と押し合っているような感覚だった。まるで響かない。まるで届かない。月詠の渾身は、青山にとってその程度でしかなかった。

 その間も青山は未だに混乱から抜けきっていないネギを見ていた。その後姿を見て月詠は理解する。

 青山は、己のことなど認識すらしていない。

 

「あ……」

 

 直後、月詠の刀を青山は無意識で弾くと、ネギに向かって歩き出した。その姿を呆然と、笑顔の抜けた絶望の表情で月詠は見送る。

 この世の終わりに遭遇したような表情だった。これ以上の絶望は存在しないとばかりに、その瞳からたちまち光は失われ、常に浮かんでいた微笑は消し飛ぶ。

 天国から地獄に落ちるという気持ちが今の月詠にはよくわかった。

 思って、思って、ただひたすらにその背中を思い続けて。ようやく手の届くところに現れてくれて。嬉しすぎてはしゃいでしまって。

 そんなウチは駄目ですか?

 そんなウチは嫌いですか?

 嫌だ。

 行かないで。

 ようやく見つけたというのに、遠くに行かないで。

 ウチを見て。

 ウチを斬って。

 それだけを、ウチはずっと祈ってきたから──

 

 だが願い虚しく、青山はネギのほうへと歩いていった。

 

「あ、あぁぁぁぁぁ!」

 

 直後、月詠の理性が砕け散り、余裕のない必至の形相で青山に飛び掛った。

 そして意味のない一人芝居が始まる。

 月詠は叫びながらその背中に怒涛の攻撃を仕掛けた。その勢いは万全の状態の刹那であったとしても、十秒だって持たないほどの圧倒的な手数と火力。それこそ限界を超えた力の発露だったのか、一秒毎に勢いを増す刀の舞。これぞ神鳴流と誰もが唸るほどの連撃は青山に全く通らない。

 どころか、その興味を惹くことすらできていなかった。

 羽虫程度にすら思われていない。

 煩わしさはおろか、眼中にもおろか、青山が月詠の刀を、単なる肉体の反射を使用して弾いているだけ。

 

「う、あ……」

 

 絶望する。伝えたい気持ちはことごとく無視されて、崇拝すべき願いは月詠の元を去っていく。

 用などなく、意味もなく、眼中どころか意識にもなく。お前の全ては路傍の石以下だと告げられているような──そう、その背中が物語っているように月詠は感じた。

 

「嫌! 嫌や!」

 

 そんな予感を、声を大にして否定しながら、駄々をこねる子どものように身体を震わせて、月詠は思いのたけを乗せた刃を奮い続けた。不毛な刃は伝わらず、鉄が弾きあう音と、嗚咽の声だけが夜を震わせる。

 飼い主に見放された哀れな犬のようであった。泣き喚きながら、だが一刀ごとにその刃の冴えは加速度的に増していくというのに。

 

「ウチが……! ウチのこと……!」

 

 言葉にならぬ訴えを涙を流しながら月詠は叫ぶ。

 斬り合うのだ。

 己が魅せられた本物の修羅。外道を乗り越え神へと至った素晴らしき斬撃と。

 だから見て。

 見てください。

 この思いに気付いてください。

 

「あぁ……」

 

 そんな後ろの『騒音』を無視して、青山は感嘆のため息を漏らした。ネギは膨大なエネルギーを放ちながら、自分を真っ直ぐに見つめている。その目に映るのは自分と青山の間に広がる圧倒的な差を感じたことによる絶望だった。

 それが青山には嬉しかった。相手の力量を正確に把握する。把握できるくらいに大きくなったその輝きに感動した。

 一歩、ゆっくりと近づく。

 少しだけだ。

 少し。

 ほんの少し、俺に魅せてくれ。

 今の青山はぎりぎりのところで本能と理性がせめぎあっていた。いや、周囲には最悪なことに、青山の本能は僅かに理性を押している。

 だから、斬るつもりだった。試しに、ちょっとだけだったらいいだろうと、無表情の奥で欲望に爛れながら、動けずにいるネギへと一歩一歩迫っていく。

 止めろ。という理性の発言がその歩みを遅らせている要因だった。今、ネギを斬れば全てが瓦解する。

 だが我慢できない。

 斬りたいのだ。あの少年の輝きを一刀すれば、きっと俺はこの終着点で何かを手に入れることが出来る。

 しかし今のネギでは駄目だと理性は吼える。今のネギはまだ道を歩み始めたばかりで、お前が感じているのは未来の彼の姿だと。

 だから抑えろ。

 でも抑えられない。

 激突する二人の青山がその身体の動きをぎこちなくさせる。議論は堂々巡りで、その間にもゆっくりと距離は詰めて。

 

 じゃあ、他の奴を斬ればいい。

 

「あ、そっか」

 

 その動きが止まった。心の中が晴れ晴れとする思いだった。

 斬ればいい。

 斬るのがいい。

 青山は、あまりにも簡単な答えに気づかなかった己を恥じた。やはり未熟だ。目先のことに囚われてしまって、危うく彼の未来を奪うところだった。

 申し訳ない。

 本当に申し訳ない。

 でも斬りたいという気持ちは本当で、だから君を斬りたくて。

 仕方ないから、他の奴を斬って気を紛らわせるのだ。

 そのくらい、猿だってわかる簡単な方法に気付かなかった己を殴りたい気分ですらあった。

 誰だってそう思う。

 俺だってそう思う。

 彼を斬るのには圧倒的に劣るけど、気分を紛らわすために誰かを斬る。

 実に合理的な考えだった。同時に、今の自分と同じ状況に居れば、誰もが思いつくような考えすら頭に浮かばなかった己の浅はかな思考に落胆。

 

「あぁぁぁ! あぁぁぁぁ!」

 

「ん?」

 

 ついには泣き出しながら青山に斬りかかる月詠の声と存在に、そのときようやく青山は気付いた。

 無意識で動いていた右腕を意識して動かし、獰猛な一撃を優しく受け流して振り返る。

 

「あ……」

 

 そうすれば、涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃになった月詠と目が合った。青山からしてみれば、振り返れば武器を持った少女が、体中を震わせて涙を流しているという異常な光景に他ならない。

 どうしようもなく気まずい気分になった。だからこそそれは奇跡だった。青山の意表を突くその光景は、一瞬とは言え本能の囁きを失わせる。そしてそれだけの時間があれば、青山は強引に己の本能を押さえ込むことが出来た。

 

「……うん」

 

 青山はようやく落ち着いたところで、内心で大きく安堵していた。

 今のは危なかった。あと少し抑えるのが遅れていれば、ネギを斬っていたところである。だがそれは青山にとっては本意ではない。ネギにはさらに経験を積んでもらって、自分と同じ場所に立ってもらわなければならないというのに。

 度し難い。未熟極まりない己の精神に辟易する。

 

「あ、あの!」

 

 自省していると、そんな青山に躊躇いがちに月詠が声をかけてきた。青山はその声に応じるように視線を合わせて、それだけで月詠は頬を染めてふにゃりと微笑んだ。

 

「よかったー。無視されて、ウチ、とっても悲しかったんですー」

 

「……そうか」

 

「だからー、ウチと斬り合ってくださいー」

 

「ん……そうか」

 

 青山は月詠が発する鬼気を、柳に風とばかりに受け流しながら、十一代目を一振り、二振り。

 

「うふふ」

 

 見えない。

 その圧倒的な斬撃の速度に笑みがこぼれるのを月詠は止めることが出来なかった。

 握りを確かめるために戯れと振るっただけだろう。だというのに、月詠には風を斬る音が二つ発生したことで、ようやく素振りが行われたのだと理解出来る程度。

 未だ幼い身でありながら、数多の戦いを超えてきた月詠の中で、ここまでの相手は一人だっていなかった。極上という言葉ですら表すことが出来ない。

 やはり。神だ。

 自分の神が、こちらを見てくれている。

 月詠が気を吐き出すその場一帯を覆いつくすほどの圧倒的かつ高密度の気の奔流。さながら巨大な魔物がそこに居るかのようだった。

 刹那はその圧力に抗うように立ち上がりながら、どうしてそこまで強くなれるのかと歯噛みした。

 月詠は強い。刹那と戦っていたときよりも強くなったと思ったら、今この瞬間、さらに先まで進んだ。その強さの源泉が修羅の道であることが、人を守る牙である刹那には理解できなかった。

 いや、理解するわけにはいかなかった。

 それを理解するということは、正道は邪道に屈するということを。外道は常道を破壊し、異端こそが常識を剥ぎ取るということを。

 そういうことだと認めなければならなくなる。

 ならば自分は何だ。正しい道を、守るという正義を。それこそが正しくて、間違っていないから突き進んで。

 そんな刹那をあざ笑うように月詠は一足飛びで進み、その果てに待つのが──

 

「青山……なのか」

 

 刹那は本能で理解した。その姿は知らなくても、それの存在だけでわかる。

 なんて様。

 なんという様なのか。

 酷いとか、気持ち悪いとか、そういうレベルの問題ではなかった。

 あの様だ。

 そうとしか言えなかった。言語を超えた謎の感覚に気が狂いそうになった。青山という人間は、あの様だから青山だと。

 あの様に、なるというのか。

 

「……お前は」

 

 本物の修羅が居る。修羅場に佇む完結した人間がこの世の中に存在してしまっている。だからこそわからない。その様で、その有り様で何が出来る?

 そんな刹那の葛藤に答えるように青山は構えた。月詠の放つ邪悪な気に微塵も動じない静かな立ち振る舞いだった。

 揺るぎようがない。

 揺らぐものがない。

 終わっているから、動じない。

 だから、魅せつける。

 この様だから。

 

 人は、人を斬れるのだ。

 

「神鳴流。月詠ですー」

 

 名乗りを上げた月詠みは、一心に自分を見つめてくる青山を前に、胸が高鳴り続けていた。

 夢が叶う。ありえない有り様を晒すこの人に、己の剣を魅せることが出来る。

 その奇跡に感謝して、月詠は行く。底など見えない暗闇へ。光を飲み込む何かの中へ。

 

「元神鳴流宗家。青山」

 

 音は渡る。透き通る。

 

「いざ、参る」

 

 その宣誓を皮切りに、月詠は青山の真横に瞬動で飛んだ。臆することなくその懐へ飛び込む。二つの銀閃が揺れて、正眼に構える青山の喉元に食いついた。

 疾走する光は十一代目を使うまでもない。青山は皮一枚で見切って空を斬らせる。だが身体を崩すことなく月詠は逆手に持った小太刀を流れた勢いで青山の手の甲目掛けて奮った。

 だがこれも空を斬る。だけではなく、月詠の目の前から青山の姿がなくなっていた。

 瞬動。それも目の前に居る月詠に悟られないほどの錬度。当然、この場に居るものではフェイト以外に反応できるわけもなく。

 しかし剣士としての本能が、月詠の額を焼く気配を感づかせた。

 上空、見上げればすでに突きの構えに入った青山が、雷光もかくやという速度で十一代目を突き出していた。見切ることなど不可能。だが本能は月詠を動かし、額を貫くはずの刃は、辛うじて顔をずらすことが出来た少女の左の耳たぶを切断するだけに終わった。

 肉片が僅かな赤色に浸されて木っ端と飛ぶ。二度と同じ形には戻らないだろう体の一部に、常人なら嘆き、悲しみ、崩れ、痛みに悶えるだろうが、月詠の精神は常人のそれを逸脱していた。

 

「ふふふ! あはは!」

 

 戦っている。

 あのお方と戦えている。

 月詠は激痛を訴える耳の痛みに歓喜した。この痛みはきっと死ぬまで忘れない。いや、この一瞬全てを忘れることはない。熱を帯びる傷口すらも意識させぬ冷たい今。灼熱しながら冷徹と化す矛盾地帯。意識を混濁させながら、余分な思考は一切斬り落ちて、斬撃に身を焦がす刹那。

 この時を味わえる歓喜。

 だからもっと、まだ終わらせない。月詠は顔の横を抜けた鈴の音色にうっとりとしながら、左手の太刀に気を込めて、舞い降りてくる青山に向ける。

 

「ざーんがーんけーん」

 

 空という逃げようのない場。確実に突き立つという確信に月詠は笑い、全力全開の奥義を、憧れに向かって解き放つ。内側から溢れだす気の総量は過去最大。自身から湧き上がる気におぼれるような錯覚。

 今、ウチは絶頂にいる。

 その思いを刃に乗せて、月詠は濡れ滴る気を叩きつけた。

 そうしたはずだった。

 

「ほぇ?」

 

 しかし放たれたはずの気は、放たれることはなかった。

 

「あらー?」

 

 おかしいなぁという思いと、降りてくる青山に反撃できなければこのまま斬られてしまうという思いが重なり、再び左腕に気を収束して、失敗する。呼吸のように出来るはずの気の収束がどうして出来ないのか。時の止まった世界で疑問を重ね続けた月詠は、恍惚とした吐息を漏らした。

 丸ごと根こそぎ、綺麗に飛んでる。

 

「ぁ……ん」

 

 奮ったはずの左手の感触がなかった。降り立った青山を月詠は潤んだ瞳で見すえ、そっと掲げられた十一代目に突き立ったそれに視線を移した。

 赤く染まった十一代目の切っ先に突き立つのは、いつの間にか斬り飛ばされていた月詠の左腕だった。器用に肘から下が斬られて、まるで焼き鳥の肉のように十一代目の切っ先に突き刺さっている。

 大切な自身の肉体は、乱雑に扱われ、意味もなくぶらぶらと揺れていた。

 

「うふふ」

 

 だが月詠は笑っていた。とても嬉しかった。青山に斬られたという事実が嬉しくて、傷口から失われていく血のことすら気にならなかった。

 少女の短くない生涯。刀の道を究めるために、共に歩んできた大切な身体の一部がなくなった。

 斬られて千切れて突き刺さった。無意味に、何かをなすこともなく、青山に奪われた。

 その素晴らしい出来事が、月詠にはとてもとても、嬉しかった。

 だがまだだ。右腕の刃は重く、確かな感触を持って──

 

「あ……」

 

 いつの間にか、青山の刃が月を突くように空に掲げられている。

 そしてつられるようにして見上げた空に舞う二つの肉と銀色の輝き。それがくるくると回転しながら落ちてくる光景を眺め、まるで竹とんぼのようだなぁと月詠は思った。

 月詠が惚けている間に、青山が掲げた十一代目に二つの肉が突き刺さる。赤い血を十一代目に滴らせる様は、処女の乙女が流す清らかな鮮血に似ていた。

 気付けば右腕の重量感は、感触ごとなくなっていた。ちらりと見れば、左腕と違って肩の付け根から綺麗に削がれた傷口が、月詠の認識を皮切りに滂沱と流血を噴出しだす。

 両腕の傷口から、栓の壊れた蛇口から吐き出される水のように、月詠の命が失われていく。だがしかし、体中を血に染めながら、対照的に顔を真っ青に染めながら、月詠ははにかむように、慈しむように、青山の光なき瞳に微笑みながら語りかけた。

 

「ウチの腕ー。美味しかったですかえ?」

 

「普通」

 

 青山の返事に「そーですかー」と、ちょっと寂しげに笑った。

 もっと楽しみたかった。

 出来ればその体に私を刻み込みたかった。自分の物だ爪を突き立てたかったけれど、この体に刻まれた痛みは、まるで彼の所有物に自分がなったかのような錯覚に陥れて、嬉しいのだ。

 

「ん、は……あ、ぁん」

 

 終末に至った修羅に貫かれた。情け容赦なく、痛みすら感じるまでもなく大切にしてきたものを奪われる。その身を全て捧げる殉教者の如き気持ちになった月詠は、喜びの絶頂に膝を震わせて、扇情的な溜息を吐きだした。

 そして滂沱と流れる出血によって意識を保てなくなり、笑ったままその場に倒れ、眠る。

 再びの静寂。

 戦いは一方的に完結した。

 結果だけを見れば、それは戦いとすら呼べぬものであった。青山は月詠を軽くあしらい、まるで駄賃を貰うようにその腕を斬り落としたという結果。

 それも無理はない。落ちたとはいえ、元は神鳴流の宗家。しかも歴代最強を悉く斬り倒した史上最強。そんな相手に、気の総量を土壇場で増やしただけの、未熟な少女が叶うはずもない。

 こと近距離という状況において、この旧世界で今の青山と斬り結べる相手は、それこそ同じ宗家、無双の域に到達した青山素子くらいである。幾ら月詠が熟練しようが、神鳴流にありながら、僅かに外道に逸れただけの刀で、青山に届くということはなかった。

 

「……」

 

 だがそんなわかりきった事実、得意げになるほどでもない。

 青山は自分の血で作った水溜りに沈んだ月詠に近づくと、無慈悲に十一代目を払って少女の両腕を地面に落とし、赤い刀身を誇示するように空に掲げた。

 冷たい表情は、刀のように冷え冷えとしている。

 

「やめろぉ!」

 

 倒れ付す少女を見つめるその姿から、次の行動を予感した刹那は叫ぶ。

 だが彼女の制止を聞くことなく、青山は断頭の刃を振り下ろし──切断された肘と肩の肉を斬り裂いた。

 光に翳せば透けるくらいに斬った箇所は薄く裂かれ、血の海に肉が落ちる。それだけで傷口は変わらず真っ赤な血を浮き出しているが、出血は収まっていた。

 傷口を斬ることで出血を止める。常識外れの光景に目を白黒させている暇もない。青山は先程とは打って変わってネギとは視線を合わせないようにして、千草とフェイトを見て、左手で軽く顎を擦った。

 

「長瀬さん。彼ら、もういない」

 

「なに?」

 

 青山の言葉を聞いて、楓は先程まで退治していたフェイトを見つめ、クナイをその顔面に投げた。フェイトの技量でならあっさりと避けられるか弾くことができるだろうそれは、なんの抵抗もなく突き立つ。

 直後、フェイトを模していた何かは札に戻った。青山が出てきた一瞬、動いたのは月詠だけではなく、フェイトもそうだったのだ。青山が予想よりも早く現れたのを見越して、空間転移を使い千草を拾って、札を残して離脱。誰もが青山に集中していたからこそできた芸当だった。

 だがフェイトに出来たのはそれだけで。

 それだけで充分すぎた。

 

「……」

 

 青山は何かを追うように視線を虚空に飛ばしてから、悟ったように数度頷いた。そして腰の鞘に十一代目をしまい、帯に縛っていた竹刀袋に突っ込んで、口を厳重に締めた。

 ふぅ、と軽く吐息。刹那すら驚嘆すべき力量を誇った月詠を容易く降したというのに、その額には汗一つすらかいていなかった。

 これが、青山。立ち上がった刹那は、夕凪を鞘にしまうことなく、警戒心むき出しのまま近づき、それを制するように、楓が青山の前に立った。

 

「お久しぶりでござるなぁ」

 

「いつも、迷惑をかけている」

 

「いやいや、おかげでスリルのある修行が出来ているでござるよ」

 

 世間話のように軽く言葉を交わす両者だが、楓もまた青山に対する警戒を解いてはいない。

 そも、出会ったとき問答無用で斬るという意思を叩きつけてきた相手に、どうして警戒心を解けるだろうか。

 

「……助太刀、感謝します」

 

 遅れて、刹那が楓から一歩引いた場所で青山に声をかけた。不思議な男であると刹那は思った。刀を持っているときは、あんな有り様だったというのに、今の青山は雑多に紛れていればまるで気付かないほど、何処にでもいそうなほど存在感がない。

 だが目だけは変わらず光を吸い込む気持ち悪さを湛えていた。それが、不快だった。

 そんな刹那の気持ちに気付いているのか否か、まるでわからない無表情で、礼を述べた刹那に青山は深く頭を下げた。

 

「何の。助太刀が遅れたこと、申し開きがない」

 

「いや……いや、いいのです」

 

 最初の印象とのギャップがありすぎるからか、刹那は困惑した面持ちで頭を上げるように促した。

 

「斬り殺すかと、思いましたよ」

 

 刹那はそう言いながら、気絶している月詠に視線を落とした。腕からの出血は収まっており、これならば出血多量で死ぬことはないだろう。話に聞いた限りであれば、躊躇いなく殺していそうなものなのだが、そんな皮肉を含んだ言葉に、青山は事務的に答える。

 

「可能な限り殺すな。これが学園長と、詠春様からのご命令ゆえ」

 

 だから殺さなかった。

 裏を返せば、その命令がなかったら、殺していた。

 どうとでも取れる青山の発言に刹那は顔をしかめた。

 

「あなたは本当に青山なのですか?」

 

「そう、俺は青山だ。かつての名は、破門された俺が名乗れるものではない。恥ずべき、忌むべき青山として、君はわかってくれているはずだ」

 

 青山の名の意味。

 侮蔑と畏怖が混ざった恐怖の代名詞。

 重々理解している。というよりも、今まさに思い知ったばかりであった。

 

「……ならば、そんな青山が何故助太刀をする。何故今更になって戻ろうとする? あなたが神鳴流に刻んだ傷跡、よもや忘れたわけではないでしょう」

 

「それは……」

 

「学園長を騙し、事情を知らぬ西洋の魔法使いを騙せても、あなたを知る私はそうはいかない。それに先程の有り様を見て確信した……あなたは、青山以外になれやしない」

 

 道は違えたとしても、同じく剣の道を歩む刹那にはわかった。

 この男は終わっている。

 あまりにも終わりすぎている。

 友が出来ようが、恋人が出来ようが、家族が出来ようが、守りたい者が出来ようが、その心のあり方が変わろうが。

 全部、この男には響かない。完結しているから、芯がぶれない。

 そんな男の何処を信用すればいいというのか。

 

「……言葉は、上手く言えない」

 

 青山はそう前置きしてから、刹那を見据えて答える。

 

「だが、俺は変わっている。かつてのように、ひたすらに戦場へ戦場へと赴いていたときとは違う。今の俺には強さなど二の次だ。麻帆良で出会った色々な方々のおかげで……俺は空を見上げながら歩くことが出来るから、その陽だまりに居られるならば、喜んで身を捧げられる」

 

 過去を悔やみ、今を誇る。そんな素晴らしい言葉だった。

 その言葉はとても深く、重く、本心から告げられている言葉だというのに。

 

「そんなこと……!」

 

 青山が語る。

 それだけで壊滅していた。

 

「信じてもらえるとは思わない。だが今現在、君達に危害を与えることはしないと、俺を信じてくれた学園長と詠春様に誓う」

 

「……わかりました」

 

 いずれにせよ、青山が戦闘行動に移れば、ここに居る全員が斬殺される。だからこそ、納得はしなくても引くしかない。刹那はそう自分を戒めて引き下がった。

 青山は渋々ながらも理解を示してくれた刹那の気持ちに感謝を伝えるため、再び腰よりも下に頭を下げた。

 その礼儀正しい所作が、謙虚な姿勢は青山の人の良さを表しているというのに、どうしても受け入れられない。刹那は嫌悪感を隠すように視線を切り、ネギの元へ駆け寄った明日菜のほうを見た。ぼろぼろのネギを涙目で抱きしめる明日菜の姿。ネギも安堵の表情で明日菜の抱擁に身を任せている。

 その美しい光景に胸を撫で下ろした。

 

「襲撃者の身柄は俺のほうで預かろう。総本山には、明日?」

 

「そのつもりです。本来は明後日の予定でしたが、状況が変わりました。尤も、そちらで今親書を預かってもらえればありがたいのですが」

 

「そうもいかないのはわかっているはずだ。西洋の魔法使いであるネ、スプリングフィールド君が、総本山まで足を運ぶ。その事実こそが親書と同じく重要であるのだから」

 

「……わかっています。が、襲撃者はあまりにも強かった」

 

 だから出来ればという望みがあって。

 そんな望みを青山は無表情のまま断ち切った。

 

「俺が居る」

 

「……っ」

 

「青山が、彼の命を保証しよう」

 

 と言ったところで、青山は内心で苦笑した。先程、まさに彼の命を終わらせようとしていた自分が、どの口でそんなことを言えるのか。

 嘘が上手くなった。誇れぬ事実を自嘲するようにぼやき、そんな内心を悟られぬように刹那と楓に背を向けた。

 

「人避けの結界のほうは帰るときに斬っておこう」

 

「わかりました……助太刀していただいた身でありながら、先程までの無礼な物言い、申し訳ありません」

 

「気にしないでくれ。俺は、青山だから」

 

 そうされるべき、恐怖である。

 青山は気絶している月詠を抱え、ついでに地面に落ちた剣は散らばっていた鞘を回収してしまい、腕ごと腰帯に差しておく。着物が血で濡れているのは気にしていない様子であり、恐ろしいことに付着した血液がよく似合っていた。

 続いて青山は瞬動を使って小太郎の前に出た。そして空いた手で小太郎を抱きかかえようとして、

 

「待ってください!」

 

 そんな声に、ピタリと動きを止めた。

 ネギが駆け寄ってくる音が聞こえて、青山はどうしようか悩み、小太郎を抱きかかえた。

 

「その! やっぱし、あの時の人ですよね?」

 

 ネギは青山の背中に声をかけた。先程まで感じていた恐怖はない。むしろ、隔絶した実力差をわかったからこそ、その背中に、自覚もなく羨望の眼差しを向けていた。

 青山は振り返ろうとして、止める。折角押さえ込んだアレが、もしかしたら再び出てきそうな気がしたから。

 

「よく頑張ったね」

 

 だから、伝えたかった言葉だけを伝えて、青山は瞬動でその場を後にした。

 

「あっ……」

 

 ネギは蜃気楼のように消え去った青山を追うように手を伸ばして、その手を強く握り締める。

 頑張ったと言われた。強い人にそう言われたことは嬉しくて、けれどネギは微妙な違和感を覚えていた。

 違うのだ。そういう、上から言われる言葉ではなくて、もっと違う、別の何かを言ってほしくて。

 

「僕は……」

 

 だがその言葉は見つからない。胸の内側にくすぶるもやもやは再び広がって、ネギの内側を侵食していった。

 

 

 

 

 

 危なかったなぁと。

 いやホントに。

 虚空瞬動で総本山を目指しつつそんなことを思う。辛うじて踏み止まったところで、丁度この少女が上手く出てきて気を紛らわせてくれたから、どうにか最悪な結果にはならずにすんだ。

 にしたって。

 幾らネギ君が強くなったのが嬉しかったからって。

 斬ってはいけないだろ。

 いや、斬るけど。

 そういうことではなくて。

 あー。

 

「……ふぅ」

 

 赤面ものの先走りを、ため息とともに追い払う。とりあえず色々と台無しなことは避けられたので、今はこの少年少女を連行することだけを考えよう。

 フェイト少年とその仲間である女性はもうこの近辺にはいないし。

 しかし。

 

 彼ら、詠春様の娘さんを攫ってどうするんだろう。

 

 

 

 

 

 フェイトは夜空を千草と共に飛びながら、最低限のことは出来たことに、一応納得していた。

 いや、納得せざるを得なかった。

 

「……」

 

「……」

 

 二人の間に会話はない。千草の式が抱えている少女、近衛木乃香の奪取には成功した。少女のもつ膨大な魔力量を使って、封じられた鬼神を復活させ、総本山の穏健派を叩き潰す。そのための第一段階はこれでクリアしたも同然だった。

 だが表情は暗かった。理由なんてわかりきっている。フェイトも千草も、アレを見てしまったのだから無理はなかった。

 青山。

 恐るべき、修羅よ。

 千草は恐怖に歪みそうな顔を、強引にかき集めた怒りで塗りつぶした。そうでなければ、もう一歩だって動けそうになかったから。

 数年ぶりに見た青山の実力は、圧倒的としか言えなかった。神鳴流でも青山に近い異端の剣士である月詠。彼女の剣術は魔を断つ以上に人間を斬ることに長けていた。

 未だ少女でありながら、神鳴流でも天才の域にある彼女は、しかし青山には遠く及ばなかった。土壇場で限界を超えて、能力をさらに増したというのに、それを青山は一蹴してみせた。

 そこまでの差があった。フェイトは最早疑うべくもなく確信する。

 あれはサウザンド・マスターに匹敵する。世界がバグを起こしたとしか思えない能力。フェイトの造物主が危惧し、そして羨んだ人間の可能性。

 問題なのは、アレはその一端でありながら、行ってはいけない人間の可能性に他ならなかった。

 

「……危険だ」

 

 フェイトの本来の目的に、いずれあの男は無視できない障害として現れる気がしてならなかった。誰もが幸福でいられる世界を作るという目的を、あの男は全てぶち壊しにしてしまう。

 予感は確信と同義だった。あの男に幸福なんてない。それどころか、あの男は間違いなく幸福を斬る。

 斬って。ただ斬る。

 だから青山は今ここで殺さなければならない。例えこの世界に数十年は刻まれる大災害とも呼べる被害を与えても。そうするだけの異常性があの男にはあるから。

 

「儀式のほうを強行しよう」

 

「……ここまで来たんや。後には引けんのはようわかりやす。だが、青山はどうするつもりや?」

 

「僕の予想はぎりぎりで当たった」

 

「どういうことや?」

 

「青山はお嬢様を攫った僕らの動きに気付いていたのに、追ってこなかった」

 

 千草はフェイトの言葉に絶句した。いつでも追われていたという事実に困惑し。

 

「……どうして、青山はウチらを追ってこなかったんや?」

 

「彼の目的は英雄の息子だ。それ以外はどうでもいいんだろう……それこそ、西の長の娘であろうともね」

 

 何故ネギに執着するのかはわからないが、フェイトは青山の目的はネギにあると確信した。あそこに居た者のほとんどは青山の気に当てられて把握していなかったが、フェイトは月詠を無視してネギにゆっくりと近づいていたのを見ていた。

 そして、式を残して稚拙な結界を潜り、木乃香を拉致した時に予想は確信に変貌する。青山は間違いなく自分たちに気付いていた。それなのにまるで気にすることもなく見逃した。

 フェイトの現在の目的は二つだ。

 一つ目の目的は、ネギが小太郎を下したことで決定した。想像を超えた成長を見せたネギは、将来の敵なりえると判断する。よって、これ以上成長する前に、ここで排除をしなければならない。咸卦法を使用出来るとはいえ、所詮はその程度。従者が三人居るが、それを踏まえても、彼らだけならフェイト一人で苦もなく排除出来る。

 だが二つ目の目的がそれを邪魔する。つまりは青山の排除。これはネギの排除とイコールで繋がっているため危険度が増す。

 それでもこの絶好の機会は今後訪れるとは限らない。木乃香の膨大な魔力を使用して、封じられた鬼神と、可能な限り召喚できる妖魔の軍勢。

 これをもって、青山を絶命させる。小太郎と月詠という手札を失ったのは痛いが、それでも保有する戦力は旧世界ではこれ以上望めない。

 

「……彼は総本山に帰っているはずだ。いつまで彼の気まぐれが続くかわからない。早速始めよう」

 

 フェイトは無感動な瞳に確固とした決意を秘めて、その場所に降り立った。千草も遅れて降り立ったのは、周囲を巨大な湖に囲まれた祭壇のような場所だ。その中央に置かれた台に、千草は木乃香を横たわらせる。

 猶予などはない。穴だらけの強行軍でありながら、しかしそれゆえに嵌れば充分に上手くいく策であった。とはいっても、策などというのは嵌った時点で上手くいくものだが。

 

「とりあえず、打ち合わせ通り総本山への尖兵の召喚から始めよう」

 

「わかっとる」

 

 千草は軽く返事をすると、木乃香に札を貼り付けて、その魔力を強引に使用し始めた。木乃香を中心に魔法陣が展開されて、湖一帯に展開されて、そこから無数の鬼が召喚された。

 その数、百はおろか二百を超える規模。その一体一体が充分以上に働けるほどの能力を持つ妖魔達だ。木乃香の魔力であれば少し時間をかけるだけでこの程度の召喚は容易いのだが、それでも想像を超える規模の軍勢である。

 

「……おのれらはこの子に付いていって、指示通りに動くんや」

 

 千草はそう言って背後に控えたフェイトを指差した。そして後はフェイトに任せると、己はこの祭壇のさらに奥にある巨大な岩に眠る鬼神を蘇らせるための準備に入った。

 総本山を攻めるだけならば充分な数を揃えたにも関わらず、千草の表情には余裕はない。

 それもこれも全ては青山が原因だ。あの男をこの程度で殺すことなど不可能であるという、わかりやすい事実が千草に余裕を失わせている。

 だから鬼神の復活を急がなければならない。それも不完全な状態ではなく、封印される前の最高の状態まで。

 そしてその戦力と、さらに増員する鬼の群れを用いて総本山ごと青山を叩き潰す。それしかないと千草は考えていた。

 だから気づかない。そもそもの目的から離れて、青山を殺すためだけに動いている異常な自分に。恐れを抱く化け物、戦うくらいなら逃げ出すのを選ぶ脅威。そんな人間である青山から、今ならば逃げられるというのに千草は逃げない。

 明らかにおかしな状態になっている千草を、フェイトは冷めた瞳で見据えた。

 

「……じゃあ、僕は彼らを総本山に向けたら、また戻ってくるよ」

 

 フェイトは何も語らない。催眠すら使わず、そのあり方だけで人を狂気に貶める魔性。その存在を滅ぼすことには、彼もまた同意見だったからだ。

 

 

 

 

 




初めて読む方への補足。

ネギ流咸卦法。
我流なので結構エネルギーの無駄が激しい。無理やりやっているため体への負担が大きい。完全な状態の咸卦法が、身体能力を無駄なく上げるものだとするなら、現状のネギの咸卦法は、体への負荷を大きくする代わりに出力を得る、いわばリミッター解除状態。ターン終了時に墓地に捨てられることはないけどね。

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