【完結】しゅらばらばらばら━斬り増し版━   作:トロ

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第五話【修羅よ、人の子よ(上)】

 

 己の浅慮に死にたくなるような気分だった。刹那は怒りのままに拳を握りこみ、その掌が切れて血を流しても気にすらとめられなかった。

 戦いの後、旅館に戻ったネギ達は、居なくなった木乃香と、そこに残された一枚の手紙を見つけて、誰もが苦渋の表情となっていた。

 手紙の内容は、簡単にまとめれば木乃香は拉致したというものである。そして、その魔力を用いて総本山を叩き、手中に収めるというものだ。

 刹那は立て続けに襲い掛かってくる窮地に言葉すらないネギと明日菜に背を向けて、開いた窓に寄った。

 

「行くのでござるか?」

 

「あぁ。奴らの狙いが総本山なら、少なくともそこに行けばお嬢様の場所くらいはわかるはずだ」

 

 楓の問いに振り返ることなく刹那は答えた。そして何も語らずに行こうとする刹那だったが「待ってください!」というネギの声に止まる。

 

「僕もついていきます!」

 

「わ、私も!」

 

 ネギと明日菜が声を揃えて言った。その言葉に刹那は振り返り、静かに視線を落とす。

 

「しかし……これはお嬢様の護衛である私の──」

 

「生徒を守るのは教師の役目です!」

 

「親友を見捨てるなら親友なんて名乗らないわよ!」

 

 刹那の言葉を遮って、二人は思いのたけを叫んだ。刹那は、迷いなく答える二人の言葉に止まり、続いて楓を見た。

 

「お主の負けでござるよ刹那。そして拙者も、クラスメートを見捨てるほど腐ってはおらんのでな」

 

「皆さん……ありがとうございます」

 

 三人の助勢に刹那は深く頭を下げた。恥ずかしいという気持ちはある。ネギは親書を届けるという大切な任務があるし、明日菜は一般人。楓は、にんにん。

 そんな彼らを自分の事情に一方的に巻き込むことに罪悪感はあった。しかし現状、月詠と小太郎を失ってなお、フェイトが居るだけで刹那ではどうにも出来ない状況にある。

 だからその手を借りなければ木乃香を救えないから手を借りる。その後であれば喜んで自分は罰を受けよう。刹那はそう決心した。

 

「……ネギ先生を上手く隠れ蓑にしていましたが、奴らの狙いがお嬢様の魔力を使用した総本山の掌握ということは、お嬢様を拉致したことである程度わかりました。となれば総本山を狙うのは当然で……私達はその間に裏からお嬢様を奪還しましょう」

 

「でもそうしたらその、総本山ってところが危ないんじゃないの?」

 

「それと、学園にも連絡を入れたほうが……」

 

 刹那の作戦に明日菜とネギが疑問を投げかける。それに刹那は「学園にはネギ先生から連絡を入れてください」と告げ、そして明日菜の疑問には瞳に嫌悪感を滲ませながら呟くように答えた。

 

「総本山には、青山が居る」

 

「……であれば、我々の心配は杞憂でござるな」

 

 楓が納得したように相槌を打った。

 嫌悪の対象で、信頼など出来ない青山だが、その戦闘力だけは信用に足る。あの男がいる限り総本山が破られるとは考えられず、あの男が破られたのならば、こちらがどう足掻いても木乃香の奪還は不可能だ。

 だから、刹那は元は西の者でありながら総本山の危機を見捨てる。全ては奪われた木乃香のためだ。これも含めて、罰は全てが終わったら甘んじる。

 刹那は悲壮な覚悟は面に出さず、刃のように鋭い表情でネギ達を見つめ、告げる。

 

「木乃香お嬢様のために、皆様に危険を冒してもらいます。これは私の我がままで、あなたがたには一切関係ない……やめるなら──」

 

 刹那は全てを語らず、真っ直ぐに自分を見つめる三対の瞳の意思を感じて、それ以上は言わずに頷いた。

 

「行きます。現目標は総本山周辺、そこで敵を待ちながら辺りの捜索網を広げ、お嬢様までの血路を見出します」

 

 敵の手紙など罠以外に考えられない。それでも今は敵の口車に乗ってそこから木乃香までの道を見出さなければならない。

 未だ夜は終わらない。

 おろか、煉獄はすぐそこなのを、彼らはまだ知らずにいる。

 

 

 

 

 

 無事、ネギ君の護衛を果たした俺は、そそくさと総本山に戻って、少年少女を巫女さんに預けた。それから詠春様と面会の機会を得ることが出来た。

 最初とは違って詠春様の自室に呼ばれた俺は、「青山です」と一言告げてから戸を開いて、頭を下げた。

 

「顔を上げて、入るといい」

 

「はい」

 

 言われるがまま、顔を上げた俺は静かに部屋に入る。和風とはいえそこは現代。ちゃんと電気の明かりが点いており、室内を明るく照らしている。

 詠春様は何かを一筆していた手を止めて俺に向き直った。どうやら文を書いているのを邪魔してしまったようである。

 

「夜分に失礼します」

 

「気にしないでくれ。報告は簡単であるが聞いている。ネギ君に襲撃者が来たようだね?」

 

「はい。内、二名は連れ出しましたが、残り二名は逃してしまいました」

 

 実際は逃がしたということになるのだが。嘘を含むのは少々気分が悪いものの、これも俺好みのネギ君に育ってもらうためである。今頃は生徒を取られたことでネギ君達は彼らを追っているだろうか。いや、普通に考えたら生徒一人を無視してでも任務を達成するべきだが。

 でも出来れば追ってほしいな。

 なんて。

 遠くに展開されている無数の鬼の軍勢を知覚しながらワクワク気分。いい感じに窮地を作り出しているらしい。なるほど、詠春様の娘さんを拉致したのはこれが狙いか。

 

「青山君?」

 

「……申し訳ありません。少々、まどろんでいました」

 

 危ない危ない。少し呆けていたか。俺は咳払いを一つすると、頭の中では別のことを考えながら、先ほどのことの詳細を詠春様に話し始めた。

 さて。

 そんなどうでもいい話はともかくである。

 総本山に迫り来る鬼の軍勢とは別に、召喚された場所から感じる膨大な魔力と気を感じて内心の喜びはさらに膨れ上がるばかりだ。

 おそらく、これは結局俺が封印を解くことが出来なかった鬼神であろう。名前は確か、リョウメンスクナとかだったか。

 あの封印は、実は最後に開放するつもりだった。いや、実際は総本山のお膝元ということで、勝手に封印を開けば破門はおろか、犯罪者として永久に付け狙われると考えて手を出さなかったのだけど。いやはや、昔の俺はチキンだったものだ。

 それでもいずれは封印を解いて仕合うつもりだった。

 だがしかし、最後のとっておきの前に現れた物凄い鬼との一戦で完結してしまった俺は、それを皮切りにすっかり強さとかどうでもよくなってしまったのである。

 なんて。

 まぁ、今振り返れば当時の俺は青二才の若造で、やんちゃを繰り返していただけ。そう思えば、ぎりぎりで終われたのは運がよかったというかなんというか。

 そんなものである。

 ともあれ青春の残り香。言い換えれば暴走が止まったという印であるあの封印が解かれようとしている。

 楽しみである。

 

「というわけでして、神鳴流のほうは加減が効かず、物理的にその戦闘力を奪う形になりました」

 

「そうか……あの少女は君に倒されたわけだね」

 

 今にも唸りそうな複雑な面持ちで何事かを考え込む詠春様。思えば、久しぶりの再会から、嘘を織り交ぜた会話しかしていないような気がする。

 結局、本質的にはあの頃と変わっていない己が悔しい。しかし、それでも己の私利私欲のため、詠春様に嘘とわからぬ嘘を告げつつ、俺はネギ君の健やかな成長を手助けするのだ。

 そう、仕方なき。

 仕方なく。

 うんうん。

 

「長!」

 

「何事だ?」

 

 説明が終わったのを見計らったようなタイミングで、慌てた様子の巫女さんが入室の許可なく戸を開けた。ただ事ならぬその様子に、俺と詠春様は顔を見合わせてから巫女さんの話を伺うことにする。

 といっても、恐らくは迫ってきている鬼のこと。

 

「ほ、本山目掛けて無数の鬼の軍勢が!」

 

「何!?」

 

 詠春様が驚いているのを横目に、気付かれぬように内心でやっぱりと納得。

 いやしかし、感じる魔力と気は随分と優秀。多分、というか間違いなくフェイト少年とあの女性のせいだよなぁ。

 となると、彼らを見逃した俺のせいにもなるのか。

 というか間違いなくそうだよなぁ。

 ……。

 

「詠春様。俺が行きましょう。本山の戦力はそのまま詠春様の警護に回してください」

 

「な……恐れながら、あの戦力は神鳴流の剣客といえど、一人では迎撃は不可能です!」

 

 巫女さんは無茶言うなといった具合でそう言った。確かに並みの剣客では今迫っている妖魔を滅ぼすのは難しい。

 だが俺は青山で。

 君は、俺を青山と知らない。

 

「ご心配なく」

 

「そんな……」

 

「よしなさい。彼がそう言っている以上、つまりは大丈夫ということだろう。我々はもしもを考えて各地の戦力を至急集めよう」

 

 詠春様が俺の後を引き継いで巫女さんを説得する。長の言葉ということもあり、巫女さんは納得して引き下がった。

 同時に俺と詠春様は立ち上がった。挨拶もそこそこに、ネギ君ではなく俺を狙ってきた彼らを迎撃するため部屋を出る。

 

「すまないね」

 

 背中にかかるのは詠春様の申し訳なさそうな声だ。本当ならご自身で動きたいのだろうけど、生憎今は西の長という立ち位置。自ら危険に飛び込むことは出来ないから。

 そんな詠春様の気持ちがわかって、むしろ俺こそ申し訳なかった。

 なんせこの騒動。俺が防ごうと思えば防げたのである。逃げたフェイト少年を即座に追い詰め、斬ることは可能であった。

 当然、フェイト少年はかなりの猛者であるため、激突していたらあそこの周囲一帯は更地になっていただろうけど。

 それだって、今の状況を招くなら安い代償だったはず。

 まぁ今更悔やんでも仕方なく。俺はこの騒動にネギ君が着てくれたら嬉しいなぁと思いながら、戦場に躍り出ることにした。

 と、その前に。

 

「詠春様」

 

「なんだい?」

 

 これだけは聞いておかないといけない。予感だが、これから先はきっと自分を抑えることが出来ないという予感。

 だから、先に断っておこう。

 

「殺さずとはいきませんが、よろしいですか?」

 

「……あぁ。この状況で、殺さずを貫けというのは酷だろう」

 

 詠春様が数秒悩んだ末に告げた言葉に、俺は喜びを表すように礼を一つ。

 それを聞ければ、もう安心。

 

「では、後ほど」

 

 俺は十一代目の入っている竹刀袋の口を緩めると、迷いなく夜に飛び出した。

 冷たい刃鳴りが響く。斬るということに感動した刃が唸った。

 そう、斬ろう。

 

 一切合財、斬り捨てる。

 

 

 

 

 

 酒呑童子。

 極東の裏側に潜む者なら誰もが知るこの名。現在はとある場所にて厳重に封印を施され眠っている、鬼の頭領にして、最強の化け物。

 誰もが恐れ、そして誰もがその封印の在り処を求めているこの鬼は、しかし一部の者しか知らぬ真実がある。

 今も封印が解かれるのを待っているとされているこの最強の鬼は、この世に存在しない。

 それは文字通り、いや、わかりやすく言おう。

 酒呑童子は死んだ。

 最強の鬼は、封印されるでもなく、たった一人の男の手によって殺されたのである。

 本来、この世に召喚された鬼を含めた魔族と呼ばれる者は例え魔を滅ぼすのに長けた術者であっても、完全に存在を滅することは出来ない。出来るのは、元の場所に召還するか、存在を希薄にし、封印を施すかしか出来ない。一部、完全に魔を滅ぼす術も存在するが、それは難しい術式であるため、使用する者も、そも使用しようという者もいない。

 さらに言えば、それであっても酒呑童子は滅ぼすことは出来ず、彼の鬼は封印をすることしか叶わない存在であった。

 あった、はずだった。

 だが今より数年前。異常事態は起きる。世界を滅ぼそうと画策したとある術者による酒呑童子の開放という計画。これを何処かで察知したある剣士が、計画を止めるために単身動いた。

 結果、酒呑童子は開放された。それも不完全な状態ではなく、計画を企てた術者達全ての命を吸うことで、完全な状態として。

 事実を知る者は少ない。封印場所すら定かではない鬼の頭領が目覚めたということも、その果てに地図にすら記されていない島が消滅したということも。

 全ては闇の中である。

 戦いの結果、酒呑童子がたった一人の剣士によって打ち滅ぼされたということも。

 ほとんど知らない。

 知る術もない。

 だが、彼らは知っている。

 

 そして、鈴の音色は響き渡った。

 

「……青山や」

 

 その音と姿を見たとき、鬼の軍勢の一匹が小さく呟いた。

 青山。青山。

 あれが青山。

 

「あれが……頭をやった奴かいな……」

 

 木々に囲まれた星明りも届かぬ暗闇。僅かに漏れた月光が鈍い鋼を照らし出し、反射した光が男の顔を暗闇に浮かび上がらせた。

 藍色の着物は、腰の部分が真っ赤に染まっている。すでに何人か斬っているのか。命の赤に染まった男は、光を飲み込む瞳で、視界一杯に佇む鬼の軍勢を見据えた。

 彼らは青山を知っている。

 知らぬわけがない。鬼にとっては最強の頭であり、他の種族も鬼の頭領の強さは理解している。

 化け物すら怯える化け物。それを斬り殺した化け物を知らぬわけがないだろう。

 

「あかん……」

 

 鬼の一匹が呟いた。契約のため戦わないわけにはいかない。

 だが勝てる気がしなかった。そして自分がただ召還されるだけで済むとも思わなかった。

 アレは斬ったのだ。

 魔という存在の本体を斬って、殺してみせた。

 だから最早彼らにはただ還されるだけという緩い考えはない。生死を賭けた戦い。そして相手は地獄の体現者。

 死ぬしかない。

 だが、それだけでは終わらない。

 冷ややかな空気が流れていた妖魔の群れの間に楽しそうな空気が流れる。

 知らぬとは言わせない。

 お前が殺した。

 お前が斬った。

 だからこそ、お前を倒せば、その者こそが鬼の頭領だ。

 

「青山ぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 その叫びを皮切りに、一匹一匹が猛者揃いの鬼達が青山に殺到した。戦闘に酔う妖魔達は、この極上に怯えることなどしない。青山を倒す。それこそが最強への道ならば、喜んでこの命を捨て去ろう。

 青山の倍以上はある体躯の鬼が、手に持った柱の如き棍棒を、膂力のままに振り下ろした。

 

「一番や──」

 

 雄叫びは途中で絶たれる。斬撃という結果が発生して、鬼の身体が粉微塵に斬り裂かれて、命の花を咲かせた。

 絶命。還されるでもなく、鬼は青山の刀によって今存在を抹消された。そこにいる誰も、青山の刃が走るのを捕捉できていない。見えぬほどの速度の斬撃で、敵手を容易く殺してしまう鋼の鋭利。

 だが立ち止まらない。一体で駄目なら複数で。四方八方を取り囲んだ鬼達が、それぞれの武器を掲げて突貫した。

 

「く」

 

 青山は何かしらを呟くと、全方位を取り囲む気の位置を把握。本来の用途で使われた敵の気と魔力を察知する第六感は、視界に映らない敵の動きすらも正確に読み取った。

 だからこそ全てが無意味。鬼の得物が青山の殺傷圏内に入ったと同時に、全ての武器とその勢いで圏内に飛び込んだ鬼達の首を空に飛ばした。

 無骨な得物の残骸と、歪な鬼の首が空を彩る不思議空間。その光景を見上げながら、青山は口を開いて、星を掴もうとする子どものように両手を広げた。

 

「くっ」

 

 開いた口から漏れるのは、言葉にならぬ声だ。地面に落下するよりも早く空気に溶けて消滅する鬼の首の雨を行く。飛び掛る鬼達を瞬動で追い越した青山の道の後、追い越された鬼は無数のパーツに分かれて粉々になった。

 凛と音だけは響いている。

 草木すらざわめくのを止めていた。音を鳴らして、この男の興味を引くのが嫌だとでも言わんばかりに、風すら吹くのを止めて、無音の空間は刃鳴りで埋め尽くされる。

 死の空間。音が響く、それつまり何かが斬られるという証。青山は圧倒的だった。二百を超える化け物の群れすら相手にしていなかった。

 その最強ぶりに、鬼の間に共通した思いは『それもそうか』という諦めに近い思いだった。

 この男は一人で鬼のトップを降した。しかもただ倒すだけではなく、完全に殺しきった。

 それが青山。

 これが人の子。

 

「修羅やのぉ」

 

 鬼の一匹の言葉は、時代の移り変わりを嘆く鬼の叫びだった。

 人の可能性を鬼は見た。そして何故魔族と比べて矮小な彼らが世界に蔓延っているのかも理解した。

 これが人間だ。人の可能性の極限だ。恐るべき魔すら恐れる極限。人という終わり。人の傑作。

 言語に出来ぬ有り様よ。

 

「くっっ」

 

 青山の言語に出来ぬ言葉は、何かを堪えているかのようにも見えた。無表情の裏側に潜む人間性が、外側の檻を砕こうともがいている。

 何か、取り返しのつかないことが起きているのではないか。鬼はそんなことを思いながら、一匹一匹、確実にその数を減らしている。

 青山の奮う刀は、すでに音を幾つも重ねていた。音すら置き去りにする斬撃は、刃鳴りすら遅らせて、まるで同時に奏でられているように響いている。

 命の花が散らす最後の音色。音叉の如く広がる波紋は、草木がその音だけで生命活動を停止させる死の音色。

 斬るという概念が。

 斬られるという思いが。

 

「青山……」

 

 こんなにも、美しい交響曲を奏でている。

 立ち向かえば斬られ、立ち向かわずに斬られ、気付けば斬られ、気付かなくても斬られている。

 斬撃結界とも言うべき場が形成された。指揮者青山のタクトが、一振りごとに鬼の命という楽器を鳴らしている。

 好きなように。

 自由気ままに。

 命の消える音に酔え。

 

「ひっ」

 

 青山の喉が引きつった声を漏らした。何かが出てくる。何かが生まれようとしている。光を飲み込むその瞳。

 そして、最後に残った鬼は気付く。気付かされてしまう。青山の瞳が黒に染まっている。黒々しく、黒という色に飲まれている。

 

「う、おおおおおおお!」

 

 刹那、脳裏をよぎった考えを振り払うように、鬼は乾坤一擲の雄叫びをあげながら特攻を仕掛けた。

 恐るべき速度と膂力。人の域など容易く超えている鬼の全力が世界を震撼させた。

 総本山が震える。青山に叩きつけられた棍棒が、敵を中心にクレーターを生み出して、その威力を余すことなく伝えた。

 初めて一撃が通った。信じられないといった表情と、一矢報いたという喜び。

 だがそんな感情は、次の瞬間には吹き飛んだ。

 

「あ?」

 

 鬼は棍棒の先に違和感を覚えた。振り切っていないのだ。両手に伝わる感触はあるのに、青山ごと棍棒は地面を叩いていない。

 そして違和感の原因に気付くことなく、鬼の身体から首は吹き飛んだ。いつ斬られたのかわからない。だが斬られたという事実は澄み渡る音色でわかる。

 薄れいく視界。鬼が暗転する世界で最後に見たのは──

 

「……」

 

 青山は第一波の撃破を終えると、遠くで展開されている新たな鬼の群れと、今まさに封印を解かれようとしているスクナの気配を感じ取った。

 そしてこちらは嬉しいことに、どうやらネギ達はスクナの元へ強行している。この調子ならすぐに封印場所へと辿り着き、フェイトと化け物にネギ達が激突するだろう。

 

「うん」

 

 いいことだ。

 青山は得意げに頷くと、総本山に足を踏み入れた鬼の第二波に向けて歩を進めた。今度の数も先程と大体一緒である。

 ゆっくりと斬っていけば、こいつらだけでそれなりに楽しめるだろう。

 それに救援になら虚空瞬動でさっさといけばいい。そのくらいの時間ならば、今のネギと仲間ならば耐え切ることが出来るはず。

 青山はそう結論すると、迫り来る鬼の群れのど真ん中に瞬動で飛んだ。

 

「あ?」

 

「お……」

 

「なっ」

 

 突然、群れの只中に現れた青山を、鬼達は認識したときには青山の刃は音を鳴らしていた。

 一瞬でその周囲に居た数体の鬼の首が吹き飛んだ。消滅。問答無用で敵手を葬るその手腕。混乱する鬼達は半ば本能で青山の脅威に反応して距離をとり、反応できなかった何体かが首を飛ばして花と散る。

 青山は踊った。舞うように、自身の刃が奏でる刃鳴りの音色に合わせて刃を振るい、足を動かし、月光を駆けた。

 散る花々よ。閃光に消えて落ちる魔の骸よ。他愛なく鬼を斬る青山は、再び言語に出来ぬ何かを口走っていた。

 

「うおぁぁぁぁ!」

 

 鬼達もただやられるだけではない。長年の研鑽が生んだ武技を用いて青山を襲う。その幾つかは青山の速度を捉えて、回避行動にまで至らせるが、所詮はその程度。十の鬼の手だれすら、青山に一撃、しかも余裕で回避を行える程度のものしか与えることが出来ない。

 当然、残りの九は音となる。僅かに生き延びるかどうかの差だ。次には残った一も空に飛んで絶命する。

 まるでお手玉でもしているみたいだなぁと青山は楽しい心地だった。

 ぽーん。

 ぽーん。

 ぽーんと飛んで、花と散る。

 確実に首だけを斬る青山の刃に気付いているものも居るが、しかし斬られる箇所がわかっていても、鬼ではどうすることも出来ない。

 避けようにも刃が見えない。

 受けようにも得物ごと斬られる。

 一撃必殺。青山の斬撃は、命を絶ってもいいという縛りから開放されたことで、文字通りの意味となっていた。

 斬撃の夜は終わらない。鬼達はここでようやく敵手が青山と理解した。そして誰もが名をあげようと勇敢に襲い掛かるが、全ては徒労。意味等なく。

 次々と消える命。一瞬の音だけに化す生命。これぞ魔を滅するという神鳴流のあり方ながら、しかしそのやり方は神鳴流とは別物だった。

 斬るのだ。

 斬るだけだ。

 その結果、命は消える。青山の音色に飲み込まれて溶けていく。

 

「ふぃ」

 

 何を語ろうと言うのか。もしくは何の意味もないのか。青山は漏れ出す声に気付いた様子もなく、ひたすらに鬼斬りを行い続ける。

 そして空を貫く閃光が青山と鬼を照らした。同時に感じるのは、心胆を奮わせるほどの膨大な魔力。生物であれば誰もが危険を感じざるを得ない禍々しい色の魔力に、青山はスクナの開放を確信──。

 

「おっ?」

 

 肌を焼く何かの予感に青山は鬼を無視して空に飛んだ。

 その視線の先には、遠めでもその巨大さがわかる二つの顔と四つの腕を持つ鬼神の姿と、傍でスクナと遜色のない魔力を噴出するフェイトが、それを待っていたとばかりに青山に視線を送っていた。

 

「しまった」

 

 青山は振り返り、丁度己が飛び出したことで射線上に総本山が重なっていることに気付いた。だが気付いたときには遅い。

 スクナの四つの掌から白い魔力がほとばしり収束した。巨大な光の玉は、純粋魔力の結晶。破壊という一点のみに特化した威力が四つ、全て青山に向けられている。

 一つだけで山を消し飛ばす光が四つ。だがしかしスクナはそれで止まらない。四つの光球は、ゆっくりと口を開いたスクナの口内に収まった。

 閉じた口が発光する。膨大な魔力をさらに収束。信じられないほどの火力が顕現する。リョウメンスクナ。伝承の通りの災厄を撒き散らす鬼神の一撃が、遥か遠くにいる青山を滅ぼすためだけに放たれた。

 全ては一瞬のことだった。スクナが口を開いたとき、雷の如き速度で放たれた高濃度の魔力レーザーが、総本山を丸ごと飲み込む巨大な光の柱となって青山に襲い掛かる。

 夜に昼が生まれた。そう表現するしか出来ないほどの輝きだった。光、白、正義の色でありながらそれは間違いなく破滅の色。その余波で射線外のものをなぎ払いながら、人間では受けようがない壊滅は、個人の殲滅のみに向けられる。

 世界が白に染まった。白が十に黒が零。青山を飲み込んで余りある白の蹂躙は、瞬きの暇すらなく青山を飲み込み。

 

 その白が吐き出す爆音よりも小さく、だが確かに存在を主張する音色は再び響いた。

 

 破壊が二つに分かれる。消されるより他ない破壊ですらも、青山の斬撃は斬って落とす。鬼神の全力ですらこの様。二つに絶たれて軌道を変えた破壊の力は、そのまま総本山をかすめて遠くの何処かに着弾する。

 青山の背後、遠くに二つの光の玉が生まれた。遅れて衝撃波と、腹の底に響く低い重低音が虚空の青山を揺らがせる。

 結果。京都に消えぬ破壊は刻まれた。

 しかし、青山は生きている。フェイトから見れば虚空に佇む黒い点にしか見えなくても、覆しようのない存在感は発揮されたまま。

 そしてそれは計算どおりで、極限の光すらも代償に、フェイト・アーウェルンクスの最強は告げられた。

 

「ヴィシュ・タル・リ・シュタル・ヴァンゲイト」

 

 フェイトの右手に、スクナを上回る魔力が集まった。それは地を奮わせる大地の咆哮。騒音を手に集め、大地が放つ最大の災厄を一点に収める。

 

「契約に従い我に従え奈落の王。地割り来れ千丈舐め尽す灼熱の奔流」

 

 青山は真下より感じる熱に違和感を覚えた。この夜。冷たい空気が張り詰める闇に生まれた、無視できぬ熱量。大地にはびこる無数の鬼達も、その違和感に困惑し、地震が踏みしめる大地の震えを感じた。

 身体に感じる熱とは裏腹に、背筋が凍るような寒気に襲われる。ここは死地だ。絶命を直感した青山は虚空瞬動で逃れようとするが、それを遮るようにスクナの魔力砲が怒涛の勢いで青山に殺到した。

 己に直撃するものだけを斬る青山だが、絨毯爆撃の如く降り注ぐ光の雨の中では動くことは出来ない。破壊の光球は幾つも京都の夜を照らした。ここはすでに戦場だ。爆音が幾つも響き、きのこ雲代わりの光の花が何度も浮かぶ。その破壊を一身に受け止めつつも青山は未だ健在していた。凛と歌いながら、虚空瞬動のきっかけを狙っている。

 しかし最早遅い。フェイトの手にかき集められた魔力は、唸りをあげながら、青山の直下に叩きつけられた。

 

「滾れ。迸れ。赫妁たる亡びの地神」

 

 総本山を中心に世界が震える。誰もが抗いようのない自然の力。大地の怒り。余すことなく滅びを与える溶ける赤色が、目を開くことすら困難な熱を引きつれ、フェイトの魔力を貪りつくして顕現した。

 

「引き裂く大地」

 

 夜が溶ける。地獄の具体とも言える灼熱の大地、自然災害の頂点とも言えるマグマの濁流が、空に飛ぶ青山目掛けて噴出した。

 見よ。人一人が生み出せる破壊の極限、その一端。大地はおろか、空すらも溶かす赤色の衣が、総本山もろとも青山を飲み込むその様を。

 一際巨大な轟音が、京都一帯に響き渡った。距離を隔てたフェイトの場所にすら振動が伝わるほどの、圧倒的な崩壊。噴出すマグマに飲み込まれた総本山は爛れる赤色に飲まれ、余波に過ぎぬ炎が、大文字焼きなど比べものにならぬ範囲を燃やし、なおその勢いを止めずに、広がり続けた。

 破壊の只中。無数のクレーターと、紅蓮に飲まれる世界を見据え、フェイトはなおも漲る魔力を溶け砕けた本山に向けながら、静かに戦いのときを待つ。

 

 この日。京都は未曾有の大災害に巻き込まれ、誰もが忘れられぬ災厄を歴史に刻むことになる。

 なるのだ。

 なったではない。

 これから、歴史に刻まれる。

 

 そう、地獄はまだ始まったばかりだった。

 

 

 

 

 

「何、木乃香が誘拐された?」

 

 近右衛門は、荒い吐息を繰り返すネギからの連絡に、表情を引き締めた。親書を奪うために現れた西の術者とその従者は、辛くも青山の助勢によって撃退した。しかしその隙を突かれて、彼らの本来の狙いである木乃香を奪われてしまったのだ。

 すみませんと謝るネギだが、今回に関しては誰が悪いというわけではないだろう。学園最大戦力である青山が介入しなければならぬほどの事態。そして西の者が、長の娘である木乃香を誘拐するという愚行。西自身の不手際でありながら、同時にネギばかりに意識を向けすぎた東側の不手際でもある。

 近右衛門はネギに「援軍を送るので、どうにか頑張ってくれ」と告げて通話を切ると、深くため息をついた。今は敵が木乃香を拉致して何をしようとしているのかが問題だ。詠春を脅して長から降ろすのか、はたまた別の──

 

「例えば、アレの膨大な魔力を使った悪事とかなぁ」

 

「……エヴァ」

 

 近右衛門は、対面に座っているエヴァンジェリンを諌めるように見据えた。だが当の本人は近右衛門の視線に全くひるむことなく、楽しげな微笑を浮かべている。

 

「事実だろう? むしろその程度考えなくてどうするという話だ。ふふ、いやいや、そうあって欲しいものだよ実際。とても楽しそうじゃないか」

 

「不謹慎じゃぞ」

 

「それでも私は繰り返し言ってやる。起こるだろう事実だ。なぁ学園長。楽観主義は止めたほうがいいぞ? 未だに私を人間に戻せるとか、そういった生ぬるい幻想と一緒にな」

 

 エヴァンジェリンは嘲るように鼻を鳴らすと、「さて、どうする?」と問いただしてきた。

 現状、最悪の事態を考えるなら、即座に急行できて、なおかつ圧倒的な実力を誇る人材を派遣すべきだろう。それをなせるタカミチは出張でここには居ない。

 とすれば、それが可能な実力を持つのは自分か。

 

「くくくっ」

 

 目の前で冷笑を浮かべるエヴァンジェリンだけだ。

 だが最悪の事態を考えた場合、事と次第によっては自分では能力が足りない場合もあり、かつ組織のトップが前線に出るという事態は、今の状態ではすることは難しい。組織の上に立つというのは、そういったしがらみも発生するということに他ならないのだ。

 

「あぁ、私は行かないぞ?」

 

 エヴァンジェリンは近右衛門の内心を察したようにそう言った。何故、と聞く前にエヴァンジェリンはさらに言葉を続ける。

 

「あそこには青山が居る」

 

「……じゃが、その青山君ですらとり逃した敵がいるのじゃぞ?」

 

「くはっ!」

 

 近右衛門の言葉に、エヴァンジェリンは大口を開いて笑った。吐き気のこみ上げる邪悪な笑みだった。

 

「おい、おいおいおい! もしかして、貴様、まさか、くははははは!」

 

「何がおかしいのじゃエヴァンジェリン」

 

 近右衛門は、一刻の猶予もない状況の焦りから、僅かに怒気を含ませてエヴァンジェリンを睨んだ。だがお構いなしにエヴァンジェリンは笑う。呪いによって人間に貶められながらも、その笑い声と佇まいは恐ろしい化け物そのものだ。

 ともかく、面白かった。まさかこの爺、本気で青山が敵を逃したと思っている。笑える冗談であった。あの男が、あの人間が取り逃す?

 わかっちゃいない。やはり、近右衛門のような素晴らしい正義では、あの人間の本質を理解出来はしない。

 

「はー……久方ぶりに腹の底から笑ったよ」

 

 何とか笑いを抑えたエヴァンジェリンは、未だ口元に笑みの残滓を残しながら続けた。

 

「これはただの茶番だよ。そう、死人が出るだけのお遊びだ」

 

「死人が出る遊びなど存在せん」

 

「立派だ爺。潔癖な正義らしく、それは素晴らしい切り替えしだが……これは遊びだよ。詳しく語るのは野暮だがな」

 

 だからエヴァンジェリンは行かない。状況を理解しているとはいえぬネギの言葉を、さらに簡潔にまとめてエヴァに伝えた近右衛門の言葉だけで、エヴァンジェリンだけは青山を理解していた。

 これは、あいつが仕掛けた遊びだ。何を目的にしているのかはわからないが、きっと今のあいつは、とてもとても楽しんでいるだろう。嬉しくて楽しくて面白くて、だから私を斬る前に見せたあの表情で──

 ひひっ、と不気味な笑い声を出したエヴァンジェリンは、席を立つとそのまま出口に向かっていった。

 

「行くなら勝手にしろ。だが、やるなら人間同士で好きにやれ。飴か悪戯か(トリックオアトリート)をやるほど、私は子どもじゃないんだ」

 

 この騒動は、エヴァンジェリンからしたらその程度のものでしかない。そして、青山にとってもその程度のものだろう。

 飴か。

 悪戯か。

 勿論、あの男ならいずれにせよ。

 

「斬るだろうなぁ」

 

 そうするに違いない。

 エヴァンジェリンは笑った。青山と同じ笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 


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