【完結】しゅらばらばらばら━斬り増し版━   作:トロ

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分岐上、文字数が著しく減少しているので、初めて読まれる方には違和感があるかもしれませんが、ご了承いただけたらと思います。


【無貌の仮面】

 

 雨が降り続いている。

 雷雲は雷を放ち、轟々と雨音が耳にやけに五月蝿く感じる中、ヘルマンはその狂乱を愕然とした心境で見つめるしか出来なかった。

 一瞬。

 雷よりも早き斬撃が幾筋も走った直後、青山の肩を掴んでいた初老の男が消滅した。

 展開された斬撃の檻が錦宗平という男の人生を奪い去り、雨音に掻き消えるくらい、しかし耳に張り付く美しい音色に成り果てる。

 

「綺麗な音色だろ?」

 

 青山は誰にでもなく、そんなことを呟いた。一瞬ではかなく消えた音に酔うように眼を閉じた青山に共感したのは、喜色の笑みを浮かべている刀子だけだ。

 証と名づけられた刃に狂わされた男達は、その壮絶な音色にたたき起こされ、唖然としている。

 目の前にいる男が誰なのか思考できなかった。凛と響く生存の証明に惚け、そしてそれが不幸中の幸い。

 刀子が青山に近づくついでとばかりに生き残った男達の首を体から斬り分けた。青山の奏でた音色を聞いた後では、あまりにも未熟な音色が聞こえる。そのことに刀子は羞恥に頬を染めた。

 

「嫌だわ。恥ずかしい」

 

「いえ、俺以外の人の歌を聞いたのは初めてだったので、新鮮でしたよ」

 

「そんな、私なんかのでは青山さんの──」

 

 不意に、刀子の口から鮮血が溢れて、その先の言葉は出なかった。

 その腹部には後ろの風景が見えるくらいの風穴が開いている。ぽっかりと空いたのは肉体か、あるいは空洞となった心を体現したのか。

 青山が愕然と目を見開いて風穴の向こうで人間にはありえぬ長さの腕を突き出したヘルマンを見た。

 

「あ……」

 

「……おぞましいのだよ。君達は……!」

 

 刀子の体がぐらりと傾き、そのまま鮮血に沈む。

 即死だった。普段の青山なら逃すはずのない虚を突いた一撃が、異常な状態に陥り警戒を怠った刀子を絶命させたのである。

 ヘルマンは吐き気を覚えながら、不意打ちとはいえ刀子を落とせたことに僅かながら安堵していた。

 刀子を貫いた一撃は、反射的に証で防御したことで青山には届かなかったが、それでも一人を葬ったことで状況はある程度好転している。

 何より、あんな気味の悪い何かの会話を聞くことが耐えられなかった。想像を超えたありえぬ何か。形容できぬ人間の終末。

 存在が害。

 その根源が未だいることがヘルマンには絶望的な心地であった。

 

「あ、あぁ……そんな……」

 

 青山はヘルマンが畏怖によって最大級の警戒をしているにも関わらず、腹部をえぐられて絶命した刀子に震えながら歩み寄り、刀を取りこぼしてその体を抱きかかえた。

 

「何で、何でこんな……酷すぎる。何故、彼女を殺した」

 

「君は、何を……」

 

「ただ斬っていただけの彼女を殺す必要が、何処にあったのだ……」

 

 その瞬間、ヘルマンはこみ上げる吐き気と、理解できぬ青山の言葉に一歩後ろに引いていた。

 何を言っている。

 この男の言っていることが理解できない。

 だが青山は語る。雨か涙かわからぬが、まるで泣いているかのように顔から雨の雫を流し、刀子の亡骸に視線を落とした。

 

「初めての友人だった。人と同じく恋をし、人を守るための仕事に誇りを持ち、そんな彼女が俺は尊敬していた……人々の笑顔を守るために戦う彼女が、お前のような殺人を躊躇わぬ悪魔に殺されるなど……俺は俺がふがいなくてたまらない」

 

「……ッ」

 

「わかっているのか悪魔よ。あぁ、言ってもわからぬだろうが何度でも言ってやる。殺すことは悪だ。そんな悪を躊躇なく、しかも不意打ちという形で行ったお前を、俺は許したりしない。命は、奪ってはいけない大切なものだというのに、それを容易く奪ったお前を許せば、俺はただの外道に成り果てるのだから」

 

 それをお前が。

 お前がそれを言うのか。

 逃げようと言い寄った知り合いを躊躇なく斬り殺したお前が。

 容赦なく命を奪い、あまつさえいい音色だと笑いさえしたお前が。

 

 どの口で、命が大切だと吼えられる。

 

「……」

 

 ヘルマンは最早返す言葉もなかった。

 返答を期待してなかった青山も、刀子の遺体をそっと横たわらせて、証を手に持ってゆっくりと立ち上がり、構える。

 瞬間、ヘルマンは反吐を撒き散らした。

 正視に堪えられる者ではなかった。不意打ち気味に見てしまったことで、ヘルマンの魂が青山という存在を認識することを拒んだのだ。

 なんという様なのか。

 こんなものが人間だというのか。

 ヘルマンは怖くなった。

 とても、とても怖かった。

 初めて覚えた絶望感に身を縮ませ、青山という人類の終末にひれ伏すしかない。

 

「こんなのが……こんなものが人間ならば……」

 

 私は人間の成長に期待するのを止めよう。

 神に祈ることなく、魂が人間という種族を畏怖した。これが人間の果てならば、人間とはいてはいけない存在となる。

 悪魔は人間に恐怖した。

 涙を流して終わりのときを待つしか出来ぬ哀れな存在に成り果てた。

 

「……だが、それでも俺はお前を斬ろう。でなければ俺はお前と同類になってしまう……それが俺の正義だ。俺はお前とは違う。俺は生きた証を証明し続ける」

 

 青山の言葉に、恐怖の片隅で嘲笑する。

 むしろ。

 

「君は、この世界で誰よりも孤独な……化け物だ」

 

「……俺は誰よりも人間だよ。悪魔」

 

 だからこうして斬っていく。

 凛という鈴の音色に染み込む歌声が、せめて刀子の鎮魂になるように、青山はそう願わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 悪魔の来訪からおよそ一時間後、異変を察知した魔法先生達がガンドルフィーニを保護し、現場に到着したときには既に全てが終わった後だった。

 破壊の傷跡が幾つも残っており、辺りに幾つもの死体が散乱し、その中に眠るように死んでいる刀子の姿もあった。

 事件に関係があったネギと、状況を知っていたガンドルフィーニの証言、そして最後に調書を取った青山の言によって、刀子は悪魔に操られガンドルフィーニを斬り、一般人を殺した。そんな彼女を用なしとばかりに悪魔は殺し、それを青山が滅したという形に収まる。

 ネギの証言は魔法先生に知られることなく隠されることになった。これは神楽坂明日菜のもつ秘密を守るための処置であったが、代わりにネギも事件を解決に導いたという形で、新たに魔法先生の組織に紹介されることとなる。

 事件はこうして完結した。京都の一件が未だ記憶に新しいというのに、新たに刻まれた惨劇の記録。彼らはいっそう気を引き締めて己の業務の困難さを再確認することになる。

 

 聴取の最後、青山はこう語る。

 

「俺は錦さん達を殺し、さらに刀子さんを助けることが出来なかった」

 

 苦悶に満ちたその姿は誰もが哀れむに足る姿であった。

 

 

 

 

 ──なお、錦宗平の遺体だけはどれだけ探しても見つからなかったため、悪魔に捕食されたという結論に至ったことをここに記す。

 

 

 

 

 




次回も分岐。色々とアレな変更となっています。

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