京都復興のボランティアに学園の一般生徒を全員連れ出す。それに伴い、当然ながら引率としてついていくことになる教師陣も、事件の前後ということもあり、魔法先生並びに生徒をかなりの人数同伴することになる。そして一般生徒、並びに学園で働く人員の殆どがいなくなった麻帆良を最大戦力で強襲。相手も当然秘匿する必要がないので真っ向から抵抗するだろうが、それこそ真正面からの戦いと見せかけて、真名による援護射撃で追放する。
これこそネギが代替プランとして提案したものであり、そのプランの第一段階も、雪広あやか並びに、超鈴音の協力によって成立することになる。学園の生徒がまとめて復興に当たるというメディアへの公表の効果も大きいものがあった。
普段は賑やかな麻帆良の姿はない。まるでゴーストタウンにでもなったかのような閑散とした街並みが広がる中、数少ない、いや、唯一の居残り生徒である神楽坂明日菜は、いつもとはまるで違う街並みを見つめながら、ネギの言い分を耳から耳に流していた。
「だから今からでも遅くありません。明日菜さんも京都に行って復興のお手伝いをしてきてください。木乃香さんだって明日菜さんが居た方が……」
隣で必死に説得をし続けるネギだが、明日菜はその言葉を決して聞こうとは思わなかった。
そもそも話が急すぎるのだ。とんとん拍子で京都復興に学生が行くことが決定したのもそうだが、世界樹が願いをかなえる魔法の樹であること、そしてそれを使って世界中に魔法を知らしめること。
全部が全部、ネギは明日菜に黙って事を進めたのである。理由だって、ネギと一部の生徒のみが学園に残るのを不審に思って、無理を言って学園に残ったらようやく観念して話したのだ。
自分は、信頼されていないのだろうか。力になることすらできないのか。
せめて一言、相談だけでもしてくれたらよかったのに、そんな思いが明日菜を学園に何が何でも残ってやると頑なにさせていた。
だがしかし、罪悪感がないわけではない。どうにか京都に自分を行かせようと、理由を並び立ててネギが説得にかかってくれば、おのずとどうして学生を京都に映したのかの理由も分かった。
青山だ。
あの男が、動くのだ。
あの京都で、誰よりも恐ろしかった漆黒の人間。何もかも台無しにさせる冷たい男が、必ず動く。
そうなれば、麻帆良は無事で済むかどうかわからない。ネギはだからこそ明日菜には京都に行ってもらいたかった。
彼にとって、明日菜は故郷に残した姉と同じ、大切な家族だ。それが極限状態が築き上げ、姉を明日菜に投影しているという、本人すら自覚していない哀れな感情だとしても。
ネギにとって明日菜は守るべき大切な家族。例え、それが仮初のものだとしても、そう思っていることは事実だ。
だからこそ危険に巻き込みたくないのだが、明日菜の考えは違う。うっすらとだが戻り始めているかつての記憶。幼少時のトラウマとでも言うべき、親しい者の死。
その死した人間とネギを彼女は重ねている。だからこそ明日菜はネギの説得に、自分の無力を実感しながらも応じようとはしなかった。
また失うかもしれない。意識せずとも、無意識であっても、その内側にこびりついているトラウマは拭い去ることは出来ず、明日菜を突き動かしている。
結局、ことここに至るまで二人は互いを別の誰かに投影している事実から逃れることも、また、それに気付くことすらできなかった。
もしも。
もしも、京都の一件が何事もなく終わり、木乃香が魔法に関わることになっていたら、誰よりも二人の側にいる彼女であればその違和感に気付き、諭すことが出来たかもしれない。
だがそれは所詮ありえたかもしれないもしもの話であり、決して望むことは出来ない意味のない空想だ。だから二人は誰よりも互いに依存している状態でありながら、誰よりも理解し合っていない彼方に立っている。
「もう! そんなことはどうでもいいでしょ! 私だって超さんの言ってることには全面的に賛成なんだから、少しぐらい協力させなさいよ!」
明日菜はとうとう我慢できずにネギに怒鳴った。自分が力不足であることはわかっていても、それでもネギの側にいると決めているから。
だがネギもそう簡単には引き下がれない。普段なら明日菜の声に驚き、従ったかもしれないが、今回ばかりは譲れなかった。
「……明日菜さんはわかってないですよ。わかってほしくはないのですけど。青山さんは正義にも、ましてや悪にも『属してはいけない』人間だ。そんな人が立ちふさがる場所に、明日菜さんを巻き込みたくないのです」
「そんなの……わ、わかっているわよ! 危ないことくらい!」
「……わかってないですよ。何にも」
ネギは不愉快そうに呟いた。
決して明日菜の頭ごなしな言葉に苛立ったわけではない。青山という人間を理解してしまっている自分を唾棄したのだ。
最後の会合は、あの夜。
決定的な決別があった。斬撃と、生きるという答えに終わっている修羅。そんな男をまざまざと見せつけられた。言葉以上に雄弁な会合で、互いに相容れぬ者同士だとわかった。
「僕は、わかってほしくないのです」
アレをわかるということは、終わってしまうということだから。
だから逃げてほしい。その願いを込めて、ネギは明日菜を真正面に立ち、左目のカラーコンタクトを取り外した。
そこにあるのは、光すら飲み干す恐るべき漆黒の穴。
「僕の目を見てください」
「ッ……」
明日菜は、堪らず視線を切ってしまってから、慌ててネギを再び見る。
「出来ないのが、当たり前ですよ」
ネギは己への嘲笑を浮かべていた。毎朝、鏡を見る度に自分の目なのに竦んでしまう。
青山とはこれで。
これと対峙出来ることが何の自慢になるというだろうか。
ネギは呆然とする明日菜に背を向けた。本当はこの目を見せたくはなかったから、言葉で説得したかったけれど、この目を見れば納得するほかないだろう。
「……さよなら、明日菜さん」
「それでも!」
明日菜は咄嗟にネギの背中に抱きついた。
「私は居るから!」
今離せば、もう二度と出会えないような気がしたから。
だから隣にいるのだ。明日菜はネギの左目を見た恐怖から震える体で、それでもネギを包み込む。
震えは当然ネギにも伝わった。
怖いだろう。
恐ろしいだろう。
この目に宿る青山が──
「明日菜さん……」
ネギは、そんな自分を優しく包んでくれる明日菜の手に己の掌を重ねた。
はがされると勘違いした明日菜は、いっそう抱きしめる力を強くする。柔らかい少女の体と、優しい匂いに抱かれて、ネギは──
「僕は最低な教師です」
「ネギ?」
「隣に居てください。明日菜さん」
温もりが欲しかった。冷たい場所に行こうとしている自分に、明日菜の優しさは麻薬のように手放せぬ中毒性があって、わかったからにはもう離さない。
「任せなさい。絶対に、隣に居るから」
明日菜は誓いを新たにして、ネギはその誓いを聞き、必ず守ってみせると心の内で強く思う。
互いに依存しあうような悲しい関係。けれど、その思いは間違いではないのは確かで。
だから二人は静寂の中、静かに寄り添う。この先に待つのが冷たい修羅場だとしても、きっと乗り越えられると信じているから。
「約束ですよ。明日菜さん」
その時、偽りであるが美しい誓いを交わした二人を祝福するように、魔力を充実させた
世界樹が、ゴーストタウンの如き静寂に包まれた麻帆良学園を、その輝きで照らしだした。
「……綺麗ですね」
「うん」
隣り合って立った明日菜とネギは、木漏れ日の暖かさを冷たい夜に降らす世界樹を眺め続けた。
その手は硬く結ばれて、互いの存在を感じ取るように握られている。
もうすぐ、戦いは始まる。それは誰に知られるものでもなく、冷たい静寂で人知れず行われる寂しい者だけど。
「来年は……」
「ん?」
「クラスの皆と一緒に、世界樹を見ましょうね」
「……うん」
明日菜はネギの横顔を見つめて、優しく微笑んだ。
降り注ぐ光の残滓は、ただ今は二人を照らしだす。
必ず。
今度は皆で。
大切な約束を胸に、ネギは来る戦いを思い、明日菜と繋いでいないほうの手を強く強く、握りしめた・
──結果として。
その選択こそ、すれ違い続ける二人が起こした最大にして最後のミスであり。
そして──温もりを断つ斬撃は、直ぐそこまで来ていた。
─
時間は京都へのボランティアに学生達が赴くより前に遡る。
危険は去ったとはいえ、惨劇の記憶は新しい。関西呪術協会の術師が京都の守護を固めているとは言え、そこに麻帆良のほぼ全員の生徒や教師が向かうと言う事態に、魔法使い側も人員を割かない訳にはいかなかった。
幸か不幸か、それにより数十年に一度、世界樹の魔力が満ちることによる、願望をかなえる能力を使われないための警護を行う必要はほぼなくなったのは良かったのだが。
ともあれ、京都に誰が向かう必要があるのか。京都の件とは別に、先日麻帆良を襲った悪魔襲撃事件のこともあり、麻帆良に誰かが残る必要もあるだろう。
「俺はここに残りたいと思います」
会議も佳境に差し掛かった頃、人員の配置がある程度決まったときだ。
その会議の場に呼ばれた、一人だけ清掃員の制服を着た場違いな男、青山が誰よりも早くそう言った。
「……青山君には我々と共に京都に来てもらいたいのだが、君はかつて京都守護役、神鳴流の剣士でもあったと聞くからね」
ガンドルフィーニがそう言うと、含んだ京都行きの魔法使いも同意だと頷きを返す。
青山はそれに対して困ったように頬を掻くと、一同を見渡した。
「確かに京都は俺の古巣であります。ですが京都の一件、元を辿れば、その古巣を荒らした張本人である俺が京都を訪れたために起きたことでもあるのです。そんな男が京都に再び赴けば、新たな災厄を持ち込む恐れもあるでしょう」
「だが……」
「それに、何となく……俺は、ここに残るべきだと思うのデス」
青山は対面に立つネギを見据えながら呟いた。
ネギはその視線を怯むことなく受け止めて、むしろ真っ向から見つめ返す。そこに込められた複雑な感情を読みとったのは、タカミチと近右衛門の二人だ。
怒り。
憎しみ。
そして、羨望。
それは暗黒の如き青山の瞳にもうっすらと滲んでいたが、それに気付いたのはネギ一人だけだった。
「……曖昧な理由じゃのぉ」
近右衛門が青山に苦言を漏らすが、それは表向きのものだ。そこに居る誰もが、青山の曖昧な理由に納得せざるを得なかった。
青山の佇まいは、戦場を幾つも超えてきた剣士のそれだ。時としてそんな者達が何となくという曖昧な勘に任せることはある。そしてそう言った曖昧な勘というのは、殆どの場合『当たる』のだ。
学園から殆ど人が居なくなるとは言え世界樹が魔力を最大まで溜めて発光するのもまた事実。
もしかしたら、そこで何かが起きるのではないか。
青山の勘はそれを暗示しているように思えた。
「僕も、青山さんは京都に出向く必要はないと思います。僕も個人的な理由があるので麻帆良に残りますし……何かあったならば、共に動きましょう。必ず」
意外とでも言うべきか。ネギが青山を庇いたてる。しかしその言葉は協力をしたいという明るいものだが、青山を見つめる瞳は決して友好的とは程遠い。
これではまるで、威嚇しているようではないか。誰かがそう思ったとき、気味の悪い奇声が粘液のようにぬらりと滲みでた。
「う……ひっ」
それは。
「ひっ。いいな。それ」
男が初めて周囲に見せる、笑みであった。
瞬間、その場にいた誰もが、背骨が氷に代わったような錯覚に陥る。しかしその感覚も一瞬、青山の浮かべた笑みもまた幻のようにその顔からは失われていた。
青山の呟きは錯覚に隠されて誰の耳にも入らなかったが、唯一ネギだけは竦むことも怯むこともなく、青山の一言一句を把握していた。
「そういうわけです。俺とネギ君。そして高畑さんと学園長さんが残る。なので皆さまの過半数以上は京都に向かってもよろしいかと思います……では、俺はこれにて失礼します。人が少なくなったので、仕事がまだ残っております故」
話すことはもうないと、青山は深く頭を下げると先に部屋を後にした。普段は礼儀を重んじる彼にしては珍しくいことだ。
だがそうせねばならないくらい、今の青山は冷静さを失っていた。
部屋を出て一人、口元を抑えた青山はどうしようもない己を恥じた。
「……そっか」
やはり。
君は、そこに居るのか。
あの場で青山を見据えていたその瞳。京都の夜では決して相容れないと思ってしまったが、何てことはない、あれはきっと間違いであったのだと今ではわかる。
未完成などとんでもない。
めちゃくちゃ終わってるよ。
「青山さん」
その背中に、続いて部屋を出てきたネギが声をかけてくる。静かに振り返った青山は、これまでとは違って決して己を恐れていない真っ直ぐな瞳に緩む頬を自覚した。
「……何か用かな?」
「とぼけるのもいい加減にしてください──僕が何をしようとしているのか、気付いているはずでしょう?」
「……わかるのかい?」
ネギは答えの代わりに左目のカラーコンタクトを外した。
その向こうにあるのは青山と同じ暗黒だ。「痛むんですよ。あなたに知覚されているのがわかりますとね」ネギは己の目を指差して言った。
悪魔襲撃の一件で完全に己の答えに至ったネギは、誰にも言ってはいないものの、今では青山と同じく麻帆良全域の気配を察知する能力を得ている。遥か高みから下を双眼鏡で見渡すのと同じだ。終わりという頂点にいるからこそ、そこに至らず進もうとする者達の気配を容易に察することが出来る。
だが本来同じ領域、つまり完結している人間である青山にはこの知覚は通じないのだが─悪魔襲撃の前、青山が刀子の接近を察知できなかったのも同じような理由だ。正確には自身と同じ雰囲気を纏っているために察知がむずかしくなっただけではあるが─しかしネギの場合、未完成という終わりにいるからこそ、青山という完結した別物の同類が、完成していないからこそわかる。そしてそれは青山もまた同じであった。
「……そういうことだったのか」
青山もまた、ネギ程ではないが痛みを訴える両目の理由をようやく悟った。
そこの理屈は言葉では上手く伝えられないが、終わり同士だからこその共感があったのか。最近はネギを辿る度に痛んでいた理由を知って納得する。
そして青山は当然、彼が学園の地下に潜っていることも察していた。そして地下に幾つもの鬼神の気配があるのも把握済みだ。
その傍に頻繁に行っているネギと、集まっている実力者、極上の吸血鬼。
さらにこのタイミングで、今よりさらに前、ネギがボランティアで学生を京都にという意見が出ていると進言したこと。
青山でなくても、これだけの要素が重なっているのを知れば、ネギが何かを行おうとしていると気づくだろう。そして青山は知らないが、超鈴音が関わっていることも知れば、麻帆良の魔法使い達は京都に多数の魔法先生を派遣しようとはしなかったかもしれない。
だがそれも痕の祭り。事前にネギ本人が京都で起きたことを事こまかに説明することで、京都へ送る人員はタカミチと近右衛門を除き全員引っ張ることが出来た。これで後は転移遮断のパスを秘密裏に組み立て、京都から増援として来られないように仕向ければ問題ない。
しかし、それでもなお、青山が残っている。
「……なら、俺も京都に行けば良かったのかな?」
「まさか」
ネギは笑えぬ冗談を嘲るように鼻を鳴らした。
超と事前に話した時は、可能な限り青山を優先して京都に送るべきだと彼女は言ったのだが、そこにはネギとエヴァンジェリンだけは頑なに反対している。
その理由は単純明快。
「僕は、あなたを見誤ったりしませんよ」
そのために舞台を作り上げたのだから。ネギは青山との距離を詰めて、その顔を見上げた。
ネギは聡い子だ。故にクウネルとの修行で得られたあらゆる価値観が、青山の存在に警報を鳴らしていた。
この男は。
この修羅は、本来在ってはいけない存在だから。
「僕ら──僕の計画の最大の障害はあなただ」
魔法をばらしたその時、超は考えていない、いや、あるいは考えたくないことだったのかもしれないが、ネギはその時のことを考えている。
つまり、魔法が知れ渡った世界に、青山が居るという可能性。
「それは……物騒な話だな」
青山は本当にネギがどうしてそこまで自分を警戒しているのか分かっていない様子だった。
その態度は、明らかに先程までとは矛盾している。ネギが自分を見ていると分かっているはずだったのに、そこに込められた敵意を感じ取っていないわけがないというのに、
この男は、何故自分が警戒されているのかまるで分かっていない。
だから、最大の障害なのだ。
「あなたは動物的すぎる……エヴァンジェリンさんに言わせれば、人間らしすぎるとでも言うのでしょうが」
その矛盾した姿こそ、青山が己の本質に支配されている最大の理由だ。ネギは未完成であるために、人間らしさを善悪で判断出来るけれど。
「あなたは……何も分かっていないんだ」
善悪を知らぬ、ではない。
善悪を基準としないのだ。
だからこれまで青山は矛盾した行動をとり続けてきた。ネギはその矛盾を殆ど知らないけれど、それでも言葉よりも雄弁に青山とは語っているから。
「分かってる癖に。分かりきってない。おかしいですよ、青山さん」
それは、かつてエヴァンジェリンが戯れに告げた言葉と同じだった。
正気ではない。
つまり、修羅。
「そんな人は、この世界に必要ない」
こんな会話を、今も部屋で話し合っている彼らが知れば、ネギの正気を疑ったかもしれない。
だが仕方ないだろうなとネギは思う。
さらに言えば、青山を敵視している超だって、何もそこまで言う必要はないだろうと言っただろう。
それも仕方ないだろうなとネギは思う。
肯定する者がいるなら、エヴァンジェリンと、ネギは知らぬが、素子くらいか。
この世には、存在してはいけない命は、存在する。
本来、世界に必要ないと言われる悪ですら、悪に生きる者にとっては必要であることを考えれば、世界には存在してはいけない者などいないのだが。
青山は例外だ。
この男は、存在が許されない。
「……酷い言われようだな。俺は、君に何かしたかな?」
青山は無表情のまま静かに言い返した。やはりその声色は、どうしてそこまで言われるのか、本当に分かっていなくて。
たまらなく、気持ち悪い。
だからこそ、ネギは言わなければならないことがあった。
「……正義とはなんでしょうか?」
唐突にネギはそんなことを聞いてきた。
「人を守り、成長させ、暖かき場所を尊ぶことだ」
青山は間髪いれず、ここに来てから培ってきた善の在り方を誇らしげに語る。
「……悪とはなんでしょうか?」
ネギはその答えを反芻することなく、続けて問う。
「人を殺め、潰し、苦しめることだ」
青山は間髪いれず、あの悪魔のことを思いだした。そして、人を困らせていたかつての己を思いだし僅かに苦々しげに答えた。
「……貴方は、何のために生きているのですか?」
そしてネギは問う。
青山はやはり間髪いれず。
「斬るために」
胸も張らず、苦々しくもならず、呼吸するようにその言葉を吐きだした。
「だからあなたを許してはいけないんだ」
ネギは疲れたように呟いた。
首を傾げるのは青山だ。一体何がいけなかったのか、やはり何もかも分かっていなくて。
「斬るために生きる人間なんて存在しません」
「え……?」
「生きることの意味は、斬ることではない。それは、いつまでも探し続けることだ」
ネギははっきりと青山に己の中の答えを叩きつけた。例えネギの答えもまた、未完成という完結に縛られたものであるが。
「な、に?」
だがそれでも、青山には衝撃的な一言だった・
「そ、んなの……違う。俺は、俺達は生きてるから、斬るから……」
「斬ったら人は死にます」
「それは当然だろ? だって、生きることは死ぬことだから。斬ることは死ぬことでもあって──」
「あなたの言い分では、人殺しは正当化されます」
「仕方ないんだ。兄さんを、錦さんを、殺し、殺して……」
「……やはり、木乃香さんのお父さんを殺したというのは、言葉通りだったのですね」
京都で取られた調書にはネギも目を通している。そのときの青山が語った内容もネギの頭には入っていて。
やはり。
やはり殺したのか。
ネギはさらに一歩青山へと詰め寄った。すると、押される形で青山が一歩下がる。
「どの口で正義を語れますか? 殺したのでしょう? あなたはあなたが苦々しく思った悪を行ったのに、どうしてそれが当然だと受け入れられるのですか……!?」
「俺は、俺は生きているから、生きていることを伝えるために……」
「殺した」
「ッ……」
「あなたが、殺した……!」
同類だからこそ、ネギの言葉は青山に響いていた。
これがフェイトと戦う前の青山であれば、ネギの言葉すらも響いていなかっただろう。何故なら、善と悪を理解しながら、青山は斬ることを別としていたから。
しかし今の青山は違う。生きるという答えを得て、以前よりもさらに鋭さを増したものの、それは限りなく薄刃の鋭利。
矛盾しているのだ。
斬るという悪と。
生きるという善が。
どうして、混ざることが出来るのか。
透明な斬撃だった青山に刻まれた確かな傷。
フェイト・アーウェルンクス。
確かに、生きるという答えを得た彼は、青山に勝利し、傷跡を残していたのだ。
だからこうして追い詰められる。誰もが追求することも出来ず、気付いていた者すら追求しようとしなかった決定的な矛盾が。
「斬るのが生きること? 違いますよ。あなたのそれは、生きようとしている命を、己のエゴで殺し尽くしているだけでしかない……善も悪もなく、最も醜悪なやり方だ」
同じく終わりに立つ少年の手によって、暴かれようとしていた。
「……ッ」
青山は僅かに唇を噛んで苦汁の表情を浮かべた。
返す。
返す、言葉がなかった。
だがそれは反論の言葉を告げようとしているからではない。
「どうして……」
ここまで言われ。
ここまで矛盾を突かれて尚。
「どうして、分かってくれないんだ……」
青山は、己の矛盾を決して理解していなかった。
ネギもそれは分かっていたのか。己の言い分は分かりやすいと信じている青山に呆れながらも、決して驚きはない。しかし分かっていて尚、言わずにはいられなかった。
何故なら、こんなことになるまで、青山に誰もそのことを言わなかったから。
もう手遅れだけれど。
それでも、伝えるべきだと思った。
でなければ、この人はあまりにも報われなさすぎる。
「あなたこそ、周りを分かろうとしてないじゃないですか」
他人を理解しようとせずに、己だけを理解してもらえると確信しているその精神。
世界最強レベルの使い手すら上回る圧倒的な戦闘力や、揺るぎようのない心に隠されて見えないが、青山という男の本質はそれだ。
何処までも自分勝手。
駄々をこねる童にすら劣る、自分本位。
まるで幼少の魂が一切の経験を積み重ねずに大人になったような男だった。
「……何て、有り様」
「それが、俺だよ。ネギ君」
悲しげに瞳を細めて、さも傷ついたとばかりに呟く青山に対して、ネギは歯を噛みしめて。
「無様ですよ。青山さん」
吐き捨てる。
その言葉こそ今の己だということにすら、ついぞネギは気づくことはなかった。
─
その時のことを思いだして、俺は僅かに落ち込み、小さく溜息を吐きだした。
「……どうかしたのかな?」
隣に立っている高畑さんが俺を心配して声をかけてくれる。
「いえ……何も。何でも、ないのです」
俺は生徒を乗せて京都に向かっていく新幹線を見送りながら呟いた。
これで麻帆良に残った魔法関係者は俺と高畑さんと学園長さん。そしてネギ君と彼の生徒の幾人か。
その内の一人、超鈴音。
彼女が残るとわかったとき、何故か麻帆良の魔法使いをさらに何人か残すべきだという意見が出た。
尤も、彼女一人で出来ることはあまりないこと、そして学園の最高戦力である高畑さんと学園長さん、そして嬉しいことに俺を信頼してくれた彼らは、最後まで心配してくれたものの京都行きの新幹線に乗り込んだ。
新幹線はあっという間に小さくなっていく。ものの数秒もしないうちに視界からなくなった新幹線から視線を切った俺は、同じく見送りに来ていたネギ君達を見た。
俺の側には、学園長さんと高畑さん。
対して離れた場所に居るネギ君の側には、超鈴音を含めた数名。どうやら強引に残ることを決めたネギ君のルームメイトと言い争っているらしい。
「……どうやら、彼女達が残る生徒のようですね」
「そうだね。わかっているはずだけど、超鈴音はともかく、龍宮真名も学園では有数の戦力を誇る傭兵だ。彼女も残る以上、気を引き締める必要がある」
かつての生徒を疑うのは教師失格だがね。
そう締めくくって自嘲する高畑さんへ俺は首を振って答えた。
「仕方ありません。信じるのが教師の仕事であれば、疑うことは大人の役割です」
相反することだが、盲目であることは良いことではない。俺はそう思うのだが、高畑さんはそれでも、生徒を疑う己を恥じているようであった。
無理もあるまい。そも、俺如き一介の清掃員の助言、しかも剣しか知らぬ男の言葉がどう響こうか。
「ありがとう、少し楽になったよ」
「いえ」
それでも俺を気遣ってそう言ってくれることに、逆に俺こそが申しわけなく思ったり。
「だがしかし、賑やかでありますね」
「うん。居残り中も、彼らがあの賑やかなまま過ごしてくれればいいんだけど」
高畑さんは活発な子に喚き散らされて困り果てているネギ君と、その周りでニヤニヤと笑っている超さん達を見て、穏やかに微笑んだ。
俺も。
俺も、そうあってほしいと願うばかりだ。
「えぇ、全くその通りです」
だが現実はそういかないだろう。
予感は、確信に変わっている。
ネギ君から受けた宣戦布告。それがあるから、学生が居なくなった今、きっと逃れられない冷たい場所は必ず来るはずだ。
恥ずべきことに、京都の反省を全く生かさず、今回も俺はネギ君のことを黙ったままでいるけれど。
だが仕方ない。
それが俺だ。
恥ずべき者こそ俺だ。
「だから……斬り合おう」
きっと、対峙の時はそう遠くない。目を閉じれば脳を揺らす凛とした歌声を想像して、俺は高畑さんと同じように、彼らの姿を見て穏やかに微笑んだ。
Bルートはこちらの完結後にて。