【完結】しゅらばらばらばら━斬り増し版━   作:トロ

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第六話【行く者、留まる者】

 天を割る赤薔薇の魔が顕現した一方、その異様を眺める超は、真名と共に残り僅かまで迫った計画の発動の瞬間を待っていた。

 青山をエヴァンジェリンが、タカミチをネギが抑えたことにより、鬼神の進撃と、真名による狙撃によって、残存する麻帆良の魔法使いは全員未来へと飛ばされている。彼らは後に、世界中に広がった結果を見届けてもらい、己の無力を嘆いてもらうこととなるだろう。

 

「……私は援護に行かなくていいのかな?」

 

 真名が遠くで響き渡る轟音と、ここまで伝わってくる冷気に肌を震わせながら超に聞く。

 

「いや、龍宮さんにはこのままここの防衛を行てもらうネ。まだ学園長が残てるから、私達は彼が動いたときに二人がかりで抑える役目ヨ」

 

 ここまで戦況が傾けば、近右衛門も動かざるをえないだろう。超と真名はそれを見逃さず食い止める役割があるため、援護に向かうことは出来ない。

 真名もそれがわかっているが、しかし聞かざるを得ないほど、麻帆良で今行われている最終決戦の行方は過酷そのものだった。

 図書館島方面の市街地は、今や一角丸ごと瓦礫と化している。それでもまだ轟音と雷鳴は鳴りやまず、ネギとタカミチの戦いは死力を賭した上で拮抗しているのだろう。

 そして郊外で行われている戦いは遠目からでもその戦いの恐ろしさがわかる。赤く濡れた氷の棘が何百何千と空に伸び、枝分かれを繰り返し、標的を飲みこまんと踊り狂っている。さらにエヴァンジェリン本人の魔法も乱舞し、郊外の山々は氷の檻に飲み込まれて氷山が幾つも出来ていた。

 だがそれより恐ろしいのは、凛と響く斬撃の呼び声。

 

「ッ……」

 

 わかっていても震えが走るその音に、超は顔をしかめながら音の発生源を睨んだ。

 例え戦艦や戦闘機を幾つ投入しようが容易く飲み込む天災規模の魔法行使、そんな天災の只中で、未だ存在を主張するのは。

 

「青山……」

 

 超は心中に沸き上がる恐怖を、その名前に乗せた怒りの感情で覆い隠した。

 激化する一方の戦い。世界樹を占拠した状態でありながら、尚この二つの戦いの結果如何によっては、状況は容易く逆転する恐れがある。

 超は考えうる最大限の札は全て晒した。後は結果だけが全てとなる。

 その果てに、勝利が得られることを信じて。

 

「勝つネ。ネギ先生」

 

 願うのは超の切り札にして主戦力。そして遠い未来における己の先祖の勝利。

 ただ、それだけを今は祈るしか彼女にはなかった。

 

 

 

 

 

 夕日も消えた夜の麻帆良。生気の感じられぬ機械の群れが生者の数を上回るという非現実的な世界で、最早数えるほどしかこの場には存在しない人間同士が、機械群を超える戦闘力で激突を繰り返していた。

 

「白き雷!」

 

 詠唱破棄して放たれた雷光は、応じるように放たれた砲弾の如きエネルギーの塊によって霧散する。咄嗟に横に飛んで回避するが、それを読んだ上で真上を取った影が、見えぬ弾丸を幾つも走らせた。

 脳に集中した空気圧の弾丸だが、その体から抜け出る風の精霊がダメージを全て受けたことにより無傷。

 

「くっ」

 

 しかし苦しい表情を浮かべながら、ネギはこれで何度目になるかわからない後退を余儀なくされていた。

 タカミチとの戦いは、実力伯仲と言えば響きは良いが、ほぼネギが防戦一方でタカミチの攻撃を凌いでいるといった状態だった。

 侮っていたわけではない。魔法世界に名だたる実力者の一人であるタカミチの戦闘力は、僅か一か月程度経験を重ねただけで超えられるものではないとは思っていた。気付けば体内に蓄積された風の精霊は半分を切り、術式も残り十。

 むしろ未だ鍛錬を始めて一か月かそこらしか経過していない少年が、世界屈指の実力者にここまで戦いを繰り広げられたことこそ予想外だった。

 

「……どうしたんだいネギ君。焦っているようだね」

 

 苦悶の色を浮かべるネギに、淡々とタカミチは告げるものの、実際は彼にもそこまで余裕があるわけではなかった。

 ネギは強くなった。麻帆良に来た当初は感じられなかった戦闘者としての深みが感じられる。長年をかけて積み重ねてきた自身の本気にここまで食い下がっていることからも明白だ。

 本気では足りない。ネギの実力は既にその程度ではいけないという予感があった。

 本気ではなく、全力。これ以上時間をかければ、麻帆良を取り返すことも出来ぬという焦りもそこにはあったが、それ以上にネギ相手に出し惜しみは出来ないと悟ったから。

 

「行くよ」

 

 瞬動。先程までと同じようにネギの懐に飛び込んだタカミチは、さらに立て続けに無音拳を叩きこむ。容赦なく人体の急所を的確に射抜く空気の圧力に、ネギもまたタカミチがついに覚悟を決めたということを悟った。

 つまり、何もかもが予定通り。デコイを吹き飛ばされながら必死の形相で距離を取りながら、ネギはタカミチがようやく全力で向かってくることに喜びを隠せずにいた。

 

「魔法の射手。雷の三十矢!」

 

 距離を保ちながら、これもまた何度目になるかわからない牽制の魔法の射手を放つ。折り重なった紫電の束が弾けながら加速。殺到する破壊の雨は、やはり無音拳と豪殺居合い拳の連撃を突破は出来ない。

 逆に居合い拳がネギへと襲いかかるほどだ。距離を離したとしてもこれがある。無音拳に比べて速度が極端に遅いが、それでも射程、範囲、威力の桁が違いすぎる。

 咸卦法を極めたからこそ放てる究極の打撃。威力は雷の暴風よりもやや上といったところだが、恐ろしきはそれらをノータイムで放たれる速射性。

 さらに速射の効く無音拳と合わせて、例えるなら小回りのきくド級の戦艦とでもいう何とも冗談みたいな戦力であった。

 だが。

 

(いける!)

 

 ネギは心中でそう叫んだ。

 確かに現状は劣勢だ。動きの殆どは見切られ、攻撃は容易く弾かれるようになり、デコイも最初に比べて減少数が加速度的に増えている。

 それでも。

 勝てるのだ。

 その確信がネギの背部には存在する。

 

「解放!」

 

 雷撃で足止めをしている間に、この戦いでもう何度も繰り出した遅延魔法を展開する。杖の先に凝縮される乱気流。濃縮された異能の結晶をタカミチに向ける。

 

「雷の暴風!」

 

 轟く雷鳴。暴風の進撃。崩壊した市街をさらに瓦解させる特大の嵐が今宵何度目になるかわからぬ炸裂のときをみる。

 魔法の射手で動きを制限されたタカミチにはこれを逃れる術はない。しかしその程度、避けるまでもないのはこれまでで実証済みだ。

 

「ハッ!」

 

 迫る暴風を真正面から打ち砕く。豪殺の名にふさわしき爆音と破壊の光が、雷の暴風と衝突。拮抗すら許さずにかき消して、魔法を放つネギへと迫る。

 当然、甘んじて受けるわけにはいかない。横に飛んで皮一枚をかすらせながらも居合い拳から逃れるネギ。

 直後、その頭上に覆いかぶさるようにタカミチが現れた。

 

「早っ……」

 

「シッ!」

 

 これまでとは初動の速さが違う。手を抜いていたわけではなく、全力では動いていなかっただけの話。ネギの実力を認めた上で叩き潰すために、とうとう麻帆良最強戦力が殺意をもって襲いかかってきた。

 咄嗟に瞬動で動こうとしたネギの両足が弾ける。無音拳の乱射だ。リズムを取るように軽快に乾いた音が幾つも響く。だがデコイを犠牲に怯むことなく離脱を果たすネギ。

 

「くっ……! 振りきれない……!?」

 

 しかしこれまでの攻防と違って、ネギはタカミチを振りきることができないでいた。ピタリと無音拳の射程を維持するタカミチの速度は変わっていない。

 ただ、詠まれている。ここまでの戦いでネギ自身の行動パターンを推測して、先回りするように瞬動で距離を詰めているのだ。

 結果生まれるのは、一方的な殲滅戦だ。苦し紛れに無詠唱の魔法を繰り出すネギだが、それらは一切合財かき消され、それどころか一撃を撃ちこむごとにネギのデコイは無音拳ではがされていく。

 おそらく、近接戦闘にのみ限定すればタカミチはフェイトを凌ぐ実力者だろう。経験に裏打ちされた行動予測による先回りは、修行を重ねたとはいえ、根本的な実戦不足であるネギには一朝一夕では得られぬやり方だ。

 だからこそ。

 故に、経験になる。

 

「ぎぃ!?」

 

 数分後、ついにネギの風精影装のデコイが完全に消滅した。無音拳がネギの生身を叩き、苦悶の声があがった。

 そこに何も感じないわけがない。幼少のころから知る大切な少年を自分が痛めつけているという事実に、タカミチが心を苦しめないわけがないのだ。

 だが心を鬼に、立派な魔法使いとして感情は表に出さない。動きを止めたネギの前に立ったタカミチは、容赦なく居合い拳を至近距離から放った。

 

「風楯……!」

 

 咄嗟に展開した障壁によって辛うじて一撃は弾く。だがこの魔法は瞬間的にしか発動せず、連続使用は不可能。

 つまり。

 頭上に現れる死神の影を見上げるネギ。

 轟と唸るは。

 必殺の居合い拳。

 

「終わりだ」

 

 頭上から振り下ろされた弾頭がネギの体を床とサンドして、コンクリートごとミックスする。

 遠慮も何もない。生きていたとしても体に重大な障害が残ってもおかしくない威力を受け止めたネギは、血反吐をまき散らして力なく大地に倒れた。

 力なく四肢を投げ出したネギの隣にタカミチが降り立つ。見下ろせば、呼気を荒げながらも未だ意識を保ち自分を見上げるネギの両目と視線が重なった。

 

「諦めなさい。君の実力はよくわかった……まさか麻帆良に来てからこの短期間で僕に全力を出させるまで強くなるとは思わなかったけれど。これが結果だ」

 

「ま、だ……だ」

 

 タカミチの敗北勧告に抗って、ネギは投げ出した四肢に力を込めて、右手に持っていた杖を強く握り直した。

 そして上半身を杖を支えに起き上がらせて、口から血を流しながらも起き上がる。その両足はぶるぶると震え、杖がなければ立つことすら至難なのはタカミチでなくてもわかることだった。

 

「……まだだよ。タカミ──」

 

 その顔を無音拳が強かに打つ。己の肉体で作り上げたクレーターから吹き飛ばされて荒れ地を何度もネギはバウンドした。

 ここまでされて折れない心は、さすがはあの親あってこの子ありといったところか。その鋼の精神には敬意を表するが、それとこれとは話が別だった。

 

「諦めなさい」

 

 再び同じ言葉を重ねるが、ネギはやはり立ちあがった。その右目は決して挫けることのない不屈を吼えている。諦めろと言おうが、この少年は決して諦めはしないだろう。

 ──やはり、強くなったな。

 傷つきながら立ち上がるその姿は、タカミチが見続けて、今も追い続けている英雄たちの背中と重なる影。間違いなくネギは彼の息子だと、そう喜ばしいものを感じる以上に、悲しみがタカミチの心を支配する。

 

「……この戦いは、超君が計画したものだね?」

 

「……」

 

「何故、君は彼女に協力するんだい?」

 

 立派な魔法使いを目指すのならば。

 どうして、このようなテロ染みたことを行えるというのだろう。

 タカミチは戦いで荒廃した麻帆良を見渡し、そして今も世界樹に集まり、その膨大な魔力で何事かを行おうとしている超を見た。

 理由はわからないが、タカミチや他の魔法使いに話さなかったということはつまり、自分達には決して相談出来るようなことではなかったのだろう。

 つまり、悪だ。

 後ろめたいからこそ話せない。ならばそれはやはり悪。決めつけるなと誰かが言うかもしれない。しかしタカミチはどうしようもなく正義の味方であり、法の下、秩序を保ち、争いを失くすために戦ってきた。

 そんな彼に相談出来ぬことが悪でなくてなんだというのか。

 ネギはタカミチから放たれる無言の威圧感を受けながら、仕方ないなと、薄く笑みを張り付けた。

 

「京都の出来事が、また起きるかもしれない。あの時復活した鬼神が、そんなものが傍にあることすら知らされていなかった人々の前に再び現れるかもしれない。それだけではない。秘匿するために影に徹さなければならない。そのために動けない状況、救えなかった人々……タカミチにならわかるはずだ」

 

 紡がれた言葉は、タカミチが動きを止めるには充分過ぎる重みがあった。

 だからネギは続ける。真っ直ぐにタカミチを見つめ、決して視線を逸らすことなく、ふらつく足に力を込めながら。

 

「魔法が世界に知れ渡っていれば、こんなことにはならなかったのにって」

 

 それは、呪いの言葉に違いなかった。

 

「ッ……それが、君の、君達の狙いというわけか」

 

 タカミチはあえてネギの言葉に明確な答えを返さずにそう言った。言葉の節々に苦々しいものがあるのは、その言葉こそ、タカミチの、いや、世界中で今もなお活躍している立派な魔法使いが、一度は胸に懐かせた甘い幻想だったからだ。

 ネギはタカミチの動揺に気付きながら、あえて指摘することなく頷きを返して応じる。

 

「はい。麻帆良中心にある世界樹の魔力。蓄えられた膨大な魔力を波及させ、世界中に点在する同様の魔力溜まりとも呼べるスポットを刺激して、魔法があってもおかしくないと、世界中の人々に簡易的な催眠術をかけるのが僕らの第一の目的です」

 

 そしてその果てに、世界に住む全ての人々が違和感なく魔法を受け入れたとき、ネギ達の計画は始動する。

 

「世界に魔法を知らしめ、魔法と科学による、今よりも優れた世界を目指します」

 

「ならば何故こんなことを……! 確かに僕らにはそれは賛同出来ないだろう。それでも何故一言……」

 

 相談をしてくれなかったのか。

 その無意味さを誰よりもわかっていながら、タカミチは聞かずにはいられなかった。

 

「無理だよ、タカミチ」

 

 ネギは拭けば消えそうな笑みを浮かべながら答える。それはタカミチへと相談することが無理だと言うことよりも、もっと別な理由からの無理という言葉だった。

 

「あの人がいる」

 

「あの人?」

 

 ネギは空を指差した。

 そして、鈴の音色が響き渡る。

 

「青山さんがいるじゃないか」

 

 タカミチは、絶句した。

 理由にすらなっていなかった。だがしかし、今この瞬間、この音色を聞いたタカミチは何故か納得してしまった。断続的に響き渡る凛とした終わりの奏でが正気を震わしていくのを感じる。

 青山。

 正義に殉じようとしている青年。

 

「違います」

 

 ネギはそんなタカミチの内心を見透かしたかのように断言した。

 

「アレは人に仇なす」

 

 そう言って、静かに左目のカラーコンタクトを外して。

 

「修羅だ」

 

 苦々しげに言うその瞳は、まさに青山と同じく暗黒の眼に他ならなかった。

 瞬間、ネギは左手を開いて体内に宿していた回復魔法の術式を解放して、即座に体の治癒を行った。

 

「ッ……まだ話は!」

 

「話す必要なんて、ない!」

 

 魔法の射手が束ねて、決別代わりにタカミチへと放つ。再び始まった戦いに表情を曇らせるタカミチだが、状況は依然としてネギに不利な状態だ。

 術式兵装ははがされ、体内の遅延魔法も数はない。タカミチを倒すどころか一矢を報いることすら叶わぬ状況で、故に追い詰められた今こそ、この後に向けて切り札を使うべき丁度よかった。

 

「ラス・テル・マ・スキル・マギステル」

 

 この戦いで初めてネギが詠唱を始める。だがその間は完全なる無防備であり、タカミチは動揺しながらも戦士として無意識に反応していた。

 ネギと自分とにあった距離を一瞬で縮める。見事な瞬動術によって頭上を再び取ったタカミチは、狙いをすまして、今度こそネギの意識を刈り取る一撃を放とうとして、その視界から唐突にネギの姿が消えた。

 

「なっ……」

 

「来れ雷精風の精!」

 

 詠唱が聞こえたのはタカミチの背後、辛うじて原形をとどめているビルの上からだった。

 早すぎる。ここまででも瞬動をネギは使っていたが、これまでとは別次元の動きだった。

 まるで、瞬間移動でもしたかのような。

 

「雷を纏いて吹きすさべ南洋の風!」

 

 詠唱は終わりへと向かう。決して油断はしていなかった。むしろここまでの激闘で、ネギ相手ですら無意識で渾身の打撃をぶつけることが出来るくらいの集中力が、あの会話を経て尚あった。

 だがそのタカミチの感覚すらも超える速度でネギは動いている。見えないのだ。決して瞬動の動きを逃さぬと決めながらも。

 再び消失。

 

「雷の──」

 

 聞こえたのは真後ろ。収束した雷撃を左手に纏わせて、ネギは咸卦法の出力を乗せた拳に上乗せした小規模の嵐を解き放つ。

 衝撃で身に纏っていた上半身の衣服がローブごと吹き飛んだ。そして露わになったのは、少年の裸体ではなく、強力な呪符と、それによって背中に固定された手のひら大の時計のような何か。

 それがカチリと音を鳴らして、時間を刻んでいた。

 

「暴風!」

 

 零距離から脇腹へ放たれる最大級。クウネルとの戦いによって練り上げた、近距離で魔法を解き放つという荒技は、強かにタカミチの脇腹へと突き刺さる。戦士として鍛え上げられたタカミチの肉体すら抜く強力な一閃は、呻き声すらあげる暇すら与えずに、轟音の中へとタカミチを飲みこんで天高く突き抜ける。

 

「お、おぉぉぉぉぉ!」

 

 しかしその途中で雷の暴風が吹き飛んだ。現れたのはスーツはおろか体の至るところに裂傷と火傷を負ったタカミチ。

 だが健在。まるで衰えぬ戦意はさらに高まり、咸卦の光がその意志に応えるように爆発的にその体から噴き上がった。

 まるで夜空に浮かぶ一つの星の如き光を放つタカミチを見上げ、確かな手ごたえがあったというのに未だ動くどころか、さらに圧力を増した相手に押され、ネギは息を飲む。

 だが予感は確信に変わっていた。

 

「タカミチでも、反応出来ない」

 

 ネギが先程使用した、背部に付けられた時計は、カシオペアと呼ぶタイムマシンのようなものだ。世界樹の魔力が満ちているときにだけ使える反則技であるこの魔法具は、時間を操ることによって、本来は長大な詠唱を必要とする瞬間移動を、ノーモーションで行えるという優れものである。

 まさに反則の名にふさわしいこの魔法具をネギがここまで使わなかったのは、全力を振り絞ったタカミチ相手にカシオペアの瞬間移動が通用するかを検証するためだった。

 何故己の敗北が待っているかもしれないのにそのような無謀を行ったのかと言うと、ただ単純に、ネギは思わずにはいられなかったのだ。

 エヴァンジェリンは、青山に敗北する。

 超はエヴァンジェリンの能力ならば勝てぬまでも相討ちにはもっていくだろうと踏んでいたが、ネギはそこまで楽観的になれなかった。

 だからこの戦いで、ネギは仮想青山としてタカミチと対峙していたのだ。

 結果、タカミチレベルなら防戦一方になるが、切り札を使わずとも戦うことは可能。そして、切り札の一つであるカシオペアを使った今──

 

「雷の三十矢!」

 

 形勢は、完全に逆転していた。

 カシオペアの瞬間移動は、例えタカミチであっても反応出来るものではない。何せ相手は刹那の時間もかからず、零秒でその場から別の場所へと転移を果たす。これに通常の瞬動を合わせて撹乱させることによって、ネギは本来アルビレオに禁じられていた近距離での戦いを可能としていた。

 いや、せざるを得なかったというべきかもしれない。

 

「タカミチ!」

 

 憧れの名前を呼びながら、雷撃を纏って転移、そして放つ。

 だが僅かにでも距離が離れていれば、タカミチはその全てに反応して紙一重で回避してみせた。流石は現代の英雄とでも言うべき実力とでも言うべきか。

 雷光に輝く拳がタカミチの腹部を痛烈に撃ち抜く。体勢を崩したタカミチは、しかしその状態で無音拳をネギの頬に炸裂させていた。

 

「ぎっ!?」

 

「くっ!」

 

 互いに弾け飛び距離が生まれる。ネギは詠唱を始めて、させじとタカミチが居合い拳を放った。

 当然、カシオペアによって転移を行う。零秒遅れて、タカミチは上空に転移したネギへと視線を移した。ネギや青山と違って、タカミチには麻帆良全域を探知する能力はないものの、それでも身近に迫る戦意への反応は鋭い。熟練された経験値が、圧倒的なスペックと反則技との間を埋めているという事実に、驚嘆せざるをえない。

 だがここで苦戦するわけにはいかないのだ。ネギが見ているのは、タカミチすら上回る実力を誇る強者、青山。

 

「う、ぉぉぉぉぉぉ!」

 

 ならば、この程度。気迫を込めて瞬動で突撃するネギ。

 応じるタカミチの無音拳が、瞬間移動によって大気を虚しく弾いて終わる。その間に真横へと転移したネギは開いた拳から白き雷を放つ。拳が触れるか触れないかの至近距離での一閃は、例えタカミチであったとしても今度こそ耐えきれるものではないが、直感が男の体を動かして、スーツを焼いて白光は大地を穿つ。

 体を逸らした状態で、ポケットから引き抜かれた拳が飛ぶ。顔面目がけて渦を巻き飛んでくる肉の弾に対して転移は僅かに早い。頭上へと飛んだ状態で、杖は背負って両手に魔法の射手を収束。

 反応されている。だが見上げてくるタカミチが迎撃に移る前に、ネギは紫電を落とした。

 轟と雷光が煙を巻く。飛び出す影はタカミチのものだ。尚、動く。しかし完全には回避出来なかったのだろう。その左腕は力なく下がっており、揺れる左手の先からは鮮血が溢れて夜空へと舞っていた。

 空では沈黙した赤薔薇の周りで、幾つもの雷撃とそれらを斬り裂く鈴の音色が響いている。美しき幻想風景とは裏腹に、原始的な様相を見せ始めたタカミチとネギの両者。爛々と敵手の影を辿るタカミチの前で、立ちのぼっていた煙がとぐろを巻いて雲散霧消した。

 

「解放」

 

 渦の中心には、再びネギの手に球体となった魔法が浮かんでいる。

 それは雷の暴風を遥かに凌ぐ雷を強引に球体の形にした何かであった。ただ掌に展開しただけで辺りに突風を巻き起こす破滅の結晶。ここまで取っておいた、ネギの切り札が最後の一つにして、最強の一手。

 内に取り込むは高殿の王。我が身にひれ伏せ、契約の名の元に。

 千雷万来。溢れ出ろ、無限の光。

 

「掌握。『千の雷』!」

 

 力強く握りしめた術式が、確かな力となってネギの体中を駆け抜けた。血流がスパークする。神経網の一切も雷撃に狂い、弾けた電流がネギの小さな肉体の内で天災級の破壊をまき散らした。意識が白濁して、痛みに苦悶する暇もなく視界が暗転しそうになる。

 それらを強引に飲み干す。咸卦法のエネルギーが電流と拮抗した。奪われるか、飲み干すか。術式兵装にはある程度慣れてきたネギですら扱いには正気を保つことすら難しくなる極限をもって。

 

「術式兵装『雷轟無人』」

 

 千の雷がネギに装填される。千を超えれば無限と等しく、すなわち最早、雷と化した己は人に無く。

 迸る電流がネギの両腕から光の籠手として纏われていた。剥き出しの肉体を包む雷轟の鎧は、触れれば地球がもたらす天災と等しき破壊を瞬時に与えることだろう。

 その威容は見るだけで常人の目を焼くほどだ。闇に生まれる一筋の流星。咄嗟に目を庇ったタカミチは、こちらを静かに見上げるネギが、そっと手を掲げるのを見た。

 

「……カシオペアだけで終わればよかったけど、タカミチは強いから」

 

 生木を素手で引き裂くような音が掲げられた手に纏わる雷光の籠手から放たれた。それは徐々に音を大きくして、数秒もせずにその雷鳴は鼓膜を引き裂く程となり。

 轟音。

 そして、タカミチの直ぐ横を雷の暴風を遥かに凌ぐ雷の集合体が抜けて行った。

 閃光とはこのことをまさに言うのだろう。そうとしか言いようがないほど、その一撃は速すぎて、いや、雷そのものを射出する荒技に、果たしてどうやって反応出来るというのか。

 

「これを使うからには、手加減なんてもう出来ない」

 

 そう呟いたと同時、再びネギの姿がその場から消え失せた。

 咄嗟に研ぎすました感覚がタカミチの頭上を焼く光を捉える。見上げれば太陽の如き輝きを放つネギが、次は両腕を束ね合わせて雷光の力を集めていた。

 

「ッ!?」

 

「おぉぉ!」

 

 最早、躊躇いは失われた。雄叫びをあげながらネギが凝縮させている雷光の恐ろしきは、既に居合い拳だけでは貫くことは出来ないのを悟る。本能がタカミチを突き動かした。仕舞いこんだ両腕を同時に抜く。この瞬間にも麻帆良に落ちようとする天雷を思えばあまりにも遅すぎるこの両手。

 動け。

 もっと速く。

 加速する思考が、今にも放たれんとする紫電に先行する。煌めきの中に束ねられた弾丸は七つ。

 二つの腕に装填される。あらゆる敵を打ち滅ぼす無双をもって、絶対の破砕を完了させよう。

 ガチリと起き上がった激鉄を、意を込めて叩きこむ。

 咸卦の輝きが一層煌めき、頭上にある雷に劣らぬ光を放ったとき、それら一切がその両腕へとかき集められた。

 一撃。

 打撃。

 連撃。

 追撃。

 攻撃。

 直撃。

 束ねて爆撃。

 刹那に七つの光が瞬いた。煌めきは重なり合い、音を置き去りに、否、音すらもかき消すこの業こそ、タカミチが誇る必殺が一。

 

 七条大槍無音拳。

 

 七つに束ねた破壊をもって、ここに、天より降り注ぐ千の雷を打ち貫く。

 

「ッ!」

 

 死を予感する破壊が迫る。手の内を見せていなかったのはタカミチも同様だった。視界一面を覆い尽くす七つの必殺は、ネギの一撃に先んじて放たれている。

 何たる意地。

 何と言う底力。

 英雄足る資質の本領をネギは見た。これぞ英雄、窮地にこそ輝きを増す人々の希望足る存在よ。

 

「だけど……!」

 

 停滞した時間の中で、ネギは出せるはずのない声を出していた。それはただの思考であり、実際は現実の世界に空気を震わせて吐き出されるのは、この刹那の無限では一生よりもさらに後。

 だが口を開いた。雄叫びだった。

 激痛を放つ左目が血涙をあふれさせる。全力を放てることに歓喜の涙を流したのか。あるいは目の前の一撃が、埋めようのない決別を意味して、悲しいから涙したのか。

 どちらかわからないし。

 どちらでも構わないのだろう。

 ネギは停滞した刹那で、可能な限りの咸卦の力を両腕の雷撃に注ぎ込む。主の祈りに応えて、さらに膨張した籠手が荒ぶり、闇を焦がしていく。

 術式兵装『雷轟無人』。

 雷属性では最強の魔法である千の雷を術式兵装としたこの魔法は、両腕に装着された雷の籠手に魔力を込めるだけで、無詠唱で雷の暴風を遥かに超える出力の雷撃を連続で放てるという能力をもつ。

 勿論、籠手自体も、敵が触れれば内臓する雷撃で一気に焦がすことも可能であり、雷の速度と雷の破壊力を合わせ持つ、いわばタカミチの無音拳の上位互換版と言ってもいい。

 そしてその威力の最大値は、無論、装填した千の雷そのものと同じ。チャージには時間がかかるが、詠唱するよりも早く千の雷級の魔法を放てるこの兵装は、遠距離を主体とする魔法使いにとっての理想形とも言える。これに瞬間移動を行うカシオペアを扱える今、地球、そして魔法世界を合わせて見渡しても、ネギに勝つことが出来る生物は存在しないだろう。

 それでも。

 目の前に迫る七つの破壊は、ほぼ反則状態となっているネギですら震えあがらせるものであった。

 英雄が英雄足る資質。それは例え相手が格上だろうと勝利を手繰り寄せようとする鋼の精神力と、手繰り寄せることの出来る必然力とでも言うべき力。

 タカミチは英雄だ。カシオペアを使うネギにも食らいつき、土壇場でさらに切られた切り札を相手に、最善のタイミングで必殺を叩きこむ戦略眼。

 どれもが、今のネギには足りないもので。

 だから、この人を超えたとき、自分は初めて進めるのだと思った。

 

「く、だ……け!」

 

 籠手に流れ込む力が乱舞する。装填された力は最大。迫る脅威も最大。

 互いに最大をさらけ出す。光と光。闇をくりぬく神聖な輝きをここに。

 ネギは両手を束ねて、千にも及ぶ雷を眼前の破壊目がけて振り下ろした。

 

「うぉぉぉぉ!」

 

「おぉぉぉぉ!」

 

 世界の時間が元に戻る。遅れて響き渡る雷鳴と轟音が、尚も響いていた鈴の音色すらかき消して夜を一直線に割った。

 極大同士が激突する。互いを削り合う光の塊の余波が、その力を吐きだす両者の肉体に裂傷を刻み込む。

 タカミチの全霊が込められた七つの光の束は、千の雷とほぼ同等の火力にまで膨れ上がった雷轟無人の光をゆっくりと削っていた。意地と執念がネギを圧する。両腕に重く圧し掛かる意志の何たる強きことか。素直に称賛の念を覚えながら、ネギはさらに咸卦の出力を込めて無音拳に抗う。

 

「ぎ、ぐぅ……!」

 

 丹田に力を込める。気を練りあげろ。魔力を取りこみ、合成しろ。出力は拮抗している。後はどこまで魔力と気を保ち続けることが出来るかが勝敗を分かつのだ。

 奥歯を噛みしめ目を見開き、踏ん張ることなんて出来ないはずの虚空で足腰を留まらせて体を支える。弾けそうな両腕は、積み上げた意志力で保つ。

 超えるのだ。

 かつての理想。

 今も目標としていた理想の一人。

 タカミチ。

 僕は今日、あなたを超える。

 

「う、おぉぉぉぉぉぉぉ!」

 

 ネギは叫んだ。夜の月に届けとばかりに叫び、その祈りに応えるべく、雷轟無人がさらに輝きを増した。

 束ねろ。もっと細く、もっと硬く。本来なら拮抗するはずのないこの激突を拮抗させ、あまつさえ凌駕されそうになっているのは、タカミチの放つ七つの破壊が、一本の槍として束ねられているからに他ならぬ。

 絞れ。

 もっと絞めろ。

 敵の首を握りつぶすように、今放っている光を引き絞ってかき集めるのだ。

 

「ッ!?」

 

 タカミチは徐々に押され始めている己の必殺を見て目を見開いた。ゆっくりと、だが確実にか細くなっている雷轟無人の光は、小さくまとまっていくのとは裏腹に、その光をより濃く、力をより強く高めている。

 この一秒に成長する。

 未完成という答えだからこそ、ネギの成長は際限ない。

 より上に。

 さらに前へ。

 例え答えを生涯見つけることは出来なくても。

 

 進み続ける軌跡だけは、本物だ。

 

「ぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 そして限界まで収束した光が、ついにタカミチの必殺をかき消した。その威力の殆どを削られながらも、タカミチを飲みこむ力は今度こそそのタフな体を貫いて。

 

「あぁ、僕の負けか」

 

 そんな声すらも奪い去り、極光は七つの祈りを打ち砕き、荒廃した麻帆良の大地に突き刺さった。

 

 

 

 

 

 術式兵装を解除して瓦礫に降り立ったネギは、肩で息をしながらも未だ戦闘には支障がない。

 その彼の目の前で横たわっているタカミチは、スーツはぼろぼろ、露出した肌も裂傷と火傷が刻まれ、最早指一本動かす余裕すらないだろう。

 激闘は終わった。

 勝者は、ネギだった。

 

「タカミチ……」

 

「……迷いがあったのかもしれない。いや、言い訳だな……強くなったね」

 

 空を見上げながら、タカミチはどうにか動く顔の筋肉を動かして、笑みを象った。それすらも辛いのか、普段の笑顔とは違い、口元は震えている。

 

「……僕は」

 

「語ることはない。テロリストになった君を、僕には止めることが出来なかった」

 

 あえてテロリストという言葉を口にしたタカミチ。だがネギはそれを自覚しているのか、ただ困ったように小さく微笑んで、タカミチの隣に座った。

 

「転移の札を龍宮さんから一枚もらったんだ。これの転移先は麻帆良郊外のセーフハウスのベッドに繋がってる」

 

 懐から取り出した札をタカミチの胸の上に置く。「僕はもう行くよ」ネギは断続的に響く鈴の音色の方角を向いて、そう言った。

 

「僕は、どこから間違っていたのかな」

 

 タカミチはふとそんなことを呟いた。何もかもを出しきったタカミチは、何もかもに疲れきったような表情を浮かべている。

 懐を探って煙草を取り出そうとして──スーツの上は完全に消し飛んでいるのでないのを悟る。

 ネギはただ虚しいと空を見上げるタカミチにかけるべき言葉を探って、静かに口を開いた。

 

「僕にはわからないよ。でも、タカミチが間違ったって思ったのなら……何かが、間違えていたのかもしれない」

 

「……そうだね。だけど、だからと言って君が、君達が正しいというわけではない」

 

 今にも意識が飛びそうになりながら、それでもタカミチはネギに伝えたいことがあった。

 

「本当はわかっている。もしも君が言うとおりに魔法と科学が融合したのなら、今よりも救える人々が増えるのだと……だが、もしかしたらさらに巨大な犠牲を生みだすかもしれない」

 

 それは超とも同じことを話した。勿論、タカミチもネギがその可能性に気付いていないとは考えていない。

 ただ、聞きたかっただけだ。

 君は、どうするのかということを。

 

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない……でも、僕はいずれまた京都と同じことが必ず起きるとわかっていて、それをどうにか出来る選択肢を選ばないなんてことはしたくない。ただ、それだけなんだ」

 

 そこには正義も、ましてや悪も存在しない。言い方を変えれば、そういった分かりやすい逃げ道に逃げたくはなかっただけだった。

 

「この選択の結果は、未来が来ればわかるよ。そのとき初めて、僕らは正しかったのか、間違っていたのかわかるはずだ」

 

「それは無責任じゃないかな?」

 

「勿論、正しかったと言われるように、最大限の努力はするよ……少なくとも、超さんはそうすると決めているし、僕もそうだ。行動に対する責任は取らなければならないから」

 

「だが、責任を取れなかったらどうする? それに、君達の行動では必ず被害者が出る。その被害者のことを考えないのかい?」

 

「それ、嫌な言い方だよタカミチ。完全でなければやってはいけないって言うなら、人間は誰も行動をすることが出来なくなる」

 

 全てを救うことは出来ない。超が目指すのはより良き未来だが、決して誰もかれもが幸せになれるような完璧なものではないのだ。

 理想から逃げるな。全てを救ってみせろ、そう言うのは容易いだろう。だが歴史を振り返っても、誰もが幸せでいられた瞬間など存在しない。

 だからと言って、なりふり構わず何もかも押し通すというのも間違っている。

 ベストでもワーストでもなく。

 現実はベターが限界で、それ以下を選択は出来ないし、してはいけない。

 

「……大人のように話すようになったね」

 

「あんなことがあって、子どもじゃいられないよ」

 

「そっか……」

 

 そういうものだろう。

 ネギはあまりにも、災厄に飲まれすぎた。幼少時に続き、京都での一件。己の無力を痛感し、無力ではいられないと、子どもではいられないと思ったはずだ。

 そして、そう思わせた事態を引き起こしたのは、大人である自分達の責任だった。

 

「そうなんだね」

 

 タカミチは噛みしめるように呟いた。無責任のせいで、責任が発生する。もっと注意すればよかった。甘い算段をするべきではなかった。

 現実は漫画のようにはいかない。

 ウェールズの山奥での一件も。

 エヴァンジェリンとの一件も。

 そして京都の一件も。

 どれもが、起こしてはならない悲劇であり、自分達はその悲劇を起こさないようにするための行動をすることを怠った。選択肢を間違えて、止められた惨劇を引き起こしたのだ。

 いや。

 それよりも。

 自分達が起こした最大の過ちは。

 

 ──凛と鳴り響く鈴の音色。

 

 これをどうにか出来ると思ったことにあるのではないか。

 

「……気をつけて」

 

 タカミチはそう言うしかなかった。

 直後、これまでで何よりも美しく、呼吸すら止まるような音色が麻帆良全域に響き渡った。

 その響きにタカミチは思考を停止させて。

 ネギはただ静かに、一つの戦いが終わったのを悟る。

 

「うん。ありがとう、タカミチ」

 

 ネギは空を見上げた。音色は再び鳴りだす。耳を済ませれば脳髄が発狂しそうな歌声は、先程よりもさらに透明に純化しているようにネギには感じられた。

 行こう。

 鈍く痛む体を無視して、ネギは行く。夜空はまだ震えている。戦いは続いている。

 うずく左目が、音色に呼応して痛みを増していく。思考は徐々に冷えていた。世界は透明で、現実的ではないくらい綺麗で。

 だからネギは、唐突に悟るのだ。

 

「青山さん」

 

 これで、全て終わるんだって。

 

 

 

 

 




初めての方のための用語説明。

術式兵装【雷轟無人】(らいごうむじん)

ネギがこの戦いに赴くために作り上げた切り札の一つ。千の雷を取り込み、その魔法の威力を雷の籠手として両手にまとった状態。雷天とは違い雷化による高速移動は出来ないし、雷化による物理無効は出来ないと、近距離における利点は皆無。だがその代わり、両手にまとった籠手から、雷の速度で巨大なエネルギーの塊を放つことが可能。その威力は最弱で雷の暴風、チャージをすることで千の雷クラスまでと、破壊力という点では雷天を遥かに上回る。
要はタカミチの無音拳をさらに強力無比にした、まさしく一撃必殺の技。これとカシオペアの瞬間移動を組み合わせることにより、現在のネギの戦闘力は世界でもトップクラスである。
ぶっちゃけると、カシオペアを使うことにより雷天の意味がほとんどなくなったので、悩んだ末に作り上げたでっちあげ術式兵装です。なんてこったい。


【終わりなく赤き九天】

エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルが大橋での敗戦を機に、独自で練り上げた青山専用の魔法。その威力と内容は次回で。勿論、こちらも弱オリジナルスペル。ところどころ詠唱が違います。

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