【完結】しゅらばらばらばら━斬り増し版━   作:トロ

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最終話【修羅場LOVER(了)】

 戦いは終わる。

 ネギはそうして、何もなせぬままに、全ての決着を見ることしかできなかった。

 敗者たる青山は、雷の斧に焼かれて、煙を纏いながら、ぼろ屑のように地べたへと叩きつけられ、勝者であるナギは、それが幻だったかのように光の粒子となって姿を消していく。

 その腹部には、いつの間にか証が突き立てられ、背中を貫通していた。

 

「わりぃアル……下手こいた」

 

 掻き消える間際、その表情は勝者と呼ぶにはとても苦々しそうに歪んでおり。

 

「あっ」

 

 ネギと視線が合う。何か言おうとしたネギだったが、やはり何も言えず言葉に詰まり。

 ただ逃げるように、視線を切って俯いた。

 

「ネギ……お前……」

 

 それは。

 託したものを否定するということに他ならず。

 ナギは、そんな息子の姿を見て──ようやく、自分が最大の失敗を犯したことに気付いた。

 

「……クソっ」

 

 数多の英雄が、その最後を悲劇で閉じるように。

 ナギ・スプリングフィールド。例えアーティファクトで顕現した偽りの英雄とはいえ、彼もまた、数多の英雄と同じ、悲劇に終わることになるのだった。

 そして、着地と同時にナギの姿がなくなり。

 

 アルビレオは、そのまま二度と戻ることなく光となって消滅した。

 

「う、ぁ……」

 

 喉を引きつらせながら駆けよったネギは、別れの言葉すら伝えることも出来ずに失われた。

 大切な師匠と、生きていると心のどこかで信じていた父親。

 いっぺんに二つも失われたことで、ネギは喪失感に膝を折る。立ち上がることも出来ず、虚ろな眼差しで、誰もかれもが居なくなった戦場の跡地で唯一人。

 否。

 未だ、二人。

 

「……っぁ」

 

 その擦れた声に反応して、失意に沈むネギが顔を上げる。

 そこに立っていたのは。

 傷だらけで。

 とうに死に絶えているはずの。

 

「青山、さん……」

 

 最早、心臓すら停止している青山が、今にも倒れそうなくらいゆらゆらと揺れながらも、その足で立っていた。

 

「……ネギ・スプリングフィールド」

 

 青山は暗転した視界ではなく、魔力を辿ってネギの存在を感知した。

 

「そ、んな……」

 

 どうして、まだ、生きている?

 ネギがそう疑問を口にしようとして、その言葉に被せる形で青山は歪に口を吊りあげて応えた。

 

「彼が、言っていた、だろ? 俺は……生きいないのに、生きてるんだよ」

 

 斬撃がある。

 刃に魂は必要ない。

 必要なのは刃。

 つまり、己の肉体。

 そう、最早青山には魂等存在しない。肉体のみで立つという不可思議。その全てを滅せない限り、この男は何度でも立ち上がり、何度でも鋼であるだろう。

 それが人間の可能性の終わりだ。

 魂を輝かせる英雄と。

 肉体に突き動かされる修羅。

 絶対的な違いはそこにあり。

 だから、ナギは激突の直前、ネギに後を託したのだった。この男は、自分の最後の技を受けても立ち上がり続ける可能性があった。

 そのために、後詰めとしてネギに託したのだ。

 それだけの強さがあり、心があると。

 

 信じたのだ。

 

 そして、裏切られたのだ。

 

「……」

 

 ネギは己がやらなければならないことが分かっているのに、指一本動かすことも出来なかった。

 失った腕から血を流し過ぎたせいではない。

 雷轟に魔力と気を注ぎこみ過ぎたせいではない。

 あの戦いを経て。

 本物の激突を見て。

 張りぼての自分が、何たる道化だったのかに気付いただけだ。

 

「……そう、か」

 

 青山もまた、ナギと同じく失望した様子で、打ちのめされているネギから視線を切って、大地に突き立った証を引き抜いた。

 そして、最後に項垂れるネギを見下ろし、証を杖にしてゆっくりと近づき、その刃を振りあげて──

 

「駄目ぇぇぇぇ!」

 

 その瞬間、絶叫を上げながら、ようやく戦いの場に辿りついた明日菜が両者の間に割って入った。

 涙目になりながら、恐怖で体を震わせながら、明日菜は両腕を広げてネギを背中に庇う。

 身を呈してネギを失わんと足掻く明日菜は、無力ながらも高潔な意志で打ちひしがれた少年を守ろうとしているのだろう。余人が見れば、その献身こそ素晴らしいものだと言うかもしれない。

 だがしかし、それはあくまで事情を知らぬ者がそれを見た場合であり、ここに来て、青山はようやく、ネギが無様を晒す理由を知り得た。

 

「何だ、それは……」

 

 青山は、両腕を広げて立ちふさがる明日菜ではなく、その背中を見て、別の誰かを見ているネギに気付き、刀を降ろした。

 

「えっ?」

 

 明日菜が困惑するのも無理はない。斬ることに腐心した。斬ることだけに邁進し続けた男が、斬らずに刀を収めるという異常。

 どうして斬らないのか。その理由すら、明日菜にも、そしてネギにもわからないだろう。

 

「俺が望んだのは……君じゃない」

 

 あぁ。

 わかってしまった。

 力なく肩を落として、青山は明日菜達に背を向ける。最早、その二人の関係は見るに堪えない程だった。

 幻想に生きていたのは、ナギでも、ましてや青山でもない。

 ありもしない幻に飲まれていたのは、この二人だったのだ。

 互いが互いに別の誰かを投影している。ネギは明日菜に、自分を守り続けた肉親を、明日菜は遠い日に失った男の幻影を、どちらも目の前にいる相手のことではなく、ここにはいない幻覚を追っている。

 斬る価値がないのではない。

 現実に生きぬ者を、どうして現実を斬り開いてきた刀で斬れようか。

 

「そこで、いつまでも、遊んでいろ」

 

 青山は、そう吐き捨てると、証を杖の代わりにしてその場を後にした。

 斬ってきた。

 ひたすらに、この手で青山は斬ってきた。

 だからこそ青山は平等だ。斬撃に置いて、今の青山は公平に全てを斬ることに佇んでいる。

 

「助かった、の?」

 

 明日菜は自分達が生き残れたことに安堵して、力が抜けたのか尻もちをついた。

 

「明日菜さん……」

 

 ネギは命を賭して自分をかばってくれた明日菜に、折れた心のまま、ただただ感謝する。

 

 ──その異常に、気付きはしない。

 

 斬撃のみで完成した青山すら斬らずに置いていく。それが意味することはすなわち、修羅外道にすら見捨てられたということに他ならぬ。

 青山は確かに地獄のような男だ。間違っても善性とか、そういった類の者ではないし、存在するだけで害をまき散らすような災厄の如き者だ。

 だが、地獄に見限られるという意味の恐ろしさを二人は知らない。

 この二人は生涯、幻影に生き続けるだろう。互いが互いに依存して、だというのに依存する相手のことなど一生見ることもせず。

 積み重ねてきた過ちのツケは、ここで払われる。

 鋼にすら不要と見捨てられた彼らには、最早天国も地獄も訪れぬ。

 

 永遠の煉獄に苛まれるという悲劇。

 

 その日、英雄になるはずだった少年は、選択の末に訪れた結末により資格をはく奪される。

 残ったのは、英雄に落とされ、だが尚も動き続ける修羅外道が唯一人。

 

「……あ、ぁ」

 

 未来もいらぬ。

 過去もいらぬ。

 ここにあり続けると覚悟した修羅は、失われた視界に降り注ぐ暖かな光の塊に向けて、人として生きた最後の残滓を清算するために、空へと飛んだ。

 

 

 

 

 

 熱血が喉を焼き尽くし、失われた肉体が、焦がされた肌が、体の動きを鈍化させていっている。

 俺に残されたのは、もう証だけだった。

 最後と決めた戦い。

 終わりにある俺が、本当の意味で終われると思ったというのに、英雄が後を託したはずのネギ君は、結局、俺を冷たくも温かくも終わらせることも出来ずに、するりとこの腕の中から失われた。

 何もない。

 鋼だけしかない。

 それでも俺が飛ぶ理由は、麻帆良で請け負った最後の役割を果たすためだった。

 形骸化した約束。

 この戦いを防ぐという、結局出来もしなかった誓い。

 俺に残された最後の思いが、壊れた体を突き動かす。

 

「がっ……!?」

 

 だがそんな願いとは裏腹に、鋼であるはずの体すら、もう限界を越えていたようだ。

 虚空瞬動すら出来ずにただ空を弾いて飛んでいたが、とうとうそれすら行うことが出来なくなって、俺は無様に受け身も取ることも出来ずに地べたへと落ちる。

 痛みはない。

 もう痛みを感じる程、生きてはいられないから。

 

「う、ぐ……ぁ」

 

 暗闇に落ちた視界に広がる暖かな光は、徐々にその輝きを増している。

 急がなければならないだろう。苦悶の声は、息苦しさのせいだ。下半身の感覚は失せていた。いや、もう体中の感覚が、まるで巨大な綿越しに感じるように曖昧となっている。

 それでも指先に神経を集中した。

 すると、握っている証が、そこに込められた彼の声が、俺を励ますように凛と歌う。

 

「……そうだな、フェイト」

 

 淡く微笑んで、腕を支点に、光のほうへと這いずって行く。とうに潰れた知覚でも、充分に感じられるほどの魔力の猛りと、そこに込められた願いのようなものに向けて。この魔力が、彼らにクーデターを起こさせた原因ならば、何としても食い止めるのが俺に残された最後の役割だ。

 一歩、ではなく、ほうほうの体で。

 他人が見れば今の俺は、B級映画に出る亡者のように見えることだろう。

 いや、比喩でも何でもなく、そうなのかもしれない。

 魂は凍りつき。

 体は痛みも感覚も失い。

 何もない。

 生きているという証拠が今の俺には何もない。

 唯一残っているのは、こんな状態でもあり続ける俺と言う自意識だけ。

 這いずる。

 一メートル進むだけで、数年の月日を費やすような労力があった。死んだ肉体を動かすのは、燻ぶるだけの残留思念。

 いや。

 ネギ君という愛しき相手を失ったことから来る意地だろうか。

 

「は、はっ」

 

 あんな姿を晒した相手を見て、まだ未練がましく思っている。

 成程、どうやら俺は、よっぽどネギ君に恋慕していたのだろう。

 後少しだったはずなのだ。もう少しで彼は俺と同じ場所に至るはずだったのに。何処かでかけ違えたボタンが、決定的な歪を産んでしまったのだ。

 これも、己の我がままで災厄をまき散らした自分への罰なのだろうか?

 いや。

 だけど、後悔はきっとない。

 あの鬼との戦いでこの修羅場に至ってからこれまで。

 

「……素子、姉さん」

 

 貴女に魅せることが出来た、至福。強さを求めた果て、至った斬撃を受け切ってくれた貴女の強さにありがとう。

 

「フェイト……」

 

 君に魅せられたあの夜の零秒。命を注ぎ込み、本物の鋼をもたらし、この最後まで付き添ってくれた生き方にありがとう。

 

「……英雄、さん」

 

 唐突な登場を果たし、その勢いのまま、何よりも鮮烈に俺の終わりへの道程を彩ってくれた、名前も知らない太陽との交差。不愉快だったけれど、相容れぬからこそ激突出来た貴方の強さにありがとう。

 そして。

 あぁ。

 やっぱり、そうなのかもしれない。

 

「エヴァ……」

 

 エヴァンジェリン。

 恐るべき、化け物よ。

 君の汚らわしい笑顔が、潰れた網膜に蘇る。

 もういいだろうか?

 一人孤独にあり続けたこの様に、本当の終わりを与えてもいいだろうか?

 なんて。

 ここに君が居たなら、もっと殺せと笑うだろうけど。

 

「あぁ……」

 

 斬撃に終わる月下。月のように冷たくて鋭利な俺の終わり。

 見えない視界で空を見上げれば、ほら、俺以外何も存在しない無感の冷徹が無限に広がり、祝福をもたらしてくれて。

 ただひたすらに、感謝の言葉を最後に残す。

 

 エヴァンジェリン。俺は君を──

 

「斬れて、良かった」

 

 なけなしの力と意志を全て込める。冷たさに固まる渾身の鋼は、するりと世界樹の幹の中へと突き立って──

 

 

 

 

 

 りーん。

 

 

 

 

 

 

 ……あぁ。

 

 

 

 とっても、きれいな、ねいろだなぁ。

 

 

 

 

 

 その日、世界は、斬撃の歌声を聞く。

 

 それは終末に響く破滅のラッパか。

 

 もしくは、迷い惑う者達に送る、曇りなき祝福の──

 

 

 

 




次回、エピローグ【我が斬撃は無感に至る】

妄執の果て、亡骸と化した修羅が辿り着く、唯一無二の救いの地。

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