【完結】しゅらばらばらばら━斬り増し版━   作:トロ

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お待たせしました


第二話【鬼と修羅(中)】

 

 某県の小さな漁港より船で半日程、特殊な経路と特殊な術を用いなければ絶対に来ることの出来ない無人島がある。絶海の孤島とは言いえて妙だが、船に揺られた時間に比して、俺の身体能力なら二時間程のんびり泳げば先程の漁港に着くというのは驚きである。尤も、鶴子姉さんの言うことが真実ならば、当時の人間が現代の船でも半日かかる程の遠い無人島に例の鬼を封じることのは一苦労であるため、まぁ距離的には妥当とみるべきか。

 俺は船のエンジンを切って、年季の入った古びた港につなげると、この島に入るためのカギである古びた地図を片手に島へと上陸した。

 

「……」

 

 見上げた先は人の手など入っていない鬱蒼とした森。見上げる程のちょっとした山の頂上まで木々で覆われた島の全貌を眺め終える。

 

「予想通り……か」

 

 武者修行で培った第六感はこの小さな無人島程度なら丸ごと探知出来る程度には鍛えられている。その第六感にて、俺は島の頂上から溢れ出る只ならぬ気配を敏感に感じ取っていた。

 反射的に少年時代よりの愛刀である野太刀、久楽の柄に手を添えた。

 初めてこの太刀を手にした当時は、腰に差して歩けば先を引きずる程であったが、今ではこうして腰帯に差して歩くことも出来るほど成長した。

 だがあの日と今、この体に秘められた才能に魅せられた心はまるで変わっていない。童心のままというと聞こえはいいが、ようは他のものに関心が無いませた野郎であるだけだ。

 なんて。

 そんなことを考えながら、俺は体を押し潰す圧力を放ち続ける島の頂上を目指して森の中へと入っていった。見た目からは分からなかったが、かつて鬼を封じた時に整備したのだろう山道が奥へと続いており、そこまで苦労することなく足は進む。

 だが歩を進めれば進める程、体を圧迫する力は大きくなっていた。過去、やばいと感じた魑魅魍魎や術者や剣客は居たが、頂上より感じる気配は、過去最強の化け物を引き合いにして尚圧倒的。

 

「死ぬかもなぁ……」

 

 不意に零れた言葉は真実である。万全の準備をしてきた俺だけれど、これを前に勝てる見込みはちょっとばかし見つかりそうになくて。

 でもまぁ、鶴子姉さんの言う通りなら、この気配そろそろ封印解放されちゃうんだよね。

 ならば行かないわけにはいかないだろう。

 

「行かなきゃいけない、なんちゃって」

 

「……ただでさえつまらない人間だというのに、ギャグセンスまで壊滅的だともう目も当てられないね」

 

 口ずさんだ渾身のギャグに痛烈な突っ込み。

 ……いや、そこまで言うのはよろしくないのではないだろうか。

 

「……居るなら返事をしろ」

 

「サプライズさ。察しろよ愚図」

 

 相変わらず痛烈な暴言の一方で、見てるこっちも楽しくなりそうなくらい華やかな笑顔を浮かべた女は、やはりいつもと変わらぬ様子で俺の前に姿を現した。

 だが、既に俺達は決別した。

 つまり遠慮など不要だということ。

 

「あぁ、お前もな」

 

 俺は躊躇いなく鞘から久楽を抜きはらうと、瞬動で一気に女との距離を詰めて刃を振るった。

 手加減は一切ない。一撃で絶命させるつもりで放った斬撃は、女に反応させる暇も与えずに上半身と下半身を泣き別れにさせ……何?

 

「これは」

 

「残念、式だよ」

 

 そして、罠でもある。

 そういった女の傷口から溢れ出る幾つかの術符を察した俺は、咄嗟に虚空を蹴って上空へと離脱した。

 僅かに遅れて、先程まで居た場所が爆発する。只の爆発ではなく、呪いをふんだんに込めた恐るべき爆発だ。巻き込まれれば一撃で絶命は必至、確実に俺を殺そうとしているのを察して、さらに一段警戒レベルを引き上げた俺は、隠れる場所の無い虚空に飛び出した愚行を悟った。

 

「ッ!?」

 

 島頂上より炎の龍が無数に飛び出してくる。当然、狙いは虚空に舞う俺であり、燃える口内を広げて迫る膨大な熱量は、気で体を強化していなければ接近されただけで眼球が焼ける程の熱さ。

 だが接近を許すつもりはない。

 

「斬空閃」

 

 刃に乗せた気を斬撃の軌跡に沿って放つ神鳴流の技。凝縮された気は直接気を纏わせた斬撃程ではないが、音速を容易く超えた気の刃は迫りくる炎の龍を纏めて斬り払った。

 合わせて、虚空を蹴って頂上へと俺は飛ぶ。先に放った斬空閃に追いつく程の速度で舞った俺は、頂上でいつもの笑みを浮かべて待つ女を斬り捨てるべく、天高く刃を振り上げ。

 

「おぉぉぉぉぉ!」

 

 気合いを込めて振り下ろせば、女を取り囲むように術符で虚空に展開された結界と激突して、互いの気が火花となって周囲に弾けた。

 

「待ったよ、響」

 

「……今更、語るか?」

 

「確かにね。それだけは同意見だよ……響!」

 

 烈火と吼えた矢先、見えずとも俺の背後に殺気が幾つも生まれるのを悟る。

 久楽を引いてバク宙しながら殺気の射線を掻い潜る。遅れて幾つかの光弾が背中を掠めて大地を貫いた。

 僅か感じる熱。着物は焼け焦げ皮一枚が炭となっている。

 まともに受ければ強化していても肉体を貫くのは明白。着地と同時に間合いをさらに離したところで、俺は女の周囲に浮かぶ十二個の光弾を見据えた。

 

「冗談みたいな気を込めたな」

 

 女を守護する光弾の一つ一つが、並の術者十人集まっても足りないくらいの気が凝縮されている。しかもこれ見よがしに高速で周囲を飛び回るところから見て、操作も完璧だということ。

 見た目は野球ボール程度の大きさでありながら、まさに一撃必殺の威力を秘めた恐るべき光の弾丸。指揮者の如くそれらを操る女は、邪悪な笑みを浮かべて答えてみせた。

 

「語らないんだろ? だったら今更声をかけるなよ!」

 

 それは確かに。

 納得のいく返答に同意しつつ、言葉が終わるより早く飛んできた光弾を迎撃すべく、正眼に久楽を構えた。

 

「奥義、斬岩剣」

 

 尋常ではない威力の秘められた光弾の一つ目掛けて、俺もまた特大の気を練り上げた斬撃を叩き込んだ。既に名の通りどころか、岩を砕き、鉄を割り、山すら断ち切る俺の一撃。それをさらに極限まで収束させてみせた奥義は、さながら特大の嵐を押し潰して作り上げた鎌鼬。

 だが、俺の奥義は女の光弾と競り合った瞬間、呆気なく貫通されてしまった。

 

「ッ!?」

 

 迫る破壊の弾丸。躱すにも、瞬動に匹敵する魔弾から逃れる術は無く、出来たのは辛うじて体を捻り直撃を逃れるだけ。

 

「ぐっ……!」

 

 脇腹を削っていった光弾が肉を削ぎ焼いて潰す。中々痛烈だが、勝手に焼いてくれるのは出血を抑える心配がないためありがたかった。

 などと思う余裕はない。体の至る所を削いでいった光弾が背後で反転。迫るのを察したところで、俺は虚空へと飛び出した。

 光弾はまるでそれ自体に意志があるかのように俺を追ってくる。追いつかれれば迎撃するのは困難。だからこそ全力で虚空瞬動を繰り返しつつ、眼下で斬岩剣の余波で砂煙舞う山の頭頂部へと視線を向けた。

 女の気配はまだ感じる。

 それと同じく、徐々に封印が解除されつつある鬼の気配も察する。

 

「こりゃ死んだかな」

 

 仮に目覚めた鬼が女の味方となれば勝機が完全に失われる。

 絶望的な戦況の中、それでも空を駆け抜ける己の肉体だけを頼りに、俺は再度女の下へと突撃を仕掛けるのであった。

 

 

 

 

 

 世の中には天才と呼ばれる存在が居ることを、女、浦島ひかげは知っている。

 だが彼女の知るそれは世間一般のそれとは違う。人より頭が良いとか、優れた身体能力を持っているとか、そういった次元の話ではないのだ。

 確かにそれらも天才と呼ばれる存在だろう。だがそれはあくまで常人の延長線上、頭脳はさておき、身体能力で天才と呼ばれる者は、いいところで凡人の倍程度の能力があるだけだろう。

 だが彼女の知る天才は違う。明らかに人間の枠組みから逸脱した存在。スーパーコンピューターを超える演算能力や、現行の科学力の数十年先を良く発明を行える発想力、未来を見通しているとすら思える程権謀術数に長けた者、個人の能力で街を壊滅させる力の持ち主。そんな、凡人がどんなに集まろうと決して届くことの出来ぬ力を宿した者こそ、真の天才、それ以外はどんなに優れていようが秀才であると、ひかげは常日頃から思っていた。

 何せ、自分こそがその天才であるからだ。これは自惚れでも何でもない。事実、彼女は齢六歳を超えたところで、浦島家に伝わる浦島流柔術の奥義を修めたし、その後、各地で教わった陰陽術の数々を十歳までに修め、独自の術理を開発するまでに至った。

 だがそんな彼女の才覚に、彼女の母である浦島ひなたは得体のしれない恐怖を覚えたのだろう。彼女が中学校を無事に卒業したところで、そのまま家を追い出されることとなってしまった。

 だが別にそのことに何か思うことは無い。既に裏社会に関わる者として活躍していた彼女には十分な蓄えや、研究室兼隠れ家となる住処はあったので、むしろこれで愚鈍な奴らと関わらずに済むと思えば精々したというものだ。

 浦島ひかげには比肩する存在が居なかった。極東の土地では足りぬと、西へ東へあらゆる場所に出向き、魔法世界と呼ばれる神秘の術で構成された世界にも赴いたが、いずれも彼女の心を満たす存在は片手で足りる程度しか居なかった。

 誰もかれもが愚鈍だった。

 どうしてお前らはそこまで劣っているのかと嘆きさえした。

 だからといって、天才と自覚したこの身を練磨することを止めるわけにはいかなかった。

 努力すればするほど、自分は他の者を置いて前に前にと進んでしまう。そんな身を幼少時に知って、歓喜したから磨き上げたのだ。ならば、今更その生き方を変えられるだろうか?

 どうしようもない。

 どうにもできない。

 言葉に出来ない不満は募っていくだけだ。

 弟子を取って育てたりもした。

 我慢できずに比肩する才覚と争いもしたこともあった。

 だがいずれも違う。

 違うのだ。

 彼女の欲した天才は、決して愚鈍な者と馴れ合うようなものではない。

 弟子であれば、己を慕うのではなく、この体に刻まれた術理をむさぼり食らうことを目的とした規格外を欲した。

 比肩する才覚ならば、同格故に理由なく殺し合えることを良しと出来る異端を欲した。

 しかし彼女の求める天才は――異常者は現れなかった。

 最早、この体を極め、完成させるほかないのだろうか。

 表面上は愚鈍な奴らに合わせて愛想笑いを浮かべながら、ただ孤独に深淵の最奥を目指すしかないのだろうか。

 そう半ば投げやりな感じで過ごしていたある日、ひかげは出会ったのだ。

 

 青山響と呼ばれる異端児に、彼女はようやく巡り合えたのである。

 

 

 

 

「響ぃぃぃぃぃ!」

 

 吼え滾るひかげは、影すら残さず虚空を駆け抜けてこちらに特攻を仕掛ける青山の名を呼び、その背中を追う光弾に魔力をさらに注いで加速させた。

 西洋魔術における雷系最強魔術と言われる『千の雷』。それを掌大の光に収束させることで、殲滅力は無くなった代わりに、あらゆる物体を貫通する破壊力を持たせた『収雷符』と名付けたオリジナルの陰陽術。この島に封印されている鬼を解き放つために複数の術式を同時展開出来ないため、今扱えるのはこの収雷符のみだが、それでも十分以上に戦えていることに小さな笑みを浮かべた。

 十二の光弾の半数は攻撃に、もう半数は防御に。完璧な布陣で戦闘を操るひかげの技量に、青山は苦戦を強いられていた。

 

「チッ」

 

 魔力の再付加によって加速した光弾に追いつかれた青山は、舌打ちしつつ体に纏わりつかんとする光弾を久楽に気を纏わせて何とかいなす。

 だがそのせいでひかげとの距離を埋めることが出来ない。道を遮るように体の周りを飛ぶ光を煩わしく思うが、奥義による一撃も有効打とならない以上、下手に動けば隙を突かれて今度こそ直撃を受けるのは必至だった。

 

「そら! 防いでばかりで私を倒せると思うなよ!」

 

 それを見て、一気呵成とひかげは光弾の勢いを加速させて青山を攻め続ける。見た目は掌大の球体でありながら、瞬動の速度にすら追いすがり、さらにほぼすべての防御を単純な破壊力で貫くことが出来るこの術は単純故に恐ろしい。

 陰陽師ということから、もっと搦め手でこちらを攻めると思っていた青山は、ひかげ対策に持ってきた術符の全てが無力化されている地何時に内心で悪態をついた。

 

「だが……久楽ならば……!」

 

 唯一、青山の規格外の気を纏う久楽であれば、光球に破壊されることなく拮抗することが可能なのが分かっているため、青山は縦横無尽に襲い掛かる光球を音速に並ぶ太刀筋で迎撃し続けた。

 そして間が開けば即座に虚空瞬動。ひかげとの距離を詰めようとするが、先程はすぐ詰められた距離が今は遠い。地平線ならばあっという間に到達できる健脚すら、十二の光球で描かれる鉄壁を超えるのは至難であった。

 

「どうした響! その程度で終いかい!?」

 

「語るつもりは、毛頭ないと言った……!」

 

 繰り返される挑発に、青山は声を荒げて応じた。

 だからといっていつまでも防戦一方を演じるつもりは毛頭ない。虚空瞬動で一瞬だけ光を置いていった青山は地面に着地すると、その時には既に追いついている光弾を、踏み込みの力も乗せた斬撃で六つ同時に斬り払った。

 繰り返すこと六連。音速を越えて飛翔する六つの対象を正確に捉えるという離れ業を易々と行ってみせる。

 しかし吹き飛ばすには至ることなく、逆にこちらの手がしびれてしまうほど。

 

「ッ、斬空閃……!」

 

 それでも一瞬だけ空いた間を使い、青山は不動と佇むひかげ目掛けて気の刃を放った。

 だがやはり苦し紛れの一撃では、ひかげを守護する六つの守りを一つだって蹴散らすことはかなわない。

 

「ほら! 隙が出来たぞ!」

 

 逆に、ひかげが操る光弾の一つが技の後の僅かな隙を晒す青山の体を僅かに抉っていく始末。左肩を着物ごと少しだけ削がれた痛みに、流石の青山も小さくだが苦悶の表情を浮かべた。

 だが止まることは出来ない。残り五つの光弾を独楽のように回転しながら紙一重で躱してみせると、その勢いをそのままに地面を蹴って、余裕の笑みすら浮かべているひかげへと特攻した。

 

「それを私がやらせるとでも!?」

 

 瞬きもあれば間合いを詰められるというのに、瞬動の起こりに入ったところを狙われて、飛び出す先に光弾の群れが割って入った。

 これで飛び出せば光弾に自ら激突して自爆するのは目に見えている。青山は咄嗟に瞬動の方向を正面から右手側に強引に変えた。

 

「ぐ、ぅ」

 

 解き放たれる方向を捻じ曲げられた代償は、両足にかかる負荷だ。強引な軌道変更に金繊維の幾つかが千切れ、内出血を起こす。

 痛みは何とか噛み殺しつつ、再度こちらを追い始めた光弾が追いつく前に、青山は怒涛と斬空閃の雨をひかげへと降らした。

 

「ふっ、無駄だぁ!」

 

 だがやはり、彼女を守護する六つの光は、その身に当たるものだけを取捨選択して迎撃した。蹴散らされ、あるいは二つに分かれて地面に激突する斬空閃の雨。だがしかし、ひかげはそこで青山の狙いが己ではないことを察した。

 

「煙幕とは……!」

 

 斬空閃の衝突で辺り一帯が巻き起こった砂塵で見えなくなっている。

 小癪な真似をしてくれる。

 勝利のためにあらゆる小細工を惜しまない青山のやり口に獰猛に笑いながら、ひかげは視覚ではなく魔力と気の流れを辿って青山を捕捉した。

 

「だがこの程度で私を欺こうなど……ッ!?」

 

 ひかげの表情が固まる。

 煙幕による一瞬の隙。

 視覚から魔力と気の流れに捕捉を切り替える間。

 本の少しばかりしかない時を稼いだ青山は、その間にこの状況を打破する方策を完成させていた。

 

「あぁ、欺けるとは、思っていなかった」

 

 だが、時間を稼ぐことは出来たのだ。

 これまで光弾の相手をしていたせいで満足に練り上げることの出来なかった気。青山は呼気一つ分程度稼いだ時を使用して、その膨大な気の解放と収束を果たしていた。

 そして込めた気をこの体を四方から狙う光球へ。死角すら補う青山の超感覚は、制御の難しい気の運用すら、乱すことなく整える。

 

「シッ……!」

 

 ひかげが超人的な反応で光弾を再度青山へ飛ばすが既に遅い。練り上げた力は精錬されて一つの技へ。積み重ねた研鑽にて手にした形をここで示さん。

 呼気を一つ漏らして全身の気を落ち着かせる。

 戦闘中において山奥の小さな湖の如く波紋すら立たぬ気の流れ。

 これらをもって放つ技にて、狂い踊る魔弾の群れを迎え撃つ。

 

「いざ」

 

 華、散らせ。

 

「秘剣・百花繚乱」

 

 周囲一帯に気の嵐を放つことで回りの敵を一掃する神鳴流が秘奥の一つ。しかし青山のそれは本来全方位に放たれる気の嵐を、選択した対象にのみ叩きつける程の精度で行えていた。

 しかも先の六連の斬撃を遥かに超えた速度によって、光弾を弾いた音が一つの間延びした音になる程。音を後に置いた斬撃にて僅かな間を得た青山は、続いて久楽に纏わせた気を充実させた。

 

「ッ、響!」

 

「遅い」

 

 異変を察したひかげが、反射的に防御に回していた光弾も青山へと殺到させる。だが青山が語る通り、判断があまりにも遅すぎた。

 ――俺の斬撃速度を侮った、お前の落ち度だ。

 内心でひかげを詰りつつ、しかし青山は絶好の機を逃すつもりは無かった。一瞬でもあれば十分、ならば、一秒があれば十二分。

 肉体の限界を少しの間だけ解除し、限界を超えた出力で気を流出させて技を放つ時間を一気に短縮。

 軋む肉体の訴えなど全て無視し、常人なら激痛で悶死するほどの痛みの中、限界を取り払って気を解放した青山は持てる奥義の中でも破壊力ならば究極に位置する一手を解放した。

 込められた気が紫電を纏い、鳥が囀るような音を弾く久楽を大上段に。既に態勢を立て直して突撃している光弾には目もくれず、青山は全身から放った気を久楽に束ねて空へと飛び出した。

 それは魔を退ける神の一撃。

 退魔の極みたる神鳴流の、決戦にてのみ放つ奥義。

 これぞ、逃れられぬ稲光を纏いし我が必殺。

 

「神鳴流決戦奥義、真・雷光剣」

 

 一閃無情。あらゆる全てよ、灰燼と化せ。

 

 技の名を告げると同時に振りぬいた久楽の切っ先から、山頂一帯を飲み込むほどの巨大な閃光が放たれた。青山の身に蓄えられた膨大な気。その力を余すことなく注ぎ込み、範囲内全ての存在を消滅させる雷光へと変換させる奥義。神鳴流でも指折りの使い手のみに扱えるこの奥義も、青山が使えばそれは最早弾道ミサイルの一撃と同義。

 広がり続ける閃光は山を飲み込み、その場に居たひかげの体も丸ごと飲み干して尚広がる。

 渾身の力を注いだ珠玉の一撃。これ以上の破壊力が望めない青山の最大が、小さな島を揺るがし、周囲の海を震わせ、空の雲が島の周囲の分だけ消滅する。

 その閃光の中、唯一破壊の乱気流を見下ろす青山は、持てる全霊にて消滅した山頂を憮然とした表情で見ていた。

 

「……慢心だな。封印を解除する片手間で、俺を殺せると勘違いしたお前の負けだ」

 

 青山の知覚領域に、ひかげと鬼の気配は既に存在しない。

 決戦奥義の名に相応しく、雷光の収束した後は大きく抉られており、緑生い茂っていた山頂部分も露出した岩盤が晒されているばかりだ。

 跡地の一部が硝子化している程の破壊力。まさに一撃必殺の名に違わぬ技の冴えの後、何も語ることも出来ずに消えたひかげに対し、青山は心を僅かざわつかせる何かを言葉にして伝えようとして。

 

 大気を震わせる程の心臓の音が響き渡るのを、その全身で感じ取った。

 

「ッ!?」

 

 青山は体が震える程の衝撃に目を剥く。

 瞬間、クレーター化した部分の中央が大きく盛り上がった。だがそれは問題ではない。それよりも、そこから現れようとしている『ナニカ』の気配が、青山の全身を震わせた。

 

「な、にが……」

 

 再度、心音が跳ね上がる。

 鼓膜を揺らし、脳髄を震わせ、五臓六腑を響き渡らせる重低音。それは最早、心音という名の地震であった。

 鼓動一つが天災となる存在の覚醒。

 それは、青山がクレーター内部に降り立つと同時、大地を爆発させながらその姿を現した。

 

「……お前、は」

 

 地面を『破壊』して現れたのは、その身に纏う衣服の至る所がズタボロになりながらも、露出した白い肌には一切の傷も見られないひかげであった。

 だが、先程と変わらぬ見た目でありながら、青山は彼女から感じる何かがまるで変わっているのに気付く。

 いや、それは変わっているという言葉ですら足りぬ。

 例えるならば、『辿り着いた』とでも言うべき、進化。

 

『ソウカ、コレガ』

 

 言葉に出来ぬ感情に総身を震わせる青山の前、ひかげは片言で呟きながら、その両手を開いてジッと見つめていた。

 彼女もまた察したのだろう。己の体から溢れ出る力の意味。青山が放った一撃が到達する直前に解放することが出来た鬼の力を取り込むことに成功したことで至った力の解答。

 それはそう、これ以上先のない、天才しか到達できない最後の場。

 

『ワタシハヨウヤク、テンサイヲ、オエタノカ』

 

 この体に溢れる才能を磨き続けた。

 周囲の愚鈍な者達を置いていき、一際飛び抜けた才覚を全て解き放つことに腐心し続けた。

 それがここだ。

 こここそが、天才と呼ばれる才覚の、終わり。

 

「なんで、そんな……」

 

 その一方、『ソレ』と対峙する青山は言語を絶するその在り方に言葉を失っていた。

 それは例えるならば美しき汚泥。

 それは例えるならば醜悪なる宝石。

 それを例えるなら――

 

「なんて様だよ、お前……」

 

 言葉に出来ぬその在り方。

 

 鬼の極みを手にした人を。

 

『アァ、コレガ、ワタシノオワリダ』

 

 修羅外道と、人は蔑み恐怖する。

 

 

 

 

 今、現代に最新にして史上最悪の御伽噺が生まれようとしていた。

 

 

 

 






断章はダイジェスト風味。本当はこの話に至るまでの青山とひかげのお話が幾つか存在するけど、面倒だから全部カットだぜ!

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