【完結】しゅらばらばらばら━斬り増し版━   作:トロ

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エピローグ【青山の始め方】

 

 その目を、見よ。

 奈落が如き眼を覗け。

 

『ひっ』

 

 漏れ出たのはか弱き少女の悲鳴だった。

 体に宿した酒呑童子も恐怖に身悶えするように、ひかげの内側でざわついている。

 それはまさに本能的な恐怖だった。

 人間、否、生物の根源に根差す始まりの恐れ。

 火を見た動物の如く。

 雷を見た動物の如く。

 それはまるで、自然災害の如き恐怖を孕んだ眼であった。

 

「るるる」

 

 変化は一瞬だった。

 泣きじゃくり、死ぬなと叫んだ相手の瞳から光が奪われた瞬間、その胸部に触れた拳はいつの間にか斬り捨てられ虚空に飛び、体を貫かれることなく男はそこに立っていた。

 

「るー、あー、いー」

 

 だがしかし。

 だがそれを、理解出来なかった。

 

「いー、あー、ん……うん。斬れた」

 

 拳に貫かれなかったとはいえ、拳の先から流れ込んだ酒呑童子の鬼気で魂を砕かれたはずの青山は、平然と立っていた。

 その異常をどう説明すればいいのだろうか。

 恐怖と困惑で、斬られた右拳より噴き出す熱血と激痛すら気に留める余裕も無くなったひかげは、目の前で久楽を肩に担いでこちらを見据える青山を絶望的な心地で見返した。

 何だと言うのか。

 今、目の前に居るこいつは一体なんだというのだ。

 

『ひ、びき?』

 

 響なのか?

 込められた願いに対して、いつもは憮然とした表情で「なんだ?」と返ってくる言葉は。

 

「違う」

 

 言葉は、返らない。

 

「俺は、青山だ」

 

 響は、帰らない。

 

「恐れられるべき、忌み嫌われるべき、嫌悪されるべき青山だよ。ひかげさん」

 

 『一度も名乗ったことのない名を呼ばれる』違和感も、彼方に吹き飛ぶほどの絶望がひかげを襲った。

 

『そ、そんな……嘘だ。響。私と同じ、響』

 

「違うよひかげさん。俺はこれだ」

 

 そう言って青山が掲げたのは、手にした久楽であった。

 

「俺は、これになれたんだ。貴女のおかげで、これに達したんだ。青山として、この斬撃になれたんだ」

 

 誇らしげに語る姿の何たる壊滅的なことであるか。

 最早、言語を絶した様を晒すのはひかげではなく、鬼を食らったでもなく、人から変異したわけでもない、今も只の人間でしかない青山であった。

 その悍ましさを、ひかげは知った。

 酒呑童子という異端を取り込んでようやく『終わり(破壊)』に達したひかげだからこそ、青山が人間のまま、人間の可能性を終えてしまった事実に戦慄した。

 

『なんだよ……なんなんだそれは……お前は! お前は同じだったはずだ! 天才として産まれてしまった私と同じように! 練磨される強さを永遠と繰り返せるはずだったんだ! 初めてだった。お前になら殺されてもいいって、お前のために化け物の力を借りて超常の力を得て、その力を示したうえでお前なら私を越えてさらに先へ――』

 

「そう、先に至った」

 

 そして、終わったのだ。

 

「おかげで、俺はこの肉体が行き着く場所に至ることが出来た。青山は斬撃なんだ。斬るってことが青山で、ならば俺はもう頭の天辺からつま先まで、丸ごと一つの青山なんだ。それはとっても素敵なことで、こんなにも感動的な終わりに至れたんだ」

 

『違う違う違う違う! そうじゃない、人間は、天才である私達は先に行けるはずだ! だって、お前と同じ答えに至った私ですら、手にした瞬間は終わったと思った私ですらここが終わりではないと思えたから!』

 

 お前も同じく、先に進めるはずだ。終わって等いない。天才だからこそ、人間の無限ともいえる可能性を永遠に極め続けることが出来るから。

 そう願った言葉は。

 

「それはそうさ。だってひかげさん、もう人間ではないのだから」

 

 あまりにも単純明快な解答にて、儚く散ってしまった。

 

『私、は……』

 

「只の化け物だろ」

 

『わた、しは……』

 

「俺は人間だ」

 

『わたしは?』

 

「化け物」

 

 だから斬る。

 言外の意に、ひかげの自意識は跡形も無く瓦解した。

 

『うわぁぁぁぁぁぁぁ! 響ぃぃぃぃぃぃぃぃ!』

 

 眼前で破裂した鬼気が巻き起こす突風を真正面から受け流し、青山は身悶えするように刃鳴りする久楽を強引に抑え込んで、歪に浮かべた笑みをそのままに、泣きじゃくるひかげへと踏み込んだ。

 その最初に語った通り、言葉を交わす意味など何処にも無かったのだ。

 ここに居るのは、鬼と成り果てた人間と、人間という存在に成り果てた修羅。

 交差する刀と拳は、互いに持ち得る答えを賭して激突する。衝突の余波で小さな島は破壊と斬撃に晒され、その姿を戦争の跡地の如き様相へと加速度的に変化していく。

 

 その戦いの最後を語ることに意味は無い。

 

 結果、ここに青山は居る。

 

 ひかげという少女が望んだ想いすらも断ち斬って、青山という修羅外道は、今も尚世界に存在し続けている。

 

 

 

 

 それだけが、覆しようも無いたった一つの真実であった。

 

 

 

 

 

 そして素子は、己の失敗に気付いた。

 

「青山……! そうか! そういうことだったのか青山!」

 

 青山と同じ斬撃という完結に至った刃による一撃は、存在を構成する根源を斬り捨て、意味無しと断じる。

 だが青山の根源が『そもそも虚無であるならば』、そのものが最も大切とする心を断ち斬る刃に何の意味があると言えよう。袈裟に斬られ、真紅を散らしながら崩れ落ちる青山を見下ろしながら、素子はかつて青山響を破壊しつくした浦島ひかげと呼ばれる女が行った所業と全く同じことを己が為したことに気付く。

 

「……あぁ、そうなのです素子姉さん。そういうことなのです素子姉さん」

 

 そうして、再び己の全てを斬り捨てられた修羅が産声をあげる。

 フェイトが身を挺して青山に付加した『生きる』という答えは斬り捨てられ、残ったのは丸っと一つ、等身大の斬撃のみ。

 青山という修羅外道。

 たった一匹の修羅だけが、そこには残った。

 

「おかげで、目が覚めた」

 

 死に体の身をゆらりと起こし、青山はゆっくりと刀身の黒色が剥がれていく証を杖に立ち上がる。その姿は軽く突けば幼子でも倒すことが出来そうな程儚く弱弱しいというのに、一歩だって近づくことが躊躇われる程の言語を超越した気を撒き散らしていた。

 

「己を見つめ直し、姉さんに斬られ、斬ることを思い出せた」

 

 だが悍ましさに嫌悪感を漲らせる素子など気にした素振りも見せず、青山は晴れ晴れとした気持ちになれたことに充実感を覚えていた。

 そう、これが己なのだ。

 生きるために斬るのでも、斬るために生きるのでもない。

 斬るために斬るのだ。

 斬れるから斬るのだ。

 斬ったから斬るのだ。

 斬りたいからこそ、俺は斬るのだ。

 

「あぁ、何て……素敵」

 

 思えば遠回りをした。

 酒呑童子に破壊され、自覚した己の完結。だが未だ惑っていた己は、数多の戦いでその答えがどういったものなのかゆっくりと自覚し、磨いていったというのに、フェイトの生き様に少しばかり魅せられ、再度回り道をしてしまったのだ。

 だが所詮、他人は他人。

 

「俺の答えは、俺だけの答えだ」

 

 胸を張り、手にした斬撃に腐心せよ。

 そうあれかしと分かった今、傷つき疲弊しているというのに、体はとても軽かった。

 

「だから、素子姉さん」

 

 青山の奈落の如き眼が、素子を射抜く。

 それは遂に完全なる覚醒を果たした剣鬼の末路。これ以上無き袋小路に充足を覚えた狂気の産物。

 歴史が産んだ、血脈の化生。

 

「響……私が、残滓となっても残り続けたお前を斬ってしまったのか……!」

 

 その様へ到達させた決定打が己の刃である事実に、素子は唇噛みちぎる程の怒りを滲ませて理解する。

 最早、青山素子の弟たる青山響は完全に死に絶えた。

 今ここに在るのは、響という枷と、フェイトという鞘を取り払われた抜き身の刃。

 

 青山。

 

 純粋無垢の青山という斬撃。

 

 瀕死の重傷を負いながら、むしろ傷を負う前よりも圧倒的な鬼気を漲らせ、素子の前に立つ青山は、最早先とは違って容易く葬れるようなものではない。

 斬られるという事実が待ち構えている。

 死よりも恐ろしい斬撃が立っている。

 

 しかし、忘れることなかれ。

 

「ならば、是非も無い」

 

 その敵手たる乙女もまた、同じく血脈の産んだ『青山』であるならば。

 僅かに残った未練すらも素子は断ち斬り、澄み切った眼にて、汚泥の眼を真っ向から射抜く。

 そこに恐れはない。

 死すらも超えた斬撃も、今や素子にはどうだってよかった。

 迷いのない雄々しき立ち姿は、完結した青山にすら僅かに波を立たせる気迫があった。

 

「……所詮、こうなる運命であるなら」

 

 覚悟を決めて奈落に相対する閃光こそ、人々の誰もが望みを託す英雄を極めた姿なり。

 ――だが忘れるな。

 光を飲み込む闇と同じく、その光もまた、闇を飲み込む光ならば。

 

 どちらも同じ、なんて様。

 

「貴女を、斬ります」

 

「お前を、斬るぞ」

 

 そして、人間性を完結した両者の刃は交差する。

 修羅へ至った、狂気の骸。

 英雄へ至った、正気の骸。

 互いに両極の存在でありながら、いずれも『斬撃』という解答に至った、青山という血の極地に立つ剣客であった。

 

 

 

 

 

 そして、その時代ごとの天才を取り入れることで研ぎ澄まされた『青山(血)』は、この時代にて結実する。

 人の域を限界まで尖らせた透明なる汚泥の結果をここに。

 今、両者互いに鋼の真理をその手に携え、最後の仕上げを迎えるべく、この凍えるような修羅場を彩るのだ。

 外道、青山。

 正道、青山。

 いずれも同じ、恐るべき青山達。

 正邪を超えた、無垢なる混沌たる人類の末路共よ。

 己が可能性(鋼)に全てを賭けて、人間の終わりを存分に曝け出せ。

 

 その果てに立つ『青山』の完成にて、人の末路が謳われるから。

 

 

 

 

 ――人間よ。お前達の福音を、三千世界に知らしめろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 断章【ありあーLascia chi'o piangaー】完

 

 

 

 

 






短いとはいえ、章の区切りなのでちょっとだけ長いあとがき。そのため、そういうのはいらないって方は読み飛ばしてください。引き続きBルートをお楽しみに。








ってわけでお待たせしました。多分一年ぶりくらい。まぁ色々あってモチベーション低下していたので書けませんでした。こればっかりは二次創作の宿命というわけで許してください。なんでもはしませんけど。

さておき、断章はまんま響が青山になるお話だったわけですが、バックストーリーとして浦島ひかげっていうヒロインとのあれこれがあったりします。でもここら辺は面倒だったので、書けば十万文字は余裕で超えるこれらのお話を一先ず必要そうなところだけ抜粋して上手く二万文字弱くらいでまとめてみました。っても色々最初から書かないと不可解な部分もあるでしょうが、これも重要僧なセリフはプロットの時点で書いているせいなので許してください。ともかく、そこらへんの詳しいお話の簡単な纏めはいずれ活動報告にでも載せるので、ひかげと響のなれそめや末路はそこで追々。

で、次回からBルートです。ハーレムルートです。私としてはようやくオリ主物の王道であるハーレムルートを書けるんだとワクワクしていますが、そもそもハーレムの基準ってどこからなんですかね。別に同性でもオッケーですよね?(錯乱)

そういうわけで次回からBルートです。Aルートでぎりぎりだった人は普通に読めないお話(ハーレム的に)なので、まぁ頑張ってとしかいいようがないですがよければ是非読んでください。

それでは、また次回。

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