【完結】しゅらばらばらばら━斬り増し版━   作:トロ

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第四話【御伽噺の英雄が如く】

 悪魔襲撃事件。

 麻帆良学園側に数名の死者を出すことになったこの事件は、常であればもっと問題視され、麻帆良学園の上層部の何人かの面子が入れ替わることになっただろう。

 だがしかし、京都問題が未だ記憶に新しい今では、この事件も些細なことであるとされており、むしろ未だに混乱収まらぬ状態でその程度のことでいざこざを起こすのは得策ではないというのが、西と東、両方の陣営の意見であった。

 

「……そういうわけで、超さんが期待するような展開にはならないと思いますよ」

 

 麻帆良学園にある家屋の一室。超鈴音とその一派が隠れ家として使っているこの家のリビングにて、ネギ・スプリングフィールドは自分の知る限りの麻帆良側の情報を超鈴音に教えていた。

 教師陣の入れ替えはない。だがガンドルフィーニは作戦開始までの復帰は難しく、幾人かの教師も学園祭の代わりに行われることになった京都復興企画に、西との情報交換や聖と護衛をするために麻帆良を離れることになっている。

 

「ふむ……ありがとうネギ先生。おかげで作戦を成功させる可能性が飛躍的に高まったヨ」

 

「では、協力はここまでで。僕は今後、貴女達の作戦には関わりませんので」

 

 用は済んだとばかりにネギは席を立とうとしたが、「まぁちょっと待つネ」という超の静止が割り込んだ。

 

「……何か?」

 

 露骨に面倒臭そうな雰囲気を滲ませるネギに、内心でいつの間に性格が豹変したのだろうかと超は思ったが、その思いはさっさと横に退けて、疑問を口にすることにした。

 

「我々の作戦……魔法を世界に知らしめるという一大計画を聞いて、生徒や大多数の教師を京都復興に向かわせることで作戦成功確率を飛躍的に上昇させるプランの提案……一切、作戦について悟らせることなく全てを一人で進めてくれたのは驚嘆するし、感謝しているヨ。だがネギ先生……そこまでして何故、最後まで我々に協力しないのカ?」

 

 しかも、ネギは京都に行くことなく学園に留まるという。手渡された資料に、ネギの名が京都組に記載されていないことからそれは明らかだ。

 もしや今更裏切ろうというのだろうか。その最悪な予測に、ポーカーフェイスの下で焦りをにじませる超。だが超の焦りを嘲笑うように、ネギは首を左右に振ってみせた。

 

「いや、ただ一般人を巻き込みたくないだけですって」

 

「……目的は?」

 

「信用されてないんですね」

 

 困ったなぁと、眉を顰めるネギ。だが果たしてその表情の何処までを信じればいいのだろうかと超は思案を巡らせる。

 計画を持ち掛けた時から僅かに感じていたことだが、ここ最近のネギは優等生というよりも、年相応の子どもっぽくなっていた。

 悪く言えば馬鹿になった。

 良く言えば余裕が生まれた。

 どちらなのか超には判断できないが、少なくとも京都復興のプランを難なくこなしてみせた手腕から、馬鹿になったというのは考えにくいだろう。凝り固まっていた優等生から、物事を柔軟に受け止められる大人へ。そんな成長を感じずにはいられない。

 子供っぽさを大人への成長と考えるのはおかしいかもしれないが、しかし、いつだって器の大きい大人というのは、共通して子どもっぽい無邪気さを備えているのが常だ。

 

「僕の見立てでは作戦の成功率は五分五分です。例え、京都に魔法使いの戦力を幾ら割こうが、結果に変わりはありませんよ」

 

「ほぉ、その根拠は?」

 

 大多数の魔法先生や生徒が居なくなるのに対して、こちらには学際限定で使用できる凶悪な手札が幾つも存在する。

 それなのに五分五分とは、どうしてそう思うのか超は是非ネギの考えを知りたくなって。

 そんな超を、ネギは憐れむように見つめていた。

 

「まさかとは思いますけど……」

 

「ン?」

 

「超さん、青山さんとエヴァンジェリンさんのこと、意図的に思考から外してますね? まぁ、無理もないですけど」

 

 そう言われて、超は思い出したように、あるいは忘れたはずの悪夢に苛まれたように、これまで保っていた表情を崩してしまった。

 青山。

 あの男を忘れたわけではない。

 だがネギに作戦の内容を一部話したあの日の夜からこの日までにかけて、超の中で言い様のない恐怖が増幅し、意図的にあの男のことを考えから外していたのは事実であった。

 だがネギは自身の生徒であるところの超を心配しようともせず、だが憐れむ視線はそのままに言葉を続ける。

 

「この作戦の肝は、あの二人のどっちが勝利するかにかかってますよ。それまでの過程なんて意味は無いです。勝った方の陣営が勝利する……それだけの話です」

 

「だがネギ先生。こちらにも手札が幾つも――」

 

「鬼神の軍勢? サイボーグの兵士? それともタイムマシンですか? あんなのが百や二百集まっても、最低でも学園長かタカミチと一対一で戦って勝てる程度の代物でもない限り、あっても無くても同じようなものですよ」

 

 ばっさりと斬り捨てられた己の話に、超はその事実よりも、何故ネギが話してもいなかったこちらの駒と、切り札であるタイムマシンの存在を知っているのかということに戦慄を覚えた。

 

「貴女の作戦を聞いた日から、僕個人で勝手に調査させていただきました」

 

 そんな超の思考を読んだかのように、ネギは答えた。

 正確には、師匠であるアルビレオの魔法と、相棒である明日菜の無効化能力による警戒網の解除を使ったので、個人で行ったわけではない。しかしそこまで語る義理も義務もないため、ネギはあえて自分一人で全て行ったと語った。

 

「まぁそんなことよりも、目的でしたよね? 単純な話です。青山さんとエヴァンジェリンさんが激突すれば、必ず少なくない死者が出ます。そんな状況に生徒を置いておくつもりなんて僕にはさらさらありません。だから死ぬなら死ぬ覚悟が出来てる人だけで勝手にやらせる……それだけですよ」

 

「……正直、恐れ入ったヨ、ネギ先生。私が思っているよりも、ずっと、ずっとネ」

 

 さらっと語られたあまりにも他人事すぎるネギの目的はともかく、情報が殆ど暴かれている事実に超は焦りを覚えずにはいられなかった。

 そんなネギの評価を、超はタカミチ等の超級の怪物達と同じ存在へと引き上げた。

 頼れるのはその知識とそれなりの戦闘力だけだと思っていたが、どうやら裏で色々と手を回す強かさも持ち合わせているとは思わなかった。

 

「だが、やはりそれだけで納得出来る程、私は甘い人間ではないネ。ならば、何故、作戦を聞いた時点で私を止めなかたヨ」

 

「それもそうですよね。確かに超さんの言う通り、巻き込まれる一般人を避難させるのは一番の理由ではありますが、他にも理由は確かに存在します……」

 

「なら、その理由を――」

 

「話す義理は、ありません」

 

 超の体から僅かに溢れた微かな敵意。ネギはその予兆を敏感に感じ取る。

 そして次の瞬間、超の座るソファーの一部が爆発した。

 

「ッ!?」

 

 驚き周囲を見渡せば、いつの間にか魔法の射手が超を取り巻くように虚空に浮遊している。

 遅延魔法?

 否、そんな気配は――

 

「穏便にすませましょうよ、超さん」

 

 周りを囲む魔法の射手を操る相手、ネギの言葉に慌てて視線を戻す。その体はよく目を凝らしてみると、ネギの姿が幾つか重なっているようにぶれて見えていた。

 術式兵装【風精影装】。

 何も準備をせずに、わざわざ危険な場所に乗り込む程、ネギは愚かではなかった。

 

「別に理由を全部話してもいいんですが、なんというかあまりにも個人的な理由なので話すのがめんど……恥ずかしいんですよね。ご理解してください、お願いします」

 

 ネギは言葉とは裏腹に、いつでも戦闘に入れる覚悟を決めているのが目に見えている。

 方法の予想をすることに意味は無い。

 今この場で超に出来るのは同意を示すこと、それだけだった。

 

 

 

 

 

「というわけで見事、僕は超さんとの交渉をすませ――」

 

「それは交渉じゃなくてただの脅しでしょうがぁ!」

 

 あからさまに誇らしげな表情を見せるネギの脳天に明日菜の召喚したハリセンが勢いよく叩き込まれた。

 言葉を途中で遮られ、回避もすること叶わず「モペッ!?」と情けない悲鳴をあげてハリセンの痛みに呻くネギには、先程までの末恐ろしい気配など微塵も感じられない。

 

「ったく、自分のクラスの生徒を脅す教師なんて滅茶苦茶もいいところじゃない! 少しは反省しなさい!」

 

「痛た……って明日菜さん! 折角展開した風精影装が全部剥がれたじゃないですか!?」

 

「どーせこの後、クウネルさんと修行するからまた張り直すことになったでしょーが! むしろ手間を省かせたことに感謝しなさいよね!」

 

「そ、そんな滅茶苦茶な……」

 

 だからとてハリセンとはいえ本気で頭を殴ることはないだろう。

 そう言うとまたハリセンが飛んできそうなので、大人なネギはグッと堪えて反論を飲み込む。

 そんな二人のやり取りを肴に、アルビレオは優雅に紅茶を楽しんでいた。

 ここは麻帆良学園の地下にある巨大空洞だ。だが、地下空洞というイメージから浮かぶ光景とは違って、昼のように温かい光が空洞全体を満たし、青々と生い茂る木々や、底まで透き通った美しい湖のある光景が広がっており、さながらそれはプライベートビーチのようなところであった。

 それもそのはず、ここは確かに地下空洞ではあるが、正確には一抱えほどの水晶の中。外界とは隔絶した結界のような領域が展開されている特殊な魔法具の内部なのだ。

 

「しかし明日菜さん。貴女も淑女であるならばもう少し慎みを覚えたほうがよいですよ?」

 

「う……すみません……」

 

「まぁそうした元気なところが長所なので、無理にとは言いませんがね」

 

「でも師匠の言う通りですよ。明日菜さん乱暴すぎますって」

 

「あ?」

 

「ひぇぇ……」

 

 女子中学生にあるまじき明日菜の鋭い眼光に小さな悲鳴をあげつつアルビレオの影に隠れるネギ。そこには先程、超鈴音を圧倒した底の知れない不気味さなど微塵も感じられず、ただの小生意気な子どもがそこには存在しているだけだ。

 

「……一時はどうなるかと思いましたがね」

 

 そんなネギを見て、アルビレオは彼を弟子にとったときに感じたあの言い様のない恐れが解決したのだと安堵していた。

 悪魔襲撃事件の後、ネギは京都以前の状態、いや、それ以上に垢抜けて、年相応の子どもらしい一面を見せるようになった。

 奈落の如き眼も光を取り戻したのが何よりの証拠だろう。弟子になってから感じていた危うさはなくなり、今ではすっかり安定し、そしてその安定さがネギの成長を劇的に加速させていた。

 アルビレオの持つ本型のアーティファクト『イノチノシヘン』はその本に登録した者の容姿から能力までを完全に再現するといった恐るべき物だ。

 元より、咸卦法に闇の魔法を、お粗末ではあるが会得しているネギである。修行前に話したように、後はそれらに磨きをかけ、本来なら膨大な経験の上で使用できる技であるこれら二つの力を扱うに足る経験を、このイノチノシヘンを使用してネギに積ませるのが目的だった。

 だが既にネギの修行は当初の目的よりも圧倒的に早く終わろうとしていた。

 

「持つべきは相棒、というものですね」

 

「師匠?」

 

「いえいえ、ただの独り言です――ではお二人共、今日はタカミチの咸卦法使用時の状態でいきますよ。しっかりついてきてください」

 

「はい!」

 

「りょーかい!」

 

 お茶の時間を終えて、湖の中央に設置した簡易的な試合場に立ったアルビレオは、同じく前方で肩を並べるネギと明日菜の姿に心からの賞賛を送りたい気分であった。

 ネギはこの修行場に明日菜を連れてくるようになってから劇的に変わった。

 悪魔襲撃の際に、明日菜とネギは互いが互いに見ていた幻影を振り払い、一個の人間として向き合うことが出来た。そしてその対面によって、互いに認め合える良き相棒同士としての関係をすぐに築くに至る。

 何せ、二人に共通する事柄として、あの青山が麻帆良に訪れてから起こした事件の殆どに関わっているということがある。言ってしまえば、激戦区の最前線よりも危険な場所で肩を並べた戦友だ。誤解さえ解ければ、新たな関係を築くのはあまりにも容易かったことだろう。

 そしてその結果が今の状態だ。強くなるために努力するネギの覚悟が分かる明日菜も、自分にも何かかが出来る力があるのを知っているため、ネギと共に成長することを望み、そして――

 

「では、始めましょう」

 

 本より読みとったタカミチの姿を己に重ねたアルビレオが、本人に似せた笑みを見せながら開始の合図を送る。

 その瞬間、明日菜は迷うことなくアルビレオへと特攻を仕掛けた。

 

「タァァァァ!」

 

 その手に握るのは、ハリセン状態から大剣へと覚醒させたハマノツルギ。どう見ても女子中学生が振るうには巨大すぎるそれを片手で豪快に振り回す明日菜の身が纏うのは、アルビレオが今能力を借りているタカミチが扱う究極技法、咸卦法の放つ閃光だ。

 これによって飛躍的に上昇した身体能力は、元の運動能力と天性の感覚によって研ぎ澄まされ、アルビレオが使用する程度の、タカミチお得意の居合い拳では数発もらってもそのまま強引に押し切れる膂力と度胸を与えていた。

 体の急所に当たる箇所は大剣で守り、肩や足を掠め、あるいは直撃する居合い拳は、一発なら気にしない。速度を落とすことなく間合いを詰めて、明日菜は体の踊るままにハマノツルギを縦横無尽に振るった。

 出鱈目な動きだが、高位魔法使いを余裕で圧倒する今の明日菜の力で暴れる大剣の舞はさながら暴走特急、もしくは闘牛か。本人に言えば師弟関係などお構いなしに恐ろしいツッコミが来るのは分かっているため、感想は心にしまいつつ、アルビレオもまた、咸卦法で向上した力を出し惜しみすることなく、大剣を掻い潜りながら、隙を見ては居合い拳を撃つ。

 魔術的な効力を完全無効してしまうハマノツルギは脅威だが、当たらなければどうということもない。能力は高くとも、未だ虚実も知らぬ明日菜では、タカミチ必殺の豪殺居合い拳を撃たせないようにするのが関の山。

 

「ぐっ、このぉ……!」

 

 顔面にいいのが一発入ってよろけながらも果敢と攻めていくが、いずれ明日菜が先に消耗するのは火を見るより明らか。

 だがしかし、明日菜は一人でアルビレオ扮するタカミチと戦っているわけではないのだ。

 

「ラス・テル・マ・スキル・マギステル! 来れ雷精、風の精! 雷を纏いて吹きすさべ南洋の嵐!」

『ラス・テル・マ・スキル・マギステル! 来れ雷精、風の精! 雷を纏いて吹きすさべ南洋の嵐!』

『ラス・テル・マ・スキル・マギステル! 来れ雷精、風の精! 雷を纏いて吹きすさべ南洋の嵐!』

 

 前衛でアルビレオの動きを明日菜が抑えている間に、既に闇の魔法で己の分身を複数その身に纏ったネギが、分身体を使用した多重同時詠唱を終えている。

 時間をかけるつもりなど一切ない。迷いなく恐るべき破壊を秘めた魔法を選択していた。

 暴風と舞う魔力が風を起こし、多重と重なり合った風同士が摩擦を起こし、雷を放つ。それは最早只の子どもの身ではなく、嵐を纏った風の申し子。

 滂沱と流れる魔力の赴くままに、ネギはタカミチの背後に回り込むと、両掌で抑え込んだ風の結晶体を明日菜に構うことなく突きつけた。

 

「『雷の暴風』!」

 

 魔の御業によって、自然の脅威が人の手で現出する。

 湖の水を巻き込みながら走る三つの竜巻は、前線で戦う明日菜とアルビレオを一瞬で飲み干して余りある巨大な姿。さながら巨大な龍の口の如く開いた雷の暴風は、直撃すればタカミチと言えど、追い詰められるのは必至だ。

 だが逃れようにも、同じく巻き込まれて絶命する恐れがあるかもしれないのに明日菜には迷いがない。瞬きの後に飲み込まれることを知りながら、明日菜は逃れることよりも、ハマノツルギを振るうことを選んだ。

 

 ハマノツルギを避けようが、瞬動を行おうとも雷の暴風は逃れられない。

 だがハマノツルギを受けても結果は同じ。

 

「ッ、見事……!」

 

 組手の開始より僅か一分弱。

 賞賛の言葉は暴風の中にかき消され、アルビレオ扮するタカミチは逃れえぬ雷撃の餌食となってしまうのであった。

 後に残るのは見るも無残に砕け散った試合場と――その破壊の跡地に、着ていたジャージをボロボロにしながらも、肌には一切傷を負うことなく立っている明日菜が残っていた。

 

「明日菜さん! やりましたね!」

 

 喜色満面と言った様子で駆け寄ったネギが掲げた掌に、明日菜も笑顔で掌を合わせて小気味良い音を一つ打ち鳴らして喜びを分かち合った。

 

「ふふーん。昨日打ち合わせたとおり、居合い拳の直撃はこの際無視して押し込める作戦は上手くいったわね。まぁ本物の高畑先生がこんなに弱いことはないでしょうけど、これで咸卦法使ってゴリ押ししてくるタイプの対処法は完璧かしら?」

 

「脳筋過ぎて個人的にはもっとやり方が欲しいですけどね。でも、明日菜さんの魔法無効化体質なんて知る人殆どいないでしょうし、咸卦法に限らず大抵の相手はこれでやれますね」

 

「唯一問題を上げるとするなら、これ、戦う度に服ボロボロになることだけど」

 

「そこは今後、明日菜さんが服にもその体質を纏えるようになることに期待するということで」

 

「……アンタ、考えるの放棄したわね?」

 

 ジト目で睨む明日菜の視線から反射に顔を逸らして気まずそうにするネギ。

 どうやらこいつにとっては乙女の危機はどうでもよいらしい。ならば、その身に私と同じ辱めを、と思ったところで、雷の暴風に飲まれていったはずのアルビレオが、突如二人の前に空間転移で現れた。

 

「……いやはや、まさか力に対して力押しとは、一周回って騙された気分ですよ」

 

 見た目には怪我はないし、余裕たっぷりといった様子のアルビレオだが、ここ最近は力を増しすぎたネギと明日菜の戦いで、何度か本気で危ないと思う瞬間が増え始めているのは内緒である。

 さておき、力を万全に扱えるわけではないコピー状態かつ、作戦を練られたうえに二対一だったとはいえ、咸卦法を使用するタカミチを一方的に封殺した二人の実力は、最早、本気になったアルビレオですら勝利を手にするのは難しいだろう。

 それも、イノチノシヘンに登録された多種多様の強者と、連日のように戦ってきたおかげである。水晶内部は外界との時間の流れが違うため、日常生活に支障をきたすこともなく、たっぷりと時間をかけて修行に明け暮れることが出来るこの環境は、まさに強くなりたい者からすれば楽園のようなところであろう。

 

「しかし弟子入りからまだ二か月程度だというにここまでとは、この場に流れる特殊な時間の流れも合わされば半年以上とはいえ、天才とは貴方方のような人のことを言うのでしょうね」

 

 本人には話していないが、明日菜がどういった存在なのかを知っているアルビレオは、この二人ならばそれも妥当かと納得はしていた。

 だがそれでもその実力の上り幅は、想像をはるかに上回っていると思って間違いないだろう。何せどちらも、本気となったタカミチと善戦できる実力を得ているのだ。

 それは勿論、アルビレオの持つイノチノシヘンによる効果も大きいだろうが、やはり二人に秘められた資質には驚かされるばかりである。

 

「いやいや、天才と言うなら明日菜さんのほうが似合いますよ。だってちょっと前まで魔法なんて知らなかったんですよ?」

 

「それを言うならアンタだってお子ちゃまのくせしてすっごいじゃない。天才ってのはアンタみたいな奴のほうがお似合いよ」

 

 仲良くなってからは良く喧嘩するようになったというのに、ちょっと蓋を開ければこの通り。互いが互いを凄いと認め合っているのだ。

 良き理解者で。

 良き理解者で。

 良き相棒である。

 アルビレオが見た中でもこれ以上ない程に息の合った魔法使いとその従者であろう。

 

「むっ、いいや明日菜さんの方が凄いですよ」

 

「いーや、ネギのほうが凄いに決まってるじゃない」

 

「いいえ明日菜さんです」

 

「ネギのほう」

 

「明日菜さん!」

 

「ネギ!」

 

「この分からず屋!」

 

「うっさい頭でっかち!」

 

 互いに己の武装を取り出して向かい合う二人。一体どんな理屈か。互いが互いを凄いと言い合って喧嘩になるとは。

 

「……ふふ、まるであの二人を見ているようだ」

 

 喧嘩する二人の姿に重なる遠い日の記憶。

 そして幼いネギに浮かぶ屈託のない笑みこそが、英雄の息子である証拠なのだろうとアルビレオは思うばかりであった。

 

「あ、壊したら修繕は二人にやってもらいますからね」

 

「うっ……」

 

「ぐぬ……」

 

 

 

 

 

 数日振りに水晶から出たネギと明日菜は、随分と長くなった日が山の向こうに消えて行くのを見ながら並んで歩いていた。

 人口の光とは違う、太陽独特の温かみのある光が体に降り注ぐ。明日菜はまるで光合成でもするように体を目一杯伸ばして、久方ぶりの地上の空気を堪能した。

 

「うーん! 開放感!」

 

「ですね。なんだかモグラにでもなった気分ですよ」

 

 地中生活が長いせいだろうか。すっかり太陽の明るさだけで満足できるようになった己を嘆くべきか否か少々悩むところである。だがそういった細かいところで悩むのが自分の悪いところだなと思い直して、ネギは未だ体を伸ばす明日菜に声をかけることにした。

 

「木乃香さんは、今頃どうしてるんでしょうね」

 

「そうねー。まぁ学園長がわざわざ親戚側に暫く預けるって言ったんだから、大丈夫でしょ? それに、今私達が会いに行っても……正直、顔向け出来ないよ」

 

「……はい」

 

 京都で起きた事件。

 あの災禍によって解放された巨大な鬼。その礎となってしまった木乃香を守れず、その結果京都を紅蓮に染め、彼女の父親、近衛詠春を死なせてしまった責任をネギと明日菜の二人は感じていた。

 あの時、もっと力があったならば。

 せめて、手の届く範囲の人を守れる力さえあれば。

 その思いがあるからこそ、悪魔襲撃で分かり合うことが出来たネギと明日菜は、早急に力を得るために修行を重ねた。

 焦燥に駆られているだけではないかと思う者もいるかもしれない。だが、杞憂と断ずるには、ネギと明日菜はこの数か月で恐るべき事件の数々に関わることになり、いずれも何か成すことも出来ずに終わるまでジッと待つばかりであった。

 そこで起きている力と力のぶつかり合いが何をもたらすのか知りながら、無力に嘆くことしか出来ない。

 そんなことはもう嫌だった。だからこそ、彼らは生き急いでいるともいえる速度で修行を重ね、研鑽を行い、己を鍛え上げて行った。

 それがネギと明日菜の原動力だ。

 いつか、起こるべくして起こる災厄の濁流にのまれることなく、窒息するしか道の無い誰かを一人でも救えるように。

 たったそれだけ。

 だが、何よりも純粋無垢な願いの在り方が、二人の思い、そして活力。

 

 故に、自分達の無力の象徴である木乃香に、どう接すればいいのか二人には分からずにいた。

 

「でも、いつか全部話そうよネギ。許されないのは分かっているけど、私達が何も出来なくて辛かったのと同じ……ううん、それ以上に、知らずに流されるだけのほうが、木乃香にはきっと辛いはずだから」

 

「そうですね……うん、そうだ」

 

 詠春の葬儀の後すぐに親戚に預けられた木乃香のことを思ってネギは頷く。

 そうだ、まずは知って、そして、もし許され、また元の三人に戻れたら――木乃香もまた戦う力を得られるように共に歩もう。

 ネギと明日菜は知っている。

 才能とは義務だ。

 力があるということは、同じくらいの脅威を引き寄せることになる。

 だから才能を見出した者は、その才能を磨く義務があるのだ。

 あると知りながら、出来たかもしれないのにと嘆くくらいなら、自ら脅威に進んで義務を果たすほうがずっと楽だから。

 だが――。

 ネギは、真剣な表情を浮かべる明日菜の脇腹を突いた。

 

「ワヒャッ!?」

 

「肩に力、入りすぎですよ」

 

 からかうように笑いながら、ネギはだがしかしと続けるのだ。

 それら全てを踏まえたうえで、ゆるくのんびり、何かに縛られることなく進むことが一番大事なのだと分かったから。

 

「一人で気を張らないでください」

 

 共に道を歩く大事な相棒となら、一人で全てを抱えずに、二人なら何でも出来ると思うから。

 

「信じてるから、信じてくださいね?」

 

「分かってるわよ。そんくらい」

 

「そうでした」

 

「……ばーか」

 

 視線を合わすことなく、どちらかと言わずに突きだした握り拳は軽くぶつかり、言葉に出来ない意志は繋がる。

 

 立派な魔法使い(マギステル・マギ)。

 魔法使いの従者(ミニステル・マギ)。

 遥か昔に語られたお話のように、ネギと明日菜の二人は、愛や友情を超えたもっと特別で複雑怪奇な絆で結ばれている。

 

 それだけで大丈夫。そう思える奇跡(日常)こそ、二人が持つ最強にして最高の力なのだから。

 

 

 

 




二人揃えば最強無敵。なんてね。

※時系列が前後しますので、もしかしたら話の順番を変えるかもしれませんがご容赦ください。

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