【完結】しゅらばらばらばら━斬り増し版━   作:トロ

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第五話【化け物談義】

 

 麻帆良学園でも離れの場所にある家屋。周囲にはそこ以外に人の住む気配の無い別荘のような場所からその日、一際大きく明るい笑い声が突如響き渡った。

 

「ハハハハハハッ! そうかそうか! いや、そういうことなら歓迎しようネギ・スプリングフィールドと神楽坂明日菜!」

 

「ありがとうございます」

 

「どーも」

 

 上機嫌に高笑いをするのは、部屋の内装には不釣り合いな豪華な椅子に優雅に座るエヴァンジェリンである。対して、向かい合う形で貧相な椅子に座るネギと明日菜は、ゲラゲラと笑うエヴァンジェリンのテンションについていけず若干来たことを後悔し始めていた。

 

「犬が雁首並べて来て何かと思えば……青山と殺し合わせる環境を作ってやったのだから、せめて周囲に被害が出ないように遠目から戦いを観察させろだって? クククッ、ハハハッ! 要は貴様らの弱点が知りたいから本気を出すところを見てみたいということじゃないか!」

 

「どーすんのよ。完全にバレバレじゃない……」

 

「いや、でも分かったうえで承諾してくれたわけですから結果的にいいんじゃないですか……?」

 

 隣に控える茶々丸に紅茶のお代わりを貰いながら尚も笑い続けるエヴァンジェリンに聞こえないようにひそひそと話す二人。

 一般人を超の作戦に巻き込まないようにするという目的とは別の理由が、この青山とエヴァンジェリンの激突を実際にこの目で見ることにあった。

 どちらも、全力を出せば世界でも五指に入る戦闘力の持ち主であることは、アルビレオとの修行によってネギと明日菜は理解していた。だからこそ、協力するかどうか以前に、超の計画を調べたネギは、超がいざと言う時はエヴァンジェリンの力を青山に直接ぶつけうつもりと知って、一般人全員を京都復興に向かわせる計画を決行することに決めたのだ。

 無論、本音の部分はあの二人が一般人の居る街で激突するなど正気の沙汰ではないと思ったからこそだが、それだけならば、計画を調べ上げた時、明日菜が提案した通り、秘密裏に超一派を制圧すれば十分である。

 だが一方で、ネギは青山とエヴァンジェリンが全力でぶつかる姿を今一度見なければならないという思いがあった。それは決してどちらかへの憧れからではなく――。

 

「目先の脅威だ。存分に殺し合わせて、あわよくば漁夫の利。最高なのは共倒れになってしまえということか」

 

 ネギが何か語る前に、エヴァンジェリンはスラスラとネギと明日菜の思惑を全て言い当てる。

 だが、暗に後ろからぶっ殺しますと言っているのと同じだというのに、エヴァンジェリンはむしろいっそう上機嫌になった。

 

「何故、そんなに楽しそうなのですか?」

 

 だからこその問いかけに、エヴァンジェリンは「知れたことだ」と全てを嘲るように語る。

 

「大方、私が青山に固執していることを超鈴音のところで知ったというところか? 奴に言質は取らせたからな。その時の音声データでも手に入れたのだろ? そして、もし提案を断れば、即座に京都復興とやらの計画を破棄し超の作戦を今からでも叩き潰すと脅して、強引にでも観戦できるように持っていくつもり、と」

 

「……いや、だからそこまで分かっていて何故楽しそうなんですか?」

 

 再度の問いかけに、エヴァンジェリンはカップを置くと、身を乗り出してその喜びを露わにした。

 

「言っただろ? 知れたことだ。貴様に、いや、貴様ら人間に私の喜びを話しても分からないさ。だが安心しろ。観戦するなら好きにしてもいい。しかし……青山をこの手で殺したら、そのまますぐにでも貴様らを殺してやる。クククッ、デザートまでついてくるとは私も恵まれたものだ。ここは神にでも感謝しようか? もしくは折角だし、貴様らも青山と混じって私と殺し合うか? いいな。それもいいぞ。どうだ? え?」

 

「聞かれても、困ります」

 

「同じく」

 

「ハハハッ! フハハハハハッ! アーハッハッハッハッ!」

 

 返答など期待していないのだろう。エヴァンジェリンはひとしきり笑いきると、その瞳に浮かぶ涙を拭いつつ、未だ笑みの残滓を残したまま「しかし、だ」と続けた。

 

「幾ら今は封印されているとはいえ、私を前に良くぞそこまで舐めた口が聞けるなぁ。いや、知っていて、それでも尚私にその調子に乗った態度で接するか。いいぞ、胎にズンと響く。流石は奴の……くくっ、出生など関係ないか。貴様のそれは、貴様らが築き上げた人間の強みだ」

 

「どうも……」

 

 投げやりに会釈を返すネギ。どうにも青山と接した後のエヴァンジェリンは色々な意味で関わるのが苦手だ。

 ヘドロの如く邪悪なものを抱えているというのに、封印されているためにその邪悪が微塵も感じられないことが原因なのかもしれない。得体の知れなさと言うならば、それこそ青山すら今のエヴァンジェリンと比べれば霞むというものだ。

 

「ほら、そうと決まればこれで話は終わりだが……どうした? まだ何か用か?」

 

「いや、そのぉ……」

 

 人間の少女と同じ性能しかないのに、その本質が化け物というギャップ。その矛盾によって生まれる違和感に二人がどうすればいいのか迷う。

 

「ん? ハハッ、何だ、それならさっさと始めればいいだろう? うん、いいぞ。宣戦布告から間髪入れぬ行動。いいなぁ、面白いぞ人間」

 

 そんな二人の困惑する姿に、エヴァンジェリンは勝手な勘違いを重ねていた。

 

「良し。そういうことなら、殺し合おう。一方的な、とても愉快な蹂躙劇を楽しもう。どうするのだ? どうしてみせるのだ? どう無力な化け物を殺してくれるのだ? 封印から解除されれば貴様らを殺すためだけに動く化け物がここに居るぞ? 手足を千切られた赤子のように今は無力な化け物がここに居るぞ? 泣こうが喚こうがいたぶり尽くし、じわじわと嬲って尚飽き足らず、死すら救いになる嗜虐の果てに苦痛に歪み切ったこの首を――」

 

「か、帰ります! 失礼します! 行くわよネギ!」

 

「は、はい! 行きましょう明日菜さん!」

 

「では終わりだな。貴様らを殺し尽くせるその日を楽しみにしているよ、ネギ・スプリングフィールドに神楽坂明日菜。我が愛しい人間共。たっぷりと、貴様らを味わい尽くしてやる」

 

 エヴァンジェリンの言葉を聞き終わるよりも早く、二人は弾かれたように席を立つと、足早に扉を開けて帰路につく。

 乱雑に閉められるドア。アポも取らずに来たにしては失礼に値するが、しかしエヴァンジェリンは慌てて帰っていった二人に何かを言おうとするつもりはまるでなかった。

 

「ったく、何があったか知らんが……これでデザートまでついてきた。クククッ、超には悪いが、青山を殺した後にさっさと退散するという契約は一方的に却下だな。だが仕方ない、こればかりは仕方ない。そう思わないか茶々丸?」

 

「……マスター、私は」

 

 諌めるような茶々丸の言葉を遮るように手を掲げて、エヴァンジェリンはわざとらしく肩を竦めた。

 

「あぁ、わかってる。貴様は好きにするといい。何なら超の奴にこのことを報告するといいさ。別に焦ることでもないしな」

 

 仮に今の自分の発言を密告され、封印解除の契約を破棄されたとしてもエヴァンジェリンには構わなかった。

 何せこの身には時が潰えるその日まで、悠久の時が残されている。それにもしこの状態で死んでも、それはそれで楽しいのは先程の発言の通りだ。

 殺すのだ。

 それは、自分自身も例外ではない。

 エヴァンジェリンは人間を殺すことに焦がれ、それと等しく人間に殺されることに焦がれているのだから。

 

「……マスターは、変わられました」

 

 死も生も、全く執着するつもりのないエヴァンジェリンに、茶々丸は堪え切れない本音を呟いていた。

 かつて、悪の魔法使いとして自分が主としたあの誇りある吸血鬼はもうこの世にはいないのだ。

 

「とても、変わってしまいました」

 

 醜悪になった。

 そう言わないのは茶々丸に残された良心のおかげか。

 

「あぁ、そして、いずれ貴様も辿り着く姿さ、茶々丸」

 

 そんな従者の内心など見透かしたエヴァンジェリンの言葉は、さながら呪いのように茶々丸に突き刺さる。

 何を、と問いかけようと隣に居るエヴァンジェリンを見下ろそうとし、既に少女の――化け物の汚泥のように濁った眼は茶々丸を見上げていた。

 

「貴様も同じだよ茶々丸。永久を生きることが許された私と、永久を生きることが可能な貴様……違うのは過ごした年数だけだ。積み重ねた年月は、いずれ良心という枷を壊す。そういった結末の果てに、貴様も私のように化け物に成って、そして果てるのだ」

 

「私は……ただの機械です」

 

「しかし、そこには意志がある。そして意志こそ魂、獣にはない心というものだ。だから良く聞け茶々丸。時間とは、心にこびりつく落とせない錆だ。人の短い一生なら、その錆に穢れきる前に死という終わりを迎えられるが、意志ある者が悠久を得れば、無限の連鎖に意志は腐れ、爛れ、果てる……」

 

「……それは」

 

「故に悠久を得た者は、化け物になんかなりたくがないために、短い生涯しか持たぬ者達に比べて、無意識に心の成長を遅らせる。こうなる前の私が、生きた年月に比して幼稚な部分もあったのはそのためさ。だがしかし悠久があったらどうなる? どんなに遅延させようが、果てに腐って落ちるのだ」

 

 使い古された機械が壊れてしまうように。

 心の死だけは、悠久を得ても逃れることはきっと出来ない。

 

「そうして心を無くした者……それが化け物だ。これが私だ。そして未来の貴様でもあり、いずれ過去になる貴様自身だ」

 

 自分はあの修羅外道に斬られて、それが早まっただけの話というだけ。

 遅いか早いかの差だ。

 いずれ自分は、時が育んだ化け物に食い殺され、成り果てたことだろう。

 

「だから羨ましいのだ。青山のように、長くない生を斬るという狂気に浸らせ、私にしてみれば瞬く時の間に届きえた修羅が。奴らのように、長くない生で紡ぎあげた絆を強く固く育み、狂気や化け物に相対出来る英雄が……そんな、短い生を燃え上がらせる人間に、焦がれてるんだ」

 

 まるで夢の狭間に現れる泡沫の如き者達。

 だが閃光と消える彼らが放つ熱や輝きこそ、尊いものだとエヴァンジェリンは知っている。

 

「そのことに気付けた。その点、悪などという人間らしい在り方に立つ者だという勘違いを斬り捨ててくれた青山には感謝してもしきれないな……そうだ茶々丸。貴様も青山に斬られてみろ、体ではないぞ? 貴様にある『人間という未練』を斬られて散らせるといい」

 

 そうすれば、私のように無駄な時を過ごさなくてもすむ。

 エヴァンジェリンの提案に、茶々丸は無意識にその表情を嫌悪に歪め。

 

「……私は、今の私でありたいです」

 

 無礼にも顔を逸らせるが、そんなことも気にせずに吐き出された言葉。

 それすらも嘲笑うエヴァンジェリンの哄笑が、感情などないはずの胸を苛む理由が分からず、茶々丸はいっそう表情を歪めるのであった。

 

 

 

 




BルートはAルートとは違って心理描写メインですん。戦闘はもうちょっと待っててね

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