【完結】しゅらばらばらばら━斬り増し版━   作:トロ

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第八話【生を伴う痛み】

 

 華が咲いた。真紅の鮮やかな華が咲き乱れた。

 

「ひ、ぃ……ぁ」

 

 慎ましやかな胸を貫き、痛みに悶える暇もなく尚突き進む鋼に、感じていたあらゆる疑問や憤怒を越えて、絶望の悲鳴だけが木乃香の口から零れた。

 迷いなく振り下ろされた証の切っ先は木乃香の左胸を貫き、その肺腑を抉り、背中を抜けて床に突き刺さる。

 傷口より滲み出る血潮。

 背中より床に散らばる熱血。

 逆流する鮮血が喉をせり上がり、口、鼻、目より流れ出す。

 

 誰から見ても分かる程、その一閃は致命的だった。

 

「……ッあ」

 

「大丈夫。大丈夫だとも」

 

 溺れた者が誰しもするように、なりふり構わず伸ばされた木乃香の手が青山の頬に触れた。いや、触れるというものではない。爪で頬を抉られる程の力で掴まれながら、青山は頬の痛みなど気にした素振りも見せず、真っ白な顔を真っ赤に染めた木乃香に、不器用な微笑みを向けた。

 

「これでもう、大丈夫さ」

 

 穏やかに語り掛けながら、青山は傷口を広げるように突き立てた証を捩じりながらさらに押し込む。刀身ですり潰すように傷を大きくすれば、粘着質な音色と共に、より多くの血液が漏れ、勢いよく飛び出した赤は青山と木乃香、両者の体を斑に染め上げた。

 

「ぃ……ぁ」

 

 既に痛みなど超越した致命傷を受けた木乃香は、痛みよりもむしろ不快感に悶えた。

 体の中に感じる硬質の異物への嫌悪感。受け入れることの出来ない漆黒に一方的に蹂躙される絶望感。

 止めて。

 止めて、と。

 呼吸すら出来ぬ程、血で喉を詰まらせながら必死に懇願しようとも、青山は容赦するつもりもなく、さらに突き立てた証を深く深く押し込むのだ。

 黒き鋼は乙女の赤を吸い取って、いっそう鈍い輝きを増しているようだった。

 

「ぃや……ぁ、れ……か」

 

 青山の頬を掴んでいた手が離れて、力無く床に垂れた。

 救いを求める声も、この山奥では誰にも届くことは無い。

 そもそも、この修羅を相手に力無き只の少女が出来る抵抗は無と同義だ。

 いずれにせよ、一方的に凌辱の限りを尽くされ、そして青山という男が望む通りの何かに落とされるしか彼女に道はなかった。

 全て、無力故の悲劇なのか。

 あるいは、青山という狂気が起こした喜劇なのか。

 その答えを知る者は何処にもおらず、そして一度幕を開けた舞台を終えられるのは、乙女を奪った修羅の我欲のみ。

 いや、このままでいれば、死という救いが木乃香には待っている。狂気にあっては死すらも救いと誰が言ったか。青山の思慮とは真逆に、このまま苦しみ悶えるくらいなら、死を享受するのが正しいのだと、朦朧としながら木乃香は諦めた。

 だというのに、致命傷を受けて血が流れ出た木乃香の意識は、ぎりぎりのところで未だ狂気の劇と繋がっていた。

 

「ぇ……ど、し……て、ぇ……」

 

 何故、死ねない。

 何故、意識を失えない。

 肉体の構造的に考えてあり得ない現状。幾ら医学的な知識など無い木乃香でも、今、自分が生きているという事実が常識的ではないことに気付いた。

 だからこそ、あらゆる感情や思考を越えて、この場で唯一彼女の生殺与奪権を持つ青山に、木乃香は縋るような眼差しを向ける。

 何故、殺さない。殺してくれない。

 

「大丈夫さ」

 

 先程と同じ言葉が繰り返される。

 それがどうしたというのか。再度、懇願しようとした木乃香は、感覚を失ったはずの胸の傷口が、ゆっくりとだが熱を帯び始めるのを感じた。

 

「い、だ……い?」

 

 その熱は、氷を長時間押し当てたような痛みと熱となって木乃香の体を駆け抜ける。

 それは致命を悟り、肉体が放棄したはずの痛みだった。

 産毛の一本まで知覚できる程に再度活性化した神経が、証より染み込む痛みの濁流によって暴れ狂う。

 

「い、ぎぃ……が、ぁ……! い……たい……!」

 

 虚と消えた自意識が強引に接続され、繋がった精神と肉体は、あふれ出す痛みを共有する。

 最悪は始まってすらいなかった。

 痛みが体を満たしていく。

 痛覚による生の発露。激痛と言う甘美なる麻薬。死を遠ざけるのは、突き立てられた鋼の鋭利。

 死すらも生温いと嘲笑うように、証より木乃香へと供給される痛みは際限なく肥大していく。そしていつしか表情の失われた木乃香に、激痛より生まれる感情の爆発が沸き起こった。

 

「いだい……! いたい……! いたい、いたい、いた、い! ぎ!? ぃ、ひ、あぁぁぁぁ!」

 

「そうだ。それなんだ」

 

「いだ!? いぁぁぁぁぁ! ぃ、ぁ、ぁぁぁぁぁぁあああ!?」

 

 喉が裂けんばかりに悲鳴をあげ、力が失われたはずの四肢を所構わず振り回し、木乃香は胸より広がる激痛の荒波でもがき苦しむ。

 青山はそんな木乃香の様子を是とした。

 そうだ。

 これなのだ。

 生きるということは痛みを伴う。

 溢れる血潮はただの表現の一つでしかない。誰もが一人ひとり持っている、たった一つの痛みが、木乃香の生を誘発するのだ。

 

「でも、まだ足りないな」

 

「ひ、ぃ……?

 

「まだ、それじゃあ生を実感できないだろ?」

 

 証の柄を握る青山の手に力がこもる。刀身と直に触れ合う木乃香の中は、擦れ震える刀身の動きを鋭敏に感じ取る。

 

「や……い、や……やめ、て……」

 

 青山が行おうとする悪行に痛みを忘れて首を振った。

 肉体を越えて魂すら斬り刻む刃による嗜虐。地獄の所業を慈愛の表情で淡々と行わんとする青山の狂気に、木乃香は生死では測れぬ恐怖を覚えた。

 

「やめ――」

 

 懇願の声は、それより早くさらに捩じりこまれた証によって斬り捨てられた。

 

「ぎ、ぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

「それでいい。これがいいんだ」

 

 何をもって良しとするのだろうか。

 是とするものは無く、常軌を逸した刀のみが、断続する悲鳴を指揮者の如く操り栄えさせるのだ。

 繰り返すごと凛と。

 染み渡る鋼に飛び散る雫。

 彩る鮮やか、連なる嬌声、狂気と悲痛の舞台にこそ、その言葉は良く似合う。

 だから、青山は幾度と証を振り下ろす。

 抜き。

 貫き。

 また突き立てる。

 傷口を広げるように僅かに角度を変えて、己の身が染まることも厭わずに、これこそ救いと確信しながら青山は刃を振り下ろす。

 そして――

 

「あ……! が……ぁ……!」

 

 突き立てた証をそのままに、青山は悶死寸前の木乃香とは対照的に、静かに後ろに下がってその様子を見下ろした。

 

「たずげ……! 誰か……! い、ゃ、や……! ウ、チを……!」

 

 この痛みから、解放して。

 だがその声を唯一聞く男は、手を差し伸べることなく、暗黒の眼で少女の絶望を覗くばかりだ。

 外道。

 これを外道と呼ばずに何と言おうか。

 誰もが目を背け、非難し、怒りを露わにする所業を平然と行い、あまつさえそれが正しいと思っているこの男こそ、誰よりも自己中心的な人間の極地。

 これも、青山。

 やはり、青山なのだ。

 

「ぅっ……ぁっ……っ……」

 

 いつしか、永遠と続く激痛の中、木乃香は抵抗することを放棄して、全身を苛む痛みにか細い声をあげながら断続的に痙攣するばかりとなる。

 幾ら外道の使った外法であっても、血を失い、死ぬ直前の体を強制的に痛みで動かした程度では限界が見えている。

 確定していた末路は変わらない。

 否、むしろその凄惨たるや、一閃で斬り殺したほうが人道的とさえ言われる程の醜いものに変わった。

 親を失い。

 友を疑い。

 真実に苦しみ。

 そして求めた救いは外道に蹂躙される。

 このまま終われば、木乃香の人生は悲劇のみで完結するしかない。結末は狂気の常識がもたらす最悪なのか。

 

「な……で……」

 

 何で、ウチなのか。

 何をしたわけでもないだろう。

 些細な悪事など、それこそ子どもが行う程度のことで、木乃香は人に恥じぬ人生を送ってきたはずだ。

 その仕打ちがこれなのか。神は、正気こそ過ちだと告げているのか。

 

「た……け、て」

 

 空洞を吹き抜ける風のような呼吸を辛うじて行いながら、最早溢れる液もない口から乾いた助けを追い求める。

 返答は皆無。

 木乃香を助ける者など、この世界にはもう存在しないと言うのだろうか。

 ならば、暗黒に一人孤独となった少女はこのまま終わりなき地獄を彷徨うしかないというのか。

 違う。

 まだ、一人。

 

 その身に宿し理『青山』こそが、地獄を終える手段を知っている。

 

「ぉ……す」

 

 木乃香の震える掌が、突き立てられた狂気に触れた。

 未だ僅かに残された血が、刀身を握った際に斬れた掌より滴るが、今や木乃香はその程度を気にする程正気ではない。

 

「なお……す」

 

 光を失った双眸が見開かれた。

 終わりなき激痛の中、痛みを痛みとして認識することを放棄することで手にした最後の抵抗。いや、それは木乃香の中に最初から存在していた力の発露。

 傷口より血ではなく閃光が溢れた。まるで粘性の生き物のように傷より生まれ、木乃香の体を這いずるように覆っていくその光こそ、彼女に眠っていた魔力の光。

 生存本能が呼び起した才覚が、主の危機に覚醒する。

 常人が触れれば、永遠に生き続けねばならないという強迫概念に突き動かされる証の刀身に晒されながら、しかし木乃香の口より紡がれる『生』は、フェイトが得たそれとはまるで違うものだった。

 

「ぃたぃ、のは……いやや……」

 

 痛いから。

 傷は塞げば、痛くない。

 

「だから……いたいのは――」

 

 握り締めた証を自ら引き抜いた直後、封をしていた栓から解放された魔力が流血を伴って小屋の中を埋め尽くす。

 

「ぜんぶ、なおせばえぇ」

 

 それは、光の裏側に眠っていた闇。治癒という在り方の、災厄の側面。

 外道が欲するそのままに、裏返り闇に染まり奈落に落ちて汚泥に狂う。

 これが、狂気。

 これにて、外道。

 正邪を超えた、癒しの極みへ至る道。

 その道へと至らせた、血脈によって練磨されたその闇こそ――。

 

「ほら、もう、痛くない」

 

 『青山』は、笑った。

 

 

 

 

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