【完結】しゅらばらばらばら━斬り増し版━   作:トロ

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エピローグ【再びの京都へ】

「失礼いたします」

 

「うむ。久しぶりじゃの青山君。孫娘は、元気かの?」

 

「はい。つつがなく、修行は行っております。今も部屋の外で待機していますが、会いますか?」

 

「……いや、今は止めておこう。こちらの思慮はどうあれ、あの子に重い責を与えたのは儂じゃ。本来はすぐにでも会って、話すべきなのじゃが、今は君の言う通り、修行がある程度終わってから話したほうが、集中できるはずじゃからな」

 

「そういうことでしたら、お任せを」

 

 さて、学園長との久しぶりの対面である。忙しい中、時間を取ってくれた学園長には頭が下がるばかりであり、あんな一方的に侮辱的な発言をした俺とこうしてまた話す機会をくれるとは、やはり彼は寛大なお方である。

 ともかく、久方ぶりだ。以前会ったのが、弱みに付け入った一方的な口撃以来であるため、心境的には会うのも気まずいものである。しかし、学園長は依然と変わらず暖かく迎え入れてくれたので、俺も少しばかり心のつかえが取れた。

 なので早速本題に入るとしよう。

 

「一通りの術を教え、既に独自の治癒術も会得しています。おそらく、一般的な術師相手であれば問題なく対処出来ることでしょう」

 

「ほう、では、修行のほうは無事終わったということでよいのかの?」

 

「いえ、そのことで今回はお話があって参上した次第です」

 

 俺の言に僅かに目を見開いた学園長が顎をしゃくって続きを促してくる。まずは何も聞かずにこちらの言を聞いてくれる学園長に感謝の一礼をして、俺は今後の予定について話すことにした。

 

「先にも言いましたが、並の術者ならばという注釈がまだつきます。彼女の力を狙って、もし京都に現れたフェイトと同程度の実力者、そうではなくても、彼に二つ、三つ以上劣る術者や、ある程度こなれた術者が複数現れた場合、基礎的な術しか使えぬ今の彼女では、時間稼ぎもままならぬでしょう」

 

 具体的にはこの学園の魔法教師二、三人も居れば今の木乃香ちゃんの封殺は出来るはずである。尤も、彼女の実力が知れた場合というだけなので、実際にはもう少しばかり人数が必要だろうが。

 いつでも考えられる最悪を想定して何事もあたるのが、ネガティブであるものの戦いには必要だ。京都では楽観主義で痛い目をみたことで得た教訓である。さっさとフェイトでなくてもあの無駄に扇情的な召喚者を抑えれば、あそこまで苦戦はしなかったはずだから。

 ……思考が逸れたな。

 

「そして何より、今の環境では実際に術を使った試合等を行うことが出来ません」

 

 一応、郊外の山奥ではあるが、俺と木乃香ちゃんが試合をするとそれだけで周囲に影響を及ぼしかねない。

 

「そこで、京都……神鳴流でも数少ない者しか知らない秘境にて、彼女の修行を仕上げることにしました」

 

「秘境、か……じゃが、流石にこれ以上出席せぬとなると少々問題じゃ」

 

 確かに、こちらに彼女を預かるに際して、山奥ということからあれから一度も学校には登校していない。一応、学校側には彼女の所在や、魔法の修行をしていることを悟られぬという名目のため、傷心のため親戚に預ける体で話しているらしい。だがそれもいつまでも続けられるというものではないだろう。短くない木乃香ちゃんとの生活の中で、彼女が律儀にも持ってきた学習教材を見せてもらったが、高卒どころか中卒もしていない今の俺では、前世の知識を引っ張り出しても中学生の習っていることが分から……うん。いや、これ以上の思考は辛いからやめよう。

 さておき、学園長の心配は、祖父としても教育者としても納得のいくものだ。なので俺は代案をあげることにする。

 

「もうすぐ学園祭代わりに京都復興ボランティアとして赴くことになっています。それを利用して俺と彼女が別行動を行い、神鳴流の修行地へ向かいます。足りぬのは経験値だけなので、ボランティアの期間中に仕上げることは容易でしょう。」

 

 木乃香ちゃんの力はうっかりするとこちらもやられかねないものである。後はそれらをどう扱うかを少し実戦形式で教えれば、最低でもこの学園の上位実力者相手に遅延戦闘を行い、あわよくば一撃を与えることは可能になるはずだ。

 

「そして出来れば、俺が今回の件で京都に出向くことを、最低でもその当日までは伏せていてほしいのです。あわよくば、学園待機であると周囲には公言していただけると幸いです」

 

「理由を聞いてもよいかの?」

 

「はい。まぁこれは単純に、京都の一件に深い関わりがある俺が赴くことで、いらぬ誤解を招くかもしれません」

 

「それは少々杞憂じゃと思うがの……さらに言えば、そのような危険がありながら今すぐにそこへ向かわずとも、時間をかけても良いからゆっくりと修行を行うというのではだめなのかのぉ?」

 

 これはもうごもっとも。無理して向かう必要がないのは確かであり、俺もそう思うのだが。

 

「……付け加えると、彼女、木乃香さんが、改めて父親に会いに行きたいと仰っているのです」

 

「なんと……そうか、お主との修行で、ある程度折り合いがついたということかの?」

 

「おそらく、ですが。少なくとも、彼女が生きる活力を取り戻したことだけは、胸を張って言えます」

 

 生きる死人と変わらなかった木乃香ちゃんに、俺は自分に出来るだけの生への活力を注いだつもりである。

 その結果が、父親の死に向かい合おうとするところまで彼女を立ち直らせたのなら、これ以上ない満足感が俺にはあった。

 そんな俺の態度から察したのだろう。学園長も僅かに表情を崩して、安堵の溜息をついたのが見えた。

 

「そうか……いや、色々と言いたいことはあるのじゃが、本人がそう言っておるということは、少しでも前向きになったということなのじゃろう……分かった。お主の希望は可能な限り叶えよう。今後は正式に孫娘の護衛兼、術等の教師としてお主にはついてもらう」

 

「ありがとうございます」

 

 深々と一礼の後、これまでの修行の内容を簡単に話し終えたところで、俺は学園長室を後にした。

 

「青山さん、遅い」

 

 部屋の外では木乃香ちゃんが待っていた。どうやらずっと待たされたせいでご立腹らしい。腕を組んで頬を膨らませ、あからさまなくらいに怒っていることを態度で示していた。

 

「すまない。話し込んでしまった」

 

「時間がかかるなら最初に言うてほしかったわ。待ってる時間で明日菜達に会いにいけたのに」

 

「そうだな……折角だ。会いにいくか?」

 

「んーん。別に、会えないならそれでえぇ」

 

 ネギ君達に思うことは特にないのだろう。会えるなら会う。会えないなら会わない。そんな木乃香ちゃんの思考が若干気になるが、まぁ思春期の女子中学生の思考など分かるわけがない。

 

「そうか。なら、いい」

 

 もしかしたらまだわだかまりを覚えているのかもしれないので、適当に相槌を打って会話を濁すだけにした。

 

「それよりもどうやったん? えっと、確か京都に行くとか」

 

「あぁ、そのことだが。京都復興ボランティアに乗っかる形で向かうことになった。久しぶりに級友に会えるが、大丈夫か?」

 

 活力を得たとはいえ、整理のつかない心境があるだろう。そう思っての問いかけに、木乃香ちゃんは平然とした様子で、むしろ何故心配されるのか不思議だと小首を傾げた。

 

「大丈夫って……。まぁふさぎ込んでた頃、八つ当たりしすぎてもうたから気まずう思うけど……あぁ、アカンなぁ。まだ全部治ってないわ」

 

 そう言って俺から視線を切己の内側へと意識を沈めた木乃香ちゃんの体から僅かな魔力が溢れる。

 それも数秒で終わり、木乃香ちゃんはすっきりとした面持ちでこちらを見上げてきた。

 

「うん、もう大丈夫や。あはは、おかげで取りこぼしに気付けましたわ。ありがとうございます」

 

「どういたしまして、でいいのかな?」

 

「ふふふ、まぁいつもズッパズッパやられてるせいで、こうした些細な傷に気付けんかったんですけどね。そこは反省してくださいよ」

 

 からかうように指先で肩を押してくる。そのむず痒さに何とも言えない心地になったせいか、「善処しよう」と返すのが精いっぱいな情けない俺であった。

 

 

 

 

 

 さて、月日が過ぎるのも早いもので、気付けば京都復興ボランティアの当日である。

 証のほうは事前に鶴子姉さんに頼って京都に送ってもらったので、手荷物は数日分の衣類と日用品のみ。見事小さ目の旅行鞄に収まった荷物を片手に、俺と木乃香ちゃんは京都行の新幹線のホームへとたどり着いた。

 

「あ、あそこに居るんいいんちょや。おーい!」

 

 既に集まっていたネギ君のクラスの少女達を見つけた木乃香ちゃんは、一番手前でおそらく点呼をとっていた大人びた子、確か……雪広あやか? だったかな、に手を振って呼びかけた。

 

「ん? あ、木乃香さん! って、皆様はそこで待っててください!」

 

 木乃香ちゃんの呼びかけに気付いた雪広さんを含めたクラスの一同が駆け寄ろうとするが、雪広さんは良く響く綺麗な声で抑えて、代表するように一人こちらへと歩み寄ってきた。

 

「まぁまぁ、親戚のお家で養生していると聞いていましたが……ふふ、どうやら元気になられたようで嬉しいですわ」

 

「あはは、皆にはいっぱい心配かけてもうたからなー」

 

「いえ、気になさらずに……。ところで、そちらの殿方は?」

 

 木乃香ちゃんとの会話も早々に、隣に立つ俺を少々警戒した様子で見てくる雪広さん。

 この無表情では警戒されるのも無理は無いので、俺は出来るだけ優しい声色を心がけて自己紹介することにした。

 

「俺は、彼女を預かる親戚で叔父にあたる青山と言うものだ。事情により君達に彼女の近況を教えられなかったこと、まずは謝罪させてほしい」

 

 と、一礼。年下とか関係なく、不安にさせたのは事実なので、なるべく気持ちが伝わるように気を付けて頭を下げると、雪広さんの慌てた様子が感じられた。

 

「そ、そんな頭を下げなくても……コホン。確かに近況が分からなかったのは不安でしたが、こうして元気な木乃香さんの姿が見られたのは、おそらく青山さんの元で養生したからなのでしょう。感謝こそすれ、非難はいたしませんわ」

 

「そうか。ありがとう」

 

「いえ、お気になさらないでください。それと、遅れましたが、私は雪広あやかと申します。今日は、木乃香さんのお見送りですか?」

 

「実は彼女、近衛さんの父親の元に改めて向かいたいということで、その付き添いでこの度は同伴することになった。先程、教師の方々には話をつけたが、京都に着き次第、俺と近衛さんは君達とは別行動を取ることになる」

 

 一通り話すと、察しの良い雪広さんは数秒思案して納得してくれたらしい。詳しい事情を聴くことをしなかったのは、父親の元、つまり墓に行くというデリケートな問いになると理解したからだろう。

 

「……分かりましたわ。ですがその、よければ木乃香さん。せめて京都に着くまでは皆様と一緒に居ませんか? その、私だけではなくて、クラスの皆様も貴女のことを心配してらしたの」

 

 雪広さんが言う通り、少し離れた場所ではこちらに様々な感情のこもった視線を送る少女達が居た。そのいずれにも共通するのが、木乃香ちゃんへ向けられた心配の念だ。

 俺が当然と察しているので、無論木乃香ちゃんもそれを察しているのだろう。雪広さんの提案に間髪入れずに「うん、ウチも皆と色々話したいわ」と朗らかに答えてから、続いて俺の肩を軽く小突いた。

 

「そういうわけやから、京都に着くまでバイバイや」

 

「あぁ、久しぶりの級友との再会だ。沢山話してくるといい」

 

 言うが早く、木乃香ちゃんは雪広さんと一緒に少女達の輪へと入っていく。

 

「仲間、か」

 

 友情という絆で結ばれたかけがえのない大切なもの。二度目の生では未だに手に入れられずにいる俺としては少しばかり……。

 

「そういえば、一人居たなぁ」

 

 友人と言えば、あの日、俺を完膚なきまでに破壊しつくした女。結局名前も分からずに、殺し合いの果てに死んでしまった女を、俺は友人如きものだと思っていたはずだ。

 

「なんで忘れてたんだろ」

 

 一人呟く声は駅の喧騒に儚く消える。

 まぁ考えても意味は無い。彼女も今はもう居ない、生き抜いて死んだ……。

 

「違う、斬っただけ」

 

 ん?

 

「……疲れてるのかなぁ」

 

 俺の思考を越えて反射的に出た言葉に辟易する。

 斬っただけって、それは違うだろうに。

 どうやら木乃香ちゃんとの慣れない共同生活はそれなりに心労をもたらしているらしい。だがこれもいずれ慣れていくだろう。

 それよりも今は、再びの京都、そしてこちらは久方ぶりとなる姉、鶴子姉さんとの再会を待ち望んで、京都行きの新幹線へと乗り込むので――。

 

「あ」

 

 駅弁買うの忘れてた。

 

 

 




次章より、第五章【青】。またの名を京都血風録。

青山が青山を決めるために青山同士で修羅る話。つまりいつも通り。ようやく斬り合いですよ。

しかし、私としては珍しく戦闘シーンほぼ皆無で章が終わってちょっとびっくりでゲス。

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