第一話【Day after day】
京都復興ボランティアのため生徒の大半が居なくなった麻帆良学園都市は、いつもの喧騒は無く、さながらゴーストタウンのような様相を見せていた。
当然だが学生を狙った店舗等も一時的に閉じており、機能しているのは一部のコンビニやスーパー程度である。それもボランティアが終わるまでの一週間弱は昼過ぎにはさっさと店を閉じてしまうことだろう。
そんな街中を歩く少女が二人。共に明るい髪質が目立つ可憐な乙女、神楽坂明日菜とエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルだ。
並び立って歩く姿は、ぱっと見は髪色も相まって海外生まれの姉妹に見えないこともない。だが姉妹程の仲睦まじさは、物凄い表情で不満を募らせている明日菜と、そんな明日菜を面白がるエヴァンジェリンを見れば皆無なのは明白だろう。
「懐かしいな。正体がばれた後の街は常にこんな感じだった。……私が出歩くだけで人間は家に閉じこもり息を殺したものだよ。ふふ、あの時と違うのはやかましい討伐隊が来ないことか。いやはや、懐古に浸るとは私も随分と年を食ったものだね。そう思わないか? 神楽坂明日菜」
「……すっごいリアクションし辛いんですけど」
「ノリが悪い奴だな貴様。いつものノーテンキなアルパカ面はどうした? ん? そう言えば今日は呆けたように口を開けてないな。顎にボルトでもつけたのかい? それとも草を食って顎を鍛えてきたということか」
「アンタねぇ……」
「お? 来るか? いいぞ、さぁ来い。怒りのままに私を殺してみせろ。何、感情に任せて冷静な思考も出来ず暴れ狂うのは人間として何ら恥じることはない」
「ぐぬぬ……」
「殴らないのか? ほら、ここだぞ、ここに一発入れてみせろ。そら、発情期の狗みたいにヘコヘコとやってみたいと思わないのか?」
作った拳をぶるぶると震わしながらも、必死に振り下ろさないように堪える明日菜の周りを、エヴァンジェリンが挑発するように嘲りながら歩く。
明日菜の憤りを心地よいとこの化け物が思っているからこそ、これ以上楽しませないために怒りを堪えようとはするものの、それを分かってさらにエヴァンジェリンは煽るばかりだ。
涙目になって腹を抑えて嗤っていたエヴァンジェリンだったが、一通り明日菜をからかったところで、未だ笑みの残滓を残しながらも、ガードレールに腰を下ろして一先ず挑発を止めることにした。
「ふー……あぁ本当に貴様は楽しい奴だよ神楽坂明日菜。猿でもわかるくらい顔に感情が出すぎだ。それじゃあペテン師には向いていない。どうだ? ここは年長者らしく鍛えてやってもいいぞ?」
「……やめとく。何を要求されるか考えるだけ最悪だわ」
「懸命だ。どうやら分相応を弁える最低限の知能は残っていると見た」
言いながらどこからともなく千円札を一枚取り出すと明日菜に差し出した。
「なにこれ」
「喜べ、楽しませてくれた礼に貴様を使ってやる。今の体で動くと直ぐに喉が渇くのさ」
「とことん上から目線なのねアンタって子は……」
「おいおい、見目麗しい見た目はともかく、こっちは年齢的にお婆ちゃんもいいところなんだ。そら、若者らしく年長者を労わってジュースの一本でも買ってこい」
「そんなこと言われて、はいそーですかと――」
「釣りはくれてやる」
「ちょっと待ってなさい」
「そういったところ、愛しているよ」
「言ってろ! この死にたがり吸血鬼!」
明日菜はエヴァンジェリンの手元から千円札を乱暴に奪い取って肩を怒らせて背を向ける。だがそれも一瞬、先程までの怒りは何処へ行ったのやら、小躍りしながら近くの自販機へと向かっていった。
その後ろ姿にエヴァンジェリンは僅かな憧憬を乗せた眼差しを向ける。幾ら最弱状態であっても、今の自分と面と向かって話せる明日菜の自然体の姿は面白い。そしてきっと、自分が力を取り戻しても、明日菜は人間として化け物に怯えることなく進んでくることがわかるから。
少なくとも、愛しているという言葉は嘘ではないのだ。
「ったく、扱いやすく、からかいやすい奴だ。……だが、そこが良い。貴様もそうだろ、魔道書」
「ふふ、ばれていましたか」
エヴァンジェリンが振り返ると、いつの間にかそこにはアルビレオが微笑を浮かべて立っていた。夏も近い今の時期に厚手のコートを着た姿は見るのも暑っ苦しいはずだが、柔和なその笑顔は見た目の暑苦しさすらかき消す程涼やかだ。
「お久しぶりですエヴァンジェリン。……いや、初めましてとでも言うべきでしょうか闇の福音」
「あぁ、貴様、私が分かるのか?」
「分かりますとも。共に人外、なれば人に憧憬する今の貴女の変質に気付くのも道理です」
そう言ってアルビレオが恭しく一礼する。演出染みた仕草はまるで人を小ばかにするように見えたが、エヴァンジェリンは喉を鳴らして目尻を緩めた。
同胞。とは呼べないだろう。だが共に長きを生きて、人を見てきた者同士ではある。
共に人外。
共に化け物。
だがアルビレオは人を導くことを選択した。
「さながらコインの裏表だな。貴様と私は」
「ですが、同じコインです」
「違いない」
「おーい買ってきた……って師匠! 師匠じゃない!」
「こんにちは明日菜さん。それとあぶく銭を得られて嬉しいのはわかりますが、丈の短いスカートでスキップするのははしたないですよ」
さりげなくも鋭いアルビレオの指摘に顔を真っ赤にして明日菜が縮こまる。それを人外二人は嬉々として面白がった。
これでは見世物パンダではないか。などとスカートを抑えながら思いつつも、明日菜は八つ当たり気味にエヴァンジェリンへ買ってきた缶ジュースを放り投げた。
「お使いご苦労」
「どーいたしまして……それより、どうしたんですか師匠?」
「いえ、昔馴染みと弟子が並んで歩いているのを見つけたものですからね。珍しい組み合わせなのでどうしたのかと聞きに来ただけですよ。無論、それとは別にネギ君と明日菜さんには用事というか報告があったのですが」
アルビレオはそう言うが、実際はそれを口実にエヴァンジェリンの様子を見に来たというのが正しい。
青山との決戦。
そう、まさに決戦とでも言うべき戦いを演じて勝利したエヴァンジェリンが、その後、明らかな変貌を遂げたのを察しながらも、これまで色々な事情が重なり様子を確認することが出来なかった。
だがこうして暇が出来て確認してみれば、一目見ただけでエヴァンジェリンがかつての姿を、否、それとも違う化け物に成り果てたのは間違いないとアルビレオは確信していた。
――だからと言って、どうしようもないのだが。
今ならば文字通り指先一つでエヴァンジェリンを葬ることは可能だ。しかし、それが出来ないのは、彼女をここまで変えてしまった元凶、青山という男が存在するからに他ならない。
それ以外にも魔法世界において、こちらに利する貴重な戦力であるという打算もあるのだが。あるいはそれすらも含めて、エヴァンジェリンはこの場に留まっているのではないかとすら、この僅かな会合で思う程にはアルビレオは見た目少女の化け物を警戒していた。
そんな思考の様々を笑顔の仮面に隠してみせるアルビレオ。エヴァンジェリンはともかく、明日菜は当然彼の機微など察することは出来ず、ついでに買っておいた自分用の缶ジュースを開けて一気に飲み干し「くあー!」とオヤジ臭い声をあげて人心地ついていた。
「あー、生き返る……それでなんで私がこいつと居るかと言うと、さっきそこで偶然会ったんですよ。そしたら強引に連れられて……」
「暇だったからな。こんな奴でも人形よりは手慰みになるさ。だが犬より阿保で騒がしいときたものだから、可憐でひ弱な私はとっても疲れてしまったよ」
「アンタ、そろそろマジで一発グーパンするわよ」
「ははは、今なら柘榴より容易く私の頭を砕けるぞ?」
「うー、師匠ぉ……」
脅しにもまるで動じないエヴァンジェリンへの対応に限界を感じたのか。とうとう明日菜はアルビレオに縋るように涙目で訴えかけてきた。
もう少しばかり、苛められる明日菜を見ていたい気持ちもあるがそこはぐっと堪え、アルビレオは弟子の助けの声に応じて「まっ、あまりからかわないようにしてください」とエヴァンジェリンへ告げた。
それには同意なのか。あるいは暇潰し程度どうでもよかったのか。エヴァンジェリンはわざとらしく肩を竦めて「わかったよ」と返す。
「だが化け物を言葉だけ止めるのは些か無粋というものだとは思わないかい?」
「……何が目的よ」
いつの間にかアルビレオの影に隠れてジト目で睨む明日菜の感情を堪能しつつ、エヴァンジェリンは指先を立てて嗤う。
「飴か悪戯かというものだよ。西洋じゃ飴さえあげれば化け物だって逃げていくのさ」
言葉の意味が分からず首を傾げる明日菜。
飴か悪戯か?
お菓子なんて持ってないけどなぁ、などと見当違いなことを考えていると、アルビレオが一歩前に出た。
「本当はネギ君と合流できたら告げるつもりだったのですが……まぁ先に貴女方には話しておいてもよいでしょう――青山君が京都へ赴きました。いえ、正確には京都に居ると言うべきでしょうか」
「……ほう。そうか」
「……驚かないのですね?」
「意外かい?」
アルビレオはエヴァンジェリンが今回、超鈴音と結託して青山と戦うことになっていたことをネギから聞いていた。そして、彼女自身がその戦いを何よりも渇望していたことも、超が残していた二人の交渉時の音声データも聞いているため知っている。
だからこそ、青山が現在麻帆良学園に居ないことに、慌てふためくことはないにしろ、僅かでも驚くのではないのかと思っていたのだが。
「今の私は鎖に繋がれた番犬だ」
エヴァンジェリンは答える。
「そして、牙も奪われた駄犬でもあり、慈悲を乞うだけの痩せ細った餓狼でもある。ならばあいつが京都へ赴いたのは仕方ない。小汚い犬に構うつもりがなかったと言うだけの話さ」
「待つばかりとは、随分と殊勝ですね」
「勿論、悔しくもある。だがその悔しさを吐く権利が今の私には無い。しかし、折角腹まで見せて媚びたというのに振られてしまうとはなぁ。乙女の勇気に奴は鈍感みたいだ」
酷薄に笑うエヴァンジェリン。だがその内面から滲み出る形容出来ぬ感情の発露は、こちらに敵意が無いと分かり、そして戦うための力が無いと知って尚、それを見る二人の額に汗を滲ませる程の脅威が含まれていた。
再び戦えると思えたというのに、折角の機会はふいにされてしまった。裏切られたとみるか、いや、一方的な宣誓に意味は無く、もっとアプローチをしっかりしておけばよかったと反省するべきか。
「楽しそうですね?」
「あぁ、楽しいよ」
アルビレオの指摘をエヴァンジェリンは迷いなく肯定した。
「この不自由で融通の利かぬもどかしさを、愛しい男に振られた怒りを、一切を纏めて楽しいと言えるのは素晴らしいことさ」
エヴァンジェリンは缶に残っていたジュースを一息で飲み干して、空き缶をアスファルトに叩きつけて、さらにその上から容赦なく足を振り下ろして踏みつぶした。
「それに奴が計画の最終日までに帰ってくる可能性もまだ無いわけじゃあないだろ? チャンスが完全に失われたわけではない。何年も待っていたんだ。待つのには慣れたよ。そう、毎日、毎日、来る日も来る日も、ずっと、ずっと、ずぅっと、ひたすらに」
余裕のある笑顔とは裏腹に、執拗に空き缶を踏み躙るのは語ったとおり憤りを覚えているからか。見下ろす眼が缶ではなく別の何かを、青山を思っているのは事情をあまり知らない明日菜でも何となく察することが出来るくらいに如実に示している。
「えっと……大丈夫?」
不安と心配が半々に入り混じった声で明日菜がエヴァンジェリンに語り掛ける。その声に応じたわけではないだろうが、何度も振り下ろしていた足を止めて、食虫植物のような甘い吐息を一つついて、僅かに見せていた狂気をエヴァンジェリンはその濁った眼の内側へと閉じ込めた。
「大丈夫さ。……それよりも困ったな」
「え?」
「おいおい、察しろよ神楽坂明日菜。貴様にも関係する話だろ?」
「私にもって……」
どういうことだと明日菜は考えるが、思い当たるのはエヴァンジェリンと青山の戦いが見られないということだけだ。ネギ程青山に執着していない明日菜としては、まぁ戦わないのならそれに越したことがないという程度の考えである。
それも無理はないだろう。普通は数度、しかも会話すらしたことのない相手に何か思うことなどないはずだ。確かに京都の一件で、明日菜自身も青山が発する斬撃の念とでも言うべき何かを肌で感じたが、だがそういった意や気の類は、青山も含め、今ここに居るエヴァンジェリンやアルビレオ、そしてアルビレオのアーティファクトで再現された数々の達人が大小はあるが持っているものである。
危険ではあるのかもしれない。しかしその危険とは、達人の誰もが持つ常人とは違う在り方なのだろうと明日菜は思っている。
感覚が麻痺したというわけではない。単純に青山という存在と実際に触れ合っていないからこその反応。そしてそれは、青山の本質を知らない誰もが同様に感じる思いであった。
しかし明日菜のそんな考えを咎めようとは思わない。エヴァンジェリンは大仰に驚いたような仕草を見せて、あざとく嗤うのだ。
「まっ、仕方ないとしよう。こればかりは実物を実際に見てみるしかないからな。とはいえ、アレを見て、理解して、生き残ったうえで正気を保っているなど……くくっ、そんなのが居たのなら、今頃あいつはもっと早く人類種の天敵とでも言われて、さっさと殺されていただろう」
そして青山が今も生きているということはつまり、アレを理解出来た人間がこの世に生存していない。あるいは己と同じく、アレと同じ場所へと、修羅場へと至れたかのいずれかだろう。
いずれにせよ、まともでなんていられない。
その時、明日菜が果たしてどうなるかを思うと、それは少しばかり興味があるのだが――。
「だが奴を殺すのは私だ。私だけが、奴を殺す。誰にも渡さないし、奴もまた渡すつもりはないはずさ」
だから待てる。
きっと最期は自分がそこに居られるという根拠のない確信があるからこそ。
待って。
いつまでも待って。
「ちょ、アンタ血が……!?」
「ん?」
明日菜の視線の先、エヴァンジェリンの着ていた真っ白なワンピースの胸から下腹部までにかけてが、溢れ出た冷血で真っ赤に染まる。尚も止まらない流血はワンピースの薄い生地では吸収しきれず、粘着質な赤色は、エヴァンジェリンの太腿を伝って足下へと流れ出した。
どう見ても尋常ではない出血量だ。明日菜が慌てて歩み寄る背後で、アルビレオも小さくない驚きを見せている。
「早く止血しないと!」
「あぁ、大丈夫だ」
「大丈夫って……」
大丈夫なはずがないだろう。
折角の無垢なワンピースは真っ赤に染まり、溢れる血潮が股座より滴る様はさながら乙女の純潔が乱暴に奪われたかのよう。
通行人が居れば悲鳴をあげてもおかしくない惨状を晒しながら、エヴァンジェリンは服越しに開いた傷口を一撫でした。
「大丈夫。大丈夫」
最弱化している今、この傷口の痛みは甚大で、人体の反射として冷や汗は滲み思考は狂う程。眩む視界はうっかりするとそのまま暗黒に落ちそうで。
だが大丈夫なのだ。
エヴァンジェリンは本心から告げている。
こんなにも繋がっているから。
あぁ、大丈夫。
大丈夫だとも。
「なぁ、青山」
―
「んあ?」
瞬間、太陽の輝きに当惑する。
朝?
いや、さっきまで夜だったはず……。
「不覚だな」
木乃香ちゃんを見送った俺は、その姿が遠くに消えたのを確認して間もなく意識を失ってしまったらしい。
らしいというのも、いきなり目が霞んだと思って意識を繋ぎ合わせたら、頭上を太陽が照らしており、戦いから半日以上は経過しているのは明白だったからだ。
「……眠い」
体中が泥に浸かっているかのように気持ち悪く、動きが鈍い。意識は未だ朦朧としており、指先の感覚も当然鈍い。
絶不調ここに極まり。エヴァンジェリンとの戦いやフェイト少年との戦い以上の疲労は、半日寝ても癒せるものではないが、それでも消費された気は十分回復していたので、体を強化して強引に動かすことにした。
傍には素子姉さんと鶴子姉さん。いつ振りかの、そしてもう二度とない家族での雑魚寝を終えて――ん?
「何だ、こいつら」
そこで俺はようやく二人の遺体とは別に、無数の死骸がそこら中に散らばっているのに気付いた。
と言っても、何処にどのパーツが散らばっているのか分からないくらい人間の体がばらばらに散乱している。まぁ手足をざっと数えて五人といったところか、もしかしたらもう少し多いかも。
しかし、まぁ。
「下品だなぁ」
我ながらもっと綺麗に斬れたはずだが、疲労困憊で無意識となればこうなるのも仕方ないというところか。それでも傍で眠るように横たわる素子姉さんと鶴子姉さんには血しぶきも肉片も臓物もかかっていないので、最低限は守れたことを誇るべきだろう。
というか、まぁ予想出来たとはいえ動きが迅速である。傍に突き立った証とひなとは別に、その殆どが両断された鈍い輝きの鋼鉄を一つ拾って、俺は浅く嗤った。
「神鳴流の剣士か」
長大な野太刀の残骸。そして斬り裂かれた術符の数々。いずれも見慣れたかつての同門の得物ばかり。
まぁ、分かってはいたことだ。
昨夜行われた俺と姉さんの斬り合いは、少なく見積もっても周囲一帯の山々を壊滅させて、膨大な気を存分に放った。そしてその現場は一部しか知らないとはいえ神鳴流の修行地である。どんな鈍い組織でも自分の敷地でミサイルが爆発したとなれば感づくのは当然だろう。警察とか呼ばれなかっただけありがたいとみるべきか。
そして俺の周囲で骸を晒している剣士達は、状況確認のために派遣された者達か。人数が少ないのは神鳴流の聖地であるせい。あるいはこの場を知る人間がもうこれだけしか存在しなかったからか……。あ、この人小さい頃一緒に稽古した人だ。
「……知り合い、多いな」
はっきりした意識で斬られたパーツの一つ一つを確認して、半数以上がかつての俺を知っている人間だと判断する。
つまり、素子姉さんと鶴子姉さんの死骸の傍で気絶している俺を、青山として恐れられた俺を見知っている者が見つけて斬りかかった結果がこの状況というべきか。知らない者はついでに連れられてきたのだろう。
だとすると流石に書置きや言伝くらい残しているだろうから、第二、第三の神鳴流剣士が来るのは時間の問題だろう。
「……仕方ない、か」
本当はゆっくりと埋葬したかったのだが、時間がないので二人には申し訳ないけれど。
俺は地面に突き立てたひなでそのまま地面を斬り裂く。出来上がったのは二つの穴。素子姉さんと鶴子姉さん分の墓地代わり。他の奴らはついでに全部斬って消滅させた。
ひなを改めて地面に突き立て、まずは鶴子姉さんの体を斬り掘った穴にそっと入れる。そして少し離れた場所で、笑みを浮かべたままの姉さんの首を持ち、ついていた泥を軽く拭ってからその両目を綴じさせた。
「……貴女はつまらない人でしたが、それでも、俺の大事な姉の一人でした」
死して狂った喜びを湛えたままの彼女は、きっと満足して逝けたことだろう。その才覚は凡夫なれど、それ故に俺と素子姉さんを高みへ導いてくれた貴女は、やはり俺達と同じ青山だったのかもしれない。
「貴女の望んだ青山と共に、ここで眠りを……」
最期に一度両手で抱き締めて、穴へと埋める。ひなで絡めとった土をそこに掛けて、最後に墓標替わりに落ちていた野太刀を突き立てた。
いずれ、もっと立派な鋼にて供養を。
さて……。
「素子姉さん」
昼寝しているように穏やかな死に顔で横たわっている素子姉さんを抱き上げる。かつて感じられた力強さも、苛烈な気もそこにはない。見た目相応の軽さと儚さ、死して、死した故の美しさ。持ち上げた時に流れた黒髪は、鮮やかに光を反射して川の如く地面へ流れた。
「ありがとう、姉さん」
あの様と果てた俺の所まで来てくれた。共に頂へ至り、競い、鎬を削り、そして、貴女が俺をこれ以上ない場所からもう一つ押し上げてくれた。
もしも貴女が居なければ、俺はきっと青山だけに腐心していたことだろう。響としての、前世の俺を振り払い、青山の権化となって斬撃を行使したはずだ。
だが、今の俺は青山響として立つことが叶った。貴女が押してくれたから、青山を越えられた。
外道の俺を肯定して、正道の在り方を示して、そして肯定し、示したうえで、そう在れと最期に託してくれた。
安堵してくれた。
満足してくれた。
家族として、響であった俺を見てくれた貴女が居たから。
「貴女が見てくれた、響の想いをと共に」
ここに、唯一無二の同胞、家族として。響が懐いた斬りたくないという願いを託す。
鶴子姉さんの隣の穴へと横たえて、その頬を優しく一撫でしてから土を被せる。そして完全に埋まったうえにひなを突き立てようとして――止めた。
「正道すらも斬り裂くと誓ったその証明に、この刀と共に俺は次の修羅場へと赴きます」
託してくれた想いすらも抱えて斬り裂くのだ。
故に、抜き身のひなを腰帯に差して――凛と訴えるような音色に、苦笑。
「浮気じゃないさ。許してくれ」
自分を忘れるなとでも言いたそうな証を掴み腰の鞘へ。まるで挨拶するかのように、触れ合った証とひなが刃を鳴らし、凛と震える鞘越しの口づけは、二振りの刃が俺を通じて共鳴し合ったように感じた。
そう、共鳴してくれた。
あり方の違う証とひなは、俺という斬撃が在るから相反することない。そのことに内心で感謝して、そして血潮の霧で化粧した姉の墓へと振り返り、一礼。
「では、行きます」
まずは木乃香ちゃんを探して、改めて稽古をつけることにしよう。
それからの予定は――。
「それから、これから……うん」
今ではない先を。
未定である未来を思って知れず浮かぶ微笑は、今だけではない先を思えるようになった進歩だと喜ぶことにした。