【完結】しゅらばらばらばら━斬り増し版━   作:トロ

65 / 80
2014.8.30
感想返しは暫くお待ちを。誤字脱字修正も帰ってきたら行います。


第五話【どなどな(下)】

 

 それは水面に映した月の如く、儚く美しくもありながら非現実的であった。

 刃が奏でる涼やかな音色に合わせて、血潮も溢れず倒れていく剣客達の中心で踊る男。無邪気に笑い、無邪気に命を弄ぶ様は死神なのだろう。

 青山響。突如として古巣である京都神鳴流の本山に戻ってきた男がもたらした災厄は、その場に居るあらゆる剣客の腕と脚を痛みも無く斬り捨てていた。

 

「化け物がぁぁぁぁ!」

 

 気勢に任せて響に四方から飛びかかる剣客達だったが、技を出すことも無く四肢を切断されて意識を失った。これまでと同じく達磨となった剣客の末路の山に折り重なる者達。

 

「う、ぐぅ……」

 

「くそ……畜生……」

 

「残りは貴方方だけだ」

 

 そう言って響が視線を向けた先に立つのは、野太刀を構えているものの、いずれも全身を震わせて顔を青ざめた男女のみ。素人目で見ても戦意喪失しているのは明らかであった。

 既に半数を失った神鳴流剣客の強者達、唯一残ったのは戦うことも出来ぬ弱者だと普通は思うだろうが、驚くべきことにその中でも未だ残っているのは、神鳴流の名がいっそう広まった後にその名声を磨いてきた剛の者ばかりだった。

 だがそれは同時に、青山響という怪物を知っている者ばかりであるのと同義。誰もかれもが響の奏でる斬撃の歌声を聴いて、長年をかけて鍛え上げた鋼の体を震わせ、凶悪極まる妖魔に真っ向から挑む胆力すら萎ませているのだ。

 しかしそれも無理はない。一端とはいえ響という修羅外道の在り方を知っているということは、この男が神鳴流にとってどういった存在かを理解してしまっているということなのだから。

 

「その様、無様と笑うには自身の愚かを知る身としては笑えませぬ。とはいえ……」

 

 未だ腰の鞘に収まっていた証を空いた手で引き抜くと、響は酷薄な笑みで立ち並ぶ剣士達を見渡した。

 

「逃すつもりは毛頭ない。その五体、有象と散らばる達磨と等しく地べたを転がってもらいましょう」

 

「貴様ぁ!」

 

 明らかな響の挑発に怒りの色を滲ませる剣客達だが、猛る炎の如き怒りも、その熱に隠された恐怖を隠しきることは出来ていない。

 怒声を響に浴びせる誰もがその場から一歩も動けず、逆に響が距離を詰めれば後退していることから明白だった。

 

「……興が冷める。神鳴流の古強者とあろうもの方々が、かつては青山を名乗ったとはいえ、既に破門されたこの身を何故畏怖するのです?」

 

「それを、それをお前が言うか! 破門されたのはおろか、遂に鶴子様と素子様を斬り殺したお前が! 神鳴流を地に落とす悪行をなしたお前がぁ!」

 

 当然の糾弾に響は怯むことも恥じ入ることもしない。だがしかし一瞬だけ疑問の感情が浮かんだのが見えた。

 あるいは後悔しているのだろうか。そう思われる感情の揺れをさらに問い詰めようとして、すぐにそれが過ちだったと悟ることになる。

 

「悪、か」

 

 そう言った後、響にしては珍しく歯を見せて笑った。

 だがその笑みが意味するところは決して喜びは楽しさではない。獰猛な獣が歯を剥くかのように、その場を満たしていた怒気を飲み込むほどの怒りが響より発露された。

 

「何も知らぬ者が俺と姉さんの斬り合いを勝手に判断するなよ」

 

 あれは悪と断ぜられるものでも、ましてや善と語られるものでもない。

 だが何者にも汚されない愛に満ちていたのだ。それだけは胸を張って言えることであり、他の誰でもない青山響という男だけが誇れる修羅場である。

 故の怒り。燃え広がる紅蓮すら溶かすマグマのような粘性の怒気は、響の怒りを買った発言した剣客もろとも残った剣客全ての動きを停止させた。

 

 瞬間、閃光。

 

「……貴方方は、餌にする意味すらない」

 

 己が死んだことにすら気づかなかったことだろう。響が証とひなを一振りした後、先程まで立っていた全ての剣客の姿は塵一つ無く消滅し、唯一残ったのは彼らが手にしていた野太刀の数々だけであった。

 

「ふぅ……これで一先ず終わりかな」

 

 最後の神鳴流の剣客を葬った響は、打って変わって常の平穏な振る舞いに戻ると、二振りの刃を鞘に収めた。

 静寂は戻らない。響の周囲から聞こえてくるのは、四肢を切断されたことで呻き声をあげるかつての剣客達の成れの果て。

 

「わー、凄いなぁ……」

 

 そんな目も当てられぬ光景を平然と見渡したのは、待機するように言ったはずの木乃香と月詠であった。

 だが響はそのことを咎めようとは思わなかった。むしろ呼び出す手間が省けたというものであり、何より戦いが終わった気配を感じ取った彼女の成長に小さくない喜びを覚える始末だ。

 

「後は君に任せることにする。俺はその間見張りでもしていよう」

 

 響は木乃香に用だけを簡潔に述べると、己が生み出した地獄になど興味を失ったように踵を返して木乃香の横を通り過ぎて行った。

 

「……響さん、焦ってる?」

 

「お姉さま?」

 

「大丈夫、気ぃせんといて」

 

 普段以上に投げやりなように見える響の態度に木乃香は僅かな違和感を覚えたものの、月詠の心配を受けて些細な疑問は頭の片隅に追いやった。

 それよりも今はやらなければならないことが無数とあるのだ。些事に気をかける時間すらも惜しいというもの。

 

「うぅ」

 

「腕、足……俺の」

 

「殺せ……もう、殺せ」

 

 四肢を切断され、最早二度とまともな生活を行うことなど出来なくなった剣客達の怨嗟の声。かつては清涼な気と妖魔討伐に対する熱意で満たされていた場内が、今や呪詛の渦巻く地獄と化していた。

 

「大丈夫や」

 

 だが木乃香は笑った。無邪気な笑みを、見る者を癒す慈愛の笑みを。

 さながら地獄に仏とでも言うべきか。木乃香が発したたった一言の救済は、まるで雲を消し去る太陽の如くその場に渦巻いていた呪詛の全てを消し去り、誰もが優しく微笑む彼女の顔に視線を奪われた。

 助かったのか。

 助かるのだろうか。

 先程の木乃香と響の会話等聞く余裕も無かった彼らは、一様にか細い蜘蛛の糸か、あるいは一筋の光明を見出したように瞳に希望の光を灯す。

 そんな彼らの期待に応えるように、木乃香は手近に転がっていた剣客の一人に近寄ると、頬についた汚れを掌で拭い去って、慈しむようにその頭を撫でた。

 

「さ、ウチが治してあげる」

 

「あ、あぁ……ありがとう……ありがとう……!」

 

「困ってる人が居たら助けるのは当然や」

 

 善良なる少女の優しさが染み入ったのか、倍以上は年の離れている剣客は木乃香に頭を撫でられたまま涙を流して感謝をした。

 青山響という絶望の直後、降って沸いたように現れた希望の使者。それが誰かなど関係ないし、どのように自分を救ってくれるのかも分からない。だがそこに居た誰もが、木乃香を一目見た瞬間、自分達が負った傷は全て癒されるのだと理解した。

 だから大丈夫。

 あぁ、だから、大丈夫ではないと、お前達はまだ気づかない。

 

「痛いのとは、『永遠』にさよならや」

 

「え?」

 

 木乃香が呟いた言葉への小さな違和感。それを口にしようとするも何もかも全ては遅く――。

 

 直後、脳天に触れた掌より剣客の体に注がれた魔力が、四肢の損失はおろか、彼の心に刻まれた傷もろとも、その古傷のことごとくを『蹂躙』し始めた。

 

「ぃ、ぎぁぁぁぁぁぁ!?」

 

「あはは、痛くないのに何で叫ぶん?」

 

 治療が始まった瞬間に剣客が吐き出した絶叫を、木乃香は面白い冗談だとばかりに笑い飛ばす。

 現に剣客に――男の体に痛みは無かった。むしろ痛みはみるみる内に感じなくなり、まるで痛覚が根こそぎ消滅したような感覚を覚える。

 故に男が絶叫をあげるのは痛みからではない。

 肉体の損傷と共に消失する『心の傷』。

 彼が半生を全て注いできた神鳴流の誉ある剣士として繰り広げた戦いの数々で受けた傷。

 友を失って刻まれた傷。

 不甲斐ない己への憤りによって刻まれた傷。

 切磋琢磨した同胞との鍛錬で得た傷。

 その他、親に叱られたことで刻まれた傷ともいえぬ些細なものまで、男が心に刻んだ全てすらも、木乃香の魔力は余すことなく嬲り、咀嚼し、唾棄し、踏みにじり、癒しという蹂躙にて傷を悉く癒し尽くしていく。

 

「やめ、やめろぉぉぉぉぉ! 俺を癒すなぁぁぁぁ!」

 

 傷とは全てが負に繋がるものではない。そして心の傷は永遠に癒されることはなく、時としてそれが原因で二度と立ち上がることが出来なくなることもあるだろう。しかし、それを乗り越えることで、人はより強く、大きく成長することが出来るのだ。

 だがしかし、木乃香は絶対に癒せないはずの心の傷すらも治してしまう。治すことが出来てしまうのだ。

 

「嫌だ。嫌だ嫌だ! こんなの嫌だ! 治すな! 俺を、俺の傷を返せぇぇぇぇ!」

 

 心が癒されていく。

 それは言葉通りの優しいものではなく、一つの自我を形成する何もかもを踏み躙り、傷という勲章を剥ぎ取って溝に捨てて唾を吐きかけるような最悪の行為。心を犯され、好きなように嬲られるという感覚は受けた者にしか理解できないだろう。

 だが男は抵抗出来ない。何せ、彼が受けた最大にして最悪の傷こそが四肢を切断した響の斬撃。木乃香はその特大の傷を後回しにして、まずはその心から徹底的に癒しているのだから。

 そして何より木乃香は男の言葉を聞いてすらいなかった。いや、耳に入って、理解もしているだろう。納得もするし、嫌がっているのも十分に察している。

 故に癒すのだ。

 だから癒すのだ。

 そのために癒すのだ。

 木乃香の行動原理はそれだ。癒すという大前提。全てはそこから派生する『雑念』でしかないと、彼女は徐々にだが理解し始めている。

 本質はそこなのだと。

 『青山に斬られてから』これまで、癒すという本能に突き動かされていた頃から、木乃香はその次へ、人間らしく、本能を理性で制御し始めていた。

 癒すという本能。

 癒すという理性。

 根源は同じだろうか? 否、決して違う。本能で動くだけなら、相手の事情など一切考慮に入れないだろう。

 だが今の木乃香は相手の心情を理解し、納得し、共感すらして、そのうえで癒しているのだ。

 治療に突き動かされるのではない。治療を制御したうえで、治療する。

 それはつまり。

 

「青山……」

 

 その惨状を見た誰かが呟いた。

 斬るのだと。あらゆる全てを理解し、納得し、共感し、常識的な全てを是としたうえで、斬るという結果に行動が行き着く修羅外道。

 青山。

 恐るべき青山よ。

 

「はい。何ですかー?」

 

 その呟きに木乃香は答えてしまった。答えた瞬間、木乃香は今の自分が何なのかと気付く。

 お前こそ青山だと。

 人が持つ無限の可能性が一を極めた修羅外道だと。

 斬るという解答。

 癒すという解答。

 純粋無垢に混沌と。汚泥に満ちた聖母の姿よ。

 行き着く果ては――。

 

「なんて様……」

 

 絶望の心地で告げられた最悪。

 喜色を浮かべて、木乃香は己が到達した極地を、全存在を賭して手にした孤高を誇るように。

 

「えぇ、ウチも、青山や」

 

 この身に流れる血潮の鬼才。

 発露した全てを伝えるのに、修羅外道(青山)という言葉以上に相応しいものなど存在しない。

 




己が命を燃やしつくし、決死の最後を知りながら、それでも進み奇跡を手にした愚者の背中を、人は後世で英雄と呼ぶ。
だが、道半ばに倒れた者を英雄と呼ぶ者は存在しない。

次回【小さな英雄、小さな抵抗】

人、化け物、英雄、修羅。混沌渦巻く戦場にて、たった一つの光を見いだしてみろ。




今後の予定。
第六話【小さな英雄、小さな抵抗】
第七話【半身、半生、半分こ】
第八話【極み過ぎ去りこの超越で】
最終話【そう、お前は――】
エピローグ【      】
上下方式はあれどエピローグを含めて残り五話となります。お楽しみに。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。