【完結】しゅらばらばらばら━斬り増し版━   作:トロ

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第七話【半身、半生、半分こ(下の上)】

 

 雷が唸り、大気が吼え、魔法が轟き渡っている。四方より迫る修羅外道の群れを押しとどめる四つの精鋭。極限に至った人間を相手に善戦を繰り広げているが、見出した一筋の光明すら掴めない程、戦況は過酷だった。

 

「解放、掌握……!」

 

 マントより取り出した使い捨ての魔法銃より、装填されていた魔法を体内に撃ちこんで、消耗した雷轟無人を補充する。だが魔法銃の残りはもう幾ばくも無く、体内に事前に装填しておいた術式も余裕があるとは言えない。

 そんな中、超が見つけた刹那の生存という最後の光を手にしようとするが、押し寄せる木乃香達を明日菜一人に任せては戦線が一気に瓦解するのは目に見えている。

 とはいえ、あの氷山を解凍するには、現在四方で防衛戦を繰り広げている誰かが行かなければ不可能だろう。木乃香は易々と癒してみせているが、本来、あの茨は触れた瞬間に永遠の氷獄に対象を封じる恐ろしい魔法だ。

 

「ネギ……!」

 

「博打を打つにはまだ早いですよ明日菜さん!」

 

「……ッ。わかってるわよ!」

 

 ネギとの仮契約を通して明日菜も刹那が生きていることを知っているが、その救助のためにこの場をどちらかが抜けるにはまだ早い。

 何せネギ達が担当している前方は、その後ろに木乃香の本体が居るからか他よりも圧力が重い。ネギと明日菜だから辛うじて防げているが、ネギか明日菜だけでは防げる波ではないのだ。

 

「だけどこのままじゃ……!」

 

 弱気というよりは焦りだろう。なまじ希望を見つけたからこそ焦燥に駆り立てられるのだ。それはネギも同じだったが、堪えているのには理由がある。

 

「超さんを、クラスメートを信じましょう……!」

 

 刹那生存にも気づいた後衛の司令塔を務める超ならば何か策を見つけられるのではないか。

 だが他力本願でいられる程、ネギは悠長なことを思ってはいなかった。何か一手、流れを変える何かがあれば、押され始めている均衡を変え、再度五分まで戻す手段は、存在する。

 

「今は目の前に集中して!」

 

 振りぬいた拳が閃光を闇夜に穿つ。闇を食いつぶす奈落の眼の群れを薙ぎ払いながら、空いた隙を縫うように明日菜が飛び出して、変わらぬ笑みを湛える木乃香の本体を狙うが、一歩を進むことなく吹き飛んだ木乃香達は再生して立ちはだかった。

 火を欲する蛾の如く殺到する白い手。ホラー映画で何度も見たような光景に頭がどうにかなりそうだが、明日菜は内からこみ上げる激情を持って、冷徹な癒しの掌を斬り払う。

 

「木乃香ぁぁぁぁ!」

 

「あはは! 明日菜ぁ、こっちや、こっちおいで」

 

「だったらそこを退きなさいってのよ!」

 

 猛る思いを乗せた熱き刃は、木乃香の芯を断つには至らない。

 だがそれでもと張り続ける思いを緩めるな。前を向き続けなければ、押し寄せ続ける冷酷に成す術も無く飲まれてしまうから。

 まだ、戦える。

 行けると信じている。

 

「ッ!?」

 

 閃光が突如目を焦がした。僅か離れた場所より一帯を飲み込んだ魔力の嵐。雲を突き抜けた輝きは、戦っていた魔法先生達はおろか木乃香達すらも見入ってしまう。

 

「空間転移? まさか……」

 

 その現象を見抜いたアルビレオが、光の消えた先でいつの間にか居なくなったエヴァンジェリンと響に気付く。

 何故、今更場所を移動する必要があるのか。総軍を率いて消えたエヴァンジェリンと、その闘争に喜んでついていっただろう響のことを考えて嫌な予感に冷笑を浮かべる。

 しかし今は目の前に集中しなければならない。自分が呆けていたように木乃香達も呆けていたのは不幸中の幸いとみるべきか。アルビレオが意識を再度前に向けると同時に木乃香達もアルビレオ達へ意識を向け――。

 

「術式、解放」

 

 その場で唯一、突如発生した光にも眼もくれずに前を向き続けた二人だけが、最後のカードを切った。

 

「千の雷、三連……!」

 

 黄金の籠手の上に浮かぶ三つの輝き。掌大の球体はその一つ一つが千の雷を圧縮した究極の力の塊。

 僅か、数秒。

 だが、値千金の数秒を決して無駄にすることなく、ネギ・スプリングフィールドと、その前に立って刃を構える神楽坂明日菜は残された力を解放した。

 

「掌握!」

 

 両手に一つずつ握り締めた千の雷。そして、最期の一つを己の口内にネギは飲み込んだ。

 瞬間、全身の血液が文字通りに沸騰する。

 

「ぐ、おぁぁぁぁぁぁ!」

 

 激痛、悲鳴、苦痛、絶叫。

 たった一撃でも都市を半壊させる威力を誇る力を三つも小さな体に取り込むことによる弊害が、絶え間ない激痛となってネギの体を駆け抜けた。

 しかし前を見据えた瞳は揺るがない。目、口、鼻より血を流し、制御出来る量を遥か逸脱した力によって脳髄を崩壊させながらもネギは両腕を広げた。

 

「『風精影装』『雷轟無人』……合成!」

 

「痛そうやなぁ」

 

 ネギを中心にして発生するプラズマ。だがその力が収束するのを黙って見る木乃香ではなかった。むしろようやく見つけた隙を縫って、やっとこの二人を癒すことが出来るのだと喜悦を深くする始末。

 痛そうだ。

 とても痛そうだから、癒してあげよう。

 この手で眠れ。永遠の安息をその身に確約してみせるから。

 

「させるかってのぉ!」

 

 当然、それを許す明日菜ではない。殺到する木乃香とネギの間に立ち塞がり、薙ぎ払いの一撃で押し寄せる荒波を押し返す。

 それでも足りない。一瞬だけでは後詰めとして飛んでくる木乃香を食い止めることは出来ず、ネギが力を固定する時間を稼げずに明日菜はネギもろとも癒しの波に飲まれるだろう。

 

「明日菜君!」

 

 離れた場所で迎撃を続けていたタカミチが窮地を察した。だがここからでは虚空瞬動でも間に合わない。いや、どのみち自分が担当している分を相手取っている以上、虚空瞬動を使う余裕すらなかった。

 それはタカミチ以外も同義。誰もが激流に飲まれる二人を見届けることしか出来なかった。

 そしてついに、剣戟の嵐を超えた木乃香の手が明日菜の肩を掴む。

 

「掴まえ――」

 

「馬ぁ鹿」

 

 明日菜は笑った。

 そして、いつの間にか片手に握っていた魔法銃を、木乃香の額に突きつける。

 

「今のアンタに抱き付かれても嬉しくないっての」

 

 そう言い終わるがいなや、絞られた銃爪(ひきがね)が撃鉄を叩き起こし、予め装填されていた術式が銃口より解放される。

 世界を染め上げる程の光量が銃口より産まれる。そのあまりにも膨大なエネルギーに耐えきれずに銃口どころか魔法銃そのものが崩壊した。

 あの数秒。ネギが切り札を解放するのを見越した明日菜は、少年の懐より魔法銃を事前に手渡されていた。

 座して待つことなどしない。ネギは本質的にエヴァンジェリンと響という存在を知っていたから、明日菜はそれを知らずとも、ネギのことを信じていたから。

 だから動けた。

 だから時間を稼げた。

 阿吽の呼吸が手にした奇跡の数秒。砕け散った魔法銃の破片を単純な握力で潰した明日菜は、吹き飛んだ木乃香達の向こう側で、初めて動揺を見せた木乃香へ拳を突きつけた。

 

「『してやった』わよ、こん畜生!」

 

 そして、その背後で先の一撃が線香花火に等しい程の輝きが生み出された。

 まるで太陽そのものが地表に降りてきたような輝きが『三つ』。雷轟無人の籠手を装着したネギの背後に立つのは、雷そのもので構成されたネギの分身体。

 

「術式兵装『雷轟世界』……!」

 

 肩で息をし、呼気は乱れ、顔は青ざめ、流れた血の跡が痛々しい。

 それでもネギの戦意は些かも衰えていない。その胸で燃える炎を体現したかのような三体の分身体は、動けないネギの代わりに動揺から立ち直れていない木乃香達の中へと飛び込んだ。

 術式兵装、雷轟世界。雷轟無人と風精影装。ネギが編み出した二つの術式兵装を融合させた切り札は、言ってしまえば風精影装で生み出される分身体を雷の上位精霊と似た存在にするというものである。

 だが単純明快故に能力は凶悪。虚空瞬動すら超えた雷速で木乃香達の手を縫う分身は、雷轟無人と同じ破壊力の閃光を縦横無尽に解き放つ。とはいえ木乃香の再生能力はやはり雷轟無人の手数が増えても変わらないものの、分身体は決して超えることが出来ないと思えた肉の壁を越えて、木乃香本体へと肉薄していた。

 そしてその分身から本体を守るために木乃香達も数を裂かざるを得ない。目に見えて軽くなった圧力に魔法先生達にも余裕が戻ってきていた。

 これがネギの手にした極みの魔法。雷速で動き続け、雷の一撃を放ち、分身故にどのような攻撃もほぼ無効化する耐久力。エヴァンジェリンが編み出した終わりなく赤き九天に届きうる極限は、修羅外道の牙城にすら届きうる。

 そして、その分身に木乃香の手が触れようとしても、慈悲すらも焦がす雷鳴は触れようとする傍から灰燼とした。

 意志を持った雷雲が三つ。魂すら絞り出すようにして現出した極みの一端は、愚直と進もうとする主の意志を体現したように、走る先から修羅外道の波すらも突き抜ける。

 そしてその合間を、ネギが血反吐を撒き散らして駆けた。

 流星が舞う。英雄が走る。夜も食らう闇を払い、ネギと明日菜が練り上げた渾身は、遂に後方で浮遊していた木乃香本人へと届くのだ。

 

「いけぇぇぇぇ!」

 

 接近を許された木乃香の眼がネギを射抜く。しかし、もう汚泥と落ちた眼に怯えることはない。背中を押し出す仲間の強さに光を灯し、ネギの拳が三つの流星を拳に纏って木乃香の胸元へと突き出された。

 激突。

 閃光。

 爆発。

 粘着質な癒しの魔力と、全てを貫く雷撃が、その激闘点で衝撃を撒き散らした。

 

「ネギ君……どうして……?」

 

「そんなこと……貴女にはもう分からない!」

 

 木乃香が掲げた掌と雷の拳。あらゆる全てを問答無用で癒しつくす木乃香の掌ですら、ネギが築き上げた雷鳴を癒すには至らない。

 拮抗している。人間の極限に踏み出した修羅外道の極みに、人間の意志を束ねることでネギは今度こそ同じ頂に、別の場所から辿り着いたのだ。

 故に木乃香は小さな動揺を見せた。

 響――青山がフェイトの解答を得たままだったら同じ反応をしたことだろう。

 癒しきれない。

 『生きたいから』癒したいのに。

 木乃香の治癒すら超えて、掌より熱さが伝わってくる。

 まるで血のような暖かさ。あの日、青山が突き立てた胸の傷より感じたものと同じ熱。

 それは痛み。

 生を死へと変える、存在してはならないもの。

 

「あ、あぁぁぁぁぁ!?」

 

 突如、木乃香が悲鳴をあげたと同時、さらに出力の上がった魔力の濁流がネギを遥か後方へと吹き飛ばした。

 

「ネギ!?」

 

 慌てて明日菜が吹き飛ぶネギを抱きとめる。未完成の術式兵装の展開と、直接木乃香の癒しの魔力と激突した影響か、その顔色は青を通り越して白くなっていた。

 だがネギの眼は死んでいない。「ありがとうございます」と告げてネギは明日菜の手を離れて、己の拳を受けた掌を涙目で見つめる木乃香を睨んだ。

 

「痛い。痛い。痛い。痛いのは嫌。痛いのは嫌や……! 何で……? もう、ウチは二度と痛くならんのに……!?」

 

「痛いのは嫌!」

 

「嫌! 死にたくない!」

 

「助けて! ウチを助けて!」

 

「治さんと! 治さんと死んでまう!」

 

 本体の痛みを受けてか、笑顔を浮かべていた分身体までも痛みに顔を歪めていた。だが本人とは違って分身は超達に迫る動きまで止めようとはしない。いや、むしろ、痛いからこそ、早く癒したいからこそ、余計に痛みを訴える者を癒そうとしているのか。

 痛いのだ。

 とても痛くて、死にそうなのだ。

 だが死にたくなかった。

 死にたくないから癒すしかなかった。

 そして、痛くなくなるには、全てを癒すしかないと思った。

 癒さなければ生きられない。

 つまり、生きている限り、癒すしかない。

 

「……そうか。そういうことだったのか」

 

 ネギはようやく、木乃香がぎりぎりのところで修羅外道へとなりきれていなかったのか、その理由を察した。

 木乃香は青山と違って一つに鋭いのではない。理由は知らないが、斬撃を受けて愚直な化け物と成り果てたエヴァンジェリンと違って、青山に斬られたというのに治癒に真っ直ぐな外道ではなく、生きるという思いと治すという思いを絡ませた歪な存在となっていた。

 そう、ネギは知らないが、それこそが真実。

 

 ――近衛木乃香は、修羅外道には永遠に成れない中途半端な存在なのだ。

 

 それはある意味では不幸中の幸いだったのかもしれない。フェイトが残した『生きたい』という願望の詰まった刀、『証』。その解答に汚染され、斬撃という在り方を汚していたかつての青山によって振るわれた証を突き立てられて目覚めさせられた木乃香は、生きるために己の体を治した。

 生きたいから治す。

 生きるために治す。

 治さなければ、生きられない。

 正道より歪められた外道に張り付いたもう一つの解答。あまりにも似通った答えだから、響ですら終ぞ気付けなかったそれこそが、ネギが見つけた木乃香を瓦解させるもう一つの可能性。

 治す。

 生きる。

 似ているようで、しかし永遠に交わらない解答を孕んだ結果、木乃香は些細な痛みで崩壊寸前にまで追い詰められていた。

 

「でも、治すんや」

 

 だがその隙も掌の痛みが癒された瞬間に終わる。増大の一途を辿る魔力。底を見せない魔の真髄は、決して中途半端だと舐めて挑める相手ではない。

 

「ウチは、痛いのが嫌」

 

 涙で顔を染め上げて、木乃香は内包した魔を全力で放出した。

 

「力が……戻って……ぐっ!?」

 

 周囲一帯に広がった魔力を受けたネギは、傷つき疲弊した己の体に漲る力を感じて、直後、こみ上げる吐き気に口許を抑えた。

 そしてそれはこの場でも力の弱い魔法使い、あるいは消耗した者達も同じであった。

 ――直接触れずに、魔力を介して癒し始めている?

 即座にそう結論したネギだったが、癒しの力を跳ねのけようにも、害意のない悪意とでも言うべき呪いに抗う術は無い。直接触れられるよりも遅いとはいえ、徐々に汚染されていく体は、いずれこれまでの者達がそうだったように、最終的には木乃香そのものとなるだろう。

 

 

「あははっ! あはははっ! 大丈夫! ウチは痛いのを全部癒せるんや!」

 

 再度取り戻した痛みの無い世界で木乃香が嗤う。その間にも殺到する木乃香の群れも、さらに癒す速度を増していた。

 切り札を解放して尚、拮抗状態に辛うじて届いただけなのか。

 限界など存在しない。中途半端とはいえ、似た解答ゆえにかつての青山と同等の領域にたった木乃香は、脆くも強固、そして決定的に歪故に、その在り方はある一点では青山すらも既に凌駕してみせていた。

 蔓延する絶望の慈悲。抵抗の意志すらも癒そうとする木乃香の自我に抗う術はやはり存在しないのか。

 誰もがそんな諦めを覚えようとする。しかし、そんな彼らの瞳の先に、ネギと明日菜の小さな背中はあった。

 

「……それでも!」

 

「えぇ、それでも、よ!」

 

 血を吐くように、互いに体を支え合って二人の英雄は絶望を押し上げる。

 まだ立ち向かえと、まだ立ち上がれと。

 それでもと告げる背中は、決して挫けることを知らない。

 

「術式、装填……!」

 

 とうに限界など超えているというのに、ネギは懐より最後の魔法銃を取り出して己の体内へと叩き込む。

 心すらも蹂躙する痛み。

 だが、心が流す熱い痛みが、絶え間ない流血が、流した涙と、裂かれた傷にこもる熱こそ、この体を這い上がらせる力の源。

 

「……行くぞ」

 

「あぁ……まだ、だ」

 

 絶望的な防衛戦を繰り広げていた魔法先生の誰かが口々に呟く。

 まだ行ける。

 まだ抗える。

 まだ、戦える。

 二人の小さな背中より無限大の『何か』が戦う者達の胸に注がれる。

 それはこの体を癒す暖かさとは違う温もり。

 誰かが紡ぐ、誰かが繋げ、誰かが手渡してきた『何か』。

 なんだかわからないそれこそ、善も悪も超えた、人の心。

 可能性を超えた人の意志。

 見えずとも誰の手にも繋がっている熱い鎖を通じて誰かが引っ張られる。その引っ張られた誰かがまた誰かを引っ張って、そうして絶望も癒される今でも顔を上げられるから。

 

「まだ、行ける……!」

 

 どうしても挫けそうなこの心と身体だけれど、挫けられない芯が一本。その煌めきを束ねた雷鳴を従えて、輝く瞳は汚泥を払う。

 

「それが……!」

 

 木乃香は広がる魔力よりその意志を感じで顔を歪めた。

 何故、まだ行ける。

 何故、まだ抗える。

 何故、まだ――戦える?

 

 何故、何故、何故!?

 

「全部治す! 痛いのは嫌! 痛いのは嫌やろ!?」

 

 もう、癒しきるまで時間は幾ばくも無い。

 だというのに追い詰められていると感じた。何故、追い詰められているのか分からないが、木乃香は己が追い詰められてきているのを感じていた。

 しかし、それでも全てを癒す。

 癒して、生きる。

 根底に根付いた在り方は健在。これをもってして、痛みにあえぎ続けるという理解の出来ない在り方をし続けるネギ達を飲み込もうとして、木乃香はそこでようやくもう一つの異変に気付いた。

 

「そ、んな……!?」

 

 口を戦慄かせて震える木乃香の様子の異変にネギは朦朧とした意識で気付く。

 あの動揺は先程の痛みによるものではない。こちらにも意識を向けているが、木乃香の意識が集中しているのは地表。凍り付いた大地の一部。

 

 つまり、刹那なのか。

 

「明日菜さん……! ここが、勝負所です……!」

 

「了解!」

 

 言われなくても、明日菜もここが勝負の賭けどころだと本能で察していた。切れかけの咸卦法をかけなおし、光を纏った剣士は周囲を取り囲む三つの精霊の加護に身を任せ、今宵、最後であろう動揺を見せた木乃香へと一直線に結ばれた道を踏み出した。

 だが、時間はそう残されていない。

 ネギの切り札はその規格外の力に相応しい代償が存在する。発動までの激痛によるネギ自身の戦線離脱もそうだが、何より消耗する魔力の量が著しいために分身を展開出来る時間は短い。

 何より、待っていればいずれ、周囲に充満する癒しの魔力が全てを木乃香そのものへと再生させるだろう。

 この拮抗はいつまでも続かない。だが、木乃香が動揺している今以外に好機は存在しないのだ。

 値千金の勝機。残りの力を振り絞って突貫する明日菜の背中を見た全員も、汚染される体に鞭打ち、同じ思いを抱いて頭を上げる。

 そしてそれは、超も同じだった。

 今ならば、指示による最適解がなくても戦線を維持できる。ならば今、自分に出来ることは――。

 

「ネギ先生!」

 

「超、さん?」

 

 振り返ったネギの表情は痛々しい。だが、傷ついても挫けない姿に超は笑った。

 これが、英雄の息子。

 そして遥か未来で英雄として語り継がれるだろう少年の強さ。

 誰もが意識を奪われた閃光の中、己の為すべきことだけを突き通した英雄の輝き。

 

「サラバだ、ネギ先生」

 

 その強さを見せられて動かぬ者はいない。既に決めていた覚悟をさらに強固として、超は自分の役割を果たすことにした。

 ネギが超の残した言葉の真意を察する前に、超は押し返された戦線の穴を縫うように眼下の氷山へと飛び出した。

 

「ッ……」

 

 超の全身で励起する術式が、その身体に想像を絶する痛みを走らせる。だがその痛みに顔を顰めるような無様を超は晒さなかった。

 大したことはない。全身の穴から血を流す激痛にすら耐えきった少年に比べたら、この身を苛む痛みの何たる甘きことか。

 だがこの程度では足りない。強引に掻き集めていく魔力は微々たるもの。この程度であの氷山を突破できるとは思えないが、この状況で唯一動けるのは自分だけだからこそ、抗う。

 

「……何とか、頑張るヨ」

 

 超が纏う最新鋭の軍用強化服。纏うだけで気を操る達人に近い実力を得られるこの服に秘められた真の力は別にある。

 背中に装着された時間跳躍機(タイムマシン)。世界樹の魔力が満ちる学園祭時にしか使えない彼女の切り札こそ、この身に許された最後の一手。

 だがその行使に必要な膨大な魔力を操る手段が超には残されていない。学園祭時に満ちていた世界樹の魔力は無く、彼女自身はそもそも激痛を伴う術式でようやく魔法を行使できる始末。

 不可能。

 否、今だから、方法はある。

 

「……ぐっ」

 

 激痛を癒す力の波への抵抗を超は諦める。それによって注がれる力を行使して、際限なく術式に注ぐ力を加速させていく。

 偶然が産んだ可能性。なりふり構わず全方位に癒しの波動を振りまいたからこそ、超は逆にそれを利用して己が扱える限界すら超えた魔力を行使する手段を思いついたのだ。

 

「が、ぃ、ぎ!?」

 

 既に許容できる痛みは超えた。意味不明な悲鳴を無意識に漏らしながら、超は燃え上がるように光り輝く全身の術式より汲み取られる魔力を全て、背中のタイムマシンへと注いだ。

 だが、限界を超えても超が行使できる魔力では起動時間は一秒にも満たないだろう。

 

「充分すぎるネ……!」

 

 血涙を流しながら超は壮絶な笑みを浮かべた。

 取り返しの出来ない災禍を世界にまき散らした自分でも、救えるかもしれない命がまだ存在する。

 そしてそれが、少なくない時を共に過ごした大切なクラスメートなら、こんなに喜ばしいことがあるだろうか。

 氷山はもう近い。

 タイミングは一瞬、稼働に必要なぎりぎりの魔力が充電されたのを見計らって、超は氷山内の刹那へとタイムマシンの座標を合わせる。

 重要なのは未来跳躍と空間跳躍。時間跳躍の応用で別の場所へのテレポートを疑似的にだが可能としているからこそ可能な荒業。

 演算時間は少ない。

 起動時間も足りない。

 痛みで脳は回らず、四肢は分厚いゴム越しのように感覚が鈍い。

 それでもと。

 そう、それでもと、言い続けている背中を見たから。

 

「後は任せたヨ、刹那サン」

 

 振り下ろした拳が氷山と激突する。

 一瞬で凍結する己の体など厭わずに、超は背中のタイムマシンを起動させ、脳裏によぎった誰かの笑顔に目尻を細めた。

 

 ――そして。

 

「■■■■■■■ッッッッ!」

 

 半端者の修羅外道に相応しき、半端者の化け物が、月に吠えた。

 

 最期が、始まる。

 

 

 

 




次回、半分こ。


例のアレ

術式兵装『雷轟世界』
オリジナル闇の魔法にして、ネギの切り札。原作だと自身を雷と化したが、本作では分身体を生み出す風精影装の分身を雷そのものの存在にした。現状では三体が限界。とはいえ、作中でも述べている通り、『終わりなく赤き九天』とは別の究極魔法でもあり、完成すればエヴァンジェリン戦で覚醒したAルート青山と互角に戦える代物になるのは確実。
ファンネルのように使用するもよし、拳に纏わせて必殺の一撃を撃つも良しの、魔法使いスタイルのネギにはぴったりの魔法である。ただし、自身が雷化することは不可能。

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