山の向こうから暗雲が立ち込めてきている。先程まで星空が良く見えていたというのに、唐突に現れた暗雲は、まるで世界そのものを浸食するような勢いで空を埋め始めていた。
「こわいね」
窓越しにその空を見上げていた男は、いつの間にか傍に来ていた息子の言葉に「大丈夫さ」と笑顔で答えた。
まだ自分の腰程の背丈しかない小さな息子は、ようやく恵まれた大切な宝物である。安心させるようにその小さな頭を一撫ですると、息子はむず痒そうにしながらも頬を緩めた。
「珍しいわね」
遅い晩御飯の準備をしていた男の妻も不穏な気配を察してか、息子を挟んで男の隣に立って同じように空を見上げた。
とうとう月も雲に飲み込まれ、淡い月明かりがかき消されて、家屋から照らされる光源以外のものが見えなくなる。
「何、きっと精霊の気まぐれだよ」
「そうだといいのだけど……」
未だ不安を拭えないというよりは、明日の洗濯物が外で乾かせるのかを心配しているような妻の不安に苦笑していると、両親の間に立っていた息子がその小さな手を精一杯に伸ばして嬉しそうに笑いだした。
「父さん母さん! 見てよ!」
「おぉ」
「あら」
息子の指さす方向、窓越しに部屋の光源から照らされた外に小さく白い結晶が綿のように降ってきた。
「雪だ!」
言うが早く、息子は季節外れの物珍しい雪を捕まえようと外へと走り出す。無邪気な息子の様子に微笑みながらその後を追った妻の背中を見送った男は、次々に降り注ぐ雪の美しさに小さな溜息を洩らした。
「これは、凄いな」
一つ落ち。
二つ揺らめき。
三つ煌めき。
四つを超えて、無数と夜を彩る雪景色。
季節外れという違和感すら消し飛ぶ程に、儚く降り注ぐ雪に男は暫くの間目を奪われるが、ふと、外に出ていった息子と妻の様子が気になった。
「ったく、風邪をひくぞ」
幾ら雪が珍しいとはいえ、あまり外に出ていると体調を崩す恐れがある。だがぼやきながらも外に出て行った息子のはしゃぐ姿を思い描くと無意識に口許が緩んでしまうのも仕方ないだろう。
さて、折角だから少しだけ遊んでやろうか。
そう思って、男は家の扉を開き――。
二つの氷像が、そこに立っていた。
「え?」
今にも駆けだしそうな脈動感のある子どもの氷像と、その姿を優しく見守る女性の氷像。まるで生きていた一瞬を切り取ったかのような生々しい氷像は、見間違えるわけがない、男の愛した二人と瓜二つで。
「おい、これ……」
どういうことだ?
疑問を言葉にしながら傍にあった妻を象った氷像に男が手を伸ばし、その手に降り注ぐ雪が一粒、寄り添うようにそっと触れた。
瞬間、雪の触れた箇所から全身まで一気に男の身体が氷となり、男は状況を理解することもなくその命を完全に停止させられてしまった。
何が起きたのか。
何をされたのか。
全てを知ることなく、その幸福を蹂躙された男の一家は、しかしまだ幸せだった。
直後、周囲から阿鼻叫喚の悲鳴が幾つも上がった。
家屋に降り注いだ雪が家を浸食していき、触れればたちまち命を凍結させる冷気に追い詰められていくことによる絶望の狼煙。
突如、小さな集落を襲った絶望は僅か数分も経たずに、空より落とした美しき絶望の白にてそこにあった命を全て冷気の海に閉じ込める。
後にはもう何も残らない。
全てが氷獄に閉ざされた世界には、絶望に染められた人々の氷像が残るばかり。
あまりの理不尽。
何も罪を犯していない人々が一方的に蹂躙される悲劇。
だがその悲劇すらも嘲笑うように、全てが氷像と化した瞬間、まるでそれが合図であるかのように氷像が一気に砕け散った。
砕け散った氷像の欠片は、周囲に降り注いだ雪に混じって空へと還っていく。
落ちるばかりの雪が空へと戻る幻想的な光景。
そこだけを切り取るならば、無垢なる白が神の元へと集まっていくかのように神秘的で、犯すことの出来ない崇高な景色だろう。
だが、違う。
その雪の一つ一つが理不尽に奪われた命の欠片。一方的に搾取された魂は、死して尚安息することも許されずに、嗜虐の笑みを浮かべる暗雲の口許へと飲み込まれていく。
暴虐の白無垢。
災厄の暗雲。
世界中に広がり続ける、夜を食らう雪雲の下、魔法世界の存在そのものを脅かす天災の理由を知る者は未だ、災厄の中心で踊る修羅、只一人。
―
降り注ぐ霰に身体を晒しながら、膨れ上がる混沌と評するに相応しい化け物が、天地の全てを従えて俺と言う一個人を飲み干すためだけに力の全てを解放している。
視界は殆ど意味を失っていた。上も下も右も左も前も後ろも全部が全部、エヴァンジェリンという化け物が生み出した氷の結界で構成されており、刃を振るえば何かが斬れるといったあり様。
だから俺は休む暇もなくひなと証の二刀を縦横無尽に振るい続けることで、こちらを押し潰さんとする圧力に拮抗した。零秒だって休む暇もない。少しでも気を緩めれば、その隙を突かれて一気に氷獄へ叩き込まれるのは明白だった。
だが驚くことに、この零秒の生存すら許さない氷の世界は、彼女の生み出す力の余波にしか過ぎない。大抵の達人を凌駕している自負のある俺ですら、刀を振り続けない限り生存が不可能な世界も余技。
ならば、これから叩き込まれるだろう力の総量は、如何程になるというのだろうか? 今でさえ一方的になりつつある戦況で、俺は成す術なく敗北するのではないだろうか?
「エヴァンジェリン……!」
だが、面白い。
彼女の名を呼び、彼女を誇らしいと思う俺の気持ちに嘘偽りはなかった。そんな俺の声を知ってか知らずか、真っ白に閉ざされた視界の向こう側から、聞くに堪えない不気味な笑い声と共に、溢れんばかりの殺気を乗せた声が轟いた。
「まだだ……まだだよ青山……! こんなんじゃまだまだ足りない! 私が貴様に抱いている恋慕には、この程度の地獄は糞程にも届いちゃいないのさ!」
その言葉の通り、一秒もせずに圧力は増し続ける。
際限なく増大する殺意と魔力。体現には届かないと言ったが、ではエヴァンジェリンの殺意を表すには、どれほどの力が必要だというのか。
面白い。
とても、楽しい。
「だから、斬ろう」
刹那も経たず、斬り裂き続ける空間を斬り広げる。とりあえず斬ろうと思えば、ほらこんなにも斬ることは容易かった。
俺の知覚領域全てを掌握したエヴァンジェリンの力は圧倒的だ。
でも斬る。
だけど斬れる。
こんなにも、呆気なく、斬れてしまうのか。
「……そんな、悲しい顔をするなよ」
俺の虚しさを感じ取ったのか。斬り開かれた視界の先、エヴァンジェリンはくしゃくしゃに顔を歪めながら、申し訳なさそうに瞳を揺らがせた。
違う。
むしろ、申し訳ないと思ったのは俺のほう。
だって、こんなにも簡単なんだ。
こんな呆気なく、俺を脅かす全てすら斬れちゃうのかと思えてしまったんだ。
そうだ。
君の殺意をこの程度と思った、俺の傲慢。
「すぐに、楽しませてやる」
エヴァンジェリンはすぐに表情をいつもの邪悪なものに戻すと、遥か天空に展開した暗雲へと手をかざした。
その手に吸い込まれるように暗雲が渦を巻きながらエヴァンジェリンの掌へと収束していく。耳に響く風の声は、さながら苦悶の声をあげる人間の怨嗟の如く喧しい。
「言ったろ? 貴様の元に行けるなら、私は百億の骸ですら躊躇しない」
否、如くではなく、文字通り。
エヴァンジェリンの言葉はまさに、この手に注がれる暗雲こそが積み上げられる死骸なのだと告げていた。
そして、一体どの程度の命を貪り食らったのか。これまで以上の力がエヴァンジェリンの身体より発露する。爆発したように広がる力の余波は、咄嗟に証とひなで斬らなければ即死していたと思える程。
だが、これでまだ前座。
その証拠に広がり続ける暗雲は未だ全てがエヴァンジェリンに注がれていない。
「世界樹の魔力を用いた魔法だ。既存の魔法を合わせて即席で作り上げた魔法だが……くくくっ、この胎で蠢く命の絶望を聞くと、我ながら随分と素晴らしい魔法を編み出したと思えるよ」
出血を続ける胸の傷から腹までを指先でなぞり、混沌蠢いているだろう己の臍の下部分を小さな掌が官能的に蠢く。そこで絶叫を上げ続ける人々の怨嗟に顔を蕩けさせながら、その殺意が注がれている相手は俺一人。
あんなにも混沌としながら、想う相手は俺だけだという事実に、やはり救われる。
例え、君が世界を破壊する恐ろしい化け物だとしても。
だからこそ、救われているのだと思うのだ。
「なら、早くしろ吸血鬼」
故に、斬る。
だけど、斬れてしまうから。
まだ、斬れるのだと分かってしまうからこそ。
「今のお前は、斬るに容易いよ」
それでもエヴァンジェリン、お前なら――。
―
青山響は強い。
その強さは最早、エヴァンジェリンがかつて戦った当時の強さすらも超えて、人の域の限界すらも突き抜けたところにあるだろう。
個としての力でなら、今の響を凌駕する存在は居ない。
ジャック・ラカンやナギ・スプリングフィールド。そして大戦の時に暗躍した原初の何か、造物主でさえも響と対峙したならば敗北することだろう。
そしてそれはエヴァンジェリンにも当てはまることである。化け物としての極みに至ろうとも、極みを超えた個として成立した響と同じ目線に立つことは出来ない。
修羅。
そう在れと姉との戦いで自覚した男の閃きに匹敵する者は居ない。
だがしかしそれはあくまで個として比較した場合の話。究極の個に成りかけていた近衛木乃香に、仲間の力を束ねて、遂には木乃香を連れ戻すという勝利を手にしたネギがそうだったように、人も化け物も関係なく、合わさった力は究極の個にすら牙を突き立てる可能性を秘めているのだ。
故にエヴァンジェリンがそれを選択したのは当然の帰結だった。ネギと同じく、誰かの力を支えにして、遥か高みに立つ男の喉元へと飛び上ると決めたのだ
だがネギと違うのは友の絆を束ねるのではなく、見知らぬ誰かの全てを隷属させる化け物の絆の在り方。
友情と言う名の殺戮衝動。
根源に根差す殺意のままに、エヴァンジェリンは世界に向けて己の我意を吼え滾る。
ここに居るぞ。
貴様らの敵が、倒すべき化け物がここに居るぞ。
さぁ抗え。
さぁ立ち向かえ。
私は一方的に貴様らを搾取する。そして女子どもも老人も、あらゆる例外も無く一片の慈悲すら与えずに貪り食らおう。
だから抗え。
だから立ち向かえ。
今、私の前に立つ男のように。
かつて、私に太陽の暖かさを教えてくれた男のように。
貴様らが人間としての矜持を持つならば。
「私を殺せ! 青山ぁぁぁぁ!」
人間大の氷塊が無数と吹き荒れる暴風がエヴァンジェリンを中心に広がる。それは最早、生物の生存を許さぬ死地であった。あらゆる一切が風雨に氷結し、氷塊に潰され、ぶちまけ、あるいは凍てついた全てはエヴァンジェリンの血肉となってその全てを酷使されてしまうだけの空間。
化け物すら超えたというのか。
化け物すら超えねばならなかったのか。
その答えはこの死地で唯一生存する個。斬撃空間を生み出して死地を切り開く青山響という修羅の存在。
強者も弱者も等しく即死する絶望の中心で、重ね響き合う剣戟は殺到する殺意を悉く斬り開いた。
「ッ!」
終わりなく赤き九天の茨が、隷属した機械人形の掃射が、そして今も吹き荒れる氷の嵐が、修羅として外道を超越した響すら苦悶させる破壊となる。
荒ぶる世界で、響は虚空瞬動で嵐に無数の道筋を描いた。斬り開く斬撃の道標を旗印に、円を描きながら虚空で指揮を執るエヴァンジェリンをその眼に捉える。
「だが、斬る」
斬ると決めた。
殺せと言うから。
お前を斬るのだ、エヴァンジェリン。
その行く手を阻むのは全方位を埋め尽くす氷の結界。一ミリの隙間もなく敷き詰められた殺意達は、一粒でも体に触れた瞬間に即死確定の理不尽の結晶。
だが斬る。
だが斬れる。
「エヴァンジェリン……!」
荒波のように響を包み込んだ氷が一瞬で斬り捨てられて霧散した。そしてその中から飛び出した響は、エヴァンジェリンが二手目を放つ前に懐に飛び込むと、遂に射程に捉えた斬撃をその心臓目掛けて振りおろし――。
「……87059039人と67119305匹」
甲高く響き渡る音色。
澄んだ青の眼を見開く響と交差する殺意の眼光。
振り下ろした斬撃を受け止めたのは、響の証と同じ長大な野太刀を模した二対の氷刃。
「届いたぞ、青山」
人と化け物。等しく貪り食らった命の数、総勢約一億五千万の生命。小さな国家の総人口では足りない程の命を糧にして、その全てを己の殺意で染め上げた蒼き氷の刃。濡れ滴る殺戮本能が生み出した一つの超越は、個でありながら群を超えた超越と並び立つ。
響の驚きは己の斬撃に匹敵する力をエヴァンジェリンが手にしたことへの驚愕と喜びだった。いつの間に一億五千万もの命を貪ったことへの疑問は存在しない。世界樹を媒体にした災厄の息吹をしても、それ程の贄を得るには長い時間が必要だったはずだ。
だが現にエヴァンジェリンは命を貪り、響に斬られる直前で届くことに成功した。
それ以上でも以下でもない。
エヴァンジェリンの愛は、一億五千万の命程度を容易に集めるだけの狂気だったというだけのこと。
だからこそ。
「でも、斬る」
響は淡々と告げる。
迷いはない。
斬られることを防がれた。
それがどうした?
「お前だから斬りたいんだ」
激突した刃に力がこもる。今もまだ吸い上げられ続ける命を力に変えて刃を受け止めるエヴァンジェリンの渾身に、響もまた同じく超越した道を進む者として答えたかったから。
「ッ!? ぐ……!」
交差した互いの二刀。徐々に己に向かって押し出される響の刃を見てエヴァンジェリンは苦悶した。
まだ足りないのか?
違う。
先程は確かに足りていた。
あの瞬間、一億五千万の命とエヴァンジェリンの殺意を合わせた超越は、青山響の修羅に届きえた。
だが今まさに青山響は超えている。
今よりも斬る。
今よりも斬れる。
今よりも斬りたい。
今よりも斬り続ける。
斬るために斬るという不変を超えた、斬ることすらも斬るという永劫超越にて今よりもさらに前へ。
無限に前へ。
終わりを斬ってさらに前へ。
「青、山……」
あぁ。
だから、エヴァンジェリンは分かってしまった。
無限を超え続ける斬撃。
超越し続けるから修羅道。
それは。
それはなんて――。
「だが……!」
一瞬だけ浮かんだある感情を己の中で噛み殺し、エヴァンジェリンは吸い上げ続けている命をさらに叩き込んで響を強引に弾き飛ばした。
そんなエヴァンジェリンの底力に響は隠し切れない喜悦を眼に滲ませた。
待っていたぞエヴァンジェリン。
俺の愛しい小さな子、誰よりも傲岸不遜で、殺して食らうためだけに命を啜る不死の化け物。
永遠に幼き闇の福音。
小さき身体に無限の殺意を宿した、世界で唯一の化け物よ。
「お前なら来ると信じていた」
誰も来ないかもしれないと思っていた。
誰も追いつけないかもしれないと思ってしまった。
それでも斬ることが存在理由で、姉に誓った約束を違えることなく俺は無限に斬るしかないから。
だけど、斬りたくない相手を、俺でも斬れない相手を望んだ。
斬るけれど、斬りたくなくて斬れない。
矛盾している。だが響はその矛盾を望んでいた。
そして今、彼が望んだ矛盾を体現する怪物が目の前に居る。
斬撃に拮抗する殺意。無垢に匹敵する狂気。
愛しい修羅場を共有する友よ。
「もっと、楽しもう」
俺に
相反する故、成立した矛盾解答を喜ぶ響に、エヴァンジェリンも応と吼えた。
「あぁ! 私と貴様の無限舞踏だ! きっと楽しい! 絶対に楽しい! 果てを求めて果てを欲さぬ絶対矛盾の狭間で、永劫無限の修羅場を! 貴様と! 私でぇ!」
絶叫の間に手にした二刀が四散して、虚空に無数の
久方ぶりの手に響く痺れ。あり得ぬ事態に僅か目を剥いた響は、内心よりこみ上げる喜びにとうとうダムが決壊したような大声で笑いだした。
「凄い! 凄いよエヴァンジェリン! 斬れないんだ! 斬りたいよ! でも斬れない! ははは! 凄い凄い! 何だこれ!? 何だよこれぇ!」
証とひなの二刀が世界に渦巻いていた冷気全てを凝縮して生まれた氷槍を斬ることが出来ずに弾くだけに留まっている。
辛うじて矛先に切れ目を入れることは出来ているが、その程度の欠損は次の一撃に移るころには修復出来ているため、実質の欠損は無し。
斬れない。
斬ることが出来ずにいる。
響は胸に懐かせた絶対を崩壊させる現象の発露に歓喜の悲鳴をあげた。
「くは! だがこの程度はまだ前座だぞ青山!」
時間を稼ぐための暴風雨を展開する必要はもう無い。余分な魔力は命を搾取する空の暗雲に全て注ぎ、残りの全霊を今操っている氷槍五本と、指先より伸ばした十本の氷爪に叩き込む。
二刀に比べて強度は落ちるが、この爪と槍は響の斬撃でも一撃で斬ることは出来ない異常の産物。内包された命があげる怨嗟の絶叫すら聞こえるような呪詛の込められた指先に軽くキスをして、エヴァンジェリンもその身を二刀の乱舞へと突貫させた。
「貴様は、私が直接吸い殺してやるからなぁぁぁぁ!」
「もっと! もっともっと斬らせてくれよぉぉぉぉ!」
氷に閉ざされたかつての荒地の中心で、二つの超越がぶつかり合う。
瞬間、激突の余波が周囲の荒地の全てに波及していった。
氷の大地が無数の斬撃で斬り裂かれて塵となっていく。
そしてその塵を氷結させた粒が世界全土へ広がり、斬撃と殺意の込められた塵は大気すらも侵し、空を流れる空気が斬撃を内包した冷気の風となって吹きすさんだ。
その風を受けた大地が凍り付いた矢先に細切れに斬り捨てられていく。共に人と化け物を超えた者の一撃は、余波だけで世界に悲鳴をあげさせる狂気の産物。
二撃、惨劇。悲惨と連なる狂気の蹂躙は、ぶつかり合う刃の残響が空を波及する度に世界そのものを互いの自我で埋めていく。
その日を、魔法世界の住人は忘れないだろう。
降り注ぐ雪で命を奪われていく惨劇。
波及する斬撃の音色に狂い隣人が狂人と成り果てる悲劇。
吹き荒れる風に触れただけで凍り付き斬られていく、まるで出来の悪いコメディーのような喜劇。
もう誰も止められない。
その超越を、止めることなんて出来はしない。
青山響。
エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。
互いに互いしか見えていない愛の巣を終わらせられるのは、どちらか一人のみ。
俺か。
私か。
お前か。
貴様か。
無限に続けと願った修羅場を、刹那で散らせと嗤う二人が超えた世界。
「愛してるぞ青山!」
「俺も! お前を!」
今、極み過ぎ去り超越で、世界を終わらせる純愛よ。
「愛してるんだ、エヴァンジェリン!」
その華を、散らせ。
次回【そう、お前は――】
もう誰も、届かない。