【完結】しゅらばらばらばら━斬り増し版━   作:トロ

77 / 80
【なんて様】

 

 俺の話を聞きたいって?

 ってことはアンタ、もしかして地獄に行くつもりかい?

 ハッ、どうやら随分と腕に自信があるようだがやめとけやめとけ。アンタじゃアレに出会った瞬間あの世に行っているだろうさ。

 だから教えろって?

 成程、無鉄砲な馬鹿っていうわけではないか。少なくとも身の程を知らない馬鹿なだけってことだな。

 おいおい、そう怒るなよ。

 別にアンタを侮っているわけじゃないんだ。ただな、アレを知っている身としては、そうさなぁ……。

 まぁ、いいか。

 別に渋るような話じゃあない。どうせアンタはもう二度とここには戻ってこないし、俺は世界に蔓延る狂人を悉く駆逐した英雄様に渋る程偉い人間じゃないしな。

 さて。

 何処まで話したか……って何も話してなかったな。

 そうさなぁ。

 何処から話すべきか……。

 うん。

 あれは、そう、十年前の話だ。今となっちゃ全盛期を過ぎて衰えてきちまっているが、当時の俺と仲間達は、アンタも知ってるだろうが結構名の知れた賞金稼ぎだったんだ。

 あの日。

 そうさ、あの世界が変わっちまった日から現れ始めた狂人共が今よりも大量に居たころ、俺達はあいつらのことごとくを根絶やしにしてやった。

 そんな時さ、例のアレが見つかったって噂が流れたのは。

 そうだ。

 もうあいつは十年もずっとそこに居る。

 火星。

 あるいは魔法世界。

 一気に奪われた魔力のせいで世界を維持すら出来なくなって、十年前の時点でもうちょっとした街程度の規模しか残ってなかったかつての栄光の残骸跡。

 あそこにあいつは居るって話になった。

 世界を終わらせた怪物。

 人類の怨嗟の代表。

 だがそんな眉唾な話を俺達を含めて他の同僚もどいつもこいつも信じていなかった。

 たった一人で世界を終わらせた?

 あの狂人共の根源がアレ?

 魔法世界を残骸にした?

 ふふ、分かるよ。アンタも眉唾だと思っているんだろ? あぁ、分かっている。勿論アンタもアレが見つかってからの十年で未だに誰も取れていないことは承知なんだろ?

 だが世界を終わらせたっていうのは眉唾だとアンタは思っているわけだ。くくくっ、随分とめでたい思考だねぇ……っと、悪い悪い。だから怒らせるつもりはないんだって。若いなアンタ、昔の俺を見ているみたいで懐かしくなってくるよ。

 さって、話が逸れちまったな。

 ともかく、当時の俺達もアンタと似たような、いや、アンタよりもアレを軽く見ていたんだ。

 どうせ本当の元凶の政府が用意した体の良い羊ちゃんなんだろと。こうして悪意を集める対象を作って戦うことも出来ないカス共の溜飲を下げさせるつもりなんだろうってな。

 はは、随分と舐め腐っているなって?

 分かっているさ。

 だが俺達はアレが出始めた頃の人間だ。アレが出てからの十年でやらかしたことを知ってりゃ、流石に手を出すことは控えていただろうよ。

 魔法と科学の混成部隊の壊滅。

 転移魔法による一方的な絨毯爆撃の失敗。

 現存するありとあらゆる化学兵器の投下の不発。

 その他、数々の腕利き達があっちに行ってから消息不明。

 極め付けが、アンタを含めて一部の奴しか知らないが、我らが英雄ジャック・ラカンとタカミチ・T・高畑を筆頭とした精鋭部隊の全滅だ。

 この十年でアレがやったことは数知れない。

 だから政府も含めて誰もがもう奴に手を出すのを諦めちまった。今じゃ何も知らずに賞金に吊られた素人か、アンタのように腕自慢の馬鹿くらいしかアレの所に行こうとはしないくらいだ。

 だから。

 そうさ、だから俺達は行ったよ。

 人生を十回は豪遊して暮らせる金だ。疲弊しきった今の世界じゃ破格の賞金だからな。どいつもこいつも我先にとあの地獄に突入したよ。

 ん?

 あぁ、これな。

 様ぁないだろ。あれから十年経ってるってのに、あの時を思い出すだけで体が震えてきちまうんだ。

 偶々最後に突入して、たった一秒だけ動ける時間があったから生き残れただけなのにな。

 お。

 初めて驚いた顔を見せたな。

 アンタの思っているとおり、俺を含んだ当時の賞金稼ぎの殆どが結託して突っ込んだ魔法世界。

 あれだけ居れば一つの街だってあっという間に消し飛ばせる戦力が集まったってのによ。

 一秒だ。

 俺達は、たった一秒アレの目の前に立っていただけで全滅した。

 悪いな、長々と話に付き合ってもらったってのに、俺が言えるのはこの程度のことなんだ。

 相手の特徴とかかい?

 おっと、それは重要なことを言い忘れていたな。怒るなよ。俺だって思い出すのすら辛いことなんだ。きついやつを腹に落としながら話さないとまいっちまうんだ。

 ……。

 ……。

 はぁ……。

 青い、まるで青空のように澄んだ眼の男だった。

 襤褸切れみたいな服でよ、武器なんざ一切もってなかった。

 だけど、ありゃありえねぇ。

 三日月って知ってるかい? はは、そりゃ知ってるか。なんせお空にずっと浮かんでるんだからな。

 じゃあアンタ、三日月で斬られると思ったときはあるかい?

 無いか。

 まぁ、普通はそうだよな。

 アレは、空の三日月で斬られるような絶望感だった。これまで立っていた地面も綿菓子みたいにふわふわでよ。走馬灯すら走らない絶望と、諦め。

 俺はここで斬られる。

 どう足掻いても、斬られてしまう。

 あの鋭い弧に斬られて、死ぬ前に斬られちまう。

 そういうのだったよ。理屈じゃないんだ。アレを目視出来た時点で俺達に残された道は斬られることだけだった。

 だが、どういうわけか俺は偶然起動した帰還の魔法に乗って脱出出来た。

 今でも不思議なんだ。俺はどうして斬られてないのかってな。

 いや、もしかしたらもう斬られちまってるのかもしれねぇ。

 毎晩、いつもいつも、起きてから寝るまでも、ずっとずっと。

 俺は斬られてるんじゃないかって思うんだよ。

 でもよ、こうして俺はここに居て、今じゃあの怪物を前に唯一生き乗った凄腕なんて言われる始末だ。

 冗談じゃねぇ。

 俺は生き残ったんじゃないって何度も言ったのにあいつらは謙遜だと聞きもしねぇ。

 俺は斬られたんだ。

 俺は斬られたのにここに居る。

 違う。

 俺は斬られてない。

 なぁ、そうだろアンタ?

 俺は斬られてないよな?

 だって俺はもう斬られてるんだから。

 斬られることなんて、ないよな?

 

 

 

 

 

 かつて、魔法世界と呼ばれていた世界があった。

 地球で発展した科学の常識を嘲笑うような超常現象である魔法文化を独自に発展させていったその世界では、地球の科学力を遥かに凌駕した圧倒的な個の能力を持つ者達が多数存在していた。

 だがそれも十年以上も前の話。

 今や、魔力を根こそぎ奪われ尽くして消耗しきった大地には生命の息吹は存在せず、残されたのは街一つ分程度のか細い土地のみ。

 命の息吹など殆ど感じられない壊れた世界。

 最早、資源としても利用価値のない、後は忘れ去られるだけの大地に、男が一人現れた。

 世界が壊れた日より、隣人すら信じられない世界で信じられる唯一無二のもの。つまりは己自身の力というものだけでこれまで生きてきた男は、地球に蔓延していた狂人の群れをたった一人で斬り捨てた英雄。かつての大戦を生き抜いた英雄と双璧を為すと言われる力を見せた男は、大規模な狂人の討伐の成功という、人類にとって復興の一歩となる作戦を終えたことで、己が地球で出来る役割を終えたのだと察した。

 己と並び立つ者は居らず、戦いの火種が消えた世界では、己がこの動乱の中で研ぎ澄ました力のぶつけどころは確実に失われることになるだろう。

 冗談ではないと思った。

 いっそのこと今度は自分が世界の敵として立ちはだかってやろうかとすら思った。

 だがそんな時ふと思い出したのは、SSS級の超危険レートの賞金首。十年前よりこれまで、場所が特定されているにも関わらず未だ討伐されていない、文句なしの世界の敵のことだった。

 たった一人で世界を相手取る力。

 その馬鹿げた噂を、男はしかし否定するつもりはなかった。

 何せ自分もまた世界を相手取れる力を持っている。たった一人で今の人類を全て相手にして、勝てはしないだろうが壊滅的な被害を与えることくらいは出来るだろう確信がある。

 ならば、誰も討伐していない賞金首もそうなのだろう。

 男は小さく喉を鳴らした。

 最強故の退屈をお前なら癒してくれるだろうと。

 噂に違いない実力ならば、俺を少しは楽しませてくれるだろうと。

 だから男はこれから始まる戦いへの歓喜に胸を躍らせながら、事前に体内で練り上げた咸卦法を発動させて、己の存在を残骸と化した世界へと解き放った。

 さぁここに来い。

 ここに来て、どちらが最強か白黒つけようじゃないか。

 滾る鬼気と充実する力。自惚れでもなく、他を圧倒する力を誇示した男が数秒挑発するように力を放ち続けていると、その鋭敏な感覚が背後より近づく気配を察した。

 やっと来たか。

 実は勝手にくたばっているのではないかとひやひやしていた。

 だが――。

 

「あ……ぁ?」

 

 そうして、振り返った男は、あらゆる思考を一切手放して茫然とした。

 

 まるで地獄の亡者のようにボロボロの衣服の残骸を纏った男がそこには立っていた。

 ぱっと見た印象は、街ですれ違っても記憶の片隅にすら残らないだろう凡庸なものである。襤褸切れより見える身体はしっかりと鍛えられているようだが、平凡な印象が変わる程のものではない。

 だが、男はソレを見た瞬間に全てを察した。

 男がこれまでの人生で積み上げ、勝ち取ってきた栄光の数々と、他の追随を許さない力。

 そんなもの、ゆっくりと近づいてくるアレには何の意味もない。

 底が見えないのにどこまでも透き通った蒼穹の眼。

 表情など一切浮かんでいない無貌の顔。

 凡庸?

 馬鹿な。

 上から下まで、無駄など一切ないその鋭さは、さながら一本の刃。だが、人間らしい感情を感じられる瞳と合わさって、まるで人間と刀が一体化したかのような何か。

 それが男に近寄っている存在の姿だった。

 一身に鋼。

 一本に刃。

 一筋に刀。

 振るうその身の名前こそ、人は修羅と恐れを込めて告げるのだ。

 担うその身の生身の冷徹は、あらゆる一切を悉く斬るのだと何も言わずとも突きつけてくる。

 男は全てを理解した。

 そういうことだったのだ。

 唯一生き残ったという男が言っていた意味不明な言葉を男は今わの際でようやく理解する。

 斬られるのだ。

 死ぬ前に斬られ、殺される前に斬られ、戦う前に斬られ、きっと、出会う前にすら斬られていた。

 世界を相手にしてみせた?

 違う。

 この男は、もう既に――。

 

「……何で、来たんだ」

 

 最強を自負していた男が最期に聞いたのは、いつの間にか間合いを詰めた修羅の、あまりにも悲痛な言葉であった。

 

 

 

 

 

 また一人。

 また、俺の前に現れてしまった俺の希望が斬られて散った。

 

「……少しだけ、期待していたんだ」

 

 俺の世界に現れた名も知らぬ男の、挨拶代わりの力の発露。あれがもしも呼吸する程度の発露だったならいいのにと期待しながら姿を現した。

 でも、結果はあの発露が骸となった男の全力だったのだと分かってしまった苦しみが心を締め付ける。

 その力がかつて俺の前で敗れた英雄達と遜色なかったことも、心を苦しめる要因だった。

 

「なんで、もっと強くなってから、来なかったんだい?」

 

 問いかけても、答えは返ってこない。

 当然だ。だって俺は男を斬った。息を吐く程度の労力で、この男を一瞬で斬ることが出来たのだ。

 何故と言う問いは、斬られた以上は無価値に等しい。

 また一人、俺は俺の望む修羅場をもたらしてくれるかもしれなかった人を失った。

 胸に空いた大きな穴を埋めることは出来ない。

 エヴァンジェリン。

 そうさ、お前が言った通りだった。

 ネギ君。

 そうさ、君が言った通りだった。

 強くなりすぎた自分と。

 弱くなりすぎた自分と。

 合わさった果てがここで。斬り捨てたものを拾う術がない以上、俺は二度とかつて立っていた場所に戻ることは出来ない。

 

「……だから、もういいだろ?」

 

 見渡しても誰も居ない。出会えば斬らずにいられないから望んだ孤独だけれど、俺はこのまま死ぬまでを孤独で過ごすことになんて耐えられるとは思えなかった。

 だって、斬れるんだ。

 この残骸みたいな世界を超えた先に、俺が斬れるものが無数と存在していて、ならば俺はそれを斬らずに孤独に沈むことなど出来るだろうか?

 

「可能性とか、強すぎるとか、もうどうでもいいんだ」

 

 斬れないものを斬れることを求めて、斬れるものを斬れないことを願った。

 故に俺はここに居る。

 そして、俺は未だに進み続けている。完結の向こう側、終わることのない終わりの斬撃を。果たして後どの程度待てばいいのだろうか。かつて成長を待たずに斬ってしまったネギ君ではなく、俺と同じく強さの限界点を超え続けて成長する者が現れるのを俺はずっと待つばかり。

 思い返せばもう随分と長く待ち続けたような気がする。あの日を境に、俺の望む強者を求めるために逃げ続けてから。

 

「そう、十年だ」

 

 不意に呟いた一言は絡まった痰のように粘着質で、汚泥のように苦々しく、鉛の如く重かった。

 十年、か。

 言葉にすると重さが違う。十年もあればもっと無数の強者を斬り、そしてもしかしたら斬れない相手と巡り合えたかもしれない。

 いや。

 何を考えている?

 今の俺が十年も放浪して斬っていれば、その半分の期間もせずに全てを斬れる。そういった確信がある。

 だから俺は逃げて、ここに引きこもり。

 違う。

 何で逃げている? 斬れない相手に出会える可能性があるなら逃げずに放浪すればよかった。

 違う。

 俺はネギ君の二の舞を産みたくなかった。もしかしたらいずれ俺に届くかもしれない希望を斬ることになりたくなかったから俺は逃げた。

 違う。

 逃げる?

 なんで?

 逃げて、俺を凌駕する誰かが出るのを信じる?

 違う。

 違う、違う。

 違う!

 違う! 違う!

 俺は十年も!

 

「十年も、俺は何をしてた!?」

 

 瞬間、十年ぶりに俺は叫んだ。

 まるでその言葉こそ俺を押しとどめていた栓のように、漏れ出た言葉と共に枯渇寸前だった感情が溢れ出てくるのを感じた。

 

「お、俺は、十年も待ったんだ……! 君があんなことを言ったから……! 君、君が……!」

 

 ネギ……。

 ネギ・スプリングフィールド……!

 君が俺に呪いを残した。エヴァンジェリンが残した悲しみを知らずとも、君がその悲しみに付け込んで俺に呪いを刻み込んだから……!

 

「あっ……」

 

 その時、ようやく俺は気付いた。

 

「ま、まさか……」

 

 もしかしてネギ君は初めから、俺を倒すことが出来ないと思っていたんじゃないか?

 だからこそ、俺がこれ以上何かを斬らないように、俺を押しとどめる言葉を最期に残したんじゃないか?

 

「だったら……だったら……! お、俺、俺は……!」

 

 気付けば簡単なことだった。疲弊しきった自分にすら届かなかった二人が、いずれ俺に届くかもしれなかった?

 違う。あの二人が俺に届く可能性はあの時、あの瞬間にしか存在しなかったんだ。

 だって今の俺は十年前の俺を片手で斬れる。何もしなくても、俺という修羅の力はそれしか知らぬと進み続け、超越し続けている。

 限界なんて無い。

 否、限界の壁を常に斬りながら俺は強くなっている。

 ではそれを望めないあの二人が将来俺に届く可能性なんてあったか?

 あり得ない。

 エヴァンジェリンはそれが分かっていたからなりふり構わず俺を殺そうとしてくれた。そしてネギ君は、こともあろうか倒せなかった時の保険として……。

 

「……は、はは」

 

 道化か。

 少し考えれば分かるようなことにも気づかず、いや、気付いていながら目を逸らし続けていた。

 だって、ネギ君のあの言葉が真実なら、この世界はもう……。

 

「はは! あははははは! ひゃひゃひゃひゃ!」

 

 くだらない未練に付け込まれて、俺はこの十年なんて様を晒し続けていた!

 十年も!

 これが、嗤わずにいられるか!?

 

「馬鹿だ! 俺は! お、俺はどこまで愚鈍なんだ!」

 

 所詮は天賦の才に魅入られただけの愚かな凡人だった。そんな人間の未練をネギ君のような天才が見抜けないわけがない!

 

「だけど……!」

 

 これはあんまりじゃないか。

 俺を騙したのか。唯一無二の勝機を掴めなかった保険として、俺に呪いを残す算段までつけて。

 それが英雄。

 違う。

 それが人間。

 弱みに付け込んで狡猾な一撃を刻むのも人間。

 そして少し考えれば分かるような言葉に騙された俺も人間。

 結局は人間だ。

 俺も!

 ネギ君も!

 どうしようもなく人間で!

 そんな人間に練り上げられたのがこの修羅の身体ならば!

 

「斬るぞ……!」

 

 塵一つも残さない……!

 俺と貴様らが練り上げた修羅が斬るしかないというのなら……!

 

「斬ってやる! 全部だ! 斬って斬って斬って斬って! 全部斬ったあとに斬られたものも斬って! 斬られたのに斬られたものをまた斬って!」

 

 おかしいな。

 笑っているのに涙が止まらない。

 だってもう嘆く必要なんてないんだ。

 気付けば簡単。人間の抵抗が刻んだ呪いを斬り、全部が全部斬れると知った今、斬れなくなるまで斬ってみればいい。

 何れ、俺の周りから何もかも無くなるまで。

 俺は立てた人差し指で目の前を円状に斬った。くり抜かれた空間の向こう側に広がるのは、ついさっきまで俺が希望と呼んでいた人間達が残された楽園。

 懐かしい、地球よ。

 吊り上がった口許がいっそう鋭い弧を描く。

 この先に、無数の可能性が存在している。

 平和な日々。

 争いの絶えない戦場。

 小さな愛の形。

 多種多様に広がる様々な営みの形も、俺の眼にはもう斬れるものか、斬られたものかにしか映らない。

 

「は……は、はは……」

 

 躊躇はあった。

 この境界を踏み越えれば俺はもう二度とぬるま湯のような希望に踊らされない代わりに、永遠に俺の望みを叶えることなんて出来ない煉獄に身を置くことになる。

 

「だからどうした」

 

 後悔することになるだろう。取り返しのつかない過ちを犯し、一時の感情に任せて全ての可能性を斬ったことに膝を屈する未来は見えている。

 だけど俺は知っている。

 俺だけは俺という存在がどういった修羅なのか分かっていた。

 大丈夫だエヴァンジェリン。君が嘆いた俺の孤独すら、いずれ俺は斬って捨てる。

 そしてまた斬る。

 いつまでも斬って。終わりなんてない斬撃世界にただ一人。

 

「是非も無い」

 

 永遠すらも尽きるまで。

 俺を、誰も終わらせられないならば。

 

「斬れば……」

 

 いつだってそうしてきたように、俺はずっと斬ればいい。どうせ誰もがそう望んでいる。俺が俺である限り俺は斬るのだと、他ならぬ俺自身がそう思っているから。

 だけど、本当は斬りたくなんてない。俺も含めた誰もが、俺が斬るしか出来ない男だと思っていても、斬れない何かを斬りたいと思うたった一つの祈りを否定させやしない。

 なんて。

 どんなに俺が望もうとも、俺が俺である限り、結局はその希望すらも斬る。この世に息をする人間として初めて呼吸した日より今まで、最早、俺と修羅は俺という人間を置き去りにして、歯止めの利かない何かへと肥大し続けている。

 ならば、もう俺自身の望みも、ましてやこの身に刻まれた呪いも、愛も、全て意味無きもの。

 そう思うことを悲しいと思えることが、きっと俺に下された唯一の罪と罰なら、甘んじて全てを受け入れよう。

 

「ははっ……」

 

 不意に見下ろした掌には、かつて握っていた鋼鉄も残せず、赤く濡れた指先が刃の代わり。

 ならば、この鋼鉄の(かいな)が、過ちの咎ごと望みを断ち斬るばかりであれば――。

 

「なんて様」

 

 信仰せよ。

 我が身、斬れぬもの無し。

 

 そういうことだと、俺は嗤った。

 

 

 

 




あとがき

『人間』、青山響の物語、これにて終了です。

とまぁ、ここまで読んでいただいた読者の皆様、まずは完結までに長い期間が空いてしまい申し訳ありませんでした。まぁあれ、他の小説書いたり自転車で色々回ったり仕事であくせくした り手首のリハビリで書けなかったりそもそもやる気がなかったりで遅れましたが、こうして完結を迎えることが出来たのは待ってくれた皆様のおかげです。改めて感謝を述べさせてください。ありがとうござました。
結局、世界にオリ主は再び解き放たれ、ネギの健闘も虚しく全斬りエンド。しかしオリ主の心情としてはあっさり斬られた世界に絶望してなんてこったなバッドエンド。どいつもこいつも損しかしてないって感じですね。
さておき、しゅらばらもこれでBルートが完結で、残すところはCルートとも呼べる一話のみのトゥルーエンドを残すばかりとなりました。同時更新となりますので、実質これにて完結と言ってもいいでしょう。

では、ここから先は恒例の長い後書きとなりますので、そういうのが苦手な方や読了感を壊したくない方はここでお別れです。ここまでありがとうございました。










Bルート全体としてはなんと25万文字程度の長さになってしまいました。というのも、もともと、BルートはAルートと殆ど変らない内容で、Aルートの流れを引き継ぎながら、青山に汚染された木乃香と刹那の死闘、明日菜との共闘を選んだネギの足掻き、その果てにラストでナギと共闘して、青山にネギがトドメを刺すというお話となっていました。ある意味ではこれこそグッドエンドとも呼べる終わりだったのかもしれませんが、これではあまりにも青山が救われすぎていることと、更新停止中に書いたオリジナル作品である臓物侍で、もうちょっといけるんじゃね? と何をトチ狂ったのか考えた結果、木乃香と刹那の部分とネギと明日菜の部分を結合させて、そこを主軸に一からプロットを書き直したのが、バッドエンドのBルートでした。だからすっごく長くなったのよね。うん。

そのうえでいつも通りに何かしらテーマを据えてみたのですが、今回のテーマはもう直球で『最強』です。行き着いた強さを超えて、行き過ぎた強さがどんなものか、そしてそれを手にした人間がどんな絶望を覚えるか。そこを意識して色々と書いたつもりです。

イメージとしては地上最強の生物的なアレ。それでも進まないわけにはいかないと決めた青山は、己を倒す者が出ないことを理解しながら、絶対にありえない可能性を求めて死ぬまで世界を放浪することでしょう。ですが世界を相手に勝利してしまった青山の願望を成就させる相手は過去にも未来にも存在せず、そもそも現れようともエヴァンジェリン戦でやったように、その強さすら飛びこえてしまうだろう彼が願望成就する機会は永遠に訪れません。こうして、修羅となった人間は人間らしい思いを抱いているがゆえに満たされることなくその生涯を終えることになります。

さて。

何にせよこの青山響というキャラを最後まで書ききれたのは、Aルートの後書きでもちょろっと述べたかもしれませんけど、誇らしかったりもう二度と書きたくなかったりと弧の後書きを書いている間に色んなことを考えてしまいます。しかもこいつのせいで私の作風というのがいい意味でも悪い意味でもねじ曲がったので、当分はその折り合いをつけていけるように試行錯誤せねばなりません。

とまぁ書いている私ですら影響を受けまくったキャラですが、読者の皆様にはどう感じられたでしょうか? こんな奴が主役の作品なんて二度と見たくねぇとか、次もこいつだせよオラァとか、否定的であれ肯定的であれ、何かしら感じていただけたら作者冥利につきます。

その一方で、結局作中では呆気なくやられてしまいましたけど、それでもと言い続けたネギ君と明日菜さんこそ、このBルートで一番書いていて楽しかったです。やっぱ狂気ってる奴よりも、私としては無茶無帽を知りながら本能ではなく理性で無理をやりきれる馬鹿を書くほうが楽でした。他にはせっちゃんとこのちゃんのラストとか実はかなりテンション上がりました。たまにはバッドなオチを書くのも悪くないなぁ的な意味で。

そういうのも含めて、Bルートは色々と実験的な意味合いが強い作品ではあります。まず前提としてバッドエンドを書くのが私初めてというのもありまして、どういった着地点にするか、どうやってバッドエンドにするか。様々なことを考えた結果、あぁいったオチでした。修羅外道ではなく、修羅な人間である青山響故の絶望。化け物故に人間を超えながら人間でしかない青山響を残して逝ったエヴァンジェリンの絶望。英雄として敗北し、人間として青山響に呪いを残して逝きながら結局は時間稼ぎしか出来なかったネギと明日菜の絶望。ネギと明日菜はオチを知らないとはいえ、どいつもこいつも『人間』によって絶望したってのが肝の部分でした。このちゃんも人間故に嘆き悲しんでしまいましたしね。

とまぁ長々と書きましたが、正直な話ここまで読んでいただいた皆様には不満の残るオチになったのではないかなと思っています。そこらへん、描写とかとことん削ってモヤモヤ残す感じにもしましたし、出来れば感想とかで不満を爆発させてくれたら嬉しいです。

なんでそんなことしたんや! とか思われる方もいるかもですが、まぁアレです。Bルートを読んだ後にAルートを読んでいただければ色々と溜飲下がるのでご安心を。色んなとこで書いてますが、あくまでBルートはAルートで泣く泣く省いた伏線とかを回収するルートですからね。Cルートがトゥルーエンドとか言ってますけど、本ルートはAルートです。

などと色々言い訳しましたが、これにてしゅらばらばらばらBルートは終わりとなります。長い間お待ちしてくれた読者の皆様、これにこりず今後とも私の作品を読んでいただけたら幸いです。ありがとうございました。







▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。