『バルバロイ』   作:上代

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第一話:行商はお嫌いですか?

 タムリエル大陸の北方に位置する地、スカイリム。

 その中央地方ホワイトラン・ホールドで行商を続け、早二週間が経ちました。

 この地方は他と比べて気候も穏やかで、とても過ごし易いです。

 遠くを眺めると必ずと言って良いほど天を衝くような山々が目に入りますが、麓から伸びる地形は緩やかで平坦な所が多く、私のように街から街へと移る稼業には大変有り難いです。

 そうそう、街道も良く整備されていて移動し易いのも特徴です。

 そのお蔭か衛兵の皆さんと良く擦れ違います。川辺で水浴びしますと必ず二、三人ほどと会いますから。この地を統治するバルグリーフ首長は治安維持に心砕いているのでしょう。

 そういえば、お会いする衛兵の方は私が声を掛けると慌てたように早歩きで行ってしまいます。仕事がお忙しいのでしょうか。

 でも、前屈みで急ぎ足は危ないと思います。

 

 私はオルテア。此処スカイリムで行商を営むインペリアルです。

 肩まで届く銀髪は母譲りで、話す方から「この辺じゃ珍しい」とよく言われます。

 瞳の色も同じみたいで「まるで柘榴石のようだ」と持て囃されました。えへへっ、ちょっとだけ恥ずかしかったです。

 あまり身長が伸びなかったので体は小さいけれど、亡くなった父からは手先が器用と良く褒められました。……あっ、これは密かに自慢です。

 商いの方では日用雑貨品を取り扱ってます。当店では空のボトルから黒曜石の鉱石、オルシマーの鍛冶師が鍛造した板金鎧まで、手広くやらせていただいてます。

 武具も揃えて良い物を提供できる、と踏んでいたのですが。ホワイトランには『戦乙女の炉』という評判の良い鍛冶屋がありました。更には名うての鍛冶師、エオルンド・グレンメーンさんまで居られたので、武器防具で商いをするには厳しい場所です。

 幸いにも日用雑貨品の販売は問題がないようで助かります。ブリスターワートと小麦が飛ぶように売れ、他にも山地で採れる青い花と紫の花。意外な所でマッドクラブの殻も売れました。

 その大量に購入して頂いた中で、錬金術を生業としている方もいらっしゃいます。

 

「滋養強壮の薬を作るには良いのよ、コレ」

 

 『アルカディアの大ガマ』の店主、アルカディアさんはそう笑っていました。

 購入して頂いた売り物の中に錬金術の材料があったようです。彼女を見送ってから、新しい売り文句に成るかも、と思いましたがどれがそうなのか私には分かりません。

 錬金術は確かな知識が無いと効能を正しく理解できません。顧客の幅を広げるために豊富な知識は必要ですね。うん、時間が空いているときに錬金術の勉強をすることにします。

 気になるのは滋養強壮の薬を作る材料です。今度来店されましたら聞いてみましょうか。

 無料で教えてはもらえませんから……うぅん、レシピ代を捻出しないといけませんね。

 

 私たちは所謂『流れ者』なので、当店は幌を張った荷馬車の出入り口に机を置いて即席の受付にしています。商社、というには心許ない限りですけど。いずれは立派なお店を開きたいものです。

 少し困っているのはホワイトラン都内では営業ができないことです。

 これは都内で出店する許可証を購入する資金がないのと、現在営業している商店の利益を損ねるからです。こればかりは致し方が無いのでホワイトランの壁の外、つまり都外なら店を広げて構わないと衛兵さんからお墨付きを得られたので、今日もこうして露天商紛いの事をしています。

 背嚢にぎっしり詰めるほど鉄鉱石を購入したお客さんを見送り、少し暇が出来たのでぽかぽかの暖かい陽射しと火照った体を冷やしてくれる風を堪能します。

 少しだけ風が肌寒く感じます。どうしてでしょうか。

 

「今日は洗濯日和だね。ちょっと……僕には強いかな」

 

 ぼうっとしていると、軽やかな声がすぐ近くから聞こえて驚きました。

 目の前で「大丈夫?」と笑うこの女性はエイミーさんです。

 弓を引く時邪魔にならないようにと、腰まで伸びた黒髪をサイドテールにしているエイミーさんはその細腕から信じられないほど熟練の狩人さんなのです。今日は兎と……鹿でしょうか? 狩猟した獲物を持ち帰られました。兎はそのまま見て解るのですが、鹿や熊といった大きい動物は角や爪等の一部しか獲らないそうです。

 なんでも「できるだけ剥ぎ取るようにはするけど荷物が重いと動きが鈍るし、血の臭いで刺激された連中に襲われるから。死体は囮にもなるしね」とのことです。

 

「おかえりなさい。今日も好調ですね、お疲れ様です」

「ん、ただいま。それとありがとう。ちょっと血の臭いがきついから、水浴びしてこようかな」

「そうなのですか? 私にはあまり臭いませんけど」

「野草と木の実を擂り潰したのを服に塗ったから、少しは抑えられてると思うよ」

 

 あ、言われてみればツーンとする青臭さがあります。これも身を守る術なのでしょうか。

 野生の動植物を相手に生きて来たエイミーさんは、身を以て得た経験と知識があって女性ながら格好良い人です。気さくな方で今日もお店番をしていた私の前に、さり気無く水筒を置いてくれました。中身は清流から汲んだ水に木苺や山葡萄の果汁が入ったものでしょうか。実はこれが毎日の楽しみなのです。舌先に触れる冷たさと口の中に広がる甘さ、滑り落ちる喉越しを想像して思わず頬が緩んでしまします。

 

 以前はお父さんと二人でスカイリムを回っていましたが、今はエイミーさんともう一人の同行者の方と旅をしています。

 もう三週間も前でしょうか。その頃は山中での採集や採掘品をまとめて、ヘルゲン砦近くにあるリバーウッドを目指していました。湖岸でしばらく休憩していたのが不味かったのでしょうか、急に草木が揺れたと思ったら茂みから山賊が次々に現れたのです。父は商品を奪われるまでは覚悟していたようですが、私に何人かが近づいてくると抵抗してくれました。

 そして、父が目の前で斬られた後の事は、あまり覚えていません。

 微かに覚えているのは、あっという間に山賊達を切り捨てて現れたあの人と、人間が小指程度にしか見えない場所から矢を当てたエイミーさんの事だけです。

 今まであった生活を失って途方に暮れている私を看ながら亡くなった父を弔い、山賊達から助けてくれたあの人とエイミーさんがリバーウッドまで手を引いてくれなかったら、私はどうなっていたのでしょう。

 ……恐らくは、何もせずに立ち尽くしていたのかもしれません。

 頭の中が真っ白で何もできないというのは、ああいう時の事を表すのでしょう。

 二人の為すがまま、聞かれるがままに話していましたし。

 

「おや? 彼はまだ帰って来てないのかな」

「えっと、裏で武具の手入れをしていたと思います」

「またかい? 昔から手入れは欠かさない人だったのかな。確かに良い腕しているけど」

 

 そうなのです。あの人は自分が扱う武具の手入れを毎日欠かしません。

 気になったので一度尋ねてみると「こうしていると落ち着く。すまないが理由は分からない」と神妙な顔で答えられました。淡々と作業しているだけなのですが、刃の研ぎ方や補修の出来栄えを見る様子はまるで職人さんのようでした。

 あの人は私達と出会うまでの記憶がないそうで、今はこれといった目的も決まっていないこともあってエイミーさんと同じく私の行商を手伝ってくれます。力仕事が少し辛い私に代わって積荷の運搬や商品の整理、荷馬車の御者もしてくれるので大助かりです。エイミーさんも用事が無い時は手を貸してくれますけど、朝から狩りに出て夕方まで戻らないこともあるので、二人でお留守番をしている事が多いのかもしれませんね。

 

「呼んだか? おかえり、エイミー」

「ただいま、ミスト。また武具の手入れをしてたのかい?」

「一日に一度はしないと、如何にも落ち着かないらしい。……気に障っただろうか?」

「ううん、そういう意味じゃないよ。何か思い出せたのかなって」

「すまない。そっちの方は何も分からず仕舞いだ」

 

 赤毛を無造作に後ろで結った大柄の男性が御者台から降りて来ました。作業用の前掛け(エプロン)を付けたまま……今日は其処で手入れをしていたんですね、ミストさん。

 押し黙ると無愛想な、人によっては厳つい顔を俯かせたミストさんの様子に、エイミーさんは風に踊る黒髪を掻き上げると、くすりと笑い掛けます。

 

「ミストは気にし過ぎだね、謝らなくていいんだよ。それに僕らは急いでいないから大丈夫。

 ただ、何か分かったら教えてくれると嬉しいかな」

「そうですよ! 私達は一緒に旅をする仲間なんですから」

 

 ミストさんは戦いでも強く、頼りになる男の人なのに”記憶がない”ことを気にしてか、言動に壁のようなものを感じます。距離感を掴みかねている、という表現が一番合うのかもしれません。

 助けてもらってから今日まで三週間寝食を共にしていた私は、恐らくエイミーさんもそれなりに親しい仲になっているのだと思っていました。

 けれど、ミストさんはそうは思ってくれていなかったようで、何だか切ないです。

 

「あー……その、なんだ。……ありがとよ」

 

 ばつが悪そうに視線を下げ、首の後ろを掻く姿は反応に困っているようでした。

 静かに体を浮かせて、ひょい、とミストさんの下がった視界に入ると、すぐに目が合いました。

 彼は驚いたのか、瞬いた後に顔を背けられてしまいます。

 でもそれで私、オルテアは確信しました。

 

「ミストさん、照れてます」

「……うるせぇ。俺が言うのもなんだが、二人ともお人好しが過ぎるぞ」

「そうかな?」

「そうでしょうか?」

「……いや、そうだろ?」

 

 エイミーさんと顔を見合わせ揃って首を傾げると、ミストさんは顔を手で覆ってしまいました。何やら思う所があるようでこちらに向き直ると、躊躇いながら口を開いてくれました。

 

「俺は男で、よく知らないが荒事向きな人間らしい」

「躊躇なく人間を切り倒せるのに荒事向きじゃなかったら末恐ろしいけどね。戦いを遠くから見てたけど、手慣れてる印象が強かったよ」

「そうだ。そんな男を近くに置いておいたら、普通は怖くなるんじゃないのか?」

 

 怖い、ですか。

 瞼を閉じれば、身近に迫った恐怖がすぐに蘇ります。

 木陰から這い出るように現れて囲み笑いながらお父さんを殺した山賊達と、相手を殺し血だらけ傷だらけになりながら助けてくれたミストさん。

 誰かが苦しむ姿を見て嗤う人達と、真剣に道具を研磨するミストさん。

 水浴び中に聴こえる足音と茂みの揺れに、遠くから鍔音を鳴らすミストさん。

 酒場で給仕さんに野次を飛ばす赤顔の人と、黙々と鍋を煮立たせ夕餉の具を混ぜるミストさん。

 

 ……………。

 何という事でしょう。

 比較対象が悪いのでしょうか、人を躊躇なく斬り殺す彼がよほど人格者に見えてきます。

 これが”仲間への連帯感”というものでしょうか。

 

「いや、普通に頼りになるなぁとしか」

「ですです」

「お前ら、変な奴らだなぁ」

 

 失敬な。これでも人を見る目はある、筈です。……多分。

 ……コホン、こちらの返答に呆気に取られている失礼なミストさんは、罰として夕餉抜きです!

 あ、でも良いお肉をエイミーさんが獲って来てくれましたし。岩塩も一塊以上ありますから今日はちょっと贅沢したいですね。お肉を焼く番をお願いするだけにしましょう。そうしましょう。

 

「ん。今日は骨付きか。ただ焼くだけなのも勿体無いし、一品増やしてシチューでもどうだ?」

「塩味のスープじゃなくて?」

「腰を打って荷物を背負うのに難儀していた婆さんが居ただろう? 運ぶのを手伝った時にトマトとジャガイモを少しもらった。良い機会だから、それを使ってしまおうとな」

 

 あ、じゃあ今回の罰はシチューを作るで手を打ちます。

 ふふっ。久しぶりの温かいシチュー、楽しみです!

 

「何だかミストって、旅慣れてると言うか。所帯じみていると言うか」

「こんなもの即席でやれるだろう?」

「えっ?」

「えっ!」

 

 そうして何事か言い合う二人を見つめてから、チラリと御者台を、ミストさんが座っていた所を見てしまいます。

 一月前までは其処に居てくれた、お父さんの背中を思い出しながら。

 私は静かな水面に波が立ったような心地で、その場所を眺めてしまいました。

 

 ……お父さんも、此処に居てくれたらなぁ。

 まだ、寂しいよ。お父さん。

 

 

 

 

 

  ――――201年第四紀、収穫の月27日、金曜日(フレダス)

             ホワイトラン要塞の外、行商人オルテアの手記より――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜の帳が下りたホワイトラン要塞の外。

 日中は燦々と照らし熱を与えた陽の光は既に無く、残るのは肌を擦る無遠慮な風だけだ。

 硬く体温を奪うそれはまるで亡者の腕のように、生けるものから活力を奪い去る。

 父を失いながらも明るく振る舞う商人娘と、生命の糧を狩猟で得て来た女狩人が寝静まった頃、彼女らが暖をとる焚火へ黙々と薪をくべる男は白い息を溢しながら空を見上げた。

 草木も寝静まる刻だというのに、頭上で瞬く星々の光は静かに地上を見守っている。

 この寒空の下では服を重ね、その上に外套を被るだけでは休めない。

 風除けを作り、その陰で起こした火で身体を温めなければ凍えてしまう危険があった。

 また、商人として働く、狩りに出掛ける二人とは違い日中休める男は、二人が少しでも休められるようにと寝ずの番をしているのだ。

 言い出した当初は断られ交代制となっていたが、やはり疲労が溜まっていたのだろう。しぶとく問答を続け一週間後には二人とも渋々と承諾し、今では焚火の周りに陣取ると男へ「おやすみ」の挨拶をして小さく寝息をたてるまでになった。

 そうまでして寝ずの番を買って出たのは、二人の女性へ疚しくも不埒な事をするわけではなく。

 多少は二人を気遣っての発言だったが、一人静かに思考を深める時間が欲しかったのだ。

 記憶を失い霧の中で目覚めた男、ミストは今日も独り黙考する。

 

(もう、二人に同行してから月が変わる。なのに、どういう訳か焦りを感じない。

 俺は失った記憶を求める気がないのか? それとも、今の生活に満足して気が起きないのか?

 ……あるいは、あのドラゴンって奴が気になるのか)

 

 ミスト達を巡り合わせた咆哮の主。伝説の獣、ドラゴンを見た人間は未だ少ない。

 それは此処ホワイトラン・ホールドも同様だった。

 この話をしようものなら「ノルドに伝わる御伽噺を良く知ってる」程度にあしらわれてしまう。

 二人と出会って間もない頃に立ち寄ったリバー・ウッドで「本当にドラゴンを見たんだ」と息子に訴えていた老女の気持ちが、今更ながら分かったような気がした。

 ふと思えば、酒場で騒ぐ囃す連中との話や生活必需品を買い込む際の遣り取り、日課である武具手入れの道具を新調する時にすら抱かない熱を以て、ドラゴンの話を拾おうとしていた気がする。

 それが単純な好奇心のせいか、目的らしい目的が無いからなのか。

 比較対象はおろか判断基準に乏しいミストでは、そもそもの相手が悪かった。

 古来から継げられた伝説が蘇ったとして、興味関心が湧かない者なぞ果たしているのだろうか。

 

(俺にも人並みの好奇心はある、そういう事か)

 

 自分と云う人間がどういう性質なのか、まずはそこから始めようと。自身が何者かすら知らないミストは他者を見るような心地で腰を据えた。

 何処まで手が伸びて、何処からは手が出せないのか。

 過去の己がどういう人間であろうとも、今からの行動基準となる線引きを明確にしようと、手に持った薪を火に投じてながら決定しておく。

 

(何もかもが手探りだ。これ以上困るような事も稀だろうさ)

 

 口元を覆う外套の下で乾いた唇が苦笑とも自嘲にも類する形に歪むが、どちらが本当に表現したかったものなのか分からない。

 中々に難儀なものだ、と彼は木の幹に立て掛けた山刀を引き寄せると左肩に当て、瞑目する。

 耳を澄ますと息を潜ませる小川のせせらぎが聞こえ、ミストの無聊を慰めた。

 彼が水音に意識を割けば、火が弾く小気味良い音が主張する。

 一際吹いた寒気が肌に刺し込み、これを防ごうと外套を手繰る内にまた趣が違う音を拾う。

 

「おとう、さん」

 

 荷物の入った木箱を防風板代わりにして眠る娘、オルテアに目を向けた。

 フードから零れる銀髪を見やり、その中で息づく幼顔を窺う。

 何かを耐えるように下げられた柳眉ときつく閉じられた小さく薄い唇、処女雪よりも白く柔らかな肌は齢十三に見えぬ容貌であり、庇護者が傍に居て当然であるべき少女だ。

 このスカイリムを親子二人で生きて来た彼女は、唯一の肉親を失った後も変わらず行商人として生きる積もりらしく、昔馴染みの取引先と今日も挨拶をしていた。

 普段の言動や柔らかい物腰、取り扱う品物に対して広く浅い知識は高い教養を感じさせる。

 事実、彼女の値切り交渉や素早い計算は年若いながらも「店主」と呼んで遜色ないものだ。

 だがそれらは、彼女の幸福だと云えるものなのだろうか。

 ホワイトラン要塞をオルテアに案内してもらったとき、子供連れの親が飛び回る我が子を掴まえようと走る姿や仲良く手を繋いで市場を巡る光景を、遠い景色を眺めるように見詰めていたことをミストは知っている。開いていた小さな手を握り締め、いまだ沈殿している気持ちを無理に払拭して振り返った少女の胸にどんな想いが去来したのかは、記憶喪失の彼でも分かり得るものだった。

 眠り続ける中で何かを求め伸びた彼女の手に、そっと毛布を被せてやる。

 ついで顔に掛かった銀髪を払ってやると、少し寝顔が和らいだように思えた。

 そうして右も左も分からぬ異邦人である男は、今宵も二人の眠りを守りながら、独り寒空を彩る星々を睨んだ。

 

 

 

 眠るオルテアの世話をするミストの様子を、足先から頭まで包まった毛布の中より観察していたエイミーは、忍ばせていた短剣から漸く手を離した。

 彼女は男が言うほど自分がお人好しだとは思っていない。ミストが寝ずの番をする前から、自身とオルテアへ不用意に近づくものなら刺す積もりで見張っていたからだ。

 小さい頃から狩人として生きるエイミーは拠点である住まい以外で安眠を摂る事はしない。普段から浅い眠りで済ませ、昼間行動できるよう鍛えてある。流石にひと月近くこのサイクルで動くのは苦痛を感じるが、女二人の安全と貞操を守る為なら仕方がないことではあった。

 また刀剣類を自由に扱うミストと違い、狩人であるエイミーは弓矢を用いる。とはいえ寝具の中に弓矢を入れる訳にもいかず、護身と獲物の解体を兼ねた短剣ではどうにも分が悪い事この上ないのだが、獲物に気付かれず忍び寄る隠行は相当な練度であった。これはミストが夜空を見上げている間に起き上がり、そのまま背後に立った行動が一度や二度ではない事から窺い知れる。

 今日で体力の限界も近かったこともあり、今夜も普段通り二人の眠りを守ってくれるならこの男を信じようと決めていた。

 結果は見ての通り。信じるに足る人間と思って良さそうだと、エイミーは心中で息を吐く。

 

(これで僕も安心して眠れる……それにしても実直だね、ミストは)

 

 話を振れば答えてくれるだけに寡黙ではなく、かといって会話を続けるほど饒舌ではない。

 掴みかねる男ではある。容赦なく他者を殺める悪人でもある。

 だが、他人を貶めて愉しむ悪党ではない。

 今のご時世では、エイミーやオルテアのような女二人旅では舐められる、下に見られるだろう。そして、このスカイリムを支配するノルド人は屈強な男、勇猛な戦士を好む傾向がある。そこに血に類する赤毛の、精悍な顔立ちの屈強な男がいると分かれば周囲の反応は酷く解り易い。心強い事にミストは荒事に長けており、実力は折り紙つきなのだ。

 まだ気心知れた仲ではないし言動に乱暴なものが混じるが、彼は野蛮ではない。

 それだけ理解できれば、睡魔に敗れた自分の身体を預けられる。

 

(明日も頑張ろうかな……ミストの作る味、僕好みだしなぁ)

 

 ある意味、父性を求める少女よりも籠絡されかかっている田舎娘は、今日振る舞われたシチューの味を思い出し「また食べたいな」と素朴な願望を抱いて、今度こそ眠りに就いた。

 彼女らの番人、は一人の寝息と毛布の身動きが変わったことを目敏く察知していたが特に反応を見せず、夜明けが訪れるまで焚火の加減と周囲が奏でる自然の音色に耳を傾けていた。

 

 

 

 その翌日の昼頃、うたた寝していたミストが遅めの昼食をオルテアと摂っていた時のこと。

 おもむろに切り出された提案に、少し逡巡しながら会話を進めていた。

 

「リバーウッドに?」

「はい。一食一飯の恩返しも兼ねて、行商に行くのも良いかと思うのです」

 

 買い手の現れなかった黒曜石の鉱石がようやっと掃けたのが嬉しかったのか、対面にちょこんと座った幼い店主はにこにこ顔である。

 どれくらい機嫌が良いかと云うと、食卓にあるパンとエイダールチーズ、鹿肉のチョップをそれぞれ乗せてみたり、交互に挟んでみたり、焚火の上で湯気を吹く薬缶に乗せ加熱したりと試行錯誤するミストを至極優しい目で見ているほどだ。

 確かに行商人ならば一つ所に落ち着くよりも村と町、町と要塞を巡り歩くのが在るべき商業体系なのだろう。なんらおかしい所はない。

 

「確か、リバーウッドトレーダー、だったな」

「ルーカン・バレリウスさんと、妹のカミラさんですね」

「ケチな兄と、激情家の妹だった」

「むっ。ミストさん、駄目ですよ! そりゃ最初は拒否されましたけど、閉店前の店を開けて中に入れるのを許してくれたのはルーカンさんなんですから」

 

 抱いた印象をそのまま口にすると、頬袋を膨らませたオルテアに窘められた。

 これでもミストは温情を以て評したのだが、塞ぎ込んでいた時分の少女では知らないのだろう。

 父を失った直後で、自身も強姦の恐怖と鋭利な刃物を突き付けられていたのだから。

 山賊に荒らされたとはいえ、荷馬車の中には十分な物資があった。その事故現場に足を運んだルーカンが物色し、少女にとっての遺産である品々を掠め取ろうとしていたとは露程も思うまい。

 全身傷だらけのミスト、憔悴しきったオルテアを前に「旅人の狂言に付き合う積もりはない」、「本当かどうか見て来てやる。嘘だったら叩きだしてやるからな」等と糾弾するように出て行った男に湧いた怒りと昏い囁きに踊らされたミストは、悲鳴が絶叫に変化した身体を無視してルーカンの後を追ったのだ。

 凄惨な現場を見たルーカンが謝罪とまでいかなくとも事実を認め、そのままただ引き返せば問題は無かった。

 だが、あろうことか急に挙動不審になり、リバーウッドで雑貨店を開く店主は遂に荷馬車の中へ入ると、両手に何かを持ちポーチをぱんぱんに膨らませて出て来たのだ。

 魔が差して盗みを働いた初犯のような顔で来た道を戻るルーカンに、幽鬼が如く立ち塞ぐミストが山刀をその素っ首に叩き込まなかったのは、激情だけでその場に現れた瀕死の戦士より、暖炉前で温まっていたカミラの方が一歩分早く兄を突き飛ばせたからだ。

 

 それから後の事はよくは覚えていない。

 きつく握り締めた両手を包むように抱くエイミーが自分に語りかけていたのと、猛牛に弾き飛ばされたかのように道端に転がるルーカンを庇うカミラの姿だった、と思う。

 己が山刀を振るっていなかったのには何かしら理由があるとは思うが、あの首を斬り飛ばさなくて良かったのだろう。

 カミラが熱心にオルテアを看てくれたのは贖罪の心算かは判らないし、純粋にカミラを慕う少女を想うなら知らなくても良い事だ。そのお蔭で父を失った少女の心が僅かでも慰められるのなら、一度へばり付いた泥のような殺意も剥がしてみせよう。ルーカンにすら恩義を感じていると言われると些か所ではなく業腹なのだが、仕方がないと諦めよう。

 目前に居るオルテアがリバーウッドへの旅路に想いを馳せ、楽しそうに笑っているのだから。

 

「里帰りって訳でもない。商売に行くことも忘れずにな」

「分かってます! 其処は抜かりありません」

 

 やはり幾何か苛立ちが在るのだろう、普段はエイミーに任せっきりな釘をさす言い方だ。

 萎んでいた頬袋に空気が入るのを横目に、ミストは余裕がある時に試したいことを済まそうと、椅子代わりにしていた木の株から立ち上がる。

 

「む~っ。あ、ミストさん、まだごはん残ってますよ?」

「それはお前さんのだよ。色々試したが、チーズをチョップの上で溶かして薄く切ったパンで食べるのが一番美味いし、腹に溜まる感じがする。騙されたと思って一口いってみろ」

「騙されたくはないですけど……んっ、んんっ!? 口の中でチーズの風味と香りが広がって、チョップの肉厚の歯応えと肉汁、それに炙ったパンが丁度良い硬さで美味しいです!」

「お、おう。あと少し五月蠅いかもしれんが、我慢してくれな」

 

 想定外に好評だったようだ。口にする前は不満顔だったのに、今は上機嫌に頬張っている。

 エイミーにも出さないと文句言われそうだな、と心の中でぼやきながら腰の山刀を抜く。

 しばらく正眼に構え、次に腕を上下に振るう。

 目前に敵が居ると仮定して山刀を操れば、それは首、肩口、肘、足の付け根、膝、踝と放たれ、最後は心の臓を抜くように突き出される。

 武具の手入れと同じく日課となっているのは他にもあるが、今有る武器を使いどのくらい自分は動けるのか確認する作業はミストにとって急務であった。

 三人がこうして過ごす事が出来るのも、異邦人のミストが変に怯えずこの北方の土地で生きられるのも過去に修めたとみられるこれら技術に由る所が大きい。

 教えられたものを躰に馴染ませるのが一般的であろうに、ミストは躰に溶け込んだ戦闘法を如何にか抽出し学ばなければならなかった。

 

(あれからドラゴンの話は聞かないが、あれは幻の類ったのか?

 だが、あの場所で山賊連中やオルテア、エイミーも見ている。複数人が一度に掛かる幻術か? 此処スカイリムの住民は魔法を軽視していると聞くし、あの耳を刺すような咆哮を上げるドラゴンなんて、大掛かりな幻術が使える魔術師なぞ存在する訳がない)

 

 無意識に人型から想像上の大物を相手に。そのまま武器を振るい、躰の動きを追跡する。

 腰の山刀からポーチ裏に隠匿した短刀、背負った鋼の大剣まで一通り終えると、小さな見学者が手を叩いていた。

 

「すごい、すごいです! もう体は大丈夫なのですね!? 良かったですっ」

 

 全身に汗が滴るほどの運動をこなすと、急上昇した体温が寒空の下で湯気をあげた。

 その奥にいるオルテアが拍手をしながら駆け寄る。その走り方が年相応だったので、微笑ましくなったのか外套の下で自然と笑う。

 彼女が触れたのはミストの左腕。出会った頃はまともに動かすことが困難だった、負傷していた腕だ。今は完治しているものの、ホワイトラン要塞へ至るまではぎこちない動作だったので二人の同行者は心配してくれていたのだ。

 短刀の抜刀、投擲はまだ利き腕の右に比べればまだ劣る。

 しかし、予備武器を苦もなく引き出せるのは有り難い。全身を使って大剣を操る時も左手の支えが無ければ難しく、左手を軸に扱う時もあるのだ。

 ここまで回復すれば完全、とはいかなくとも十分だ。

 

「お蔭さんでな。もらった大剣も使える」

 

 オルテアの父が生前購入してから手入れが入らず、積荷の奥で錆び付いていた大剣を時間を掛けて少しづづ研ぎ直し、購入前までとはいかずとも鋼の冷えた光沢が陽を反射するまでとなった。

 娘の前で故人を偲ばせる品物を使うのは気が引けたが、逆に「使ってあげてください。父も喜ぶと思います」とにこやかに告げられれば、是非も無く。

 自分の事のように喜んでくれることは嬉しいが、こそばいのもある。

 

「わぷっ!? 急になんですか」

 

 フード上から頭を撫でられた、いや撫で方を知らないのか、がしがしと頭を擦るミストの右手に文句を言おうと顔を上げるが。

 

「……あんがとよ」

「――――はい! えへへっ」

 

 珍しく目尻を下げ、引き締まった顔を柔らかくしている男に目を瞬かせ、次に耳へと残り重くも響いた感謝に、娘は陽だまりのような笑顔を向けた。

 見るもの全てが異邦の地で、今を生きるしか術がないミストは寒空の下で確かな温かみが胸の中で広がるのを覚える。

 がしゃり、と自分が磨き続ける武具が冷たく音を奏でるが、今だけは耳に残したくはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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