小白鬼の冒険―ショウバイグィのぼうけん―   作:りるぱ

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第壱話 水を運ぼう、どこまでも

 目覚めは最悪だった。

 ……いや。

 そもそも僕は、目が覚めているのか?

 

 寝床から上半身を起こす。空気は肌を刺すように冷たい。

 視界はゆらゆら、頭はふらふら。

 

 あ……そうだ……。水を汲みに行かなくちゃ……。

 

 

 肌に付いた(わら)をパラパラと落とし、のそのそと薄汚れた上着を羽織る。

 そして、壁に立て掛けてある天秤棒(てんびんぼう)を手に取る。

 

 天秤棒……ってなんだ?

 

 水桶(みずおけ)を棒の両端に取り付け、棒の中心を肩に担ぐ。

 

 何を言っているんだ、僕は……。水桶を担ぐ為の棒じゃないか。

 こんな、毎日使うような道具を……。

 

 毎日使う道具? こんなもの、使った事あったっけ?

 

 部屋を一周するように視線が動き、ボロボロな木の(ドア)に向く。

 

 汚い部屋……。そして、何もない部屋。

 馬小屋? ……でも馬はいない。

 納屋? ……でも農具も何もない。

 

 自分の腕が伸び、門の(かんぬき)を上げる。

 

 短い……小さな、白い腕だ。

 

 僕の意思に関係なく身体は勝手に動く。

 いや……、そんな事はない。この身体を動かしているのは僕だ。

 ……でも、勝手に動いている?

 

 僕は何を言ってるんだろう?

 

 外に出ると村の景色が否応にも目に映った。

 そのまま僕の足は川を目指す。

 

 寒々とした村だ。

 地面は泥でぬかるみ、

 周りの木々には葉っぱ一枚なく、みんな禿げた物。

 

 そして寒い……。

 だから、寒々とした村なんだ。

 

 泥で出来た壁に、藁葺(わらぶき)屋根の家々。

 その間に挟まれた未舗装の泥道を進んでいく。

 

 庭で芋を干していたおばさんが僕に視線を向けた。

 いやそうな顔で家に戻っていくおばさん。

 何かあったんだろうか?

 

 そして、歩く。

 延々と坂を下り続ける。

 いつものことながら長い道のりだ。

 でも、帰りは上り坂。

 もっと長い……。

 

 いつも?

 

 まぁ、いっか……。

 

 

 ようやく川に辿り着く。

 川岸で女達が洗濯物を棒で叩きながら、おしゃべりに(きょう)じている。

 僕が近づくと、話し声が止んだ。

 

 桶に水を汲み、再び天秤棒の両端に引っ掛けて肩に担ぐ。

 少し、重い……。

 でも、もう慣れた重みだ。

 

 

 長い上り坂を経て、ようやく村長さんのお屋敷に辿り着く。

 裏に回って保存庫の一室へ。

 薄暗い中、大きな(かめ)が一杯並んでいる。

 そのうちの一つの蓋を取り、汲んで来た水を流し入れる。

 "ドジャー"という水の音。

 もう一つの桶も"ドジャー"と流し入れる。

 これでようやく(かめ)の六分の一ぐらい。

 また天秤棒を担ぎ、川を目指す。  

 

 

 川から水を汲み、重くなった両肩で村への山道を歩く。

 

「お! いたいた、鬼っ子!」

 

「一人二十個な!」

 

 村の子供達だ。

 彼らは僕に向かって石を投げ始める。

 

「おっしゃ! 今俺の、一個当たった!」

 

「でめえ、動くんじゃねぇよ!」

 

 痛い……痛いよ……。

 

 天秤棒を水桶ごと地面に置き、顔と頭を押さえてうずくまる。

 前にこれを担いだままで、桶をひっくり返した事があったんだ。

 

 前に?

 

「っしゃ! 俺八個!」

 

「俺九!」

 

「お前、一個多く投げたろ!」

 

「はあ!? ざっけんなよ!」

 

「てめえらと違って俺はずっと頭狙いー」

 

「だからなんだよ!?」

 

 やっと終わった……。

 速く離れないと。

 

「超飛翔飛び蹴りー! イェーイ!!」

 

 バシャ、カン、コン、コンと桶が蹴り飛ばされた。

 こぼれた水が坂の斜面に沿って流れ落ちていく。

 

「ほら、もう行こうぜ」

 

 コン、バシャ。

 

 そう言って、違う子供が残った水桶を蹴り倒す。

 

「干し芋食いに行こうぜ」

 

「じゃなー! 鬼っ子! また明日遊んでやるよ!」

 

「ハハハハ」

 

 走り去りながらそう言い残す子供達。

 

 

 また汲み直しにいこう。

 今日のうちに、(かめ)七つ分を一杯にしないと……。

 

 

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 変わらず天秤棒を担ぐ。

 もう、お月様が天に顔を出してきた。

 辺りは真っ暗。

 

 よし。

 

 水を(かめ)に注ぐ。

 

 これで、最後。

 

 報告に……行かなきゃ。

 

 

 トコトコとお屋敷の正面に回り、トン、トン、トンと村長さんの家の門を叩く。

 誰も出ない。

 もう一度トン、トンと叩いたら、門が"キィー"と内側に開いた。

 誰も居ないのかな?

 開いた隙間から中を覗く。

 

「おい、てめぇ! 入ってくんじゃねぇよ、糞ガキ! 汚ねぇだろうが!」

 

 年齢二十前後の若い男が顔を出す。確か……村長さんの息子さんだ。

 

「ほら、エサだよ!」

 

 そう言ってまるい物を遠くへと投げる彼。

 

「さっさと消えろ!」

 

 ガシャン!! と、門が閉まる。

 

 どこだろう?

 暗い中、投げられた饅頭(マントウ)を探す。

 

 饅頭?

 

 腰を屈めて、必死に探す子供。

 この子供は僕?

 

 

 あった。

 見つけた、饅頭(マントウ)

 泥を落として、早速噛り付く。

 石のように硬い。けどおいしい。

 硬い。おいしい。

 

 そう、饅頭は硬いけど、おいしいんだ。

 

 

 もう家に帰ろう。

 そして、早く寝よう。

 明日も……水を汲まないと……。

 

 

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 何週間水を汲み続けたのだろう? 何ヶ月水を汲み続けたのだろう?

 

 頭は相変わらずもやもやしたままだ。

 何か思い出せそうで思い出せない。

 

「おい、ついてきなさい」

 

 水を(かめ)に入れている最中に、村長さんから声をかけられた。

 慌てて、残ったもう一個の水が入った桶に目をやる。

 

「ほおって置いていい。ついてきなさい」

 

 村長についていき、お屋敷の中に入る。

 初めて入るお屋敷にちょっとドキドキ。

 キョロキョロしながら村長の後をトコトコ歩く。

 ――やがて、大きな部屋へと入った。

 

「これがそうか。……ずいぶんと気味の悪いガキだな」

 

 部屋の中に居たのは、青いチャイナ服を着た、サングラスをかけた人。

 やけに高級そうな服だ。

 

「これじゃあ……出せて精々二百ゼニーってとこだ」

 

「もう少しなんとかならんのか!? 今までの食事代にもならんぞ!」

 

「まぁ、無理だな。諦めろ。

 そもそも金を出して穀潰しを引き取ってやるんだ。これでも高いくらいさ」

 

「…………くっ……仕方がない……」

 

「毎度あり!」

 

 ……なんだろ? これ?

 いやいや、人買いじゃん!!

 人……買い?

 

 

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 青い服の人に連れて行かれたのは大きな家。

 大きな石畳の庭を通り、大きな大きな部屋に入れられた。

 周りには僕と同じくらいの子供がたくさん。

 

 同じくらい?

 僕って……子供だっけ?

 

 

 夜になって、大きなおじさんがやって来た。

 饅頭(まんとう)をみんなに配ってくれた。

 やわらかい、饅頭だ。

 とてもおいしい。

 ……うれしい。

 

 

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 あれから四日経った。

 毎日何人もの子供が来て、あんなに広かった部屋が人で一杯。

 そして、毎日やわらかい饅頭がもらえた。

 ここは天国だ。

 しあわせー。

 

 今、知らないおじさんが石で作られた段差の上に立っている。

 部屋の片側に、大きな石の段差があるんだ。

 うん、高さ1m、面積は縦1m×横5mってとこかな?

 ん? いち……めーとる?

 まぁ、とにかく、知らないおじさんがそこに、(のぼ)ったんだ。

 いつもやわらかい饅頭をくれるおじさんとは……違う人。

 

「今日から君達は武術を習う事になる。脱落するヤツはどんどん処分していくから、心して取り組め」

 

 ちょっ! ま! 処分って!

 しょぶんって……何?

 

「基礎体力をつけさせる。二十の班に分けろ」

 

「は」

 

 

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 二カ月くらい経った。

 あれから毎日、基礎体力? を付ける為に、みんなで走り回ってる。

 夜には馬歩(ばほ)をやるんだ。

 これも基礎体力なんだって。

 みんな辛そうにしてる。

 スペックの高い身体でよかったー! これって空気椅子じゃん!

 空……気?

 

 あ、斜め前にいた子が倒れた。

 気絶してるみたい。

 (ホァン)師父と(ワン)師父が気絶した彼を引きずっていく。

 連れて行かれた子はほとんど戻ってこない。

 どこいったんだろう?

 処分だよ! 処分されたに決まってるだろ! だから頑張れ! 僕!

 しょ……ぶん?

 もうしゃべるなお前は! って言うか僕は!

 

 ピッ!

 

 笛の音が鳴った。

 今日の馬歩はおしまい。

 この後はやわらかい饅頭(マントウ)の時間だ。

 やったー!

 

「お? また残ったか。 やるじゃん、白いの!」

 

 饅頭が沢山入った桶を持って、厨房の(ヅェン)さんがやってくる。

 

 そう。僕、みんなと違ってとても白いんだ。

 顔も、腕も、身体も。

 

「ほぉら、贔屓だ! でかいのをやる!」

 

 わーい!

 

 

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 もうここに来て大分経つ。みんなが言うには二年なんだって。

 こっそり聞いたんだ。

 みんな、あまり僕に近寄らない。何でだろ?

 そりゃあなぁ……。僕って白いし、いくら走っても息一つ切らさないし、白いし、表情動かないし、白いし……みんなきっと、気味が悪いんだよ。

 キミが……わるい?

 でも僕、動くのが好き! 武術するの、好き!

 

 そうだ、厨房に行かなきゃ。(ヅェン)さんがこっそり花巻(ホァジェン)をくれるって言ってたんだ。

 僕、饅頭(マントウ)よりも花巻の方が好き!

 

 厨房に行く為に、こっそりと師父達の部屋の前を通っていくけど、僕は隠れるのがすごく上手いんだ。

 なんだって気を消してるからね!

 

「餓鬼の数も二十分の一以下に減ったことだし、もうそろそろ次の段階かねぇ」

 

 あ、(ホァン)師父がいる。相変わらず見事な禿(はげ)頭だな~。

 ははは、ハゲー! ハゲー!

 僕もだよ。

 ううん、違う。生えてる。

 一本は生えてるって言わないんだ!

 

「ああ……、目の前で殺しを実演し、実戦がどういうものかを理解させてやる必要がある」

 

「それで? 生贄は? どっかから攫ってくるか?」

 

「冗談はよせ。ここがばれたらどうする? ……まぁ、適当に餓鬼共の中から選ぶさ」

 

 うわぁ……、ブルブル――。

 なんっちゅう怖い会話を……。

 花巻(ホァジェン)! 花巻(ホァジェン)

 はいはい、食い気食い気。

 

 

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 今日も今日とて武術の時間。

 みんな整列して一通り型をやった後、(ホァン)師父が前に出る。

 

「今日は実戦の看取り稽古を行う! 実際の戦いとはどういうものなのか、しっかり見て身に刻んでおくように!」

 

 そういう(ホァン)師父の手には一振りの曲刀。刀身は厚く、いかにも人を切り易そうな角度に歪曲している。

 ……くわばら、くわばら。

 

「そうだな――」

 

 言いながら僕達を見回す(ホァン)師父。

 いったい何だろう?

 花巻(ホァジェン)おいしかったなー。また食べたいなー。

 あ、師父が僕を見て笑ってる。

 て、おい! やべーよ! ロックオンされてるよ!

 ろ、ろっくおん?

 

「白いのでいっか。脱落しても娼館に売れそうにねぇし」

 

 おいおい、そんな理由!?

 しょうかんって何だ うるせー!

 

「おい! 白いの、前に出ろ!」

 

 周囲を見回すと、六人の師父達が睨みを効かせている。

 にげられない。

 

「まぁ……、一応、構えとけ」

 

 うん、構える。いつも習った通り。

 くそっ、なんとか活路を。

 

 

 

「そんじゃ――」

 

 うおっ! 

 頭を下げる。そのスレスレ上を横に通過していく曲刀。

 

「ほお……一丁前に避けやがった」

 

 くそ! 速い! 7mある距離をコンマ1秒で0にしやがった!

 

「ほれ、次いくぞ」

 

 左下から右上への斜め切り上げ。何とかバックステップで刀身をはずす。

 師父はそのまま曲刀の持ち手をひねりながら一歩前へ、こめかみを狙う横薙ぎ。再びぎりぎり頭を下げて躱す。

 後頭部に熱さと金属の冷たさ。少し皮が削られたようだ。

 

 あわわ、どうしよう。

 いいからよく見て避けるんだ、僕!

 うん! よく見て避ける!

 

「ほらほらほら」

 

 流れるような斬撃。銀色の線が縦横無尽に走る。

 今はまだ何とか避けれてはいるが、向こうの底が見えない。きっともっと速く出来るのだろう。

 そしてリーチは圧倒的に不利。こちらから攻撃できる隙間は全く見当たらない。

 

「そらそらそら」

 

 右、下、右、左、左。

 右足を少し後ろに下げて足元への斬撃を避け、そのまま片足で大きく左後ろへジャンプ。

 取り敢えず距離がとれたのはいいが、このままじゃあジリ貧だ。

 

「ほう、よく避けるじゃねぇか」

 

 感心したように言う(ホァン)師父。

 やったー! ほめられたー!

 しかし僕は見逃さない。師父の禿頭に浮かぶ血管、所謂"ピキッマーク"を。

 

「もういいだろ、そろそろ死ねや」

 

 曲刀を持った右腕を大きく左に曲げ、右半身をこちらに向けた構え。

 この体勢から繰り出されるのは確実に右斜め切り上げ。

 本気のスピードが来る。避けられるかは分からない。

 ならば!

 

「お」

 

 相手に合わせて、

 

「らぁ!」

 

 こちらも突っ込む!

 

 繰り出すのは人体で最も堅牢な部位での攻撃! 即ち頭突き!

 目標は半ばまでしか振り切れていない、右腕上腕部!

 

「やあっ!!」

 

 思わず声を上げる!

 全身全霊の気合を込めた声だ!

 

「な」

 

 全てがスローモーションに。

 向こうの踏み込みとこちらの飛び込み頭突き。それに挟まれる形となった右腕。

 師父の右腕に接触している僕の頭に、メキメキと、その破壊される音が響く。

 腕はゆっくりとあり得ない方向へと曲がっていく。落ちていく曲刀。

 跳ね上がる(ひざ)

 え!? 跳ね上がる膝だって!?

 師父の右膝(みぎひざ)が僕の腹部を目指して突き進む。

 空中にいる僕には避けようがない。

 

「ぐほ」

 

 ダメージと共に、さらに滞空時間を延ばす僕。

 左手を少し下げ、未だ空中にある曲刀を掴む師父。

 手首を返し、刃を僕に向けると、そのまま切り上げる。

 

 ダメだ。

 死ぬ。

 

 死んじゃう。

 

 死にたくない。

 

 まだ死にたくないよ。

 

 

 徐々に近づく刃。

 空中でジタバタする。

 無意味に両手を突き出す。

 

 やめろ!

 

 やめて!

 

 頼む!

 

 おねがい!

 

 どっかいってくれ!

 

 こないでー!

 

 

 あっち

 

 

 

「いけーーーーーーーーっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 目の前が真っ白になった。

 僕は……死んだのか?

 

「ふげっ」

 

 衝撃が身体全体を襲う。ん? なんだ、これ……地面?

 

 どごーん!!

 

 岩の砕ける音が、遠くから聴こえた。

 いったい何が?

 

 恐る恐る目を開く。

 (ホァン)師父は……30m離れた場所にある頑丈な石壁に、めり込んでいた。

 

「ほう……、ちょうのうりょく……というやつかのう」

 

 誰かの声が、聞こえたような気がした。

 目の前が暗くなっていく。ダメだ、緊張の連続だったんだ。もう意識を保てそうにない。

 こうなってしまったらもう寝るしかないな……。

 うん、僕、寝るね。

 ああ、おやすみ……――

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 目が覚めたら、三対の目が僕を見ていた。

 あ、最初の日に喋ってた人ー。

 石段の上でな。それに師父が二人か。

 なんだろー?

 

「ようやく起きたか」

 

 そう言って背を向ける最初の日の人。

 多分お偉いさんだよ。お偉いさん。

 おえらいさんー?

 

「すぐに立ち上がってついてきなさい。さるお方がお前に会いたがっている」

 

 師父二人に引き吊り起こされる。

 大丈夫、僕、一人で起きれる。

 

「まったく、お前ごときをお目に留めるとは……。いいかね、これはとても光栄な事なのだよ」

 

 前を歩きながら呟くお偉いさん。

 師父二人は僕の後ろ、左右二方向を固めながらついてきてる。

 

 お偉いさんが階段を上る。

 ダメ、階段は上っちゃいけない。いっぱいいっぱい()たれる。

 

「大丈夫だ。いいからついて行け」

 

 後ろから師父の声が。

 大丈夫?

 向こうからいいって言ってるんだ。ならついて行こう!

 うん!

 うう……、何だかまた頭がふらふらしてきた……。

 

 いつものように少し感覚がなくなった頭を抱え、特に何事もなく二階に上がる。

 一杯扉が並んである中、一番大きなものを開いてその室内へと入って行くお偉いさん。

 その後について僕も部屋へと入る。

 

 うわぁー、すごい。よく分からないけど、豪華!

 貴賓室ってとこかな?

 きひんし……うわぁ! テーブルの上に料理が一杯!

 ターンテーブルの上に中華……か。うまそうだ。

 うー、おいしそう……。

 

「ひょっひょっ、涎を垂らしおって」

 

 横から声が聞こえてくる。

 でも僕の目は料理に釘付け。

 

「よいぞ。好きなだけ食え」

 

 わーい!

 テーブルに駆け寄り、手づかみで料理を食べる。

 

 みんな見たことない。

 中華だな。

 うん、ちゅうかだー!

 

 はぐはぐはぐ。

 もぐもぐもぐ。

 

「ひょっひょっひょっ、慌てて食べておるわ。おい、館長。コヤツ、名は何と言う?」

 

「いえ、名は与えられておりません。元々無かったそうで……」

 

 はぐはぐはぐ。

 もぐもぐもぐ。

 なんだろ、これ? 皮の中にお肉と野菜があって……おいしい。

 餃子だ餃子! 

 うまいなー!

 

「ほう、餃子が気に入ったのか……。――――よし! ならばお前の名は今日からチャオズ、 餃子(チャオズ)じゃ!」

 

 え? そんな投げやりな……。

 なまえ?

 

「いくらなんでも、食べ物の名というのは……」

 

「いいんじゃよ。名は適当な方が大成する。うちにいるもう一人も食い(もん)の名じゃしな」

 

「はぁ……なるほど……」

 

 いや、なるほどじゃなくて、もっと頑張れよー。

 もぎゅもぎゅもぎゅ。

 美味しい!

 

「こら、何時までも食べてないで、挨拶くらいしなさい!」

 

 ん? あいさつー?

 

 ぐるっと後ろを振り向く。

 

「こちら、鶴仙人様」

 

 ……へ?

 

「万武大師の」

 

 え? うそ――。

 

「鶴仙人様だ!」

 

 

 えええええええええええええ!?

 

 

「つ、つるせんにんーーーーーーーーーー!!!?」

 

 

 ――――4年3ヶ月と5日ぶりの、頭がスッキリした瞬間であった。

 

 

 




今日のトリビアをキミに
用語解説 出た順

●饅頭
 無理やり日本語で発音すると「まんとう」。中国で食べられる米と双璧をなす主食。小麦粉をこねて蒸したパン。
 パンという表現を使ったが、実際まったく似て非なるもの。パンと比べて中身が詰まっていて、ずっしりしている。パンと同じく放置すると乾いてどんどん硬くなる。中身が詰まっている為、釘を打てるくらいに硬くなる。
 昔と比べて少し普及率が減ったらしい。

●瓶
 かめ。主に水を保存する用途に使われる。中国の一部農村部では未だに現役。

●ゼニー
 ドラゴンボール世界における地球の通貨単位。200ゼニーは西の都の住人にとって200円くらいの価値しかないが、主人公の住む農村部では6万円程の価値がある。

●馬歩
 半空気椅子。馬に乗るときのポーズを地面でやる。中国武術の基本姿勢であり、主に足腰が鍛えられる。空気椅子と違って足腰を痛めない。
 作者の知り合いの武術家は、毎日テレビを見ながらこれを一時間やるらしい。

●花巻
 無理やり日本語で発音すると「ホァジェン」。饅頭の亜種であり、同じく中国の主食。小麦粉をこね、薄長く伸ばした後、花のように編んでから蒸す。饅頭に比べると食べやすいが、おかずと一緒ならやはり饅頭の方が良いのだそうだ。
 
●餃子
 小麦粉の皮に様々な具を包んだ一品。私達日本人にも馴染みの食べ物。しょうゆたれ付けてご飯と食べるととても美味しい。
 しかし中国では餃子はおかずと主食を兼ねた食べ物である。主食を兼ねる為、中国の餃子は日本の物よりも皮が厚く、それを湯で煮て食べる……まぁ、所謂水餃子。当日に食べ切れなかった分は翌日焼き餃子にする。
 因みに主人公の名前。

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