小白鬼の冒険―ショウバイグィのぼうけん―   作:りるぱ

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第弐話 車は揺れるよ、コトコトと

 僕は今、やけにレトロな車に乗っている。

 助手席には鶴仙人様が鼻ひげをいじりながら腰掛、運転手は知らない人である。

 僕は広い後部座席に座り、小さい身体を更に小さくちぢこませていた。

 整備されていない地面を走っている為か、時折コットンコットンと車が揺れ動く。

 

 ――――思う。

 何でこんな事になったのだろうと。

 僕は受験を控えた中学三年生だ。

 それはついこの間の事のようであり、ずいぶんと昔の事のようにも思える。

 

 あるのだ。

 記憶が。

 今さっき名づけられたチャオズという名の子供として、生きてきた記憶が。

 

 僕、チャオズには親がいなかった。

 とはいえ、乳飲み子が独りでに生を繋ぐことが出来るはずもないので、まぁ、きっとある程度の時期までは世話をしてくれた人がいたのだろう。

 しかし少なくともそれは、僕が世界を認識し心に留めることができる年齢――いわば物心がついた頃にはいなくなっていた。

 所謂孤児というやつなのだが、それはこの世界、とりわけ僕がいた町においてはそう珍しい事でもなかった。

 

 町には僕のような孤児が満ち溢れていた――と言うのはさすがに言い過ぎにしても、少なくとも少数ではなかった。

 さて、当たり前のことなのだが、人は生きていく上で食料を必要とする。

 そして親のいない僕らにとって、それを得られる場は少ない。

 残飯が出るような高級飯店のゴミ箱をあさるか、微妙に心に余裕を持っている中間層よりちょい上の人たちが集まる広場で乞食をするか(因みに富裕層は完全にこちらを汚物扱いするので何も貰えない)。

 そんな数限りあるエサ場を守る為、路上に生きる欠食児童達はコミュニティーを作り、組織的に活動していた。――自らの縄張りを守り、外敵を排除する。拙いながらも組織としては当然のことを行っていたのだ。

 その為どこかのコミュニティーに属さない限り、食料調達は困難を極める。得られてもすぐに組織立った奴らに奪われてしまうのだ。(まっこと)、弱肉強食であった。

 

 ここで、話は僕の外見に行き着く。この真っ白な見た目は別に昨日今日なった訳ではない。

 ――――まぁ、ようするに、どのコミュニティーからも溢れたのだ、僕は。

 

 町での食料調達を諦め、山に入ったのはいつからだったろう。

 実りの多くある山ではない。

 草を()み、木の根を齧り、虫を呑み込んだ。そんな生活を、一年近くしていたと思う。

 あまりに食料が少な過ぎた為、大型の獣がいなかったのは不幸中の幸いだっただろう。とは言え、あんな環境でよくぞ生きてこれたものだと自分でも不思議である。

 

 ――――村を見つけたのは偶然だった。

 あの時、久々に会う人間に歓喜したかどうか、記憶は定かではない。

 しかし、とある村民の足に(すが)りついたのは、今でも鮮明に覚えている。

 

 ――いつの間にやら、小屋が与えられていた。

 あちこちに穴が開きまくった隙間風どころではないボロ小屋であったが、気味の悪い余所者の餓鬼には最高級の待遇だったのではないだろうか。

 だからあの村に対して、悪い感情はない。

 まぁ今となっては、あの扱いに思うところがない訳でもないのだが……それでも感謝の気持ちの方が勝る。

 山での生活はまさしく、地獄だったのだから。

 

 こうして地獄から天国へと移住することに成功した僕に転機が訪れる。

 中学三年生としての僕の自我が生まれたのだ。

 実際どのようにしてそうなったのかは分からない。

 中学三年生の僕が死に、無事輪廻転生を経て今の僕となり、それが何らかのきっかけで前世の記憶を思い出したのかもしれない。それとも、何らかの事故により(どんな事故だよ!?)僕の精神がこの真っ白な子に憑依したのかもしれない。

 きっと考えて分かることでもないのだろう。

 

 この頃から僕の脳内は大分カオスなことになっていた。

 異なる人物の知識を受け入れ切れなかったからか、僕は夢遊病患者のように始終フラフラしていたのだ。

 因みにここで言う知識には中学三年生である僕の人格も含まれている。人格とは知識によって構成されているものであるからして、当然と言えるだろう。

 そんな感じに二つの人格がくっ付いたり離れたり、片方が消えそうになったり、両方が対消滅しそうになったりと誰にも見えない場所でやけにドラマチックな展開を繰り広げ、二年近くが過ぎる。

 現実世界の僕は只ひたすら水を(かめ)に貯め続けるという素敵なお仕事に邁進していたのだが、どういう話の流れからか、あの寺院に売られる事となった。

 まぁ寺院と言っても、実際寺院を隠れ蓑とした鉄砲玉養成場といった所だろうが。

 

 またまた同じことを言うようだが、売られた事に関しても怨みはない。

 なにしろ寺院での暮らしは村のそれに比べると、天国と地獄だったのだから。

 そう、再び僕は地獄から天国へと移住することに成功したのである。

 いやまぁ、特に僕自身何もしてないけどね。

 

 この頃になると、僕の人格はある程度安定するようになっていた。

 相変わらず二つの人格がくっ付いたり離れたりしていたけれど、どちらかが消えそうになるということはなくなっていた。

 ――寺院での生活は楽を極めた。

 周りが次々と脱落していく中、厳しいはずの訓練を容易にこなしていく僕。

 この段階になって、ようやく自分の基礎能力が平均のそれよりも圧倒的に優れている事に気づいたのだ。

 そして中学三年生である僕がこれからの生活をある意味楽観視し始めたところで、先日の事件である。

 ……まさか、肉案山子(かかし)に選ばれるとは……。

 

 とは言え、瓢箪(ひょうたん)から駒と言うべきか、それとも人生成るように成ると言うべきか――。

 

 …………いいかげん回想と言う名の現実逃避はやめよう。

 目の前の助手席に座っている人物。まさしくドラゴンボールにおける鶴仙人である。

 そして僕チャオズ。

 

 …………。

 ……語るべき言葉が見つからない。

 まぁ、つまり、そういうことなのだろう――。

 あまりものショックからか、僕の人格が完全無欠に一つに統合されたことをここに特筆しておこう。

 

 これから僕は鶴仙人(大金持ち)の家に住み込み、使用人のように彼の世話をしつつ武術を習っていくだろう。内弟子というヤツである。

 山で雑草の毒に(あた)ってごろごろと地面を転げ回っていた頃と比べると大出世であり、むしろどこの勝ち組だよ!?と嫉妬のこもった言葉と共にうらやましがられる立場にあるんじゃないだろうか?

 つまり都合三度目の地獄から天国への移住がまさに今、現在進行形で果たされている訳だ。

 

 そして、ここがドラゴンボールと言うやけに死亡フラグ満載な世界であることが判明し、「どっ、どぉーしようー」と頭を抱えて悩むべきところであるはずなのだが、僕はチャオズである。

 

 ――――チャオズって……いてもいなくても、何も変わらないよね?

 唯一役に立っていそうな場面がナッパさんの背中に張り付いて自爆して、ナッパさんをびっくりさせるという……。

 あれ? 役に立ってなくない?

 (ちまた)ではヤムチャという三時のおやつ的な名を持ったイケメンキャラ(←ここ重要)が龍玉におけるもっとも不遇な扱いを受けているとされる風潮があるのだが、よくよく考えてみて欲しい。少し頭を冷やして静めてみれば、真に不遇なる人物が誰なのかは自ずと導き出されるはずである。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 おっとっと。

 車のブレーキに上半身がつんのめり、僕は思考の海から現実へと帰還を果たす。

 右側を向くと、延々と続く煉瓦の壁、そしてそれに(はさ)まれた門が見えた。

 門は木造の両開きであり、幅は大の大人七人が横に並んで入れるくらい。その前には門番らしき人が二人、棍棒を持って立っていた。

 車はその手前に止まったのである。

 

「着いたぞい」

 

 車から降りる鶴仙人様。バタンッとフロントドアが閉められる。

 

「これ、ちぢこまってないで降りてこんかい」

 

「うん」

 

 一言返事をしてドアを開ける僕。

 

「うんではない。はいじゃ」

 

「はい!」

 

「うむ、よいよい。素直でよろしい」

 

 そう言って背を向けて歩き出す鶴仙人様。いつの間にか門は門番によって大きく開かれていた。

 僕はあひるの(ひな)のように、鶴仙人様の後に続いてひょこひょこと歩き出す。

 高い壁の囲いに囲まれた敷地。広い庭は景観の為に植えたであろう樹木があちこちに点在し、それら全てが山水画風に剪定されている。遠くには湖と見紛うばかりの広い池があり、蓮の花らしきものが水面に浮かんでいるのが見える。 

 邸宅まで続くと思われる石畳を踏みしめること五分。デーンと目の前にそびえ立つのは中華風建築物。残念ながら、あまり建築関連に対し興味を持った事のない前世であったので、中華風建築物としか説明のしようがない。ただまぁ……とんでもなく広い事だけは僕にも分かった。

 

「おい、耳無し! 耳無しはおるか!?」

 

「はい、ここに、鶴仙人様」

 

 そう言って、小走りで屋敷から出てきたのは痩せぎすな老人。

 彼は片膝をつき、両手を深く下げた頭の上で組んでいる。

 よく見ると、鶴仙人様がそう呼んだように耳が両方とも見当たらない。

 

「天はどこにおる?」

 

「はい。天津飯様は練武場にて稽古の最中でございます。呼んで参りますか?」

 

「ふむ……、いや、わしから行こう」

 

 そのまま屋敷に入り、廊下を歩み進めること一分。

 何度も角を曲がったり、渡り廊下に出たり、また屋内に入ったりと、もう今どこに居るのかさっぱり分からない。鶴仙人様について行けばいっかとばかりに脳内マッピングを放棄する僕。

 

 ――しばらくすると、外に出た。

 ここが練武場なのだろう。だだっ広い空間に砂の地面。大小さまざまな岩が点在している。他にもアスレチックにも似た用途不明の――といっても修行に使う物なのだろうが――小さなフィールド多数があちらこちらにあり、カンフー映画的な雰囲気を漂わせていた。

 

「お帰りなさいませ。鶴仙人様」

 

 すぐこちらに気づき、抱拳礼をする青年。

 年は十四,五くらいだろうか。少し汗の浮かぶ筋肉質な身体に、額の第三の目。

 まぁ、言わずと知れた、天津飯である。

 

「頑張っておるようじゃのう」

 

「はっ」

 

 返礼もせず、手を後ろに組んだままの鶴仙人様。

 

「あぁ、楽にしてよい」

 

「はい!」

 

 そう言って天津飯は手を後ろに組み、"休め"の姿勢をとる。

 

「ほれ、ここにいる白い小僧、名は餃子(チャオズ)と言う。今日からお前の弟弟子(おとうとでし)じゃ」

 

弟弟子(おとうとでし)……でございますか?」

 

「うむ。慣れるまではお前の部屋に住まわせる。面倒を見てやれ」

 

「はい。かしこまりました」

 

「あとはまかせる」

 

 言って踵を返す。

 

「鶴仙人様! …………どうして、僕を?」

 

 思わず声を張り上げ、去ろうとする恩人に質問を投げかける。

 立ち止まる鶴仙人様。

 

「それはのう、お前が超人だからじゃ」

 

 振り返らずに話しを続ける。 

 

「そこにいる天津飯もそうじゃが、突然変異か、はたまた先祖返りか、この世にはたま~にお前らのようなものが現れる。――将来わしの役に立つと判断して今のうちに唾をつけておく、それだけのことじゃ」

 

「僕……が?」

 

 確かに身体能力はそれなりに高いとは思ったけど……。

 

「あの日お前が戦った黄燕(ホァンイェン)。あやつは幼き頃より三十年間武術を続けておった。それなりの修羅場も幾度か経験しておる。それを修行期間僅か二年のお前が倒したのじゃ。十分見初(みそ)めるに相応しい理由じゃろうが」

 

 そう……なのか?

 

「もうよいな。早くここの生活に慣れよ。そのうち、わし直々にお前に稽古をつけてやろう」

 

 

 

 

 

 鶴仙人様は立ち去る。

 冷たい空気が首をなで上げ、身体を震わせた。今は冬である。

 

 いつの間にやら夕日は西の山に半分沈み、練武場を赤く染め上げている。

 そろそろ何か話そうと考える僕に、先にコミュニケーションを図ったのは天津飯。

 

餃子(チャオズ)……と言うのか?」

 

「はい」

 

「俺は天津飯と言う、今年で十四だ。――チャオズは、いくつなんだ?」

 

「多分、八つ」

 

「……そうか。

 これからは同門だ。何かあったら遠慮なく俺に言ってくれ」

 

「うん。

 ありがとう。天津飯さん」

 

「ああ。――近しい人は俺を天と呼ぶ。同門と言えば家族同然でもある。もっと楽にしてくれ」

 

「わかった。……天さん」

 

「よし! これからチャオズの暮らす部屋へ行こう。ついて来てくれ」

 

「うん!」

 

 

 

 

 天さんに連れられたのは練武場からすぐ近くの部屋だった。

 さっと中を眺めたところ、生活に必要と思われる物がほぼ揃っており、面積もなかなかに広い。

 

(ファン)(ファン)はいるか!?」

 

 小走りで部屋に入ってきたのは天さんと同じ年頃くらいの女の子。黒い髪を頭の左右にまとめ、両側に一つずつお団子を作っている。

 

丫环(ヤーホァン)小方(シャオファン)だ。俺達の身の回りの世話をしてくれる。(ファン)、彼は餃子(チャオズ)。今日から俺の弟弟子となる。世話してやってくれ」

 

 初めてリアルで見るお団子ヘアーに内心感動を覚える。すばらしい!

 天さんはそんな僕の紹介をテキパキと済ませていく。

 紹介された彼女、小方(シャオファン)はにこにこと笑みを浮べながら、何度も頭を下げていた。

 小動物ちっくな動きに、なかなかに愛嬌のある容姿である。

 

(ファン)は言葉を話せない。耳はちゃんと聞こえているから、何があれば言い付けるといい。

……いじめないでやってくれ」

 

 もちろんだ。女の子をいじめる趣味はない。

 

「うん、わかった!」

 

 再び天さんは小方(シャオファン)に向き直る。

 

(ファン)、物置から(ツゥアン)のカプセルを一つ出してくれ。それから布団ももう一組頼む」

 

 大きめに頷いて、駆け足で立ち去る小方(シャオファン)。言われた通りの仕事をしに行ったのだろう。

 

「さて、もうすぐ日も暮れる。今日はもう夕食を食べたら休むといい」

 

 ん? 夕食?

 

「わーい! ご飯!」

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 夜。

 早々に照明を消し、床に入る。

 この部屋にはテレビなどの娯楽用品がなく、飯を食ったらもう寝るしかないようだ。

 

「……ねぇ、……天さん」

 

 薄暗い中、隣の(ツゥアン)に寝る天さんに話しかける。

 

「どうした? 眠れないのか?」

 

「天さんも、……鶴仙人様に拾われたの?」

 

 ――しばらくの沈黙。

 

「…………ああ、俺は十二の頃だった」

 

「そう……」

 

「…………あの頃は、酷かったよ……。

 生きるのに……とにかく必死だった」

 

「…………」

 

「裏通りでごみを漁って……。

 ――――鶴仙人様に出会うまで、名前すらなかったんだ」

 

「うん」

 

「餓死寸前の俺に、鶴仙人様がごちそうしてくださった。……天津飯を……泣きながら食べた」

 

「うん」

 

「俺の身体能力を買ってくれて、お前なら世界一に成れると、そう仰ってくださった。

 ……それまで、誰にも見向きもされなかったこの俺に……」

 

「僕も、今日言われた。すごいって」

 

「…………」

 

「……」

 

 そしてまた、しばしの沈黙。

 

「俺は、あの天津飯の味を忘れない」

 

「僕も餃子、おいしかった!」

 

「――――恩返し……しないとな」

 

「うん!」

 

 




今日のトリビアをキミに
用語解説 出た順

●飯店
 はんてん。中国におけるレストランのこと。

●隙間風
 今うちのアパートに吹いている物。……寒い。

●抱拳礼
 右手拳を左手の(てのひら)に当て、拳を振るいません、暴力を振るいませんという誓いを示す。古代中国の武術関係における礼である。
 やり方は、
 左手は親指は曲げ、それ以外の指をまっすぐに。右手は拳をにぎり、左手の(てのひら)に。
 それを胸の前辺りに会わせ、円を作る感じにする。足はきちんと閉じること。
 師父、もしくは目上の人より先に下ろしてはいけない。

●丫环
 むりやり日本語で発音すると「ヤーホァン」。中国における女性使用人、メイド的な意味である。貴人の付き人から雑用まで仕事は様々。始終そばにいるのである程度可愛い子が選ばれることが多い。なぜか障害持ちの子が多いというイメージがある。
 お団子ヘアーがトレードマーク。日本でも有名なこの髪型は丫环(ヤーホァン)からである。
 そもそも、お団子を左右二つにつけた髪形から丫环(ヤーホァン)と呼ばれるようになった。(ヤー)は頭にお団子二つの髪型のシルエットを表していて、(ホァン)は輪状のものという意味である。つまり、丫の形をした輪状のもの。もろに髪型の事である。
 因みに中国ではメイド萌えよりも丫环(ヤーホァン)萌えの方が一般的だったりする。

●床
 むりやり日本語で発音するとツゥアン。ゆかではなくベッドの意である。
 日本においても"床に就く"と言う熟語があるのだが、いつから"ゆか"という意味になったのだろうか……。

●カプセル
 ホイポイカプセルのこと。言わずと知れたドラゴンボールを代表する超科学の一つである。ブルマの父であるブリーフ博士が作ったらしい。

●天津飯
 ご飯にかに玉をかぶせ、上に片栗粉でとろみをつけた餡をかけたもの。
 中華料理のようでいて実は日本料理。中国で天津飯と聞いても、「なにそれ?」と返ってくる。
 蟹が高い為、思いついた時にパパっと作る事ができない。頑張って材料を用意して作っても、感動するほど美味しい訳でもない。
 主人公の兄弟子の名前。
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