小白鬼の冒険―ショウバイグィのぼうけん―   作:りるぱ

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第四話 飛天昇空、ビュンビュビュン

「わーーーーい!!」

 

 気っ持ちいいーー!

 

 すぅーーと思いっきり息を吸い込み。

 

「ああああああーーーーーーーー!!」

 

 出せる限り最大の音量で叫ぶ。

 こんな状況にあるなら誰だって叫ぶさ。断言するね。

 

 ただいま高度約300m。

 僕は()()でこの上空と呼ばれる場所にいる。

 

 鶴仙流招法が一つ。

 『舞空術』

 薄い膜状の"気"で身体全体を包み、それを持ち上げることで飛行を可能とする。

 一応放出系に分類される技である。

 まさに秘技と呼ぶに相応しい。

 

 この技を習得した時は、この世界に来たことに対し、手放しで感謝したものだった。

 何しろこんな体験、元の世界じゃ逆立ちしても出来ることじゃない。

 ふふふ。あはは。

 僕は、僕は自分の力で空を飛んでるんだ!

 

「キィーーーーーーーーーーン!!」

 

 おっと、これはアラレちゃんの持ちネタだ。

 やっぱりアラレちゃんもこの世界のどこかにいるのかな? 会ってみたいな~。

 いひひ、えへへ、上がったテンションが下がらないよ。どうしよう。

 

 PiPiPiPiPiPiPiPiPiPiPiPiPiPiPiPi……

 

 更にスピードアップだ! などと考えていたら、ポッケにあるアラームが鳴り響いた。帰って来いの合図である。

 うん、そうだね。随分と遠くまで来たみたいだし、そろそろ帰ろう。

 

 さ!

 

「キィーーーーーーーーーーーーン!!」

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「ただいま!」

 

「おお、戻ってきおったか。

 ……どうやら舞空術は完全にモノにしたようじゃな」

 

「はい、鶴仙人様」

 

 着地から即座に抱拳礼に移る。

 練武場でなぜか鶴仙人様が僕を出迎えていた。

 どうしたんだろう? 今日はいないはずなのに。

 

「予定より随分早く用が片付いたのでな。お前らの様子を見に来たわけじゃ」

 

「はい。お疲れ様です。

 …………あれ? 天さんは?」

 

 ここで修行していたはずの天さんがいない。僕を呼び戻したのも天さんであるはずなので、影も形もないのは少し不思議である。

 

「天なら先に昼飯を食いに行かせたわぃ。

 ……にしてもチャオズよ……、お前は相変わらず片言じゃな……」

 

 言葉には不自由してないはずじゃが……。などとぶつくさ言う鶴仙人様。

 

 僕は今のところ、ずーっとこの片言喋り、名付けて餃子(チャオズ)喋りで(とお)していた。

 自分で言うのもなんだが、僕の本来の話し方は客観的に見ると色々とうざいらしい。

 前世でも小賢しいやら、回りくどいやら、子供らしくないやらと散々言われてきたのだ。同じ失敗を態々犯そうとは思わない。

 なのでこの喋り方をデフォルトにしようと一念発起した訳である。

 

「ところでチャオズ。もう気弾は揺らぎなく作れるようになったか?」

 

「はい!」

 

「ふむ。ちょいとやってみぃ」

 

「はい」

 

 右手掌を上に向け、集中。

 そして間を置かず、僕の掌より10cm上空に青みがかった白の、手毬大の気弾が生まれる。

 鶴仙人様の元で修行を始めてからもうすぐ二年。速かったのかそれとも遅かったのか、ようやくこれくらいのことは出来るようになった。

 

「なるほど……完璧じゃのう……」

 

 僕の功夫(クンフー)を見て花丸な評価を下す鶴仙人様。

 人は褒められれば喜ぶ生き物であるからして、どんどん褒めるべきである。そうすればその分、さらに期待に応えようと努力をするのもまた人だからだ。

 つまり僕は褒められてとても嬉しい。

 

「へへへ~」

 

 鶴仙人様の有り難い拳骨☆

 

「うぅ……」

 

 痛い……。

 

 この二年間何度も繰り返し、もはやパターン化したこのやり取り。

 鶴仙人様も諦めたのか、呆れ顔でもはや何も言ってこない。

 

「気を取り直してじゃ、チャオズよ!」

 

「はい!」

 

「……よ~く、見ておれぃ」

 

 言われて反射的に全感覚を研ぎ澄ます。

 鶴仙人様がそう言う時は大抵新技を伝授する時だ。

 いつも脈絡もなく唐突に始めるのは正直勘弁して欲しい……。

 

 静かな一呼吸の(のち)、鶴仙人様の身体全体の"気"が一息に、爆発的に増大する。

 と同時に右手人差し指を突き出す。

 感覚をひたすら鋭く研ぎ澄ませた今の僕には分かる。

 ありえないことに、その増大した圧倒的物量の"気"が()()、突き出した指に集まったのだ。

 

「どどん波!!」

 

 鶴仙人様の気が増大し、それを指に集めて放つまでなんとコンマ1秒未満!

 放たれた気弾は尾を引きながらビームの様に突き進み、練武場にある岩に接触。そのままその岩とその後ろにある岩を四つばかり貫通し、最後に山の様に積み上がった砂場に突き刺さり、大爆発を起こした! 

 

 パラパラと降り落ちる砂を全身に浴び、未だエコーを残す爆発音を耳に響かせながら、果たしてこの音を"ドゴーン"と表現すべきか、それとも"ちゅどーん"と表現すべきかなどと惚けたことを考える。

 と、鶴仙人様からお声がかかる。

 

「全身の細胞を活性化させた上でそこから"気"を一息に搾り出し、それらを指先に集めて放つ。

 これが鶴仙流絶招、どどん波じゃ」

 

 鶴仙人様は呆然としていた僕にかまわず話を続ける。

 

「どどん波の真髄はその技の()()()()にこそある。

 そもそも殺し合いにおいては、じゃ」

 

 一旦言葉を切り、手を腰に回して姿勢を正す。

 

「そこでは常に千分の一秒の世界での判断を強要され、そのいかんによって生死が決定される。そん状況において、溜めねば使えぬ技などなんの役にも立たん」

 

 ふむふむ。その為には、速さ……か。

 

「そしてもう一つの特徴は、その貫通力じゃ」

 

 鶴仙人様は腰に回した手から先ほど技を放った人差し指を前面に出し、上に向ける。

 

「どどん波は気を集めやすい掌ではなく、指を放出口とする。

 それによって……そうじゃな、チャオズ、どうなるか答えてみぃ」

 

「ホースの穴は小さい方が、水の勢いは強い!」

 

 即答する。

 波紋と一緒ですね、鶴仙人様!

 

「その通りじゃ。

 その為どどん波は他の気功波と衝突してもそれを貫き、さらには敵を即死させるだけの威力を秘めておる。

 自惚れではなく、わしのどどん波こそがこの世で最もバランスの取れた最強の放出系気功であると断言しよう」

 

 おお!

 

「これがお前の次の目標じゃ。このどどん波を完璧に使いこなせるようにせい。

 今日からわしも付きおうてやる。丁度暇が出来た事じゃしな……」

 

 再びおお!

 久々の鶴仙人様の修行だ。

 鶴仙人様は経験豊富なだけあって教えるのが非常に上手い。一人でいくら頑張っても埒が明かなかった時も、鶴仙人様の助言一つで立ち塞がっていた壁が取り除かれたことは過去に幾度もあった。

 

「ほれ、お前も飯に行ってこい。続きはまた午後からじゃ」

 

「はい!」

 

 鶴仙人様に一礼。

 よし! 踵を返し僕達の部屋へ。

 楽しい楽しいご飯の時間だ!

 

「……まったく……わしが二百年かけた道のりをたったの二年で歩むとはのう……」

 

 背後から鶴仙人様の漏らした独り言らしきものが、かすかに耳に届いた。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 ふきふきふき

 

 円卓テーブルを囲む僕と天さん二人。

 昼食を食し、満腹の充足感に浸りながら"ふぅ"とお腹をぽんぽんと叩くこの時間。

 ハンカチを片手に、小方(シャオファン)は横で僕の口周りを拭いていた。

 

 ――正直止めて欲しい。

 前々から思っていた事なのだが、彼女は僕をなんだと思っているのだろうか?

 口くらい自分で拭けるわい!

 

(ファン)。ほら、右の端っこにも」

 

 ちょいちょい、ふきふき――。

 

 天さんに言われた通りの箇所を更に念入りに拭いていく小方(シャオファン)

 あーもう。

 天さんも天さんで。

 何でこの二人はこんなに過保護なわけ?

 

「うー」

 

 不満を示す為に唸り声を上げてみる。

 うぎぁー!

 何かが琴線に触れたのか、満面の笑顔で僕に頬ずりする小方(シャオファン)

 

「やめてー」

 

 じたばたする僕。

 と言っても、あまり力を入れすぎると彼女を傷つけてしまうかもしれないので、そんなに暴れられない。

 

「ハハハ」

 

 そして、そんな僕を見て笑う天さん。

 

 小方(シャオファン)の容姿は百人が見れば五十人が可愛いと言い、二十人が綺麗と評し、残った三十人は普通と判断するだろう。要するにクラスにいるちょっと可愛い子レベルだ。

 前世における僕は中学生であり、よくある"女子になんか興味ないやい"を表層に出しながらも本当は気になって気になって仕方がなかったりするお年頃であり、そして当然の如く男女のお付き合いなるものを渇望しながらも経験したことはない。

 とまぁ本来ならこのようにおにゃの子に頬ずりなどされたら、心の中でどこかにある聖地に向かって五体投地をした後、両手を上げて万歳を三回唱え、最後に十字を切って"エーメン"と信じてもいない神に感謝を捧げながら必死に浮かび上がるニヤつきを相手にばれないよう抑え付けていたところなのだろう。

 だがしかし。

 今の僕には、"ちょっとうざったいかな?"と言う他に特に感じるものはない。

 ――性欲が、ゼロなのである。

 第二次性徴がまだだからという理由が最もそれらしいが、それでも前世におけるこの年頃の僕はもうちょっとませていたような記憶があり、ここまで枯れていなかったように思う。

 とまぁ長々と思考のブラックホール内をお散歩してしまった訳だが、要するに、こんなほっぺをくっ付けられても僕としては暑苦しいだけなのだ。

 

 やっとこさ小方(シャオファン)を引き剥がす。

 

「ねえ。

 小方(シャオファン)にとって僕は何?」

 

 さっき頭に浮かんだちょっとした疑問を彼女に投げかける。

 本当に、この子は僕をペットかお人形だと思っているんじゃなかろうか?

 

 少し小首を傾げながら考え込む小方(シャオファン)。そして箪笥(たんす)の上にある筆記本(メモ帳)を手にとって鉛筆でさらさらと何かを書き込む。

 

 ”小弟弟(おとうと)

 

 彼女はそう書かれたページを僕に見せた。

 

 弟……ね……。

 想像した物と違い、割と真面目な答えが返ってきた。

 弟扱いというのも僕の精神年齢からすればぜひご勘弁願いたいのだが、……まぁいっか。

 肉体に引っ張られた為か、精神年齢が殆ど成長していないような気がしないでもないし……。

 

「そうだ、チャオズ。先程の練武場の爆発音、鶴仙人様のどどん波だろう?」

 

 そう僕に聞く天さん。

 

「うん。午後から修行するって」

 

「……そうか……、もうなのか……。

 チャオズの成長速度は本当に速いな……。うかうかしてるとすぐに抜かれそうだ」

 

 そう言いながらも天さんは何だか嬉しそうな顔をしている。

 

「そんなことない。

 肉弾戦、天さんのほうが全然上」

 

「チャオズはまだ手足が伸びきっていないからな。

 もう何年かすれば自然と上達するようになる」

 

「うん」

 

 生返事を返す。

 正直思うのだが、この身体ってこれ以上成長するのか?

 漫画のチャオズって、後半も殆ど容姿体格が変わってなかったような気がするのだが……。

 

「それじゃ、そろそろ行こうか」

 

 天さんはそう言って立ち上がり、僕もそれに続く。

 

(ファン)、夕食の買い物に行くなら明るいうちにするんだ。最近は何かと物騒らしい」

 

 言いながら部屋から出る天さん、そして僕。

 大丈夫だよ、心配しすぎ、とばかりにコクコクと頷く小方(シャオファン)

 

「それから、きちんと鶴仙人様の家紋が入った服を着ていくんだ。それが何よりの防犯になる」

 

 歩きながらさらにそう続ける。

 速く行けと小方(シャオファン)はシッシッと手を振る。

 

 こんな毎日を、僕は過ごしていた。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 とある日の午後。

 どどん波の訓練が開始してから二週間程が過ぎ、僕はなんとかかんとかどどん波()()()を放てるようになっていた。それでも鶴仙人様が言うには有り得ない習得の速さらしい。

 実感するに、僕はきっと本来のチャオズよりも速いスピードで成長している。……たぶん。

 

 とりあえず今日の修行が少し前倒しに終わり、僕は久々に何をするでもなくボーと庭で空を見上げていた。

 と、そこで人の気配を感じて目線を下げる。

 

「耳無し!」

 

 僅かに驚愕を滲ませた声で呼び止める僕。

 

 僕の前を横切って行くのは耳無しの爺さん。

 何時もなら彼のことを風景の一部と見て声などかけないのだが、今日の彼は普段と違って、目立つ装いをしていた。

 

「どうしたの、それ?」

 

 彼の衣服の六割方が真っ赤に染まっていたのである。

 ぼたぼたと滴り落ちているのは間違いなく血液だろう。

 

「血化粧……怪我?」

 

 多分違うだろうと思いながらも聞いてみることにする。

 

「これは餃子(チャオズ)様。ご機嫌宜しゅうございます」

 

 まずそう言って腕を組んで一礼する血染め姿の耳無しの爺さん。そして彼はすぐ僕の質問に答えた。

 

態々(わざわざ)ご心配いただき、有難うございます。

 これは私めの怪我ではなく、返り血でございます」

 

 やっぱりそうか。

 歩く時に身体の軸はぶれていなかったし、怪我をしているようには見えなかった。

 

 歳は六十を過ぎているだろうか。彼、耳無しはこの屋敷の管家(グァンジァ)だ。

 鶴仙人様の資産帳簿の管理から今夜のおかずまで幅広く監督している苦労人である。

 耳無しとはなんと彼の本名だ。言わずとも分かるように、名付け親は鶴仙人様である。思わず自分の名が餃子(ぎょうざ)であることに安堵を覚える程に酷いセンスであった。

 耳無しは七つだか八つだかの時にどこかから鶴仙人様が拾ってきたらしい。きっとその時にはもう両耳がなかったのだろう。以来五十年以上に渡って、ここで鶴仙人様のサポートをしている。

 

「いやいや、久々に暴れましてな。

 やはり昔程には身体が動きません。まったく歳はとりたくないものです」

 

 耳無しの爺さんは好々爺然とした笑みで言う。

 そう。彼はこう見えてかなりの達人だったりする。拳銃を持ったチンピラ二十人くらいなら、無傷で全員逃がさず葬れる程の。鶴仙人様が拾ってきた点から見ても、その才能の程を想像出来るだろう。

 とは言え、それはやはり人の範疇に納まる才能。僕や天さんのように人間を辞めてはいない。

 一応この屋敷の序列においても、僕達の方が上だったりする。 

 

「相手は?」

 

石榴幇(スーリュバン)のチンピラどもです。

 最近やけに強いお仲間が入ったらしく、かなり調子に乗っておりましてな。一昨日、三暗会(サンアンホイ)の奴らに泣きつかれたんでございます。あそこには何人か知り合いもいましたことですし、断わるのも角が立ちますゆえ――。仕方なく先頃、石榴幇(スーリュバン)の集会場を三つ程つぶしてまいりました」

 

「そう。皆殺し?」

 

「ええ、もちろんでございます、餃子(チャオズ)様。

 武を行使するのなら確実に殺す。鶴仙流の基礎理念でございますから。

 私はこれでも鶴仙流の端くれ。武の意味を鶴仙人様よりきっちり叩き込まれておりますゆえ」

 

 ははは。と照れ臭そうに笑う耳無しの爺さん。

 

「おお、そうでした。こうしてはいられません。

 今夜白白(パイパイ)様が久方ぶりにいらっしゃるのでした。お部屋の準備もしませんと。

 それでは、餃子(チャオズ)様。私はこれで失礼いたします」

 

 彼は一礼すると小走りで立ち去った。

 

 

 

 

「そうか。白白(パイパイ)様が帰ってくるのか」

 

「天さん?」

 

 いつの間にやら天さんがすぐ近くに来ていた。彼の五感はすこぶる良いので、きっと遠くから僕達の会話を聞いたのだろう。

 

白白(パイパイ)様って?」

 

 多分、(タオ) 白白(パイパイ)のことなのだろう。

 原作知識では、彼は殺し屋で鶴仙人様の弟だったはずだ。

 

(タオ) 白白(パイパイ)様は鶴仙人様の弟君でな、俺達の兄弟子にも当たるお方だ」

 

「へ~」

 

「気さくな方だから、気楽に話しかけてみると良い」

 

「うん!」

 

 気さくなのか……?

 殺し屋のイメージしか知らないからな……。後、柱で空飛んだりとか。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「ハロ~。みんなの人気者、(タオ) 白白(パイパイ)だよ~ん」

 

 えー……。

 これは無いんじゃない?

 

「軽いジョークだ」

 

 はは……冗句でしたか……。

 

 そんなこんなあって、(タオ) 白白(パイパイ)様との初対面である。

 鶴仙人様は二,三言話した後どこかへ行ってしまった。今は僕と天さん、そして(タオ) 白白(パイパイ)様の三人がこの貴賓室らしき部屋を占領している。

 桃色のチャイナ服に左胸の”殺”の一文字。満州式辮髪(べんぱつ)を結い、見事な鼻鬚(はなひげ)を蓄えている。全体的には何だか緩い雰囲気なのだが、その眼光は鋭く隙がない。

 あまり敵には回したくない。

 これが僕が(タオ) 白白(パイパイ)という人間に抱いた印象だった。

 

「にしても、いつの間にやらこんなちんまい弟弟子が出来るとは」

 

 (タオ) 白白(パイパイ)様は顎に手を当てながら腰を下げ、覗き込むように僕を見る。

 

餃子(チャオズ)と言います。(タオ) 白白(パイパイ)様」

 

「……餃子(チャオズ)……どうせまた兄者が適当に付けたんだろうな――。

 チャオズ、もっとフランクに白白(パイパイ)おじさんとかでいいぞ。一応兄弟弟子(きょうだいでし)だしな」

 

「えっと……白白(パイパイ)……さん」

 

「まぁ、それでも良い」

 

 白白(パイパイ)さんは満足そうに頷く。

 

「よし! 今日はせっかく可愛い弟弟子達に会えたんだ。わたしが夕食をおごってやろう。

 天津飯もチャオズもついて来なさい」

 

「はい!」

 

「はい、有難うございます、(タオ) 白白(パイパイ)様」

 

「お前は相っ変わらず堅っ苦しいな~」

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 白白(パイパイ)さんに「ヘイ、タクシー」と呼ばれた車に揺られて約五十分。

 町並みは高層ビルが立ち並ぶ都心染みたものへと変化していた。

 

 車は三階建ての皇居――もちろん中国の――のような建物の前に止まる。

 大きな看板には赤の外枠を金色で塗り潰した字で、”金玉飯店”。

 ……うわぁ……お下品……。

 

 中に入ると従業員に個室へと案内される。白白(パイパイ)さんは随分と手馴れているようで、頻繁にこういった店を利用していることが窺えた。

 そんなわけで、注文を全部白白(パイパイ)さんに任せる。

 そして十五分後、どう考えても僕達だけでは食べきれない量の料理が次々と運ばれてきた。これは……優に十人前くらいはあるだろう。

 

 僕の当初の予想とは裏腹に、その晩はかなり楽しい一時を過ごすことが出来た。

 料理に舌鼓を打ちながらの楽しい会話。

 ――いや、会話とは違うのだろう。何しろ殆ど白白(パイパイ)さん一人が喋っていたのだから。

 

 白白(パイパイ)さんはその昔漫画家の道を目指していたのだそうだ。しかしやはり険しい道であるらしく、三十才の誕生日をきっかけにその道に進むことを断念。真っ当な会社に就職して、サラリーマンとして勤めるようになった。その後いつくかの会社を転職したが、延々と同じように繰り返される仕事に満足感を得られず、兄の鶴仙人様の助言により一念発起。脱サラして、殺し屋の仕事を始めることにしたという。その時御年(おんとし)二百七十一歳。

 武術の修行自体はサラリーマン時代にチョコチョコと兄の元で積んできたらしい。その後あっと言う間に売れっ子殺し屋となり、今では”世界一の殺し屋”などと呼ばれることもあるのだそうだ。

 

 その後も殺し屋として行った場所の話、可笑しな動機で殺しを依頼してきた人の話、殺しを営む最中の逸話などなど、白白(パイパイ)さんはそれらを面白おかしく話した。

 白白(パイパイ)さんの話は殺し云々を抜いてもとても面白く、僕と天さんは必死にそれらに聞き入った。きっとこう言う人のことを話の面白い人と言うのだろう。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「わたしは休暇で一週間ここに滞在する。また明日遊ぼう」

 

 屋敷に戻り、白白(パイパイ)さんは「バイバイ~」と言いながら耳無しの爺さんに案内されてどこかへ行ってしまった。多分来客用の部屋だろう。

 天さんが気さくなお方と言った意味が分かった。本当に気さくなお人である。

 

 

 天さんと一緒に弟子専用棟に戻る道中、廊下で鶴仙人様とばったり出会う。

 

「今晩は。鶴仙人様」

 

「こんばんは、鶴仙人様」

 

「ああ、お前ら、帰ってきたか」

 

 両手を腰の後ろに回しながら話す鶴仙人様。

 その背筋はピーンと伸びていてまったく老人とは思えない。

 

「はい」

 

「ご馳走になって参りました」

 

「そうかそうか。まぁ彼奴(あやつ)も弟弟子のお前らが可愛いのじゃろう。

 あの喋りだしたら止まらない機関銃のような口をなんとかしてくれたら、食事くらいわしも付き合ってやったのだがな――」

 

 話の流れから推察するに、どうやら白白(パイパイ)さんは鶴仙人様を食事に誘い、それを鶴仙人様が断わったらしい。

 

 鶴仙人様はそのまま手を顎に当て、思案顔でなにやら考えている。

 

「――チャオズ」

 

「はい」

 

「明日、白白(パイパイ)に修行を見てもらいなさい。

 彼奴(あやつ)は”気”の放出に関しては才能が皆無なのじゃが、”気”を使った身体強化、内気功においては超人の域に達しておる。

 そして何より彼奴(あやつ)は柔軟な頭脳を持っておってなぁ。わしの気づかないことも教えてやれるかもしれん」

 

「はい。分かりました。頼んでみます」

 

「うむ。わしからも言っておこう。

 それじゃあ二人とも、早めに寝るように」

 

 鶴仙人様はそう言って立ち去っていった。

 

晩安(おやすみなさい)、鶴仙人様」

 

「お休みなさい、鶴仙人様」

 

 廊下の角を曲がって姿が見えなくなるまで、頭を下げ続ける。

 

 さて、明日は白白(パイパイ)さんとの修行だ。

 




今日のトリビアをキミに
用語解説 出た順

小弟弟
 末の弟という意味。小方(シャオファン)のチャオズに対する認識。

管家
 むりやり日本語で発音するとグァンジァ。家を管理する人間のこと。
 日本風に言うと執事長。西洋風に言うとセバスチャン。ヾ(・・;)ちょっ
 余談だが、セバスチャンとは西洋では割りとよくある名前らしい。とりあえず作者の友人に本名セバスチャンの人が二人いる。

辮髪
 べんぱつ。ユーラシア大陸北東地域に住む民族の伝統的髪型。
 今回登場した(タオ) 白白(パイパイ)は満州式。前髪を剃りあげ、残った後頭部の髪を三編みお下げにして後ろに垂らす。
 他にも頭頂部を残す契丹族式、両側頭部を残すモンゴル式などがある。

金玉飯店
 実在する。どうやら縁起のいい使いやすい名前らしい。下ネタ的な意味はない。
 作者は上海で一店舗、瀋陽で一店舗発見。

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