小白鬼の冒険―ショウバイグィのぼうけん―   作:りるぱ

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第伍話 殺悪是悪、武の真髄

「よいか、武とは悪そのものじゃ。

 どんなに綺麗事を並べ立てようと、武力によって相手の意思を――生命を消すことこそが武の真髄。わしがお前らに教えた技の数々は、全てそれを目的としておる」

 

「でも……、”武”で悪い人を倒したら、それって、”善”じゃないですか?」

 

「そもそも、本質的には”善”も”悪”もこの世には存在せん。全ては人の主観による物じゃ。

 相手が悪と決めつけておるのはお前の主観。ならその悪を殺すのはお前の”独善”。

 ”独善”――、それは世間一般の常識において、”悪”と呼ばれるものじゃ」

 

「……みんなが、みんながその人を悪人って判断した時は?」

 

「みんな? それは世の中全ての人間のことか?

 チャオズよ、世の中全てに悪と評価を下されるような人は存在しない。お前が殺した”悪”は、必ず誰かしらにとっての”善”となる。ならその”善”を殺したお前は、やはり”悪”なのじゃよ」

 

「じゃあ……どうすれば……」

 

「別にわしはお前に”善”になれと言っとるわけではない。

 (はじめ)に、武の本質とは”悪”じゃと言うたじゃろうが。悪なら悪らしく武を行使し、冷酷に、冷徹に、敵となった者の未来を摘み取れぃ。

 わしはな、善の武などと綺麗事をほざいて敵を殺し、その後で、”どうじゃ、わし良い事したじゃろ?”的な態度で通りを闊歩する奴らが一番許せん。相手を殺した時点で、同じ穴の(むじな)じゃろうに」

 

「……」

 

「じゃから、武を学ぶものは必ず知らなくてはならない――――」

 

 

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「確かお前、超能力が使えるんじゃなかったか?」

 

 あっ!

 

 一夜明けて次の日の練武場。

 僕は昨日鶴仙人様から言われた通り、(タオ) 白白(パイパイ)さんに修行を見てもらっていた。

 

「ならそれを鍛えてみればいいんじゃない? そう滅多に無い能力だしな」

 

 まったく。仰る通りで。

 

  白白(パイパイ)さんはさっきから辮髪(べんぱつ)を留めているリボンの結び目が気に食わないようで、それを弄くりながら僕に話しかけている。

 

「……うむ、これでよし。

 とりあえずそこら辺の物を超能力で動かしてみろ」

 

「はい」

 

 言われるまですっかり自分にその技能があることを忘れていた。

 始めて、そして最後に使ったのが約二年前なわけで、ええっと……どうするんだったけ?

 そうだ……確か手の平をこう、突き出して。

 ――とりあえずあの岩をターゲットロックオン。

 

「んんんー」

 

 力を込めるにしてもどこに込めれば良いのか分からない。とりあえず両腕と両手に……。

 もちあがれー! 

 

 ガゴンッ、パラパラパラ。

 念じた通り、僕の身体五つ分程ある大きさの岩が独りでに浮き上がる。土に埋まっていた部分から泥やら砂やらがパラパラと落ちる。

 

 おおー! 出来たー。

 事実上これが始めての超能力行使になるのだが、予想に反してあっさりとうまくいった。

 こう、昔の自分に出来ないことが出来る度に思うのだが、本当に嬉しい。

 

「ほぉ、一発で出来たじゃないか。

 なら……、今度はそれを使ってわたしを持ち上げてみろ」

 

「はい」

 

 言われた通りに白白(パイパイ)さんを持ち上げるよう、両手の平を突き出しながら念じる。

 

 もちあがれー!

 

「んんん~」

 

 さっきと同じよう、腕と両手に力を込める。

 

 白白(パイパイ)さんは大きく馬歩を踏み、気合を入れた。

 

「ふんっ!」

 

 そうして彼は全身に気を行き渡らせる。

 ”内気功”、気による肉体強化だ。

 

「あれ?」

 

 持ち上がらない。

 

「やはりな。

 以前に超能力を使う相手と戦ったことがあったが、その時も同じだったわ。

 内気を高めると、どうやら超能力は干渉しづらくなるらしいな」

 

 うわぁ……。マジですか……。

 使えねぇ……。

 

「ふむ……、それでもほんの少しは効いているようだぞ。

 違和感程度だが、身体が硬い」

 

 腕を回し、首をゴキゴキとやりながら白白(パイパイ)さんはそう続けた。

 

「相手の身体全部を能力の効果範囲に入れるのではなく、ピンポイントで心臓や血液の流れを止めてみるのはどうだ? それなら気で防御していても、多少効くと思うぞ」

 

「――――! はい!

 なるほどです!」

 

 そうか。超能力で相手の肉体の調子を下げればいいのか。

 心臓の動きが遅くなれば、その分血液を全身に行き渡らせる機能も衰える。そうして結果的に全ての動きが悪くなるはずだ。きっと気の練りも阻害されるだろう。

 こんな使い方があったとは、まさに目から鱗である。

 

「とりあえずもう一度わたしに使ってみろ。

 なぁに、内気は充満させておる。お前の柔な超能力で、わたしの心臓を止めることは出来ん」

 

「わかりました。

 ――では、いきます!」

 

 手の平を向け、白白(パイパイ)さんの右胸――心臓に意識を込める。

 

 むむむ……。

 

「……ほぉ」

 

 自身の左胸に手を当てる白白(パイパイ)さん。

 

「……確かに効いておるな。心なしか身体も少し重い」

 

「本当ですか? やったー!」

 

 素直に喜ぶ。

 これでまた戦闘における新たな選択肢が増えた。

 

「しかしその力、両手を相手に向けんと使えんのか? その欠点はかなり致命的だぞ」

 

「えっと……今のところは。今度からは手を使わないで出来るよう、練習します」

 

「今度と言わず今やれ。その手札は、モノに出来ればかなり強力だ」

 

「はい!」

 

 

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 さて唐突だが、後悔先に立たずという言葉がある。死んでからの医者話でも(はま)った後の井戸の(ふた)でもいい。

 そういう体験は多分誰にでもあるものなのだろう。

 だが、それが致命的で取り返しのつかないことだった場合、人はどうするのだろうか?

 さらに悪方向へ進まぬよう、今出来る最善を維持するのだろうか?

 未来を見据え、それを忘却の彼方に置くのだろうか?

 それとも、ただただひたすらに、後悔の念に(さいな)まれ続けるのだろうか?

 

 僕は――――

 

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 時が過ぎ去るのは早いもので、白白(パイパイ)さんが去ってから三ヶ月過ぎていた。季節は春。庭に並ぶ梅の木々が次々と花の(つぼみ)をつけ始めていた。

 僕の身体は寒さにも暑さにも強いのだが、それでもやはりこの季節の気温が一番心地よく感じられる。

 

 視線に力を入れる。

 ――ガゴンッという音。

 目の前に鎮座する半径5m大の巨岩は、水が(こぼ)れ落ちる速さで宙へと浮かび上がる。

 すかさず指を突き出す。

 

「どどん波!!」

 

 僕の指より発せられた気弾は巨岩をくり貫き、中心に達したところで大爆発を起す。

 

 轟音!

 

 パラパラと降り落ちる石は全て親指大までに砕かれている。

 

「にしし」

 

 完っ璧!

 

 最近最高に調子が良い。気の総量も超能力のパワーもどんどん増えている。

 成長期なのだろうか?

 修行の一つ一つに手応えを感じる。一日ごとに強くなっていくことを実感できる。

 正に修行冥利に尽きると言ったところだ。

 

 軽くストレッチしながら空を見上げてみた。

 今日は何だか町の方が騒がしい。

 なんだかんだで町まで出ることが滅多にないものだから、季節の行事にはあまり詳しくない。

 今日はお祭りでもやっているのかもしれない。

 

 さて、もうすぐ日が沈む時間だ。

 今日はこれくらいにしておくかな。休むことも立派な修行だと鶴仙人様も言っていたし。

 

 庭に咲く花を観賞しながら、弟子棟まで続く渡り廊下を歩く。

 梅の木エリアを抜けて桃の木エリアに差し掛かる。季節に合わせて芸術的に設置された庭は、見る者を飽きさせないよう様々な工夫を凝らしている。今度ここにお弁当を持って来て、三人でピクニックと洒落込むのも悪くない。

 そうだ。鶴仙人様も誘って四人で行こう。鶴仙人様はなんだかんだで僕らと食事をする機会が少ないしね。

 内弟子としては師匠のお世話も義務の一つであるはずなのだが、ここは使用人が多くてその役目を僕らが果たす必要が無い。鶴仙人様が言うには、強くなることこそが何よりの師匠孝行なのだそうだが、やはりもう少し心の交流も欲しいところである。

 

「ん?」

 

 頭両サイドのお団子をひょこひょこと揺らし、買い物(かご)を持った小方(シャオファン)が裏門に向かっていくのが見えた。

 彼女は僕が見ていることに気づいたのか、嬉しそうな顔で手を振ってくる。

 まぁ、いつものことだ。ここで無視すると彼女は()きになっていつまでも手を振り続けるだろう。そしてそれでも無視すると、どんどん近くまで寄ってきて、最終的には僕の目の前で延々と手を振り続けるのだ。前に実証したことである。

 という訳で、僕も大きく右手を上げて手を振り返す。意地を張っても誰も得をしないのだ。

 それを見て満足したのか、彼女は軽くステップを踏みながら、裏門から出て行った。

 

 僕はそのまま華々しい庭に別れを告げ、渡り廊下を曲がり、弟子専用棟へと向かう。

 今日は天さんが鶴仙人様と共にどこかへ行ったので、僕一人だ。

 

 部屋に戻った僕はベッドでごろごろしながら、最近買った冒険アクション小説を読み出す。

 ここに来た当初、僕は鶴仙人様に文字の勉強を修行の合間にして貰うよう頼んでいた。因みに先生は耳無しの爺さんだったり、その他の使用人だったりで、鶴仙人様自身から教わったことは一度もない。

 二年と少しの漢字漬けで大分文字の備蓄量は多くなってきた。小説を読んでも滅多に辞書をめくることがなくなったのは嬉しいかぎりである。

 

 またパラリと、ページをめくる。

 この静かな時間は修行ばかりの僕にとって、正に程よい心の休憩時間であった――。

 

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 読書に勤しむうちに夕日は静かに山の向こうへと沈みだし、窓からの明かりでは満足に文字が読めない程、辺りは暗くなってきた。僕は電灯を点ける為にベッドから起き上がる。

 とそこで玄関から物音が耳に届いたので、そちらの方に足を伸す。

 

「チャオズか。ただいま」

 

 どうやら天さんが帰ってきたようである。

 と言うか、物音がする前から天さんの”気”が近づいてたことには気づいてたけどね。

 

「おかえり、天さん。お疲れ様ー」

 

 鶴仙人様と何しにいったんだろ?

 

「ああ。

 ところで、(ファン)がどこに行ったのか知らないか?」

 

 そう言った天さんの右手には大根・葱などの野菜が入った網を持っていた。

 

「厨房にいない?」

 

「いや、来た時に寄ってみたが、居なかったぞ」

 

 そう言えば彼女の”気”は感じない。

 

「なら、まだ買い物から帰ってないかも」

 

「買い物? こんな時間にか?

 …………それも今日に限って……。

 いつも早めに行けと、あれ程言っておいたのに」

 

 そう言って不安げな表情をする天さん。

 

「迎えに行ってくる。チャオズはここで待っていてくれ。

 もし入れ違いで(ファン)が帰ってきたら、決して外へ出ないよう言い含めておくんだ」

 

「どうしたの?」

 

石榴幇(スーリュバン)三暗会(サンアンホイ)が大規模な抗争をやっている。先程車で抜けてきたのだが、町は蜂の巣を突いたような大騒ぎだ。あちこちで武力衝突が起きている」

 

「!」

 

「鶴仙人様の家紋の入った服を着ているなら問題ないとは思うが、もしものこともある」

 

「うん! 速く行って!」

 

「ああ!」

 

 天さんはそう返しながら舞空術を使って浮かび上がり、そして高速で飛んでいった。

 

 彼を見送るように僕も玄関から外に飛び出す。

 

 僅かに焦る気持ちを胸に、そわそわしながら思い返す。

 彼女は鶴仙人様の家紋が入った服を……確か着ていた。

 なら事件に会う可能性は低いか。

 だが、天さんは町が大騒ぎだと言っていた。直接じゃなくとも、巻き添えになる可能性がある。

 ぐるぐると思考が回るか、九対一で大丈夫だろうという気持ちの方が勝った。

 

 それからおよそ十分程経った頃。空から中庭へ、天さんは降り立った。

 

「チャオズ! 帰ってきたか!?」

 

「ううん。まだ」

 

「……そうか」

 

 そう聞くということは見つからなかったということなのだろう。

 天さんの第三の目の知覚範囲はかなり広い。それで見つからないということは、いつも通る道には居なかったということだ。十分間も探していたわけだから、きっとその付近も広い範囲で見たのだろう。

 こうなると、本格的に何らかの事件に巻き込まれた可能性が出てきた。

 

「もう一度行ってくる」

 

 そう言って天さんは僕の返事を待たずに飛び立つ。

 

 僕はボケーっと突っ立って、小方(シャオファン)の帰りを待つ。

 彼女が何らかの事件に巻き込まれたかもしれないと言われても、急すぎていまいち実感が湧かない。何しろいつものように僕に手を振り、いつものように買い物籠を引っさげて、いつものように買い物へ出かけたのだ。その内、いつものように帰って来るに決まっている。

 そう、決まってるんだ。

 

 

 

 

 ――その日、小方(シャオファン)が帰ってくることはなかった。

 

 

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 昨日の夜の時点で事の次第を耳無しの爺さんに告げ、捜索隊を組織してもらった。

 そして一晩経った今は朝。小方(シャオファン)の行方は未だ掴めていない。

 抗争により町が混乱していたせいで、有益な目撃証言が得られなかったのが原因だろう。

 僕と天さんは屋敷の広間で使用人達の報告を待つ。

 

 ――お昼になった。

 無為に時間だけが過ぎていく。

 探しにいきたいが、今更僕一人増えたくらいでは何も変わらない。

 気で探せたらとも思うが、彼女の気は小さすぎて特徴もない。その為、他の一般人とは殆ど区別がつかないのだ。半径10mくらいまで近づけば分からないこともないのだが、そんな程度の探知力じゃ、この町を調べ尽くすのに一月は掛かる。そんなことをするよりも有事に備え、いつでも動けるようここに待機することこそが最善である。

 分かっている。そんなことは分かっているのだが、それでもじっとして居たくは無いのが今の僕の心情なのだ。

 

 耳無しは使用人達からの情報の整理に勤しんでいる。小方(シャオファン)は彼が拾ってきたのだ。本物の孫娘のように思っていると以前吐露していたことを思い出す。

 

『来たばかりの小さな頃は方向音痴な子で、何度も何度もお屋敷の中で迷子になっていました。

 それで私はあの子の名前を小方(シャオファン)と名付けたんでございます。

 小さな方向音痴、ぴったりな名前でしょう』

 

 そう嬉しそうに話していた耳無しは今、痛みを堪えた表情をしている。

 

 そのまま大した情報が入ることもなく、間もなく日は沈む。

 未だ彼女の死体が見つかっていないことだけが救いといえば救いか。

 

 そして時刻は間もなく深夜となった頃。

 待ちに待った有益な情報がやっとこさ入ってきた。

 

「部下の報告によりますれば、小方(シャオファン)石榴幇(スーリュバン)の下っ端共に何処かへと連れ去られたそうです。

 重体となっていたとある野菜売りが先ほど意識を取り戻しましたようで、聞き取りを行なったところ、この話が出てまいりました」

 

「それで、場所は分かるのか?」

 

 耳無しに詰め寄る天さん。

 

石榴幇(スーリュバン)の拠点と言える場所は後二箇所しか残されておりません。

 一つは町南方にある大麻の精製工場。もう一つは彼らの本拠地となります」

 

「そうか……」

 

「分担」

 

「チャオズ……。そうだな。

 俺は工場の方を見てこよう。耳無し、手練(てだれ)を二人借りるぞ」

 

「はい。どうぞ連れて行ってください」

 

 天さんは外に飛び出す。

 

「では、私めはチャオズ様と共に参りましょう」

 

「うん」

 

 外から”ドン”と轟音が聴こえた。多分天さんが飛んでいった音なのだろう。

 後に続くように僕達も外に向かう。

 

「鶴仙人様」

 

 玄関口で鶴仙人様が立っていた。

 黙って頭を下げる耳無し。

 

「……チャオズよ、わしが今まで口を酸っぱくして言ったことを思い出せ」

 

 何時もと変わらぬ飄々とした声で鶴仙人様は続ける。

 

「もし”武”を行使するのなら……分かっておるな」

 

「はい。

 行って参ります」

 

 抱拳礼をする。

 耳無しの腕を掴み、僕は真っ暗な空に舞い上がった。

 

 

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 僕の腕にぶら下がる耳無しに案内されて辿り着いたのは、一軒の中華屋敷だった。面積は鶴仙人屋敷の四分の一といったところで、中々に広い。

 その屋敷の上空から、適当な植木の陰に僕らは降り立つ。

 

「チャオズ様」

 

「うん、今探す」

 

 目を閉じ、意識を集中させる。小方(シャオファン)の気を思い出す。

 ――だめだ。ここからじゃ遠すぎる。

 

「もう少し近づく」

 

「はい、かしこまりました」

 

 気配を消し、屋敷の屋根に飛び乗る。

 出来れば小方(シャオファン)の安全を確保するまで発見されたくは無い。しばらくは隠密行動だ。

 

 屋根の上から屋根の上へと飛び移り、屋敷の中心部分まで移動。そしてもう一度目を閉じ、意識を集中。

 

「……」

 

 ――半径10m以内にはいない。

 集中、ひたすらに集中。

 感知範囲をうどん生地のようにゆっくりと延ばす。

 15m。20m。25m。

 

「いた」

 

 どうやらこちらの方が正解だったらしい。天さんの方は無駄足となったか。 

 彼女の気が感じられた場所を指差す。

 

「あそこ。かなり弱い」

 

「参りましょう」

 

 無音かつ素早く。

 屋根伝いに目的の場所まで移動。

 

「この下」

 

 両手に手刀を作り、屋根に突き刺す。

 そしてすばやく円形に回転。 

 

 シュッ、ガコン……。

 

 円形に切り取った屋根だったものを取り外し、横に置く。

 そして僕と耳無しは無言で中へ降り立つ。

 

 入ったのは天井裏と呼ばれる場所だ。

 小方(シャオファン)の気はこの下から感じる。

 耳を澄ます。ここからなら部屋の中の声もある程度聴こえる。

 

「おい、陽全(ヤンチェン)周琪(ヅォチー)

 交代の時間だ。次お前らだろう?」

 

「もうちょっと待ってくれよ。今、後何発で死ぬか賭けしてんだ。

 一口百ゼニーだけど、お前も少しどうよ?」

 

「もう一発イッたら行くからよぉ。

 戻ってきたら死んでそうだし、俺死姦の趣味はねぇぜ」

 

「ごちゃごちゃ言ってないでとっとと巡回行って来い!

 もう一昼夜もやってんだろうが! ……まったく、お前らも良く飽きねぇな」 

 

 一瞬脳がブラックアウトする。

 視界が真っ暗になる。

 

「へへ。残りの回数は俺が数えてやるよ。

 ほら、さっさと替われ」

 

「だからもうちょい待てって言ってんだろ! もうイクからよぉ」

 

 続けて麻酔を打たれたみたいに脳がしびれ始める。

 全身の感覚を喪失する。

 

「チャオズ様。お先に行って参ります。

 てぇあ!」

 

 耳無しが何かを言っている。

 足元が崩れる。天井板が崩れる。

 

「ハィ! ハイッ!」

 

「アギャー!」

 

「ガッ」

 

「え、お?」

 

「な、何だこいつは!?」

 

 男二人が首の動脈を切られて、ホースを強く握ったように血を噴出させている。

 その傍らには手刀を構えた耳無し。

 

 そうだ――。

 彼女、小方(シャオファン)はどこに?

 

 あ……ああ……。

 彼女は……いた。

 

 いつもお団子にまとめていた髪は解けていた。

 僕が贈った髪飾りが壊れて、地面に転がって――

 

「この糞爺が、誰に喧嘩うっ」

「テメ、どこのも、ガッ、ギャアアアア!」

 

 服を身に着けていなかった。

 その下半身には白く濁った液体が――

 

「気を付けろ! そのジジイかなりやるぞ!」

「銃だ! 誰か銃取って来い!」

 

 両腕が無かった。

 両方とも二の腕から切られている。そこに適当に巻いた汚い布が――

 

「くそっ! くそっ!」

 

「その餓鬼だ! 一緒に来た餓鬼を人質に取れ!」

 

 足が血に塗れていた。

 両足首に腱を切った痕跡が――

 

「おい! ジジイ! この餓鬼を殺されたくなか、ごっ、うげぇええぇぇえ」

 

「こ、この糞餓鬼! てめぎゃああああああ! 足が! 俺の足が!」

 

 目は見開いていた。

 何も光を映さない目を――

 

「畜生! 逃げろ! もっと人を呼べ!」

 

(リュウ)刘尚(リュウサン)が」

 

「ほっとけ! もう助からねえ!」

 

 ドダバダと足音が遠ざかる。

 そして近づいてくる、静かな足音。

 

「チャオズ様、私は(ファン)を医者に連れて参ります」

 

「腕が」

 

 部屋の隅に、彼女の腕が一本転がっていた。

 

「あれは、……もう使えないでしょう」

 

 腕は食われたように何箇所も肉がゴッソリなくなっていた。

 男達の中にカニバリズム性愛者がいたのかもしれない。

 

「僕が、飛んで……」

 

「いいえ、私の全力疾走はチャオズ様の飛行速度とそう変わりません。

 こやつ等に邪魔されないようお願い致します。

 ――そして何よりも」

 

 僕の熱せられた心が、意識が、逆に冷え切る。

 三百六十度回って元の場所に戻った感じだ。

 

「うん。

 一人も逃がさない。全員、殺す!」

 

「お願い致します」

 

 ――元の場所に戻った?

 

「ふふふ……」

 

 そんな訳がない。嘘だと思うなら自身の首を三百六十度回してみるといい。

 元の位置には戻っているだろうが確実に何かが違っているはずである。

 

 ……回りくどい表現はやめて現代風に言い直そう。

 そう、僕は、キレていた。

 

 

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 小方(シャオファン)を耳無しに任せ、僕はもう振り向かない。

 先程の彼らが逃げていった廊下を歩み進む。

 

 随分と長い廊下だ。

 これなら待ち伏せし放題だろう。

 

「いたぞ! そいつだ!」

 

「なんだ? ただの餓鬼じゃ――」

 

「いいから撃て撃て!!」

 

 拳銃を構えながら出てきた敵は直ぐ様射撃を始める。

 

 気を高め、流す。

 身体だけでなく、体毛・衣服にまで気を張り巡らせる。

 

 鶴仙流招法が一つ。

 『鋼鶴衣(こうかくい)

 

 全身に(あた)る銃弾は、僕に痒みを与える効果すらない。

 相手は四人。

 飛んできた銃弾を三発、指ではじき返す。

 額に銃弾を受け、断末魔すら上げられずに絶命する三人。

 

「え……えっ? ひ、ひぃぃ。お、応援を」

 

 逃げる一人はわざと見逃す。屋敷中の人間を呼んで来てほしい。

 

 廊下を進む。

 角を曲がると男が三人。無言で銃弾の嵐。

 同じように指で銃弾をはじき返し、二人殺す。

 

「あぇ? あ、あーー!」

 

 残った一人は逃げずにそのまま銃を撃ち続けたので、近づいて小さく跳躍し、顎を蹴り上げる。天井に衝突した頭が潰れたトマトのように(へこ)み、絶命。

 

 廊下を進む。

 横からドアを開け、斧を振りかぶる男。

 その腹を拳で貫通。

 

「ぐほぉ、おぉ」

 

 斧を落とし、僕に覆い被さるように崩れ落ちる。

 落ちる斧を背後にいるもう一人の男に向かって蹴り飛ばす。

 

「あ゛」

 

 斧は背後にいた男の首を三分の二程切り裂き、ひゅるひゅると飛びながら部屋の壁に突き刺さる。

 腕を腹から抜き、男を振り落とす。

 クボォッという音。

 男は両手で穴の開いた腹を押さえながら呻き声を漏らす。

 背骨を叩き折っている。助からないので放置。

 

 廊下を進む。

 気の集まる方に向かってもう一度角を曲がる。

 接近戦用の得物を持った男六人。

 

「せいあー!」

 

 突いて来た槍を掴んで一気に引き込み、持ち手の男の頭をもぎ取る。

 噴水のように噴き出す血液。

 間髪入れずに手に持った頭部を気で強化して投擲。

 

「うごっ」

 

「ぎ」

 

 一人目の胸部を貫通し、二人目の顔をグシャグシャに潰す。

 

「つ、つるだ……。

 こいつ、鶴仙人とこのもんだ!!」

 

 残ったうちの一人がそう叫ぶ。ようやく気づいたのか?

 

 その間に向かって来る曲刀持ち。

 近づいて来たところに一歩踏み込み、軽く手刀を一振り。

 

「え?」

 

 腰から両断。

 (はらわた)と共にぺちゃりと床に落ちる。

 遅すぎるんだよ。

 

「だめだ……応援を、応援を呼んでくるんだ!」

 

 片方がそう叫ぶと、二人同時に逃げ出す。

 応援は口実だろう。心の中では、きっとここから逃げ出せれば何でもいいと思っているはずだ。

 ――そして、僕は追わない。

 

 ここで一息つく。

 このままだと効率が悪すぎる。

 一旦目を閉じ、広範囲に気を探知。

 バラバラの気が(せわ)しなく動いている。さすがに僕のことは屋敷全体に伝わったはずだろう。

 待つ。

 

 ――多くの気が一箇所に集まろうとしているようだ。

 待つ。

 

 ――これは僕の進行方向。彼らの目標はこの先か。

 待つ。

 

 ――どんどんこの先に人が集まって来ている。

 ならば、もう少し待とう。

 

 九割方の人間がこの先に集まったようだ。

 広さからして、ここはホール的な部屋か?

 まぁ、何でもいい。

 進もう。

 

 もう廊下に敵は出てこない。

 ほぼ全戦力をもって、決着をつけるつもりなのだろう。

 

 しばらく進むと、目の前には大きな取っ手の付いた、大きなドア。

 やはり、ここはホール的な用途に使われる施設であるようだ。

 

 取っ手を掴み、扉を押し開ける。と同時に銃弾の嵐。

 

 プシュー……。

 そして、ドオォオン!! ドオォオン!! と二連続。

 鳴り響く轟音。

 

 どうやら銃弾と共に、火箭(ロケット)弾も飛んで来ていたらしい。爆発で僕の周りの壁とドアが吹き飛ぶ。

 僕の気はほぼ減っていない。銃弾が例え眼球に中ろうと、ダメージは無いだろう。

 そして火箭(ロケット)砲は――

 

 ――ドオォォォオオオン!!

 ――ドオォオオオン!!

 

 うん、爆発音が中々に脳髄に響く。

 後強いて言えば……。まぁ、痒さくらいは感じる。

 

 僕の周りに存在していた人工物は全て粉微塵となり、周囲には大きな空間が開いていた。

 攻撃の嵐は一旦止み、不思議とホールへ入る前よりも更に静けさを感じさせる。そして僕を包み込むようにもうもうと立ち込める煙。

 きっと向こうには、僕の姿が視認できないだろう。

 

 ガガガガガガガガガガガガガガガガ――

 

 黒煙の向こうから閃光が走る。

 ノズルフラッシュと共に掃射される大きな弾丸は、僕の身体の至る所に突き刺さる。

 これは……多銃身回転式機関砲(ガドリング)か?

 だがそれすらも、赤子のタッチ程度しか効果がない。

 

 さて、そろそろこっちの番だ。

 

 煙はまだ晴れていない。

 その中で、全身の気を指先に一瞬で集中。

 貫通する必要はない。出来るだけ気を固形化させず、不安定な状態で放つ。

 彼らから見て、煙の中から飛び出した光。

 それは前列にいた数人の頬を掠め、人の密集している中央付近にいる男の右胸に命中した。

 光は――どどん波は男を貫通せず、中に潜った時点で爆散!

 

「うわぁぁぁああ!!」

「ぐげああああ!!」

「うぷっ!」

「痛てーよー! い、痛てーよ!」

 

 吹き飛んだ男は即絶命。だがその爆風により撒き散らかれた臓物(はらわた)や人骨が周囲の人間に突き刺さり、二次災害を引き起こす。 

 

 鶴仙流絶招、どどん波が崩し。 

 『どどん波・(さい)

 

 直ぐ様続けて第二射。

 同じく人の密集地の中央にいる男に命中させる。

 

「ぎゃああああ!」

「目に! 何かが目に刺さっ!」

「うああ!」

「グボェェェェ……」

 

 悲鳴も上がられずに爆散する男とは逆に、人骨が身体のあちこちに突き刺さり、痛みに悲鳴を上げる周囲の人達。

 

 第三射。第四射。第五射。

 

 悲鳴と怒号の五重奏がホール内に響き渡る。

 

「む、無理だ!」

「お、おれは、もう辞める! 辞めてやる!」

「逃げろ! 逃げ――」

 

 我先にと、僕が入ってきたのと違う二箇所の出入り口へと殺到する男達。

 僕の指先が光り、ポーンとまた一つ、赤い花火が咲く。

 

「開かねぇ!」

「ち、畜生! 誰だ、鍵閉めた奴!」

「蹴破れ! はやくーー!」

 

 指が光り、ボーン。

 

「なんで、何で開かねぇんだ!」

「はやく! はやくしてくれぇ!」

「死にたくねぇ、死にたくねぇよ」

 

 指が光り、ボーン。

 

「いやだー! やだー! ちくしょう!」

「開け! 開け!」

「どうなってんだよ、これ!」

 

 『超能力・念動固定』

 対象は扉二箇所。

 

 開くわけがない。

 

 そして、僕の指はまた光を放つ。

 

 

 随分と長く掛かった感覚もあるが、実際には三分も経ってはいない。

 もうこの部屋で生きている者は僕一人だけだ。

 

「うぅ……う……」

 

「あぁ……」

 

 いや、訂正。辛うじて生きている者もいるが、間も無く死ぬだろう。

 

 気を探る。

 五人が固まっている箇所を見つけた。

 向こうはまさかこの人数が負けるとは思っていないだろうから、逃げることはないだろう。

 とは言え、時間を与えるつもりもない。

 

 飛び上がる。高くジャンプだ。

 天井を突き抜け、空へ。

 そして舞空術で位置を調整する。

 

「どどん波!」

 

 例の五人固まっている箇所。

 そこに存在する気の一つに向けて、どどん波を放つ。

 どどん波により開いた屋根の穴を通りぬけ、僕は再び屋敷へと侵入する。

 

 予定通り、五人のうちの一人は床の染みと化していた。

 

「お前が、侵入者か」

 

 五十歳前後だろうか。僕に話しかけたのは端正な顔のおじさん。

 金色の、龍の刺繍がなされたチャイナ服を身に纏っている。

 天井と人間を破壊し、中へ降り立った僕に対し全く恐怖を感じた様子を見せない。

 そして、上に立つもの特有のオーラが見えたような気がした。

 多分こいつが首魁なのだろう。

 

胡江(ホゥジャン)、任せる」

 

「はっ!」

 

 そして僕の前に出たのは三十代の辮髪の男性。

 灰色のチャイナ服に黒の功夫シューズ。

 

「はぁぁぁぁぁ」

 

 馬歩を踏み、気を練り上げる胡江(ホゥジャン)と呼ばれた男。

 ……なるほど、強い。

 耳無しだと勝てないだろう。

 

「小僧、今までのように簡単にいくと思うな」

 

 今までのように?

 視線だけを動かし、部屋の中をさっと見る。

 左隅に多数のモニター。そこには屋敷のあちらこちらが映っている。

 なるほど、監視カメラか。

 

「さぁ、かかって来い!

 でなければこちらから行くぞ!」

 

 ならお言葉に甘えて。

 

 舞空術で地面から約1cm程度浮く。

 そして直立姿勢のまま、舞空術のみを推進力に前進。

 

「な、何!?」

 

 予備動作もなく、あっと言う間に男の懐に入り込む。

 腹に拳突き。

 

「くっ」

 

 危ないところで腕での防御に成功する男。よく内気を練っているな。

 そのまま一歩下がる男に対し、僕は一歩前進。

 

「せぃや!」

 

 ちょうど射程内に入った僕の顔面を狙い、男はカウンターを打つ。

 

「なっ?」

 

 しかし、僕はそこにはいない。

 空振りする男を横目に、僕は後ろにバックステップ。

 それを見て構え直す男。

 

「ぐはぁ」

 

 僕の拳が男の胸に突き刺さった。

 たたらを踏み、二歩、三歩と男は下がる。

 そして全内気を防御に回し、全身を石のように固める。ここで一旦仕切り直しだ。

 

「……どうなっている?」

 

 答える義理は無い。

 内気を存分に練り上げ、拳に集める。

 僕は直立不動のまま、螺旋を描いて男の背中へと回る。回りながら高さを調節。

 

「な、はや」

 

「はっ!」

 

 そして僕の拳は、男の心臓を貫いた。

 

「あ……あぁ……」

 

 僕は常に舞空術で宙に浮いていた。

 僕の動きはそのまま僕の向かう方向とは結びつかない。

 前に進むと見せかけて下がり、下がると見せかけて前進。

 右へ飛びながら後ろへ下がり、直立しながら前へと進む。

 武術とは基本、相手の姿勢や動きを見て、次に来る位置を予測するもの。

 これにより、男は影幻(かげまぼろし)を相手しているかのように感じたことだろう。 

 

 鶴仙流招法が一つ。

 『鶴幻走(かくげんそう)

 

 

 息絶えた男から腕を抜き、首魁に向き直る。

 

「は……ははは、私が、この私が終わる? こんな餓鬼に――」

 

「どどん波・(さい)

 

 首魁は周囲の取り巻きを巻き込み、なんの感動もなんのドラマもなく、ただの肉片と化した。

 

 

 最後に舞空術で空に舞い上がり、気を探知。

 屋敷のあちこちに点在する気は、残り九人分。

 

「どどん波」

 

 撃つ。

 一人分の気が消えうせる。

 

「どどん波」

 

 撃つ。

 更に一人分の気が消える。

 

「どどん波」

 

 撃つ

 これで残り六人。

 

「どどん波」

 

 撃つ――

 

 

 

 

 屋敷から感じられる気が(ゼロ)になった時、僕の気の残量もぎりぎりとなっていた。

 後どどん波もどき一発と言ったところだろう。

 

 小方(シャオファン)の姿を思い出す。

 こいつらを殺し尽くしても、何も良い事は無い。

 何も解決しない。

 彼女の受けた傷は癒えない。

 くそっ。くそっ。くそっ。

 

 いくら罵声を並べ立てても、僕の心が晴れることはなかった。 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 小方(シャオファン)はベッドで眠っている。

 無表情に、只只時が過ぎ去るのに身を任せている。

 

 足の腱は何とか人工的に繋げられるそうだ。

 とは言え、前と同じように戻る訳ではない。

 走ったりすることは難しくなるとのこと。

 

 腕はもうない。

 サイボーグ手術で新たな義手を付けられるのだが、それはとても高額であるらしい。

 よしんば僕や天さんがそのお金を稼いてきても、付けられるのは肉の腕じゃない。機械の腕である。障害は死ぬまで残る。

 

 そして何より意識が戻らない。

 医者によると、出血多量で脳にダメージを受けた可能性が高いとのこと。

 そしてもしかしたら、彼女自身が自分を守る為に、その意識を閉ざしたのかも知れない。

 目覚めるのは明日かもしれないし、百年後かもしれない。

 

 

 後悔する。

 確かに遅い時間だった。町が騒がしいことにも気づいていた。

 嬉しそうに手を振る彼女を思い出す。

 

 拳を握り締めながら小方(シャオファン)を見る。

 

 なぜ、僕はなぜあの時、彼女を止めなかった。

 

 

 

 奥歯を噛み締めていると、天さんはそっと、僕の肩に手を置いた。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 あれから一週間。

 鶴仙人様の関係者が石榴幇(スーリュバン)の本拠地を潰したという噂が町に流れ始めた。ウチの者が態々そのような噂を流すとは思えないので、犯人は石榴幇(スーリュバン)の生き残りか、もしくは三暗会(サンアンホイ)だろう。どうやらあの日、耳無しが動員した捜索隊のメンバーの半分以上は三暗会(サンアンホイ)の人間だったらしい。

 

「鶴仙人様のとこの坊ちゃま、有難うございます。

 これ、焼きとうもろこしです。宜しければどうぞ」

 

 こんな風に先程から、おじちゃんおばちゃん達が何かと僕に感謝の贈り物を押し付けてくる。

 

「おお、チャオズ坊ちゃま!

 坊ちゃま方が石榴幇(スーリュバン)を潰してくれたそうで。

 本当に有難うございます。あいつらの暴虐には皆辟易(へきえき)しとりました。

 坊ちゃま達のおかげで、私らはこれからも安心して商売を続けられますだ」

 

 そんな町の人々の賞賛を浴びながら、僕は夕飯の材料を買う為に市場を歩いていた。

 意図して正義を行ったわけではないが、人々からの感謝は耳にも心にも心地よい。

 

 しばらく市場を練り歩く。

 そろそろ賞賛の言葉を受け取るのが面倒臭くなってきた。僕の両手は皆からの贈り物で一杯になっている。

 

「鶴仙人様のとこの坊ちゃん、良ければこれをどうぞ」

 

 新たに貰った白菜二株を超能力で頭上に浮かす。

 これだけもらえればもう今日は買い物しなくてもいいだろう。

 ――帰ろっかな。

 

 よし、と踵を返したところで、大きな泣き声が僕の耳に届いた。

 

「わーーーーん!! えぁーーーーん! うあーーーーん!!」

 

 兄妹だった。

 兄は七、八歳くらいだろうか。憎悪に満ちた視線を僕に投げかけている。その手に繋がれた妹らしき幼子は四つに満たないのだろう。先程からこの世の終わりかと言う程に、わんわんわんわんと泣き続けている。 

  

「お前! 鶴んとこの人間だな!」

 

 反射的に「うん」と返す。

 

「おれの名前は周平(ヅォピン)

 おれは、お前らに殺された周琪(ヅォチー)の息子だ!」

 

 一瞬、浮かれていた頭が冷える。

 いつかの、鶴仙人様の言葉が脳裏を()ぎった。

 

 少女は泣く。

 

「おれ達の父ちゃんを殺したお前らを、おれは絶対に許さない!

 みんなはお前らが良い事をしたって言うけど、おれは絶対に許さない!」

 

 ――お前が殺した”悪”は、必ず誰かしらにとっての”善”となる。

 

 少女は泣く。

 

「父ちゃんはいけないことをしてたかもしれないけど、お前らだって同じだ!

 父ちゃんを殺したお前らだって絶対に悪い奴なんだ!」

 

 ――ならその”善”を殺したお前は、やはり”悪”なのじゃ。

 

 少女は泣く。

 

「みんなにちやほやされていい気になってんじゃねぇ!

 いつか絶対、絶対復讐してやる!

 お前らが悪い奴らだって、おれは知ってんだ! おれは知ってんだ!!」 

 

 ――じゃから、武を学ぶものは必ず知らなくてはならない。”武”とは――

 

 少女は泣く。

 

「殺してやる! 待ってろ!

 いつか絶対に殺してやる! 殺してやるからな!」

 

 ――”武”とは、”悪”そのものであることを。

 

 少年は石を拾い、何度も何度もそれを僕に投げつける。

 そのいくつかは僕に当たるが、ちっとも痛くない。僕の身体を傷付けることはできない。

 

 そう、これが、僕の進む道。僕の行く未来。

 

 だから僕は、堂々と、愉快そうに、”ニタリ”と笑う。

 飛んできた石を一つ軽くはじき返す。

 それは男の子の腹部に当たり、彼は腹を押さえてうずくまる。

 

「う……う」

 

「お前には無理」

 

「うぅ……。ちくしょう……ちくしょう……。

 この悪人め……この悪人め!」

 

 憎悪が込められた視線を、僕は真っ直ぐ見つめ返す。

 

「そんなの、当たり前」

 

 

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~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 そして三ヶ月の時が過ぎ去り、季節は夏となった。

 小方(シャオファン)は依然として眠ったまま目覚めない。

 

 僕は……ドラゴンボールを探す旅に出ることを、決意した。

 

 




トリビアは自粛。

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